The Trickcal/第2章-3

Last-modified: 2025-06-26 (木) 01:53:52

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「世界樹を信じなさい! 信じれば幸福が訪れます!」
「この世界樹の絵を枕元に置いて眠れば、頭が良くなり、髪も生えます!」

自分でも何を間違えたのか分からないが、とにかく何かをしくじったのは確かなようだ。

いつの間にか、本体の周りを回る妖精が増えていた。単に讃えるだけでなく、「信じよ!」と布教までしている。

いや、なぜだ? 確かに「君たちは自分の仕事に集中し、僕には干渉しないでほしい」と言ったはずだ。まあ、僕を讃えるのは勝手にしていいと言ったけれど、止めるのも気が引ける。何も反応しなければ、そのうち飽きてやめるだろう。

そこでしばらく本体から意識を離し、アセリンと一緒に村を巡った。アセリンは理解力が少し足りないが、説明は的確な子だ。

「ここは芸術地区で、とくに美術をする妖精が多く住んでいます。ええと、3日か4日前に見かけた騒がしい街を覚えていますか? あそこも芸術地区ですが、音楽が中心のエリアでした」

アセリンの解説を聞きながら通りを眺めた。確かに色鮮やかなペイントが施された壁が目立つ。妖精たちが築いた文化や社会は実に興味深い。自発的にここまで発展した彼らを誇らしく思うが、一方で少々がっかりもした。

新しさが感じられないのだ。どこか既視感がある。何度も聞き見した流通や制度……そう、僕が知っているのはすべて、エリンから聞いた話を夢想のうちに再現したものにすぎないのだと悟り、衝撃を受けた。それでもふと思った。もしもっと時間があれば、僕の知らない完全に新しい文明を彼らは築いたのだろうか?

「どうやら僕は、目覚めるのが早すぎたようだ」

「え? それはどういう意味ですか、エルドルさま?」

「いや、何でもない。ただの独り言さ」

首をかしげるアセリンを振り返らず、壁画を眺めるふりをしながら考え込んだ。僕は、妖精たちにエリンの代わりを務めてほしいのか? それとも、エリンのように未知の何かを僕に示してほしいのか? 自分で何を望んでいるのか分からない。ただ、もう少し眠り続けて目覚めたときには、妖精たちが答えを示してくれるかもしれないという思いだけが確かだった。

──だったら、そのまま眠ればいいのだ。今、無理に起きている理由などない。そうだ、もう一度寝て、また目覚めればいいのだ!

「アセリン」

「はい?」

「これで妖精村の案内は終わりだよね?」

「はい。本日が最後です。私たちが作り上げたものはすべてお見せしました!」

「じゃあ、そろそろお別れの時間かな」

僕の言葉に、アセリンは手にしていた案内板をバンと落とし、大慌てで僕にしがみついて尋ねた。

「そ、それはどういうご意味でしょうか!?」

「君たちがここまで成長したのを確かめたよ。僕が何もしなくても、これほど発展した。それで十分だとわかったから、僕はまた眠ろうと思うんだ」

「え……本当ですか? エルドルさまが望むなら、私としては構いませんが……」

アセリンの名残惜しそうな表情に、僕はそっと微笑んだ。子オオカミのようにしょんぼりしているアセリンを撫でてやろうかと思ったそのとき、ひとりの妖精が矢のように走ってきた。

「女王さま! 女王さまーーー!!!」

魔力で速度を無理に高めたのだろう。憔悴しきった妖精は、息を切らしながら一言を絞り出した。

「大、たいへんです! 記念樹……いえ、世界樹さまの周りに……!」

本体に何が起きているのだ?

妖精の大群が集まって大騒ぎしています! すぐに女王さまと世界樹さまがご覧になるべきです!」

村を一通り見て、もう眠るつもりだった。ちょうど本体に戻るところだから、ちょうどいいと考え、アセリンと息を切らせながら妖精に続いた。本体の前で騒いでいるのは日常茶飯事だから、軽く注意するだけで済むだろうと思っていた。しかし、その考えがいかに甘かったかは、到着した瞬間に思い知らされることになる。

「斧を処刑せよ!」

目覚めて以来、これほど多くの斧を見たことがない。斧は僕の根元が見えなくなるほど山積みになっていた。その斧の山の上に、「御言葉」を授かったという妖精が立っている。その周囲を従者らしき妖精たちが固め、他の妖精の接近を防ぐように組んずほぐれつしていた。

「何を言っているんだ? 僕のための枝払い用斧を、なぜ“処刑”する必要があるんだ?」

「斧それ自体が罪なのです!」

「そんなバカな!」

最初に出くわしたときとは違い、メイールの口調に厳しさが増していた。彼女はまるで指揮官のように、斧を奪い合う妖精たちを先導している。

事情を尋ねると、メイールを慕う妖精たちが無理やり他の妖精から斧を奪い取り、山を築いたという。どうして僕の言葉がこんな誤解を生んだのか。

いずれにせよ、この騒ぎは僕のせいだ。自分の言葉を勝手に解釈したメイールの行動を正さねばならない。

「メイール、もうやめろ」

「エルドルさま! あなたの忠実なる僕は、“処刑”という初課題を見事に成し遂げんとしております! この身が信念を貫くさまを、どうかご覧くださいませ!」

頭が痛くなった。メイールには目の前の僕ではなく、心の中で脚色された僕が見えているらしい。彼女は全くためらわず、斧の山に火を放った。自分もその上に飛び乗って――もはや罠と化した燃え盛る斧の上に。

――メラッ!

「な、何をしているんだ!?」

思わず止めようとしたが、炎上する斧山を見過ごすわけにもいかない。

僕は遠くから手を伸ばし、メイールを引き寄せた。

――バシュッ!

見えない力で燃える斧山からメイールを跳ね飛ばすと、彼女は根元に倒れ込んだ。慌てて駆け寄ったアセリンが、水魔法で炎を鎮めた。魔法の炎は斧の鋼すら溶かす勢いだったが、集まった妖精の魔法でもすぐには消せなかった。

僕は倒れたメイールに近づいた。悔しさと悲しみで彼女は嗚咽している。

「一体どうしたんだ?」

「わかりません! あなたこそ、僕にどうしてこんなことをされるんですか、エルドルさま!」

必死に問い返す声が、まるで血を吐くかのように荒れていた。僕の創造物とはいえ、その声には背筋が凍る思いがした。

「僕だって何をしてほしかったのか分からないよ、メイール。君が僕の言葉を変に受け取っただけだろう?」

「僕はただ言われたとおりに――」

「僕は斧を奪えなんて言ってない! 燃やせとも言ってない! 他の妖精を痛めつけろと言った覚えもない! 一体何を命じたというんだ?」

「斧を“処刑”しろと――」

「それは……はあ! 本当に君は変わっているな、メイール」

僕の言葉に、メイールは落胆の色を濃くした。そして俯き、ぶつぶつと独り言を言い始めた。何度も呟いたあと、確信を得たように声を上げた。

「もし神がいない世界なら、僕がおかしいと言われても仕方がない……。あなたが現れるまでは実際、変わり者扱いされたし、自分でもそう思ってた。でもそれでもよかった。僕にとってはそれが生き甲斐だったから。それが僕の存在理由だったから!」

最期には頭を上げ、絶望と憤怒が混じった瞳で僕を見据えた。僕は何も言えず、そのまま見下ろしていた。

やがて一つの結論に達した。僕は、この子たちに対して「未知の存在」として在らねばならないのだと。

「メイール、お前は追放だ!」

アセリンが激昂しながら、他の妖精と共に駆け寄ってきた。彼らが何とか消火したのはよかったが、今さら僕が口出しすることではない。

「メイールはこの村にふさわしくない! お前はおかしすぎる!」

「でも、でも僕は……!」

メイールは泣きじゃくりながら僕を見上げた。その瞳には、先ほどと同じ狂気めいた光があった。

彼らを見捨てるのは辛い――だが、一度信仰されてしまったら戻れない。メイールを甘やかして救おうとすれば、また同じ過ちを繰り返すに違いない。

「今日の夜までに、お前と従う連中はこの村を去れ! 二度と戻ってくるな!」

「僕が何をしたって言うんだ! お前らが異常なんだ! 僕は間違っていない!」

騒がしい。耳に響く妖精たちの喧騒以上に、頭と心の中がぐちゃぐちゃと騒いでいた。耳障りな音だけには、抑える方法がある。

――シッ。

妖精たちは眠りについた。先ほどまで争っていた者たちが、糸の切れた操り人形のように、その場でぐったりと倒れた。本体の傍で喧嘩していた妖精だけでなく、この森にいるすべての妖精が、一斉に安らかな眠りに落ちたのだ。

ようやくやるべきことが見えた。

僕は眠りについた妖精たちを、それぞれの家に丁寧に寝かせて回った。彼らは今後、永遠の眠りにつく。その前に快適な環境で休ませてやりたかった。たとえ失敗作でも、僕の子供たちなのだ。この経験から学んだ教訓は、二度と僕の創造物に正体を明かしてはならないということ。だから、彼らには僕の存在を知る者すら残してはいけない。

すべての妖精を安置したところで、僕はこの森を離れる決心をした。エリンとの思い出深い場所を後にするのは名残惜しかったが、仕方ない。眠っているあいだも新たな妖精が生まれる可能性がある。眠る前に、僕のことを知らない者だけに再び根を張ってもらわねばならない。

──こうして僕は、故郷を離れた。

遠く離れた大地に新たな根を伸ばし、森を生み出したのち、再び眠りについた。

新たな子たちが、新天地で新たな物語を紡げることを願って。