ゆるーく工事中。まったり更新。
ただ、工事がいつ進むのかは永遠に全く未定。
更新メモ
19/7/11 秋風のあの日
20/1/11 冬枯のあの日
21/6/1 ある日のこと
同…同月 日記
21/6/4 おまけ(未定)四月一日のやつ
23/11/23 おまけ(予定)
普通の日々よ
時系列はあまり深く考えていません。とりともめない感じ。
普通の日々
炬燵と厠と転送の術
炬燵と酔いと悪路王さん
澄姫が遊びに来た
澄姫が遊びに来た その二
澄姫が遊びに来た その三
雪合戦をダラダラ見たよ
澄姫が遊びに来た その四
蜜柑好きな式姫だ~れだにゃあ?
澄姫が遊びに来た その五
雨ッスねー 雨だねー
澄姫が遊びに来た その六
澄姫が遊びに来た その七
澄姫が遊びに来た その八
冬の日。澄姫が遊びに来た。
澄姫が遊びに来た 了
寝つきのいい子じゃ
陰陽師との仲が深まった!
ある日のこと
ぺらり
朝から小雨。釣りに出かけた。小雨だったけどよく釣れた
ぺらり
晴れ、少し風があった。家の大掃除を思いついたので大掃除をすることにした。
ぺらり
晴れ。今日も大掃除。暖かな陽気だったのでつい昼寝をしてしまった。目が覚めてから、大掃除の続きをした。
ぺらり
晴れ、風が強かった。大掃除は終わりにして散歩にする。風が強かった。
ぺらり あははすねこすりだ。
ひまだ。ひまだよ~。することがないよ~。ひますぎてまだ昼なのに日記を書いてるよ~~
うあーーーー~~ひまひまひましへ~~~
へへ Δ △
┃とこ゛ /〇 〇\
┃ よ \ ω /
┃へ m m
\/
ぺらり わっ、たくさん書いてる。
晴れ。まだ朝だけど何もすることが思いつかないので何日かぶりに日記を書く。
まだ朝だけど先に書く分には書かないよりいいよね。
明日から新学年が始まるのでいよいよ私も⻖云陽師だ。陰陽師
いよいよ明日から陰陽師になると思うと楽しみだ。とても楽しみだ。
昼ご飯を食べてお昼寝をしようと思ったけど明日から陰陽師だと思うと落ち着かなくて寝れなかった。
だからまた日記を書くことにした。一日一回しか書いてはいけないという決まりはないはずだ。
落ち着かないと体を動かしたくなってくるね。裏龍さんの所にでも行ってこようかな。そうしよう。
今は夜。せっかくだから寝る前にもちゃんと日記を書くことにした。
今日一日わたしに付き合ってくれてこの日記にもありがとうだね。
お付き合いくださりありがとうございました。
いよいよ明日から新学年。最高学年だ。陰陽師だ。
寝て起きたら陰陽師になってるんだなあ。
あ、陰陽師って言っても見習いだっけ。まあでも、見習いと言っても陰陽師だ。
式姫を召喚して仲良くなって。あやかしを退治して。それで
色々なことを頭の中で思い描いていたら、もう眠気がやってきた。
昼間に体を動かしたせいだろう。けっして頭を働かせたせいではないだろう。
そろそろ寝よう。明日が楽しみだ。明日からはきっと日記に書くこともいっぱいいっぱいあるんだろうなあ。
普通の日々よ
おまけ(未定)
四月一日のやつ
思い出したことなど
ふ~ふふ~ふふ~だか~おもいだしてご~らん~
惜春のあの日
あやかしを無事に討伐して一息。
また春風が、さああっと吹き抜けていった。
風に乱れる髪を手で押さえた時、ふと目の端に地面をはらはら流れる桃色が映る。
桃色の花びらが地面を舞っていく。
春風が吹くたび、桜の花びらが地面を浮いては流れていく。
あやかしとの戦いで乱れた呼吸を整えている間、なんだか遊び笑い合っているみたいに見えた花びら達を何と無しに目で追っていた。
「……もう少し早ければなあ」
「どうされたのですか?」
「ほらあそこ、桜の花びらが風で舞ってるでしょ」
「はい、確かに。舞っております」
「えっとね、もう少し早く私が陰陽師になっていれば、みんなと一緒にお花見ができたのになあって思って」
「お花見ですか……。そうですね、花見をするには少しばかり桜の見頃を過ぎているかもしれませんね」
「うん。だから、もう少し早く私が陰陽師になってればな~って」
「なるほど、そういうことでしたか」
「うん。もう少し早ければなあ」
(学園で催されたお花見には行かれなかったのですか?)
「うん。それは勿論行ったけどね」
(それは行かれたのですね)
「せっかくなら、式姫のみんなともお花見したかったなーって」
道の先を風に浮かれて、桜の花びら達がみんなでくるくる遊んでいるみたいに流れていくのが何だかとても楽しそうに見えた。
「その、確かに今年はもう遅いかもしれませんが、また来年がありますし……どうかそんなに気を落とされないでください」
「来年……そっか、来年があるね!」
「は、はい! 来年があります」
「よし! じゃあみんなと一緒にお花見できなかった今年の分まで、来年は二年分のお花見をしなきゃだね小烏丸ちゃん!」
「二年分……ですか?」
「うんうん。今から来年が楽しみだね」
「二年分の花見……? ではお料理を二年分用意して……お酒はまだ召し上がれないでしょうし……」
(おそらくそういうことでは無いと思いますが……)
でも、もう少し早く陰陽師になれていればなあ。
盛夏のあの日
賑わう夏祭りを一巡りして、赤い敷物に腰を落ち着けた。
たくさん買った、屋台の食べ物。
イカ焼きの香ばしい匂いに狙いは定まり、かぶりつく。
みんなで海水浴に。夏祭りに。
夏は楽しいことがいっぱいだ。
丁度、みんなそれぞれに夏祭りを楽しんでいて、私が一人になった時だった。
背後の林から、かさりと小さく音が聞こえた。
振り返っても何もいない。
もう祭囃子の音に紛れてしまって、本当に聞こえたかも分からない。
それはたぶん、狸とか野兎とか、小さな動物が夏祭りを珍しげに覗きにきた音だったのかもしれない。
あやかしって感じはしないし。
それでも、ちょっとだけ見てこようかなって思って。
私は一人、立ち上がった。
とはいえ、夜の林は真っ暗だ。お祭りの最中を照らして赤々と燃える篝火や赤い提灯の綺麗な灯りは、林の奥のほんの手を伸ばした先で真っ黒な木の影に遮られてしまう。
とりあえず目の前の木に手をついて、林の奥をひょいと覗き込んでみた。
かさかさっと、慌てたように藪を揺らす音が聞こえて。
そのまま藪の奥へと消えていった。
やっぱり狸とか野兎だったんだろうと安心して。
さて戻ろうかなと、そう思って振り返った時。
祭囃子の笛の音、太鼓の音、行き交う人の喧騒、楽しそうな声。
目の前に広がる夏祭りの光景が、目を離せないほど鮮やかに映って見えた。
その明々とした場所はさっきまで私も混じっていた場所なんだと、急にそんな思いが胸いっぱいに湧き上がってきて。
そうしたら、なんだか急にとっても良い気分なって。
目の前の賑やかな光景を眺たまま、少し、歩いてみたくなった。
ゆっくりと、林に沿って歩いた。
夏祭りの最中から少し離れた所から、夏祭りを眺めながら歩いて、歩いて。
気づいたら林は途切れて、神社の階段に続く道。
見上げるような長い階段。
じゃあちょっと上ってみようかなって、もう夏祭りの光景を完全に背にしてしまっているのに気づきながら、気の向くまま階段を上った。
でも、夏祭りを背にしていても、喧騒や祭囃子の笛の音はずっと聞こえいた。
見えないけれど、夏祭りはまだ私に届いている。
それが何だか楽しくて。
どこまで届いてくれるのか気になって、私はどんどん歩いていく。
灯篭に照らされた長い階段を上って、篝火で明るい境内に入って、それでも聞こえてくる音が楽しくて。
それじゃあこれならどうだと境内の裏にまで回る。
灯かりの届かない真っ暗な境内の裏。
とても静かで、でも、目を閉じて耳を済ますと、まだ遠くに祭囃子の笛の音は聞こえていた。
こんな所でも、まだ夏祭りに届いているんだなって。
目を閉じたまま、一人、夏祭りを楽しんでいた。
そうしたら、すぐ背後から声を掛けられた。
「何ぞあやかしでも忍び込んだかと思えば」
「わわっ!!?」
すごくびっくりして、振り返りながら思い切り後退りしてしまった。
「はっはっは! どうしたこんな所に一人で突っ立って。肝試しでもしておったか?」
本当にどこから現れたのか。誰もいなかったはずの真っ暗な境内裏で、校長先生が声を上げて笑っていた。
「い、いえ! そういう訳ではないんですけど!」
「なんじゃ? そんなに慌てて。まさか、何か悪さをしようとしていた訳ではなかろうな?」
「ち、違います! ただすごくびっくりして、校長先生がいらっしゃったことに全然気づかなくて」
「まあ、気づかれないように近づいて声を掛けたからのう」
「え、えー! それってつまり最初から私をびっくりさせる気満々だった、ってことじゃないですか!」
「まあそうかもしれんな」
「し、心臓に悪いので、できればそういうことは止めてください……!」
「すまんすまん。こんな人気の無い所にぼーっと突っ立っているもんだからついな」
悪びれながらも、校長先生の声は楽しそうだった。
「ついですか……」
「はっはっは」
「……校長先生でもそういうことをされるんですね」
「ん? まあこれくらいの冗談……意外か?」
「あ、でも。意外かと聞かれると……そうでもないかも?」
「なんじゃそれは。しかし……そうじゃなあ━━━━」
言葉を切って、校長先生が空を見上げた。
それに釣られて、私も空を見上げる。
満点の星空が、境内裏と鎮守の森の真っ黒な影に囲まれて小さく切り取られていた。
黒く塗りつぶされた影に切り取られた透き通った暗い青に、たくさんの星が瞬いていて、それはとっても綺麗な夜空だった。
「……わしも、祭の熱に少し浮かされていたのかもしれんのう」
「星がよく見えますね……」
その時の私はすっかり満天の星空に心を奪われていた。
「そうじゃな。ここは篝火からも影になっておるしな」
「星ってどうして煌いているんですかね」
「ふむ。星が煌いている理由か……」
「はい。お日様もお月様も、空に上ったらずっと光ったままなのに。星は瞬いていて、色もいろんな色があって、白色青色赤色……。不思議だなあって」
それはただ、不思議に思った気持ちをそのまま口にしただけだった。
だから、自分から聞いておきながら、何か答えが返ってくるなんてまるで思っていなくて……。
「━━━━色赤光白色白光」
「え? しょししょ……しょこう……? ええっと、すみません今なんて……」
「はっはっは。釈迦尊の言葉でな、蓮の花の色について言ったものなんじゃが……おぬしが白色青色赤色と言うものだから、この言葉がふと思い浮かんでな」
「蓮の花、ですか……。蓮の花ってそんなに色んな色があるんですね。あれ? でも光ってはいないですよね?」
「はははっ、そうじゃな。釈迦損も別に蓮の花が光っていると言っている訳ではないよ。この言葉はな、それぞれの花がそれぞれの色のままに色づいているという、ただそれだけのことを言った言葉じゃよ」
「はぁ……。それは何というか……そのままですね」
「ああ、そのままじゃ。そして続けて、蓮の花と同じように人にもそれぞれの色があり、人それぞれがその色のままに色づいているのだと、そう説かれる訳じゃな」
「おおっ、なるほど……?」
なんとなく分かったような、分からなかったような。
正直に言えば、その時の私の感想はそんな曖昧なものだった。
「ふむ。坊主でもないのにつまらぬ説法をしてしまったな、すまんすまん」
「いえ、とっても為になりました」
「手を合わせるな手を合わせるな」
「あははっ」
「しかし……」
校長先生がまた夜空を見上げた。
「自らの色のままにか……」
呟くような小さな声だった。
その呟きはまるで、星空を見上げながら星空とは違う別の何か見て呟いたような。何故だかそんな風に聞こえる呟きだった。
境内裏の暗がりの中、校長先生の顔を見つめてみたけど。そこにどんな表情があったのかは、暗い影で覆われて見ることができなかった。
ただ、夜空を見上げて何かを見つめている。それは確かで。
校長先生の見つめる先に何があるのか気になって、その視線の先を追って私もそっと夜空を見上げた。
夜空には、変わらず満天の星が瞬いていた。
祭囃子の笛の音が、遠くから微かに聞こえていた。どこかの全く違う場所で奏でられてる音のように、遠くから届いていた。
「……式姫のみんながそうですよね」
ふと思いついたことが、そのまま口から出ていた。
「……」
「みんなそれぞれの色があって、みんなそれぞれがそれぞれのままで、それぞれが輝いているみたいで……」
思いついたことが、思いついたままに、ゆっくりと言葉になっていく。
「同じようで、でも、一人一人同じじゃないんですよね」
そこまで言い終えた時━━式姫達に草花の名を付けるのも、この言葉とよく合ってるのかもしれない━━そう思ったことを何故だかよく覚えている。
「ああ……そうじゃなあ」
「校長先生。私、なんだかみんなの顔が見たくなってきました」
見上げていた夜空から視線を下ろして、校長先生の顔を見つめる。
影に覆われてはっきりとは見えないけど、もう暗い雰囲気は感じられなかった。そんな気がした。
「そうかそうか。わしはもう少しあたりを見て回るから、早く戻るといい」
「はい。良い言葉を教えて頂いてありがとうございました!」
最後に頭を下げて、くるりと身を翻した。祭囃子の聞こえる方へ。みんなのいるお祭りの最中へ。気持ちのままに早足で。
「元気じゃのう。うむうむ、楽しんでこい」
「はーい! 楽しんできまーす!」
耳に届いた楽し気な声に、早足のまま後ろを向いて手を振ったら。
校長先生は、「ほれ、前を見て歩かんと! 危ないぞ!」と、大きな声で言って、元気に笑っていた。
秋風のあの日
考えてみると。
昔の事を思い出すことは、普通に日々を過ごしている中ではあまり無いことのような気がする。
一度思い出せば、するすると。
その時のことが、目を閉じれば次から次に瞼の裏に浮かんでくるようで。心の内でその時の気持ちがそっくりそのまま息づいていて。
思い出しさえすれば、そんなことは多いのだけど。
そんな風に思い出に目を向けることは、普段はあんまり無い気がする。
思い出に目が向いている時ってどんな時なんだろう。
どんな時に思い出を思い出しているのだろう。
一度訪れたことがあるどこかを再び訪れた時とかだろうか。
あと、昔書いた日記を見つけた時とか。
日記を読み返している時は、間違いなく思い出に目が向いている時なはずだ。そこに書かれていることは、昔あったことなのだから。
その時にどんな事があって、どんな事を考えて、どんな風に思って……、書き綴られた文字を通して、その時の気持ちが心に内に浮かび上がってくる。
浮かんでくる気持ちを心に浮かべたまま、文字を追って、昔のことに目を向けていて。
今の私が昔の私をゆっくりと眺めている。
……でも。日記を読み返すことなんて、それこそ普通に日々を過ごしている中では殆ど無いような気もする。
私がそうってだけなのかもしれないけれど。
でもまあ、そうだとすると。
やっぱりあまり無いことなのだろう。普通に日々を過ごしている中で、昔の事を思い出すことは。
じゃあ結局、昔の事を思い出す時ってどんな時なのだろう。
たぶん、昔の事に目を向けていたい気分、って時なのだろうけど。
先のことでもなく、今のことでもなく。
昔の……思い出を見つめていたい気分になっている。
ということは、つまり。
思い出を見つめていたい気分だから、昔の思い出を思い出している。ということなのかもしれない。
……なら。思い出を見つめていたい気分の時というのは、どんな時なのか。
これじゃあ堂々巡りだ。
結局、何の答えにもなっていない。
……思い出って、何なのだろう。
思い出って不思議だ。
忘れていた昔の……思い出してみるまですっかり忘れていたことでさえ。
思い出しさえすれば、綺麗に、鮮やかに、色んなことを思い出すことが出来る。
綺麗さっぱり忘れていることも勿論あるんだろうけど。
でも、思い出しさえすれば。
その時に自分が考えていたことだけじゃなくて、その時の自分の心の内の動きさえも、ついさっきあったことのように、でもどこか離れた所からゆっくりと眺めているみたいに、思い出すことが出来て。
それなのに。
思い出すまではすっかり忘れていて。
普段は全く思い出すことはなくて。
……でも、そういえば。
自分はすっかり忘れている出来事でも。
普段は全く思い出すことのない出来事でも。
それでも、その時の気持ちが心のどこかでずっと続いていることもある。
忘れていて思い出すことも無くて、でも、その時の心の動きが、気持ちが、心のどこかでひっそりと息づいていて。
ふとした時にその気持ちが顔を出して。
昔の気持ちと、今の気持ちと、両方を並べて見ることがあって。
昔の気持ちと、今の気持ちが。
違っていたなら、自分が変わったということなのだろう。
それは……成長しているってことなのか。
……何となく、どことなく、自堕落になっている面もあるかもしれないけど……。
……それはそれで肩の力が抜けたということなのだろうきっと。うんうん。
何にせよ。
今と昔で変わったことに気づくことは。思い出に目を向けた時に、確かにあることで。
そういえば、そういうことがあるって……そんな思いを心に深く覚えたことが……いつだったか、たしか、昔あったような……あれは……。
髪についた小さな木の葉。
髪に触わる指の感触。
嬉しいような心持ち。懐かしいような心持ち。
秋の日の、林の梢を揺らして吹く風。木の葉の音。
木陰の木漏れ日。
見慣れた野道。
ああ、そうそう。
散歩をしていたんだった。なんとなく。何かをするでもなく。
……もしかしたら、そんな風な気持ちを知ることは……思い出してみたらそれより以前にも普通にあった! って、なることもあるかもしれないけれど。
秋風に吹かれながら散歩をしていた。
見慣れた野道の景色を眺めながら、眺めるでもなく、目に映しているだけで。
歩きながら、頭の中では考え事をしていた。
考え事と言ってもそれは、考え事と言うほどのことでもなかったのだけど。
何をしようかな、って。
何をしようか、ただそれだけのことを、歩きながら頭の中で繰り返し堂々巡りさせていた。
何かをしたい気はしているのだけど。でも、何をしようかなって考えたら、することが思い付かなくて。
散歩をしていたのも、散歩をしたいから散歩をしていたわけではなく。
する事が何も思いつかなくて、だから、とりあえず歩きながら考えようかなって家から出掛けて、ぶらぶらと歩いて。
だけど……本当には。ちゃんと考えたらやる事が思い浮かばないことも、無くはなかったのだけど。
本当にちゃんと考えたら、するべき事というか、した方がいい事というか、なんというのか。
そういうちゃんとした事、色々なやる事は、無くはなかったのではあるけど。
ただ、そういうのは、その時は何だか違う気がしていて。
そういうちゃんと考えたら思い浮かんでくるような事は、ちゃんとしたやる事は、……どれもなんだかする気にならなくて。
何かをしたいなあって気持ちはあるんだけど。
何も思いつかなくて……思い付くような事はどれも、する心持ちにならなくて。
仕方がないからこれをしようかな。
でも、なんだか気が乗らないからやめておこうかな。
それならあれをすることにしようかなあ。
だけどやっぱりそういう気分じゃないから別の事をしたいなあ。
って、そんな風に。
あれこれ考えながら。することは決まらないまま。ふらふらと散歩をしながら、頭の中での堂々巡りを繰り返していて。
何かをしたいなあって気持ちがあったのは確かなのに。
その時の私はしたいことを思い付けなかった。
とはいえ、その時にそのことを深く思い悩んでいたのかというと、別にそういう訳でもなく。
今思い出してみると、そういえばそんなことも考えてたなあって。それくらいのもので。
むしろ、そんなことをそんな風にぐるぐる考えていたなんて、こうして思い出すまですっかり忘れていたくらい。
思い出しついでに考えてみると。ひょっとしたらその時の私は、してみたかったことを一通りしてしまったから。だから、これをしよう! これをしたい! というものが思い付かなかったのかもしれない。
もちろん、本当にしてみたかったこと全てをしてしまったわけではなかっただろうけど。
それに、してみたかったこと以上のことだって沢山あった。その時の前にも、それから後にだって。
まるで想像もしていなかったような楽しいことも、沢山沢山、その一つ一つを思い出すまでもなく沢山あったから。
だから、もうしたいことが何も無いだなんて、そんなことを、その時の私だって思ってはいなかったはずだ。
じゃあ、どういうことなのかというと……。
ただ、何をしようかなって考えた時に、これがしたい! って事が、すぐに思い浮かばなかっただけで……。
でも、そっか。
思い返してみればそういうことなのかもしれない。
ひょっとしたらその時の私は、自分でも思い付かないような、何か、もっと、なんというか……、そういう何かを思い浮かべようとしていたのかもしれない。
自分でも思い付かないようなことを思い浮かべようとして。でもそんなことはできなくて、結局何も思い付かなくて。
思い付かないまま。
頭の中で、堂々巡りを繰り返していて。
……なんて。
そうじゃなくて。
ただ単に、ものぐさな気持ちになっていただけかもしれない。
秋の、季節の変わり目の、そんな頃のことだったはずから。
日差しの眩しい夏の熱さが薄れて、草木の枯れ行く冬の寒さへと向かう途中の。
そんな秋の風が吹く季節に、そんな秋の風に吹かれていたから、それで、なんだかいつもの調子が出なくて。
思い出してみれば。ただ単に、それだけのことかもしれない。
それで、ええと……、そうそう。
だからそんなことは、こうして思い出してみるまで綺麗に忘れていたくらいのことで。
私は秋風に吹かれながら散歩をしていて。
見慣れた野道を眺めながら眺めるでもなく、歩きながら。
何かをしたいなあ、でも何をしようかなあって、頭の中で堂々巡りをさせていて。
そうしたら突然、
「とっこよー!」
背後から肩を叩かれたんだった。
「わあっ!?」
びっくりして振り返ったら、そこに居たのは薔薇姫ちゃん。
「薔薇姫ちゃん!?」
「あははー! ドッキリ大成功ー!」
「も~、びっくりしたよ~」
薔薇姫ちゃんは楽しそうに笑っていて。
私もつられて笑っていたと思う。
「あははー」
衒いの無い、輝くような笑顔。
そんな笑顔を見たら、いつの間にか、瞬く間に、私も楽しい気持ちになっていた。
「びっくりしたあ。いつの間に近づいてたの?」
「ふっふっふ。それはねー、そこの林の中に隠れてたんだよー」
「へっ? 林?」
私の歩いていた道のすぐ脇、というより、道沿いがちょうど楢林になっていて。
薔薇姫ちゃんはその林の中を指差していた。
「あのね。林の中を歩いてたらね、とこよが歩いてるのが見えたんだ。だからね、びっくりさせようって思って。息を潜めて隠れてたんだー!」
「そうだったんだ。気づかなかった」
「ふふふー」
林は見通し良く、ずっと奥の木陰まで、木漏れ日が柔らかに差し込んでいた。
「全然気づいてなかったなあ」
丁度、風が吹いて。木の葉がぱらり、ぱらりと、枝から地面へといくつか音をたてて。
木漏れ日と葉影の模様が織り重なるようにゆらゆらとそよいで。
その景色の中を目的もなく歩いてみたくなるような、それは、そんな風に何となしに心を惹かれる景色だった。
その林の景色は、私には見慣れた景色で。しばらく眺めていたくなるようなとっても綺麗な景色だってこと、私は知っていたのだけど。
知っていたから、見慣れていたから、眺めながら眺めることもなく、目に映すだけで通り過ぎていた。
「気づかれないように音を立てずに潜んでいたからねー」
「そっか。それじゃあ気づかないわけだね」
「ふっふっふー。背後に忍び寄るのは薔薇姫ちゃんの影!」
嬉しそうな、得意気な、そんな薔薇姫ちゃんの声を聞いてるうち。
私もまた微笑んでた気がする。
「でも、どうして林の中に━━━━あ、葉っぱ」
ふと見ると、外套をばさりとさせて格好つけていた薔薇姫ちゃんだったけど、その綺麗な銀色の髪に、小さな木の葉が付いていて。
「ふえ? 葉っぱ?」
私は薔薇姫ちゃんの髪に手を伸ばした。
「うん。ほら、葉っぱが付いてたよ」
「あはは、本当だ。ありがとー」
でも、よく見たら。
薔薇姫ちゃんの髪には他にも小さな葉っぱが付いていて。
「あれ? こっちにも付いちゃってるね」
「あれれ?」
きっと林の中を歩き回ってる内に付いてしまったのだろう。
私はまた薔薇姫ちゃんの髪に手を伸ばし、小さな葉っぱを取って、ふと、気になり。
「ひょっとして……」
私は薔薇姫ちゃんの背後へと、ぐるりと回り込んだ。
「? どうしたのー?」
「そのままそのまま」
振り返ろうとする薔薇姫ちゃんの肩に手を置きながら、見れば私の思った通り。
綺麗な銀色の髪には、小さな木の葉があっちこっちにくっついていた。
「やっぱり」
「やっぱり?」
どうしたのかと肩越しに右に左に振り向いてこちらを見ようとする薔薇姫ちゃん。
髪に小さな葉っぱをいくつもつけて不思議そうにしているその顔が、いつにも増してあどけなく見えた。
林の中で遊んで、髪に葉っぱを付けて、でも、自分ではそのことに気づいていなくて。
それが、なんだか小さな子供みたいだったから。
「髪のあっちこっちに葉っぱが付いちゃってるよ薔薇姫ちゃん」
「本当? あららー」
「葉っぱ、取ってあげるね。ちょっと待ってて」
「分かった! ありがとー!」
それから私は薔薇姫ちゃんの髪に付いた木の葉を取っていった。
小さな葉っぱの一つ一つを、髪に引っ掛けてしまわないよう、髪を痛めてしまわないよう。
一つ一つ、ゆっくりと丁寧に。
薔薇姫ちゃんは向こうを向いたままじっと待っていて。
ただ待っているだけでは退屈だろうから何か話をしようって、私がそう考えて口を開こうとした時。
「林の中、どうなってるのかなーって思ったんだ」
でも、どうして林の中に━━━━
それは、薔薇姫ちゃんの髪に葉っぱが付いているのに気づく前に、私が聞きかけたことだった。
聞こうとして、髪に葉っぱが付いているのに気づいて、それで途切れていて。
私はそのことに、薔薇姫ちゃんの髪から葉っぱを取りながら、少し遅れて思い至った。
「どうなってるのか、かあ」
「うん!」
「どうなってた?」
「木が沢山だった!」
「それは、そうだろうねえ」
「あははー。そうだったねえ」
そのやり取りはどこか気の抜けるようで、なんだか可笑しくて。
心の中に軽やかな風がすいーっと吹き抜けるようだった。
「あははー、そうだったーそうだったー」
顔は見えないけれど楽しそうな薔薇姫ちゃんの声が、なおさら私の心に軽やかな風を運ぶようで。
「そうだったーそうだったー」
私も真似して言いながら、柔らかな銀色の髪を片手で一房掬っては、指で梳いていくように、小さな葉っぱを摘んで取っていく。
一つ一つ丁寧に優しく。
なんだか小さな子供の髪を梳かしてあげてるみたいだなって、そう思った時。
「なんだか髪を梳いてもらってるみたいだね」
薔薇姫ちゃんがのんびりした声でそう言った。
のんびりしていて、どことなく楽しそうな、心地良さそうな、そんな響きを含んでいて。
そんな風に聞こえて。
「そうだねえ」
そう答えた私の声も、のんびりとした、楽しいような心地良いような、嬉しいような。そんな気持ちが篭っていた気がする。
そんな風に、耳に届いたかは分からないけど。でもきっと。
葉っぱを取ってあげていたのは、そう長く掛からない間のことだったように思う。
結局、大して会話もないままで。銀色の髪の一房一房を掬っては、小さな木の葉を一つ一つ取っていって。
でも、私の心は不思議な優しい気持ちに包まれていた。
楽しいのとは違う。嬉しいのとも少し違って。
落ち着いていて。安心する心地で。
沈黙も、穏やかで。時折吹く風の音もとても穏やかに聞こえていて。
時の流れをゆっくり感じるのに、何ももどかしい思いがなくて。
そんな、なんだか優しい心持ち。
薔薇姫ちゃんはどんな心持ちになっていたのだろう。
私と同じように、優しい心持ちになっていてくれたのだろうか。
まあそれは、私がいくら考えたところで分からないことだけれども。
それにきっと、これは私の方の想いな気もする。
だってそうだ。それは、そうだろう。
でも。
薔薇姫ちゃんも、髪を梳いてもらってるみたいだねって言ってくれていたから。
ひょっとしたら。薔薇姫ちゃんは薔薇姫ちゃんで、そういう風な気持ちになっていてくれたのかもしれない。
もしそうだったなら、嬉しいな。
「はい。全部取れました」
「やったー!」
薔薇姫ちゃんが軽やかに跳ぶように一歩、くるんと翻った長い外套の、広がった裾がふわりと落ちきらないその間に、
「ありがとー!」
花の咲いたような笑顔がもう、私の目の前にあった。
「どういたしまして」
「えへへー。ありがとーありがとー」
「どういたしましてーどういたしましてー」
今こうして、笑顔の薔薇姫ちゃんを思い出して、私もまた微笑をもらっている。
「私も小さな頃は、林の中を駆け回って髪に葉っぱをくっつけたりしてたなあ」
小さな頃は、目的も無く林の中を探検して回り、髪に葉っぱをくっつけて、そしてやっぱり、自分では髪に葉っぱがついていることに気づいていなかったりしたものだ。
いつの頃からか、そうやって髪に葉っぱをくっつけて回ることもなくなって。
それはやっぱり、きっと、成長したということなんだろう。
たんに景色を見慣れてしまったから、というのもある気はするけど。どこがどうなっているか覚えてしまうくらい、たくさんたくさん駆け回っていた気がする。
「今のあたしと一緒だね!」
「そうそう。林の奥ってこう……見通せない場所に何かありそうで気になるよね」
「うん! あたしね! 林の中がどうなってるのかちゃんと見ておこうと思ったんだ!」
「そっか。ばらちゃんはうちに来てくれたばかりだもんね」
「じゃあ今度はあっちの林の中を見たいから! 私はもういくねー! 葉っぱ、取ってくれてありがとー! バイバーイ!」
「えっ? あっ! また髪に葉っぱが、付いちゃうよー……まあ、でも……」
私の声は届いていたのか届いていなかったのか。
すでに駆け出していた薔薇姫ちゃんの背中を追いかけようとして、私は一歩だけで立ち止まった。
「それも、楽しいんだもんね」
木漏れ日の差し込む木々の奥へ、翻る外套がはためいていき、木の葉を踏んでいく足音が、やがて聞こえなくなっていった。
林の中、見えなくなった薔薇姫ちゃんの背をしばらく見つめたまま。
優しい気持ちが胸に溢れていて、微笑みがこぼれていて。
それから、私もまた散歩の続きへと戻った。
見慣れた野の道。
風が吹くたびに聞こえる、さらさらと梢の揺れる音。
歩きながら、私はなんとなしに自分の髪に指先で触れていた。
軽く、軽やかに、風が髪を掬っていく。それがなぜだか少し楽しい気がして。
髪に触れながら、髪に指の触れたその心地を、思い出すでもなく、心に浮かべていて。
それから。その心地が心に浮かんでから。今度は、秋風が穏やかに聞こえていたその時の心持ちを、思い出して、また、心に浮かべて。
指先の髪をくるりと巻いて、また、くるんと流して。
知っていた心持ち。
知らなかった心持ち。
見比べるように。代わる代わる眺めるように。
心の中、心持ち二つ浮かべながら。
くるんとしては、くるりとして。見慣れた景色を眺めて歩いた。
雪が積もっていた。
冬寒の日に。
部屋の障子と、雨戸も、全て開いた。
直ぐ指先に、顔に、触れた。肌を刺すような冬の底冷え。
傍に、火鉢を置いて。
真っ白な雪景色を眺めた。
冬の寒さに包み込まれて。
少しずつ、段々と、冷えていく身体は、でも、震えることはなく。
静かに、ただ、熱が失われていく。
何も動くもののない。
しんと、耳の痛くなるような静寂。
微かな息遣いだけ白く、雪景色に消えた。
何一つ、音の無い。
━━━━それに、冬の寒さが厳しいほど、桜の花は綺麗に色付くのよ」
冬枯れのあの日
見ると、かやのひめちゃんは雪景色にじっと視線を注いだまま。
冷えた白い頬の、横顔の、ただじっと景色を見つめているだけなのに、何故だか淡く温もりを覚えて見えた、その眼差しの、注がれる先へと、私もまた目を戻した。開け放った障子、冷えた縁側の向こうには、ただ真っ白な、雪景色。
「そっか」
「そうよ」
風も無く、音も無い。
そんな真っ白な景色。
かやのひめちゃんの横顔の、微かな息遣いが白くなっていたから。
私は雪景色にふーっと息を白く吐いてみた。
雪が積もるはずだなあって。
ふーっとして。
「真っ白だね」
「ええ。真っ白」
真っ白な雪景色に、真っ白な息は。
いつ消えたのか分からないくらい、薄く、消えて。
「息も真っ白」
何もかも止まってしまったみたいだなって。そう思った。
ぽとり、と。
柔らかな土の上に水の雫が滴ったような。そんな音が聞こえた気がして。
目を向けた、火鉢の中。白い灰の上で、寄せて重ねた熾き炭が崩れていた。
私は火箸を取って、崩れた炭をまた寄せて重ねた。
炭と炭の当たる澄んだ音が、静かな部屋には殊更綺麗に響いて聞こえた。
炎は無いけど、白く赤く、内から熱を発して熾きる炭。
やっぱり寒かったのかな。私はその柔らかな熱を宿す色に、目が少し留まった。
そうしてまた、雪景色に目を戻した。
「静かだね」
小さく呟いたら、その息遣いも白く霞んで、真っ白な景色に埋もれてしまった。
「そうね。とても静か」
それでも返事は有って。
短い言葉の、かやのひめちゃんの声は穏やかで。
その響きは、心の落ち着くような、安心するような、何故だかそんな気がして。
真っ白な景色に視線を向けたまま、いつしか、草花の世話をするかやのひめちゃんの姿を思い浮かべていた。
よく晴れた青空に。
草花が水の雫を滴らせながら。
眩い陽射しを受けて。
青々とした葉に光を輝かせて。
そんな花壇に、植木鉢に、庭木に、水遣りをしていくかやのひめちゃんの姿。
遠くからはひっそりとして見えて、隣で手伝えばてきぱきと忙しく見えて。
真っ白な雪景色に埋もれた土にも。
春がくればまた、草花が緑色の芽を出して。
それから葉を青々と繁らせて。
そうして花を色とりどりに咲かせて。
きっとまた、その花の色のままに……。
「そっか。
花が咲いて枯れても。
その後に、残るものがあるんだね」
かやのひめちゃんがこちらを向いた気がして、見ると。
「残るもの?」
きょとんとした顔をしていた。
「あはは。えっとね、雪景色を見てたらね、かやのひめちゃんが草花のお世話をしている姿を思い出したんだ」
「雪景色なのに……?」
「うん……あれ? 言われてみると不思議だね。なんでだろう?」
「自分で言い出したんじゃない」
「それは、えっとね。かやのひめちゃんの声を聞いてたら……何故だかそんな気持ちになって、それで……あれ? う~ん……、なんだっけ?」
首を捻っていたら。
かやのひめちゃんがふっと息を洩らして、小さく笑った。
小さな白い息が、小さく淡く、霞んで消えた。
「とこよらしい」
そう言ってくすくすと笑う度、白い息は小さく広がって、淡く霞み、軽やかに消えていく。
消えていきながら、またくすりと小さく淡く、広がって。
「……そうかな?」
「ええ、とっても」
ふっと、白い息が。くすり、くすりと。白く、白く。
すぐにまた静けさは戻って。
また、雪景色に目を向けた。
静かな景色。真っ白な雪景色を眺めながら、見つめたまま、私は心に浮かんでいた気持ちに目を向けていた。
浮かんでくる気持ちは。思い出を思い出している時の気持ちに似ていて。
その気持ちを胸の内で、ふわふわと浮かべて、揺蕩わせて。
それは淡くて、なんだかすぐに消えてしまいそうに淡いけど、やっぱり消えず心の内に留まり続けていた。
「でも……」
「……」
「花が咲いて、枯れて、その後に何かが残ったなら」
「……」
「それはきっと、花たちがくれたものなのでしょうね」
「━━━━うん」
それからしばらく、ただ雪を眺めた。
「どこかで雪合戦でも始まったみたいね」
「うん。遠くから、何だかはしゃぎ声が聞こえた気がするね」
心の奥。浮かぶ気持ちを、その心地を、胸の内に淡く薄く、揺蕩わせて。留めたまま。
「とこよは、混ざりに行かなくていいの?」
「う~ん……。今は、もう少し雪を眺めていたい気分かも」
「そう」
ただ真っ白な雪景色を眺めた。
「寒くない?」
「ううん。大丈夫」
思い出というほどではない、でも、何かを思い出したような気持ちに心の中で触れながら。
「ならいいけど……」
「うん。大丈夫だよ」
でも、冬は寒くて。
私の身体は少しずつ冷えていった。
━━━━思い出を、思い出すのは。
今の自分の中に、思い出が残っているからなのかな。
いつの日かあったことが、心の奥に残っているからなのかな。
きっとそうなのかもしれない。
いつの日かあった、過ぎ去った出来事、目を向けた景色、心の動き――。
……ああ、そっか。
思い出は、もう過ぎ去ったことなんだ。
私の内を既に通り過ぎてしまったことで。
もう、手の届かない遠いところにあるんだ。
そっか。きっと、そうなんだ。
だからこんなにも、思い出せば生き生きとして、鮮やかで。
寂しくて、儚くて。
懐かしくて、嬉しくて。
温かで、優しくて。
こんなにも、心に残ってるんだ。
……さてと。そろそろ身体も冷え切ってしまった。
熱いお茶をいれて、炬燵に入って温まろう。
そうしたら。冬枯れの、あの日の思い出と一緒だ。
「……そろそろ部屋に戻ろうかな」
「そうね。そうしましょう」
「やっぱり、体冷えちゃうね。火鉢だけだと」
「それはそうよ。こんなに雪が積もるくらい寒い日なんだもの」
「とこよは今すぐ炬燵に入ってなさい。身体を冷やして風邪でもひいたらいけないわ」
「……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「火鉢も傍に置いておくわね。じゃあ私は熱いお茶を入れてくるから、炬燵でちゃんと体を暖めてるのよ」
「な、何よその顔。私はただ……。と、とこよが寒そうな顔してるから温かくして欲しいと思っただけなんだからね! 勘違いしないでよね!」
あ、しまった。かやのひめちゃんの花も見たかったかも。
向春の━━━━━