Book5:<ものいう絵>の本。魔物退治に出かけて死んだ美しい姫君と、彼女の不思議な肖像画についての物語。

Last-modified: 2008-11-15 (土) 15:56:01

<ものいう絵の話>

 

むかしむかし、あるところにたいそう美しいお姫さまがおりました。
そのお姫さまを見たものは、自分は知らぬまに天上の楽園にまよいこんで女神さまの姿を目にしているのだろうかと思ってしまうほど、お姫さまの美しさには、なにかこの世のものからかけはなれたところがありました。お姫さまの父親は人間ではなく神さまなのだと、うわさする人もおりました。

お姫さまはただ美しいというだけでなく、たいそうかしこい方でもありました。
そのため、なにかこまったことや争いごとがおきると、人々はお姫さまのところへそうだんにやってきました。お姫さまはいつもみごとにもんだいをかいけつしましたので、しまいには王さまやほかの大臣たちよりも、お姫さまのほうがたよりになるという人まで出てくるしまつでした。

お姫さまのひょうばんが高くなると、それをおもしろくないと思ったり、王さまの地位をおびやかすものだと思う人もあらわれるようになりました。
人々がこのお姫さまばかりをほめたたえるので、ほかのお姫さまたちのなかにはそれをねたましく思う人もおりました。そういった人々は、王さまにこのお姫さまのことを悪くいったり、あちこちにお姫さまの悪いうわさをひろめたりしました。とうのお姫さまは、まわりのことなどなにも気にしていないようでしたが、王さまのほうは、そうはいきませんでした。お姫さまの悪いうわさをきくにつけ、王さまの心はみだれました。

そんなとき、とおくはなれた土地に、おそろしい魔物があらわれたという知らせが、王さまのもとにとどきました。
魔物は日ごとに力をまして、この国をほろぼそうとしているということでした。王さまは魔物をたおすべく、すぐれた騎士や魔法使いをおくりだしましたが、みな魔物にたおされてしまいました。人々はおそれおののきました。
こまりはてた王さまに、大臣のひとりがいいました。
「あの姫君なら、魔物をたおすことができるのではありませんか?」
それは、お姫さまのことをよく思わない人々のたくらみでした。
いくらかしこいお姫さまでも、なんにんもの騎士や魔法使いがたおせなかった魔物をたおせるわけがありません。
王さまも、これほどに美しいお姫さまを魔物退治などにやるつもりはありませんでした。
けれど、このままではとおからずこの城も国もすべて、魔物にほろぼされてしまうでしょう。
お姫さまにたいして
「この国と王さまのことをおもうなら、みずから魔物退治に出ていくべきだ」
と、いう人がおりました。
王さまにたいして
「あの姫の忠誠心をたしかめるためには、魔物を退治させるのがよいでしょう」
と、いう人もおりました。

そのためかどうかはわかりません。王さまがお命じになったのかもわかりませんが、ある日とうとうお姫さまは魔物を退治するべくお城を出ていったのです。
しかし、その戦いがどうなったのかを知る人はおりません。
お姫さまは、ただひとりで魔物退治にむかったからです。
わかっていることは、ある時をさかいに魔物がいなくなったということと、お姫さまがにどともどらなかったということです。そうです。魔物は消えさりました。そして、お姫さまのゆくえはだれにもわかりませんでした。
人々は、お姫さまが命をかけて魔物を退治したのだろうと思いました。

国には平和がもどりました。けれどお姫さまがいなくなったことで、たくさんの人々がかなしみました。
王さまも、お姫さまをうしなってはじめて、自分がどれほどお姫さまをたいせつに思っていたかを知りました。お姫さまのいないお城は、ひかりのささない墓場のようでした。かなしみとむなしさのため、王さまはなにも考えられす、なにも手につかないのでした。
そこで、王さまのかなしみをすこしでもなぐさめるためにと、天才とひょうばんのたかかったある画家にお姫さまの絵をえがかせ、お城にかざろうということになりました。

ところでこの画家は、むかしからお姫さまのことをたいそうふかく愛しておりました。もちろん、じぶんの想いがかなわないことを画家は知っておりましたが、心のなかにはだれにも負けないほどあざやかに、お姫さまのすがたをやきつけておりました。
そうして画家は、このしごとをひきうけると、絵のなかにみずからの愛と、もてる技のすべてそそぎこんだのです。

絵が完成したとき、人々はおどろきました。
その絵は、まるで生きているかのようでした。
あたりをてらすほどの美しさも、なにものをも見とおすようなすんだひとみも、あらゆる謎のこたえをかたるかのようなあかいくちびるも、生きているお姫さまとなにひとつかわりなく見えました。
その絵のそばにいるとだれもが、お姫さまが生きてかたわらに立っているような気持ちになるのでした。
人々は、画家の愛とすばらしい技が、この絵に魂をあたえたのだといいました。

さらにふしぎなことに、この絵にかたりかけると、お姫さまがこたえてくれたというものがあらわれはじめました。それも、ひとりやふたりではありませんでした。
それをたしかめようと、たくさんの人々がやってきては、この絵にむかってなにごとかをかたりかけました。
へんじをきいたというものもあれば、なにもきこえなかったというものもありましたが、このふしぎな絵の話はたちまちひろまり、かつてお姫さまにそうだんをもちかけた人々が、今度はこの絵にそうだんをもちかけるようになったのです。時には愛をささやくものもおりました。お姫さまの魂がふたたびこのお城にひかりをともしたかのようでした。
王さまも、いまは心おだやかでした。絵にたいしてはだれも悪いうわさやかげぐちで、ひょうばんをおとしめることはできません。魔物退治を命じることもできません。

けれどもある日、絵はこつぜんと消えてしまいました。
誰かが盗んだのか、捨てさったのか、はたまた人ならざるものの仕業であったのかは、ついにわからずじまいでした。
あの画家も、いつのまにか姿を消しておりました。
絵のなかのお姫さまを想うあまり、画家が絵を盗んだのだろうという人もありました。
あまりにすばらしい絵と才能に魅せられた神さまが、絵と画家をつれさったのだろうという人もありました。
いずれにせよ、お姫さまの絵も画家も、ふたたび人々のまえにあらわれることはありませんでした。

 

おしまい