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一夜明けて。
赤城、加賀、龍驤の3人は執務室に集められた。
部屋の中央の机には、現在の司令部、敵主力艦隊の位置などが記された大きな海図が広げられている。
朝の光が差し込む明るい部屋とは裏腹に、司令官は重苦しい面持ちでこの作戦の内容を赤城たちに説明していた。
龍驤
「囮作戦? …ということですか?司令官」
「そう取ってもらって構わない。何か私に意見があるのなら聞かせてほしい」
赤城
「…ちょっと…もう一度、作戦の内容を確認させてください。」
赤城は困惑した表情で司令官に尋ねた。
赤城
「まず、龍驤が一人で周辺海域に存在する敵艦隊を陽動。そして、私と加賀の二人が別部隊で主力艦隊がいると思われる海域に向かう、と…」
「その通りだ。君たちも昨日見たと思うが、海域にあれだけの数の敵艦隊が存在するのであれば、敵主力艦隊に到達するまでに皆が疲弊してしまう。
そこで、周辺の敵を引き付けて、敵主力に向かう部隊の負担を減らしてやる必要があるんだ」
赤城
「…」
「もちろん、龍驤君は敵を撃滅する必要は無い。敵艦隊を足止めして、釘付けにしておくだけで構わない。
自分が危なくなりそうなら、囲まれる前に自身の判断で海域を離脱することも許可する」
加賀
「しかし、随伴艦もなしにというのは危険では…」
「我々としても割ける戦力に余裕が無くてね…単艦での出撃となってしまうのは申し訳ないと思っている。
だが龍驤君は航空戦力を維持しつつ、カイティングに徹することができるだけの機動力はあると私は判断している」
龍驤
「…」
「どうかな、やってもらえるかい?」
龍驤
「…」
その言葉で龍驤が思い浮かべたのは…昨日開発部で目にした、暁型の艦娘の顔だった。
龍驤
「(アカン…何、考えてるんや…ウチ…)」
龍驤
「やります。了解致しました。空母機動部隊龍驤、司令部より出撃し周辺海域の敵勢力の陽動、別働隊の掩護を行います」
「よろしく頼む。」
「あとは君達2人だ。君達は出撃した後、偵察を密に行い敵主力艦隊を発見することに専念してほしい。
勿論、主力艦隊を発見したら距離を保ちつつ敵戦力を削ってくれることを私は期待している」
赤城
「主力艦隊の戦力が不明ですが、私達だけでは敵戦力を撃破しきれないと思います…」
「君達が出撃した後、暁たちを時間差で出撃させる。知っての通り、彼女たち駆逐艦は航続距離が短い。
だが、最短距離で敵主力まで向かうことができればその問題は解消される。全力をもって主力を叩くことができるだろう」
赤城
「…」
「君達2人は、敵主力艦隊を発見したら適宜攻撃を行いつつ、暁たちと合流してくれ。あとは砲雷撃戦に持ち込み、接近戦で確実な撃破を狙う」
赤城
「…」
これは常軌を逸した任務だ。
赤城は困惑していた。空母機動部隊としても、こんな作戦を今まで行ったことはない。
非常に危険な任務であることは、誰の目にも明らかであった。
…私はこの鎮守府を…この空母機動部隊を、誰かを護るために活用したいんだ。
鎮守府の枠を超えて…より多くの艦娘たちを助けになれるように…突然の敵襲に怯え苦しむ艦娘たちを守る、最後の砦に…。
司令官の言葉が赤城の脳裏によぎる。
赤城
「(そう、…そうね。私たちは、この為に…)」
赤城
「了解致しました。空母機動部隊赤城、加賀2名は司令部より出撃して索敵、敵主力艦隊の発見に努め、発見次第敵戦力の漸減を図ります」
「…危険な任務であることは承知だ。だが、君達が頼りなんだ。よろしくお願いしたい。」
赤城
「…はい。」
「…気をつけてくれ。我々の索敵でも敵の全容が掴めていない。敵はかなり警戒心が強い。
こちらが余程隙を見せない限り、姿を捉えるのは難しいかもしれない。無用な戦闘は避けてくれ」
陽光で明るかった部屋は、いつしか薄く翳がかかっている。今日は雨かもしれない、司令官はそう呟いた。
司令官の言葉を背にしながら、赤城たちは執務室を後にした。
赤城
「(空母機動部隊に、作戦の失敗は許されない…)」
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暁
「空母機動部隊の皆さんは今出撃していったみたいね。さあ、私たちも出るわよ!」
響
「いつでも行けるよ。準備はできてる」
電
「あ!司令官さんに挨拶してからにしないと!」
暁型の4人は執務室にやってきた。執務室の扉は開けられている。
控えめに扉を開けると、中を覗き込んだ。
電
「司令官さん…いってきます…あれ?」
雷
「誰もいないわね。司令官ったらどこに行っちゃったのかしら」
暁たちは執務室に入り、司令官を探す。
暁
「どこにも居ないわ…どうしちゃったのかしら…うん?何かしらこれ?」
響
「作戦海域の地図だね」
雷
「そうね。…あら?でも、この地図…主力艦隊の位置がちょっと違ってない?」
電
「え?」
響
「…そうだね。地図は回収されたから今はもうないけど、確かに渡された地図と位置が違う」
雷
「…どういうことかしら。間違いかしら?」
暁
「まあいいわ。さあ、出撃するわよ!」
暁たちは部屋を出て、出撃準備をしようとした―
「ちょっと待ってくれ」
暁
「え?あ、司令官!出撃してきます!」
「暁、響、雷、電…君たちは今から装備を換装するんだ」
暁
「…え?どうして。これから出撃なのに!」
「命令だよ。暁。君たちは艤装を………装備にして出撃すること」
暁
「そんな、もう出発しないと間に合わないわ!」
…司令官は。困った、というような顔をして、
ゆっくりと暁の正面に向かって歩くと、一切躊躇することなく、暁の頬を張った。
ばし、という乾いた音が、大きく廊下に響く。
司令官の顔は、先ほどまでの面影はない。
「このダラァ!!」
ばし、ばし、と司令官はなおも容赦なく鉄拳制裁を加え続ける。
殴られた暁は切り裂かれるような痛みを感じ、膝から崩れ落ちた。その眼には涙をためている。
「命令に素直に従わんか、貴様ァ!!」
暁
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
暁は許しを請うように伏して泣いていた。
電
「司令官さん…そ、その…」
「ん? 電、貴様何か言いたそうだな?」
電
「あ…ああ…いえ…ごめんなさい…何も…ないので…ありません…」
「よし。では工廠に向かえ。開発部には話を通してある」
雷
「…し、失礼します!」
彼女たちは、暁を庇いながら小走りで開発部へと向かって行った。
司令官は窓の外に目を遣った。
「ああ、降り始めたか…」
空の雲は厚みを増し、辺りは薄暗い。普段は穏やかな美しい海は、いつもよりも、深く見えた。
つづく
宵の明星_5