野本圭(元中日)の別称。入団当時の同僚である李炳圭(イ・ビョンギュ)にかけて命名された。
解説
2008年ドラフト1位で中日へ入団した野本は社会人時代(日本通運)に強打の外野手として名を馳せており、同時期に注目を集めていた長野久義と合わせて「打の野本、守の長野」などと呼ばれていた。
しかし入団後はプロの壁に阻まれ、二軍では活躍するも一軍では目立った打撃成績を残せず*1、守備難・鈍足・弱肩も露呈。長所は応援歌*2のかっこよさくらいのもの(それすらも「輝け 羽ばたけ 野本圭」という歌詞を捩って「働け 働け 野本圭」と揶揄された)と評される始末であった。
2012年以降は年間50試合未満の出場に留まり、由来となった李の不振*3と重ね合わせられつつも、3年で退団した李と対照的に残留を重ねる様から「終身名誉引退希望選手」等とネタ選手扱いが加速。中日の著名な選手が引退する度に「野本も一緒に引退しろ」とネタ混じりに言われる機会が増えていった。
野本引退
2018年9月26日、浅尾拓也の引退発表とともに、東スポが荒木雅博及び岩瀬仁紀の引退をスクープして竜党の神経を逆撫でする事件が発生。この際も上記に倣い「野本引退しろ」と言われたが、翌日に野本も本当に引退を発表。なんJでは野本スレが大量に立ちいくつかは完走。
引退後は中日に残留し、スカウトとして活動を続ける。
余談
李のKBO時代の背番号と野本の2010~13年の背番号は同じ「9」。
熱烈な中日ファンとして有名なツイッターユーザー「のもとけ」氏*4の名前の由来である。
しかし野本自身の知名度は中日ファン以外には低く、「のもとけは知っているが野本は知らない」と言われるケースが多々見受けられる。現役最終年に知名度のギャップについて選手名鑑にて言及されてしまった。
関連項目
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