ある日のこと

Last-modified: 2021-06-01 (火) 21:54:13

 ある日のこと。
 部屋の押し入れにしまい込んだ行李を引っ張り出す。
 行李の中には学園の教書や、何かの書物をしまってある。
 とりあえず一冊取り出して、これは学園の教書だと一目見て分かったので、脇に置く。
 次も学園の教書、さっきの教書に重ねて置いておこう。
 次は……なんだろう? ぺらり。あ、これも教本か。こんなのあったっけ? とりあえずこれも違ったから置いておいて……。
 ━━━━。

 
 

「おお、あったあった」
 何の変哲も無い表紙。
 じっと眺めてみても、特に色褪せたり虫に食われたところもない。
 さすがにそこまでの時も経ってないしね。
「懐かしいなあ」
 やっぱりここにあると思ったんだよね。私の日記。
 やっとのことで見つかった。まさか行李の一番底にあるとはね。
 さて。とりあえず、出した書物を仕舞うとして……よいしょ。よいしょ。……行李はまた押し入れに押し込んで。すすー……っと。
 よーし片付いた。
 「さあて。じゃあ、読もうかな」
 ぺらり。
 ぺらり。
「……ふふっ」
 ぺらり。
 ぺらり……。
 ……。
 ……。
 ……せっかくだし。居間に行って、誰かと一緒に読もうかな?
 ぱたり。

 
 

 すすすー。
 居間には誰もいなかった。
「なんだあ。残念」
 開いた障子を閉めながら、誰も居ない居間へと入る。
 とりあえず自分の座布団に座るとしよう。
 座卓にだらーんと頭を乗せて、日記の端に指を触れさせて、ぱらぱらーと日記のめくれる音を鳴らす。
 ぱらぱらー。
 ぱらぱらー。
 ちょっと風が涼しいね、発見だ。
 ぱらぱらー。
 そんな風にしていると。
 小さな足音が障子の向こう、廊下から聞こえてくる。
 この足音は文ちゃんかな?
 居間に入ってくるのかな?
 足音が障子のすぐ向こうで止まった!
 すすーっと障子が開く。
 やっぱり文ちゃんだ。手に何かの書物を一冊抱えている。
「来たね文ちゃん」
「何ですか。まるで私が来るのを待ち構えていたみたいに……」
 文ちゃんも今で読書をしにきたのかな?
 もしそうなら私と一緒だ……!
「ふっふっふ。文ちゃんこれ、見て見て」
「おや? とこよさんが書見ですか? 明日は雨でしょうか……まあ私は晴れようが雨が降ろうが外に出ないのでいいですが」
 なんだかひどいことを言いながら文ちゃんは私の向い側、炬燵に入る。
「ひどいなあ。だけど自分でも珍しいことだって分かるから何も言えない」
「どうしたのですか? 悪いものでも食べたのですか?」
「書物を読みたくなる食べものなんてあるのかな?」
「うーん、聞いたことはないですが……そんな食べ物があったらとこよさんに食べさせてあげたいですね」
「そうだねえ。私もそんな食べ物を食べれば、座学の成績ももう少し良くなったのかなあ」
「今から学ぶのもいいことだと思いますよ?」
「うっ。まあ、おいおいね。うんうん」
「それで、それはどういった書物なのですか? 表紙には何も書かれていないようですが」
「これはね。書物というほどのものではないけど……書物ではあるのかな?」
「なるほど。新しい寝入り方を考案されていたのですね」
「考案しようとしてはないかな!?」
「そうですか。白紙の書を見ただけで、寝れるようになろうとしていたのかと」
「白紙の書って……それができるのならもはや元から書物がなくても寝られるんじゃ?」
「そうですね。とこよさんには無用の技ですね」
 くすくすと笑う文ちゃん。
「うーん、枕には使えるかなあ」
「では、それは新しい枕ですか?」
「あはは。しばらく枕にするのもいいかも」
 ちょっと厚みは薄い気もするけど。
「せっかく押し入れの奥から引っ張り出したのだし。有効活用しなきゃだね」
「いえ、有効活用というのなら、ちゃんと読んであげましょうよ」
「……それもそうだね?」
「書物は眠るための道具じゃないですからね?」
「……果たしてそれはどうかな文ちゃん」
「まったくもう、とこよさんは」
 そんな風に言う文ちゃんの口元は微笑を浮かべていて。
 持ってきた本を開いてそこに目を落としている。
 ふふっ。楽しいなあ。
 さて。それじゃあ私も日記を読むとしようかな。
 ぺらり。
「……じゃなかった!」
 誰かと一緒に読もうと思って居間に来たんだった!
「どうされたのですか?」
 物から顔を上げた文ちゃんは、なんだか慣れた顔をしているなあ。
 う~ん。それがなんだかちょっと嬉しい気がするのはなんでだろう。……えへへ。
「これ、一緒に読もうよ文ちゃん?」
「うーん。白紙の書を読むのは私にはちょっと……」
「白紙じゃないよ!?」
「ふふっ。でも、ちょっと気になっていました。表紙に何も書かれていないので、とこよさんが何か書いてるのかと思ったのですが」
 おお、さすが文ちゃん鋭い。
「その書には、一体何が書かれているのですか?」
「うん。これはね、私の日記だよ」
「渡しの日記……? 初めて聞きますね……」
「うんうん。私の日記があるなんて、誰にも言ってなかったもんね」
「……? どのような書なのですか?」
「どのようなって、そりゃあ日記だから。私の日々のことが書いてあるだけだよ」
「渡しの日々のこと……今日はこんなお客さんがいた、とかでしょうか……?」
「うーん……書いてる間にお客さんは来なかったなあ」
「そうなのですか? なんでしょう、あまり交通の要ではない、人寂れた場所にある川とかなのでしょうか……?」
「川?」
「どこの船頭さんが書かれたものなのですか?」
「船頭さん??」
 船頭さんってなんだろう?
「……渡しの日記ではないのですか?」
「うん? そうだよ?」
「?」
「?」
 文ちゃんが不思議そうな顔をしている。
 私もきっと同じような顔をしている。
「これは私の日記」
「あ、私の日記……?」
「うん。私の日記」
「とこよさんの日記なんですね?」
 !!
「そう! 私の日記なんだよ!」
「……私としたことがとんだ勘違いを、お恥ずかしい」
 文ちゃんが恥ずかしがっている。
 どんな勘違いをしていたんだろう。
「まさかとこよさんが日記を綴ることがあるだなんて全くの意外なことで……。閻魔さんが自分から進んで働き出すことくらい思いもよらず……」
「……そうだね!」
 それは勘違いするのも仕方ないね!
「でも……日記を書いていただなんて……そんな様子、全く気づきませんでした。小烏丸さんは気づいていたのでしょうか……」
「え? 小烏丸ちゃんもさすがに知らないんじゃないかな? この日記はね、文ちゃんが家に来てくれる前の……まだ小烏丸ちゃんを召喚する前の日記だから」
「私が来る前、ですか」
「昔のね、まだ私が学園の最高学年生になる前の頃」
「ふむ」
「学園が休暇期間だった時のことの、何もすることがなくて暇を持て余したあまり書き始めた日記なんだよ」
「あの……何もすることが無くて暇だったのなら。日記に書くことも何もなかったのではないですか?」
「うん。本当に何もない日は、本当に書くことがなかったね……」
「そうなりますよね……。まあでも、それなら。日記を書くとこよさんの姿を見た覚えが無いはずですね」
「そうそう」
 さて、向いに座ってたら一緒に読みにくいし。文ちゃんの隣に移動しようかなっと。 
 しゅたたたー。
「すこしそっちに詰めてね文ちゃん」
 よっこいしょー。
「どうされたのですか? わざわざこっち側に来て、日記を私の目の前に置かれて、私が読んでいいのですか?」
「一緒に読もうよ文ちゃん!」
「……そういえば、そもそも一緒に読もうと言っていましたか」
 あれ? 文ちゃんがなんだか困惑している?
「どうしたの文ちゃん?」
「ええと、本当にいいのですか? とこよさんの日記を私が読んでも」
「うん。いいよ?」
「とこよさんがいいのでしたら、是非読ませて頂きたいとは思いますが……」
「それじゃあ読もう読もう」
 ぺらり。
「本当にいいのですね」
「うん。どうせ大したことは書いてないから」
 大したことは書いてないというか。
 大したことがなかったというか。
「……あの、とこよさん。これは……日記なのですか?」
「うん? 日記のつもりだけど……」
 日記の書き方が何か変だったのかな……?
 日記がどういうものかよく分からないで書いてたからなあ。
「なんというか、すごく短いというか、『朝から小雨。釣りに出かけた。小雨だったけどよく釣れた。』と書かれただけで一日が終わっているというか……」
「ええと。何か変だったかな」
「いえ、変ではないですが……本当に大したことは書いていないのですね」
「がっかりした顔だね文ちゃん」
「がっかりです」
「がっかりって言ったね文ちゃん。……詩でも書いてたほうがよかったかな?」
「とこよさんの詩ですか。それはそれで見てみたい気もしますが……。まあ、とこよさんが学園に提出する報告書の文章を考えれば、こんなものですよね」
「……そうだね!」
「そもそも、どうして小雨の日にわざわざ釣りに出掛けたのですか?」
「ああ、それはねえ━━」