少女の日記Ⅴ

Last-modified: 2023-03-26 (日) 18:39:44

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幻影の道

私はこれまで、ずっと同じ道を歩き続けているんだと信じていました。
これまでもこれからも同じ道が続いているんだと感じることは心に安らぎを与えてくれます。
同じ道を歩き続けることは愛おしさを与えてくれます。

道が途切れてしばらく立ち止まってしまうこともありました。
でも再び歩き始めることができたとき
私の立っている場所は、これまでと何も変わっていないように思えました。
私の発する言葉も、私の心もこれまでと変わっていないんだと思えました。
途切れ途切れの道でしたが
私は同じ道の続きを歩き始めることができたんだと感じ
その喜びに胸は溢れました。

ですが時が経つにつれ、私は薄い不安に包まれているように感じ始めました。
まるで私の心の奥から何か悲しみのようなものがにじみ出しているようでした。
そしてそれは次第に形になって行くかのようでした。

私はふと、今私が歩いているはずの道とは違う道を歩く自分を考えていることに気づきました。
違う道を進み、その先にあるものを考えるようになりました。
だんだんと、そういった考えを弄ぶことが増えていきました。
私は今この道を歩いているはずなのに、私の心はどこか別の場所へ離れているのではないかと
そう思ってしまいました。
私の発する言葉は消えてしまい、私の心はどこにあるのか分からなくなりました。
それはなぜだかその時にはまだ分かりませんでした。

でもあの時、私には分かってしまいました。
私がこれまで歩いていると思っていた道。
途切れて立ち止まった後に、再び歩き始めることができたと思っていた道。
ずっと私の足元まで続いているんだと思っていた道。
その幻が見えたあの時
私が今まで歩いていると思っていた道は、もう存在しないものだと分かってしまいました。
私が今まで歩いていた道は、私が続いていると信じたかった道だったんだと分かってしまいました。
私は今までと同じ道を歩いていると思いながら、本当はずっと違う道を歩いていたんです。

途切れた道に立ち止まり、再び歩き始めたあの時から私が歩いていた道は
いえ、私が歩いていると思っていた道は
ただの幻影でしかなかったのでしょうか。

でも
はっきりと、自覚をもって、違う道へと踏み出した時に
私の胸を鋭い痛みが刺しました。
この胸の痛みが、私が今まで歩いていた道はただの幻影なんかじゃなかったんだと教えてくれているような気がしました。
私が今まで歩いてきた道が与えてくれた安らぎと愛おしさは
確かに存在していたものだと、教えてくれているような気がしました。

またね

この場所が好きでした。

私が初めてちゃんと所属したレギオン。
私を含めどちらかというとシャイな方が多かったのか
普段からそんなに会話の多いレギオンではなかったけれど
むしろその距離感が私には心地よかった。

それでも外征やレギマには誰も欠けることなく参加して
お互い切磋琢磨できていた場所だと思っています。

ここにいた人たちが好きでした。

みんなみんな、大好きでした。

これはきっと次のステップに進むための必要な別離。

だから私は泣きません。

笑顔でさよならしたいと思います。

…だから。

…泣かないって。

…言ってるじゃん。

…私のばか。

やっぱり駄目だなあ…私。

最後の最後まで格好つかないや。

でも、俯いちゃだめだ。

みんなそれぞれの道を歩き出してる。

私も、前を向かなきゃ。

さようなら。

そしてありがとう。

いつか、あの光輝く戦場<ステージ>で。

また会いましょうね。

一歩目

私は昔から変化と言うものが苦手でした。
うつろう環境、関係──それらが今より良い方向に転がるか、そんな事は誰にだって分かりませんから。

ですので、私にとってレギオンに加入する事は些かの逡巡がありました。
何度も何度も求人票の貼られている掲示板の前を行ったり来たり。新規入隊者を求める文章を横から横へと読んで行きます。
『戦力不問』『新人歓迎』『未経験でも』『施設行き』
そうは申されても、本当にこんな時期にドの付く素人が入っても大丈夫かしら……
今ガーデンではどこもかしこも一週間後に開催される第7回レギオンリーグの話題で持ち切り。
私には解りませんが、なにやら戦術的なお話をされている方々をよく見かけます。
リーグ自体はレギオンマッチが連日行われるだけのようですが、そのマッチも毎日のように青痣を作っている同級生を見ると少し腰が引けてしまって……
いえ、いえ、いけませんわね。門戸を叩く前から弱気になってしまっては。

──けれども、今までの自分を形作って来たモノは思いのほか重く。
結局どこにも決められずにその日は終わりました。

次の日もまた、同じように掲示板を眺めている私。
レギオンマッチの日程、時間帯、募集しているポジション……果たして自分はそこで役割を全うできるのか、なんて。
今にして思えば──と言っても、ここからこの日記を書くに至るまで二週間程しか経っていませんが──こう深く考える必要なんてありませんでしたわね、気負い過ぎていました。
額面通りに新人歓迎の言葉を受け取っていればよかったんです。
でもこの時の自分はそんな事をずっと、さながら終わりの見えない螺旋階段を進むようにぐるぐると悩み続けていました。

きっと長引くんだろうな、なんて自分でも思っていたのに、転機は意外なほど早く。
「希望の御時間はどこかしら?」
掲示板を見ながらうんうんと唸っていると、いつの間に背後に立たれていたんでしょうか、
ニッコリとした笑顔を作り、ですが笑顔とは似ても似つかないほどの力で私の両肩を、まるで樹上に獲物を見つけたグリズリーが樹木にその爪を立てるが如く掴みながら一人の上級生が尋ねてきます。
直接勧誘されるなんて想定していなかった私は何も答える事が出来ずに、数秒固まってしまっていました。
数秒──いえ、数秒と言うほどはなく、たった一秒と刹那ほどの時間、ですがヒュージとの命懸けの戦いに身を置くリリィにとってそれは、次の一手を考える時間としても、渾身の一撃を繰り出すための予備動作の間としても、
そして、余りにも無防備な隙としても十分過ぎたのでしょう。
「お話だけでも如何かしら」
肩を掴んでいた右手は、また何も気づかされぬままにいつの間にか腰に添えられ、グイグイと隊室へと案内されて行きました。

グイグイ、グイグイと。傍から見れば強引だったのかもしれません。
──でも私には、それは少しばかり心地のよいものでした。

結論から言えば、私はそこのレギオンへと加入する運びになりました。
お話だけでも……そう言われても私が悩んでいた理由は、どこの募集にも不満はなくただ決めかねていただけ、たったそれだけの事でしたので。
とても誠実とは言えない理由、後ろめたさすらありました。
それでも、入りますと伝えた時のその方……隊長の顔がほころぶ様は、ここに決めてよかったな、と思うくらい。

変わらないとな、なんて考えはするけれど、いつまで経っても私は自分で一歩目が踏み出せません。
ひとりでは、ずっとその場で立ち止まってしまう情けない人間。
──それは甘えだなんて自分でも痛いほど分かっているけれど。
ありがとうございます、隊長。私に声をかけてくれて、私の手を引いて、歩みを進まさせてくれて。

これは、私が隊長に手を取られてレギオンへと入ったその日の記憶。
そして、『隊長』から『お姉さま』へと呼び名の変わる、15日前のお話。

私には日記をつける習慣がないから、これからも続けるかは怪しいところ。
でも、この事だけは記録に残しておいてもいいんじゃないかな、なんて思ったので、購買で買って来た新品の日記帳の1ページ目に記しておく事にしました。

クリスマスにはシャケを食え!

<今年のクリスマスもシャケ一色に染めてやる!ノーモアチキン!チキンの代わりにシャケを食べろ~!

……どこからか、どこかで聞いたことあるようなダミ声が聞こえてきましたが、きっと幻聴に違いありませんわ。
それはそれとして美味しいですわよね、シャケ。アスタキサンチンやDHAが豊富で栄養満点。生でも勿論美味しいし、塩でこんがり焼いて日本の食卓の顔にもなるし、洋風にバターソテーやムニエルにしてもいいし、シチューに入れても美味。まさに煮て良し、焼いて良し、でもタタキはいや(シャケのタタキって食べたことないですわね…美味しいのかしら…)。
そして何より重要なのはーーー
「シャケは、お姉様の大好物ってことですわ…!」
あぁ…目に浮かぶ様ですわ…。テーブルに並ぶシャケ料理のフルコース…。諸手を広げて喜ぶお姉様…。これがホントのシャケざんまい…\(シャケザンマイ)/
『まぁ!私のためにこんなたくさんのシャケ料理を…!素晴らしいですわ!流石私のシルトですわ!ご褒美にぎゅーしてあげますわね!ぎゅ~~~!!』
「えへ…えへへぇ…お姉様ぁ…ぎゅ~…」
これは…作るしかありませんわね…。珠玉のクリスマス鮭ディナーフルコースを…!

①シャケのレンジ蒸し
というわけでまずは時間の掛かりそうなメインのレンジ蒸しから取り掛かりますわ。まずはシャケの切り身を用意し、水分をキッチンペーパーでとって塩コショウで下味をつけます。
続いて玉ねぎ、アボカド、シメジを用意し、ザッと洗って玉ねぎは薄切りに。アボカドも食べやすい大きさにカット。シメジ含むキノコ類は洗うと風味が逃げてしまいますから濡らしたキッチンペーパーで軽く拭いて、石づきを取ります。
耐熱容器に玉ねぎを敷いたら、その上にシャケを乗せ、上からシメジとアボカドを豪快にバサーッと。塩コショウ、酒、醤油を適量かけたらバターを一欠片。
あとはこれにラップをかけて600Wで5分ほどレンチンすれば完成ですわ!あら簡単!

②漬けサーモン丼のいくら乗せ
続いてはご飯もの。まずは買ってきたサーモンの刺し身を、めんつゆ:醤油を1:1で混ぜたタレに30分ほど浸け置きますわ。
その間に昨日の残りの冷や飯をバターで炒めてバターライスにして、丼によそい上に大葉を敷きます。
30分経ったらサーモンをタレごと500wのレンジで1分半チン!そしたらそれを丼に乗せ、真ん中に温泉卵を落としてネギを散らしますわ。
普段ならここで終わりですが、今日はクリスマス!というわけで豪勢にイクラもぶっかけちゃいますわー!こんもりと盛られる赤いルビーの如く艶めくイクラ!絶対美味しいやつですわこれ!パクパクですわ!仕上げに醤油をお好みで掛けて召し上がれ!

③スモークサーモンのサラダ
さあお次はサラダですわ!と言ってもやることなんてレタス、玉ねぎ、スモークサーモンを切って皿に盛り、プチトマトを入れたら完成ですわ!強いて言うなら玉ねぎは水にさらしておくくらいですわね!スモークサーモンの塩っ気でドレッシングなしで食べれるから洗い物も楽ですわー!

④石狩汁
本日最後の料理は石狩汁ですわ。全然クリスマスっぽくない和食ばかりのフルコースなのはごめんあそばせ。お姉様が私のお味噌汁が大好きなもので、毎日食べたいと仰るものですから自然と和食がメインになってしまいますの。
具材は塩シャケ、白菜、大根、人参、シメジ、そして玉ねぎ。本当に大活躍ですわね玉ねぎ。刺し身に付くツマの如く、シャケがいるところ必ず現れ寄り添い味を引き立てる…それが玉ねぎ…。そうそれはまさに私とお姉様のような関係性ですわ…。うふふふふ…。
こちらの具材を食べやすい大きさにカットし、鍋に全投入。お湯がフットーして野菜がいい感じに煮えたら火を抑えてダシの粉を適量。
シャケの塩分が出ますから味噌は普段より気持ち少なめ。すりおろしたショウガを入れて、お好みでバターも加えてあとはひと煮立ち。
シャケに火が通ったら器によそい、黒コショウをパラパラ…。はい完成ですわ!これで今日のクリスマス鮭フルコースディナー、全工程完了ですわー!

完成したフルコースをテーブルに並べ、エプロンを外して時計を見やる。お姉様、あとどれくらいかかるかしら…。このシャケざんまいを見たら喜んでくれるかしら…。美味しいって言ってくれたら嬉しいですわ…。いっぱい褒めてくれて、いっぱい頭を撫でてくれて、そして……そして……。
そんなことを妄想するうちに、玄関の鍵が開く音がして。
「ただいま帰りましたわー!もーお腹ペコペコですわ!」
「っ! おかえりなさいましお姉様!」
そして、二人っきりのとびきりステキなクリスマスが始まりますわ!

「メリークリスマス!お姉様!」

シルトへ

 そこは、戦場だった。
 その敵、ヒュージは十二・七ミリ弾の斉射を浴び、表面に無数の弾痕を刻みながらも、巨大なクジラのごとき上体を持ち上げ、吼えた。
露わになったその腹部では巨大なギア状の牙が高速で唸りながら旋回しており、文字通りに至近距離で相対していたレギオンの前衛をミンチにしようと突進してくる。
 火花が舞い、CHARM――リリィの主兵装たる可変武器の刃が、辛うじて敵の突進を押しとどめた。
前衛は華奢な身体とは不釣り合いな大きさをしたその武器で、三人がかりでヒュージに抗おうとするが、絶望的な質量の差がある。
 だが、敵はその瞬間、完全に動きを止めていた。
 それで、わたしには十分だった。
 地面を蹴って宙に舞い上がり、自分のCHARMを可変させる。前面に突き出していたフレームごと刃が後部に折り畳まれながら、同時に機関部が回転しつつ反転する。
巨大な槍状の武器は瞬時にカービン銃へと変化し、その銃口が完全にヒュージを捉えた。
 裂帛の気合とともに、わたしは全身のマギを銃口に集約させ、対ヒュージ用の特殊弾頭を続けざまに撃つ。
 せつな、閃光がほとばしった。マギと合わさって光の矢に変じた一撃目が敵の硬質な外皮を砕き、二撃目が露出したその脆弱な内部に食い込み、
そして、三撃目でついにヒュージの巨体が文字通り、地面に縫い留められて沈黙した。
「やりましたわー!」
「なかなか手ごわい相手でしたわ」
「うちの前衛が苦戦するとは、防御力に完全に特化したタイプですわね。半面、特殊攻撃には脆いですわ。次に同じタイプと遭遇した時は……」
 そんな会話をしているレギオンメンバーに、ありがとう、と私も感謝する。
この巨大ヒュージを討伐するため、私たちのレギオンはガーデンを離れて担当外のエリアで外征を行っていたのだった。

「その……貴女の働きにはいつも助かっているのですが」
 後処理を終え、久しぶりに隊室に戻ってきたところで、レギオンの隊長がそう声をかけてきた。
「なんといいますか……もうすこし……こう」
「わたくしは良いと思いますわよ?」
 レギオンの参謀役が、湯気の立ちのぼる紅茶のカップを唇から外して話に割り込んでくる。
「言葉にしてしまうことで失われてしまうものもありますわ。リリィたるもの、個々の流儀というものがあって当然ですわよ」
「しかしですね……私は隊長として、隊員を指導する立場にあるのですから」
 そう言い返した隊長に、よく喋りますわね、とでも言いたげに参謀は長い睫毛の下から視線を向けた。
淡い陽光が差し込む海のような、コバルトブルーの瞳がどこか蠱惑的な輝きを帯びているのは気のせいだろうか。
「あら、貴女だってこの前は何も喋れなくなっていたではありませんの?」
「っ……」
 隊長の頬が、熟した林檎のように瞬時に真っ赤になる。
「これ知ってますわ。匂わせですわ」「リリィって……みんなこうなのかな」「いいぞもっとやれ☆」
「この互いを想う関係、素敵だと思います」「尊いです……!」「チャー様は今日もカワイイですわ~」
 などと反応する隊員たちに、わたしも素敵です~と同調する。
「あの、ちょっと、みなさん話を逸らさないでください……!」
 と、まだ何か言いたげな隊長にもまたね、と手を振ると、わたしは隊室を退出した。
 ガーデンの廊下を歩き、建物の外に出る。
わたしのガーデンは遠くに二連なりの小高い丘を望む山あいの平地にあって、わりと新しめのレンガ調の壁の校舎と、学生寮に食堂、それに戦闘訓練施設、
CHARMや装備を整備する工廠が立ち並んでいる。元は一面の芋畑だったと先輩からは聞いたが、今はそんな面影はどこにもない。
 ちょっと寄り道をしたあとで、すっかり冬枯れに葉を落としてしまったプラナタスの並木道を歩き、わたしは学生寮のほうに来た。自室があるのとは別の建物に入る。
 そこは、静まり返っていた。
 入り口には<おしずかに>と大書きされた看板があり、その下にはなぜ、静かにしなければならないのかの理由と、もし静かにしなかった場合はその者、
およびこのガーデンが迎える絶望の未来についての脅迫めいた文言が細かい文字で並んでいた。
 わたしも、その静寂を乱さないように歩いた。少なくとも今は。
 階段を上がって、その部屋の扉を小さくノックする。すぐに、「どうぞ」と向こうから声が返ってきた。
中は、自分と同じ見慣れた間取りの二人部屋だった。二段ベッドの下段に座って、雑誌を読んでいた子が挨拶を返してくる。
「ごきげんよう」
 わたしもごきげんよう、と挨拶を返す。その子は少し声をひそめて、向こうのテーブルを指さした。
「連日の夜中の戦闘で疲れてるみたいなんです。さっきまで起きていたんですけど、今は眠っちゃってますね」
 そして、読んでいた雑誌を畳んで立ち上がる。
「私は少し外しますね。しばらく貴女が不在で寂しそうにしていたので、こうして会いに来ていただけて私も嬉しいですわ」
 ありがとう!とお礼を言い、またね、とその子に手を振る。
 テーブルに近づくと、安らかな寝息があった。後ろで結んだ糖蜜色の髪をテーブルの上にこぼして、パジャマ姿のまま、彼女は机の上に突っ伏して眠ってしまっているようだった。
さっきのルームメイトの子がしてあげたのか、その肩の上にはブランケットが掛かっている。
 椅子を持ってきてテーブルの横に座ると、私は彼女の寝顔を眺めていた。しかし、つい我慢できなくなって手を伸ばしてしまう。
時間にしておそらく耐えられたのは五秒くらい。指先でその柔らかい髪の感触を撫でると、んぅ、と彼女が薄目を開けた。
 瞳が、ゆっくりとわたしを見つめる。締め切っていたカーテンからこぼれてくる午後の陽光が、その瞳の中に複雑な光の綾を織りなし、宝石の琥珀のようにさざめかせる。
次の瞬間、彼女はぱっ、とそのダークブラウンの瞳を輝かせた。
「お姉様?」
 かわいいね、と挨拶したわたしに、シルトである彼女はゆっくりと上体を起こし、なぜか、すこし狼狽した。
「あぅぅ……恥ずかしいところを見せちゃいましたわ……最近は夜間出撃が多くて油断したら寝ちゃっていたみたいですわ」
 なんじゃとー、と答えたわたしに、シルトは可愛らしく微笑む。
「でもお姉様が会いに来てくれたのですから疲れなんて吹き飛んじゃいましたわー!」
 やったー☆、と一緒に喜んだ私に、彼女は訝しげに首をかしげる。
「ところでお姉様……さっきからどうしてスタンプでずっと会話しているんですか?」
「それはね」
 わたしは久しぶりに口を開いた。
「いちばん最初にただいま、って貴女に言うためよ。他の誰でもない、可愛いシルトの貴女に。外征でしばらく会えなくて寂しかったですわ……!」

掌の上

自分にとっての初のレギオンリーグである第7回目が終わり、2日のお休みを挟んでのレギオンマッチ。
今回のお相手は奇しくもまた、私のレギオンマッチ初のお相手であり、そして、初の土の味を覚えさせて戴いたお相手でした。
ですが今回は──

「リベンジ成功ですね、お姉さま!」
他のみなさんが出払った事を確認した隊室の扉を開け放ち、腰に手を当て胸を逸らしながら快哉を叫びます。
別に隠すような事でもなく、なんとなく、そう、なんとなくではあるのですが……公言するのも恥ずかしくて、私とお姉さまの関係は未だ秘密にしています。
ですので、こういった会話もするのも人がいない時にだけ。
「そうね……それはよかったのだけれど」
おや?と。思っていた反応と違います。てっきりここはわしゃわしゃと褒めていただけるのかと思って──
「少しシュッツエンゲルとしてお話があります」
──絶頂にあった私の歓びは一転、深い焦燥の中に叩きこまれました。

私はこう言った話の切り出され方が苦手です。とても、とても苦手です。
文字にも残したくない嫌な想像が、私の脳裏を駆け巡ります。けれども──
「しばらくレギオンマッチの後衛云々は忘れなさい。貴方はまず基礎を鍛える事、それが最優先よ」
あぁ、よかった、違うお話でした……と安堵したのも束の間。
これは今うちのレギオンでは妨害の手が足りてないのよね、と溢されたのを聞いて、でしたら私が妨害に寄せて行きます!と話した数日前の件の事。
それ以来私は妨害の強化を進めていました。

トントン、と。お姉さまが情報端末の私のページを開いて、ここを見なさいとばかりに拡大します。画面には目を向けずに私の方を見ています。心なしかじっとりとした眼で。
そこ表示されているのは、私のシミュレーター戦闘──通称レジェンダリーバトルでの記録。最底辺の『グレードD』とでかでかと表示されています。
うっ……と少したじろぐ私。それは出来れば見つけないで欲しかったです、お姉さま……
続けて別のページを開くと、次に表示されたのは私の討伐記録。
以前遭遇したラージ級ヒュージ、クラッシャー型クロコとの戦歴──撤退、2回の表示。

そして、じっとりとした目は次の瞬間三日月に変わり、可愛らしい笑顔から間髪入れられずに放たれた、優しくも厳しい、後輩を導く守護天使の一言。
「貴方なら出来るわ……私のシルトだもの」
獅子は我が子を千尋の谷に落とす──そんな諺を思い出しました。

ですが──失礼ながら──それは思っていたようなスパルタではなく、お姉さまは甲斐甲斐しく色々な事を教えてくださりました。
まずはオーダーを強化しましょう、と一緒に工廠科へ足を運びます。素材が足りないのならレギオンメダルと交換よ、と購買へ。
ついでにCAHRMの出力も上げましょう、とまた工廠科へ。

二人でガーデン内をひとしきり歩き回った後は隊室に戻り、汗ばむ身体を労うように柔らかなソファに腰かけます。
装備のアップグレードは出来る範囲では終わったのでしょうか……確かに端末上に表示される私の前衛時の総戦闘力は9万から10万へと、着実に評価を上げていました。
それでもまだ不安そうな様子の私の下に、お姉さまがコツ、コツと革靴を響かせ距離を詰めてきます。
「そうね、ではこうしましょう」
座ったままの私の背後に回ったお姉さまが、左手を私の肩に乗せ、右手を私の目の前に回り込ませてきます。
そして、白くしなやかでいて、薄く朱色の差す一本の指で画面をスライド、タップ、スライド、タップ──そこに流れて来たのは、私が遭遇して取り逃してきた、あるいは、背を向けて来た"強敵"たち。
耳に息がかかる距離で囁くようにお姉さまが提案します。
「ここに載っているヒュージをすべて倒せたら、ご褒美として何かお願いを聞きましょう……私に出来る範囲で、ですが」
それって、つまり……瞬間、顔が熱を帯び、耳まで真っ赤になっているのを自分でも感じられました。
いえ、いえ!雰囲気のせいです!こんな邪な考えはいけません!プイっと顔を反対側に向けます。
顔を背けた私にお姉さまの表情は読めません、蠱惑的な笑顔でからかっているのでしょうか、それとも、向こうも私と同じように、少しでも頬を染めてくれているのでしょうか──

ただ一つ確かなのは、この出来事から2日、私の総戦闘力は13万へと向上し、クロコを単独──と言っても、戦術単位の4人1チームですが──撃破したと言う事。
このクロコはガーデンからも討伐推奨個体として登録がされていたので、ご褒美として特別なチケットを貰えました。
チケットと言うには、少々重厚で煌びやかな色合いの板を空にかざしながら、お姉さまはきっとこれを取らせるために自分の背中を押したのだろうと、この時になって気が付きます。
けれども漏れ出したのは、決して自嘲的な笑いではなく、踊らされている事も楽しいと思える快然たる心境。
早速お姉さまに見せに行こう!笑顔を仕舞い切れない私はチケットを二本の指で挟み、腰の後ろで手を組みながら、軽やかな足取りで隊室へと向かうのでした──

小さな贈り物

 
机の上に並んだいくつもの小さいお人形。
それは全部たった1人からの大事な大事な贈り物。
「人形を作ってみようと思うんです」
そう言ってあの娘が材料を買って帰ったのはいつの事だったかしら。
本当に作れるのか心配で、失敗して落ち込んだ顔を
見せるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしながら数日。
持ってきてくれたそれはとても可愛くて、思わず普段上げないような
声をあげてしまってあの娘をビックリさせてしまったわね。
 
急な通信障害で連携が途切れヒュージを仕留め損なって撤退した時、
他のレギオンとの模擬戦で完膚なきまでに叩きのめされた時、
ずっと一緒に過ごしてきたメンバーを見送る事になった時、
私が部屋で1人落ち込みそうになるたびにこの人形達を眺めて
心を癒やしてもらってきた。
第7回リーグも終わり、メンバーへのお手紙をこうして書いているこの時も
もっと前向きに考えましょう♪って気持ちを明るくしてくれている。
8人になるからといって悪い方向にばかり考えてはダメだって。
 
明日からまたメンバーの募集を再開しないといけないわね。
最近は掲示板に募集の張り紙がどんどん増えていてどこのレギオンも大変そう。
また募集の張り紙が1枚もなくなる日が早く来て欲しいわ。
私のレギオンも、また9人揃って外征に出られるように頑張って募集しないと。
気長に待つしかないのかも知れないけれど、出来る事は精一杯やらないとダメね。
「手伝います!」とあの娘も元気いっぱいに言ってくれていたけれど、
勢いだけで暴走しがちなところが少し心配になってしまうわね。
また変な語尾で喋ってなければいいのだけれど…。
 
もうすぐ12月25日、沢山貰った人形と沢山貰ったあの娘の笑顔への
お返しには全然足りないけれど何か用意出来たらいいわね。
夜に二人きりの時間を作って、小さなケーキで一緒にお祝いする些細なクリスマス。
私の大事な大事なシルト、喜んでくれるかしら。

姉妹遊戯

私には、自慢のシルトがいる。
「お姉様っ!」
明るくて、愛らしくて、甘えん坊。姉思いの
、とっても優しい娘。
「えへへ…大好きですお姉様ぁ」
そんなシルトにキスを迫られたり、ギュッと抱きしめられたり、たまに頭を撫でられたり…。そんな幸福な時間が、いつまでも続く
「お姉様…ごめんなさい…」
筈だった。

「あーあ…遊びはこれでお仕舞いみたいですね…」
テーブルの向こうのシルトが、見たことないような酷薄な微笑みを浮かべ私を見つめる。その瞳はあまりにも冷たく、私は直視できずに顔を背けながら、それでもなんとか繋ぎ止めようと声を絞り出した。
「お…お願い…!それだけはやめてちょうだい…?こんなすぐに終わらせるなんて、あんまりよ…!」
そう、楽しい時間は始まったばかりだった。まだまだ彼女と共に過ごし、笑い合いたかった。そんな風に訴えても、彼女は変わらない。
「えぇ、私ももっと続けたかったです。でも、こうなってしまったら仕方ありませんよね?本当に本当に残念です…。さよなら、お姉様」
「嫌…嫌あああああああああ!!!!」
あまりにも短くて唐突すぎる終わりに目の前が真っ暗になる。どこで間違えてしまったのだろう。絶望する私の前に、それはそっと差し出されたーーー。

「宣告者の神巫召喚。効果でデッキからトリアス・ヒエラルキアを墓地に。トリアス・ヒエラルキアの効果、宣告者の神巫をリリースして蘇生。宣告者の神巫の効果、デッキからブーテンを特殊召喚。ブーテンとトリアス・ヒエラルキアでマスターフレア・ヒュペリオンをシンクロ召喚。マスターフレア・ヒュペリオンの効果、デッキから創造の代行者ヴィーナスを墓地に送り効果をコピー。マスターフレア・ヒュペリオンの効果、LPを500払いデッキから神聖なる球体を特殊召喚。それを3回発動。神聖なる球体2体で代行者の近衛ムーンをリンク召喚。代行者の近衛ムーンの効果、デッキからマジェスティ・ヒュペリオンを墓地に。神聖なる球体と代行者の近衛ムーンで天空神騎士ロードパーシアスをリンク召喚。天空神騎士ロードパーシアスの効果、手札の破壊の代行者ヴィーナスを切ってデッキから天空の聖水サーチ。天空の聖水発動、デッキから命の代行者ネプチューンをサーチ。命の代行者ネプチューンの効果、自身を切って墓地の破壊の代行者ヴィーナスを蘇生…」
「待って待って待って!!??」
シルトが急に唱え始めた意味不明な呪文を前に、思わず私は大声を上げて静止させた。
「んもー、なんですかお姉様?これからがいいところなのに…。手札誘発ないなら黙っててください」
「あなたさっきから何を言ってるの!?私にも分かるように説明してちょうだい!!」
私が語気を荒げると、彼女は困ったなぁというように小首をかしげた。困ってるのはこっちなのよ…!
「んー、分かりやすく言うと、ほぼ逆転不可能な盤面を今から敷きますよってことです。要するにお姉様の負けです」
「負けたの!?まだ1ターン目なのに!?」
「冥王結界波引けたらワンチャン?ちょっとお姉様ドローしてみてください」
シルトに促され、恐る恐る山札から1枚引く。引いたカードは…何かしらこれ。意味不明のカードだわ。
「このカードで逆転できる…?」
「あっ無理ですね。私の勝ちです。お疲れ様でしたー」
「待って待って待ちなさい!だから説明!説明をしてちょうだい!」

「それにしても、急にどうしたんですか?カードゲームがしたいだなんて。お姉様って、こういうの興味ありませんでしたよね?」
その後も散々意味不明な呪文を唱えられまくりながら、少しずつ効果やルールを覚えていくうちに、シルトが不思議そうな顔で聞いてきた。
「えぇ…まあね…」
確かに私はこういった遊びに興味がない。幼い頃にやったことのあるカードゲームなんて精々がトランプくらい、はっきり言って全てが未知の領域だ。それでも私がカードゲームに手を伸ばした理由、それは…。
「…だって、少しでも思い出を作りたいじゃない」
「お姉様?」
「私達はリリィよ。いつ別れが来るのか、それは誰にもわからないわ。もしかしたら明日にでも、いいえ今日このあとにでも、ヒュージに襲われて死に別れてしまうかもしれない」
だからね?と、私はポカンとした顔のシルトを見て微笑んだ。
「いざその時が来た時に後悔のないように。少しでもあなたとの思い出を作っておきたいの」
死も別れも怖くない。ただ、隣にあなたを感じられなくなること、それだけが寂しい。だから、少しでも長くあなたとの時間を作りたい。あなたと共に過ごし、笑い合いたい。そうすれば、きっと最期の時も、あなたとの思い出が胸を暖めてくれるから。そう告げると、急に彼女はそっぽを向いて。
「…もー。本当に、お姉様には敵わないなぁ…」
「え?そ、そう…?さっきからあなたにポコポコにされてばかりなのだけど…?」
「そういうことじゃなくて!…はぁー、まあそれなら少しデッキパワー下げますね。お姉様と二人で楽しめるデッキにします」
「本当!?ふふ、これで私にも勝機が出てきたわ…!」
「それと!!」
「ひゃい!?」
「私は、絶対に別れる気なんてありませんからね!死ぬまで、ううん死ぬときも一緒です!死すら二人を別てないんですよ!だからお姉様!ずっとずっと一緒です!寂しくなんて、ぜーったいにさせませんから!」
そう言う彼女の顔は、キラキラと輝いていて。
「…ふふ、楽しみにしてるわね」
あぁ、やっぱりあなたは自慢のシルトだわ。

「ふふ…出来た…出来たわ…!これぞ鉄壁の盤面…!逆転できるものならしてみなさい!」
「はーいじゃあ私のターンドロー、スタンバイメイン。まずは妨げられた壊獣の眠りでお互いのフィールドを更地にします」
「…は?」
「そして私のデッキから壊獣を1体ずつ選びお互いのフィールドに特殊召喚します」
「わ、私の可愛いモンスターちゃん達がいなくなったと思ったら急に変なメカみたいなのが出てきたわ!?」
「そしてアルバスの落胤を召喚。効果で手札を切ってお姉様の場の壊獣とアルバスを素材に烙印竜アルビオンを融合召喚」
「そしてまた急にいなくなったわ!?」
「烙印竜アルビオンの効果で墓地の素材を除外して灰燼竜バスタードを融合召喚。効果で攻撃力が1800アップして4300に。バトルフェイズ、一斉攻撃でお姉様の負けです」
「何でよー!?」

展開ルート

宣告者の神巫召喚。効果でデッキからトリアス・ヒエラルキアを墓地に。トリアス・ヒエラルキアの効果、宣告者の神巫をリリースして蘇生。宣告者の神巫の効果、デッキからブーテンを特殊召喚。ブーテンとトリアス・ヒエラルキアでマスターフレア・ヒュペリオンをシンクロ召喚。マスターフレア・ヒュペリオンの効果、デッキから創造の代行者ヴィーナスを墓地に送り効果をコピー。マスターフレア・ヒュペリオンの効果、LPを500払いデッキから神聖なる球体を特殊召喚。それを3回発動。神聖なる球体2体で代行者の近衛ムーンをリンク召喚。代行者の近衛ムーンの効果、デッキからマジェスティ・ヒュペリオンを墓地に。神聖なる球体と代行者の近衛ムーンで天空神騎士ロードパーシアスをリンク召喚。天空神騎士ロードパーシアスの効果、手札の破壊の代行者ヴィーナスを切ってデッキから天空の聖水サーチ。天空の聖水発動、デッキから命の代行者ネプチューンをサーチ。命の代行者ネプチューンの効果、自身を切って墓地の破壊の代行者ヴィーナスを蘇生。破壊の代行者ヴィーナスの効果、LPを1500支払い墓地の神聖なる球体3体を蘇生。破壊の代行者ヴィーナスと神聖なる球体1体で水晶機巧ハリファイバーをリンク召喚(神聖なる球体はデッキに)。水晶機巧ハリファイバーの効果、デッキから神秘の代行者アースを特殊召喚。神秘の代行者アースと神聖なる球体1体でルイ・キューピットをシンクロ召喚。ルイ・キューピットの効果で自身のレベルを6に。ルイ・キューピットと神聖なる球体でヴァレルロード・S・ドラゴンをシンクロ召喚。ルイ・キューピットの効果で相手に800ダメージを与えデッキからネメシス・コリドーをサーチ。ヴァレルロード・S・ドラゴンの効果で墓地の代行者の近衛ムーンを装備しヴァレルカウンターを2つ置き攻撃力を900アップ。マスターフレア・ヒュペリオンの効果でLPを500支払い神聖なる球体1体をデッキから特殊召喚。もう一度支払い2体目を特殊召喚。神聖なる球体2体で2体目の代行者の近衛ムーンをリンク召喚。水晶機巧ハリファイバーと代行者の近衛ムーンで双穹の騎士アストラムをリンク召喚。マスターフレア・ヒュペリオンの効果でLPを500支払い神聖なる球体3体目をデッキから特殊召喚。墓地のブーテンを除外し神聖なる球体をチューナーに。墓地の命の代行者ネプチューンを除外しマジェスティ・ヒュペリオンを蘇生。命の代行者ネプチューンの効果でデッキから天空の聖域サーチ。天空の聖域発動。神聖なる球体とマジェスティ・ヒュペリオンでフルール・ド・バロネスをシンクロ召喚。フィールドの天使族が墓地に送られたことで天空神騎士ロードパーシアスの効果発動、墓地の下級天使族を除外しそのレベル以上の手札の天使族1体を特殊召喚。天空神騎士ロードパーシアスと天使族で召命の神弓アポロウーサをリンク召喚。除外された命の代行者ネプチューンをデッキに戻し手札のネメシス・コリドーを特殊召喚。ネメシス・コリドーをリリースして超雷龍サンダー・ドラゴンを特殊召喚。
最終盤面、マスターフレア・ヒュペリオン、ヴァレルロード・S・ドラゴン(カウンター2)、フルール・ド・バロネス、超雷龍サンダー・ドラゴン、双穹の騎士アストラム、召命の神弓アポロウーサ(素材2)

遺書

 拝啓、親愛なるお姉様へ

 この手紙を読んでいるということは、既に私は貴女の隣にはいないでしょう。どんな理由でいなくなったのか、今これを書いている私には知る由もありません。リリィを引退したのか、お姉様に他に好きな方が出来たのか、あるいは(これが一番可能性が高そうですが)ーーーヒュージにやられて戦死したのか。いずれにせよ、私は貴女に伝えたいことがあります。

 私は、お姉様のシルトになれて、毎日が本当に幸福でした。

 貴女と出会い、貴女と契り、貴女と愛し合う。お姉様と過ごす日々が、宝石のように煌めいて。ガーデンで辛いことがあって泣いた日も、不甲斐ない戦績を見て落ち込んだ日も、お姉様と抱き合ってキスをするだけで、嘘みたいに心が満たされていく。きっとこれからも、そんな魔法のような毎日が続いていくのでしょう。
 でも、いつか必ず終わりは来ます。この手紙は、いずれ訪れる結末がどのような物であっても、それまで貴女と過ごせたことへの感謝を告げるための手紙です。
 お姉様は覚えていますか。私達が初めて出会った日を。初めて声をかけてくれた日を。一緒に戦った日を。笑い合った日を。泣き合った日を。そして、結ばれた日を。お姉様と過ごした時間はまだまだ短いはずなのに、こんなにも思い出で溢れているのは、今が一番私の人生で幸福だからです。私の人生に彩りと温もりを与えてくれて、本当にありがとうございます。私は、世界一の幸せ者です。
 貴女と過ごす毎日が楽しすぎて、それに反比例するようにいつか来る別れが怖くなるけど。だからこそ後悔のないように、寂しくないように。もっとたくさんの思い出を貴女と作りたい。もっともっと貴女と隣で生きていたい。そうすればきっと、全てが変わって終わりを迎えようとも、過ごした日々は、思い出は、私達の中でずっと永遠に輝くから。だからどうか、どうかお願いです。この手紙を、貴女が永遠に読むことのないように。叶わぬ願いとわかっていても、願わずにはいられません。

 愛していました。幸せでした。貴女のシルトより。

seiren

「愛してます、お姉様~」
「私もよ、可愛いシルト…」

ーーーなーんて、ほんとバッカみたい。何が「お姉様~」よ、何が「可愛いシルト…」よ。気持ち悪い。ガーデンは出会い系じゃないっての。
場も空気も弁えず公衆の面前でイチャイチャイチャイチャ、頭沸いてんじゃないの?恋愛ごっこするために百合ヶ丘に入ったのなら今すぐ死んで。死んで詫びて。
リリィの本分を何だと思ってるのかしら。弱き人々を守る盾であり、ヒュージを滅ぼす為の剣。それがリリィ。それが私達。故にそれ以外の役目なんて不要。そんな当たり前のこともわからないの?
私?私はわかってるわよ。誰よりもわかってる。恋愛ごっこにうつつを抜かすみっともなさも。所構わず発情した猿のように乳繰り合う醜さも。お姉様お姉様って甘える姿の気持ち悪さも。わかってる。私はわかってる。
わかってる、筈、なのに…。

「愛してるわ、私のシルト」
「あ…あうぅ…」
なのにどうして、こんなに胸がときめくんだろう。
あの人の声を聞くだけで、心臓を掴まれたみたいにドキドキする。あの人の吐息が外耳をなぞり、鼓膜を震わせ、脳を犯す。蕩けた蜂蜜のような囁きが、私の心を満たし、溺れさせる。
「可愛いね」「素敵よ」「守ってあげるからね」
こんな、こんなのーーー
こんなの、知らない。こんなの私じゃない。
私は強くて、冷静で、賢くて、恋愛ごっこにうつつを抜かすリリィなんか馬鹿みたいだって見下していて…なのに、あぁ。
どんなに理性が訴えても、あの人の言葉一つで虚飾の衣は全て脱がされ、裸の私にされる。嫌だ。怖い。やめて、やめてよ。これ以上私を乱さないで。私を夢中にさせないで。許してお願い、お願いです。お願いしますから。
「ねぇ…あなたも言って?愛してるって、私に言って?みっともなくて、醜くて、気持ち悪い…そんな言葉を、私に言って?」
あーーーーー

「あ…愛してます。お姉様を、愛してます。だから、もっと私を愛してください。もっと滅茶苦茶に壊してください。お願いしますぅお姉様ぁ…」
「えぇ、勿論よ…。私の可愛いシルト…」

バトル・オブ・バレンタイン

「全く、お姉様にも困ったものですわ……」
 世の女性たちがこぞって浮かれるバレンタイン。ある人ははしゃぎ、ある人はときめき、またある人は頭を悩ませる、そんな季節。その例に漏れず、私も一人厨房で頭を抱えていた。
 遡ること数日前。その悩みのタネは、学内掲示板に張り出された週刊リリィ新聞に大きく一面見出しで載っていた。
『今年のバレンタインは、メイド姿でご奉仕!?』
 そこには、可愛らしいメイド服を着た一柳隊の面々と、何故かアールヴヘイムの江川樟美さんが、自らの想い人に手作りチョコレートを振る舞う写真が掲載されていた。別にその写真に問題があるのではない。微笑ましいことだと私も思う。問題なのは……。
『メイド服のシルトに「お姉様のためにチョコを作りました!」って言ってほしいですわ! いっそしばらく…一週間くらい着ててほしいですわ! そしてその姿で手作りチョコをあ~んってしてほしいですわ~!』と、熱に浮かされたようなことを言う浮かれポンチが、私の姉だということだった。
「メイド服……は、まあ断固断るとして……。手作りチョコ……うーん、手作りですかぁ……」
 最初に断っておくと、私は料理ができない訳ではない。百合ヶ丘の料理長こと江川樟美さんには勿論及ばないにしろ、人並みには出来るつもりである。だが、チョコレート、即ちお菓子作りとなると話は別だ。
 お菓子作りにとって最も大切なのは、正確性だ。計量、時間、温度…。それらを寸分の狂いも許さず、神の持つ天秤のような正確さで、レシピ通りに作り上げる。甘味において、レシピとは絶対にして完璧なる法則(ルール)。ほんの僅かなミスが、ちょっとした油断が、甘いはずの未来に致命的なヒビを入れる。残されるのは、真っ黒焦げの苦い結末のみ。お菓子作りとは、かくも厳しき世界なのだ。
 それでも、多くの女性は果敢に戦いを挑む。ヒュージよりよっぽど手強くて憎たらしいチョコレートを前に、怯むことなく。何故なら。
「大好きなお姉様に頼まれたのなら、やるしかありませんわよね…!」
 恋するハートは、溶かしたチョコレートよりも熱く滾っているから。私は決意と覚悟を漲らせ、エプロンのリボンを結わえた。
「さあ、バトル開始ですわ!」
 CHARMの代わりに包丁を握りしめ、材料たちと向き合う。今、戦いの火蓋は落とされた。

「……また失敗ですわ……」
数時間後、厨房には絶望しきった表情の私と、見るも無惨な残骸がそこにはあった。チョコを切り刻み、湯煎で溶かし、型に入れて固める。たったこれだけの作業が、どうにも上手くいかない。湯煎中にちょっとお湯が入ったり、温度を一定にしなかったり……。たったそれだけの要因で、出来るはずのチョコレートを出来損ないに変える。
「どうして上手くいきませんのぉ……」
 涙目の私を前に、机に置かれた黒い物体としか言えないナニカが、今までの努力を嘲笑う。夜通し続けた戦闘の結果がこれでは、もはや我が隊は敗走寸前、プライドという城は陥落間近である。何より疲労の蓄積が酷い。延々と包丁を振るった為に右腕はプルプルと震え、長時間レシピを睨んだ果てに眼球はしおしおのぱーであった。
「……もう、疲れましたわ……」
 駄目だ、限界だ、少し休憩しよう。エプロンを外して背もたれに掛けると、私は机に突っ伏した。
「少しだけ……ほんの少し休むだけですから……」
 自分に言い訳をするように独りごちて、瞼を閉じる。急速に薄れ行く意識の中、脳裏に浮かんだのは。
 失望した表情の、姉の顔だった。
「…ごめんなさい、お姉様…」

  
「いいの! いいのよ!」

  
「…えっ?」
 ふと誰かの声を聞いた気がして、目を開けてみれば。
「あら、もう起きてしまったの? まだゆっくり休んでよかったのに」
 そこには、私の愛するお姉様が、優しい瞳でこちらを見つめていた。
「……えっと……まだ夢を見ているのかしら、私……」
「あらあら、お寝坊さんねぇ。でもいいのよ、そのまま眠っていても。私はその間可愛いシルトの寝顔を独占できるから」
 そう言って微笑む姉の顔を見るに、どうやらこれは夢ではなく現実らしい。その手には歪んだ形のチョコレート。……チョコレート?
「お姉様、そのチョコレートって……?」
「あぁ、これ? 机の上に放置されていたので、おつまみ代わりに頂いちゃいましたわ」
「だ、駄目です!」
 思わず飛び起きる。姉が食べているのは間違いなく私が作った、というより作ってしまった失敗作のチョコレートだ。そんなものを食べさせる訳にはいかない。
「そんなもの食べないでください! ペッしてください! ペッ!」
 慌てて姉を静止する。しかし当の本人はそんな私を愛おしそうに見つめ、
「そんなもの、なんて言わないで頂戴? これだって可愛いシルトが作ってくれた大切な贈り物よ。私のためにこんなに頑張ってくれて……本当にありがとう」
 そう言って、私の頭を撫でてくれた。
「お、お姉様……」
「本当に頑張ったわね! いい子いい子……」
 その手付きがあまりにも優しくて、いつものように甘えたくなる。抱きついて、キスして、イチャイチャして……。チョコのことなんか忘れて、二人の寝室に戻って……。それで良いのか?
「……駄目です」
「えっ?」
 良いわけないだろう!
「あと一回、一回だけ待っててくださいお姉様。完璧なチョコを作りますから!」
「えぇ? でも私は別にこれでも……」
「良くありません!」
 私は机を思い切り叩いて立ち上がると、甘えた自分に活を入れるように頬を張り、キッと姉を見据えた。
「お姉様が良くても、私は良くありません! このままじゃ私、負けっぱなしです! お姉様のシルトとして、諦めたままのみっともない姿なんて見せたくありません! ……だから」
 見守っててください、お姉様。そう告げた私は、エプロンも付けないまま、憎っくきアイツと向かい合った。
 さあ、覚悟しろチョコレート。

 チョコレートをまな板に乗せ、親の敵のように切り刻む。丁寧に、リズム良く。
「あの、何か私に出来ることはないかしら?」
 後ろで姉が心細い声で心配してくれる。気持ちはありがたいが、特にない。……いや、待てよ。
「じゃあ、応援しててください!」
「え、そんなことでいいの……?」
 いいのだ。今までどんな壁も、困難も、手強いヒュージも、姉がいてくれたから乗り越えられた。私にとって姉の応援は、何よりも力になる魔法の言葉だ。そう伝えると、姉はグッと力を入れ、
「わかったわ……! 可愛いシルトのために、精一杯応援するわね! フレーフレー!」
 ……思ったより気が散る。でもおかげで百人力だ。サラサラと星砂のように細かくなるまで切ったら、お湯の用意。温度はピッタリ50℃。さあ、ここからが大変だ。ヘラでゆっくり混ぜながら、滑らかになるまで溶かしていく。ここでお湯が入ったり温度調節に失敗したりすれば、全てが水の泡だ。焦らず……。慎重に……。一定の速度で……。緊張で思わずヘラを握る手が震える。
「頑張ってね! 私が見守ってるわ!」
「っはい! お姉様!」
 そうだ、私の後ろには姉がいる。ならば絶対に負けない。負けられない。何故なら私は、お姉様のシルトなのだから。
「……よし! 完璧な溶け具合です! これなら……!」
 静かに型に流し込み、冷蔵庫にしまう。あとは、時間が経てば……。
「やった……! やりましたお姉様! 完成です!」
「まあ! 偉いわ! 流石私のシルト!」
 そこには、姉の大好きなチャーミィを象ったチョコレートが出来上がっていた。こうなってしまえば、あれほど憎かったチョコも可愛らしいものである。そう思った瞬間、一気に力が抜けて崩れ落ちた。慌てて姉が私を抱き止める。
「良かった~。何とか出来ましたお姉様~」
「うんうん、本当に頑張ったわね……! 素晴らしいわ……!」
 満面の笑みで私を褒める姉を見て、ここで私は当初の予定を思い出した。本当なら私はエプロンを着けて彼女を出迎える予定だったのだ。
「それじゃあ早速いただきますわね!」
「ちょっと待っててくださいましお姉様、今からエプロン着けますから」
「え? エプロン? 今調理が終わったのに……?」
 脱ぎ捨てて椅子にかけてあったエプロンを取ると、慌てて装着する。順番が前後してしまったが、まあいいや。
「えっと……メイド服は恥ずかしかったので、これで勘弁してくださいまし……」
「まあ……! あなた、これって……!」
 そこには、メイド風のフリフリエプロンを着けた私が立っていた。何のことはない、浮かれポンチな姉以上に私も浮かれポンチだったということだ。私は照れて真っ赤になった顔を誤魔化すかのように、姉にチョコを差し出した。
「ハッピーバレンタイン、お姉様! いっぱい召し上がってくださいまし! あ~ん!」
「ありがとう! ハッピーバレンタイン、私の可愛い大好きなシルト!」
 こうして、一晩に及ぶ長い長い戦いは、私の……否、私達の勝利で終わりを告げたのであった。

another slice of chocolate

 深夜だというのに、その部屋には明かりが灯されていた。
 レースをあしらった縁に、可憐な野花のレリーフをかたどった白い陶皿。銀と金の縁取りをほどこしたティーカップの群れに、可愛い動物の絵付けのされたソーサー。そんな食器が並んでいる薄暗い準備室の中へ、その部屋は細い光の糸をこぼしていた。
「はううう……どうしてですのぉ……」
 ついでに、嘆くようなか細い声が聞こえる。突入訓練でさんざん鍛えられた通り、音を立てずにわたしはその扉に忍び寄った。その部屋は、キュイジーヌだった。
 ようは学食の厨房だが、訓練でお腹の空いたお嬢様方の欲望を満たすべく、専属のシェフの華麗な技が調理器具と厳選された食材の間で舞う、ある意味このガーデンで一番大切な場所だ。
 そして、近づくにつれ、なんだか甘い香りが漂ってきた。
 わたしは気取られないよう、片腕で扉をわずかに開いた。そのまま、隙間から室内の様子を偵察する。
 中には、一人の生徒がいた。机の上に突っ伏して、もじゃもじゃになった毛並みをほうぼうに垂らしている。普段は後ろで束ねている柑橘系の香りがするその髪は、この前私がきれいにブラシで梳いてあげたはずだが、いまや見る影もない。
「うう……こんなはずじゃなかったのに……むにゃむにゃ」
 一見すると、何かの小型犬にもみえたその生徒は、調理台のテーブルの上に突っ伏して眠っているようだった。私に気づく様子もないので、そのまま部屋の中に侵入する。生徒の横には銀のボウルやらシリコンのヘラやらが置かれており、手書きのレシピと思われるメモが散らばっていた。
 プラスチックのカッティングボードの上にはキッチンナイフがあり、横には粉々に砕かれたチョコレートの破片がうずたかく積もっている。
 そして、名状しがたい形状をした何かが数個、机の上に転がっていた。
 何か、深いところにいるようなモノを召喚しようとして、生徒は疲れ果てて寝てしまったのだろうか。そんなことをふと、考えてしまったのだが、すぐに間違いだと分かった。わたしがセクシーどうぶつと同じくらい、愛してやまないチャームの某マスコットの型が、テーブルに置かれている。
 どうもその生徒は、そのマスコットのチョコレートを作ろうとして失敗を繰り返してしまい、そのまま疲れ果てて眠ってしまったようだった。
 ふふ、と思わず微笑んだところで、その子が、ふいに涙声をあげた。

「あぅぅ……ごめんなさい、お姉様……」

 その、わたしのシルトの言葉を聞いて。
 思わず、わたしは声を出してしまった。それは、例えるなら路面電車に乗っていて自分のことを呼ぶ声が聞こえ、窓の外に身を乗り出すと、泣きながら手を振って電車と平行に走り、叫んでいる愛しい相手を見つけてしまった――そんなときに思わずあげてしまうような声だった。
「……え?」
 机の上に突っ伏していたシルトが思わず首をもたげ、目を見開く。中心にある淡い色の虹彩と、色の濃い影に縁どられた瞳の部分が宝石の琥珀のように入り混じったその瞳が、たまらなく愛しい。
「あら、起こしてしまったのかしら? ふふ、もう少し眠っていてもよかったのに」
 そう、頬を寄せて囁くと、シルトがほのかに頬を染めるのが分かった。
「……えっと、お姉様……? 私、まだ夢を見てるんですの?」
「そうね。現実と夢の境界は時として曖昧になるわ。徹夜してチョコレートを作っている時なんかには特にね」
 と、わたしは名状しがたい形状をした、そのなにかを一つ取ると、唇で味わう。製菓用のクーベルチュールではない、単なる板チョコを溶かした安っぽい味。それでも、私には他のどんなものよりも甘く、愛おしい味がする。目の前のシルトが、わたしのために作ってくれたものなのだから。
 だが、完成はしていない。
 そう――わたしには彼女のシュッツエンゲルとして、シルトを導く義務があった。
「はぅぅぅ……」
 さらにもう一段、シルトの顔の林檎化のギアが上がる。と、彼女はわたしが食べているそれに気づいたようだった。
「お姉様、そのチョコレートって……?」
「もぐもぐ……机の上にありましたので、つい頂いてしまいましたわ」
「だ、駄目です!」
 がばっ、とシルトが机の上から跳ね起きた。
「そ、そんなもの! 食べないでくださいっ!」
「あら。そんなものだなんて言わないで頂戴? もぐもぐ……貴女がわたしのためを想って作ってくれたのですから、わたしにとっては最高の贈り物ですわ。ありがとう、最高に美味しいですわ」
 そう、心にもない感謝の言葉を述べる。
「お、お姉様……」
 もぐもぐしながら、ついでに頭をなでなでする。
「いい子いい子……貴女はよーくがんばったからこれからお部屋で一緒にお休みしましょうねー」と、やっていると、ふいに、緩んでいたシルトの表情が引き締まった。
「……駄目です」
 さっきまでの可愛らしく染めた頬はどこへやら、唇をへの字に結んで、きっ、とわたしに視線を向ける。その目がどこか据わっているのにどこか誇らしい気持ちを覚えながら、わたしは聞き返した。
「何が駄目なのかしら?」
「私、お姉様にあげるチョコを作っていたんです……! チョコはまだ完成していません! だから、駄目なんです!」
 よきですわ……と微笑むわたしの内心は知らずに、シルトは力強く続ける。
「そこで待っていてください、お姉様……! ぜったいに、完璧なチョコを作ってみせますから!」
「えー? でもわたしは別にこれでも……もぐもぐ」
「よく……ありません!」
 バン、と机を叩き、シルトが立ち上がる。衝撃で例のチャームのマスコットの型がわずかに動き、横で切り刻まれていた板チョコの山から剥離した破片が、薄雪のように舞った。
「お姉様が良くても、私は良くありません! このままじゃ私、負けっぱなしです! お姉様のシルトとして、諦めたままのみっともない姿なんて見せたくありません!」
 だから、とシルトは高らかに宣言する。
「お姉様はそこで、私の戦いを見守っていてください!」
「……言いましたわね」
 わたしも彼女のその、想いに応えるように宣言する。
「それでは貴女のその覚悟、しかとここで見せてもらいますわ……!」
「はいっ、お姉様……!」

 とは、言ったものの。
「あのー、シルトちゃん……」
「お姉様! いちいち話しかけないでください! 気が散ります」
「はいぃ……」
 気合の入っている彼女の後ろ姿が心配で、わたしはおろおろしてしまっていた。いま、彼女は沸かしたお湯に水を混ぜてきっかりと温度を測り、その上に銀のボウルを浮かべて湯煎にかけている。
 ざく切りにしたチョコレートを入れ、ヘラでゆっくりと混ぜていくと、無数に砕けていたチョコの破片が溶けて、なめらかに熱を帯びていく。
 さんざん煽っておいてアレなのだが、真剣な表情でチョコに向かい合う彼女に、いまのわたしができることは――。
「応援っ……!」
 早すぎず遅すぎない、ほどよい動きでチョコを混ぜながら、シルトが背中でそう告げる。
「応援っ……! お姉様、応援っ……!」
「わ、わかったわ……! 可愛いシルトのため、精一杯応援するわね! フレーフレー!」
 ――わたしの応援が功を奏したのか、彼女の集中力の賜物なのか、それは分からない。
 確かなことは、ボウルの中のチョコレートはいまや、なめらかな甘い香りのする液体に変じていた。均一に溶けており、粘度の高いチョコの塊と油に分かれてしまった様子もない。シルトはそれを例のマスコットの型に、ボウルから静かに流し終える。
 型の上にラップをかけると、それを静かに冷蔵庫にしまった。
 どちらともなく、ため息をつく。
「できるだけのことは……したつもりです」「あとは待つだけですわね……」
 イチャイチャする気も起きず、二人でじっと壁の時計を見ながら時間を測る。やがて、シルトが静かに立ち上がり、冷蔵庫のドアを開けた。わたしは息をのむ。
 彼女が私の前に差し出した、それは、まぎれもなく。
 チャーミィの形をしていた。
「やった……! やりましたお姉様! 完成です!」
「まあ! 偉いわ! 流石わたしのシルト!」
 今度は心の底からそう告げると、彼女がふらっ、とふいによろめいた。
 思わず、彼女の名前を呼んでその華奢な身体と、手にしていたチョコチャーミィを抱きとめる。
「えへへ、お姉様……私、頑張りましたけど……ちょっと頑張りすぎちゃいました、かも」
「もう……しょうがないわね……お馬鹿さんなんだから」
 彼女の身体はいつもの柑橘系の香りに入り混じって、甘いチョコの匂いがする。わたしは愛しいシルトをしっかりと抱きしめ、顔をうずめた。そのまま、愛おしいものを決して離さないように、頭を撫でる。
「それでも、あなたがそうやって頑張るところ、わたし、好きよ」

 そのあと――彼女は以前、わたしが欲望をだだ漏らしにしてしまったリクエストの衣装を着てくれ、そのうえでチョコを渡してくれたのでたいそうイチャイチャしたのだが、そのあたりについては別の日記のお話。

 
「う~ん…あ、ありがと~…」
「お礼なんていいですから、早く熱下げちゃって下さいよ」
「うぅ…さむい…」
「何時も薄着してるからでしょー。ほら、温かくしなくちゃ」
「あ、ありがとう~」
「だからお礼はいいから、安静にして下さいよ」
身を起こして礼をしようとする私を押し留めて看病してくれる彼女。
同室の彼女はとても優しい…私の心の拠り所だ。
自分も忙しいのに熱を出した私の世話をしてくれている可愛い、大切な女の子…。
私とルームメイトになりたいと言ってくれた大事な娘。
その声に包まれながら、ゆっくりと目を閉じると心地のいい暗闇が広がってくる…。
「寝るまで、傍にいて?」
「どこにも行きませんから。安心して寝てください」
温かな暗闇に愛しい声が響く…。
調子が戻ったら、2人で何処かにお出掛けでもしたいな…などと考えながら眠りに…。

「ねぇ、具合良くなったら一緒にお風呂に…」
「はーいーりーまーせーんー。もう、いつもそんなこと言って」
いつも構ってくれる愛しい愛しいルームメイトに心の中でお礼を言って、今日は寝ることにしたのでした。

しゅわしゅわ

 ラムネ
 それはしゅわしゅわした不思議な味。
 部屋で飲んでいたら、お姉様が「ラムネ好きなの?」と訊いてきた。「はい」と答えると、「じゃあ今度持ってきてあげるね」と言われた。
 そして次の日、本当に持ってきてくれた。その日から、二人で一緒に飲むのが日課になった。しゅわしゅわするあの感覚を楽しみながら、いつも一緒に飲み続けた。 
 春はお花見しながら、夏には花火を見ながら、秋は落ち葉を集めながら、冬には雪だるまを作りながら、ずーっとずーっと飲んだ。それはいつからか、レギオン内の名物になっていた。

 あれから長い時が経ち、私はおばあちゃんになっていた。お姉様にラムネをもらったあの日から、一日一本ラムネを飲むことが日課だった。最近は飲める量が減ったから、缶ジュースにしている。だけど今日は頑張って瓶ラムネを飲もうかな。
 私は冷蔵庫からラムネを一本取り出した。一口飲むだけで、あの頃の思い出が溢れ出す。

 これは私の思い出の味。
あなたとの日々を忘れないための味。
あなたとの記憶が、しゅわしゅわと泡のように溶けてしまわないように思い出すための味。

ラムネ

ポンっという小気味良い音ともに栓が外れる。
それと同時にシュワーっと炭酸がはじける音が響く。

爽やかな青色に満たされた小さな瓶。
私はその瓶の中の液体を一気に呷る。

飲んだ瞬間、急速に体中のマギが満たされて行くのがわかった。
私は空になった瓶をゴミ箱に投げ捨てると酷使した体を解すように伸びをした。

「さーて、もうひとふんばりいきますか」

私が今しがた飲んだ液体は俗にラムネと呼ばれているものだ。
といっても一般的に市販されているようないわゆるラムネ飲料ではない。
これは学園側からリリィに定期的に支給される、超強力なスタミナドリンクのようなものである。
私も詳しくはわからないが液体の分子レベルで特殊な術式が組み込まれているそうで
リリィが戦いで消耗したマギをたちどころに回復してくれるという優れモノだ。
ただ欠点もあって、戦闘中などの極度の緊張状態ではマギが上手く感応しないらしく、
戦闘中にラムネを飲んでマギを回復しながら戦う、なんてことはできない。
あくまで一度戦線を退いたリリィをもう一度戦場に向かわせるためのもの、と思えばいい。

…そう考えるとなかなかにブラック風味溢れる代物ね。
さらには任務等で武勲を上げたリリィほどそれに比例して多くのラムネを支給されるというのだからなおさらだ。
まあ、リリィのお仕事がブラックなのは今に始まったことじゃないけど。

幸か不幸か、私は僅かばかりのリリィ適正を持って生まれてきた。
そして自ら志願してリリィになったんだ。
百合ヶ丘や御台場みたいな超有名ガーデンのリリィ達は言うまでもなく
同じレギオンのお姉様方にもまだまだぜんぜん敵わないへっぽこリリィだけど。
私は私ができることをやりたい。
別に大層な理想があるわけじゃない。
私一人がいたところで戦況に変化なんかあるはずもない。
だけど。せめて。
私が大好きなレギオンのみんなを守れるくらいの強さが欲しいから。
だから私は今日もラムネを飲んで戦いに赴くんだ。

背中合わせ

『レギオンマッチまで、残り3分となりました。参加される皆様は、会場の方にお集まりください。繰り返します。レギオンマッチまで、残り3分となりましたーーー』
壁にかけられたスピーカーから流れる声を聞いて、私はそっとCHARMを握り直す。いよいよだ。最後まで作戦を詰めるメンバーを横目に、私は一人精神集中に務める。気持ちを抑えるように、目を瞑って深く息を吐き出した。
今日のレギマは、運命の分かれ道だ。現在私達はAランクで2勝2敗。勝てばSランクに上がれるが、負ければBランクに逆戻り。つまりこの一戦で、私の隊がギガント級に挑戦できるかどうかが決まる。そして何より、今日の相手は…。
「それにしても、まさかまたこのレギオンと当たるとは…」
「思い出しますわね、あの一戦を」
聞こえてくるメンバーの声に思わず集中が乱される。そう、今日の相手とは以前戦ったことがある。結果は惨敗だった。私の立てた作戦が見抜かれ逆手に取られた上に、それに焦って指示ミスをしてしまったせいで、無惨にも敗北を喫した。Aランクに上がれる寸前だったのに、その敗戦が精神的なブレーキとなり、そこから連敗が続いて一時はCまで落ちた。
でも、今は違う。あの時の悔しさをバネに私達は強くなった。練度も戦略も練り上げられてるし、みんなで何度も話し合った作戦もしっかり頭に入ってる。CHARMのチューニングだって完璧な仕上がりだ。やれることは全てやった。だから大丈夫。きっと勝てる。
ーーー本当に?
やり残したことはないか?オーダーのタイミングはこれでいいのか?今見えてる敵の戦力が偽装の可能性は?作戦を1から考え直したほうがいいんじゃないか?そんな不安が襲ってきて混乱で頭がグルグルグルグルまずい集中できてない心臓の鼓動がうるさくてどうしよううまく呼吸できない怖いやだ勝ちたい勝たせてお願いします私もう負けたくないんです負けたら私のせいだ私が悪い誰か私を助けてーーー

「こーら。まーた1人で勝手にドツボにはまってるでしょ」
その時、背中にポンと、温かい手が触れた。
「あっ…えっ…?」
振り返ってみると、そこには我が隊のサブリーダーが笑って立っていて。
「はい深呼吸してー。吸ってー…吐いてー…」
彼女の言葉に従って、ゆっくりと息を吸い、吐き出す。すると、口にすまいと決めていたはずの言葉が、勝手に飛び出した。
「…あなたは、怖くないんですか…?」
「怖い?何が?」
「負けることが…です。前みたいに、私の指示ミスのせいで負けてしまうかもしれない…。私の作戦が見抜かれて、蹂躙されてしまうかもしれない…」
我ながら情けない隊長だと思う。しかし、一度溢れ出した本音は止まらなかった。
「みんな、今日のために精一杯努力してきた。でもこの一戦で負けてしまえば、それも全部否定されてBに逆戻りしてしまう。私は、私のせいでみんなの今までが否定されてしまうこと…それが、途轍もなく怖いんです!」
すると、彼女は深い深いため息をついて、呆れたように言った。
「しっかりしてよね、リーダー。何のために私らがいると思ってんの?」
「何のためって…」
「みんなで勝つためでしょ」
「!」
彼女の言葉に思わず振り返ると、そこにはみんながいた。ある人は朗らかに、ある人は勝ち気に、ある人は優しげにーーーみな一様に笑みを浮かべ、私を見つめていた。
「ねーリーダーがこんなこと言ってるけど怖いと思ってる人いるー!?」
「ううん、全然?ちっとも怖くなんかないよ?」
「私達は努力してきた…だから今回こそ勝てる…いや、勝つよ。誰よりも努力してきたリーダーのために…!」
「今日のみんななら、きっといけるわ。自分を…そして私達を信じて、リーダー」
「それにもし負けたとしても、それで終わりじゃない。また1からやり直せばいい。そうでしょう?」
「私達はどこでも着いていくわ。Bでも、Sでもね」
「まあ、前回のわたくしたちならともかく、今回のわたくしたちなら勝利しかありえませんわ~」
「そうです!みんなで勝って、Sランクに上がりましょう!」
「ま、そういうこと。というわけでみんな全然怖がってなくて、ビビってんのはリーダー1人ってわけ」
「はは…そうみたいですね…」
「まったくもー、しっかりしてよねホント」
彼女の言葉に、みんなの笑顔に、気付けば私の頭を覆う黒い渦は晴れ渡っていた。そうだ、私にはこんなに頼れるメンバーがいた。もはや恐怖はない。背中を押された私は、みんなの顔を見渡して、言った。
「…行きましょう、皆さん!勝つために!」

そして、開幕のブザーが鳴る。

あの日々をもう一度

 
いつからだろう、レギマに身が入らなくなってきたのは。
レギオンを結成した頃はレギオン同士の序列を決めるレギマが楽しくて仕方なかった。
接戦を制した時は皆で喜んだし、負けた時はダメだったところの反省会を夜遅くまでやって
失敗ポイントを議論し、同じレギオンとの再戦で勝てた時は夜遅くまで盛り上がったものだった。
 
転機になったのはやっぱりレギオンリーグが始まった事だと思う。
6戦1発勝負で順位を決めるリーグは、順位変動するとはいえ毎日開催されて
いくらでも挽回出来るレギマに比べて緊張感と刺激が違いすぎた。
そんなリーグが毎月1回開催されるようになり、何度もリーグとその結果発表を体験していくうちに
レギマはリーグとリーグの合間にある練習期間みたいな感覚がどんどん強くなっていった。
 
終了のブザーが鳴り響き今日のレギオンマッチの終了を告げる。
今日の勝利を皆で喜び合うけれど、前みたいに夜遅くまで検討会を行う事もなくなってしまった。
競い合うのは楽しい、それはレギマ中の皆の動きを見ても変わってないから分かる。
けれど以前にはあったほどの熱が冷めてしまっているのをどうしても感じてしまう。
 
何度も試行錯誤した結果として、レギオンとしてのオーダーの順や戦術が煮詰まってしまい
新しい案が生まれない事も日課作業感を増しているのだと思う。
新しいオーダー指示もいくつか覚えたけれど試合の流れを変える程の影響はなく
レギマへの熱を再燃させる事は出来なかった。
知り合いのレギオンとのマッチはリーグと同じくらい盛り上がるのだけれど
学園側がランダムでマッチさせる都合上そうそう起きることもなく…。

今度CHARMへ篭める属性に関して新しいものが解禁されるらしいと聞いた。
また1つリリィとして強くなれる事は嬉しいけれど、何よりレギマが大きく変動しないかと
私は密かに期待している。それがリリィとしての本懐とは離れていると分かっていても。
今の気の抜けたラムネのような空気が払拭されて、また皆で活発に意見を言い合い
毎日ワイワイ騒ぐ楽しい時間が帰ってくると嬉しいな。
そんな事を考えながら、今日のレギマの準備を始めるためレギオンルームへと足を向けた。
 

色あせた執着心

今朝レギオンマッチの対戦相手を確認したときに私が感じた感情は
いったいなんと表現すればいいのだろう。
対戦相手は何度も名前を聞いたことのあるレギオン。
そして所属一覧には当然、あなたの名前があった。

私はあのレギオンのことを思い出す。
あなたがかつて在籍したあのレギオン。
私がかつて在籍していたあのレギオン。
今はもうなくなってしまった私の大切な場所。

あなたを恨んだりはしていないし、あなたを責めるつもりなんてない。
これは私の本当の気持ち。
あなたには後悔していてほしくないし、あなたが気に病む必要なんてない。
あなたが移籍したレギオンの活躍はよく耳にするようになった。
私はそれを嬉しいと思う。
これも私の本当の気持ち。

でも、今日あなたがレギオンマッチの対戦相手を確認した時に、私に気づいてくれただろうか。
レギオンマッチの最中には私を意識してくれただろうか。
レギオンマッチの成績発表ではどうだろう。私に少しでも目を止めてくれただろうか。
私を、私の名前を見た時に、あのレギオンのことを思い出してくれただろうか。

あなたを恨んでいるわけじゃない。
あなたを責めたいなんて思っていない。
そんなことが言いたいんじゃない。
だからどうかお願い
あのレギオンのことを忘れないでいて。

悪夢の晴らし方

 
夢を見た…
私が独りになる夢を…
レギオンの誰もが居なくなり、孤独になる…
そんな未来が、来るかもしれない…

「あの、何処にも…行きませんよね?」
不安になってつい…聞いてしまう
「何処にも行きませんよ?」
何時もの調子のルームメイトに思わず抱き締めてしまう
「…?どうかしたんですか?」
「夢を見てしまって…とても…嫌な夢を…」
彼女の手が私の髪をすくように撫でる
「そうですか」
それだけ言ってあとはただただ撫でて、抱き締めてくれた
「ずっと…一緒に、居られますよね…?」
「ずーっと一緒ですよ」
「ん…うれしい…」
たった…たったそれだけの言葉で心が救われてしまった…
多分好きな人の言葉だから
心が、直ぐに受け入れてくれた

「それじゃあ一緒にお茶でも飲みましょ~」
「もう元気になっちゃいましたね」
「愛の力です!」
「はいはい」
一時の不安は言葉と気持ちと甘いお菓子で流されていったのでした

花言葉

桜の花言葉って色々あるよね。
「精神の美」「優美な女性」「私をわすれないで」だとか。有名なのは「私をわすれないで」かな?
実は種類別にも花言葉があるって知ってるかな?
カワヅザクラには「思いを託します」って花言葉があるんだ。
だから卒業式の今日に、私がリリィとして戦えなくなった今日に、思いを託します。

「無事に卒業してね」 

鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるけど、何を言われると思ってたの?ヒュージ殲滅?そんなこと言うわけないじゃない。
一歩ずつ進んでいけばいいんだよ。自分たちの代で全て終わらそうなんて無理があるよ。
というかそんな無茶なことシルトの貴方にしてほしくないなぁ。
リリィとして戦って五体満足で無事に帰ってくる、そんな日々を過ごして卒業すればいいんだよ。桜が舞い散る季節に、私みたいに後輩に「がんばってね」って思いを託せばそれでいいんだよ。

リリィじゃなくなってからの方が人生長いんだぞぉ~。
……来年の卒業式に会いに来るからね。
またね!

お別れ

 
「来月から転校する事になったから今日でレギオンを抜けます。
 今までありがとうね~」
そう言って同期の彼女はあっさりとレギオンを去っていってしまった。
1年前にレギオンが発足した時からずっと一緒だった、クラスも同じで友達だと思っていたのに。
何時から決まっていたんだろう…、どうして相談してくれなかったんだろう…
そんな事ばかりが頭の中を巡ってその日は殆ど眠れなかった。
翌日、気付けば彼女の部屋を訪ねていた。
「どうしたの、急に訪ねてくるなんて?」
招いてくれて入ったその部屋は、既に荷造りが始められていてダンボールがいくつも積み上げられていた。
もうこんなに準備が進んでる…。
「散らかっててごめんね。ルームメイトの娘ももう他の部屋に移って貰ってて
 後はわたしが引っ越しすればおしまいだからいいかなって…、ってどうして泣いているの!?」
言われて頬に手を当てると、いつの間にか目から涙が溢れていた。
一度自覚したらもうダメだった。私は声を上げて彼女に泣き付いてしまった。
どうして言ってくれなかったの、もっと早く教えて欲しかった、酷いよ、友達じゃなかったの
そんな事を何度も何度も言った気がする。彼女はオロオロしながらも私が泣き止むのを
ずっと待ってくれた。
 
「ここじゃ散らかってるし、外で話そっか」
そう言って彼女が連れてきたのはいつも二人でよく来ていた高台、学園を見渡せる二人のお気に入りの場所。
「昔はこの時期桜で満開だったらしいけど、全然桜が咲いてないわね。噂だと1本だけ咲くソメイヨシノが残ってるらしいんだけど」
そう言いながら彼女が持っていた鞄から小さな瓶を渡してくる
「はい、前にお姉様から貰った特別な時に飲もうと思ってた米ラムネ。一緒に飲みましょ」
「これってラムネなの…?シュワシュワしてないし米ってなに?」
「さあ?お姉様が友達と飲むといいってくれたものだから」
それは少し甘くて不思議な味がした…。お酒じゃないのこれ?
「ごめんね…。言わないと言わないとって思いながら全然言い出せなくって…
 言ったらそこでお別れになっちゃう気がして、結局ギリギリまで言えなくて」
「それでも…、それでも私はもっと早く教えて欲しかった。折角の二人の夢だったギガント級への参戦許可も出たのに…」
「最後に夢が叶ったのは本当に嬉しかったなぁ。夏頃からずっと申請してたのに全然返答なかったから」
「本当に引っ越さないとダメなのよね…」
「…うん。でも、メールいっぱい書くから!離れても友達なのはずっと変わらないから!」
そう言う彼女の目からは涙が溢れていた。良かった、彼女も離れたくないって思っててくれた…
「私からもいっぱい書くね!もう同じレギオンでは戦えないかもしれないけど…、そっちの活躍も応援するから!」
そのまま二人で泣きながら、手に持った米ラムネがなくなって日が暮れるまでずっとお話した。
お別れはやっぱり悲しいけれど、これからも二人の関係は変わらないだろうって、心の底からそう思えた。
 
次の日、起きたら頭が痛くて仕方ない。メールしたら彼女もダウンしていた。やっぱりお酒じゃないのあれ…

こねここねこね

今、私の膝の上には一匹の小猫がいる。
普段はシャキッと伸ばしてきる背筋をふにゃっと丸め、私に頭を撫でられゴロゴロと喉を鳴らす、そんな可愛い小猫が。
「えへへ…今日も大変でしたねお姉様~」
そんな風に鳴いた。

ここはレギマ後の控室。一通りの反省会も終わり、レギメンもそれぞれの自室に戻り、残っているのは私とシルトの二人だけ。
「今日のお相手も強かったですね~。お姉様いっぱいぽこぽこにされてましたね~」
「えぇ、そうね…」
反省会の時点でなんとなく視線を感じていたが、終わった途端に膝の上に飛び乗られた。それから一時間、ずっとこの調子である。
「でも何とか勝てて良かったですね~。これで今回もS残留ですね~」
「えぇ、そうね…」
気持ちはわかる。今日は本当に接戦で、私もシルトも他のメンバーも、死力を尽くし気力を振り絞りなんとか競り勝った一戦だった。そんな戦いのあとだから、彼女も頑張った分甘えたいのだろう。気持ちはわかる。
「…お姉様?」
「えぇ、そうね…」
わかるが、しかし。激戦のあとの火照った身体で、ろくに汗も拭けてない状態で、膝の上でゴロゴロされて。もうなんか私の色々なアレが限界だった。
「もー、お姉様?私の話ちゃんと聞いてます?」
その上急に顔を近付けてこられたものだから、これはもはや確信犯と言えるだろう。多分そう。きっとそう。
「…あなたがいけないのよ」
「えっ?どうしたんですかお姉さ…んぅっ!?」
だから、彼女の可愛らしいピンクで小ぶりな唇を噛み付くように奪ったとしても、私は悪くない。

幼い口腔を無理矢理こじ開け、真っ赤な秘裂を存分に堪能する。最初は驚き戸惑っていた彼女も、すぐに合わせてきた。その感覚に背筋がゾクゾクする。じゅるじゅると卑猥な音を立てて、舌と舌とが絡まり合う。
「んっ…大好きよ…私のシルト…」
「ふあ…んっ…私もですお姉様ぁ…」
息継ぎをするように一瞬唇が離れたあと、また貪り食らうように重なり合う。口蓋をなぞり、歯と歯をぶつけ、それでも足りずに口の奥に舌を伸ばす。もっともっと、この子が欲しい。もっともっと、この子で満たしたい。満たされたい。
あぁ、足りない。キスなんかじゃ足りない。
抱き締めていた腕を外し、彼女のスカートの中に潜ませると、全てわかった顔をしてそっと腰を浮かせてくれた。私はそのまま下着に指をかけ、ゆっくりと降ろそうとしてーーー
「はいそこまでですわー!!」
扉の方から聞こえてきた余りにも無粋な声が、控室の空気を切り裂いた。振り返ってみれば、そこには真っ赤な顔で私達を覗き見るレギメン(全員)の姿が。
「隊長?自分のシルトとイチャイチャするのは勝手ですが…TPOは弁えてくださいまし?というかここですんな」
怒りなのか羞恥なのかはたまた両方か、誰よりも真紅に染まった形相の副隊長が普段より若干荒れた口調で苦言を呈する。さしもの私も仲間達に見られながらの公開プレイは遠慮したく、そそくさと乱れた服を直す。呆然としていたシルトもそれを見て慌てて自分の服装を直し、私の膝から降りた。かと思いきやコソッと私の耳に顔を近付けてきて。
「あの…続きはお部屋で…ね?お姉様…」
…まったく、悪い子猫ちゃんですこと!

懇願

お姉様は私と二人きりのとき
私にキスをしてくれます。

まず額の上、そして頬。

額の上のキスは親愛のキス。
頬の上のキスは満足のキス。

私はお返しにお姉様の手の甲にキスをします。
手の上のキスは尊敬のキス。
そして目を閉じたお姉様の瞼の上にも。
瞼の上のキスは憧憬のキス。

私たちの淡い交わりはそこで終わり。

その後はお姉様とおしゃべりしたり頭をなでてもらったりして過ごします。

それもすごくすごく幸せだけど…
時々考えてしまいます。
お姉様の瞼にキスをするとき…その無防備なお顔の、その瑞々しい唇にキスをしてしまったら…
どうなってしまうのでしょう?
唇へのキスは…愛のキス。

私たちにはまだ早いのかな?
でも…。

嗚呼、お姉様。
こんな私を許してください。

お姉様の首筋に。
そしてその麗しい唇に。
キスをして、されたいなんて。

私って破廉恥なのでしょうか?
私がこんな妄想をしているってお姉様が知ったら失望されちゃうかな…。

今はまだ言えないけれど。
せめて私の気持ちを遠回しでも伝えたくて。
今日は手の上ではなく手のひらに。
私はキスをするのでした。

その刃に届くまで

 ーーー始まりは、いつの頃だっただろうか。もはや遠い過去の記憶となったそれを、脳の奥底から引っ張り出す。
『クソッ! 何で!? 何で勝てないんだ!!』
 降りしきる雨の中、全身を滅多打ちにされCHARMを握る力すらなくなった私は、地に這いつくばりながら、彼女に向かって吠えた。
『お前に勝つことが! お前を超えることだけが! 私の唯一の生きる意味なのに……!』
 恥も外聞もない、まさに負け犬の遠吠え。あまりにも惨めで、みっともない姿だった。
『なのに……なんでぇ……』
 そんな私の姿を冷たい目で眺めながら、彼女は何を思ったのだろうか。私の方に歩み寄り、そっと手を差し伸べて。
『……なら、この手を取りなさい』
 そう言ったのだった。
『……え……?』
『私を超え、私の完璧を崩すというのなら。私の手を取り、私から学びなさい。私の元で、私を殺せるほどに、強いリリィとなりなさい。そのための術は、全て私が教えてあげる。さあ……どうする?』
 そう告げて、手を差し伸べる彼女の顔が。雨に打たれ顔にかかる桃色の髪が。私をジッと見つめる目が。
 ゾッとするほどに美しかったのを、覚えているーーー。

 呼吸を整える。1つ、2つ、深呼吸。胸の高まりはそのままに、脳に、指先に、酸素を届ける。心は熱く、頭は冷静に。
 CHARMを握り締める。手首を軽くスナップして、中段に構える。眼前の敵を見据えて、脳内で何度もしたシミュレートを、再度繰り返す。
 うん、見えた。勝利のルート。あとはその唯一の光明を掴むために、全力疾走。準備は済ませた、あとはあの人を倒すのみーーー!
「うおぉーっ!! 死ねや、姉ーっ!! 今日が貴女の命日だーっ!!」
「甘いわっ!」
「うにゃーっ!?」
 ……刹那、交わされる筈の刃はスルリと避けられ、代わりに腹部に鈍い衝撃。綺麗なカウンターを食らい、私はそのまま床に倒れ伏した。
「速さはよし。でも相変わらず動きが直線的すぎるわ。それだと簡単にカウンターを食らってしまうわよ。こんな風にね」
「うぅ……精進します……」
 訓練終了。今日の戦績、10戦10敗。起き上がれず突っ伏したままの私に、姉がそっと手を差し伸べてくれた。指導していた時とは打って変わって優しい聖母のような微笑みと、顔に少しかかる桃色の前髪に目を奪われた私は、それを誤魔化すかのように慌てて手を取った。
「あっ……ありがとうございます、助かります……」
「なんのなんの。妹を導くのが姉の役目ですもの。……ところで」
 その瞬間、握った掌を強く掴まれ、
「ねぇ、この前言った話なのだけど。そろそろ返事を聞かせてくれると嬉しいわ」
 聖母のような笑みのまま、悪魔のような視線を投げかけてきた。

「……元のレギオンに戻るという話ですか?」
 彼女の顔を見ないように顔を逸らしながら、モゴモゴと言い訳するように言葉を紡ぐ。あの日、彼女の手を取り疑似姉妹契約の契りを結んだ私は、いくつもの戦場を彼女と共に渡り歩き、高等部に進学すると同時に同じレギオンに所属し、そして現在、私達は別々のレギオンにいた。私が姉に無理を言い、技術を学んでより強くなって帰ってくると1ヶ月限定で出奔してしまったのだ。……それが去年の9月の話。
「貴女、言ったわよね? 1ヶ月だけだって。それが1ヶ月経ち、2ヶ月経ち、半年経ち……。今何月かわかる?」
「ろ、6月です……」
「そうよね。1ヶ月だけって約束はどうなったのかしら? 私が何度も帰ってきたら? って言ってものらりくらりとかわすけど、今日こそはっきり答えてもらうからね。帰る気あるの? それともないの?」
 落ち着け。冷静になれ。迂闊に答えれば、今握られている手が粉微塵になる。緊張でカラカラの口を無理やり開け、何度も唾を流し込んで、ようやく言えた言葉は
「お、お姉様だってわかってくれてたじゃないですか……。それを急に今更……」
 であった。手にメキメキと力が入る音がして痛い痛い痛いすいません間違えました。
「今日が貴女の命日よ……」
「ヒイッ!? 手どころか命まで奪おうとしている!? ち、違うんです!! あのレギオンに移ってから私が強くなったのはお姉様もご存知でしょう!? それはわかってくれたからそもそも出奔を許してくれたんじゃないんですか!!」
 あのレギオンなら、私はもっと強くなれる。学べることを全部学んで、貴女の元に帰ってくる。だから1ヶ月だけ出奔を許してほしい。渋る姉をそう説得しレギオンを移った私は、実際にそこで多くのことを学び、多くの仲間を得て、気付けば姉も眼を見張る程に戦力を上げていた。
「あそこで、まだ学ぶことがあると?」
「あります! たくさんあります!」
「……それは、私からは学べないこと?」
 寂しそうに小首をかしげる姉の姿に、思わず言葉を詰まらせる。
「それは……その……」
「私、契りを結ぶ時に言ったわよね。私を倒す方法を、私が全部教えてあげると。貴女は私から、私だけから学べばいい。余所のレギオンで学ぶ必要なんてない。……それとも、あの時の約束なんて、忘れちゃったかしら?」
「……忘れてませんよ」
 忘れるはずがない。遠い過去の記憶であり、脳の一番深いところにしっかりと残る思い出。貴女を超え、貴女の完璧を崩すことこそが私の行動理念。
「そう、だったら……」
「だからこそ!」
 逸らしていた顔を戻し、彼女の顔をしっかりと見据え、私は言った。
「私はまだ弱い、貴女に一度も泥を付けられてない。今のレギオンで学べることはまだたくさんある。私はまだまだ学びたい。私が貴女と共に前に進むためにも」
 あそこで得た仲間、培った経験、強くなれたという実感。どれも姉の庇護下にいたら得られなかった物だ。
「私は……勝つ!」
 それから、少しダーティな戦術も。
「!?」
 素早くCHARMを起動。姉も慌てて手を離して距離を取ろうとするがーーー遅い。横一文字に振り抜いて姉のCHARMを弾き飛ばすと、一気に距離を詰めて喉元に刃を突き付けた。
「……お見事。初めて1本取られたわね。愚直で真面目だった貴女が、こんな戦術を使うとは……」
「まだ1勝です。こんなんじゃ、まだまだ貴女には及ばない。だからこそ……」
 CHARMの切っ先を向けたまま、私は言った。
「貴女の隣に胸を張って立ちたいから、今は別々の場所でーーー刃を交えましょう」

~次の日~
「今日こそ貴女の命日です!うりゃーっ!!」
「隙ありっ!」
「にええええええええっ!?」

いってらっしゃいを貴女に

「このレギオンに入るのが夢だったんです!今日からよろしくお願いします!」
貴女がレギオンルームに入って開口一番にそう言ってきたときは、思わず笑ってしまいました。
以前から「あのレギオンが本当に凄くて…」「レギマも休憩中によく観戦してて…」と噂してるのは耳にしてましたけど、まさか本当に本人が入ってくるとは。
「なんだか騒がしそうで面白そうな人が入ってきたなぁ」
それが私から貴女への第一印象でした。

それから一緒にお喋りをして、外征やレギマで共に戦って、少しずつ貴女のことを知りました。
貴女はいつだって前向きで直向きで、少し頑張りすぎるくらいの頑張り屋さん。
作戦会議では積極的に意見を出し、勝つために常に最善を尽くし、レギマに負けてもくよくよせず次を考える。
周りの人が心配するようなスケジューリングも「大丈夫です!」とこなし、そのくせ落ち込んでいるレギメンがいれば「大丈夫ですか!?」とフォローに回ってくれる。
明るさと優しさを兼ね備えた貴女は、間違いなくレギオンの太陽みたいな存在でした。

そんな貴女がレギオンから抜けることを知って、私は、いえ私達はみんな寂しい思いでいっぱいだけど、だからこそ笑顔でお見送りしたい。
だって太陽を見送るのに、涙雨は似合わないから。貴女の新しい船出を、ここから手を振って祝福します。
だからもう俯かないで。いつもみたいに前を向いて、胸を張って。
出逢いがあれば別れもある。ならきっと、私達はまたどこかで出逢うことが出来るから。
貴女の今後歩む道が、幸多からんことを祈っています。

「いってらっしゃい」

見エナイ月ニ貴女ヲ想フ

ピロンッ♪
お風呂上がり、適当に拭いた髪もそのままに、趣味の創作ノートに向かってうんうんと唸っていた私の耳に届いたのは、個チャにメッセージが届いた通知音だった。
「…ん?あ、もうそんな時間か…」
傑作が出来る筈だった白紙のノートを閉じ、通信端末を手に取る。送り主は私のルームメイト。彼女は現在、外征任務に出掛けていて部屋を留守にしていた。出撃する直前まで「数日間も会えないなんて寂しいよー」と泣き、「絶対定時報告するから!その時間はお喋りに付き合ってよー!」とレギメンに引きずられながらも叫んでいた。騒がしくて賑やかで、ついつい趣味に没頭しがちな暗く人付き合いの悪い私を、いつも明るく朗らかに新しい世界に導いてくれるあの娘。そんな彼女が送ってきたのは…。
「…なにこれ?」
真っ暗な闇、としか言えない写真。何か写ってるのかと目を凝らしてみても、夜の野外…ということしかわからない。何かのイタズラだろうか?と疑ったところで、次のメッセージが来た。
『じゃーん!今夜は中秋の名月でした!私と一緒にお月見しよー!』
そう、本日は一年で一番美しい満月が見える十五夜こと中秋の名月だった。とはいえ今は秋雨の時期、まだ降り出しはしないもののどんよりとした雲が日本全土を覆い、芋名月を隠してしまっている。
『折角の満月も見えなかったら意味ないね』
タオルで髪を拭きながらメッセージを送る。返事はすぐに返ってきた。
『えー!?そんなことないよー!心の目で見たら真ん丸で美しい月が見えるはずだよ!私には見えてるよ!綺麗に輝くお月さまが!』
『残念ながら見えないなぁ…。私の心の目は濁ってるみたい』
『じゃあ天の秤目だ!それで雲を突き抜けて空の彼方の満月を見てみてよ!』
『そんなことのためにレアスキルは使いたくない』
あと天の秤目じゃそれは出来ない。出来るとしたら鷹の目だ。そんなことを思いながら、私もベランダに出て空を見上げる。瞳の先には…曇天。
『私も真似して見上げてみたけど、やっぱり曇ってて月は見えそうにないかな。あなたとお月見したかったのにね』
『そっかー…。でもでも!こうやって見えない月を探し合うのってなんかロマンチックだよね!』
『? どういうこと?』
『だって、私達今同じことしてるんだよ?遠く離れていても、同じ空の下で、同じ月を探して、同じこと思ってる!これってすっごくロマンチックじゃない?』
『…なるほど、確かに』
『でしょー!?』
彼女の素直な感性にはいつも驚かされる。月を見るという結果ではなく、探すという過程を共有することが既に尊いのだと。そんなこと考えもしなかった。
いつもこうやって、彼女の言葉は私に新鮮な喜びを与えてくれる。私に新しい世界を見せてくれる。だから私は彼女が大好きだ。
『あー早く帰りたいなー。早く会いたいよー』
『うん、私も同じ気持ち』
『おや?珍しく素直ですねー。寂しくなっちゃったのかな?』
『うん。だってーーー』
『?』
これはきっと、月のせい。月が私達を見守ってくれているから。だからほんの少しだけ、指が滑って本音が漏れてしまったんだ。そういうことにしておこう。
『だって、今夜の月がとっても綺麗だからね』
以前彼女に教えた言葉。愛の告白を意味する「月が綺麗ですね」。彼女は覚えているだろうか?もし覚えていたら…彼女はどんな返事をくれるのだろうか?恐る恐る見た画面に写っていたのは…。
『え!?そっち月見えてるの!?いいなー!!』
思わずずっこけた。同じ気持ちで繋がってるんじゃなかったのかよ。
『…前教えてあげたよね?月が綺麗ですねって、どんな意味だったか覚えてる?』
『えー…うーん…忘れた!』
『だと思った』
『ねぇねぇ、どんな意味だったっけ?』
『教えてあげない、頑張って思い出してね』
『イジワルー!!』
プンプンと怒る彼女の顔を思い浮かべてクスクス笑っていると、あれだけ降りてこなかった言葉がスッと脳内に浮かんできた。私はそれを彼女に伝えようとして…。
結局送信ボタンを押すことはなく、私はそっとその言葉をノートに書き記すだけに留めたのであった。
『君を真似て 探した月は見えずとも 繋がり合う「月が綺麗ですね』

だいすきなおねえさま

はじめに
・この日記はスマートフォンで閲覧することを強く推奨します。PCでの閲覧は推奨しません。
・ホラー要素があります。閲覧は自己責任でお願いします。
・この日記に書かれていることは全てネタです。真に受けないでください。

呪詛

お姉様。

私はお姉様を許しません。

あんなに好きだったのに。

あんなに激しく愛し合ったのに。

あんなどこの誰とも知れない女と通じて。

私を裏切った。

私の気持ちを踏みにじった。

私はお姉様を許しません。

私はお姉様を絶対に許しません。

だから。

お姉様には死よりも重い罰を与えようと思います。

もうお姉様の体は動かなくなっちゃいましたね。

でも。

これで終わりではありません。

ここからです。

私の復讐はここからです。

お姉様はもう天国には行けません。

生まれ変わることもできません。

この永劫に続く呪いの下で。

地獄よりも深い闇の底で。

貴女は囚われるんです。

あは。私のマギ、真っ黒になっちゃった。

負のマギでもない。ヒュージですらない、真っ黒なマギ。

これが私の命と引き換えに発動する術式です。

これがその呪詛。

私の呪詛。

お姉様のためだけの私だけの呪詛。

呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪

冷たく暗い闇の底。

でも寂しくないんですよ。

私もすぐにそちらに向かいます。

この禁呪に手を出した私も同じく闇の底に囚われる運命なんです。

貴女を永劫の牢獄に捕らえて。

私自身も貴女と永劫の時を過ごす。

こんなに素敵なことってないでしょう?

…でもこれだけじゃまだこの呪いは不完全なんです。
この呪いには、生贄が必要なんです。

お姉様でもない、私自身でもない、第三者の生贄が。
それも自らが生贄となることを了承してくれないといけないんです。

でも。
私って本当に運がいいんです。
こんなに早くこの日記を見つけてくれた人がいたのですから。

生贄になるための条件。
それは。
呪詛をなぞるように指を下から上に擦ることです。
それだけで、生贄になることを了承したことになるんです。

もう一度、言いますね。
私の呪詛を。
指で押さえて。
下から上に。
指で擦るように。
指を動かすんです。

それが、生贄になることを了承したというサインです。
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本当にありがとうございました。

ゾンビ活用法!?

「はふ~」
今日のレギオンマッチも無事終了です。
ぎりぎりでしたがなんとか勝つことができました。
お互いを労った言葉を交わし合っているレギメンを他所に、一人の隊員が無表情ですたすたとレギオンルームへと帰っていきました。
レギオンマッチでも無表情で、やや緩慢な動作でCHARMを振るっていた彼女。
彼女はこのレギオンの副隊長です。いえ、副隊長だったもの、と言うべきでしょうか。

もう忘れているリリィもいるかもしれませんが、レギオンマッチは来たるべきヒュージとの戦闘に備えるための模擬戦です。

模擬戦ですから当然、リリィの安全を確保しなければいけません。
そこでレギオンマッチやレギオンリーグでは特別な仮想空間が用いられます。
マッチ開始30分前のリリィの容姿、マギ保有量、身体能力、その情報すべてをスキャンし、現実と全く同じ条件での仮想空間上の戦闘を可能としているのです。

ただこの仮想空間に一度スキャンされた方はたとえその後にログインしなくとも、その身体だけは仮想空間に残り、マッチでは自動で相手を攻撃するbotになるのでした。

これをリリィの間では俗にゾンビ状態だと言われています。

レギオンルームに戻ってきた副隊長は変わらずの無表情で定位置のソファに座り、それきり微動だにしなくなりました。

「…今日でちょうど1週間ですわ」
「ええ、わかってますわ…」

このレギオンでは1週間無断で欠席したメンバーは除名する、というルールになっていました。

「ごめんなさい、あともう1週間、待ってから…それでも連絡が取れなければ…」
隊長は副隊長を除名する決心がつかないのか、歯切れ悪く言いました。
「隊長がそうしたいのであれば異論はありませんわ」
物言わぬ抜け殻となった副隊長の代わりにその役職を引き継いだ隊員はそう言いました。

そしてさらに1週間後…。
やはり副隊長は抜け殻のままでした。

隊長含め、隊員の多くはリリィになる前から幾多の戦場を駆けてきた歴戦の戦士でした。
戦友が急に戦場に赴かなくなるということはそれほど珍しいことではないと彼女たちは経験で知っていました。
そして多くの場合、その戦友が戻ってくることはない、と。

「創設メンバーの一人ですからね。隊長が除名を躊躇するのもわかる気がしますわ」
「何も言わずに放置するような方ではなかったと思いますが…どうしちゃったんでしょう」
「何があったかは存じませんが、そんなものですわ」
「序列一位のゾンビを飼っているレギオンというのもそれはそれで」
「でもどうせゾンビを飼うなら有効な活用方法って何かないかしら…」
「ゾンビの活用法?」
「レギオンマッチでのデコイになっていただくくらいしかないのではありません?」
「それも微妙ですわ。レギオンマッチでは前衛後衛以外のポジションの概念がありませんしわざわざゾンビに攻撃を集中させるレギオンもないと思いますわ」
「訓練したらオーダーを使ってくれたりしないかしら…ご褒美にラムネをあげて教え込むのですわ」
「ワンちゃんのしつけじゃないんですのよ…」
「やはり…副隊長のこの麗しいお身体を慰安用として使わせていただくしかないようですわね…。今なら副隊長の御御足も太腿も…どこだって触り放題ですわ…gff」
「まぁ!破廉恥なことはいけませんわ!」
「うーわ…ドン引きですわ…」
「エロ…」
「なっ、じょ、冗談に決まってるじゃないですの!そんな目で見ないでくださいまし!!」
「貴方の目、冗談には見えませんでしたわ」
「本当に冗談ですってばー!」

その日もそんなわちゃわちゃした雑談の後に解散し、それぞれの寮の部屋へ戻りました。
一人、無言でソファに座り続ける副隊長を残して。

その夜。
隊長は一人、レギオンルームに戻っていました。
辺りをきょろきょろと見まわして明らかに挙動不審です。
レギオンルームには果たして、マッチが終わった直後と全く変わらずソファに座る副隊長の抜け殻がありました。

隊長の脳内では先ほどの破廉恥な隊員の言葉が繰り返し反芻していました。
今なら副隊長のお身体を好きにできる、と。
あの場では咎めたものの、その実、その魅惑的な言葉がどうしても隊長の頭から離れなかったのです。

隊長は息を荒くして副隊長に近づきます。
「ハァ…ハァ…副隊長が悪いんですのよ。こんな、こんな麗しいお姿をそのままにして行ってしまったのですもの…」

物言わぬ抜け殻となっても、副隊長のお姿は変わりませんでした。
長く美しい黒髪も。
鼻筋の通った端正な顔立ちも。
服の上からでもわかる、豊満なお胸も。
ほのかに香る匂いまでも、彼女が最後にここに来たそのときのままでした。

隊長は手をわきわきとさせながら副隊長のそのお胸を鷲掴みにせんと近づきます。
その手が副隊長に触れるその直前、隊長はスッと急に冷静になったように手を離しました。

「…やっぱり、こんな卑怯なことはできませんわ」

隊長は改めて副隊長を見つめます。
窓を背にするように置かれたソファに座る副隊長が、淡い月明りに照らされていました。

「どうして」
隊長は独り言のような、語り掛けるようなどちらとも取れるような声で呟きました。
「どうして、何も言わずに行ってしまったんですの…。

わたくしは貴方のこと、片翼だと思っていましたわ。
リリィとしても隊長としても半端なわたくしをいつも隣で支えてくれる、かけがえのない方だと。

これからも貴方とのこんな時間が永遠に続くのだと、まるで無邪気な小娘のように信じていましたわ。
なんででしょうね。そんなことはありえないって。いつかは別れの時が来るって。
そんなことわかりきっていたのに。

レギオンメンバーはみな等しく愛しています。
でも。でも貴方だけはわたくしにとって特別なんです。
レギオンメンバーとしてではなく。一人の女の子として。
愛していますわ。
貴方のことを、ずっと、誰よりも。

わたくしは…貴方のことを除名できませんでした。
自らの手で…貴方との別れを決断することなんて、どうしてもできなかったんです。
わたくしは…今の副隊長が貴方を除名してくれるのを待っているのかもしれません。
…本当に卑怯な女。彼女だってそんな役をやりたくないってわかっているのに。
でももう決めました。

これより、隊長権限を行使しますわ。
貴方の副隊長の任を解き、そして…レギオンからの除名を言い渡します。

――さよなら。わたくしの愛した人」

隊長が踵を返してレギオンルームをあとにしようとした、そのときでした。

「隊長…」

声が。
聞こえました。

その声。

間違えるはずもない、愛しい人の声。

振り返ると、目にしっかりと光を宿した副隊長がそこに立っていました。

「ご無沙汰してましたわ。隊長」

そう言って照れくさそうに笑う副隊長を見た隊長は…
「あ…あ…」
ぽろぽろと大粒の涙を流していました。
「た、隊長?」

「わぁああああああんっ!」
隊長は泣きじゃくりながら副隊長の胸に飛び込みました。
「ふくたいちょう~!本当に、本当に心配したんですのよ!もう会えないかと思って…!うぅ…ぐすっ、ふぇえん…」
「本当にごめんなさい。リアルでトラブルがあって…どうしても連絡ができなかったんです」
「よかった…よかったぁ…」
「もうとっくに除名されてるかと思ってましたけど、待っていてくれたんですね」
「当たり前じゃないですの!だって、だって貴方は…っ」
「片翼だから、ですか?」
「…ふぇ?その、ひとつ聞いてもいいですの?」
「ええもちろん」
「どこから聞いてました?」
「隊長が私の胸を触ろうとしてたところから…」
「最初からじゃないですの!!なんで黙ってたんですの!?」
「この身体がひさしぶりでうまく動かせなくて…いきなり胸を触ろうとしたかと思えば急にポエミィなことを言いだすものですから…その、タイミングを逃してしまって」
「はわわわ…」
「でも、その、私は嬉しかったですわよ?隊長のお気持ち…」
隊長の顔がみるみる真っ赤に染まっていきました。

「わたくしは恥ずかしかですわーー!!もう生きてはおられんですわーーーー!!!!!介錯をお頼みしますわーーーーー!!!!!」

「た、隊長!?」
隊長は恥ずかしさのあまり物凄い勢いでレギオンルームを飛び出していきました。
その大声に寮で寝ていた他のメンバーもなんだなんだと起きだしてきました。

「隊長!待ってくださいまし!隊長ー!」
「こんな夜中になんなんですの?って、え!?副隊長!?ナンデ!?」
「話は後ですわ!みなさんも隊長の後を追ってください!」
「ええ!?ナンデ!?」
「どういうことですの!?隊長がレギオン名簿から消えてますわ!脱退されてます!」
「そこの貴方、頭に金色の王冠が載ってますわ!」
「いつの間に!?ていうかナンデ私!?」
「ああもう!なんでこう変な方向にばかり思い切りがいいんですのあの方は!」
「まだ遠くには行ってないはずですわ!隊長捕獲作戦開始ですわよ!」
「なんだかわけがわからないですが了解ですわ!副隊長の指揮は間違いありませんもの!」

「「「「出撃ですわ~!」」」」

あてのない旅に出ます

ピピピ、と鳴る目覚ましを止めて、私は重たい瞼を擦って目を覚ました。時計を見れば時刻は朝の6時。
「あうぅ…うっかり設定を切り忘れてた…。折角のお休みの日なのに…」
連日連夜ヒュージと戦う私達リリィにも休日はある。今日は長期に渡るヒュージ討伐作戦を終え、久々に得た休日だった。昨晩はヘトヘトの身体を引きずりながら湯船に浸かり、ルームメイトとラムネを嗜み、あとはお昼までゆっくり寝て英気を養う予定だったのに…。
「とはいえ二度寝するのもアレだし、ひとまず洗濯でもしようかな…。幸い今日は良い天気だし…」
洗濯機を回しながら朝食の準備をする。昨日の残りのご飯をおにぎりにしながら、鍋に火をかけお味噌汁を作る。香り立つ味噌の匂いを嗅いでいると自然とお腹がグーと鳴り、それに呼応するかの様に洗濯機もピーと鳴いた。
「はいはい、君もお腹が空いたのかな?」
鍋の火を止め、両手に抱えきれない量の洗濯物をカゴに入れベランダに出た。瞬間、一陣の風が髪を揺らす。秋晴れの空の下、風に吹かれた私は呟いた。
「そうだ、旅に出よう」

既にガーデンに向かったルームメイトに書き置きを残し、手早くおにぎりを弁当に詰め、鞄に創作ノートと一緒に放り込むと、私は意気揚々と駅に向かった。行き先は決めていない。丁度目の前に来た電車に飛び乗ると、サイコロを振るアプリを起動させ2個振る。
「何が出るかな…何が出るかな…それはサイコロ任せよ、っと」
出た数値は最大値の12。
「わっ、幸先が良いね!」
というわけでここから12駅先の駅を目的地とする。エリアディフェンスの外から出てしまうが、CHARMは携行しているし問題ない。早速おにぎりを1つパクつきながら、見たことも聞いたこともない駅名に思いを馳せた。
「おぉ~…着いたぁ…」
電車に揺られてしばらく経ち、背中と腰が段々痛くなり始めた頃、遂に目的地に到着した。
「うぅ~ん…結構かかっちゃったなぁ…。こんに電車に乗ったの初めてかも…」
辿り着いた先は荒涼とした田舎だった。周辺にはお店もなければ観光案内もない。ここの駅で降りる人が珍しいのか、或いは背中に背負うCHARMが目を引いたのか、周囲の人の視線を何となく感じながら駅を出て目的地に降り立った。
「さて、どこへ向かおうかな…」
行き当たりばったりの旅だから、行きたい場所も特にない。地図アプリを開けば調べることは出来るだろうけど、そんな無粋なことはしたくない。悩んだ挙げ句、取り敢えず目の前の道を真っ直ぐ進んでみることにした。
「まあ、迷子になるのもまた一興、だよね」
帰れなくなったらどうしよう。

知らない街を、道に沿ってただ歩く。こういうときは何も考えずひたすら進む方が良いのだ。気持ち胸を張り、腕を振り、ズンズンと歩く。ズンズン。ズンズン。それにしても、まあ…。
「何もなーい、よね…」
道べりには民家がポツポツとあるだけで、見どころらしきものもない。ところによっては倒壊した家屋が建て直しもされずそのまま放置されている。やはりヒュージの襲撃が多いのだろうか。街全体としても何となく寂れた雰囲気というか、活気がないように感じる。
「でも、私は好きかな…。こういうの、凄く惹かれる…」
古くなった家屋、閑散とした通り、植物だけが元気な公園…。静かで、荒涼としていて、今にも倒れそうで、それでも生きている。ヒュージに怯えながらも、ここで根強く、強かに、人々が生きて暮らしている。そういう風景を見るのが私は好きだ。
何より空が高いのが良い。低い建物しかないから、見上げればどこまでも空が続く。突き抜けるような青空に、時折吹く秋の風に、この街はピッタリだ。
「…あれ?」
歩いていると山に繋がる道に辿り着いた。どうやら真っ直ぐ行くとそのまま登ってしまうらしい。迂回したり戻ったりする道もあるにはある、が…。
「折角ですし行きますか、ハイキング!」
ここらでまた新しい景色を見に行くのも面白そうだ。季節は丁度紅葉が綺麗な時期だし、何より山の上で食べるおにぎりほど美味しいものはない。私は景気づけに鼻歌を歌いながら進んでいった。ズンズン。ズンズン。

「…ハァ…ハァ…」
最初の元気は何処へやら、中腹まで登った頃には鼻歌も消え、息も絶え絶えになっていた。人より体力に有り余ったリリィとはいえ、革靴で山道を強行軍はちょっと辛い。何度も落ち葉を踏んで滑りかけるし…。
「はあぁ…。さ、流石に限界…。ここら辺で休憩にしよう…」
だが、おかげで良いスポットを見つけられた。山の中にポツンと存在する、小さな公園。紅葉した木々に囲まれて、非常に美しい。私はベンチに腰掛けると、懐からおにぎりとポットに入れたお味噌汁を取り出し、無我夢中で貪った。
「ふあぁ…。おいひい…」
長時間歩いた身体におにぎりの塩分が染み渡る。味噌汁も丁度いい塩加減だ。一口すすれば濃いめの味噌に出汁の旨味が口いっぱいに広がり、疲れがほどけていく。思わずため息が漏れた。
眼下には先程まで歩いていた街並みと、真っ赤な落ち葉のコントラスト。汗を拭うかのように冷たい風が額を撫で、見上げれば青空。
「はー…幸せ…。今日は旅に出て良かったな…」
今度はルームメイトを誘ってここまで来るのもいいかもしれない。レジャーシートを持って、木々の下でお弁当を広げて。二人で他愛もない話をしながら、空が青から赤に変わるまでここで静かな時間を過ごす。あぁ、なんて贅沢な休日だろう。
「…さて、お土産話も出来たことだし…」
休憩終わり。家に帰るまでが遠足です。開いた創作ノートに新作を書き残すと、私は気合を入れ直して来た道を戻るのだった。
『天高し サイコロ振って道行かば 鄙びた街にただ風は吹く』

「貴女に捧げるアイネクライネ」

お姉様と私の最初の出会いは、前のレギオンでしたね。私が所属していたレギオンに入ってきたお姉様は、しかしそこで一度も言葉を交わすことなく、ほんの僅かな期間でそこを去ってしまい。
結果的にそれが、前レギオンの解散を招いてしまった。
私、あの頃は本当に辛かったんですよ。たった一夜にして奪われた私の居場所。何日も何日も苦しんで、何夜も何夜も夢を見た。どうしようもなく悔しくて寂しくて、でもどうにも出来なくて。こんなに傷付き苦しむのなら、いっそ心なんて失くして石ころにでもなれればいいのに。私、何度も何度もそう思ったんです。
だからあの頃は、あれが運命の出会いだったなんて思いもしなかった。

次にお姉様と出会ったのは、とあるお茶会の場でした。偶然再開した私たちは、そこで初めて向き合って沢山のお喋りをしました。趣味の話。料理の話。そして、あのレギオンの話も。
誓って言いますが、あの日抜けたことを恨む気持ちなんてこれっぽっちもありませんでした。お姉様にも誰にも罪はない。お互いの道が一瞬交差して、また離れていっただけのこと。
そんなことはわかっていた。いいえ、わかっていたと、思い込んでいた。思い込もうとしていた。貴女と話すうちに、忘れようとしていた思い出が、見ないようにしていた傷痕が、段々と脳裏に浮かび…。気付けば私、縋り付いて泣いていました。恥も外聞もなく、ひと目も憚らずワンワン泣いてしまいました。
そんなみっともない私を、お姉様はただ黙って抱き締めて。
「あの時はごめんなさい。でも、こうして会えて良かった。あの時言えなかった言葉を、こうして伝えることが出来たから。あなたと再会できて、本当に良かった」
お姉様のその言葉が、私を抱き締めるその熱が、石ころだったはずの私の心にそっと火を灯しました。
きっとその時から、私はお姉様のことを目で追うようになったのでしょうね。

それからもお茶会で会うたびにお喋りをしたり、お料理を食べたりする日々。そんなある日、お姉様が
「最近は寂しくて毎晩イマジナリーシルトに頭を撫でてもらってますの」
なんて事もなげに言うもんですから、私、思わず叫んでしまいました。
「そんなことしなくても、私が毎晩頭を撫でますわ!」
叫んでから、何を言ってるんですの私は!?と自分で自分に驚きましたわ。でももっと驚いたのは私の言葉を聞いた貴方が、
「ありがとう!じゃあ代わりに私はあなたの頭を撫でてあげますわね!」
と言ったことでした。理解が追いつかぬ間に、2人向かい合った状態で、私はお姉様の頭を撫で、お姉様は私の頭を撫で…。お茶会メンバーの好奇に満ちた視線に晒されながら、私は何をやってるんでしょう?と真っ白な頭と真っ赤な顔で考えていました。そんな混乱している私を尻目に、貴女ははにかむように微笑みながら、
「私、あなたのこと、ずっといいなって思ってましたの。趣味やお料理の話とかで気が合うところとか、こんな風に人を気にかけてくれる優しいところとか。ねぇ、あなたさえ良ければ、なのだけど…。シュッツエンゲルの誓いを、私と結んでくれないかしら」
…自分がなんと返事をしたのか、今となってはよく覚えていません。ただ、周りの方々がヒューヒューと囃し立てる中、
貴女の手を取ったのは、覚えています。

それからは、2人で色々なことをしましたね。
熱を出したお姉様を私が看病したり、お姉様が私のレギオンに遊びに来たり、お姉様に私特製のお味噌汁を振る舞ったり…。
私、お姉様と出会ってから、每日が幸せでしょうがないんです。辛いことがあっても、お姉様と抱き締めあってキスをしたら、それだけで幸福に変わる。たまに困らせたり喧嘩をしたりしたこともありましたけど、そんな思い出も幸せに思うくらい、貴女の全てが好きなんです。
私の頭を撫でてくれる貴女が好き。私の身体を抱き締めてくれる貴女が好き。私の名前を呼んでくれる貴女が、本当に大好きです。
私と出会ってくれて、私に生きる意味をくれて、ありがとうございますお姉様。きっと私は、貴女に出会うために生まれてきたんです。
だからお願いです。これからもずっと貴女の側にいさせてください。貴女の隣に置いてください。私を、貴女の居場所にさせてください。
私の名前を呼んでくれる、貴女の名前を私に呼ばせてください。
愛しています、お姉様。

「おしまい」