冬のある日。
澄姫が私の家に遊びに来た驚くべき日。
澄姫を居間へと案内するため廊下を歩いている時のこと。
「外から見てた時にも思ってたけど、けっこう大きいわよね。とこよの家」
「式姫のみんなに部屋を用意できるくらいの広さはあるからねー。澄姫の家ほどじゃないけど、それなりの広さはあるよね」
「土御門の屋敷と比べたらそりゃあそうだろうけど。……式姫に部屋?」
「うん。空き部屋が多いから、自由に使ってもらってるんだ」
「ふーん。そうなの小烏丸?」
「はい。私も部屋を一つ使わせて頂いております」
「ふーん」
「な、何?」
そんなに私の顔を見てどうしたのかな澄姫。
「別に。あなたらしいなって思って」
おっと。
これは褒められてるのかな?
「いやー、えへへ」
「なにを嬉しそうにしてるのよ」
あれ? 褒められたわけじゃなかった?
「いい御主人様に恵まれたわね小烏丸」
「ありがとうございます。とこよ様はとてもお優しいご主人様です」
むむ? やっぱり褒められてる?
うーんよく分からない。澄姫は素直じゃないからなあ。
……そういえば澄姫、今日はどうして遊びに来たんだろう。
「そういえば、今日は突然どうしたの澄姫」
「別に、どうもしないわよ。ただ、一回くらいとこよの家に遊びに行ってみてもいいかなって思っただけで」
本当かなあ。
果たして澄姫が理由も無く私の家に遊びに来たりなんてするかなあ。
「……どこか遠い場所に行っちゃうとかないよね?」
「なんでよ! いや、そういうんじゃなくて本当にただ遊びにきただけだから……」
「本当に?」
まさか本当に私に会うためだけに澄姫が?
いやそんなまさか。
「私がただ遊びに来るってことが、どんだけ信じられないのよ」
「だってー。……でも、だったら一回くらいじゃなくて何度でも遊びにきていいからね?」
「……気が向いたらね」
あっ、照れたな。
「それよりも、あなたの家。大きいにしたってなんだか妙に広すぎない? 外から見たときよりも広いように感じるんだけど」
あっ、ごまかしたな。
でも、さすが澄姫だ。すぐに気づいちゃうんだなそういうの。
「そうなんだよね~。私はずっと住んでるから、家ってそういうものなのかなって思ってたんだけど……、やっぱりちょっと広すぎる気がするよね」
「かなり広すぎる気がするわね」
「きっと、すっごい大工さんがこの家を造ったんだろうね」
「見た目より広い家を建てるって、よっぽど神のような腕を持った大工さんだったんでしょうね」
「ふふっ、そうだね。それか、後から改修をしたのかも」
「細かな増築を繰り返していったのかもしれないわね」
「着きました。ご主人様、澄姫様」
おっと、いつの間にやら居間の前だ。
「客間ではなく居間ですが、よろしかったんですよね」
「うん。いいよ。澄姫だし」
「どういう意味かしら」
「深い意味はないよ」
「それは安心すればいいのかしら?」
「もちろんだよ」
……天照様を安心させる時の月読様の真似って、澄姫も気付いたみたい?
「まあ、澄姫なら居間でいいよねくらいの意味だしね。わざわざ客間で応対するのも、なんだかよそよそしい気もするし」
客間なんて使ったこと無いし。
「ならいいわ。……ちょっと引っ掛かる言い方があった気もするけど」
あ、小烏丸ちゃんがくすりって笑った。
小烏丸ちゃん、普段はあんまり表情が変わらないようで、でも笑うときはすごく柔らかに微笑むんだよね。
そんな顔を見せられちゃうと、こっちももっと楽しい気分になってきちゃうよ小烏丸ちゃん。
って……むむ? 小烏丸ちゃんが突然廊下に両膝を着いたぞ?
「それではどうぞ」
わあー。
座って静かに襖を開く小烏丸ちゃん、すごく綺麗な所作だったなあ。
スッと両膝を着いたまま、両手でススーッと襖を開いて、スイッと身を返して、すごく丁寧な所作で、落ち着いていて。
「ありがとうね小烏丸ちゃん」
「ありがとうございます」
「いえ」
私もいつか普通に小烏丸ちゃんのように落ち着いた振る舞いができるようにならないといけないのかな?
「ほら、澄姫。入って入って」
まあ、そうならないといけないとして、まだまだ遠い日の話だよね。
「あっ、う、うん。お邪魔します……あっ文」
「こんにちは、澄姫さん」
「お邪魔します……でいいのかしら?」
「ゆっくりしていってください……と私が言っていいのでしょうか? 私もとこよさんの家に住み込んでいるだけですし……」
炬燵ですっかり寛ぎながら澄姫を出迎える文ちゃんだ。なんだろう、こうして見ると……。
……もう、文ちゃんがいて当たり前に感じてるんだなあ、私。
文ちゃんだけじゃなくて、小烏丸ちゃん達も、みんなこの家にいて、それが当たり前に……。
……ふふっ!
「細かいことはいいのいいの! 早く中に入ろう!」
「あっ、そ、そうね。じゃあお邪魔します……」
「それでは私はお茶をいれて参ります」
「あ、はーい。ありがとう小烏丸ちゃん」
「いいえ」
こういう時、小烏丸ちゃんにはお世話になりっぱなしだなあ。
「では、閉めますね」
「あっ、私が閉めるよ。さっき小烏丸ちゃんに閉めてもらっちゃったみたいだし」
「えっ、いえ。そんな、私が閉めますのでご主人様はどうぞ炬燵へ」
「ええっ、いいよいいよ! 私が閉めるから! その代わりという訳じゃないけど、小烏丸ちゃんにはお茶をお願いするしさ」
「それは……、いえ……では、ご主人様がそうおっしゃられるのでしたら。了解致しました。精一杯お茶をいれて参ります」
「うん! ありがとう小烏丸ちゃん!」
「ふふっ。それでは行って参ります」
そして、小烏丸ちゃんの背中が襖の向こうへと消えていくのだった~。スス~……ットン、っと。
「とこよって、時々面白いこと言い出すわよね」
「はい。それはもう。見ていて飽きません。ずっと一緒にいたいくらいです。いますとも」
「ええ!?」
私、なにか変だったかな……?