怪文書(デストロイヤー)

Last-modified: 2019-07-28 (日) 15:45:26
デスちゃん猫を飼う

ある日、散歩ついでに司令部を巡回していると、通路の向こうから走り寄ってくる人影があった。
「あっ人間!いたいたー!」
声の主はデストロイヤーであった。よいことでもあったのだろうか、ニコニコしながら大きなダンボールを抱えている。
「ねえねえ!この子!この子飼ってもいいかな!?」
そういって差し出したダンボールには、縮こまった小さな子猫が収まっていた。
毛もぼさぼさで痩せている。大方司令部の付近に捨てられていたのだろう。
「ねえ…だめかな…?」
不安そうにこちらを見上げてくる。まあバッテリーの備蓄にも余裕はあるし、スペースも有り余ってはいる。だが…
「誰が世話するんだ?」
「もちろん、私が世話するよ!ちゃんと毎日やるから!ね?」
「…まあいいか。ちゃんと躾けるんだぞ。」
「やったー!やったやったー!早速準備しないと!」
そうして彼女は来たときよりもいっそう元気になり、飛び跳ねるように駆けて通路の奥へ消えていった。
そういえば、彼女はアーキテクトと相部屋だったはずだ。仮にも許可を出したのは私だし、一言話をしておくか…

 

アキちゃんのことだ。どうせ飯でも食ってるんだろう。そう思い食堂に向かうと、案の定テーブルに向かう彼女を見つけた。
しかし食事をする様子は無く、なにやら一心不乱に何かの作業をしているようだった。
声をかけてみても「今忙しいの!」の一点張りだ。手元を見ると、大振りなタラバガニが置いてあった。
どうやらこれを解体しているらしい。しかし、殻をむいては皿に並べるばかりで、一向に食べようとはしない。
「あれ、指揮官?どうしたの?」
意味不明な状況に困惑していると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこにはベクターが向かってきていた…ハロウィンの時の衣装を着て。ますます訳が分からん…

 

「ベクター、これは何だ?何をしようとしてる?」
「餌付け」
「…は?」
「なんか、猫を飼うから餌やりのシミュレーションに付き合ってくれー、って言われて。猫の服着てたから丁度いいんだって」
そういって席に座ったベクターに、待ってましたとばかりにアキちゃんはタラバガニの足を差し出す。
ベクターは「あーん」とでも言わんばかりに口で受け取りもそもそと食べる。アキちゃんはそれを見て、満足そうに彼女のあごをくすぐる。
ベクターも満更ではないようで、黙ってその手つきを受け入れていた。なんだこれ…
…とりあえず、猫を飼うことは予めアキちゃんに伝達済みなのだろう。
考えることに疲れた私は「猫に甲殻類を食わせると体を壊すぞ」とだけ伝えると、
それっぽく苦しむ演技をして机に倒れこむベクターとこの世の終わりのような顔をするアキちゃんを尻目に司令室へ戻った。

 
 

数日後…
彼女たちはちゃんと猫の世話をしているだろうか。確認半分面白半分で、彼女たちの部屋に向かった。
部屋に入ると、猫をあやして遊ぶ二人が目に入る。どうやらちゃんと世話はできているようだ。そういえば…
「名前はもう決めたのか?」「「あっ!そうそう聞いてよ!」」どうやら何かあったらしい。
「私はドリーマーって付けようと思ったの!あいつがこんなちっこい猫になったら弄りがいあるよね!」
「絶対ジュピターの方が良いって!毛玉をペッて吐き出すところとかそっくり!」
名付け親をどちらにするかでもめていたようだ。しかしどちらも子猫に付ける名前ではないと思うのだが…
「そうだな…練習にも付き合ってくれたんだし、ベクターと付ければいいと思うぞ。半分俺の趣味だが…」
「「それだ!」」どうやらこの案は二人も納得してくれたらしい。
こうしてベクターと名づけられた猫は、司令部の中でもちょっとした人気者になり、
べくにゃんことして人形たちに可愛がられたのだった。

 

おわり

デストロイヤー

「デスちゃん...デスちゃん...よこせ…よこせ…FF M249SAWとM99がいない…」
「イヤ…私 そっちに来て欲しくないの…来ちゃだめー!
なんにもいないわ…なんにもいないったら…出て来ちゃだめ!!」
「未着任のM99です」
「やはりに限定ドロップを隠していたか、倒されなさいデスちゃん」
「いやっ!なんにも悪いことしてない!」
「デスちゃんが倒れないとドロップしないのだよ」
「ああっ!お願い…(私を)殺さないで!お願い…」

 

「IDWDANY(ガシャン)」

デスちゃんと少年

既に片腕と片足を失い砲は破損、もう片方の腕もだらりと下がって動かない。
デストロイヤーは大樹の下、迫り来る死の気配を感じていた。
アルケミストやイントゥルーダーなら仰々しく人生哲学を反芻しているところだろうが、
彼女は偏に言ってただのバカであったので、ただ『死にたくない』と、そう願っていた。
気まぐれな神様はそんなデスちゃんを救う気でいたらしい、小さな救世主を寄越してくれた。

 

戦争や兵器に漠然とした憧れを抱くその少年は、今日もまた戦場跡へ空薬莢や手榴弾の破片を物色しにやって来る。
森を歩いて回り、今日は不作だなと不貞腐れていたところ、何やら打ち棄てられた人形を目にし…
「グリフィンの人形かなぁ…可哀想…こんなにボロボロで…」
少年がデストロイヤーの頬に触れた瞬間、びくりと体が跳ね、その双眸が見開かれる。
「誰!あんた!グリフィンの人形…じゃないようね」
「うわっ!…すごい!まだ動けるんだ!ねえお姉ちゃん!お名前は!?」
「馴れ馴れしくするんじゃないわよクソ人間が!頭カチ割ってその中で千匹のミミズを這わせてやるぞ!」「ひっ!」
唐突な痛罵に少年は思わず後ずさり、目の前にいるのが友好的な自律人形でないことを知る。
「私の体さえ自由なら、あんたなんか…」
そこまで口にして彼女は気付く。どうにかしてこいつを殺したところでどうせ私も野垂れ死ぬんだ。だったら…
「…気が変わったわ、あんた、私と友達にならない?」「…えっ…?」

 

少年は目の前の人形のあまりの変わり身の早さに恐怖より先に拍子抜けを感じていた。
改めてその人形を見やると、腕と足が片方ずつ欠けている、もしかしたら動けないのかな…?
「どうしたの、なるの?ならないの?どっち?」「な…なります……」「よろしい」
満足げに頷くデストロイヤーを見ていると、なんだか案外怖い人じゃないのかも知れない、なんて、甘い考えすら脳裏を過り始めていた。
「ところで…お姉ちゃん、名前は?」「デストロイヤーよ。あんたは…いやいいわ、あんたは『あんた』で十分よ」
「あ…あはは…僕も覚えられないからお姉ちゃんって呼ぶよ…」

 

それからというもの、少年は甲斐甲斐しくデストロイヤーの所へ通い続けた。
言われた通りに新聞を持ち出し、おやつを分け与え、たまに体を拭いてあげた。
いいように使われているのはわかっていたが、少年にとって人形は憧れの非日常だった。捨てられないよう、必死にデストロイヤーに捧ぐ。
クッキーを手作りしてあげた日には「エージェントのよりは不味いわね」と愚痴を零しながら嬉しそうに頬張ってくれた。複雑な気分。
デストロイヤーとしても少年の関心を引き、心を開かせるために己の人生をたくさん切り売りする必要があった。
こいつに見捨てられたら、私の末路は微生物による浄化を受け、朽ち果て、錆びた鉄枠でできた不細工な彫像と化す以外にないのだから。
ドリーマーにからかわれたこと、イントゥルーダーにからかわれたこと、アルケミストにからかわれたこと…
ロクな記憶がない事に気づいた彼女が怒りを爆発させ、少年が笑いながら諌める。
グリフィンの人形と戦った話を英雄譚のように誇張して語りもする。
尤も、おバカな彼女の脚色は無知な少年すら騙せない稚拙なものでこそあったが。
それでも少年は目を輝かせて話に聞き入り、それを見たデストロイヤーもなんだかおかしくて笑い出す。
そんな平和な交流が、そこそこの間続いた。

 

少年も帰宅し、虫の鳴き声だけが支配する夜の森、デストロイヤーはハエにたかられ眠れない夜を過ごしていた。
あの子がいれば追い払ってくれるのに、と思いつつ身をよじり…異変に気付く。
左手の指が、動く。
グッと力を込めてみれば、人工筋肉が軋み、腕が徐々にだがコントロールを受け入れ始める。
機能を失ったと思われた左腕が己の体としての機能を取り戻している。信じられない。
「…よくも私の睡眠を邪魔してくれたな!虫ケラ風情が!」
己の体を取り戻した歓喜と、鬱陶しい虫への憤激の入り混じった鋭い手刀がハエの生命を断つ…と同時に己の体はバランスを崩し地面へと転がった。
「あーっ!もう!誰か!起こして!…誰も居るわけないか」
明日、あの子が来たら起こしてもらおう。手が動くようになったと知ったらきっと触りたがるんだろうな、あの子。腕相撲の相手でもしてやろうか。
「…ふふ…あの子に見せてやりたかったな、今の私の勇姿…あ!そうだ!手が動くってことは…」
己の首筋のカバーを外し、救援ビーコンの波長を調整・起動する。鉄血の通信帯域に合わせ…これで良し。
「ふふ…これでもうすぐ救援が来てくれるは
ず…」
鉄血への救難信号、それが受諾されるということは、あの少年との別れが来る、ということで…
「……寂しくなんかないわよ、たかが人間の一人…」
横たわった一人の少女の、その呟きを聴いてくれるのは、暗い昏い天蓋と、ちりりと鳴く虫達だけ。

 

「……というわけで!もうすぐあんたとはお別れ!寂しくなるけど…私が居なくなっても泣いちゃダメよ?」
「…うん…お姉ちゃんも……元気でね」
顔を伏せる少年に、左手で頭を撫でてやる。
「さ!暗いのはやめにしよ!それで?今日のお菓子は何?前みたいに激辛チョコとか食わせたら今度はぶん殴るわよ!」
———
分厚い曇天の下、ざあざあと降りしきる雨。
あんたとも長い付き合いね、一人呟き、雨から守ってくれている大樹の幹を撫でる。
こんな天気じゃあの子は来てくれないわよね……
人恋しさを誤魔化すように、教わった歌を小さく口遊む。なーみだーの小池はー……
「あら……本当にまだ生きてる。あなたの生命力はどうなってるのかしら?」
聞き覚えのある声が背後から聞こえる。この声は…
「ドリーマー!助けに来てくれたの!?」
「当たり前じゃない、助けてって言ったのは貴方よ?」
嬉しさで思わず目が潤む、これは雨水だから!と誰とも知れず心の中で叫んでしまう。
「…?ドリーマー、あんた傘なんて持ってたの?」
ふと気になった。あんな鮮やかな色の傘、ドリーマーの趣味でもないだろうし…
「ああ、これ?道行く親切な少年が譲ってくれたわ。こんな雨の日に出歩くなんて、随分とわんぱくな坊やね」
今、なんて言った?少年?こんな森に?
「ついでにお菓子もくれたわ。泥だらけで汚れちゃったけど…貴方なら食べるわよね?お腹空いてるでしょ?」
赤茶けた染みの付いた紙袋から取り出された崩れかけのクッキーは、すごく見覚えのある不恰好さで……
「あ…ああ……ああああああ!!!!」
気がつけば体が勝手に動いていた。左腕をバネに跳ね上がり、ドリーマーの喉笛に向けて鋭く腕を突き出し…
遠くで、パン、と一際大きな音が響き、デストロイヤーの頭は弾け飛んだ。

 

「……まさか本当に罠だったのかしら?私を誘き出すための?……ま、いいわ。
この時点で私を狙わないってことは…M4達ではないのでしょう。私はいなくても十分ね」
ドリーマーが、森の中に潜む部隊へと指示を飛ばす。周辺に、怪しい者がいれば全て殺せ、と。
「それにしても…デストロイヤーが私を裏切るだなんて…フフ…
どこの誰がやったのかは知らないけれど、懐柔したヤツを見つけ出したら、生きたまま解体して脳ミソをクソに漬けてハエに食わせてやる」
誰ともなく罵ったドリーマーは傘をくるくると回し、デストロイヤーの残骸へ向かって吐き捨てる。
「…このクズ鉄にはムカッ腹が立ったから…次のデストロイヤーにも少し痛い目見てもらいましょう。かわいそうに。フフ…ウフフ…」
サディスティックに笑い、ぴしゃぴしゃと水音を立てて振り返るとドリーマーは帰路へ着く。
雨音か、あるいは漏れ出た笑いのせいか、駆動音が聞こえないのだろう。残されたクズ鉄が動いているのに、彼女は気づかなかった。
尤も、気づく必要などない。『それ』には、血濡れの紙袋に向けて手を伸ばし、そのまま力尽きる程度の力しか残っていないのだから。