怪文書(PPS-43)

Last-modified: 2019-03-14 (木) 00:14:14
PPS-43_殺伐とした人形関係いいよね……
 

 PPS-43は大股開きで第一宿舎のドアを潜った。
 思い思いに過ごしていた第一部隊の面々がぎょっとした顔でこちらを見る。

 

「アンタ……それどうしたの?」
 袖で顔を拭う前に口にそれが流れ込んできたのは幸いだった。口内に広がる鉄の味。ドレッサーの鏡を見ると、鼻の下が真っ赤に染まっている。

 

「第十の五ツ星どもと親睦を深めてたのよ」
「あぁ……そりゃ災難だったわね」

 

 第十部隊の名を聞いただけで大方察したのか、部隊の仲間たちはそれ以上は聞いてこなかった。
 まだ戦力化の済んでいないエリート人形がとりあえず編成されている、有体に言えば余り物の部隊である。十全な練成と強化さえ追い付けば八面六臂の活躍をするであろうかの部隊の人形たちから見れば、比較的普及型でありながら現在主戦力として活用され左手に指輪を輝かせているこの小柄な副官殿はさぞ目障りに違いない。

 

「きっちり頭カチ割ってきた?」
「全員鼻をへし折ってやったわ」

 

 近づいてきた同僚にそう返すと、返答に満足したのかハンカチを寄越してくる。遠慮なく鼻をかんで屑籠に放り投げた。

 

「連中が絡んでくるのはいつものことだけど、アンタが乗るのは珍しいじゃない?」
「どうせ指揮官のことなんか言われたんでしょ」

 

 既に興味なさそうにソファに寝転がったまま本に視線を落としている人形の言葉に、PPS-43は渋面を作る。
 まぁ、つまり図星だった。
 いや、別に自分が特別指揮官に好意を持っているわけではない。きっとお前にお似合いの粗末なナニなんだろうなどと言われたらこの場の竿姉妹諸君は例外なくあいつらを快速修復送りにしていたに違いないのだ。敢えてこの場では言わないが。
 舎内放送が流れ、PPS-43の名が指揮官執務室に呼び出される。
 大方、第十の連中に緑の紙を十枚無駄にさせたことについてのお叱りに違いない。

 

「搾られてらっしゃい」
「ご愁傷様」

 

 もはや他人事とひらひらと手を振り見送る同僚たちに舌を出して宿舎を出る。
 さて、どうあの粗チン指揮官に事の経緯を誤魔化したものか。

PPS-43_すーちゃん
 

常々もっと呼びやすいあだなが欲しかったのだ。誓約までしてるのにPPS-43ではあまりにそっけない。スダエフではなんか可愛くない。ペーペーシャがそう呼んでいるのを聞いてこれ幸いと試しにすーちゃんと呼んでみた。
そしたら即刻ケツに蹴りが飛んできた。

 

「こ、今度それで呼んだら処刑よ!処刑するからね!」

 

なぜだ。かわいいのに。そんな変な呼び方でもあるまい。

 

「そ、そう呼んでいいのは姉さんだけだからよ」

 

そう言われては仕方がない。その場は引き下がる。
が、翌日同じ部隊の人形もすーちゃんと呼んでいるのを知って俺は抗議した。ペーペーシャだけではないではないか。これからは俺も呼ぶからなと伝えると彼女は怒りか恥辱か顔を真っ赤にして俯いた。

 

「ど、同志には嫌なの!」

 

なぜ。問い詰めると、しばらく唸った後観念して漏らした。

 

「こ、こ、恋人……みたいになるじゃない」

 

わかった。明日から断固としてすーちゃんと呼ぶ。

PPS-43_こたつでみかん
 

「こんな程度で寒がってんの?ヤポンスキは軟弱ね」

 

今朝の冷え込みに震えながら宿舎に入るとPPS-43は呆れ顔で出迎えた。そりゃあロシアじゃこのくらい日常茶飯事だろうが炬燵でぬくもりながら言われても釈然としない。

 

「う、うるさいわね。寒いのが平気なのと暖かいのが好きなのは関係ないでしょ」

 

バツが悪そうに目を逸らす。実際、この寒波の中いつものミニスカートで出撃しても寒そうにはしていないのだが、宿舎に帰るなり即潜り込む程度には正月に手に入れたこの炬燵がお気に入りの様子だった。初めて使ったときは半日ほど鼻息荒くハラショー、の呟きが止まらなかったほどだ。

 

「いつまでもそんなとこ突っ立ってないで同志も入りなさいよ」

 

自分の前の布団を捲りあげて尻を浮かせ、PPS-43が言う。……別に対面が空いてるのだが、彼女は強硬に促した。

 

「早くしなさいよ。待つのは嫌いよ」

 

仕方なく俺はいつものように、彼女の後ろから膝に乗せるように炬燵に入った。この体勢がまるで苦にならないほど彼女は軽い。

 

「コタツはヤポンスキの素晴らしい発明だけど、不足点が3つあるわね」
「そのココロは?」
「背中とお尻をあっためて、蜜柑を剥いてくれる役が必要だわ。そう思わない、同志?」

 

得意げに言うPPS-43が差し出す蜜柑を、俺はやれやれと肩を竦めて、受け取った。

PPS-43_バレンタインに何にもなかったけど冷静でしたよ指揮官なので!
 

結局0時まで待ち続けても何もなかった。我ながら未練がましくて嫌になるが、翌日我が親愛なる副官PPS-43にバレンタインの話題をそれとなく……あくまでそれとなく向けてみた。

 

「チョコレート?あのFNCがいつも食べてる?……そんなにもらって嬉しいもの?」

 

いや別にみんなチョコレートがそこまで好きなわけではなかろうが、女性から好意を示されるという部分が大事なのだ。とがっついてるように見えない程度に力説したものの。

 

「ヤポーニャは変な風習があるのね」

 

PPS-43は素気なく言って肩を竦めた。こちらの内心を推し量ったわけでもないだろうが、近寄ってきてちょこんと膝の上に座る。

 

「期待してた?」

 

ちょっとだけ、と嘘をついた。
彼女が言うにはロシアにもバレンタイン自体はあるが送るのは男女お互いで贈るものもカードが多く他にお菓子だったり花だったりとのこと。……ひょっとして彼女もこちらのプレゼントを期待していたのだろうか。

 

「ぜーんぜん」

 

それが嘘か真かはわからないが。彼女は首をのばして、啄むように軽く口づけた。

 

「埋め合わせよ。これで許しなさい、同志指揮官」

 

仰せのままに、同志。

PPS-43_無可動実銃欲しい
 

「正座」

 

はい。
PPS-43の命令に素直に頷き0コンマ01秒でその場に着座。
問答無用の処刑……耳を甘噛みから頬抓り、ケツにキックまでムードと怒りの度合いで異なる……ではなく、この「正座」が出た時はかなりマズい。相当に機嫌が悪いときにしかこれは出ない。

 

「私、寛容な方だって自覚があるわ」

 

そ、そうかなぁ?
とはとりあえず口に出さずにおいた。
PPS-43はやや不機嫌さを増した様子だったがそのまま続ける。

 

「他の人形と誓約するのはいいわ」

 

うん。

 

「抱くのも許す」

 

いや抱いてはないけど。

 

「でもこの浮気は許し難いわね」

 

そう言ってどん、と置かれたのは私室に置いておいたガンケース。いよいよわけがわからない。

 

「これは何」
「し、私物の銃だけど」
「そうじゃなくて」
「……シグとモスバーグ」

 

前の職場から持ち出したものなのだが。……ん、いや待てまさか。

 

「スダエフ短機関銃使いなさいよ」

 

えぇー!?
待ってくださいスダエフさん。

 

「何よ」

 

そりゃPPS-43は優秀な銃だろうし今でも手に入るっちゃ入るでしょうがわざわざ手に入れるのは大変だし何よりこれを浮気と取られるのはさすがにちょっと

 

「すーちゃん」

 

は?

 

「すーちゃんって呼びなさいよ」

 

かはぁ……と息を吐きだして言う。
酒臭い。なんかテンションおかしいと思ったらこいつ酔っておられる……!

 

「すーちゃんって呼んだらゆるす。明日一日」

 

呼ぶな、って言ったのはそっちじゃ……

 

「呼びなさい」

 

はい。

 

翌日、素直にすーちゃんと呼んだらすっかり昨夜のことを忘れていたすーちゃんにめっちゃ怒られた。理不尽。

蒸留所

大変です指揮官!すーちゃんの膀胱が蒸留所になっちゃいました~!ppshがひどく慌てた様子で執務室の扉をぶち破る!つまりは小便がウォッカになったという事なのだろうが果たしてそれだけでここまで動揺するものだろうか!?普段から臆病な彼女の事だ少々リアクションがオーバーになっても仕方あるまい!よし君の妹を診てやろう何て事だ本当に蒸留所になっている一体どうしてこんな事に
思い出したウォッカの中には芋を原料とした物もあるつまりppsは芋を食った結果体内のろしあ分と澱粉質が反応を起こし蒸留所にトランスフォームしてしまったのだろうそしてこの考えが正しいならば私がいつまでたってもG28を拾えない事にも説明がつく!オラ!吐け!食ったんだろうけお芋ちゃんをよう!指揮官の幻の左が蒸留器にクリーンヒットし爆発炎上!グリフィンは崩壊した!酒は飲んでも飲まれるなたぁこのことよのう

PPS-43_ウルトラバカ酒飲み

PPS-43の朝は早い。
指揮官の布団を剥ぎ取り仕事に向かわせるのが誰にも譲るべかざる己の使命と任じているからだ。
しかし低血圧な彼女にとって早起きは殊に苦痛である。頭痛と吐き気さえ覚えるほどだ。
まずは燃料を補給せねばなるまい。燃料は燃える材料と書く。そう、つまりアルコールだ。宿舎の冷蔵庫を開けるとまずは指揮官から没収したスコッチを一気飲み。些か物足りないがこれは指揮官の肝臓を慮っての廃品処理兼ウォーミングアップ。本番はもちろん我がロシア最大の発明であるウォッカ。これがなくては我がロシア人形の一日は始まらない。勢いよく飲み干すと空瓶を頭突きで粉砕。これで眠気も頭痛も吐き気も嘘のように吹っ飛んだ。
「さぁ、グズグズしないで起きなさい同志!遅刻はみーんな処刑よ!」

 

指揮官から禁酒令を言い渡された。
激怒したPPS-43はベッドにて抗議を行ったがこれは実力で鎮圧されてしまった。さしもの彼女も膣の奥をぐりぐりされながら愛してる、君の身体が心配なんだと囁かれては些か分が悪い。
しかしこれでおとなしく引き下がるPPS-43ではない。栄えある共産主義国家において上に政策あれば下に対策あり。コロンやローション、殺虫剤は早々に取り上げられてしまったが我がロシア人形は無からアルコールを生み出す術すら持ち合わせているのだ。
ドイツ人形とm45から融通してもらったジャガイモ、砂糖、酵母菌を熱湯に入れ洗濯機に投入。よく撹拌したものを蒸留すればブロガの完成だ。ようやく完成した一杯をぐいとやればメンタルモデルを直撃するこの衝撃!この一杯のために生きている。
さぁ今日も高らかに声を上げ元気に出撃だ!
「Ураааааааааааааа!!」

PPS-43_飾り窓のトリガラのようなあの子

グリフィンの面接に受かった後のことだよ。気が大きくなってた俺は帰りに細やかな贅沢をする気になった。……まぁそう、女を抱こうと思ったんだ……待てって!最後まで話を聞け。
風俗っつってもこのご時世人間のは高くてな。行ったのは人形専門の飾り窓だった。病気の心配もないしな。……え、何でさらに怒んの!?怒ってない?そぉ?……まぁいいや続けるぞ。
食いっぱぐれた人形の行きつく先だ、どいつもこいつもみすぼらしいカッコだけど見た目は抜群だった。え?うちだとどのへんかって?……ほらPPKとか……まぁいいだろそのへんは。結局選んだのはそいつらじゃなかったんだよ。
隅っこのほうにトリガラみたいな細っこい小娘がいてな。ありゃたぶんSSD-62のF型だと思う。あぁDじゃない、愛想が悪かったし到底春をひさぐなんて柄じゃないって感じだった。
話を聞いてみると家で動けない姉が待ってるって話でな。早急に金が必要だって話だった。いよいよ日々の生活にも難儀して飾り窓に身を堕としたものの全然客がつかなかったらしい。
人間余裕があると惻隠の心ってヤツが生まれるもんで、俺は……正直恵んでやってもいい気分だったんだがそいつはさすがに馬鹿にし過ぎだと思って……そいつを抱くことにした。……あれ、怒らないの?続けろ?……わかったよ。
……まぁ悪くなかったよ。ホントほそっこくて抱き心地はよくなかったけど相性がよかったんだろうな。ぐっすり寝ちゃってさ。朝起きたらいなくなってた。あぁ、財布はやられてなかったよ、きっちり代金分だけ持ってかれてた。律儀なもんだ。強いて盗まれたといえばそう……G&Kの求人チラシがなくなってたくらいか。
俺の初めての話はこんなもんだよ。聞いて面白い話じゃなかったろ? なぁこれセクハラじゃないかな……俺じゃないよ!聞いたのお前だろ!?

 

「はー、それで今朝からすーちゃん機嫌よかったんですね」
「それで、って何だよ」
「いえ、こっちの話です。昨日はよく眠れましたか指揮官?」
「ん、あぁ」
「すーちゃんは?」
「横でぐっすりだよ、いつもは定時に必ず起こしに来るくせに。おかげで遅刻しかかった」
そこまで聞くと、いまいち話の見えないこちらをよそにペーペーシャは満足したように頷いて昼食に戻った。
「よかったですね、すーちゃん」
「ん?」
「こっちの話です」
そう言って話を打ち切るので、諦めて俺も食事に戻る。
ある日の昼下がりのことだった。

PPS-43_ホワイトデーだから

暦の上ではもう春だが、3月のロシアはまだまだ冷える。本部から帰る途中、夕方頃から冷たい雨は雪に変わった。
居住区の入口に副官を待たせている。帰路を急ぐと、彼女……副官のPPS-43は傘もささずにゲートの前の枯れた噴水に座って待っていた。
「あら、早かったのね」
「悪いな、寒かったろう」
「お生憎様。人形は人間みたいにこのくらいで風邪引くほどヤワに出来てないの」
人間よりはだいぶ頑丈に出来ている戦術人形はいつものミニスカート姿で震え一つ見せない。吐息の白さだけが、彼女が自分と同じ寒気に晒されていると証明している。
とはいえ、小柄な少女を薄着のまま隣を歩かせるというのはたとえ人形でもどうも気が咎めるし、見ている方が寒くて敵わない。
立ち上がるPPS-43の肩から雪を払って、自分のしていたマフラーを彼女の細い首にかける。
「寒くないったら」
そう言ってマフラーを返そうとするPPS-43を手で制する。何か上手い理由は。
「やるよ。今日は……」
あった。
「今日はホワイトデーだから」
ホワイトデーだから。これはプレゼントってことで受け取っておいてくれと無理やりマフラーを押し付けた。
PPS-43はきょとん、と巻いたままのマフラーに視線を落として、それからこちらをじっと見た。首周りが寒くなったが、身震いはじっと我慢。
「……随分手軽な贈り物ね。ま、いいわ。受け取っておいてあげる」
マフラーを巻き直して、ふんと鼻を鳴らす。隣を歩きながら副官は肩を寄せてきた。
「寒くないんじゃなかったのか?」
「同志は寒そうだから、くっついてあげてるのよ」
「そうかい」
もう暫く。寒い日が続くといいと思った。