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Pz.Kpfw. IV Ausf. A

Last-modified: 2017-02-20 (月) 17:48:23

G83_Pz_IV_AusfA.png

Tier 3 ドイツ 中戦車 Edit

公式紹介ページ

スペック Edit

車体

HP250
車体装甲厚(mm)15/15/15
最高速度(km/h)42
重量/最大積載量(t)17.88/18.2
本体価格(シルバー)41,000
修理費(シルバー)

戦車パッケージ Edit

パッケージ名
(必要経験値/購入シルバー)
Pz.Kpfw. IV Ausf. D
(4,140/150,000)
Pz.Kpfw. IV Ausf. A
(1,250/41,000)
Pz.Kpfw. IV Ausf. B
(770/14,630)
Pz.Kpfw. IV Ausf. C
(770/25,080)

詳細 Edit

パッケージ名エンジン武装履帯砲塔
出力弾種貫通力ダメージ総弾数弾代発射速度
照準時間
精度
旋回速度砲塔
装甲
旋回
速度
視認
範囲
HP通信範囲
Pz.Kpfw. IV Ausf. AMaybach HL 108 TR5 cm KwK 38 L/42Pz.Kpfw IV Ausf. APz.Kpfw IV Ausf. A250FuG 2
320AP
APCR
HE
60
96
25
75
75
90
15030
5G
18
27.27
1.89
0.46
3516/14/1444320265
Pz.Kpfw. IV Ausf. BMaybach HL 120 TR5 cm KwK 38 L/42Pz.Kpfw IV Ausf. BPz.Kpfw IV Ausf. B270FuG 5
350AP
APCR
HE
60
96
25
75
75
90
15030
5G
18
27.27
1.89
0.46
4030/14/1444330310
Pz.Kpfw. IV Ausf. CMaybach HL 120 TR7.5 cm KwK 37 L/24Pz.Kpfw IV Ausf. BPz.Kpfw IV Ausf. B270FuG 7
350AP
HEAT
HE
43
87
38
110
110
175
12230
5G
38
15
1.89
0.50
4030/14/1444330415

解説 Edit

時期は不明だが、名称が「Pz.Kpfw IV Ausf. A」から「Pz.Kpfw. IV Ausf. A」に変更された。

史実 Edit

Ⅳ号戦車シリーズは、ドイツ陸軍を代表する中戦車として名を馳せている。
1935年、ドイツ陸軍兵器局が要求した新型戦車BW(Begleitwagen:随伴車両の頭文字)に対しクルップ社が製作した戦車がベースである。
ドイツ陸軍の当初の主力戦車であるIII号戦車の支援として開発され、機甲部隊及び歩兵部隊の火力支援をするために、大型の砲を搭載できるように余裕を持って設計されていた、これが後々、主力になりそびれたIII号戦車とその座を逆転することになろうとは、この時点では思わなかっただろう。
試作車にはMAN、クルップ、ラインメタルの各社が名乗りを挙げたが、クルップ社の案はトーションバーではなく旧式のリーフスプリングなど新味はないものの、堅実な設計が信頼性につながるとして採用された。 これがIV号戦車の発展基礎となった。
完成したIV号戦車は1938年の段階で、各戦車連隊には6両しか配備されていなかった。

1937年10月より開発が開始された、別名Sd.Kfz.161、1/BW、Vskfz.622とされるIV号戦車A型は均質圧延鋼板製で、車体装甲は全周で14.5mm、上面11mm、下面8mmと薄く、7.62mm機銃の直撃に耐えられる程度でしかなく、1939年9月1日のポーランド侵攻で防御の脆弱さを露呈した。
そもそも、A型は増加試作的な要素が多く、本格的な量産型をB/C型と定めていた為であるとされていた。
操縦室後方が戦闘区画で、戦闘区画前面と両側面には140発(122発という説も)の主砲弾が収納される。戦闘区画の後方に機関室があり、マイバッハHL108TRエンジン(230馬力、排気量10,838cc)が搭載されていた。
ラジエーターがエンジンの左側に置かれ、その下に砲塔旋回専用2気筒エンジンPZW600があって戦闘区画左後部のバッテリーを介して砲塔を電気駆動する。
ドイツが初採用した3人用砲塔には左に砲手、右に装填手、後部中央に車長が位置し、砲塔バスケットが設けられた。砲塔後部中央にはⅢ号戦車B型から流用した12mm厚の車長用キューポラがあり、砲塔後面に一部が張り出している。
砲塔前面中央部の防楯内側に24口径75mmKwKが装備され、右に7.92mmMG34同軸機銃が付く。砲塔前部には砲手・装填手視察用ヒンジ付きクラッペが装着される。主砲俯仰角はマイナス10度からプラス20度で、徹甲弾25%、榴弾65%、発煙弾10%の割合で弾薬が搭載される。
全長5.6m、全幅2.9m、全高2.65m、重量18.4t。
エンジンはマイバッハHL108TR(230馬力、排気量10,838cc)、トランスミッションはZF製SFG75変速機(前進5速、後進1速)で、最大速度32.4km/h。乗員5名。1937年11月に生産初号機が完成し、38年6月までに35両が生産(1937年10月から1938年3月という説もある)された。1938年1月から実戦配備が開始された。

続くSd.Kfz.161、2/BW、Vskfz.622のIV号戦車B型は、車体装甲が前面上部30mm、下部20mmに強化され、操縦室前面を30mmの1枚装甲として操縦手・無線手の間の段差を無くした。これにより、20mm砲弾に対して防御が可能となった。
エンジンはHL120TRに、変速機はSSG76に変更され、ギア比も変更された。
重量軽減のため車体幅が狭められており、機関室隔壁との間の段差が無くなった。しかし装甲強化のため車重は18.5トンに増加している。
機関室側面の傾斜角が33度とされた。操縦室上面のハッチは小型化されて前部ヒンジを持つ1枚式となり、信号拳銃発射用クラッペは中央に設けられている。砲塔周囲の防弾リングは平板を組み合わせたものに変更され、機関室右側面に4枚あった予備履帯は2枚に減らされ、右フェンダーのジャッキ後方に付けられる。
砲塔装甲も全周30mmに強化され、前部左右下部の削ぎ落とされた部分がやや拡大されている。
また、砲塔側面左側の視察バイザー開口部が廃止された。
主砲防楯と主砲基部の形状も変更され、防楯側面の跳弾防止用小鋼板は廃止され、防楯に直接刻みが付けられた。車長用キューポラは30mm厚のⅢ号戦車C型のものとなり、主砲弾搭載数が80発に、機銃弾搭載量は2,500発に減らされた。
1938年4~9月に42両が生産された。白作戦から実戦投入され、白作戦開始時には第1戦車師団と第1軽機甲師団の中に中戦車中隊(IV号戦車8両配備)が編成されたが、他の戦車連隊の装備数に変化は無い。黄作戦開始時、280両のIV号戦車が配備されていた、1943年末までに前線から退いた。
全長5.92m、全幅2.83m、全高2.68m、重量18.5t。エンジンはHL120TR(285馬力、排気量11,867cc)、主砲は7.5cmKwK37L/24で、俯仰角はマイナス10度からプラス20度、副武装はMG34同軸機銃1丁。

Sd.Kfz.161、3/BW、Vskfz.622のⅣ号戦車C型は、主砲防楯の開口部が右に延長されて同軸機銃に装甲スリーブが追加され、車体リアパネルに発煙筒収納ボックスが装備された(ただし両者共に未装備の車両もある)。
全長5.92m、全幅2.83m、全高2.68m、重量19t。主砲は7.5cmKwK37L/24(80発)で、俯仰角はマイナス10度からプラス20度、副武装は7.92mm同軸機銃MG34が1丁。
1938年9月から1939年8月までに134両が生産された。1943年まで前線配備されている。1939年初め、C型が漸次投入されたため、定数が増加し、1個戦車連隊に8~12両が配備されるようになった。

当初は支援戦車として、短砲身だったIV号だが、最終型のJ型となると対戦車戦闘へ転換した為に、長砲身化・重装甲化と度重なる小改修により、まったくA型の面影はなくなっている。
ちなみに、IV号は脱出ハッチが乗員より多かった、各乗員乗り込み用のハッチのほか、車体下部にもハッチが存在している。

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