Book28:ある聖龍王の手記。姪に対する愛憎がはばかることなく表されている。

Last-modified: 2009-01-12 (月) 22:14:32
 

わたしが<聖龍王>の位にふさわしくないことくらい、わたしだって十分わかっている。
わたしは、そんなものになりたいなどと一度だって願ったことはない。
兄上が亡くなった時、誰よりも悲しんだのは、このわたしだ。
兄上と姉上は、いつでもわたしにやさしかった。

わたしが兄上と姉上にくらべて、ひどい出来損ないだとか、父上の本当の子ではないとかいう声は、わたしにも聞こえていた。
でも、そうだからといって、わたしにどうしろと云うのだろう。
わたしを愛し、守ると約束してくれた兄上と姉上は、わたしを捨てて逝ってしまわれた。
いまのわたしには、逃げ出す道も、隠れる場所も、頼れる者もいない。

わたしに不満があるのなら、このような運命を織った神々にこそ文句を云ってほしい。
わたしはただ、詩と音楽に囲まれて暮らすことだけを望んでいたのに。


カリス――ああ、天はなんとすばらしいものをわたしに遣してくれたのだろう!
姉上が楽園に嫁がれたとき、さらに、それからほどなくして世を去られたとき、わたしは姉上に捨てられてしまったのだと感じた。
姉上は、わたし以外の者を選んだ。姉上はもう、わたしをかえりみることはない。
けれど、カリスがもどってきた。

はじめこそ、わたしには彼女が近よりがたく、冷淡でどこかおそろしくさえ感じられたものだ。
実際、わたしの周りの者たちも、彼女を氷姫とよんでいた。
それが変わったのは、わたしが聖龍王位を継いだ時だった。

彼女はわたしのまえに跪き、わたしに忠誠を誓った。
わたしを見上げた瞳には、まごうことなきわたしへの崇拝と従属の意思があらわれていた。
他の誰も、あれほどまでにわたしを聖龍王と認めて、わたしにすべてを投げ出しはしなかった。

あの美しく気高い姪は、わたしのものなのだ。
彼女は、わたしが命じればどんなことでもすると誓った。
わたしの望みを拒むことはない、と。

そう、わたしこそが聖龍王なのだ。
他の者たちがなんと云おうと、この事実は変わらないではないか。
アウロスがそのように定めたのなら、なにを怖れることがあろう。

神聖王家の血をもっとも色濃くひいていると皆が云うあのカリスが、わたしを聖龍王と認めているのだ。
ならば皆も、わたしに従うのは当然のことだ。
兄上と姉上を失ったことも、いまとなってはもうわたしの胸を痛ませはしない。
そのかわりに、天はわたしにカリスを与えたもうたのだから。

わたしの美しいカリス。
彼女が、本当のわたしを見出してくれた。
これからは彼女が、わたしを愛し、わたしを守ってくれるのだ。


わたしはいま、聖龍王であることの喜びをかみしめている。
いまでは、わたしはカリスのすべてを知っている。
カリス、カリス、わたしの愛しい真珠。

実際、カリスはどんなことでもしてくれる。
どんな要求も拒みはしない。
他の者には決して見せないような顔さえわたしなら、カリスにさせることができるのだ。

ああ、この世にこれほどの愉悦があろうとは!
誰もが崇拝する地上の女神。けれどわたしこそがその女神の主、彼女の王――聖龍王なのだ。


今日、はじめてカリスを打った。
わたしの望みに反して、北方へ行くなどと云うからだ。
馬鹿馬鹿しい。おまえがあのような地に行って、どうなるというのだ。

カリス、おまえはわたしのものだ。
いついかなる時も、わたしの側にいなくてはならない。
わたしを置き去りにするような真似は、ゆるさない。


カリス、おまえはここにいて、わたしを守ってくれるのではないのか?
わたしが、あれに立ち向かえないことはおまえにもわかっているだろう?
なのに、何故、わたしを置いておまえはあの地に向かおうとする?

わたしから逃げようというのか?
わたしを捨てようというのか?
カリス、これ以上わたしを困らせないでくれ。おまえに、こんな仕打ちはしたくないのだ。
カリス、おまえを愛しているのだよ、わかっておくれ。


なんということだ!
カリス、カリスめ!
わたしが王ではないだと?
わたしにはもう、従わないと云うのか?
わたしが資格を失った、だと?
信じない、わたしは信じないぞ。

誰だ?
誰が、おまえをそそのかしたのだ?
誰が、おまえの心をわたしから引き離した?
許せない!
これは一体、なんの陰謀だ!


カリス、カリス。
戻ってこい。
いまならまだ、わたしは、おまえを許そう。
わたしのもとに戻ってくるのだ。さあ、カリス、はやく!
はやく戻ってきてくれ!
わたしがおまえを呪う前に!
はやく戻ってくるのだ!


カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、
カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、
カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、
カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、
カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、カリス、
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