SS置き場/龍驤ちゃんは龍驤ちゃんと呼ばれない

Last-modified: 2018-05-03 (木) 20:32:31

 龍驤ちゃんは龍驤ちゃんと呼ばれない

「軽空母、龍驤や。独特なシルエットでしょ?でも、艦載機を次々繰り出す、ちゃーんとした空母なんや。期待してや!」

 龍驤はこの鎮守府で最古参の空母である。正規空母蒼龍が着任するまでは航空戦力の要として第一線を駆け抜けていた。
 正規空母が来たからと言って暇になったわけではない、海域の事前偵察や運用試験など艦隊支援、先任としての経験を後任の艦娘たちへ教育を施す重要な役割を担っている。
 ”独特なシルエット”が龍驤の持ち味であるが、だからと言って鎮守府内で下に見られるようなこともなく、駆逐たちからは親しみを、それより上からは軽口はあれど敬意をもって接していた。本人も気さくに相手をしていた。たまに首が疲れることはあったが。
 だがそんな日々に変化が訪れたのだ。
 龍驤は自分の周りの空気が変わっていることに気付いた。

 きっかけは先日、南西諸島海域の敵主力艦隊を撃破した際に行われたささやかな宴会だった。
 敵航空戦力による攻撃に進軍もままならず、戦艦空母の中破大破を繰り返すうちに資源を消耗し、鎮守府は苦しい雰囲気に包まれていた。
 そのような状態で龍驤は偵察機を多数載せ、他の軽空母たちと駆逐による強行偵察で敵戦力の情報を得、分析を行った提督による進軍計画でついに敵主力艦隊を撃破したのだ。これでこの海域では今後優勢に事を進められるだろう。

「あたしたちが命がけで持ち帰った情報で深海棲艦どもをブチのめす事ができたんだ、たまんないねぇ~乾杯!」
 隼鷹が自賛の言葉を叫ぶ。ささやか、だったはずだが大分酒の入った隼鷹ははしゃいで周りの艦娘に絡む。
「アンタ飲み過ぎやで、電が困うとるやないか」
 龍驤は隼鷹をたしなめる。
「なに優等生ぶってるんだよぉ、龍驤ちゃぁん」
 隼鷹が龍驤にもたれかかって反論する。
「一緒に偵察した仲じゃないか、あたしが中破してもう艦載機出せないってのにあと一回だけ偵察させてくれって龍驤ちゃんが出した偵察機が敵主力の情報を持ち帰ってきたんだ、もっと威張っていいんだぜぇ~龍驤ちゃぁん」
 隼鷹の口が止まるのは夜半をだいぶ過ぎてからだった。

 次の日の朝、いつものように任務の準備をしていると隼鷹がおずおずと近づいてきた。どうもちょっと顔に元気がない。龍驤はいつもの調子で声をかける。
「おう隼鷹おはようさん」
「おはよう…ございます」
「どうしたん?飲み過ぎたんか、あれぐらいなら小破にもならんやろ?」
「いや、その、それとは別で」
 隼鷹の様子がおかしい。飲み過ぎて怒られしょぼくれることはあれど、ここまでテンション低いのはそうそうない。

「なんや」
「昨日、飲み過ぎていろいろご迷惑を」
「いつものことやん」
「いや、龍驤さんのこと龍驤ちゃんと馴れ馴れしく…」
「はぁ?」
「同じ軽空母といえど古参の龍驤さんに対して失礼であるとご指導いただいて…」
「誰にや」
「いや、その」
「誰や」
「…加賀さんに」
「…」
 龍驤は困惑した。加賀は蒼龍のあと久しぶりに着任した正規空母だ。まだ先任の蒼龍と練度の差があるため第一線での活躍は少ないが、蒼龍との更なる航空戦力として期待されている。
 本人は他人に対し厳しい性格をしているが、同時に自分にも厳しく蒼龍を追い越すために日々鍛錬していることも龍驤は知っていた。

「気にしとらんで」
 龍驤は隼鷹に軽い口調で言った。
「酒の席の話や、ま、今日くらいは水だけにしとき」
 隼鷹はその言葉を聞いてへへっと照れた笑いを浮かべ、帰っていった。

 隼鷹の後姿を眺めながら龍驤は先ほどの会話を思い出していた。そういえば自分への呼びかけでちゃん付けでは呼ばれた覚えがなかった。
 駆逐たちの一部は呼び捨てにしてくるが「りゅーじょー」という感じで悪気のない幼い子どもたちのようなものだ。あとは皆「龍驤さん」で例外は戦艦連中くらいか、呼び捨てにするのは。提督はもちろん呼び捨て。
「龍驤ちゃん」
 と龍驤は自分でつぶやいてみる。途端にひどく恥ずかしい気分になった。
 こういうのは駆逐同士がきゃっきゃとじゃれあっているようなときに使うようなものだ、と龍驤は思った。

 隼鷹の謝罪でこれでこの件はおしまい、と龍驤は思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。その日から駆逐たちの態度に距離を感じるようになった。いや、駆逐だけではない、龍驤がいま指導しているすべての艦娘から感じるようになった。

「ちょっと電」
「はわわわ、びっくりしたのです!龍驤さん?」
 龍驤はこっそりと電を捕まえた。
「あのな電、最近ウチに対してよそよそしい艦娘が増えているんや」
「…」
 電は困った顔をする。何か知っている顔だ。
「何か知っとるやろ、電」
「はいです…」
「べつに怒らんから言うてみ?」
 電はちょっと迷っていたが、龍驤が見つめ続けているのを見てこくんと頷いた。
「実は…加賀さんが」
「加賀がなんや」
「先日の隼鷹さんのことがきっかけで他の艦娘にも注意したのです」
「加賀にそんなこと言われる筋合いないやん」
「でも正規空母から強く言われたら萎縮してしまうのです」
 龍驤はあきれた。加賀が隼鷹以外にもにらみを利かせていたとは!

 電に礼を言い、別れようとしたところ後ろから電が言った。
「加賀さん、最近ちょっと悩んでいるように見えるのです」

 どうしたものか、龍驤は思案のうえ、翌日に加賀を呼び出した。
「加賀」
「なんでしょうか、龍驤さん」
 いつものポーカーフェイスで答える加賀。
「アンタ最近駆逐や新入りにクンロク入れてるやろ?」
「…」
 加賀は沈黙で答えた。
「余計なお世話や、もし失礼だと思えばウチが自分で言うわ」
 龍驤はきっぱりと言った。

「しかし艦娘と言えど上下関係を教える事は必要です」
「それはウチがちゃんと教えてるわ、上下ではなく役割と連携やけどな」
「…」
「加賀が言うところを好意的にとれば信頼と敬意やけど、それは演習と実戦で自然と身につく」
「…」
 加賀は押し黙った。

 龍驤はその様子を見てため息をついた。そして加賀に対して本題に移った。
「加賀、ウチはキミのことを責めたくて呼んだわけやないんや」
 加賀は黙って聞いている。
「今回自分が作戦に参加できなかった悔しさがあるんやろ?蒼龍との練度の差で貢献できない自分を責めているんやろ?」
 その言葉に加賀は顔をかっと赤らめ、うつむいた。
 そう、今回の作戦は資源を消耗した。そのため資源を多く消費する正規空母は蒼龍だけに絞られ、加賀は作戦初期を除きほとんど参加することができなかった。そして練度がまだ作戦海域の深海棲艦に対して力不足だったのも事実だった。

 加賀はしばらくうつむいた後、龍驤に向き合った。
「龍驤さんはお見通しなんですね」
「伊達に先任やっとらんわな」
「さすがです」
「自分に厳しいのはええ、例えそれがうまくいかんでも」
 龍驤はゆっくり言葉をつないだ。
「やけど他人への厳しさは間違えたらあかん。信頼を損ねるし、敬意を失う」
「…肝に銘じます」

 龍驤は加賀が自分の指摘を受け止め、飲み込んだと判断した。
「これで手打ちでええか?」
「はい」
「じゃあ、お疲れさん」

 その言葉で加賀は背を向け一言、精進します、と言った。
 龍驤はそれでここ数日の疲れが抜けていくように感じた。

 その後龍驤は電に加賀と仲直りしたとだけ伝えた。きっと電を中心にこの空気は元に戻っていくだろう。
 そしてそれはその通りになった。