デカンの魔王3種

▲アウトテート

古の魔導書に記された、三柱の魔王の内の一柱。
通常の候補者ならば、
姿のみならず存在も知らぬまま消えていくだろう。
今この手記を読んでいる者がいるとすれば、君は――

その魔王の名は、アウトテート。
戦乱を呼び怨恨の連鎖を巻き起こすといわれている、
戦いの魔王である。

自由を好み束縛を嫌う素振りの多い彼女だが、
仲間に関わることであれば、その限りでもならないらしい。
四方に歩む者の歩幅に合わせ、
憎まれ役が必要なときには率先して前に出る。
変化が必要なとき、最初の一歩を踏み出すことを恐れるのは、
人間も魔神も変わらない。
彼女はその恐れを一片の迷いもなく振り切り、己の道を切り開く。
だが、彼女の口から出るのは
いつも何処吹く風といった言葉ばかり。
照れ隠しなのかと思ったこともあったが、そうでもないようだ。
もしかすると、私が抱いている印象も、
彼女の計算の内なのかもしれない。

例えるならば、彼女は雲だ。
打ちに何を秘めているか分からない、戦の雲。
その雲から繰り出されるのは裁きの雷か、
全てを破壊する嵐の如き雨か――
はたまた、優しく降り注ぐ恵みの雫か。

もう少し彼女について詳しく知る機会があれが、
もっと多くの情報を残せただろう。
だが、その役目は私には務まらないようだ。
あとは、これを読んでいる君に託すしかない。

▲ハルパクス

古の魔導書に記された、三柱の魔王の内の一柱。
通常の候補者ならば、
姿のみならず存在も知らぬまま消えていくだろう。
今この手記を読んでいる者がいるとすれば、君は――

その魔王の名は、ハルパクス。
如何なる悪も呪縛し排除する冷血さを持った、
裁きの魔王である。

常に冷静で滅多に表情を崩すことがない彼女の内には、
誰よりも強く燃え滾る激情の炎が宿っている。
本能の青い炎を抑える強烈な理性と精神。
その時に、自分の主張を押し通そうとする、
融通のきかぬ頑固者のような印象を与えることもある。
自分が信じる正義を貫き、
目の前の個よりも全体を生かそうとする彼女の在り方は、
冷徹で血も涙もないと思われることもあるだろう。
だが、誰の目にも届かぬところで唇を噛みしめ、
自分の無力さを責め、その内に燃える激情の業火で
己の身を焦がしているのだ。
美しき獣は灰にはならず、
鋼の如き不屈の魂をもって、炎を纏ったまま歩み続ける。

例えるならば、彼女の清康なる一角獣だ。
美しくて誇り高く、恐ろしくて優しい、不器用で真面目な獣。
信じるもののためならば優しさを忘れ狂暴になり、
己の心も欺いて獰猛な牙をむく。
前だけを見続ける彼女の腕を引いて
振り向かせることが出来るのは、
おそらくあの二柱しかいないだろう。……今、この時は。

もう少し彼女について詳しく知る機会があれが、
もっと多くの情報を残せただろう。
だが、その役目は私には務まらないようだ。
あとは、これを読んでいる君に託すしかない。

▲メタティアクス

古の魔導書に記された、三柱の魔王の内の一柱。
通常の候補者ならば、
姿のみならず存在も知らぬまま消えていくだろう。
今この手記を読んでいる者がいるとすれば、君は――

その魔王の名は、メタティアクス。
全てを破壊し忌むべき悪に反逆する、
高貴なる魔王である。

自分の力に絶対的な自信を持つ彼女の言動は、
傍から見れば傲岸不遜だと感じてしまうこともあるかもしれない。
だが、常に余裕の態度を崩さず強者として優雅に振舞うことで、
曲者揃いの古の魔神たちを統率しようと努めているだと――
そう気づいたのは、いつの頃だっただろうか。
ひと時の気を抜かず
魔王としてあるべき姿でいようとする彼女だが、
他の二柱の魔王と肩を並べているときは
少しだけ肩の力を抜いているようだった。
他愛もない話で笑みを浮かべ、
穏やかな表情を見せるのは、その瞬間と――
――それから、美しいものを眺めているとき。
これは本人から直接聞いた話ではないが、
どうやら彼女は綺麗なもの……主に宝石の類が大好きらしい。

例えるならば、彼女自身もまた、美しい宝石だ。
降り注ぐ光によって、輝きの色を変える美しい宝石。
彼女が何色になるのかは、
共に歩む者によって変わっていくだろう。
願わくは、彼女の誇りとなるような、至高の色に。

もう少し彼女について詳しく知る機会があれが、
もっと多くの情報を残せただろう。
だが、その役目は私には務まらないようだ。
あとは、これを読んでいる君に託すしかない。