徳澤国

Last-modified: 2020-03-01 (日) 17:51:56

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基本情報

国名徳澤国(Eng;Tokusawalia)
建国1951年
国歌進め 美しの徳澤
公用語日本語(津軽弁)・アイヌ語
通貨リットル(ℓ)(40ℓで約1円)
首都豊野
第1党維新の党
内閣第3次南川内閣
総理大臣南川(リコフルウ)忠輔(第3次)(12代目)
副総理大臣津軽(アニノ)博之
 

我が国は今後の世界の置ける戦争については憲法に則り参戦いたしません。また、海外に移駐中部隊は隊員の安全のため速やかに撤収いたします。国内においては他国に攻撃された際の防衛を目的として、全部隊を動員して緊急配備を実施いたします。

主な歴史

1951年5月10日、前年から大飢饉であったにもかかわらず当時の政権の中心にいた国民党が対策を取らず、それに苛立ちを覚えた維新の党が陸海空軍をを味方につけるとともに国民党に対し宣戦布告、維新の党の中心都市新得から首都稲原にむけ北上をはじめた。
1951年5月11日、軍を味方につけることができなかった国民党はわずかな支持者とともに首都の稲原から北へ向け逃亡を開始。
1951年5月15日、最北端の都市である佐世まで追い詰められた国民党は佐世の地にて降伏。一度も戦闘が起こらずに終結となった。国民党の降伏により、維新の党が政権をにぎることとなり、国名も徳澤に変更され現在の徳澤国が誕生した。
1953年4月28日、陸海空軍の暴走を恐れた政府は陸海空軍を解散。新たに国家防衛を目的とした保安隊を成立。
1961年5月15日、首都が稲原から豊野に移される。
2001年5月15日、国家誕生50周年を迎える。

軍事

1953年に国家防衛のみを目的とした保安隊が創立された。保安隊は陸海空それぞれが綿密に関わりを持っている。

海上保安隊
周りを海に囲まれている島国のため艦船は充実しており正規空母3隻・ヘリ搭載警衛艦4隻・ミサイル警衛艦16隻・汎用警衛艦27隻・多用途警衛艦計15隻・潜水艦28隻を保持している。
徳澤国では海上保安隊の活動は領海外の哨戒、他国の支援、訓練、沿岸警備庁からの要請時の領海内での活動のみと定められている。

航空保安隊
固定翼機約500機、回転翼機約200機を保持しており、離島防衛も完璧にカバーされている。
徳澤国では航空保安隊の活動は領空の警備・防衛、対領空侵犯措置、訓練、他国の支援のみと定められている。

陸上保安隊
陸上保安隊は他国の陸軍とは異なり、他国によって侵略された領土の奪還をが主目的であるため、戦車等の保有は少ない。
ただ離島が多いことから、水陸機動部隊が他国と比べ充実している。
徳澤国では陸上保安隊の活動は離島の警備・防衛、離島奪還、訓練・災害派遣のみと定められている。

その他