作家倶楽部合同誌 増刊

Last-modified: 2024-02-26 (月) 11:10:41

第3集『復活の・J・伝説! カエーデ姫の逆襲 ~テーマ・遊戯(ゲーム)~』

Stage1『喰ライマックス人狼』 ー知恵ト勇気デ人狼ガ跋扈スル世界ヲ攻略セヨ!!ー

[Day1]
最強の外征レギオンであるアールヴヘイム。
今日も今日とて戦乙女たちは戦地へ赴く。
しかし外征先の宿泊地で思いもよらない事件が起こってしまった。
メンバーの一人である金箱弥宙が何者かによって喰われてしまっていたのだ。(百合的な意味で)
発見時には時すでに遅く、弥宙は再起不能となった。

生存者一覧>
天葉○ 依奈○ 茜○ 弥宙× 亜羅椰○
月詩○ 樟美○ 壱○ 辰姫○

依奈:ひどい…!一体誰がこんなことを…!
天葉:いや誰がって言うか…。
月詩:亜羅椰だよね。
壱 :まあ、そうよね。
樟美:亜羅椰ちゃん以外こんなことする人いないよね…。
亜羅椰:なんでも私のせいにしないでくださいますか!?
   私にはアリバイが…!
月詩:はいはい、言い訳は署でゆっくり聞くからねー。
天葉:いや、もういっそこの場で吊ろう!
茜 :それが早いわね。
みんな:ソーレ!ソーレ!
亜羅椰:く…っ!あなた達覚えてなさい…っ!

亜羅椰を吊るして一件落着、ということで皆各々の部屋へ戻っていった。
これが惨劇の序章に過ぎないとも知らずに…。

[Day2]

翌日。
レギオンの主将である天野天葉が喰われているのが発見された。

生存者一覧>
天葉× 依奈○ 茜○ 弥宙× 亜羅椰×
月詩○ 樟美○ 壱○ 辰姫○

樟美:そ、天葉姉様…っ!
壱 :嘘…天葉様が…なんで…!?
月詩:また犠牲者が出たってことは犯人は亜羅椰じゃなかったってこと!?
依奈:ええ、それどころか犯人は私達の中にまだいるってことでもあるわ。
樟美:そんな…。
依奈:一刻も早く犯人を見つけないと大変なことになるわね…。
壱 :これは思ったよりも深刻な事態になったわ…。
茜 :これじゃあまるで人狼ゲームだわ。
依奈:人狼…そう、まさに百合の狼…。

辰姫:…ねえ、ちょっといいかな。
   実はこの中の誰かに占いオプションを付けたCHARMが支給されているはずなんだ。
依奈:占いオプション?
辰姫:うん。
   こんなこともあろうかと工廠科では強制イノチをやらかした人を検知する機能、
   通称占いオプションをCHARMに付けるようにしてるんだよ。
   ただレギオンの中で誰のCHARMに付けたかは本人にしか開示されない。
   でもこの機能を使えば100%の確率で犯人が分かるんだ。
   ただし使えるのは一日に一回、就寝前だけだけど。
月詩:あ~…、何がやりたいのかはわかるけど設定強引すぎない?
茜 :設定とか言ったらだめよ~月詩。
依奈:つまりそのCHARMオプションを使えば私達の中に潜む狼を炙りだせるってことね。
   占いCHARMを持ってる人は今すぐ名乗り出て!



壱 :誰も名乗り出ませんね…。
辰姫:下手に名乗りでると狼に狙われるリスクもあるから。
   それにもう喰われたか吊られてるって可能性も…。
依奈:じゃあ何も手掛かりがないっていうこと?早く狼を見つけないといけないのに!
樟美:今日の依奈様…ちょっと怖い、です…。
依奈:えっ
茜 :確かに依奈さんは少し冷静さを欠いてるように見えるわ。
   ソラがいなくなって動揺するのもわかるけど少し落ち着きましょう。
依奈:私は冷静よ茜。
   アールヴヘイムの司令塔としてこの場をまとめるのは私の義務だから。
茜 :…もしくは自分に疑いの矛先が向かないように主導権を握りたがってる…なんてね。
依奈:な…!?私を疑ってるの!?
茜 :そうじゃないけど可能性の一つとして、ってこと。
月詩:でも依奈様急に饒舌になってなーんかあやしーなーって。
辰姫:そう言われるとなんだか怪しく思えるような…。
壱 :あんなに執拗にヘルヴォルの千香瑠様を百合ヶ丘に誘ってたのも
   連れ込んで喰っちまうためだったってこと!?
依奈:それは関係なーい!
みんな:ソーレ!ソーレ!
依奈:私は無実~~~~~!

[Day3]
依奈を吊り、今度こそ平穏が訪れるかに思われたが…。
翌日、喰われていたのは渡邉茜だった。

生存者一覧>
天葉× 依奈× 茜× 弥宙× 亜羅椰×
月詩○ 樟美○ 壱○ 辰姫○

壱 :今度はあかねえが…。
月詩:どうしよう!本格的にやばいよ!?
壱 :落ち着いて月詩。樟美も大丈夫だからね。私がなんとかするから…!
樟美:ありがとういっちゃん。
   いっちゃんのこと信じてるから…言うね。
   あのね、わたし実は占いCHARMを持ってるの…。
月詩:えっ!くすみんそれ本当!?
樟美:うん…。昨日は狼さんが怖くて言い出せなかったけど…。
壱 :いいのよ、言ってくれてありがとう。それで誰を占ったの?
樟美:一昨日の夜はいっちゃんを占って…いっちゃんは狼さんじゃなかったよ。
壱 :なんで真っ先に私を疑ってるの!?
   …まあいいわ。これで私の身の潔白は証明されたってわけね。
月詩:それで、昨日は誰を…?
樟美:うん…。それが本題…。
   昨日の夜に占って…狼さんは…辰姫ちゃんだって…出ちゃって…。
壱 :辰姫が!?
月詩:ははーん、大人しそうな顔して辰姫ちゃんが狼だったとは…。
辰姫:ちょ、ちょっと待ってよ!辰姫じゃない!辰姫はそんなことしてないよ!
壱 :狼はみんなそう言うのよ。
辰姫:そもそも、樟美が本当に占いCHARMを持ってるっていう証拠がないじゃないか。
月詩:どういうこと?
辰姫:そのままの意味だよ。誓って辰姫は狼じゃない。
   それなのに樟美がそんなこと言うってことは…つまり…。
壱 :樟美が嘘をついてるってこと?
樟美:そんな…ひどい…辰姫ちゃん…。
辰姫:う…、辰姫だって樟美を疑いたくなんてない。
   でも辰姫にはそうとしか言えないよ。

正直なところ、その可能性については壱も全く考えが及ばないわけではなかった。
でもやはり、壱にはどうしても樟美を疑うことなんてできない。
何より樟美にはそんなことをする理由がないじゃないか。

壱 :月詩は?月詩はどう思うの?
月詩:くすみんか辰姫ちゃんのどちらかが嘘をついてるってことだよね?
   うーーーーん…全然わかんない!
辰姫:思考を放棄しないで!
月詩:うーん、でも占いCHARMでそう出てるってことはそうなんじゃないかなーって。
壱 :ごめんなさい辰姫。これもアールヴヘイムの平和のためよ。
みんな:ソーレ!ソーレ!
辰姫:辰姫は狼じゃないよ~~~!

[Day4]
翌朝。
壱は自室のベッドで目が覚めた。
自分の体は無事だ。喰われてない。
思わず安堵の息が漏れる。
幾多の犠牲者を出した今回の事件だったが、今度こそ惨劇は終わった。
そう、終わったんだ。

壱は軽く身支度をし、宿泊している施設のラウンジに来た。
誰もいない。
がらんとしている。

樟美と月詩はまだ寝ているのだろうか。
壱は月詩の部屋の前まで行って軽くドアをノックした。
反応はない。

「月詩?いるの?早く起きなさい」

呼びかけるが返事はない。

「月詩、開けるわよ」

そう言ってドアノブに手をかけた、そのとき。

「いっちゃん」

背後から樟美の声がした。
いる。
背後に樟美が立ってる。
なぜか、振り向けなかった。
振り向いてはいけない気がした。

「月詩ちゃんはいないよ。わたしが喰べちゃったから」
「そ、それって…」
「うん」
「これまでの、ぜんぶ、樟美、が…?」
「うん。美味しかったよ」
「どうして…」
「わたしね、大好物は最後に食べたいタイプなの」
「や、やめ…」
「やっとふたりきりだね、いっちゃん♡」

「た、喰べないで~~~~~~~~~!」

生存者一覧>
天葉× 依奈× 茜× 弥宙× 亜羅椰×
月詩× 樟美○ 壱× 辰姫×

樟美:ごちそうさまでした♡

Stage2『秘密のゲーム特訓』 ー2人デ特訓ヲ重ネ、パーティーゲームデ1位ヲ狙エ!!ー

祀が部屋に帰ると、普段はTVなんて殆ど見ない夢結が
モニタの前で何やらゴソゴソと作業をしていた。どうやらゲーム機を接続しているらしい。
「あら、珍しいわね。夢結がTVゲームを遊んでいるなんて」
その声に振り向いた夢結は少しバツの悪そうな顔をしつつ
「レギオンの親睦会として来週皆でやりましょうという事になってしまって…。
梨璃が提案した事だから叶えて上げたいのだけれど…その…こういうのやったことがなくて」
と言って急遽借りてきたゲーム機の電源を入れた。
「事前に練習しておいて梨璃さんを楽しませてあげたいという事ね」
「完全に初心者だと教えて貰うだけになっちゃうから…。
それでも梨璃は楽しそうに教えてくれるとは思うのだけれど、やっぱり梨璃にも楽しんで欲しいから」
コントローラを手にとってスタートしたゲームは、少し前に流行った1VS1の格闘ゲームだった。
練習モードと書かれたものを選択し指示された通りにボタンを押していく。
「パンチとキックに、こうすれば必殺技が出るのね。順番に押せば攻撃が繋がってこのゲージが貯まると
高い攻撃力の必殺技が使えると。1つ1つの行動の後に隙があるからそこを攻めていくと」
夢結が必死な表情で操作している横で一緒に画面を見ながらシステムを確認していく祀。
祀もこういうゲームは遠目で見たことある程度でこうして遊ぶのは初めてだった。
そのままアーケードモードを選んでCPUとの対戦を始めた夢結だが、3人目で早くもゲームオーバーになってしまった。
「攻撃しようとしたのに一方的にやられてしまったわ。難しいわね」
「相手の攻撃をかわしてからそこに攻撃を当てないとダメなのかしら。ちょっと私にもやらせて頂戴」
そう言って今度は祀がやってみたが、4人目で同じようにゲームオーバーとなった。
「攻撃を待っているだけでもダメなのね。意外と奥が深いわね」
そのまま二人で交互に遊んでみたが、結局その日は最後まで行く事すら出来なかった。
 
 
次の日の夜、二人でまたゲーム機の前に座っていた。
祀は夢結に1冊の紙束を差し出した。
「ゲームの戦い方とかコンボ情報とか一通り調べて纏めておいたわ」
「あなた…、代行の仕事で忙しいんじゃなかったの」
そう言いながら遠慮なく受け取った夢結は、早速資料に目を通し始める。
「上手になるならアーケードモードじゃダメらしいわ。今日は対戦をしてみましょう」
「分かったわ、オンライン対戦モードで練習すればいいのね。今日は祀が用意してくれた資料もあるから昨日より勝てるはず」
…………………………
「おかしいわね…、全然勝てないわ」
5戦ほど戦ってみたが、飛び込んだり攻撃したところを迎撃されてそのまま向こうに攻められて負けるという
似通った流れであっという間に5連敗した画面を見ながら首を捻る夢結。
「ただ攻めてもダメよ。相手もこちらの隙を狙っているのだから冷静に待たないと。ちょっと貸して頂戴」
…………………………
「おかしいわね…、どうしてあちらの攻撃だけ当たるのかしら」
「祀もダメじゃないの」
祀も同じように5戦5敗であった。冷静にガードを固めていても投げられたり中段で崩されてそのまま
攻め込まれ、折角出した攻撃も1回では倒せずに押し負けてばかりだった。
二人はそれぞれのプレイの感想を言い合いながら1つの結論を出した。
『格闘ゲームは初心者だとゲームにならない。』
「どうしようかしら…。参加せずに見守っているだけの方が良いのかもしれないわね」
「思ったのだけれど、ゲームが好きな梨璃さんがそんな熟練者だけが楽しめるものを選ぶかしら?」
そう言われて夢結は梨璃が言っていた言葉を思い出す。
「…ゲームで遊びましょうとは言っていたけれど格闘ゲームとは言っていなかったわね」
「だとしたらいくら梨璃さんが格闘ゲームが好きだと言ってもレギオンメンバーが出来るだけ
多く一緒に楽しめるゲームの方を選ぶんじゃないかしら。例えばこういうものを」
そういって祀が手に取ったのは横に置かれていたボードゲームだった。
「折角だから色々試してみない?夢結とこうして遊ぶのも新鮮だし」
「そうね。どんなゲームが来ても良いように少し付き合ってちょうだい」

~モノポリー~
「破産してしまったわ…。どうして高額物件ばかり止まるのかしら」
「出る出目と確率を考えて物件を揃えておくのよ。先々まで見据えた投資計画も大事ね」

~パズルゲーム~
「消す暇が全然なかったのだけれど」
「次に何が来るのを確認しながら積んでいくのは頭の体操になるわね」

~◯◯カート~
「走るだけで良いから簡単でいいわね。曲がれない時もあるのは困りものだけれど」
「ちょっとアイテムの効果が強力過ぎないかしら。1位になっていたはずなのに気付いたら6位に…」

~スポーツゲーム~
「野球やサッカーは分かりやすいわ。勝てなくても楽しいわね」
「体調や天候とか、考える情報が多くて思っていたよりも大変ね」

~クイズゲーム~
「ちょっとマニアックな問題が多すぎないかしら。それともこれが一般常識…」
「問題を予習復習する事が前提のゲームみたいね。遊びごたえはありそうだわ」

~シューティングゲーム~
「細かい操作は大変だけれど、隙間を抜けて距離を詰めるのは楽しいわ。近接攻撃モードも欲しくなるわね」
「ヒュージと違って攻撃にパターンがあるのは回避しやすくていいわね。何度か情報を集めれば最後までいけそう」

~アクションゲーム~
「飛んだ先に穴があるのは卑怯じゃないかしら…。途中から全然進めないのだけれど」
「大事なのは反射神経かと思ったけれど、マップや仕掛けといった情報の方が大事なゲームね」

…………………………
数日かけて一緒に借りていたゲームを一通り遊んだ二人はスッキリした表情で笑いあった。
「ゲームって思っていたよりも色んな種類があるのね。勉強になったわ」
「ありがとう祀。ちょっと自信が付いたわ」
ゲームを沢山触ったおかげか夢結の声にも多少自信がついたような印象を受ける。
そんな夢結を祀は優しい目で見つめながら、遊び終わったゲーム機を片付け始めた。
 
 
「あ、お姉様。
今、楓さんたちが作ったゲームをプレイしていたんです!
お姉様もやってみませんか?楽しいですよ!」
「ふふ、それじゃ、やり方を教えてくれるかしら?」
「はい!もちろんです!」
そう言って渡されたタブレットを見て、夢結は硬直したとかしないとか
(終わり)

Stage3『月見で一杯、花見で一杯』 ー風流ナ和風ステージデ、敵トノ駆ケ引キヲ楽シモウ!!ー

 丸く切り取られた水面に映る、銀色の満月。その月がゆっくりと傾けられ、見目麗しい美少女の桜色の唇に流れていく。少女は、盃に満々と注がれた日本酒を一息に飲み干すと、月光のように輝く銀髪をさらりと揺らして
「……ほう」
 と嘆息する。艶かしく動く舌が唇の水滴を拭き取り、満足げに微笑んだ。
「高島八雲が持ってきたと聞いてあまり期待していなかったが……中々どうして、あの小娘も酒が分かってきたではないか」
 見るからに未成年であろう少女がまるで日本酒の味に精通しているように語るが、それを咎める者はいない。何故なら彼女は見た目こそ幼く映るが、その実は老化停止・マギ減少停止のブーステッドスキル「ノスフェラトゥ」の唯一の付与成功例であり、実年齢は50歳以上と目される百合ヶ丘女学院理事長「高松祇恵良」だからである。祇恵良は追加の酒を注ぐと、まるで月を呑み干すかのように盃を煽り、空にする。
「ふむ……。キリッとした辛口だが、香りは甘く華やかだ……。百合の花を思わせる濃厚でフルーティーな香り……これはまるで……」
 と、水面に揺れる月を愛でながら蘊蓄を垂れようとしたところで、
「……姉上、その酒は高島殿が私にくれたものなのだが……。一人で飲み切るのは辞めてほしい」
 あと、寒いので窓を閉めていただけませんかね? と、渋い声が苦々しい響きを帯びて祇恵良が酒を飲む手を抑えた。百合ヶ丘女学院理事長代理にして祇恵良の弟、「高松皎月」である。彼は今、理事長代理としてデスクの上に積まれに積まれた書類を片付けていた。……ソファに寝転びながら酒を嗜む姉に代わって。
「ならばとっとと仕事を終わらさせてこっちで私と酒を飲めばいいだろう、愚弟」
「この仕事は本来理事長である姉上がすべきことのはずですが……?」
「私の仕事を代わりにするのが理事長代理であるお前の仕事だ」
「……そうですな……」
 皎月は全てを諦めたかのように深く重いため息を付いたあと、目の前の山のような書類を脇に置いて、着物を翻しながら姉の前に立ち酒のグラスを手に取った。
「おい、皎月。仕事は終わったのか?」
「いえいえ、弟として姉上が手酌するのを見過ごせなかっただけですとも。寂しくグラスを傾ける姉に酒を注ぐのもまた、弟の仕事かと」
「なるほど、違いない」
 弟の言葉に姉はにやりと笑いながら、
「なら、姉の暇潰しに付き合うのもまた、弟の仕事だな?」
 と、懐から札の束を取り出した。それは、深紅の固い裏面に、表には十二ヶ月折々の花々が美しく描かれた日本古来のカードゲーム……花札であった。
「ほぉ……随分と懐かしい物を……。昔は姉上と何度も対局したものですな」
「つまみ代わりに一局やろう、皎月。腕は衰えてないだろうな?」
「姉上こそ、後で吠え面をかかれませんように」
 こうして、窓外の月に照らされながら、高松姉弟の花札勝負が始まったのだった。

 ここで、花札のルールを説明しよう。

一、競技を始める前に、最初の親と子を決定する。2人で札を引き、札種の月が早い札を引いた者が親、もう一方が子となる。なお、札種の月が同じ場合は得点の高い方が親、もう一方が子となる。

二、場に8枚、手札が親子それぞれ8枚となるように札を配り、残りは山札として伏せておく。

三、競技者は、親から交互に次の行動を繰り返す。
①手札から1枚取り出して場に出す。この時、同じ札種(同じ月、植物)の札が場札にあれば、2枚は自分が獲得した札となり、自分の脇に表向きに置く。なければ場札に加えられる。
②山札をめくって場に出す。同様に、めくった山札と同じ札種の札が場札にあれば、2枚は自分が獲得した札となり、自分の脇に表向きに置く。なければ場札に加えられる。

四、自分の番が終了した時点で獲得した札によって役が成立していれば、競技を継続するかしないかを決めなければならない。競技を継続する場合の呼称が「こい」(または「こいこい」)であり、この競技の名称にもなっている。

五、競技を止めた場合、止めた者に成立した役によって得点が入る。もう一方の者は、自分に役が成立しているかいないかに関わらず0点となる。

六、一つの競技が終わったら札を混ぜて札を配り直し、次の競技を始める。最終的な勝敗が決まるまでこれを繰り返す。親と子については、前の競技で得点を挙げた者を親とする方法と、前の競技の結果に関係なく親と子を交互に繰り返す方法がある。

 山札を捲ると祇恵良が4月で皎月が6月。というわけで最初の親は祇恵良になった。
「12ヶ月でいいな? 皎月」
 手際良く札を切って場札と手札を準備する祇恵良。この12ヶ月とは勝敗が決するまでの1ゲームの回数のことであり、その呼び名通り12回ゲームを行い、最終的にポイントをより稼いだ方が勝者となる。
「構いませんよ。親子は交代制ですか? それとも勝ち親ですか?」
「当然、勝ち親だ」
 花札は親が有利なゲームだ。使用する札が12種×4枚の48枚しかない上に、役によっては2枚や3枚で成立して上がれるので、先に場札が取れる親が圧倒的に有利なのだ。故に、勝ち親制の場合は一度も親が変わらぬまま対局が終わることもある。
「それでは、私から行こうか……あっ」
「あっ」
 先行、祇恵良。彼女はまず場の8月の光札ーーー芒に望月を取り、山札を捲った。出た札は9月のタネ札ーーー菊に盃。祇恵良はこれを場の菊のカス札で獲得した。これにより……。
「見たか、皎月。月見酒の役ができた。全く私は運が良い、もう上がりだ」
 2枚で出来る役札の1つ、「月見酒(月見で一杯)」が完成した。一月目、勝者祇恵良。獲得点数は5点。対局時間は僅か1分にも満たない時間であった。しかし、
「……いやいや、姉上。月見酒と花見酒はローカルルールでは……?」
 ここで皎月の物言いが入る。この月見酒と花見酒(花見で一杯、桜に幕+菊に盃)はたった2枚で作れるのに得点数が5点と高得点なのでバランスブレイカーとして名高く、ルールによってはその役は不採用とする場合もあるのだ。
「うるさい、私のルールでは有りなんだ」
「以前したときはローカルルールだから無しだと主張したのは姉上では?」
「今回は有りなんだ。あまり昔のことに拘るんじゃない、愚弟」
 だが、やはり姉は強い。強引な手法で丸め込んでしまった。これには弟も苦笑い。
「……わかりました、では今回は有りということで……。二月目を始めましょう、姉上」

 こうして、高松姉弟の白熱した対局は進んだ。
「三光!雨四光!猪鹿蝶!ーーーこいこい!」
 得点の高い光札を組み合わせる役札を中心に集め、こいこいで点数を倍にするなど高得点を狙う祇恵良。
「たん。かす。これで赤短。ーーー上がりで」
 一方、点数は少ないが数さえ集まれば特定の札がなくとも成立する役を高速で集め、堅実に上がる皎月。
「あーっ! 皎月貴様ーっ! 私が高得点を狙っていたのにそんな安い役で上がるな愚弟ーっ!」
「何とでも仰ってください。上がった者の勝ちなのですよ花札は」
「ぐっ、ぐぬぬ…!」
 そうして、あっという間に十二月目、最終局面となった。2人の得点にほぼ差はなく、この対局を取った者が勝者となる。お互いに一歩も引かないまま、場に札が並べられた。親は皎月。
(ここを勝てば姉上に勝てる……。焦らず慎重に、取れる札を取っていこう)
 皎月は戦術を変えることなく、点数の低い札を狙っていく。10月のカス札2枚と2月のカス札タネ札を取って子の祇恵良に番が移った。
「さあ、姉上の手番ですよ」
「……なあ皎月」
「姉上?」
 子、祇恵良。しかし彼女は場の札を取ることなく、じっと皎月の顔を見詰めていた。
「貴様はこの12月に収束したあの事件、これをどう思う?」
「12月……TILが青ヶ島にアルトラ級を顕現させた、あの事件ですか? 囮として向かった一柳隊が中心となって、他校のガーデンとも連携し何とか撃退できた……。姉上も大活躍でしたな」
「そう、その一柳隊よ」
 祇恵良は場に目をやると、12月の光札ーーー桐に鳳凰を取ったあと、山札を捲った。引いた札は11月の光札ーーー柳に小野道風。祇恵良はこれを柳のタン札で獲得した。
「……一柳隊が、何か?」
 皎月は話を促しながら、場の6月のカス札を取る。山札から捲った札は残念ながら場に合う月がなく、そのまま場に置かれる。
「百合ヶ丘生徒全員がマギを使えなくなる中、多人数ノインヴェルトによるギガント級撃破。そしてその直後の由比ヶ浜ネストに潜んでいたアルトラ級ヒュージ撃破。その後も新宿事変や東京圏防衛構想会議での活躍、そして此度の青ヶ島事変……。大きく事態が動く局面、その中心には必ず一柳隊が、そして一柳梨璃がいる。皎月、あの娘は一体何者だ?」
「何者、と申されましても……」
「あの娘が関わると、絶望的な場面にも必ず活路が開かれる。それだけではなく、あの娘に救われた者は数多い。ルナティックトランサーの死神と呼ばれた白井夢結……」
 場の8月の光札ーーー芒に望月を取り、山札を捲る。引いた札はーーー
「そして、安藤鶴紗……」
 1月の光札ーーー松に鶴。祇恵良はこの札も獲得する。
「他にも沢山の者が、一柳梨璃に関わることで新たな力を得ている。あの娘には、何か不思議な力が備わっているとしか思えぬ……。おっと、役が出来ていたな」
 そして、この時点で祇恵良は雨四光の役が完成した。それは、祇恵良の勝利が確定したということであり、これで長い対局が終わったということを示している。
 なのに。
「ふふ、どうせなら延長戦といこうか……。こいこいだ」
 祇恵良はこいこいを……対局の続行を選択した。こうして本来ならば訪れることのなかった筈の皎月の手番が来る。この時、彼はこの対局で初めて顎に手を当てて悩んだ。
(姉上はこいこいを宣言した。それはつまり、雨四光以上の役が狙える手札ということ。即ち、五光ーーー)
 五光。1月・松に鶴、3月・桜に幕、8月・芒に望月、11月・柳に小野道風、そして12月・桐に鳳凰。この5枚の光札を集めると完成する、花札最高得点にして最高難易度の役。
(そして、盤面には桜のタン札がーーー)
 ということは、祇恵良の手札には3月の光札、桜に幕があると見て間違いないだろう。ならばここは、手札の桜のカス札でこのタン札を取る。そして、山札から捲った札は……。
「なっ、桜に幕……!?」
「あぁ、丁度その札が欲しかったんだ。全くお前は姉思いの良い弟だよ、皎月。さあ、これで終いだ」
 五光。そう宣言して、祇恵良は、3月の光札ーーー桜に幕を獲得した。
「……してやられましたな。まさか手札にないのにこいこいを宣言するとは」
「ククッ、こういう時に必ず引くのが私なのは、お前もよく知っているだろう」
「えぇ、全く」
 ニヤリと笑いながら五光の札を見せびらかす祇恵良だったが、またふっと遠い目をして、聞こえるか聞こえないかくらいの幽き声で告げた。
「……だがな、皎月。私は一連の事態に、これで幕が下りたとは思えぬ。恐らくこれは、まだ続くのだ。そしてその流れの中心は……」
 五光札の1枚、柳に小野道風を指差す祇恵良。まるで託宣めいた姉の呟きに、皎月は背中に冷たいものが走るのを感じる。
「一柳梨璃……。彼女には、何かある、と……?」
「分からぬ。分からぬが、こういう時の私は必ず引き当てる……。お前もよく知っての通り、な……」
 そう言いながら、山札を1枚捲る祇恵良。その札を見た祇恵良は、先程までの深く思案するような表情を和らげ、微笑んで皎月のグラスに酒を注いだ。
「……だが、今はTILの事態が無事に収まったのを祝うとしよう。姉弟水入らずで、盃を交わしながら」
 山札から引いた9月のタネ札ーーー菊に盃を見せながら。

Stage4『ネズミと猫のゲーム』 ー姉妹ノ絆デヒュージノ大群ヲ突破シ、仲間ヲ救エ!!ー

「ゲームをしよう、鶴紗」
 梅様はそう言うと、制服のスカートのポケットから細長い弾薬のケースを取り出した。
「鶴紗、これが何かわかるか?」
「わかりますよ。キャップが青色でシェルにLiって書いてますから、対ヒュージ用の高速徹甲弾ですよね」
 ひょっとして、ゲームってもの当てクイズなのか、と安藤鶴紗は思った。だが、どう考えても今はそんなことをやっている場合じゃない。陥落地域の外周部をちょっと偵察する簡単な外征任務のはずだったが、ヒュージの姿がないのを良いことに不用意に奥まで踏み込んでしまったのが失敗だった。気がつくと一柳隊はヒュージの群れに囲まれてしまっており、突破口を開いて撤退しようとしようと試みたものの、敵は何層にもわたる防御陣を敷いていた。突破しあぐねているうちに、逆に攻勢を仕掛けられて隊は分断。前方で突出していた鶴紗と、梅様は完全に包囲されてしまっている。
「半分正解。だけど、ゲームの内容はクイズじゃないゾ」
「半分って、どういう――!」
 言いかけたところで、前方に新たなヒュージの一団が出現する。その奇妙な、地球上のあらゆる生物を混ぜ合わせて硬質の殻で成形しなおしたような姿をした鶴紗たちの敵は、殻の厚い近接タイプを前に出しながら、狙撃タイプによる一射を放ってきた。鶴紗と梅様はふわり、と宙に舞い、背後に生い茂っていた樹幹の中へ身を隠し、狙撃タイプの射線から逃れる。
「これは外見こそ徹甲弾だが、中身は照明弾。拾った空薬莢を使って梅が特別に詰めなおしたものだ」
 二人を捜索しようと、近接タイプのヒュージの群れが森の中に侵入してくる。鬱蒼と生い茂った緑の覆いと、不規則に立ち並んだ無数の梢が敵の目から二人を覆い隠してくれるはずだが、逆にここではこっちも動きづらいな――と思いながら、鶴紗はおなじ木の幹の裏に隠れている梅様に答える。
「ぜんぜん分かりませんよ、梅様」
「ゲームはキャット・アンド・マウス。梅がネズミをやるから、鶴紗はネコ役――ネズミを追いかけるんだ。鶴紗、ネコ、好きだろ」
「べつに嫌いじゃないですけど……どうせ梅様は縮地を使うんでしょ。いくらわたしだって捕まえられませんよ。だいたい、今は呑気に鬼ごっこをやっている場合じゃないですよね。早くここを突破して梨璃や夢結様たちと合流しないと……」
 ガサガサ、と茂みをかき分ける音が近づいてくるのを感じて声を潜めたところで、相手はふいにずいっ、と身体を近づけてきた。
「鶴紗、この区域のヒュージは統制が取れすぎている」
「え、まあ。その、確かにやりにくい……ですけど」
 木の幹に背中を預けている鶴紗に、ちょっと上から覆いかぶさるように頬を近づけられて、耳元で囁かれたせいで、戦闘中なのにアドレナリンとは別の方向性で心拍数が爆増してしまう。というか、こういうことを平気でほかのリリィにもやるから勘違いする子が後をたたないんだよ、と思いながら、鶴紗は頬の発熱を相手に悟られないようにそむける。
「しかし、サーチャーにラージ級の反応はなかった。ということはミドル級クラスで周囲のヒュージを指揮しているヤツがいるってことだ」
「資料で見たことがあります。ケントゥリオとかいうタイプですよね」
「そう、これだけの規模のヒュージの群れだから、一体や二体のケントゥリオじゃない。あちこちに指揮官のように、相当数が紛れているはずだぞ」
 なんとなく、そのあたりで鶴紗にも察しがついてきた。
「つまり、こういうことですか。梅様が縮地を使って敵をかく乱しながら、ケントゥリオを見つけたらそのお手製の照明弾で合図をする。わたしはそれを見つけて、最大火力で敵を排除。それを敵が崩壊するまで繰り返すと」
 ふいに、ぽん、と髪の上に手のひらの感触が伝わってきた。
「鶴紗は頭がいいな。その通りだ。ファンタズムが使える鶴紗なら、確実に梅の動きが追えるからな。前置きが長くなったが、そろそろゲームをはじめようか。準備はできているな?」
「……大丈夫です」
 どうして頭を撫でられただけでこんなに嬉しくなるんだわたしは、と思いながら、うなずいた鶴紗に、
「それじゃ、いくゾ」
 とだけ言い残すと、梅様はかすかな残り香だけを漂わせて、消えた。瞬時に凄まじい速度まで加速したためか、ざっ、と森の地面に降り積もっていた枯葉が一斉に舞いあがる。近くを捜索していたヒュージが反応し、同時に狙撃型からの射撃が殺到した。木の幹が引き裂かれ、何本かが地響きを立てて倒れるが、そこにはもう、梅様の姿はない。ざっ、と何かが森の外へと駆け抜けた直後、白く灼けた閃光がきらめいた。
 鶴紗もそれを追って、梢の外に飛び出している。閃光の輝きに照らされていたミドル級ヒュージ、ケントゥリォの姿を視認すると同時に、構えていた自分のチャーム、ティルフィングを渾身の膂力を込めて、投げた。
 太いティルフィングの刃が、ケントゥリオの細長い身体をつらぬく。同時に、自爆モードにセットされていたコアが起爆し、周囲のヒュージを巻き込んで大爆発を引き起こした。
「やるな、鶴紗。まるで汐里みたいな戦い方だ」
 ぽっかりとクレーターが空いた地面のどこかから、そんな声が聞こえた気がしたが、ただの空耳かもしれない。次は向こうで照明弾があがる。獲物であるリリィを追いつめていたはずが、突然の奇襲によって瞬時に狩られる側になってしまったことに混乱しているのか、その光に照らされた標的のヒュージは、無防備に見えた。
 ――アルケミートレース。
 次の獲物に向かって跳びながら、鶴紗は指を噛み、自分の持つ第二のレアスキルを発動させる。指先からほとばしったマギを帯びた血が、瞬時に空間上に大鎌を思わせる禍々しくも赤いチャームを形成。ケントゥリオとすれ違いざまに、その切っ先が袈裟斬りに相手の胴部に食い込む。チャームもろとも敵をひき肉に変えるような、暴力的な一撃とともに、敵は文字通り両断され、爆散した。
 同時に、刃の部分からチャームがぼろぼろと崩れはじめ、形を維持できなくなって崩壊していく。
 ファンタズムが、そこで数秒先の未来を見せてくれた。アルケミートレースを一度解除し、元の液体――自分の血に変わったそれにはもはや構わず、鶴紗はつぎの閃光に向かって突き進む。おそろしく俊敏で、しかも凶暴なネズミが敵の中で暴れまわり、獲物を目の前に見せてくれるので、ネコ役の鶴紗は何も考えず、それを屠りに行くだけでよかった。
 やや、ヒュージに同情しながら、槍状に変化させた血のチャームで、鶴紗はケントゥリォを串刺しにする。

「ふー、危なかったぁ……」
 ため息をついた梨璃に、夢結様がため息をついて応じる。
「まったくだわ。梅と鶴紗さんが敵を妨害してくれなかったら今頃はどうなっていたか……梨璃、それに二水さん。気を抜いてはダメよと言ったでしょう。まったく、あなた達は……!」
「はわわ、ごめんなさい……鷹の目でもっとちゃんと敵を見ておけばと反省してます」
「お姉様、今回は完全に隊長の私の判断ミスです。ごめんなさい……」
 と、しょげる二人に、梅様が助け舟を出した。
「夢結、一柳隊は全員無事でこうして帰ってこれたんだし、いいじゃないか。ま、反省会は後でするとして、だな――」
 ふいに、そんな一同の声が、遠くなった。
 あ、と思った瞬間、自分を動かしていた操り糸が切れたかのように、一瞬、鶴紗の目の前が真っ暗になる。常人離れした再生能力を持つブーステッド――強化リリィとはいえ、ちょっとアルケミートレースで血を使いすぎたか、と思ったせつな、よろめいた鶴紗は誰かの腕に抱きとめられていた。
「大丈夫か、鶴紗? ちょっと無理をさせてしまったな」
「問題ない、です……わたしは少し休めばまた元に戻りますから」
「ダメだぞ」
 きゅっ、と自分のことを抱きしめていた腕に、力がこもったのがわかる。同時に、そのひと――梅様の、あの猫のいるひだまりのような匂いにつつまれたのを感じて、鶴紗はため息をついた。
「どうせ、ほうっておいてくれと言っても聞いてくれないんでしょう、梅様は」
「当たり前だ。鶴紗は梅の大切なシルトなんだから。ほら、寮の部屋まで連れて行ってやるから一緒に休もう」
「はい……お姉様」
 そう、つぶやいて鶴紗は目を閉じた。
「ラブラブじゃのう」「はわぁ^^」「雨嘉さん、わたしたちもアレ、やりたいですか?」「人前だと恥ずかしいよ、神琳……」「わたしはヤリたいですわ~梨璃すわぁ~ん」「きゃっ、楓さん!?」「楓さん、そのカタカナの使い方について指導してもいいかしら……?」
 などと、みんなの声が聞こえた気がしたが、鶴紗は大切な人の体温と、鼓動に包まれながら、幸せだった。

Final Stage『匂いを嗅ぐたびに』 ー猫ノヨウニ気マグレデ甘エン坊デ大切ナ貴女…。クライマックスマデ、泣クンジャナイ。ー

1.
 結梨が一柳隊に拾われてからしばらく経ち、メディカルチェックも終了して学生寮へ入寮することになった。
「ルームメイトの立候補がなければ結梨さんには特別寮へ入ってもらうことになるけれど、どうする?」
「わたくしが立候補しますわ」
 治療室から退床する前日、秦祀からそう問われて楓はすぐに結梨のルームメイトに立候補した。梨璃にいいところを見せたかったからだ。部屋のスペースはもう作ってあった。
「わたくしのベッドはこっちなので結梨さんはそっちのベッドを使ってくださいまし」
「どうして梨璃の部屋じゃダメなの?」
「何度も申してますけれど梨璃さんにはすでに閑さんというルームメイトがいらしゃいますの。1つの部屋に3人は住めませんわ」
「結梨、梨璃といっしょのベッドがいい」
 そんなのわたくしだっていっしょがいい。
 初日は大変だった。部屋に置いてある家電、家具、小物、化粧品から置いてある諸々の品について説明する羽目になった。これは何に使うの? そっちのは何? 同じものじゃないの? どうして同じものなのに違う名前なの? これはどう使うの? この小瓶から楓の匂いがするのはどうして? ねえ、これ飲める?
「結梨さん、それは甘い香りがしますが飲めませんし、肌につけるものでもありません」
「でもすごくおいしい匂いがする」
「……多分、バニラですわね。わかりましたわ、バニラミルクを入れますからちょっとお静かになさってくださいまし。もう夜更けですのよ」
 結梨は匂いに敏感だった。そのうち楓はスパイスや香草の入った飲み物を出すと結梨がおとなしくなることに気づいた。だいたいをそれでうまくいったが、うまくいかないときもあった。目を離すとすぐに結梨はいなくなった。はじめは楓も察知できたが、学習した結梨は物音ひとつ立てずに消えるようになって対処不能となった。
「ちょっと冗談でしょう……消灯時間でしてよ……」
 先ほどまでーー楓がヘアオイルを塗っている間ーー結梨にはホットミルクを飲ませていた。スターアニスを入れてあげると不思議な匂いだと鼻をすんすんさせて喜んだ。じゃあ明日はシナモンを入れて差し上げますわね、そう言いながら楓が鏡から振り返ったらカップはからっぽで結梨はいなくなっていた。消えた結梨はすぐに見つかった。梨璃の部屋にしか行かないから。
「まったく毎晩毎晩これは何の罰ゲームですの?! ちょこまか抜け出さないでくださいまし!」
 寮監からは甘く黙認されている部分があるけれど、こうも連日抜け出すとなるといよいよお咎めを頂くかもしれない。ルームメイトの粗相とはいえ、ジョアン・ヌーベルとしては甚だ遺憾でしかない。それに梨璃から結梨を引き離すのは重労働で、いつも生き別れの親子を再び引き裂くみたいな感じになる。つらい。
「梨璃と寝たいー!」
 結梨を後ろから羽交い絞めにしたとき、甘い香りがしてどきりとした。楓は結梨にはシャンプーもコンディショナーも自分と同じものを使わせている。同じ匂いのはずなのにどうしてこんなにも感じが違うのだろう。
 泣き別れの最後はいつも梨璃が諭して決着がついた。
「また明日ね結梨ちゃん。楓さんもお休みなさい」
「ええ。お休みなさいませ」
「お休み梨璃」
 こんな風にはじめはバタバタしていたが、結梨の抜け出し癖も自然となくなっていった。世話を焼かれずとも服を着替えたり、歯を磨いたりもできるようになった。
「ふぉらぁ、奥歯もひゃんと磨ひたほぉ」
「だからいちいち見せに来なくてもよろしくてよ」
 梨璃への執着が強いだけで、もともと素直な子なのだ。日頃もだいぶ大人しくできるようになってきて、授業への参加も許しが出た。楓としてはまだ早いのではないかと思ったが、ガーデン側が結梨の才を計りかねていた様子だったのでさすがに口出しまではしなかった。
「授業わかんない」
 結梨の座学の成績はほとんど”終わっていた”が、実技の関連は妙に吸収が良かった。CHARMの扱いなんかも初心者どころではなく幼児のような真似をしていたのに、楓が丁寧に指導すると思い出したかのように動きが良くなった。ねぇ、これでいいの? ……ええ。よ、よくできましたわねそれ。
 そして、事件は起こるべくして起きた。

2.
 百合ヶ丘はノインヴェルト戦術教育に力を入れている。しかし、模擬弾を使用するとはいえどもいきなりノインヴェルト戦術の訓練に結梨を放り込むのは危険なのではないかとの意見が出た。模擬弾もそれなりの値段がするのでむやみに消費はできない。
「ボールとかでパスの練習させてみたらどうだ?」
 梅の意見が採用になった。
 まず「パス」の概念を体で覚えさせる。
 選ばれた競技は「バドミントン」だった。
「いいか結梨、この羽根つきの玉を落としたら負けだからな。こうやって打ち返しながら動くんだぞ」
 言うまでもなく、結梨はバドミントンのラケットも玉(シャトル)も初めてだったので、梅と鶴紗が手本を見せることになった。
「これならどうだっ!」
「視えたッーー」
 しかし途中で二人がレアスキルを発動し始めたので一向に収拾がつかなくなり、夢結が中断させた。
「誰が本気でプレーしろと言ったのよ、まったく」
「あはは。でも楽しかったぞ! なあ鶴紗!」
「はぁ、はぁ。疲れた……」
 結局、バドミントンはルールを変えて結梨を含めた10人全員で行う事になった。ノインヴェルトのスタイルに近づけるためだ。

ルール1:シャトルを打つときは相手の名前を呼ぶこと。
ルール2:シャトルは呼んだ相手に向けて打つこと。ただしシャトルの軌道や速度に制限はない。
ルール3:シャトルを落としたら負けで、落とした人はゲームから離脱となる。
ルール4:最後まで残っていたプレイヤーが勝ちとなり、他の全員へ罰ゲームを命令できる。
ルール5:レアスキル含めてマギを使用したら負け。

「しばらくは練習よ、罰ゲームはなし。全員は結梨へパスを返すこと。そして結梨はできるだけ色んな人へパスを出すこと。いいわね」
 いきなり本番をやっては初心者の結梨が不利だったため慣らしの練習を何度か行った。結梨はすぐに適応した。
「飲み込みがはやいわね」
 夢結でさえ結梨の呑み込みの早さに感心した。結梨のフォームは初心者然としたものだが動きは他のみんなと比べても引けを取らない。むしろ軽やかにさえ見える。
「結梨、ばどみんとん好き!」
 そして本番。
 ジャンケンで神琳からのスタートとなった。
「それではわたくしから……ふーみんさんっ!」
 初球から全力。ブレのないフォームで神琳がラケットを振るう。
 レーザーみたいな直線軌道で二水へシャトルが飛んだ。
 しかし二水は動じない。リリィとしては未熟でもスポーツが苦手なわけではない。二水のラケットがシャトルを捉えた。
「っ! 梅様っ!」
「じゃあ梨璃っ」
 さらにスピードが加速する。
 梨璃は視線を結梨へと向けた。
「結梨ちゃんっ!」
 名前を呼ばれて結梨の表情がぱっと明るくなり、梨璃から送られたシャトルへ滑りだす。
 フィギュアスケートみたいに、ぎゅんと、結梨の体が回転した。意味不明な動きだった。
「かえでー!」
 楓に向けてシャトルが飛んだ。
 楓は。
 正直に言えば、楓は結梨を舐めていた。
 所詮はシロウト。いくら才があったとしても研鑽を積んできた自分には及ばない。そう考えていた。
「!?」
 シャトルがブレた。
 ひねりが効いている。
 変化球なら練習中に梅が何度かやってみせていた。ならば、これは練習中に梅が見せた”カット”か。いや、違う。これはカットではない。これは、なぜか右ねじ様にスピンが掛かっている。サーブでなければ不可能だ。
(ーーこの回転をどうやって? さっき跳んだとき? でもそれだけでは説明がつかない)
 カオス的な運動を見せるショットに”スピンサーブというものがある。スピンサーブはプロでも返すのが難しく、国際試合などでは使用が禁止されているほどだ。しかし、これは明らかにスピンサーブではない。そもそもサーブではないから。結梨のこの魔球は、ラケットの運動だけで成しえる変化球の類のはずだ。
 方法などどうでもよいこと。
 楓は思考を放棄した。
 シャトルのコルクを捉えることだけに集中する。
「ーーっ! 雨嘉さんっ!」
 相手を選ぶ余裕はない。
 全身全霊で振るったラケットは、なんとかコルクを捉えた。
 思った軌道からはかけ離れていたが、雨嘉へとシャトルが飛んだ。
 そして、地獄が始まった。

3.
「かえでー!」
「いくよかえでー!」
「かえでー!!」
「かーえーでー!!!!」
 結梨からの執拗なパス。
 読めない魔球。
 楓は瞬く間に疲弊した。
「なんでわたくしばかり狙い撃ちなさるんですの?!?! じょ、冗談じゃありませんわ。このわたくしがこんな、こんなノインヴェルトシロウトに膝を屈するなんて、ありえませんわ!」 
 ノインヴェルトではなくバドミントンなのだがそんなことはもう関係なかった。ゲームは終盤。残っているのは楓、結梨、梅、夢結の4人。
 相手を脱落させるための熾烈なパスが応酬される。
 シャトルが結梨へと渡る。そこで変化が起きた。
「ゆゆー!!」
「っ!」
 全員が驚いた。
 それまで楓の一点狙いだった結梨から夢結への不意打ち。
 しかし、夢結は油断していない。していないが。
「っ! 梅っ!」
 そう叫んでラケットを振るった夢結だが、シャトルは見当違いの方向へと飛んでしまった。コルクを捉え損ねたのだ。誰もいない方向へ飛んだシャトルはそのまま地面へと落ちた。この夢結の失敗は梅と壮絶なつぶしあいを繰り広げて疲弊した結果でもあったかもしれない。
 相手を下したプレイヤー、結梨からサーブが始まる。結梨のサーブは初めてだった。
「まいー!!」
「うっわ!? 楓っ!」
 どうにか食らいついて梅が返した。
 サーブにおいても結梨の魔球は健在で、何がどうなっているのかまるで分からない。初めて魔球を受ける梅もさすがに余裕がない。仕留めるなら今しかない、楓は勝負を仕掛けた。梅のパスへと大きく踏み込む。後のことは考えない捨て身の一球。
「梅様っ!」
「結梨っ!」
 一瞬の交錯。超近距離でのパス回し。
 梅が、脱落した。
「はぁはぁ」
 楓の息はとっくに上がっている。汗で前髪が額にへばりついてうっとうしい。横髪や後ろ髪はなおさらだ。こんなことならヘアバンドでも持ってくればよかったと後悔した。
「結梨さん。いまのうちに謝っておきますわ。わたくし、あなたのことを侮っておりましたの。あなたは間違いなく強者ですわ」
「きょうしゃってなに?」
「ふっ。……この勝負に勝った者のことですわよっ!」
 楓からのサーブ。
 これは国際試合ではない。ならば、スピンサーブも常道。あり。ありなのだ。
 楓の左手からシャトルが離れる。鮮やかに回転が加えられたシャトルは、次の瞬間に魔球(スピンサーブ)へと変貌するだろう。誰も卑怯とは言うまい。勝者には全員への罰ゲーム命令権が与えられるのだ。楓はそれを猛烈に欲している。それは何故などと説明する必要はないはずだ。
 楓のラケットが動き始めた。そして、
「結梨ちゃん勝ってー!!」
「ーーうっ!!」
 梨璃から結梨への声援が心にぶっささり、サーブをミス。シャトルはそのままドングリのように地面へとコトリと落ちてゲームセットとなった。
 勝者、一柳結梨。

4.
「罰ゲーム!」
 きゃっきゃと喜びながら結梨はみんなへ罰ゲームを下していった。
 罰というのもかわいらしいようなお願いばかりだったが。
「梨璃はねー! 今日は結梨といっしょに寝ることー!」
「え、えぇ~!」
 寮監が許すかどうかかなり微妙なところだが、どうだろう。楓にはもう咎める元気もなかった。
(つ、疲れ果てましたわ……心も体も……)
 脱力して座り込んでいる楓のところへトコトコと結梨がやってきた。屈託のない笑顔。スタミナおばけという単語が頭をよぎった。
「罰ゲーム!」
「……はぁ、なんですの?」
「楓はねー! 結梨とルームメイトでいることー!」
 はじめ、何を言われているのかわからなかった。楓は脳まで疲れていた。
 どういうことだろうかと、しばらく思いを巡らせてようやく理解した。
「ば、罰ゲームだなんて! ルームメイトのことをそんな風には思っておりませんですわよ!?」
「えー? だって楓、この前言ってたよ。これは何の罰ゲームなんだって」
「そ、それはあなたが毎晩毎晩梨璃さんのもとへ抜け出すことに対して言ったのですわ! 連れ戻す方のみにもなってくださいまし! だいたい罰ゲーム気分でルームメイトをする生徒は百合ヶ丘には存在しません! そんな風に思われるのは心外ですわ!」
「そうなの?」
「そうですわ!」
「じゃあ、ねぇ。……罰ゲームどうしよっか?」
「どうしよっか?! あっ。あなたまさか! このわたくしとルームメイトで居続けたい一心でわたくしへ執拗にパスをぶち込みなさったの!? な、なんていじらしい」
「……違うよ」
「はっ、えっ。……あぁ、違う。違うんですのね……はぁ」
「じゃあ楓の罰ゲームはねー。結梨にホットミルクを入れ続けることー!」
「はぁ。ホットミルク、ミルクですのね」
「歯を磨く前にだよ。ちゃんと出さなきゃだめだからね」
「はいはい。わかりましたわ」
 安請け合いしたが無期限の罰ゲームである。
 楓はこの日ホットミルク係に任ぜられ、それはずっと続いた。