T-50

Last-modified: 2017-11-15 (水) 08:53:12

ussr.t-50.png

Tier 4 ソビエト連邦 軽戦車

公式紹介ページ

スペック

車体

HP360
車体装甲厚(mm)37/37/37
最高速度(km/h)52
重量/最大積載量(t)13,9/14,0
本体価格(シルバー)140,000
修理費(シルバー)

戦車パッケージ

パッケージ名
(必要経験値/購入シルバー)
T50-1
(4,510/40,730)
T-34
(13,000/356,700)
T-50
(3,800/140,000)
Obj-135
(1,650/29,540)
T-50M
(3,010/36,500)

詳細

パッケージ名エンジン武装履帯砲塔
出力弾種貫通力ダメージ総弾数弾代発射速度
照準時間
精度
旋回速度砲塔装甲旋回速度視認範囲HP通信範囲
T-50V-345 mm 20KT-50T-50360300
270AP
APCR
HE
51
88
23
47
47
62
15014
2G
14
28.57
2.29
0.46
4437/37/1548330
Obj-135V-445 mm VT-42T-50T-50360630
300AP
APCR
HE
75
110
23
55
55
65
15035
3G
19
28.57
2.29
0.37
4437/37/1548330
T-50-1V-437 mm Automatic SH-37T-50MT-50360630
300AP
APCR
HE
46
62
19
40
40
50
17035
2G
10
60
2.29
0.44
4837/37/1548330
T-50MV-445 mm VT-43T-50MT-50360630
300AP
APCR
HE
75
110
23
55
55
65
15035
3G
19
28.57
2
0.34
4837/37/1548330

旧スペック

詳細

パッケージ名T-50Obj-135T50-1-50M
エンジン名称V-3V-4V-4V-4
エンジン出力(馬力)270300300300
武装名称45 mm 20K45 mm VT-4237 mm Automatic SH-3745 mm VT-43
発射速度(発/分)28.5728.576028.57
貫通力51/88/2375/110/2342/62/1975/110/23
ダメージ47/47/6255/55/6540/40/5055/55/65
照準時間(秒)2.292.292.292
精度0.46-0.450.37-0.360.440.34-0.36
履帯名称T-50T-50T-50MT-50M
旋回速度(度/秒)44444848
砲塔名称T-50T-50T-50T-50
砲塔装甲37/37/1537/37/1537/37/1537/37/15
旋回速度(度/秒)48484848
視界範囲(m)330330330330

解説

史実

大戦中、ソ連はT-34/76がありながらT-50のような歩兵支援戦車も生産しています。
このT-50は、T-26軽戦車に代わるものとしてT-126SP支援戦車を元に作られました。
対ドイツ戦車戦では歯が立ちませんでしたが、フィンランド軍相手にはこれでも十分だったのかもしれません。
足回りはトーションバー式に変更したことで良好になり、実に時速33km/hで走行することができます、ただし、これは装甲厚を37mmに落とした事によるもので、カタログスペックでは最大速度を50km/hとしていました。
砲塔には車長用キューポラが搭載され、主砲は45mmM1933戦車砲またはM1938戦車砲を搭載、副武装に7.62mmDT機関砲を搭載していました。
全長5.2m、全幅2.45m、全高2.165m、重量14.5トン。エンジンはV-4ディーゼルエンジン(300馬力)、航続距離344km。乗員4名。
ただし、レニングラードに工場があったため、レニングラード戦時に包囲されて、ドイツ軍とフィンランド軍の攻撃で工場が封鎖になってオムスク市に疎開した第174工場では、製作途中のものを除いて生産されませんでした、これには、単体コストが割高であることや、疎開先でのエンジン生産が難しいこと、イギリス・アメリカからレンドリースされた巡航戦車バレンタインM3スチュアート軽戦車が同等以上に使えることによる理由からでした。
T-40やT-60に負けて採用されない筈だったのですが、第174工場で生産できるのがT-50のみだったので、限定的に生産されました。
そのため69両のみ(途中での故障等により数が63両までに前後する説もあり)が生産され、フィンランド戦線に1941年冬から1942年春にフィンランド国境に投入されています。
見た目こそ、T-34を小型化したようなものですが、足回りがKV-1と似ていたためミニKV(マーリィ・クリム)と愛称が付けられていました。
1944年のフィンランド戦線で、1両が捕獲された以外は、装甲強化型のT-50Eとして、砲塔の装甲だけが強化されているものがあり、派生型として、主砲が57mm砲に改良されたT-50-57も作られました。
これらは、ドイツ軍とも対峙したそうです。
1944年夏にフィンランド戦線に投入され、フィンランド軍に捕獲された1両は終戦まで使用された後、フィンランドのパロラ戦車博物館にて保存されています。

コメント

  • 軽戦車だが機動力が低く火力も装甲も特に秀でてない、ソ連屈指の苦行戦車。 -- 2016-07-09 (土) 09:23:50
  • 偵察金? -- 2016-08-15 (月) 14:40:25