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VK 20.01 (D)

Last-modified: 2017-03-26 (日) 11:33:03

VK2001D.png

Tier 4 ドイツ 中戦車 Edit

公式紹介ページ

スペック Edit

車体

HP310
車体装甲厚(mm)50/40/30
最高速度(km/h)50
重量/最大積載量(t)21.85/22.5
本体価格(シルバー)157,000
修理費(シルバー)

戦車パッケージ Edit

Pz. III/IV
(13,480/315,000)
VK 20.01 D
(4,570/157,000)
Z.W. 40
(3,330/26,570)
V.K. 20.01 (IIIN)
(4,475/37,550)

詳細 Edit

パッケージ名エンジン武装履帯砲塔
出力弾種貫通力ダメージ総弾数弾代発射速度
照準時間
精度
旋回速度砲塔装甲旋回速度視認範囲HP通信範囲
VK 20.01 (D)Maybach HL 1165 cm KwK 38 L/42VK 20.01 (III)VK 20.01 (D)310310
300AP
APCR
HE
60
96
25
70
70
90
10030
5G
18
24
2.29
0.47
3830/30/3044330
Z.W. 402×Maybach HL 66 P5 cm KwK 39 L/60VK 20.01 (D)VK 20.01 (D)310415
380AP
APCR
HE
67
130
25
70
70
90
9030
5G
18
24
2.29
0.40
4230/30/3044330
V.K. 20.01 (IIIN)DaimLer-Benz MB 8097.5 cm KwK 37 L/24VK 20.01 (D)Pz.Kpfw. III Ausf. M350710
400AP
HEAT
HE
43
87
38
110
110
175
5030
5G
38
13.95
2.29
0.55
4257/30/3044330

外観 Edit

1_VK20.01D.jpg
VK 20.01 (D) - 5 cm KwK 38 L/42
 
2_ZW40.jpg
Z.W. 40 - 5 cm KwK 39 L/60
 
3_VK20.01(IIIN).jpg
VK 20.01 (IIIN) - 7.5 cm KwK 37 L/24

解説 Edit

史実 Edit

1938年、第二次世界大戦開戦前に既にPz.Kpfw.III及びPz.Kpfw.IVの統一が予定されていた。
1939年、クルップ社にPz.Kpfw.IVに変わる20t級戦車の開発が命ぜられ、開発コードVK 20.01(V)(後にVK 20.01(BW)に名称変更)の開発が始まるが、1940年に開発は中止となった。
この時にMAN社はVK 20.02(M)と24t級のVK 24.01(M)をダイムラー・ベンツ社はVK 20.01(D)の試作車両の開発を始めたが、1941年6月22日に開始されたバルバロッサ作戦で赤軍の装備していたKV-1・T-34の前に既存車両は役に立たず、兵士の練度だけでの勝利を余儀なくされた。
この経緯からT-34への対抗として後のPz.Kpfw.V Panther開発へと繋がる事になり、本車両であるダイムラー・ベンツ社のVK 20.01(D)は30t級戦車として開発コードVK 30.01へと設計変更を行う事となる。

VK 20.01(III):ダイムラー・ベンツ社バージョンで、Ⅲ号戦車の後継として1938年12月18日に案が作成された。サスペンションはドイツ戦車初のトーションバー式である。エンジンはHL116(300馬力)。ドイツ兵器局の方針変更で破棄された。
VK20.01(D):1939年10月にドイツ兵器局第6課が車両標準化設計を取り入れるよう要求したため、VK20.01(Ⅲ)を破棄して新たに設計したもので、1939年11月15日に案が作成された。転輪は上部転輪を廃した千鳥型配置で、サスペンションはリーフスプリング式。履帯はKgs62/440/120である。重量22.25トン。エンジンはMB809ディーゼル(12気筒、350馬力)。トランスミッションは開発中のウィルソン式を採用する予定で、失敗した場合にはZF社製のSSG77を使うことにした。最大速度50km。東部戦線の戦況を鑑みて能力不足と判断され、計画中止となった。参考:月刊グランドパワー8,’10
VK20.01(V):1939年9月15日に行われたドイツ兵器局第6課とクルップ社との会議で開発が決定した、Ⅳ号戦車の後継。エンジンはHL116で、下部転輪は片側6枚、サスペンションはリーフスプリング式、履帯はKgs61/400/120。11月にVK20.01(BW)に名称変更され、12月にB.W.40という名前になり、1940年5月に結局中止となった。
VK20.01(K):1940年前半頃にドイツ兵器局第6課がクルップ社に対して発注した新型戦車。主砲は42口径5cm戦車砲で、装甲厚は車体前面50mm・側後面30mm。戦闘重量21.5トン。エンジンはHL115もしくはHL116、最大速度56km。下部転輪は片側6組、サスペンションはリーフスプリング式、履帯はKgs62/450/120。10月24日に3両が発注され、11月12日に先行量産型Oシリーズ12両も発注された。1941年4月18日、主砲が60口径5cm砲に変更されることになった。1941年7月、機関系を変更してトーションバーサスペンションを装備したタイプを開発することになり、重量が増えたためVK23.01(K)に名称変更された。
VK20.02(K):VK20.01(K)に60口径5cm戦車砲を搭載したもので、戦闘重量23トン。VK20.02(M)との共通化を狙い、下部転輪は千鳥型配置6枚に変更され、履帯はKgs63/474/110となった。30トン級戦車を開発することになり、1941年12月末に開発中止となった。
VK20.01(M):MAN社バージョンで、1940年10月10日に設計案が纏められた。下部転輪は千鳥型配置で、サスペンションは最前部と最後部がコイルスプリング、その他がトーションバーである。ドイツ兵器局第6課に承認され、VK20.02(M)に進んだ。
VK20.02(M):VK20.01(M)の改良型で、1941年2月に案が纏まった。装甲厚は車体前面50mm、側後面40mm、上底面14.5mmで、1941年11月25日には傾斜装甲を取り入れることになり、前面55度、側面40度、後面30度の傾斜が与えられた。下部転輪は片側6組で、サスペンションはトーションバー式、履帯はKgs63/474/100。エンジンはマイバッハHL90、トランスミッションはZF社製SMG91、操向装置は三重半径式。試作車3両と先行生産車(Oシリーズ)12両が発注されたが、試作車完成前に計画中止となり、VK24.01に進んだ。
VK23.01(K):ドイツの試作戦車で、VK20.01(K)が重量増に伴って名称変更されたものである。VK20.02(M)との共通化を狙い、下部転輪は千鳥配置6枚に変更され、履帯はKgs63/474/110となった。1942年10月に引き渡される予定だったが、30トンクラスの戦車を開発することになり、開発中止になった。

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