案の定である

Last-modified: 2020-09-03 (木) 08:26:10

1.「大方の予想通り」の、ダメな結果に対して使われるフレーズのこと。2000年代後半、特に幅広く使われた。
2.元中日ドラゴンズ・李炳圭(イ・ビョンギュ)のこと。略して「案の定」とも。


2の概要

2007年9月2日の中日対広島戦(広島市民球場)にて中日は4-2の2点ビハインドで迎えた6回表に2死満塁をチャンスを迎え、その際に李炳圭の代打として切り札・立浪和義の起用が期待された。しかし落合博満監督(当時)はこの絶好のチャンスで代打を出さずそのまま李を打席に立たせ、結果李は三球三振。チームはさらに2点を失い6-2で敗戦した。

翌日(9月3日)、木俣達彦(元中日)が中日スポーツ上で以下のようにこの采配を批判した評論の一節からこのフレーズが誕生。以降、中日ファンの間では李が凡退する度に使われるようになり、のちに他球団の実況、さらには高校野球やMLBに加え、国際試合の実況にも普及した。だが李が中日を退団した2010年以降は知ってたのほうが普及したこともあり使われる頻度は減少した。しかし全く廃れたわけではなく、現在では知ってた以上に案の定な結果だった時に使われる。また以下の派生形もある。

  • 案の定
  • 案定
  • 安城*1
  • 三河安城*2

中日スポーツの元記事(ウェブアーカイブ未保存)

「できることをできる範囲で」…立浪の姿勢に学べ 竜復活へ緊急提言

2007年9月3日 紙面から

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200709/CK2007090302045948.html
もはや敗色濃厚となった8回裏。左翼方向に視線をやると意外な光景が目に入ってきた。
守備に入る直前、外野手同士のキャッチボール。左翼ファウルゾーンには背番号「3」が立って、左翼・森野とキャッチボールをしていたのだ。

この種の練習のアシストは若手が務める。今のベンチのメンバーなら堂上剛だ。立浪ほどのベテランがやるなど、私は初めて見た。なぜこんな行動を取ったのか。自らの体を動かしたいということもあったろう。
ただ、それ以上に、ゲームでの出番がないのなら、自分のできる限りの仕事をしよう-そんなチームを思いやった考えからではないか。

グラウンドに立つのが、キャッチボールではなく「代打・立浪」。そのコールを聞きたいシーンがあった。
6回表2死満塁の場面だ。この試合、劣勢を一気にはね返す絶好のチャンスだった。
5回にエラーに2つの暴投がからみ、1安打で2点が入った。もらったも同然の得点で、その差は2点に。
6回のチャンスにしても、2死無走者から中村紀以下、3者連続の四球という転がり込んだもの。
そこを今度は力でものにしてこそ勝利の扉が開いたはずなのだ。

その場面、広島は左腕・佐竹にスイッチし、中日は動くことなく、李が打席に。前の打席で右前に快音を響かせたことから、期待を寄せたのだろう。
だが、私にすれば、そのヒットは偶然に近い。第1打席ではボール3から3球見逃しで三振。直前の2試合も最初の試合で幸運な内野安打だけで、タイミングはことごく狂っていた。案の定である
緊急登板した佐竹に対し、ワンバウンドのボール球を空振り。苦しいはずの投手を助けてしまうところに、“心”のタイミングさえ失っている。
最後もボール球に手を出しての3球三振は必然的ともいえた。左投手も苦にしない百戦錬磨の立浪だったなら、と思ったのは私だけではないだろう。

関連項目


*1 名古屋都市圏に含まれる西三河地区の都市。ちなみに安祥(旧名)は戦国時代の松平(徳川)氏の本拠地の一つだった。
*2 安城市内にある東海道新幹線の停車駅。ちなみに東京方面の次の駅は豊橋である。