Book36:サナトゥス大公が義理の息子に宛てた手紙。オレニア大公の告発に賛同するようすすめている。

Last-modified: 2009-01-03 (土) 20:49:51

一角獣の月22日

 

我が義理の息子殿

 

件の歌い手については、私も同意見だ。
詩人の妄想か、金や名声目当ての嘘話というのがせいぜいのところではないか。
そもそもあのくそ真面目な男が、己の欲望のままに女性を陵辱して死に追いやり、あまつさえその血肉を口にしたなどとはとても信じられぬ。
なにしろ、あの男の真面目さときたら、司祭も息が詰まるほどだからな。
もっとも、聖公爵の前でなら聖者も自制をかなぐり捨てたとて、驚きはせぬが。

しかし、亡き聖公爵とオレニア大公については、とかく噂があった。
あの芸人もそこから、このような話を思いついたのだろうが、実際のところ、噂では聖公爵の方が当時の大公子に気があるというような話であったと思う。
それからしても歌い手の話は信じ難いが、重要なのは聖龍王陛下がこの話に――というか、あの歌い手に、興味を示されているということだ。
事と次第によっては、あの男を神聖法廷に引きずり出す格好の材料となるかもしれぬのだ。

君がオレニア大公に、畏敬の念を抱いていることは承知している。
私も、先の対暗黒戦争でのあの男の働きには、多いに感謝している。
しかし、ことは英雄崇拝で終わるような単純な問題ではない。
考えてもみてほしい。
今やユーフラニア中が、大災厄時代のなかで悲鳴をあげているというのに、オレニアだけはほとんど無傷のまま、平和と繁栄を享受している。
今やオレニアは、アウロラよりも豊かで安全な国家なのだ。
これは、危険な状況だと云わねばならない。

歴史的に見ても、オレニアは領土的な野心が強い。たまたま今の大公は、高潔無私の人物と讃えられているが、それがいつまで続くのかは誰にもわからぬのだ。
あの男の強さは、先の戦で嫌というほど見せつけられた。寧ろ強すぎる、ということをな。
オレニア大公は最強の魔導師にして剣士、しかも年を取らず、一部では不死身とも云われている。
そのような存在が、ユーフラニアの脅威ではないと云えるだろうか?

我々には、オレニア大公の力に抗し、それを押さえておけるだけの何らかの手段が必要なのだ。
神聖法廷にあの男を召喚するのは、その為の最初の一歩にすぎぬ。
聖公爵の死因も、オレニア大公との関係も、真実は今となっては誰にもわからぬ。
それはつまり、あの歌い手の話もまた一つの真実たりうるということだ。
いかに人のよい聖龍王陛下とて、自分の婚約者を奪い、妖精の血を飲んだ相手ともなれば、告発を無視はできまい。

もちろん、私はオレニア大公を本気で処刑したいなどと願っているわけではない。
あくまでも世界の均衡を保ちたいというのが、私の願いだ。
君も、ここは個人的な感情を捨てて、ユーフラニアの為に何が最善かを、今一度考えてみてはくれまいか。
君が我々の考えに賛同してくれることを、心から願う。

 

マルクス=ユルス・コルネリウス・カリタ=グナートゥス= ウィスタ=デ・サナトゥス