&attachref(./R131_Tank_Gavalov-min.png,nolink,30%); #contents *Tier 8 ソビエト連邦 軽戦車 [#l10d7369] [[公式紹介ページ>https://console.worldoftanks.com/ja/encyclopedia/vehicles/ussr/R131_Tank_Gavalov/]] *スペック [#r41c863e] |CENTER:|CENTER:SIZE(11):|c |~HP|880| |~車体装甲厚(mm)|40/40/40| |~最高速度(km/h)|63| |~重量/最大積載量(t)|25/25| //|~実用出力重量比(hp/t)|| |~本体価格(シルバー)|1,380,000| |~修理費(シルバー)|| **パッケージ [#l9112567] **戦車パッケージ [#a56560a3] |CENTER:|c |>|>|>|>|>|>|CENTER:|c ||>|>|>||┏|BGCOLOR(#DDDDDD):''[[LTTB]]''&br;(96,700/2,410,000)| |BGCOLOR(#dddddd):LTG&br;(56,200/1,380,000|━|BGCOLOR(#DDEEFF):LTG imprpved&br;(20,600/56,000)|━|BGCOLOR(#DDF8DD):LTG imprpved(85BMU)&br;(35,800/128,300)|┛|| ***詳細 [#n72377ac] |>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|>|CENTER:SIZE(11):|c |パッケージ名|エンジン|>|>|>|>|>|武装|履帯|>|>|砲塔|>|他|h |~|出力|弾種|貫通力|ダメージ|総弾数|弾代|発射速度&br;照準時間&br;精度|旋回速度|砲塔装甲|旋回速度|視認範囲|HP|通信範囲|h |BGCOLOR(#f0f8ff):CENTER:SIZE(11):|CENTER:SIZE(11):|>|>|BGCOLOR(#f0f8ff):RIGHT:SIZE(11):|>|>|BGCOLOR(#f0f8ff):CENTER:SIZE(11):|CENTER:SIZE(11):|>|>|BGCOLOR(#f0f8ff):CENTER:SIZE(11):|>|CENTER:SIZE(11):|c |BGCOLOR(#DDDDDD):LTG|GAZ-O|>|>|>|>|>|85 mm ZiS-S-53M|LTTB|>|>|LTG|880|9RM| |~|530|AP&br;APCR&br;HE|126&br;167&br;43|160&br;160&br;280|38|109&br;7G&br;98|12.50&br;2.50&br;0.42|46|110/80/80|48|360|~|525| // |BGCOLOR(#DDEEFF):LTG imprpved|GAZ-OU|>|>|>|>|>|85 mm ZiS-S-53M|LTG improved|>|>|LTG|880|R-133| |~|650|AP&br;APCR&br;HE|126&br;167&br;43|160&br;160&br;280|38|109&br;7G&br;98|12.50&br;2.50&br;0.42|48|110/80/80|48|360|~|730| // |BGCOLOR(#DDF8DD):LTG imprpved(85BMU)|GAZ-OU|>|>|>|>|>|85 mm D-5T-85BMU|LTG improved|>|>|LTG|880|R-133| |~|650|AP&br;APCR&br;HE|144&br;194&br;44|180&br;180&br;300|38|175&br;8G&br;139|10&br;2.30&br;0.40|48|110/80/80|48|360|~|730| *解説 [#d872905a] *史実 [#n6ab8f08] 1943年後半に軽戦車開発計画の殆どがドイツ戦車に通用しないことや、[[アメリカからのレンドリース>M5 Stuart]]で偵察用軽戦車が事足りるようになり、一連のソ連軽戦車は生産と計画を中止して対戦車自走砲の増産に注力する事になったのですが、一部の工場では軽戦車の開発が続けられていました。 1944年、ゴーリキー工場にてI.V.Gavalovはこれまで自身が設計した[[T-70]]、[[T-80]]に変わる新型軽戦車を開発していました。 I.V.Gavalovの計画では、低車高化と同時に車両をより安定して運転し易くする為、操縦手席を砲塔に移動したのが特徴的というもの。 主砲右側に操縦手、その後ろに車長、反対側には砲手と装填手がそれぞれ並んでいたので車体は小さくでき、結果、低い車高を実現できたと言うものでした。 ちなみに操縦手が砲塔の軸に座っている構造の為、常に前を向いていて、砲塔が回転すると操縦手の周りを他の搭乗員が回転するという、戦後にも研究される全乗員砲塔集中方式の先駆けでありました。 操縦手は他の搭乗員よりも高い位置に座っており、砲塔上面に取り付けられたペリスコープから安定して操縦できるとされていて、主砲右側に操縦手がいて、その後ろに車長、反対側には砲手と装填手で、砲塔右側が大きくなっているのは砲手と装塡手のスペース確保だと言われています。 なお、砲塔正面についてる円形の物は簡易追加装甲の役割として付けられた予備転輪です。 しかし、同工場は[[SU-76>SU-76M]]や[[SU-85A>SU-85B]]などの軽対戦車自走砲の開発・量産に勤めよ、との下令を受けた事からこの計画案は中止となりましたが、その後も軽戦車の開発を続けており[[T-100 LT]]の開発も行っていたそうです。 *コメント [#w34daf01] #pcomment(./コメント,reply,5)