アビスメイデン

「いってえ～……ハルパクス、手加減しろよなー。顔面に風穴開いちまうかと思ったよ」
「その程度で済んだことに感謝をしてほしいくらいです。金輪際あなたの悪ふざけにわたくしを巻き込まないでください」
「あなたたち、まだ喧嘩していたの？　あまり騒がしくしないでちょうだいね。わたしは気分がいいんだから」
「……元はと言えば、あなたがくだらない理由で塔界に興味を示したことが原因なのですよ。あまり好き勝手に動き回るのもどうかと――」
「ちょっと、わたしに矛先を向けないでちょうだい。アウトテート、この頑固頭をどうにかするのはあなたの責任よ」
「ははっ、たまにはお前が鎮めてみろよ。暴れ馬を大人しくさせるのとそう変わらないだろ。どうせ頭に血が上って前しか見えてないんだしさ」
「…………」
「ちょっと、火に油を注がないでよ。まったく……ハルパクスも少し落ち着きなさいよね。これしきのことで心を平静に保てないのなら、魔王の威厳が失われていくだけよ」
「……もっともですね。分かりました、この場は引きましょう」
「おっ、効果てきめんみたいだ。今の台詞いただき――」
「――しかし、アウトテート。あなたがわたくしを馬と侮辱したことについては話が別です。覚悟なさい！」

※「アビス」：英語で「深淵、混沌、奈落」などの意味。
※「メイデン」：英語で「乙女、処女」という意味。