事件に潜む積極的なウソ、上書き、覆い隠しの偽の見破りと、関連する後期クイーン的問題の検討

Last-modified: 2017-06-29 (木) 07:24:28

はじめに

後期クイーン的問題に対し、以前に、その問題の概要説明と解決方法にふれ、それで解決していた気になっていた。
要は、痕跡をなんらかの形で読者が信じられるように作者が肯定すればいいという方法だった。つまり、あれこれ疑う必要はない。これは信じていいものですと。
ただ、最近それは消極的な解決であり、作者があえてウソの証言を準備して事件を複雑化させた場合は、どうなるのかと考えさせられる事があった。
デタラメな偽の痕跡ではないが、覆い隠したり隠そうと1手間加えた結果、表面的にみえる痕跡と真実が離れてしまうような場合など、
ウソや多い隠しが事件に紛れ込んだ場合を考えた、見破り方法発見と関連する後期クイーン的問題の積極的姿勢での解決を図る。






事件にまぎれこむウソ上書きの大別や分類

ウソ上書きの対象別分類

  • 本文や文章そのものに嘘・誤解をまねく (叙述トリック)
  • 探偵や主人公の目を通じて見えた現場の痕跡や状況
  • 事件関係者の証言にウソ・虚偽。事件に関連する発言のウソ

さっと思いつくのは上記の通り。まずは、事件というより作品全体を覆うような文章のウソ上書き。次に、事件と犯人とトリックという1セットの中で、事件の痕跡を偽るのか、
あるいは、痕跡として形のないモノ、証言や記憶にウソ上書きが混じる(混ぜる)のか。





ウソ上書きの性質作用的分類

  • 本来の事件性とは関連するが、真実ではなくまた、事実と全く一致しないでたらめ
  • 事実の一部を改変、覆い隠すようにして別の意味に変換するウソ
  • 最初から事件にはない要素、全く新しいでたらめを1から作り上げてしまうウソ

まずは、私は事件時にどこそにこいたというものから、何時までは生きている被害者を見たとかなど、事件の要素と関連するものの、その事件の6w3hの項目を誤認させるようなウソ。
次に、ダイイングメッセージに書き足したり、部屋中に足跡が広がっている殺人現場があったり。本来の痕跡の足し算や引き算をおこなうウソ。
最後は、死体を運んで、心中にみせかけてあげる。死体の名誉のために落ちてた死体を自殺したようにみせるなど。本来の事件には全くない勝手なつけたし。でたらめ。





ウソ上書きの目的用途的分類

  • 作者による犯人や推理を困難にするためのウソ上書き(叙述トリック。作者対読者のウソ上書き)
  • 自分が犯人ではないと(自分が捕まらないようにと)アピールするための犯人自身のウソ、上書き。
  • 犯人をかばう利用する(誤解・勘違い含め)人物による、主犯幇助のウソ、上書き。
    • 共犯者による手助け
    • 犯人に恩をきせて、追加で殺人依頼など。犯人利用のため。
    • 犯人と縁のある人物が犯人を守るため。犯人をかばうため。
  • 被害者をかばう、名誉を守る、被害者の為のウソ上書き。
    • 殺害した犯人や実行犯による気紛れ
    • 被害者の死に多少は関与した(事故や遠因)人物による罪悪感や気紛れ
    • 第三者や被害者側立場の第1発見者らによるウソ上書き
  • 被害者の死や現場の状況を利用することで得をする第三者のウソ上書き。(ネコババや遺産の書き換え、邪魔な人物を犯人だと思わせる証拠品の捏造など)
  • 意味や目的のないウソ

事件に関わるウソ上書きを考えてみると、上述の通り。こういう目的で、どの対象に、どんな性質のウソが仕掛けられるのかということになる。
ただ厄介なのは、気紛れや強欲によるウソ上書きという弱い・現実性の薄い目的動機によるもの場合。そして、直接的な犯人ではない人物の目的によるウソ上書きの場合である。
複数犯説の指摘説明の難しさで書いた通り、犯人と第三者の複数人物が現場に関与したとなると、どちらがどこまで関与したのかを痕跡から判断するのはほぼできない。
それに加え、捕まらない為=犯人にとって明確な得になるウソ上書きであるならば、改変で得をする人物=犯人の図式で絞り込みも可能だが、
お金の為に、犯人の気紛れで、などと論理性再現性の薄い動機での関与の可能性を考えてしまうと、登場人物すべてが改変に関わる可能性が出てきてしまう。
つまり、事件を複雑化させることはできてもフェアプレイでの解決が非常に困難になる。






ウソ上書きの発見、見破り方法

ウソがばれるとき・露見する方法について。露見させるためには

  • ウソ上書きと対立する、より確かな事実事柄が露見したとき。
  • ウソ上書きの根拠、ウソを証明している事柄がニセモノだと露見したとき
  • 消去法。そのウソ上書きが否定されなければ、不可能犯罪になってしまう場合。または複合的な消去法。

まずは、裏口から逃げていく犯人を見たといった証言と、それに対立する裏口の防犯カメラには誰もうつっていないなど。ウソによる事実そのもの反対否定。
次に、アリバイのために作った写真が合成や作り物と証明された場合。ウソの前提となった証拠の否定。
最後は、彼彼女のウソを前提として真実を構成した場合に、犯人が誰もいなくなってしまう。だれもがその犯行を行えなくなってしまうという場合、
その他の複合的な要因や要素との検討から、消去法的に一番脆弱な部分をウソと推察する。



理論的には上記の通りであるが、ミステリの実際実務的には、ウソは必ず見破られなければならないものである。
なぜなら、読者が真実に辿り着けるフェアプレイの為には、ウソを否定し乗り越えるような構造でなければならないからである。もうすこし実際実務的な視点で嘘上書きを掘り下げてみる。


なんというか、遠回りをしてしまったが、この嘘上書きにおける痕跡・露見・発見・証明。それらのの問題、今議題にあがっている問題に関わる本質的な点は、痕跡の重複性と、区別性の問題だと今わかった。
死体移動トリック、死体の凶器や時間を偽るトリックなどなど。嘘上書きといっても、一般的な犯人やミステリでみかけるトリックと嘘上書きは同義で重なるときもある。
しかし、それがなぜ証明困難な問題となるのか、嘘上書きだけがなぜ問題になるのかと考えたときにようやく見えてきた。






痕跡の重複性と区別性。嘘上書きの重要点問題点。

  • 痕跡が重複した場合に、どちらが先か判断が出来ない
  • 痕跡が重複した場合に、だれがどれをしたのか区別できない。

まず問題となるのは重複性である。仮に5つの部屋や場所を犯人や部外者によってぴょんぴょんと死体が移動した場合、誰がどこから移動させたのか。その順番はどの並びが正解なのか?どの部屋で
また、その順番とそれをおこなったのは誰なのか?現場に残った痕跡からはわからないだろう。
また次に、死体が警察に見つかる前に、5人の人間が現場に入りアレコレしたという場合、誰がどの順番で入り、だれがどこを弄ったのか。
という区別をおこなう事は非常に難しい。もしわかるようにこの痕跡=人物としてしまえば、足跡の重なりと足のサイズで誰がどれをいじったかわかるとしてしまえば、順番など関係なく死体に近い足跡の人物が犯人と一発で露呈してしまう。
複数犯を痕跡から証明する難しい理由同様に、複雑化のための嘘上書きもだれがどこまでどの順番でしたのか判断区別できなくさせる。つまり、推理を難しいではなく不可能にしてしまうのだ。






上記を踏まえた、後期クイーン的問題視点で整理。

ようやく後期クイーン的問題の本質が見えてきたので、問題点を今一度整理する。つまり、すべての痕跡は有意義で、かつその有意義を判断区別できるようにしなければフェアではないというテーゼなのだと思う。

  • 痕跡がホンモノかニセモノか、デタラメか。痕跡の真偽、関係無関係の問題
    目の前に提示された(発見した)すべての痕跡が、そのまま信じていいものか。それは全くのデタラメニセモノや、事件とは全く無関係な時や人物による痕跡の可能性はないのか。


  • 痕跡の全くない犯行の可能性、0の問題
    すべての痕跡が提示された(発見した)気になっていても、見落としの可能性はないのか。探偵が気づかないところで行われていることもあるのではないか。
    痕跡を全く残さない謎の人物Xが紛れ込んでいるのかもしれない。痕跡がないのは、みつけられていないだけではないか。


  • 痕跡の重複区別の問題。嘘上書きによる変質と複数人の関わりなどによる痕跡変化の問題
    提示された発見した痕跡は、本当に額面どおりに受け取っていいのか。全くのデタラメ勘違いではないにせよ、
    それは犯人やだれかが変質・上書きしてまったく別の意味になってしまったものかもしれない。変質した後から、変質前の状態や、誰がどういう風に変質させたかまでわかるのだろうか。


後期クイーン的問題とは、上述の3パターンであり、推理や証明・痕跡の不完全さを指摘したものである。
ただし、1,2の場合に関しては、作者からの明示、例えば、数学の文章問題文にあるようにただし、丸々は××とするという1文さえあれば、実際実務的にはなんの問題もないものである。
例えば、事件に無関係な痕跡は含まれていないや、偽物の痕跡は存在しないものとするとすれば、目の前の痕跡をすべて信じ利用する事ができ、そのまま真実を推理することができる。
まぁ、構造としての不完全さ、美意識としての不完全さへの嫌悪をもつ人は居るかもしれないが、その感情的解決は各人の心に任せるしかない。
1と2は折り合い、そういった前置きで解決できる一方、3の変質に関しては、非常に厄介である。作者の腕の見せ所、ミステリの可能性に大きく関わるからである。






具体的な解決方法や基準を模索。

上述の通り1と2は但し書き1つで解決できる問題である。いやでも、新しい試みとして事件を複雑にするために1のデタラメニセモノの痕跡を上手く取り入れられないかと考えるのは、辞めたほうがよい。
デタラメニセモノの痕跡を作中に入れた場合、読者にはニセモノとホンモノの区別ができないからである。言い換えるなら、偽者の存在を肯定すると、本物もニセモノかもしれない候補にあがり、
結果的に真と偽が渾然一体のものとなってしまうからである。一応、絶対に犯人ではない人物のモノや手紙が死体の傍にあった。無実を晴らして欲しいなど、それだけはニセモノですよという演出や展開はあるにはある。
また他にも、ニセモノのの痕跡だと見苦しい言い訳をする犯人を追い詰める為に探偵が、ニセモノを用意する手間が大変すぎて割に合わない事など、
合理性論理性からニセモノではないことを探偵が確認するように推理の中で説明することぐらいはあると思う。
2に関しても同様で、痕跡がないけど丸まるが×罰をしたという可能性を作中で認めてしまうと、もはや推理は成立しない。謎の人物Xが痕跡0ですべてやったと無茶な説明が成り立ってしまうのだから。



さて、本題の3番。痕跡の上書きや変質を見破り、その順番や変質前を推理発見するロジックは具体的にどういうものがあるのだろうか。

  • 片方による(片側による)供述証言。
    • 2人の人物が関わっていたとして、1人の人物が自分のしたことを供述することで、引き算で殺人犯の痕跡がわかる。

  • 痕跡自体に時間的経過の差異を判断できる特性がある。
    • 液体の凝固、濡れ方、飛び方。血液の凝固具合など。渇いているぬれてかすれた等。
    • 死後硬直

  • 痕跡同士を比較すると、重複区別する特徴が付随している。
    • 足跡の上と下、指紋の上と下、ものの上と下。重なり方でどちらが先かわかる
    • 行動の順番。鍵をあけないと入れない部屋。開いていたから入れた。窓が割れていたから入れた等

  • 痕跡自体に判断区別する特徴が付随している。
    • 足や手の跡のサイズ的な違い。歩幅の違い。
    • 犯人の身長差・体重差、身体欠損・怪我による動き方、方向、行き先の違い
    • 犯人の知識による違い。

  • 変質・変化つけたしのトリックを露見させる痕跡がある。
    • 書き足した文字だけ太い
    • 血痕が途切れている。殺害場所とは別など


  • どちらが殺したのか、どちらが侵入したのか等、その現場では個を特定する必要がないロジック
    • 連続殺人の渦中で1つそういう複数犯行が関わるが、最終的には現場をしらないはずの犯人の口走りで解決
    • その他の犯人を絞り込む条件から、その現場でおきた詳細は不明だが、犯人特定する方法。

というわけで、複数犯行や現場の変質、嘘上書きに関しては、それを推理に組み込む方法はある。しかし、上述の通り、注意しなければ推理不可能のアンフェアになってしまう。
また、注意しなければ、痕跡に個別に特定できる犯人の特徴を混ぜてしまうと、一足飛びで推理できしまうかもしれない。
まぁ基本的な後期クイーン問題的な部分は但し書きにて解決し、嘘上書き変質に関しては、それがわかるように細心の注意を払わなければならない。
というところか。複雑怪奇な挑戦をするならば、矛盾や瑕疵なく解決できるようよく自己検討する、それで十分なことかもしれない。








追記 盛りだくさん!偽の痕跡だらけのミステリ作品。

ネタバレになるので、タイトルは控える。麻耶先生の某作を読んだ。そこには、追及を逃れる為にニセモノの痕跡(”容疑者のだれか”を犯人らしく見せるため)を大量に仕掛ける犯人が出てくる。
最初から最後まで、真実と信じられる痕跡は1つもなかったのではと読後思ってしまう程である。
さらに厄介な事に、事件後のアリバイやらなにやらと関連付けて、犯人が後出しである偽物の痕跡に注目しでたらめな話を作っていく・・・。
私的な感想で言えば、上述の通り1つでもニセモノの痕跡を混ぜると、すべてニセモノに見えてしまうので、どれを採用すればよいかわからずミステリとしてアンフェア極まりないと思う。
ちなみに、その某作では、どの痕跡が正しいかどうかではなく、1つ際立った痕跡から真犯人を推測し、犯人の自供で決着した。
ただし、その手がかりは真犯人のお情けで”わざと”残したとさえ言われる始末。もうめちゃくちゃ。ただ、その作品を通じての本記事に関連する発見追記をいくつか記載しておく。





1、意味のないニセモノの痕跡だから、それはホンモノである(厳密には不正確)
嘘や罠の痕跡が盛りだくさんの本作の中で、探偵が犯人に迫れたロジックがある。偽者の可能性のある痕跡だが、その罠・目くらましでは、
誰かに罪を着せるどころか、むしろこれまでの誘導とは逆に不利に働いてしまう結果になる。
そうした、自ら不利になること、ほかの目くらましのようには働かないむしろデメリットなものであるから、その意味メリットのない痕跡は、嘘や偽者ではない犯人による真実の痕跡だとして犯人を追及したのである。
ただし、厳密に言えば、この論理は正確ではない。どんなに可能性が薄くても、またどんなに意味がないことでも犯人が混乱させる為だけにやった、あえてやったという偽物の可能性はなくならないからである。





2、偽者痕跡のハチャメチャなオンパレード
これでもかというぐらい偽者、偽者を重ねつくした某作で使われた、偽者の痕跡を作り上げた手法を紹介しておく。
なお、これらの可能性を他のミステリ作品でも考慮し始めると、確実に推理不可能、可能性を絞り込めない状態になってしまうので注意。
当然作者は後期クイーン問題を知っていて、ありとあらゆる痕跡にニセモノの可能性があると茶化したのだろうと思う。




  • 嘘の証言
    • 探偵・探偵側と思われる側の人間の証言
    • 親族の真犯人(誤解・勘違いも含む)をかばう為。
    • 犯人の腹話術によるもので、その人物の証言ではなかった
    • 精神錯乱。親しい人物が立て続けに殺されたショックで自ら殺したかも?と精神錯乱。

  • 痕跡の作り上げ
    • 犯行現場やアリバイを誤解させるもの。
      • 衣服を弄り、学校から家に一度帰宅させたように見せる。現場は家だと思わせる。
      • 本棚の本をさかさまにして、本が落下して音をだしたようにみせる。殺害時間の誤認

    • 特定人物が犯行をしたように見えるもの
      • ライターでわざとこげ後を作って、そこから利き腕や眼鏡をかけている人物と絞込み
      • 殺害後にわざともう一度現場へ戻り死体に1手間加える事で、現場の異変を知れた人物と絞込み
      • 被害者の血まみれの手を意味なく壁に押し当てて、何かを隠そうとしたと思わせる。
      • 死体の上に意味なく乗り、あばら骨を折って、低身長の人間が踏み台にしたと思わせる
  • 被害者がした素の行動を、犯人の作為だと勘違いさせるもの
    • 机の引き出しがやや開いていた。普通すぐ気づいて閉めるはず。つまりここが真の犯行現場! → 被害者が慌ててただけ。





重複するが、”意味なく””明確なメリット”もなく、色々と犯人によってニセの痕跡が作られたことを作品内で認めてしまうと、どの痕跡も真か偽か渾然一体となってしまう。
どんなに本物らしい可能性が高くても、本物っぽくみせるよう細工した偽者かもしれないし、かぎりなく偽者くさいもの、例えば、それをする意味がないことやそれをしても容疑者の絞込みに貢献しないような痕跡でも、
犯人は考えなしにやった。とにかく自分以外に注意が向けばいいとテキトーにやったという可能性を否定できないのである。
上記のように、挙げくの果てには、被害者がした普段の行動も、犯人の作為の可能性にすら見えてしまうし、犯人の自白であっても、もはやなにも真実を証明するものにはならない。
すべてが偽になり、推理不可能になってしまう。アンフェア極まりない。