The Trickcal/第2章-5

Last-modified: 2025-06-28 (土) 14:48:54

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2. エリアスの森(2)

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登場したのは獣人だった。ココアが保存食をむさぼり食うのを泣きながら止めようとしていたのだ。しかしココアは根気よく缶詰を平らげ、満足するとその場にドテッと寝ころんだ。本当に図々しいことこの上ない。あんなにお腹をパンパンに膨らませて寝転がるとは……でも、その膨らんだ腹はちょっと可愛い。

「どうして僕の隠しておいたのを…! 一体何者なんだ、お前は!」

仰向けで腹を天に向け、寝そべったままのココアに獣人が食ってかかった。聞いても通じないだろうに──なぜか同種の親近感めいたものを抱いて、私はそっと獣人に近づいた。

「その…」

「わっ! びっくりした!」

「驚かせてごめん」

慌てて後ずさりしていた獣人は、私の姿を見るとほっとした表情を浮かべ、しかしまた警戒を崩さなかった。

妖精…? 妖精が、どうしてここに?」

「ちょっと散歩してただけでね。それより、その保存食はどこから手に入れたんだ?」

「保存食? ああ、飼料のことか?」

「飼料…、このブリキ缶に入ってるやつのことを言ってるんだろ? うん、それ」

妖精なのにそれを知らないの? 君たち、妖精が配ってくれたんだよ」

妖精が僕らに飼料をくれたって…?」

私は獣人と顔を見合わせて首を傾げた。どういうことか理解できない。私の知る妖精たちは甘いお菓子しか食べないのに、あの保存食はとても妖精の口に合いそうにない。

「そうそう。何日かおきに獣人村に定期便が届いてるんだ。巨大な木箱に缶詰が何十個も詰まっててさ! お腹が空いたらそれを食べるってわけ!」

その言葉の自然な流れに思わず頷いた。白銀の髪を揺らし、少し眠そうな目を大きく見開いて大袈裟な身振りで熱心に説明する獣人──どうやら若い個体のようだ。

「なるほどね」

「ちがうちがう、そっちじゃない! どうするつもりなんだよ! 僕の缶詰を全部お前の友だちが食べちまったんだぞ! 最近は飼料のせいで村の雰囲気も悪くて、大事に隠してたんだ!」

「えっと…それは僕のせいじゃないだろ?」

「くれると思って奪うのが一番悪いって言うじゃないか! 妖精はおかしい! 僕の飼料を返せ! うえええん!!!」

床に転がって泣き出した獣人を前に、私は途方に暮れた。辺りを見渡すと、床に転がった缶詰のうち一つだけ中身が半分ほど残っているものに気づいた。

「これ、まだ中身が残ってるよ。食べる?」

「うわっ? あ! ある! へへへへ! 全部僕のものだ。僕のもの!!」

「そうだね。奪ったりしないから、ゆっくり味わって食べていいよ」

そう言って私は獣人の頭をそっと撫で、その場を離れた。さっき獣人の大声で目を覚ましたせいか、ココアが起き上がってどこかへとよちよち歩き出していた。私はココアを追いかけながら、小さくつぶやいた。

獣人って、本当に単純だよな」

(ワン!)

ココアも同意しているようだった。


すべての獣人が村の入口で見かけたあの子のようだったわけではない。まず、あれほど単純な獣人はほとんどおらず、私のような妖精の姿をした者に好意的な獣人もまれだった。敵対的になる必要はないが、念のため実体化を解いたままココアを追いかけた。そしてココアは、あちこちをくんくんと嗅ぎながら缶詰を探し回っていた。

誰かが食べ残した缶詰は見つけやすく、開けて食べるのも簡単だった。時折、未開封の缶詰もあったが、そのたびにココアは私をじっと見つめた。どんな手を使ってもココアの強力な魔法から逃れられず、私は思わず自動缶切りと化して、ココアのために缶詰を開けてやった。

こうしてココアは獣人の村を駆け回り、缶詰を探し続けた。するとある倉庫の前で、ガリガリと扉をかきむしり始めた。

(ワン!)

【周囲の獣人が寝静まったら、そのときに開けてやるから、ちょっと待ってくれ。ううっ…そんな目で見ないでくれよ】

何とかココアの目力を無視した。しかし驚くべきことに、実体化を解いてもココアは私に気づいていた。最初は確かに気づかなかったはずだ。もしかして私の匂いがしていたのか? そんなことを考えつつ周囲を見回すと、倉庫の近くにはまだ多くの獣人が歩き回っていた。

私は獣人の姿に変わることもできたがしなかった。獣人たち自身が、その保存食をめぐって争いを起こしていたからだ。余計な争いに巻き込まれたくなかった。

――キィイ──!

私が扉を開けてやらないと、ココアは大声で泣き出した。甘えん坊の子どもそのものの様子に、思わず胸が痛んだ。もう少し待ってて、必ず開けてあげるから──そんなふうに戸惑っていると、ココアのそばに一人の獣人が現れた。

「君は初めて見る子だね?」

角のように小さな枝が生えた獣人だった。たぶんこの村の長老だろう。以前、村を見て回ったときにちらりと見かけた人物だ。この子の名前は何だったか──。

「私はディアナ。君の名前は?」

(ワン!)

「まだ小さくて言葉が話せないのかな? お腹が空いてる?」

(ワンワン!ハァハァ…)

「少し待ってて。倉庫から一つ取ってきてあげる」

ディアナは扉を少し開けて缶詰を一つ取り出し、ココアの前にそっと差し出した。倉庫の中には保存食が山のように積まれている。これだけあるのに、なぜ保存食のことで争うのかと私は首をかしげた。

しかしディアナは気にせず、缶詰を器用に開けてココアに渡すと、満足げに食べ始めた。ココアは尻尾をぶんぶん振りながら夢中で食べている。ココアは保存食をくれる者なら誰でもいいのか? そういうことか?

ディアナはのんびりとココアを観察していた。おそらく、ああいうずんぐりした姿の子は村にいないので興味をそそられたのだろう。そのとき、ディアナの後ろからもう一人の獣人があわてて駆け寄ってきた。

ディアナ! 何してるんだ! 僕が食べたらダメだって言っただろう!」

横に濃い模様の入った獣人だ。ディアナに詰め寄って保存食を足で蹴飛ばした。缶詰を食べていたココアは驚いて飛び退いた──いや、飛んでいった保存食を追いかけていったのだ。ディアナは別の獣人に気を取られ、ココアを気にかけられなかった。私はあわててココアを追いかけた。

――ヒューッ、ポトッ!

飛んでいった缶詰は、エルフが「トラック」と呼ぶ移動馬車の上に転がり込んだ。

(ワン!)

ココアは積まれた荷物を器用に踏み越え、ぴょんと馬車に飛び乗った。しかもその馬車には、返却された保存食の箱が山積みになっていた。ココアはすっかり保存食に夢中で、そのまま馬車は発車した。

【あ、駄目だ! ココア!!】

遠ざかる馬車を見て、私は必死に叫んだ。そして馬車を追いかけようとして、自分が実体化していないことを思い出した。しばらくして、私は馬車に乗ったままココアを抱きしめた。

(ワン!ワン!)

今はココアの言葉がわからないほうが助かった。

馬車はエルフの発明らしく、エルフの都市へと向かっていた。ここに来たことがある記憶をたどるうち、つい先日のことだと気づいた。地上でも地下でも、すべて見られていたのだ。

(ワン!)

そのときココアが馬車から飛び降りた。飛び乗ったときと同じくまったく恐れぬ勇敢な動きだった。私も慌てて続いて飛び降りたが、その一瞬のうちにココアは姿を消していた。魔力を使って探そうとしたが、効かなかった。地下の魔力遮断装置は、地上までその効果を及ぼしているらしい。

エルフたちは私の正体にかなり迫っていた。ここで魔力をむやみに使えば、見破られるかもしれない。能力を封印し、ココアを探すしかない。

問題は、どうやってココアを見つけるかだ。正直、苦手だ。かつて子狼を探したときも同じ思いをした。私は森自身であり、道を辿る経験が全くなかったのだ。

実体化を完全に解かず、姿だけを隠して歩き回った。しばらく同じ二つの路地を行ったり来たりし、エルフたちへの憎しみを募らせた。あの魔力遮断装置だけは必ず破壊してやる──そんな決意を胸に。

どれほど迷っただろうか。長い時間をかけ歩き続け、ついに私は路地の突き当たりで足を止めた。向こうから一群の妖精が歩いてきて、私をよけることなく通り過ぎていった。

彼らが完全に視界から消えるまで、私はじっと立ちすくんでいた。エルフの都市で妖精に会ったからでもない。群れの中でただ一人、あの姿だけが私の目を強く捉えた。

──人間。

間違いなく、人間だった。妖精の魔力も感じられず、獣人のような動物耳も、エルフの尖った耳もない。平凡だが、だからこそ印象に残る姿。断じて人間だった。

いったいどういうことだ? まさかエルフの装置が本当に作動したのか? その場には現れなかったが、どこか別の場所に現れて……今は妖精と一緒にいる……。

混乱しつつも私は我に返り、彼らの後をそっとつけた。彼らの会話を聞きながら、状況を整理した。どうやらこの人間は獣人の保存食問題を解決するために来ており、妖精たちは別の“何か”を探し求めているらしい。そして人間は「ココ」という──。

「今回、古代の樫の書には何が書かれているのだろうか?」

古代の樫の書──私の魔力中継用に植えたあの樫の樹。そこに保管してある『書』とは……私がエリンとの思い出を記した日記帳ではないか?

──私の日記を探しているのだ。なぜ? なぜ今さら探す必要がある? ただの日記帳を誰も読めない文字で書いているから安心していたのに、突然それを読む人間が現れたというのか!

もちろん、日記の内容を覗かれるのは恥ずかしいが、それは大した問題ではない。最大の問題は、日記に私の正体と彼らの知らない過去が書かれていることだ。エリンとの思い出が刻まれた森を捨て、この地まで逃げ延びたのに、そんな秘密がバレるわけにはいかない。

日記は全部で六冊あったが、目覚めると本体のそばには一冊だけ残っていた。妖精たちが「古代の遺物」だと言って、森のあちこちにばらまいてしまったのだ。

──まずは妖精たちが日記を探すのをひそかに追うべきか? だが今、ここはどこなのか? 私は誰なのか? ここはどこだ? と考え込むうちに、妖精たちを見失ってしまった。