レインの命令どおり、メイールはすべての住民を集めた。
動力源となっていた住民のうち、まだ理性を保つ者たちは回復させ、怪物たちも魔法を使って導いた。
巨大な方舟の前の野原に、すべての住民が集まった。彼らは、売られたり失われたりしたと思っていた同胞の姿を見て混乱し、多くの怪物の数に恐れを抱いた。
しかし、彼らをまとめたのは救済者だった。だから彼らは逃げずに、救済者を待った。
救済者は方舟の手すりのところに現れ、全員を見下ろす位置に立った。景色は素晴らしかったが、感傷に浸るほどではなかった。
レインの後ろから怪物たちが現れた。普通の怪物とは異なり、地、水、火、風の気を纏った精霊のような姿をしていた。
怪物たちはレインの背後に静かに立ち、レインは短く息を吸い込むと、風の気を帯びた怪物の頭に手を置いた。
「聞け。」
穏やかに呟いた声は、ここに集まった全員の耳にくっきりと届くほど大きく響いた。この声が風の力を使った魔法のひとつだと気づく者は少なかった。
ただ、救済者の言葉がはっきりと聞こえたことに感激する者が多かった。
その注目を集めた救済者が口を開いた。
「私はお前たちの救済者ではない。」
混乱が広がった。
騒がしいざわめきが辺り一面に広がったが、レインの声はそれを切り裂いてなお余る響きを持っていた。
「まして私はお前たちの王でもない。」
メイールとアセリンが怪物たちの間から現れた。アセリンは疲れた様子だったが、乱れずにまっすぐレインの隣に立ち、メイールも素顔のまま反対側に立った。
しかし野原の誰も彼女たちに気を取られなかった。すべての視線はレインだけに注がれていた。
「私はただ、お前たちの美少女の友達、レインにすぎない。」
「……?」
何か冗談かと思い、住民たちは首をかしげた。救済者でも王でもないと言う言葉は、かき乱された空気を一瞬でしずめるほどのユーモアを帯びていた。
「私に力があるからお前たちの王を名乗り、夢に現れたからお前たちの救済者を自称した。」
野原は静まり返った。咎め立てする者は一人もいなかった。
実際、レインは王を名乗ったことも救済者を志願したこともなかった。しかし住民たちにとって、レインは救済者であり、新たな王のように映っていた。
「しかしそれは違った。お前たちの夢は木の風の戯れにすぎず、私の力は木のかけらにすぎないのだ。」
ただ耳を傾けた。王でも救済者でもなく、友達と名乗る者の声に。
「だから問う。私が救済者でなくとも――お前たちの代弁者でなくとも――お前たちがここにある現実は変わるか? 心に抱いた怒りは消えるか? 望むものを成し遂げられないことが当然になるか?」
問いかけられたが、答えを求めるものではなかった。耳で聞くためではなく、目で確かめるための問いだった。
見捨てられた者たちの瞳は、澄んで輝いていた。
「お前たちはなぜここにいる? 木がお前たちを閉じ込めたからだ。お前たちがなぜ捨てられた? 木が見放したからだ。お前たちに捨てられる理由があったか? 木が勝手に失望したからだ。どこにもお前たちの誤りなどない。では、過ちはどこにある?」
レインは指を伸ばした。それに合わせて炎の怪物が火柱を放った。風の怪物がそれを巻き上げ、より激しい火柱となって天を焦がした。
雲が裂けた。裂け目から差し込む陽光が、久しぶりに大地を照らした。
そしてその向こうに、あの木が見えた。
とてつもなく大きな木だった。
「子を誤りで捨てる親などいない――あの木よ、お前たちの親はお前たちの過ちを責めきれずに捨てたのだ! 過ちを諭し、甘えを叱って正しく育てる自信がなかったから、すべてを土中に葬ったのだ! 失敗と向き合う覚悟がなくて、見ないことに決めたのだ!」
雲が再び押し寄せ、野原を暗闇に包んだ。かろうじて見える木の姿が、霧の中に溶けていった。
それでも、捨てられた住民たちは木を見つめ続けた。視界から消えても、その影を忘れまいとするかのように。
「我らは見捨てられた子らだ。狭量な親に背を向けられた子らだ。我らには子として主張する正当な権利がある――なぜ捨てたのかを問いただす資格がある!」
レインは激昂した声を静めた。言葉が止まると、住民たちは再びレインを見つめた。すべての視線が集まり、精神が一点に集中した。
「これが我らが集った理由であり、これから進む原動力だ。」
いつのまにか「お前たち」が「我ら」に変わっていた。
レインにも、それだけの理由があった。子ではないが、その想いは子と変わらなかった。
住民たちは知らず知らずのうちに、レインの言葉に心を動かされていたのだ。
その絶好のタイミングで、レインはあえて言った。
「私は救済者ではない。王でもない。元の世界へ戻る方法を見つけたら、すぐに戻る。だからお前たちは私に救済も王も求めるな。」
「それはどういう意味ですか!」
誰かが怒りを込めて叫んだ。散々「我ら」と言っておきながら、親のように捨てると言われれば怒りを感じるのも当然だった。
「私が戻ったからといって、お前たちが見捨てられるわけではない。単に友達が家に帰るだけだ。言っただろ? 私はお前たちの友達なんだ。友達としてお前たちの痛みに共感し、友達としてお前たちの憤りを解きほぐそうとしただけだ。」
しばし口調が変わった。しかし住民たちはなお、彼女への一種の裏切りを感じていた。
「私は私の目的があり、お前たちにもお前たちの目的がある。私がいなくても、お前たちの目的は消えない。夢は自分の手で勝ち取るものだ。お前たちがこの荒野で積んだ憤りを、自らの力で晴らせ――お前たち自身が。」
かつて木を指さした指が、今度は住民たちを指さしていた。
レインは彼らに問いかけていた。果たして自分の代わりに復讐させて満足なのかと。
「立て。自分の足で大地を踏みしめて進め。足がなければ手で這い、腕もなければ身を転がしてでも進むのだ。そうやって勝ち取れ――自らの手で。お前たち自身が。」
怒りに震えていた住民たちは、静まり返った。
「もちろん私は友達として可能な限り助ける。前ではなく、そばで。友達の痛みに寄り添う友達として。」
レインは繰り返し「友達」を口にした。
アセリンとメイールを通して、彼女は住民たちが抱く想いを知っていた。それは単に世界樹への復讐を果たすだけでは終わらない。
捨てられた大地で長い時をかけて摩耗した彼らの心が、再び蘇る必要があった。そうでなければ、レインが戻ったあとに傷つくのは彼ら自身だからだ。
「そこでだ、助けが要る。」
レインは横に手を大きく伸ばした。細いメイールの首が、力なく顎を掴まれて連れてこられた。首を掴まれたメイールは驚きながらも、やがて諦めたように苦笑した。
「痛いです。」
「我慢しろ。」
不満を一蹴したレインはメイールを前に突き出した。吊り下げられているわけではないが、ほとんどそう見えた。住民たちの視線がメイールに集中した。
「お前たちも知ってのとおり、こいつは自分の過ちに対してお前たちの怨嗟を一身に受けるのが当然だと思っている。話を聞くと、お前たちもこいつを怨むのが当然だと思っていたらしいが、今はどうだ? こいつを怨むのがまだ当然か?」
住民たちはざわめいた。少し前までメイールは怨まれて当然の存在だった。
だがレインは、過ちは木にあると言った。木に過ちがあるなら、メイールに過ちがあるだろうか? と疑問を投げかけた。
「違う!」
誰かが大声で叫んだ。その声を皮切りに、メイールに過ちがないと訴える声が続いた。住民たちは本当に彼女に罪がないと考え始めた。
最初に声を上げたのは、レインが潜入させたメイールの従者だったが。
「そうだ。こいつの過ちは斧を奪い焼いた程度であって、お前たちをこの地に閉じ込めたのは木のせいだ。ただ、一つ問題がある。すぐそばにいるお前たちの女王が見えないか? こいつと同じように、多くの者がメイールにだまされて方舟の動力源になったんだ。」
「……!」
再びメイールを見る視線が鋭くなるのは一瞬の出来事だった。その視線に慣れているメイールだが、住民全員の視線を一身に受けるのはさすがに居心地が悪かった。
くすぶるように震えるメイールの首をさらに強く握りしめ、レインは言った。
「こいつにはこいつなりの企みと、正当な理由があった。こいつが何と言ったかというと……。」
レインは友人に話すかのように、メイールとの会話を切れ目なく伝えた。彼女が何を企み、なぜそうしたのか、一切を隠さず話した。
恥ずかしさでメイールの顔が粉々に割れてしまいそうなほど真っ赤だった。レインに掴まれた首筋まで赤く染まっているのが見えた。
「お前も恥ずかしさを感じるのか? 変わってるな」
「話しかけないでください」
メイールの冷たい返答に、レインは嘲笑した。彼女はメイールを元の位置に戻し、手すりに沿って駆け降りた。
タクン。
かなり高いところからでも、彼女は何の問題もなく野原に降り立った。軽々と着地したレインは、群衆の視線を浴びながら、指先で上に残るメイールを指差した。
「メイールを許すかどうかはお前たちの自由だ。友達を気取っている私が口を挟む筋合いはない。自分で判断しろ。どうであれ、お前たち自身の選択だ。」
そう言い放つと、レインは拍手を鳴らした。その拍手の音に、メイールに向かっていた視線が一斉にレインへと戻った。彼女は多くの視線を一身に受け止めるように、両腕を大きく広げた。
「というわけで、あの女の子の件はひとまず置いとこう。今大事なのは方舟を動かすことだ。」
方舟の動力源がすべて抜けた状態では、方舟は完全に停止していた。大岩の要塞のようにどっしりとそびえる方舟を、住民たちは見上げた。
「これを動かすには動力源が必要だ。さっき言ったとおり、動力源になればお前たちの魔力を奪われる。奪われ続ければ徐々に怪物化してしまう。私の力は合わなかったみたいで、吹き込んでも効かなかった。結局はお前たちが動かすしかない。」
「私たちに動力源になれというのですか?」
「率直に言って、そのとおりだ。あいつはお前たちの怨嗟を買うために勝手に詰め込んだけど、体の自由が効かなくなれば新世界へ行って戦えないから動力源に使った。だけど私は怨嗟を買いたいわけじゃない。だからお願いしようと思う。」
「お願いですか?」
「そう。みんなで順番に魔力を注いでもいいし、仲間のために犠牲になるのもお前たちが自分で決めることだ。メイールは方舟を世界樹に叩きつければ魔力を吸い取って補充できるって言ってたけど、本当かどうかはわからない。だからすべてはお前たちの選択に任せる。」
レインはそう言うと、再び駆け上がって手すりに戻った。残された者たちは互いの顔を見合わせた。
レイン自身も少し卑怯だと思った。夜間自習のようなものだ。どれだけ自律といっても、状況からして強制されるしかなかった。
「レイン様……」
それを察したかのように、メイールが呆けた顔で見つめていた。レインは何気なく指を伸ばしてメイールの顔をはたいた。
「痛い!」
「何見てるんだ?」
「事前に告げてくれていれば……」
「黙れ。お前みたいに信用できない奴に事前に言ったら、また自己嫌悪から何か企むに決まってるだろ?」
軽く口を塞いだレインは、手すりの下を見下ろした。語らう住民たちの瞳は、先ほどまでとは違い輝きを帯びていた。すでに自ら志願して入る者もいれば、完全に動力源にならなくとも力を貸すと言い出す者もいた。
その光景を眺めながら、レインは少し待った。そろそろ締めくくる時だと思った。
レインは精霊の形をした四体の怪物に手を触れた。怪物たちは黙ってその手を受け入れた。彼女の手から力が注がれ、四体の怪物は魔法を放った。
ドガアアーーッ!
巨大な炎が噴き上がった。風が炎を柱状に巻き上げ、湿気がその周囲を包んだ。天へと舞い上がった火柱は上昇気流を生み、どんよりと垂れこめた灰色の雲をさらに濃く染めた。
住民たちはざわめきを止め、口をあんぐり開けて見入った。
パタ。
一滴の雨が落ちた。
一滴が二滴となり、二滴が十滴となった。
雨が降り始めた。
ザー――ッ!
待ち望んだ雨が土砂降りとなって降り注ぐ。
見捨てられた大地に新たな芽が吹き、枯れ果てた木々が緑に染まった。花が咲き、実を結んだ。
大地が蠢き動き出した。地震のように規則的な揺れではない。木の実が実った部分だけがぐにゃりと動き、熟した実が落ちて住民たちのもとへ転がった。
四体の怪物が生み出した魔法の饗宴に、住民たちは驚嘆を通り越して畏怖した。
雨は降り続く。
「救済者でも王でもない。」
雨がそう言った。
「ただお前たちの友達として言おう。」
まずメイールが膝を折った。ついでアセリンが膝を折った。住民たちを見ていたレインは、彼女たちがどんな行動を取るのか気づかなかった。
だから彼女たちに続いて膝を折る住民たちを見て、レインは戸惑い声をあげた。
「違う、友達だからって言っただろ! おい! 膝をつくんじゃない! くそっ! かっこよく締めようとしたのに台無しだよ。まあとにかく!」
彼女に向かってすべての住民が膝をついた。その上で、苛立ちと戸惑いの入り混じった囁きが響いた。
「我らを捨てた親への復讐に。失われた過去の償いに。我らの正当な権利を主張するために。」
まるで空に穴が開いたかのように、雨が降り注いだ。
「行こう、友よ。」
アイロニーなことに、その日、荒野で王が誕生した。

