『薔薇姫が水着に着替えません』
夏。
とこよ達は海に行くことになった。
自宅で水着に着替える式姫達。
かやのひめの水着を見て、とこよがはしゃぐ。
「かやのひめちゃんの水着かわいいー! すごい似合ってるよー!」
「べ、別に!(ポンッ 似合ってるって言われたって嬉しくなんてないんだからね!(ポンッ←(花の咲く音)」
薔薇姫が現れた。
「準備できたかやちゃ(ドッ」
薔薇姫は額に矢を射られて倒れた。
(あれ? 薔薇姫ちゃん水着に着替えてなかったような?)
「ふんっ。じゃあ私は先に外で待ってるから」
「あっ、う、うんっ! 分かったよかやのひめちゃんっ」
他の式姫達もめいめい外に出ていき。
部屋の中にはとこよと薔薇姫が取り残される。
薔薇姫は畳に倒れ付している。
その体は大きなマントで覆われて見えない。
「薔薇姫ちゃん大丈夫?」
薔薇姫が跳ね起きる。
「うん! 平気だよ!」
マントの下は、いつも通りの服装だった。
「よかった。……あっ。薔薇姫ちゃん! 額の矢に、かやのひめちゃんの花が引っ掛かってる! かわいい!」
「え? あっ、ほんとだ! えへへー、かやちゃんとお揃いだね!」
薔薇姫は矢から花を取り、頭の横に手で添えてみせる。
瞳をちらりと斜めに見上げて、はにかむように八重歯を覗かせる。
「うんうん! かわいいすごくかわいいよ!」
「そう? あははー」
眩しいほどの笑顔が輝いた。
「もうすっごくかわいい!」
「えへへー」
「ところで薔薇姫ちゃんは水着に着替えないの? かわいいなあ」
「あっ! かやちゃんが水着に着替えるのばっかり待ってて忘れてたー!」
「ええー! それはうっかりさんだよ!」
「あははー! うっかりうっかりー!」
「まったくもう。薔薇姫ちゃんはかわいいなあ」
「じゃあ! かやちゃんも待ってるし外に行こっか!」
額の矢をしゅぽんと元気良く抜いた。
「うん! ……うん?」
「目指すは海だー!」
あははー。と笑いながら、花を頭に手で添えて外に飛び出していく薔薇姫。
「……あれ? 水着に着替えるのは?」
――――かやちゃ(ドッ
外からは、薔薇姫の楽しそうな声と矢が刺さる鋭い音が聞こえてくるのだった。
『薔薇姫が水着に着替えてくれました』
「かわいい! かわいいよ薔薇姫ちゃん!」
セパレートのキュートな白いフリル水着。
ややアイボリーな白い布地が柔らかな銀髪とマッチしている。
頭の横に飾った一輪のコサージュはトロピカルな南国の花。かやのひめと同じ色違いだ。
胸元についた紫のリボンが薔薇姫らしさを感じさせるアクセントになっている。
何よりも、水着姿になっても羽織ったままの大きなマントがとても薔薇姫だ。
シックなマントがフェミニンな水着とのギャップを生んで、薔薇姫が元々備えていたキュートさを驚くほど引き出している。
「とっっっても似合ってる!!!」
「そうー?」
薔薇姫がマントをばさーっと広げながら、その場でくるりと回る。
「わー……!」
大きな黒いマントがふわりとたなびいて、裏地の淡い赤色が軽やかに円を描く。
鮮やかな淡いサンセットに浮かぶ雲のように覆う影の中、白い砂浜のような肌が眩しいくらいに踊る。
おへそに、背中に、惜しげもなく素肌を晒して。
一回り。
潮風の凪ぐようにふわりと体を止めて。
遅れて舞い降りてきた波打つマントを、腕で体に手繰り寄せるようにして。
流れるように、恭しくお辞儀をする。
「わー……! わー……!!」
「なんちゃって」
お辞儀したまま顔だけ上げて、軽く片目を瞑ってみせる。
「胸に、矢が刺さったよ……!」
「矢?」
姿勢を戻した薔薇姫が小首を傾げた。
「こうね。心臓を、ずきゅんと」
「ふふふ、綺麗な薔薇姫ちゃんの棘が刺さっちゃったかー」
「もうね。ざっくざくだよね」
「ふふふー」
薔薇姫はにこにこと笑顔を浮かべながら、マントを握ったままくるりくるりと回る。
マントがビーチパラソルのようにぱっと開いてはまた閉じて、広がったり体に巻きついたりする。
(嬉しそうな薔薇姫ちゃんもかわいいなあ! かわいいなあ!)
マントのパラソルを体にぎゅっと嬉しそうに抱きしめて。
「それじゃあかやちゃんと遊ばなきゃだし、私達も海に行こっかとこよ!」
「うん! 薔薇姫ちゃん!」
ばさっと腕を広げれば、太陽のような笑顔がきらきら輝いて、白い砂浜をめいっぱいに、夏空の下へ。