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MVP

Last-modified: 2019-07-05 (金) 17:57:13
  1. MVP(Most Valuable Player)
    最優秀選手(最高殊勲選手)の略。
  2. MVP(Marines Victory Productions)
    1990年代頃から2009年まで存在した、千葉ローンズの私設応援団と並行して活動していたマリーンズファン個々人による「応援グループ」のこと(応援団ではない*1)。
    本項はこちらを指して解説する。ライトスタンドの入場門横に陣取っていたことから、通称「ゲート横」。






2009年の騒動より前のMVP Edit

第1次ボビー・バレンタイン監督政権期の1995年に発足。1998年の18連敗時の熱い応援やJリーグ・浦和レッズやFC東京などの応援スタイルを参考にしたサッカースタイルの応援で注目を集めたことや、「ビジター観戦ツアー」の実施などでロッテファンの支持を集めることに成功。2019年現在に至るまでのロッテの応援スタイルや「どこにでも行くロッテファン」などロッテファンのイメージを確立した立役者と言ってもいい存在であり、特に応援スタイルについては現在の巨人や西武がその影響を強く受けている他、他球団にもメガホンから手拍子へ切り替える流れを生み出したり、高校野球の応援においてもMVPが取り入れた応援歌が用いられるなど、その点での功績は非常に大きいものといえる。
しかし勢力拡大の中で徐々に傲慢化していき、自分たちのスタイルに合わないファンに対して高圧的な態度をとる、2007年のクライマックスシリーズファイナルステージの日に地下鉄東豊線や福住駅の構内や福住駅から札幌ドームへ向かう公道上で「チバデジャネイロ」と称した騒ぎをするなど、数々の問題行為が以前から指摘されていた*2
また、MVPのツアーは球団主催の観戦ツアーとは別に開催されていた他、MVP自身も自作の応援グッズを販売しており、それらによって間接的に球団の売り上げを低下させているのではと考える人もいた。

2009年のMVP騒動 Edit

2008年オフに千葉ロッテマリーンズが発表した「来季限りでのボビー・バレンタイン監督との契約打ち切り宣言」*3にMVPを主体とした一部ファンが反発、「BOBBY2010」というバレンタイン監督の契約延長を求める署名運動などを展開した。
しかし球団フロントはこれを無視、メディアが報じた重光昭夫オーナー代行の「千葉のくだらないファン」発言や幹部である米田容子氏の異常な行動が彼らの活動へ火に油を注ぐ形となり、ファンによるフロント叩きが始まり、チームの低迷もあり次第に激化していく。
そして9月26日の対オリックスバファローズ戦(千葉マリン)*4、遂にMVPと応援団は球団関係者を実名で批判するゲーフラ*5を掲げる暴挙に出た。試合は殺伐とした雰囲気で進み、6-2でロッテが勝利。
そして、試合後のヒーローインタビューで西岡剛お立ち台から降りたうえでファンに対し涙ながらにこう訴えた。

 

僕自身もそうなんですけど、選手は一生懸命プレーしようとしているし、僕自身、ロッテに入ってファンの方の応援を見てこのチームをすごい好きになりました。

でも、ライトスタンドに批判があったり、いろいろな横断幕が出たり、僕らもそういう状況にさせてしまったという責任があると思う。

きょうも野球少年がいっぱい見に来ていると思います。選手一人一人のプレーを見て夢を描く子供たちもいると思うし、そしてスタンドの歓声を聞いて、大人になったらこういうところでプレーしようと思って頑張っている子供たちもいると思います。

その子たちの夢を崩さないでください。

僕自身も今年こういう成績で、ものごとを言える立場じゃないですけど、1人の人間として間違っているものはあると思うので。

もう一度選手一人一人も考え直して、このチームをもう1回強くしたいと思うし、そのためにはファンの皆さんの応援もすごく必要になると思うので、本当にロッテを愛しているのであれば、明日から横断幕を下げてほしい。

また応援の方よろしくお願いします。

この訴えに涙したファンも多く、スタンドに詰めかけた多くのロッテファン、そしてオリックスファンは西岡に対し温かい拍手を送った。
しかし、MVPやMVPに同調する応援団は西岡の発言に反発。翌27日の試合で前日のフロント批判のゲーフラを「西岡剛の正直しんどい」「よっ!偽善者www」など西岡を誹謗中傷する内容に変え、西岡の打席での応援をボイコットし、さらに凡退時にはアウトコールを吹き鳴らすという驚くべき行動に出る*6
MVPと応援団が応援をボイコットした西岡の打席ではファンの自発的な「ツヨシコール」が起きた*7が、応援団がトランペットやドラムでまくし立てこれを妨害。
これに対して、MVPに対する「帰れコール」がファンの間で湧き上がるなど、ライトスタンドは一触即発状態となる。

 

この騒動は他球団ファンからも波紋を呼び、MVPを絶許認定したファンによりリーダーの職場に電凸が行われるなどの騒動に発展。*8結局MVP及び外野応援団は10月6日の最終戦(=バレンタイン監督の勇退の日)の試合前に球団側に謝罪した上で解散、一部ファンは球場への出入り禁止という処分を受けた事で騒動は沈静化したのだった。

その後のMVPとロッテ応援団 Edit

2010年からは、元球団職員で2004年まで応援団員として活動していたジントシオ氏が団長として復帰。応援団も球団公設という形で再建されている。
旧MVPメンバーはその後社会人野球チーム「TOKYO METS」を設立し応援活動を行っている他、一部のメンバーは球団との和解、現応援団との協議の末に2015年からは外野席応援団として復活している。
しかし、翌2016年には現応援団が旧応援団時代の応援歌を復活させようとしたところ、旧応援団からの横槍で頓挫するなど現在でもしこりが残っているようである。

また、西岡がNPB復帰の際にロッテを選ばなかったのはこの一件もあったからとも言われている。

なお、ジン氏は2015年限りで団長を引退*9。応援団の再建で2010年のロッテ日本一に貢献したと賞賛され、高校野球応援の吹奏楽部にも自身が作成した楽譜を提供するなど野球ファンからの評価も高い。2018年より株式会社楽天野球団へ入社し、現在はゴールデンイーグルスの応援プロデューサーとして活動している。

関連項目 Edit



Tag: ロッテ






*1 ただし、特別応援許可を得ていた私設応援団である千葉ロッテマリーンズ外野応援団と強い関係を持っていたため実質的に応援を取り仕切っていた。なお、この外野応援団は後述の通りMVP共々解散し、現在存在する「千葉ロッテマリーンズ応援団」とは全くの別物である。
*2 なお、「チバデジャネイロ」の件については北海道警察には許可を貰っていた。
*3 なお、これに関してはもともと2009年が契約最終年、かつ基本給だけで5億円という高額年俸が経営の負担になっていたという側面がある。
*4 この日はロッテのBクラスが確定してから初めてのホームゲームだった。
*5 「ゲートフラッグ」の略で、ファンが両手で掲げる旗のこと。持った状態が『Gate(門)』に見立てられた事が由来。
*6 これについては前日の応援団批判だけでなく、前々から西岡の言動やパフォーマンスに対して溜め込んでいたヘイトが爆発したとの見方もある。この他、西岡ファンの少女がMVPに応援するよう申し入れたところ「子供は黙ってろ」「(西岡のサインの入ったレプリカユニフォームに対し)ダサいもの着るな」などの暴言を吐かれたという書き込みもある
*7 なお、対戦相手であるオリックスのファンも「ツヨシコール」を行った。
*8 なお、その後MVPリーダーはこの件により左遷された後退職したという(事実上のリストラ)。そもそも2009年といえばリーマンショック不況真っ只中であり、目立つ行動をしてのこの結果は残当、自業自得といえる。
*9 これで2度目。MVP時代のの2004年にも韓国留学を理由に応援団を脱退している。