ロシアのトラック製造者

Last-modified: 2024-05-18 (土) 20:48:48

ここではSnowRunnerに登場する車両の元ネタを開発した実在メーカーを紹介する。

ZiL(リハチョフ記念工場)

  • ゲーム内の「Step」の元ネタと思われる。
  • 1916年に「モスクワ自動車」の名称で設立されたロシアのカーメーカー。当初フィアットのモデルのライセンス生産から活動を開始する予定だったが、ロシア革命などの影響により車両製造の開始は1924年からになってしまった。リハチョフ記念工場を名乗るようになったのは1956年で、社名は当時から見て先代の工場長の名前から採られた。現在も会社は存続しているが、自動車製造部門は2012年に廃止され、不動産会社に鞍替えしている。
    取り扱い車種はトラックの他、装甲車・高級リムジン・バス・重機など。‘60年代まではスポーツカーやレーシングカーも製造していた。特にソビエト共産党員高官向けのハンドメイドリムジンで有名だった。

KamAZ(カマ河トラック工場)

  • ゲーム内の「Azov」の元ネタと思われる。
  • 1969年にソ連公営企業としてタタールスタン共和国に設立されたメーカー。本社は同共和国を流れるカマ河近くの都市に所在する。ソ連/ロシア最大の自動車製造者であり、トラックの他バスや乗用車なども手掛ける。
    近年は自社のチームを設立してダカール・ラリーに参加しており、カミオンクラスで7度のクラス優勝を成し遂げている。現在の社員数は約96,000人。三菱重工(約80,000人)よりも多い。

MAZ(ミンスク自動車工場)

  • ゲーム内の「ZiKZ」の元ネタと思われる。
  • 1944年8月にソビエト工業指令により設立が決定し、第二次世界大戦後に活動を始めたメーカー。現在はベラルーシ共和国の国営企業となっている。大型トラック以外にもバス・トラック用ロードトラクター・セミトレーラー・クレーン・機関車等も手掛けていたことがあるベラルーシ最大かつ旧ソ連圏でも大手の自動車製造者である。軍事の世界では移動式弾道ミサイルの発射機及び運搬車両の開発・生産で有名であり、この種の車両の生産数は世界一である。
  • 1991年、MAZは主に軍用向けであった重トラック部門を分社化し、ミンスク・ホイール・トラクター工場(MZKT)を設立している。こちらはゲーム内の「KOLOB」の元ネタと思われる。

GAZ(ゴーリキー自動車工場)

  • ゲーム内の「TUZ」の元ネタと思われる。
  • 1929年にアメリカ・フォードとソ連の共同事業としてロシア共和国に創設された。当初は工場所在地の市から名前を採って「ニジニ・ノヴゴロド自動車工場」を名乗ったが、1932年に市名変更に伴ってゴーリキー自動車工場に改称された。
    初期にはフォード車の兄弟車やフォードから買い取ったプレスボディを使用した車両を製造するなどしていたが、第二次世界大戦中には中上級セダンなどの独自モデルを開発するようになり、軍用車両も手掛け始めた。現在までに装甲車・兵員輸送車・トラックを送り出している。マツダ以外で唯一3ローター・ロータリーエンジン搭載車をラインナップしていた。
    現在も存続するメーカーである。

UAZ(ウリヤノフスク自動車工場)

  • ゲーム内の「KHAN」の元ネタと思われる。
  • 大戦中の1941年にロシア・ウリヤノフスク市で設立。大戦終結までは軍用車両の生産拠点を疎開させる目的で設立された本来の意味での「工場」だったが、戦後になって独自モデルの開発も始めた。
    バンやピックアップトラック、あるいはUAZ-469に代表されるオフロード乗用車を主力とするメーカーだが、少数オリジナルトラックも製造していた。冷戦中から極少数ではあるが西側へ輸出も行っており、現在も存続するメーカーとあって日本でもUAZ製車両は代理店経由で比較的容易に購入可能である。

Ural(ウラル自動車工場)

  • ゲーム内の「Voron」の元ネタと思われる。
  • 1941年に設立されたトラック専門のメーカー。本社は元々モスクワにあったが、大戦中にチェリャビンスク州に移転し現在も同所に存在する。略号が通常の規準と異なるのは上記のウリヤノフスク自動車工場との重複を避けるためと思われる(ウラル=U、自動車工場=AZでこちらもUAZになってしまう)。資料によってはUralAZの略号も使用される。
    設立当初はエンジンとギアボックスしか生産していなかったが、1944年からZISの支店工場となりUralZISの略号を与えられてZIS(スターリン工場。のちのウリヤノフスク工場)が開発したモデルの生産を開始した。完全に独立したのは60年代のUral-375登場からになる。
    1987年には総生産台数100万台を達成し、同時期に政府の業界再編策により民営化された(ソビエト連邦は共産主義という建前のため、実態がどうあれ表向きには民間企業と言うものは存在しなかった)。
    現在はイタリアの企業であるイヴェコ(トラックや大型エンジンのメーカー)が株の過半数を保持しており、実質Uralの経営を握っている。そのため部品の生産はトリノ工場・組立はチェリャビンスク工場で行われている。

LKZ(キーロフ工場)

  • この会社はちゃんとキーロフ(Kirovets)の名で出ている。
  • 設立は帝政ロシア時代の1789年という、ソビエト/ロシアでも最古の部類に入る歴史あるメーカー。略号のLKZ(レニングラード・キーロフ工場)は便宜的なもので通常は使われない(全く関係ないレニングラード・キーロフ重火器工場と紛らわしいため)。オマケに1801年にサンクトペテルブルグに移転してからは砲弾の製造を行っていたため非常に混同しやすい。1868年からは新しい経営者の名前を取ってプチロフスキー工場に改称された。当時生産していたのは、蒸気機関車、貨車、工作機械、砲弾、船舶用大砲など。
    1905年に労働者が起こしたストライキは血の日曜日事件へと発展。ロシア第一革命の発端となった。1917年には工場の多くの労働者がボリシェヴィキの赤軍に入った。
    ソ連時代になると、ソ連の政治家セルゲイ・キーロフにちなんでキーロフ工場と改名された。この頃工場はレニングラードに在所して戦車などを生産していたが、1941~1944年のドイツ軍によるレニングラード包囲戦の最中でも稼働し続けていた。このため労働者の2500人が餓死するという凄惨な状況となったが、包囲が解かれるまで生産を続けたという。
    大戦後は農耕機などを生産、ソビエト連邦崩壊後は民営・株式会社化されたが、2011年にモスクワ証券取引所の上場から廃止されてしまった。
    単なる工場という存在に留まらずソビエトの歴史のターニングポイントに流血絡みで登場するという、なんとも因果な存在である。
  • Snowrunner収録のキーロフ製車両

KrAZ(クレメンチューク自動車工場)

  • ゲーム内の「Tayga」の元ネタと思われる。
  • 日本侵攻直前の1945年8月に設立されたウクライナのメーカー。当初は橋梁建設と農業機械生産を専門としており、600本前後架橋した実績がある。
    1958年に始まったソ連大型車両用工場再建計画の一環として、ヤスロラブリ自動車工場の製造業務が移管された時からKrAZのトラックメーカーとしてのキャリアがスタートした。1971年にはレーニン勲章を授与されている。
    ソ連崩壊後は例によって民営化されているが他のメーカーに比べて遅い1999年。2001年以降はメガモータース(ウクライナとドイツの国際共同企業)傘下となっている。
    2007~2008年の金融危機により経営は窮地に立たされていたが、2014年のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ウクライナ政府からの軍用車の注文が激増した事で立ち直った。
    現在は軍民両方に商品を提供しており、トラックや軽装甲車の他、ミキサー車や架橋車などの特殊車両も製造している。
  • Snowrunner収録の主なクレメンチューク製車両

Tatra(タトラ社)

  • チェコ東部のコプジブニツェ市に本社兼工場を構えるメーカー。名の由来はスロバキアのタトラ山脈に因む。本作に登場する東側圏のメーカーではキーロフと並ぶ数少ないライセンス許可企業。
  • 東ヨーロッパ圏では代表的な大型トラック等の製造元で歴史も古く1850年の創業。当時は馬車のメーカーであったが次第に鉄道分野に進出し客車の製造を手掛け、1887年には今日のタトラに繋がる自動車製造を開始。1920年代から1930年代に掛けて国際的に高く評価される。
  • 1939年のナチス・ドイツ侵攻ではドイツの軍需工場体制に組み込まれてしまう憂き目に遭うも、終戦後は当時の社長がナチス協力者としてその座を追われたのを期に体勢を一新し同年10月に国有化、トラックや乗用車だけでなく路面電車や土木作業機械、バスといった多方面に事業を拡大し、特に路面電車は旧共産圏の規格車両となった事から「タトラカー」の愛称で親しまれた。
  • その後1989年に起きたビロード革命を経て1992年に民営化・株式会社化をするも西側の主要メーカーとの競争に晒された結果、主要市場を次々と失い坂を転がり落ちるように経営が悪化し、止むを得ず乗用車生産を全て打ち切る一方で軍事・大型車両部門では未だに高い評価を受けていた事もあってどうにか首の皮一枚繋がる形で倒産は免れ、その後アメリカの企業により株式の約80%を取得された事で救済を受けている。
  • 現在では2007年に起きた世界金融危機の2年後頃から経営が再度悪化し始めた事を受け、ナビスター・インターナショナルと共同で軍用車両の生産を行う事に合意し継続中である模様。