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Pz.Kpfw. IV Ausf. H

Last-modified: 2017-06-25 (日) 12:29:43

G81_Pz_IV_AusfH.png

Tier 5 ドイツ 中戦車 Edit

公式紹介ページ

スペック Edit

車体

HP440
車体装甲厚(mm)80/30/20
最高速度(km/h)40
重量/最大積載量(t)24.47/26
本体価格(シルバー)373,000
修理費(シルバー)

戦車パッケージ Edit

パッケージ名
(必要経験値/購入シルバー)
VK 30.01 P
(-/-)
Pz.Kpfw. IV Ausf. H
(-/-)
PzKpfw IVF2
(-/-)
PzKpfw IVG
(-/-)
Pzkpfw IVH (10.5cm)
(-/-)
VK 36.01 H
(-/-)
PzKpfw IVH II2
(-/-)

詳細 Edit

パッケージ名エンジン武装履帯砲塔
出力弾種貫通力ダメージ総弾数弾代発射速度
照準時間
精度
旋回速度砲塔
装甲
旋回
速度
視認
範囲
HP通信範囲
Pz.Kpfw. IV Ausf. HMaybach HL 120 TR7.5 cm KwK 40 L/43Pz.Kpfw IV Ausf. GPz.Kpfw IV Ausf. G440FuG 5
350AP
APCR
HE
103
139
38
110
110
175
8770
7G
38
13.95
2.29
0.40
3050/30/3044340310
PzKpfw IVF2Maybach HL 120 TR7.5 cm KwK 40 L/43Pz.Kpfw IV Ausf. GPz.Kpfw IV Ausf. G440FuG 7
350AP
APCR
HE
103
139
38
110
110
175
8770
7G
38
13.95
2.29
0.40
3050/30/3044340415
PzKpfw IVGMaybach HL 120 TRM7.5 cm KwK 40 L/48Pz.Kpfw IV Ausf. GPz.Kpfw IV Ausf. G440FuG 12
440AP
APCR
HE
110
158
39
110
110
175
8770
7G
38
13.95
2.29
0.38
3050/30/3044340710
Pzkpfw IVH (10.5cm)Maybach HL 120 TRM10.5 cm KwK 42 L/28Pz.Kpfw IV Ausf. HPz.Kpfw IV Ausf. H480FuG 12
440AP
HEAT
HE
64
104
53
350
350
410
59120
10G
128
7.50
2.29
0.55
3250/30/3044350710
PzKpfw IVH II2Maybach HL 120 TRM7.5 cm KwK 40 L/48Pz.Kpfw IV Ausf. HPz.Kpfw IV Ausf. H480FuG 12
440AP
APCR
HE
110
158
39
110
110
175
8770
7G
38
15
2.29
0.38
3250/30/3044350710

解説 Edit

時期は不明だが、名称が「Pz.Kpfw IV Ausf. H」から「Pz.Kpfw. IV Ausf. H」に変更された。
アップデート2.1より、Pz.Kpfw. IVからの置き換えで実装された戦車。
以前のPz.Kpfw. IVと似ている点もあるが、異なっている点もある。

攻撃面では、主砲の基本性能に関して変更点は少ないが、車体側面にシュルツェンが追加されたため、車体側面方向の俯角が減少している。
また、Pz.Kpfw. IVから最高速度は低下しているが、HPは若干増加している。

M4 Shermanとの性能比較(長いので折り畳み)
 

主砲選択アンケート Edit

どの主砲を良く使ってますか?

選択肢 得票数 得票率 投票
10.5cm KwK 42 L/28 61 50.0%
7.5cm KwK 40 L/48 61 50.0%
その他
投票総数 122
 

史実 Edit

IV号戦車G型(Sd.Kfz.161/1または161/2)はF型に43口径7.5cmKwK40を搭載したもの。当初は球形のシングルバッフル式マズルブレーキを持っていた。従来F2型と呼ばれていたものは、書類上だけのものと解釈されており、実際は全てG型として生産された。 一部では、最初期のG型をF2型と称している資料も多い。
砲基部の形状も変更され、砲塔上部にトラベリング・クランプが設けられ、新型揺架(砲身安定用のコイルバネ式平衡機構追加)や装填手用補助手動閉鎖器、装填手用手動式補助砲塔旋回装置、TZF5f望遠照準器、砲弾ラック(主砲装弾数87発)も装備され、主砲は7.5cmKwK40L/43(87発)を搭載している。
エンジンはマイバッハHL120TRMで、前進6速・後進1速、最大速度40km/h、航続距離210km。
1942年3~6月に1930両が生産され、逐次前線に送られた。
これにより、1942年夏以降、連合国軍戦車よりも優位に立てるようになり、アフリカ戦線でイギリス軍に奮戦し、イギリス軍から「マークIVスペシャル」、味方からも「IV号スペツィアル」と呼ばれた。(ただしドイツ側では公式ではなく、あくまで愛称としている)
東部戦線では1942年の夏期攻勢時、B~F型208両、G型170両が前線にあった。1943年から、中戦車中隊のみならず戦車連隊各大隊の全中隊(1個中隊あたり24両)に配備されることとなった。 この年のクルスク攻勢時には841両が参加している。
生産中の変更点として、全てのG型に熱帯地用スリットグリルを機関室上面ハッチに装備。 マズルブレーキがダブルバッフル式に変更→更にマズルブレーキの変更(ダブルバッフル式からエラの張ったタイプへ)。 砲塔横に発煙弾発射機装備(1943年5月に廃止)。1枚式ハッチの新型キューポラとキューポラ蓋のヒンジ変更(横旋回スライド式)。 冬季用履帯(ヴィンターケッテ)装備。シュルツェン装備。吸着地雷防止用のツィメリット・コーティング施行。泥濘対策の東部戦線用履帯(オストケッテ。接地面も幅広としたもの)装備。 等が挙げられる。

IV号戦車G型の砲塔を油圧駆動に換えたものがIV号戦車H型となる。
1943年4月から1944年2月まで約2,300両が生産された(うち60両はIV号突撃戦車ブルムベア、30両はIV号駆逐戦車に使用)。主砲は48口径の7.5cmKwK40。
前面装甲は50mm+30mmであったが、重量増大に対応するためファイナルドライブをSSG77に強化し、最高速度が38km/hとなった(ただし1943年5月に生産されたフォマーク製のH型はG型のファイナルドライブをそのまま使用)。生産後に車体と上部車体前面の装甲が80mm(TL4034表面硬化鋼)の一枚板のかみ合わせ式構造に変更に換えられた。 同時にツィメリット・コーティング施行されている。
起動輪(ダブルアーム型スポーク採用)と転輪ダンパーのデザインが変更され、砲塔上面装甲が前方16mm、後方25mmと強化された。
ヒトラーの追加増産要求で1943~44年までに3,744両が生産されている。
車体シュルツェンが脱落しやすかったため、シュルツェン架・シュルツェン装備方法を変更がなされている。
なお、シュルツェン装備時に、遠目から初期型のティーガーと誤認される事が多く、クルスク大攻勢のパンツァーカイルやティーガーの撃破記録などで、実際より多く数えられているのは、IV号J/H型のシュルツェン装備のシルエットを誤認したものだった事が多い。
余談だが、ティーガーの撃破記録が生産台数より多い背景には、修理部隊が随伴していて修理補修を随時行い、戦線復帰させているためで、とにかく何かと動かなくなるティーガーを撃破としてカウント、修理してはまた動かなくなってカウントと、ループでカウントがされていた事や、上記のIV号の誤認などが多く、連合軍側のティーガー恐怖症に対するプロパガンダとも関係があったりする。

1942年12月31日に兵器局第6課がクルップ社に出したH型改良案を提出。車体前面を50mm55度の傾斜装甲とし、右にボールマウント機銃を、左に視察用クラッペを装備、上部構造前面は垂直のままだが側面は傾斜式に変更している。これにより重量が0.88tほど増えるため、履帯幅を広げる予定だったが、転輪をゴム内蔵式に変更して履帯はそのままにした。1943年2月5日に兵器局第6課が更なる改良案を提出、車体側面と砲塔の装甲厚を45mmに増し、履帯幅を56cmに広げたが、重量が28.2tに増えたため、ゴム縁式転輪を重量に耐えられるゴム内蔵式とすることにした。2月17日の戦車委員会の会合でヒトラーが現行のIV号戦車の生産増を要求したため、改良を施す暇が無くなり、没になった。

最終型のJ型は、48口径の7.5cmKwK40/L43に強化した主砲に換装されたが、マフラー廃止、シュルツェンの簡易化(金網に変更)、砲塔回転用補助エンジンの廃止により手動化、各部の廃止・簡略化が進んでいる。
砲塔回転に関しては、1周が補助エンジンつきで26秒、これでも英国戦車の標準的な回転速度の半分といわれているが、手動になり更に回転速度は落ちた、これは、300回位ハンドルを回さないと砲塔が1回転しないためで、シャーマンだと1回転17秒となり、近接戦闘では不利だった。
ちなみに、パンターやティーガーなども油圧駆動で砲塔1回転に1分かかる。
補助エンジンを廃止したスペースを燃料タンクに置き換え航続距離の拡大を狙ったが、燃料不足の深刻化により、大戦末期には殆ど無用としか言えなくなってしまった。

短砲身だったF型から一転、長砲身になったG(F2)型からは、東部戦線ではT-34/76などに対戦車戦闘に優位に立てる様になったが、T-34/85やKV-1、IS-2の出現で苦戦は免れなかったと言われている。
西部戦線では、連合軍に対してアドバンテージはあったが、物量やハルダウンで苦戦する事もあった、何より、航空攻撃(ヤーボ)が天敵で戦車より厄介だったと言われた。
ティーガーやパンターの損耗の補充や、そもそも生産が追いつかないパンターの代替として、部隊に配備される事が多かったため、損害も軽視できないほど出ていると記録されている。

それでも、大戦初期から改良を加えて、最後まで戦い抜いたのはドイツ戦車ではIV号だけであるが、これは当初から後々の強化を考えて余裕を持たせた結果だった、終戦まで生産された要因にパンターの生産ラインに切り替える予定が、連合軍の工場爆撃などで部品が届かずパンターの生産がパンク状態に陥っており、グデーリアン上級大将の反対に先のヒトラーの大増産が決定で後押しされ、これを補填することがIV号を最後まで使い続ける事になった要因となった、まさに「ワークホース(使役馬)」として使命を全うすることになろうとは、設計当初は誰も思わなかった、しかし、当初の設計にないものまで強引に搭載し、末期には逆に色々そぎ落とされながら、終戦まで連合軍と渡り合ったIV号は改良の限界とまで言われており、「これ以上改良を加えられてはたまらん」と終戦を迎えて胸を撫で下ろした事だろう。

戦後となる、1967年の中東戦争において、スペイン経由(終戦直後にスペインがドイツ戦車やフランス、米英戦車を国内外から火事場泥棒のような手口で掻き集めた物を中東やアフリカ、南米などあちこちの軍に売り捌き、外貨を儲けていた)で入手したと思われるIV号戦車がシリア軍によって使用された。
装備はH型相当ほぼそのままだったが、ハチマキ状の対空機銃架を増設していた。
他にはIII号突撃砲やパンター等、大戦時のドイツ戦車と戦後の戦車が並んで写された記録写真が残っている。

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