秋の風物詩

Last-modified: 2020-09-29 (火) 20:19:46

特定のチームや選手が、シーズン終盤になると毎年のように連敗したり不調になること。

福岡ソフトバンクホークスの場合

最もネタにされるのは福岡ソフトバンクホークスである。

元来は「ペナントレースを制しながら、秋口の短期決戦(CS、日シリなど)で敗退し優勝を逃す」姿を揶揄した表現であったが、近年では真逆の「ペナントレース終盤に他球団に捲られるが、短期決戦では勝利し日本一はキープする」姿がソフトバンクの風物詩と化している。
ここでは年度別に「秋の風物詩」を分割して紹介する。

ホークス前史

南海時代から日本一5回・リーグ優勝17回と常勝軍団であったホークス。しかしお家騒動で野村克也らが去った1970年代後半からは長い低迷期に入り、1988年オフには南海電鉄からダイエーへ身売りされ福岡へと本拠地移転、そして暗黒真っ盛りの1996年には移動バスに生卵を投げつけられる騒ぎが起こったりと、幾多もの苦難を味わう。
だがそれらの苦難を乗り越え、1999年に26年ぶりのリーグ優勝を飾ると、日本シリーズでは中日ドラゴンズを撃破して35年ぶりの日本一を達成。その後も2000年と2003年にリーグ優勝、特に2003年には日本一と黄金時代の基礎を築き上げていた。

2004年

同年に起こった「球界再編問題」で揺れるパ・リーグに19年ぶりのプレーオフ制度が復活*1。リーグ1位・松中の三冠王・野手陣の打撃タイトル総なめと圧倒的だった福岡ダイエーホークスは西武ライオンズと対戦。
しかし西武とは4.5ゲーム差でアドバンテージがなく、結局2勝3敗で敗れリーグ優勝*2と日本シリーズ出場を逃す。特に満塁本塁打を放った和田一浩を筆頭に高木浩之やアレックス・カブレラ、松坂大輔ら西武主力の大活躍に対し、松中は計2安打という戦犯ぶりも印象に残してしまった。

2005年

前年オフ、ホークスは経営不振に陥ったダイエーからソフトバンクに身売り、名前も「福岡ソフトバンクホークス」になった。しかし、この年もレギュラーシーズンを1位通過、前年の雪辱をとプレーオフに挑む。ちなみに対戦した2位・千葉ロッテマリーンズとは4.5ゲーム差で前年同様アドバンテージは付かなかった
ロッテが連勝、第3戦も8回まで0-4とリードされてしまうが9回裏にクローザーの小林雅英を攻略して追いつくと10回にサヨナラ勝ちを収め、続く第4戦も勝利して逆王手。ところが2-1とリードの8回表、初芝清の放った平凡なゴロを処理しようとした川崎宗則とトニー・バティスタが交錯し初芝はそのまま出塁、次の福浦和也も出塁して試合はロッテへと流れが傾くと、そのまま里崎智也の適時打で逆転を許し、その後9回に登板した小林を攻めるも及ばず、土壇場で返り討ちに遭う。
その後、プレーオフを勝ち進んだロッテは日本シリーズで伝説を作り日本一に輝く。

2年連続のプレーオフ敗退が印象に残った事で、この頃から「秋の風物詩」が使われるようになる。

2006年

ホークスはレギュラーシーズン1位通過チームに1勝のアドバンテージが付くルール改正を提案、その後承認されたが同年は3位、アドバンテージは1位の北海道日本ハムファイターズに付く。特に王貞治監督が病気による手術で離脱*3しており、ホークスは巻き返しを期していた。
迎えたプレーオフ第2戦は、0-0の9回裏二死1・2塁から斉藤和巳の投じた127球目を稲葉篤紀が打ち返すと二塁手の仲澤忠厚が捕球、二塁での封殺を狙うが判定はセーフ。その間に二塁走者の森本稀哲が生還してサヨナラ負け。ファイターズの北海道移転後の初優勝が決まると同時にホークス3年連続プレーオフ敗退によるV逸マウンドに崩れ落ちた斉藤をフリオ・ズレータとホルベルト・カブレラに抱えられ、そして呆然とする松中の姿が映し出され哀愁を誘った。

提案したルールで自らの首を絞めるという最悪の結果を招いた事で、「秋の風物詩」がさらに定着。

2007年

この年からプレーオフがクライマックスシリーズ*4へ名称が変わった。シーズン前には寺原隼人との交換トレードで横浜から多村仁を獲得。更にダイエー時代に球団と揉めて放出された小久保裕紀がFAで復帰したが、前年終盤から肩に違和感があった斉藤が長期離脱、復帰後も中10日の特殊ローテで先発という手負いの状況の中、新垣渚も突如としてARAKAKI化。野手も新加入の多村の成績がイマイチ伸びず、松中に至ってはレギュラー定着後最悪の成績*5で浮上のきっかけを掴めず3位に終わる。

 

CSではロッテに相手に1勝2敗で敗退。このCS初戦で先発登板した斉藤は以降肩の故障で公式戦で登板することはなく、結果として現役最後の登板になってしまった。

2008年

開幕戦では逆転サヨナラホームランで勝利して幸先の良いスタートを切り、交流戦では優勝を飾る。しかしこの年に催されたオリンピックに出場するため杉内、和田、更に交流戦MVPの川崎が引き抜かれると、川崎はオリンピック前からの故障が悪化し長期離脱。9月に入ると大失速、シーズン最下位に転落。この年限りで王貞治監督が勇退。

 

21世紀では現在でも唯一となるホークスのリーグ最下位である。

2009年

日ハムに優勝を許し、夏頃から快進撃を続けて上がってきた楽天にも競り負け3位に終わる。CSでも初戦に先発杉内俊哉が先頭打者ホームランを浴びるなど滅多打ちに遭い惨敗。第2戦も先発ホールトンが4回裏先制を許すと5回裏に山崎武司に3ランを被弾。打撃陣も楽天先発の田中将大にエラーの間に挙げた1点を返すのみで完投を許し完敗。前年に続けてまたも楽天相手に苦い思いをさせられることとなった。なお、楽天はこの後日ハムにもっと苦い思いをさせられた模様

2010年

4年ぶりにレギュラーシーズン1位となり、オーナーがソフトバンクに代わってからは初優勝。
満を持して臨んだファイナルステージの相手は3位から勝ち上がった因縁のロッテ。初戦を落とすも2連勝で盛り返し、日本シリーズ進出までアドバンテージ込みであと1勝だったが連敗。10月19日の最終戦では杉内が炎上して呆気なく完封負け、またもロッテに敗れ、「プロ野球史上最大の下剋上*6を許すことになった。

これらが由来となり、秋になると実力を発揮できず短期決戦で敗れる球団や選手の「代名詞」として使用されるようになった。

2011年

前年のロッテを彷彿とさせる勢いの西武を三連勝で下して念願のCS突破を果たし勢いづいたホークスは、日本シリーズでも中日ドラゴンズを破って日本一へと登り詰め、交流戦優勝・リーグ優勝・CS突破・日本シリーズ優勝と国内戦を完全制覇。これまでの鬱憤を晴らして秋の風物詩は払拭されたかに思えた*7

…しかしアジアシリーズではそれまで全て日本の球団が優勝していたがまさかの準優勝。秋の風物詩は遅れてやってきたのだった。

2012年

67勝65敗12分、首位から6.5ゲーム差の3位。シーズン最終戦では西勇輝(現阪神)相手に前代未聞の出来事が起こり、CSへの不安が一気に高まる。
ファーストステージで西武に勝利もファイナルステージで日本ハム、というか糸井嘉男(現阪神)にやられる*8

2013年

73勝69敗2分、首位から9.5ゲーム差の4位。
交流戦優勝とパ・リーグ本塁打数でぶっちぎりの1位を記録するものの、ペナントレースでは5月から調子を上げ球団創設初のリーグ優勝を果たした楽天に突き放され、終盤までロッテ・西武とのCS争いを展開していく。
怒涛の6連勝で追い上げた西武に、10月2日からの直接対決2連戦で連勝すればCS確定だったが連敗。結局は3位のロッテにも1ゲーム差で及ばず4位で終戦。
ちなみに春先は好調であったが、因縁のロッテ*9に競り負けて「秋の風物詩」を体現した。

2014年

このような事態に懲りたのか、前年オフに大規模な補強を実行
シーズンの序盤こそオリックスバファローズに首位を許すも後半戦に巻き返して首位奪回。9月16日にはバファローズとの直接対決で勝ち、マジック点灯寸前までいくもののそこから10戦1勝9敗と大失速。中でもこの年最下位となった楽天に対しては本拠地での4連戦で全敗を喫する有様。後を追うバファローズはその間に徐々に差を詰めていき、多くの人に秋の風物詩を予感させた。そして勝てば優勝、引き分け以下ならバファローズの残り試合の結果次第でV逸*10という「10.2決戦」と称されたシーズン最終戦でのバファローズとの直接対決。試合は双方譲らない激闘の末、延長10回にサヨナラという形でバファローズを振り切り、レギュラーシーズン優勝を果たす。優勝を逃したバファローズの選手は涙を流す一方、優勝したホークスも内川聖一が涙、とりわけ普段からあまり表情を変えない秋山監督に至っては取り乱して号泣するほどだった。

 

ファイナルステージは3位・日本ハムと対戦。最終戦までもつれながらも、大隣憲司の2試合に渡る好投と吉村裕基のサヨナラ打を含む6打点の荒稼ぎなどで突破。

阪神タイガースとの日本シリーズでは初戦を落としたが、以降は4連勝して締まらない結末ではあったものの3年ぶりの日本一に輝いた。

 

この年限りで秋山幸二監督が勇退。秋山監督の優勝後のインタビューによると大型補強による3年連続V逸は免れないプレッシャー、サンドバッグ発言などはあったものの基本的にポーカーフェイスで選手の前では感情を表に出さない日々、更に闘病している夫人の看病*11もあって非常に追い詰められていた状況であったことがわかった。胃薬を球団から常備するようにと渡される、シーズン佳境には睡眠導入剤を飲んだうえで酒も飲んで寝る*12、「ゾンビとかが向かってくる夢を見た。それを倒すんだ」と漏らしたりとあまりの壮絶さに手のひらを返すホークスファン、なんJ民が続出する一方、なんJでは「ゾンビから逃げるんじゃなくて倒す余裕があるならヘーキヘーキ」と言われたり、ゾンビ(楽天)と言われたりした。それと同時に勝つ事が当たり前とされる球団で長年監督を務める原辰徳、また別の意味で涼しい顔で監督を続ける和田豊のメンタルの強さが再評価されることとなった。

2015年

5月ごろから白星を荒稼ぎ、9月17日に早々とレギュラーシーズン優勝を決めるが直後に失速、最長6連敗を喫した。この失速は松中の一軍合流が原因の一端と噂され、この状況を「秋の風物詩」と呼ぶ者も多かったようである。
ファイナルステージで対決した因縁深い3位・ロッテは上記の「下剋上」の歴史を踏まえて開幕当初から「5年に1度のゴールデンイヤー」を掲げており、ここぞとばかりに煽りポスター*13やグッズ販売などで下剋上ムードを盛り上げていた。しかしこの年から就任した工藤公康監督の宣言通り、3連勝で撃破。

ヤクルトとの日本シリーズでは、第3戦で山田哲人の3打席連続本塁打などで敗れるも最終的には4勝1敗で2年連続の日本一を果たした。

 

2年連続でレギュラーシーズン優勝から日本一になっていること、他球団に隙を見せない圧勝ぶりと戦力、松中も同年限りで退団*14したことからなんJでは秋の風物詩は「過去の話」とする見方が強くなっており、さらには「秋の風物詩=ホークスが日本シリーズで優勝すること」という意見がなんJなどでも占められていた。
そう、2016年の夏までは…

2016年

この年もホークスは絶好調で、交流戦も優勝。前年の圧倒的な強さがなんJ民の脳裏にあった上、前半戦での最速マジック点灯記録の可能性が取り沙汰され、当時勢いのあった2位・ロッテも返り討ちにするなど、誰がどう見ても「リーグ優勝は確実」と思われていた

 

ところが夏場(7月)以降は松田宣浩柳田悠岐内川聖一ら主力勢の不振や離脱で勢いに陰りが出始める一方、最大11.5ゲーム差をつけられていたファイターズはオールスター戦前に15連勝*15を記録するなどして猛追。
そして8月で失速して遂に首位から陥落、9月の熾烈な首位争いで力尽きると、とうとう28日に日本ハムに逆転優勝を許してしまう。
なんJでは、ただでさえ「秋の風物詩」と揶揄されてきたホークスが最大11.5ゲーム差をひっくり返されるという、Vやねん!」に並ぶような歴史的V逸*16を喫した事でお祭り騒ぎとなり、関連スレでは「逸男おおおおお」という悲痛な叫びが響き渡り、ホークスファンにとって悪夢の一夜となった。

その後はCSファーストステージでは3位・ロッテを下したものの、ファイナルステージで日本ハムに敗れ、またも「逸男」と叫ばれてしまうのだった

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2017年

4月は松田が不振、和田毅や武田翔太が怪我で離脱し4位というスタート。
しかし、松田が調子を取り戻すと楽天共々90勝ペースで首位争い、7月に楽天を抜いて首位に出ると楽天が怪我人の続出で後半戦大不振に陥りそのまま独走。夏場から猛追してきた西武も全く寄せ付けず9月16日にリーグ優勝、終わってみればシーズン94勝という近年では圧倒的な勝利数であった
CSではファーストステージが勝ち上がってきた楽天と対決。ホークスはファーストステージを勝ち抜いた楽天の勢いに押され初戦から2連敗。「秋の風物詩か?」と囁かれる。しかし3戦目を勝利すると勢いに乗ったホークスはそのまま3連勝でCSを突破し、ホークスファンを安堵させる。セ・リーグ3位から勝ち上がってきた横浜DeNAベイスターズとの日本シリーズでも第6戦の9回に内川が同点ホームランを放ち、延長11回に川島慶三のサヨナラ打で日本一を決めた。

2018年

優勝候補と目されていたホークスが開幕前後に故障者続出の上に鷹達の活躍もあって8月前半まで3位・4位付近に停滞。一方ライオンズが開幕から猛打を振るった山賊打線の活躍で首位をひた走る。
育成ルーキー・大竹耕太郎の昇格やミランダの移籍などで3ゲーム差まで追い詰めるも、メットライフドーム*17の直接対決で1勝5敗と負け越したことなどが響き結局はライオンズに10年ぶりの優勝を許してしまう。*18


しかし、CS1stステージを勝ち抜き、優勝した西武とのファイナルステージをノーガードの殴り合い*19で突破。日本シリーズは相手広島の拙攻もあって連覇を達成。この結果から西武と広島の秋の風物詩ぶりがピックアップされるようになる

2019年

ホークスは柳田、中村晃にグラシアル、クローザー森*20など故障者が続出。その中でも松田今宮や若手選手らの奮闘もあって勝ちを積み重ね、前半は楽天に首位を奪われることもあったが交流戦優勝から勢いに乗って7月には2位と最大7ゲーム差の首位に躍り出た。7月末に0.5ゲーム差まで猛追した日ハムも直接対決で蹴散らしたことで再び独走態勢を築いたはずだったのだが…

投打で活躍していたグラシアル、モイネロが国際試合*21に出場する都合で一時離脱。チームの勢いが落ち、貯金を増やさず減らさずの戦いが続いたことで2位以下を大きく突き放すことができなかった。そこに8月終盤から西武の猛追が始まる。そんな中8月31日のメットライフドームでの直接対決において柳田が打球の後逸を2度やらかす等で遂に0ゲーム差に。9月11日には遂に首位を明け渡し、9月12日には再び逆転するも直接対決のカードがこの試合で終了してしまったためホークス以上に勢いに乗った西武を止められず、9月24日にとうとう最大8.5ゲーム差を付けていた西武に逆転優勝*22を許してしまう*23。当然ネット上では3年前同様「逸男おおおおお」という悲痛な叫びが響き渡り、ホークスファンにとっては悪夢の再来となった。またその過程でスローガンと掛けた「もう逸頂」とか「V脱Sh!」というネタが生まれた。
ホークスが歴史的V逸を喫した原因はいくつかある*24が、最大の原因と言われるのがロッテ戦の大幅負け越し*25である。

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しかしその後のポストシーズンを(●○○○○○○○○○○)で駆け抜け*26日本一。「シーズン終盤こそ後塵を拝すが、短期決戦で勝ち抜ける」という当初と真逆のスタイルが風物詩としてすっかり定着した。

阪神タイガース

2005年頃以降の阪神タイガースは、2006年*272019年*28、は別としてシーズン終盤に大失速することが多い。
ペナントレースでは特に2007年・2008年・2018年が顕著である。

  • 2007年
    井川慶のポスティング移籍もあり、井川の抜けた穴を埋めるはずの安藤優也福原忍がキャンプで早々に離脱。さらにはアンディ・シーツや濱中治の不振もありチーム打率.255、チーム総得点518点は12球団最下位だった。
    それでも林威助・桜井広大の大活躍や久保田智之の日本記録となる90登板の大活躍、先発陣では新人・上園啓史の奮闘などもあり、チーム状態は上昇。藤川球児の10連投もあり、8月30日から9月10日まで10連勝をマークし、12ゲーム差あった巨人をひっくり返して首位に浮上。優勝マジック点灯目前までこぎつけた。しかし、9月19日から悪夢の8連敗で優勝戦線から離脱。最終的には3位でシーズンを終え、中日とのクライマックスシリーズは1勝もできずに敗退。
  • 2008年
    Vやねん!参照
  • 2018年
    ヤニキ右打ち教地獄参照

また阪神は歴史的に短期決戦が苦手で、日本シリーズは過去6度出場したうち1985年以外では日本一になったことがなく、CSも8度進出のうち2014年2019年以外は全て1stで敗退している。

西武ライオンズ

2004年以降のプレーオフ・CSには11度進出しているが、日本シリーズまで駒を進めたのは2004年、2008年の2回のみであり、CSは2011年以外はファーストステージ(1位だった2008、2018、2019年以外)で敗退。またペナントレースでも2008年に日本一になったのを最後に、以降の年で対戦相手の監督胴上げを見届ける事が多いため、こちらもセットで呼ばれることがある。2012年以降のCSは5回とも全て本拠地開催にも関わらずアドバンテージを除くと4勝14敗である。近年は特に2018、2019年と俺達の大爆発のせいでホークス以上に秋の風物詩扱いされるようになっている。

広島東洋カープ

2016年は日本シリーズで日本ハムに2連勝後4連敗、2017年はCSでDeNAに(アドバンテージ1勝含めて)2連勝後4連敗、2018年は日本シリーズでソフトバンクに引き分け、勝利の後4連敗と、3年連続でポストシーズンに似たような負け方をしていることから。

ロサンゼルス・ドジャース

ドジャースは他を圧倒する戦力を抱えながらポストシーズンでは呆気なく敗れる年が続いており、1988年以降世界一に輝けていないため。

関連項目


*1 当初のルールでは、レギュラーシーズン1位チームと第2ステージ進出チームとのゲーム差が5以上ある場合に「1位チームへ1勝のアドバンテージ」が付いていた。
*2 2006年まではプレーオフ勝者がリーグ優勝であった。
*3 第1回WBC期間中のオープン戦及び王が療養離脱した7月6日からは一軍内野守備・走塁兼チーフコーチの森脇浩司が監督代行を務めた。
*4 2007年から。公募により「ファーストステージ」「ファイナルステージ」の名称へ変更され、同年以降はセ・リーグでもCSが採用された。
*5 このシーズンの松中の成績は打率.266、15本塁打、68打点
*6 レギュラーシーズン3位のロッテがCSファーストで2位の西武を、ファイナルでレギュラーシーズン優勝のソフトバンクを、日本シリーズでセ・リーグ優勝の中日ドラゴンズを下し、ロッテの掲げたスローガン(さらにその元ネタはCSファーストで大活躍した里崎がヒーローインタビューで言った「最高の下克上を見せる」)を元に呼ばれるようになった。ただし3位といってもたった2.5ゲーム差ではある。
*7 特に、CSファイナル第2戦・8回裏二死満塁から代打として登場した松中が西武4番手・牧田和久(現楽天)から放った満塁弾は、呪いが振り払われたことを象徴づけるシーンとして有名。
*8 打率.333(9-3)・2本塁打・OPS1.733という大活躍。
*9 秋の風物詩はロッテの影響が大きく、特に2005・2007・2010年で敗れて日本シリーズ進出を逃すなど、合計5度も阻止されている。また後述の2019年も西武の優勝をアシストされた
*10 引き分けならバファローズが残り2試合を1勝1分以上、バファローズ勝利なら残り2試合で2敗しなければバファローズ優勝という状況だった。残り2試合は楽天戦で、バファローズはこの2試合を連勝でシーズンを終えたためソフトバンクとはゲーム差0の2位だった
*11 看病の甲斐なく、この年の日本シリーズ終了後に死去
*12 副作用が強く出ることもあり、最悪命に関わる場合もあるため基本的に絶対やってはいけない飲み合わせである
*13 ロッテの「挑発ポスター」は2007年以来、交流戦でセ・リーグ6チーム各球団に対して作成しているが、CSでも2013年を除いて進出する毎に作成している。この際にホークスへ用いたキャッチフレーズは「タカ狩りの前に、札幌へ寄ってハム食べてこう。」だが、鷹(タカ)狩りという言葉を「鷹を放して獲物を捕えさせる狩猟」である本来の意味と逆に引用してしまうという痛恨のミスを犯してフラグを立て、ホークス公式Twitterからも「鷹狩ってさ、鷹が獲物を狩るんだぜ?」と皮肉られ、その後ロッテがフレーズ通りストレート負けを喫したことでネタにされてしまった。
*14 その後「NPB他球団の支配下選手」に拘って現役続行を模索するもオファーは独立リーグのみで、翌年3月に引退を表明した。
*15 6月19日~7月11日。NPB4位タイの連勝記録。
*16 なお、ホークスは南海時代の1963年に最大14.5ゲーム差を西鉄ライオンズにひっくり返されたV逸のNPB記録を持っている。
*17 ホークスはシーズン中、メットライフではわずか3勝しか出来なかった。ただしライオンズもヤフオクドームで3勝しかできず、成績自体は互角だった。
*18 それでもホークスは最終的には8月に入ってからシーズン終了までに借金1から貯金を22にまで増やしており、西武はほぼ自力でマジックを減らすことになった。
*19 ホークス打線は5試合44得点で西武の山賊打線を圧倒した。
*20 特に柳田、中村に至っては長期離脱となった。森はスピード復帰に成功、復帰後は安定した成績を残した。
*21 ペルーで開催されたパンアメリカン大会にキューバ代表として参加。
*22 西武が逆転優勝できたのは下位チームだけで大きく貯金を作れたことが大きいという声がある。(Aクラスのソフトバンクと楽天には負け越したものの、Bクラスのチーム(ロッテ・日本ハム・オリックス)だけで20個の貯金を作ることができた。ちなみにセリーグのAクラスだった巨人、DeNA、阪神にも負け越した。)
*23 M2で迎えたこの日、ソフトバンクは楽天戦に敗れ、西武がロッテに勝利した。試合経過は今宮内野手、痛恨のミスを参照
*24 9月の日ハム戦2勝3敗や後半戦初戦から6連敗など。
*25 8勝17敗の借金9。ヤフオクドームでは6勝7敗とまだ粘りを見せたが、ZOZOマリンスタジアムでは2勝10敗の大惨状だった。
*26 ポストシーズン内では理論値となる10連勝を達成。
*27 84勝58敗2分と、優勝でもおかしくない成績だったが最終的には2位。しかし9月に17勝4敗(中日以外には1敗のみ)し、普段ポーカーフェイスの落合博満にリーグ優勝後、涙を流しながら恐ろしかったと言わしめた。
*28 一時は自力でのCS進出が消滅したが、(広島が自爆したこともあったとはいえ)最終戦にかけシーズン最多となる怒涛の6連勝でシーズンを終え、CSに進出。