艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第8話 2つの夜戦 前編 two night battles Part1

Last-modified: 2015-05-27 (水) 09:34:15

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艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第8話 2つの夜戦 前編 two night battles Part1

艦娘達を迎えに桟橋に出たT提督は、彼女達の姿を見て制帽を目深に被った。
「艦隊、ただいま帰投しました」
鳳翔が代表して言った。T提督は心底ホッとしているようで、体からやや力が抜けているのが目に見えて分かった。
「全員無事で何よりだ。まずは急いで入渠だな」
「ええ。皆さんよく踏ん張ってくれました」
「今少し戦闘は続くだろう。もう少し付き合ってくれ」
「分かりました」
入渠ドックに向かって歩き出そうとして、大鳳がT提督に呼び止められた。
「…はい!」
鳳翔に支えられながら大鳳は直立不動の姿勢になった。
「君もよくやってくれた。誇っても良いぞ」
「あ…有難うございます」
大鳳が敬礼をすると、T提督は大きく頷いた。鳳翔に促され、大鳳は艦娘達と共に入渠ドックに歩いて行ったが、その足取りは先程までとは違って力強くなっていた。

高速修復剤で傷を癒やし、艤装を修理の為に工廠に預けてくると、全員が会議室に集合した。外は夕方で、太陽が水平線に差し掛かる頃だった。
深海棲艦がここに攻めてくる事は、全員に予想がついた。戦闘糧食で食事を取っていた時も、深海棲艦の偵察機が幌筵泊地上空を飛び回っており、泊地航空隊の零戦21型が迎撃に舞い上がったが、さっさと逃げられてしまった。
幸いにして敵機動部隊からの空襲は無かった。艦載機、航空燃料、そして弾薬の補充に意外と手間取ったのかもしれない。そのせいで時刻が夕方になり、母艦への帰投時には夜間になることが分かったのだろう。
空母艦載機の夜間着艦は非常に危険であり、出来ないことは無いが殆どは失敗して無駄な損耗を招く事が多い。そういうわけで空襲の心配は排除された。
となると懸念材料は一つだけ。
「夜戦になる」
予測はしていたものの、T提督の言葉に艦娘達の緊張が高まる。
古鷹が挙手した。
「提督、今日の戦闘で私達はかなりの損害を受けました。艤装は現在修理中であり、敵の夜襲に間に合うかどうか分かりません。もし間に合わなかったら、満足に戦闘が出来ません」
「一応工廠の連中には急ピッチで進めるよう言ってはおいたが…古鷹の言う通りだ」
工廠の妖精だけでは足りないだろうと、艦娘達は自分達の妖精も臨時の修理要員として手伝わせていた。
古鷹は更に言った。
「もう1つ問題があります。ここには10名の艦娘がいますが、うち4名は空母の方達です。つまり夜戦できるのは6名だけです」
「それでも俺は、一歩も引き下がるつもりは無い」
「もとより私達もそうです」
全員が首肯する。各自の目には決意がこもっていた。
「今から作戦を説明する。また忙しくなるぞ」
T提督は話し始めた。

「もうすぐ暗くなるな」
若葉が夕陽に目を細める。完全に闇に包まれるのを待ってから、救助艦隊はキス島沖に突入する事になっていたが、その前に撤退準備を促す為に艦娘が1名、キス島に先遣されることになっていた。
その役割を任せられていたのは三日月だった。三日月は先遣に備えて「おおすみ」艦内で仮眠を取っている。代わりの指揮は暁が執ることになった。
少し前の打ち合わせで、三日月がキス島に到着する所要時間と救助艦隊がキス島に到着する所要時間を計算して、救助艦隊がキス島沖に向かって動き出すタイミングが決められていた。
ただし何らかの理由で遅延した場合を考慮して1時間のロスタイムも付け加えられた。
行動開始の前に、艦娘達は「おおすみ」から支給された戦闘糧食を腹に詰め込み、長い夜に備えた。「おおすみ」乗員達も戦闘糧食で腹ごしらえをしているに違いなかった。
「あと30分で出発だ」
響が時計を確認した。「私が呼んでこようか?」
「勿論、私が呼んでくるわ」
暁はそう言うと、「おおすみ」に回頭した。「おおすみ」では暁の動きに気付いた見張り員が彼女に手を振り、次に艦内有線通信機を手に取った。
暁が「おおすみ」まで目の前に来た時、既に艤装を装着した三日月が昇降口に姿を現した。
2人は「おおすみ」から離れながら話した。
「起きたのはいつ?」
「20分前。もう頭はすっきりしているわ」
「敵と出くわさないように気をつけてね」
「ええ。座礁や衝突にも気を付けないと」
「三日月ならやれるって、私は信じているわ」
「勿論やり遂げるわ」
「ところで、そのお守りは?」
暁が三日月の首から垂れ下がっている紐付きの赤いお守りを見つけた。
「離艦直前に艦長から頂いたの。なんでも深海棲艦との開戦前からずっと身に付けていて、幸運のお守りだそうよ」
「後で返すの?」
「いいえ。まるでフラグみたいで縁起でも無いから構わないって」
「それじゃあ私達からも」
暁はポケットから何かを取り出した。掌の上には、紐で結び合わされた金属の円筒が5つ乗っていた。それぞれ大きさが違う。
「これは?」
「妖精さんにお願いして主砲弾の弾頭と薬莢を分離してもらったのよ。もちろん装薬は抜いているわ」
「これ、皆さんで?」
「そう。即席のお守りだけど、良かったら受け取ってちょうだい」
三日月は暫し5つの薬莢を見つめ、その後この即席のお守りを受け取った。
「有難うございます。次はキス島でお会いしましょう」
三日月と暁は敬礼を交わし、暁は離れて護衛位置についた。
三日月は22号対水上電探や逆探、機関部、12サンチ単装砲と装備の最終点検と調整を念入りに行なった。特に電子の目である電探をいじくり回す。
万一故障した場合に備えて予備のパーツや簡単な修理道具も携帯している。
行動開始5分前に三日月は作業の手を止め、静かな動作で目を瞑って深呼吸して自身を落ち着ける。
やがて時間となり、三日月は艦隊を先行して水平線の彼方に姿を消した。
その後姿を、艦娘のみならず「おおすみ」艦橋の一同も敬礼で見送った。太陽も水平線に姿を隠す頃だった。
「頼みます」
艦長はそう言うと、艦内通信機を手に取った。「全艦に達する。こちら艦長だ。これより本格的にキス島守備隊員の救助作戦に入る。各員、締めていけよ。油断の無いようにな」

その夜。
敵はすぐには攻めて来なかった。正確に言えば、駆逐艦クラスが時々1隻ずつ現れてはいたが、すぐに海の向こう側へと去っていった。こちらの様子を窺っており、攻めるタイミングを見計らっているのだ。
こちらが夜襲に備えている事は向こうも予測しており、できるだけ敵の布陣を確かめようと試みているのだろう。
敵はこちらが待ち伏せていると考えているようで、なかなか姿を見せない。それに泊地側からは投光機が泊地正面の海を照射しており、迂闊に近付くことは出来なかった。
「慎重ね」
海岸の岩場に隠れて双眼鏡で目を凝らしながら矢矧が声を潜めて言った。
「昼間に追撃してきた水上打撃部隊が全滅したので、過大評価しているのかもしれません」
そう分析する浜風は、屈んだ姿勢で何か作業をしている。ライトを点けたヘルメットを被っているので工事現場の作業員にも見える。「これとこれを繋ぎあわせて、と」
「あとどれくらい?」
「2基を仕上げるだけです」
「にしてもぶっ飛んだ事を考えつくものね、ここの提督は」
「限られた戦力ですからね。こちらには戦艦はいないですし、重巡もたったの2人だけです」
「長く保たせられる保証は無いわよ」
「提督の作戦が図に当たることを祈るばかりです」
作戦会議の時、T提督は、今現在焦っているであろう深海棲艦側をもっと焦らせる必要があると言っていた。
T提督は執務室に残っている。数名の妖精がT提督のサポートを行っている。執務室の窓には爆風対策としてテーピングが施され、T提督自身は破片防御の為の防弾ベストと鉄帽を着用していた。
鳳翔が避難を勧めたが、T提督は断っていた。
「提督を信じてないの?」
「いいえ。ですが上手くいくかどうかは別問題です。敵もお人好しではありませんから」
「…そうね」
「でも私は上手くいくと信じています。よし、あと1つ」
浜風は最後の作業に取り掛かった。
その時、矢矧は多数の艦影を発見した。
「来たわ」
矢矧は傍の岩の上に固定してあった有線通信機の受話器を取った。黒い電信線は提督執務室まで繋がっている。「提督、敵艦隊が来ます」
「…戦力は?」
矢矧は双眼鏡を左右にじりじりと動かして確認した。「戦艦4、重巡4、軽巡6、駆逐艦12。大部隊です」
「分かった。作戦開始。タイミングはそちらに任せる」
「了解」
その後T提督は通信を切った。
矢矧が受話器を置いたちょうどその時、浜風が準備完了した事を告げた。艦娘達は既に配置についている。あとはこちらが始めるタイミングを決めるだけだ。
矢矧は更に息を押し殺した状態になり、双眼鏡で深海棲艦の動きを追う。2隻の駆逐艦を先頭に出して前方警戒させ、その後ろに軽巡と重巡、その後ろに戦艦と重巡、最後尾に軽巡と駆逐艦が続く形らしい。
全艦が周囲を油断無く警戒しながらそろそろと泊地に向かって近づいて来る。
「よし、良いわよ良いわよ、その調子で来て頂戴」
双眼鏡を持つ手に力が入る。後ろでは浜風が複数のワイヤーが伸びている木箱に取り付けられている把手を握って今か今かと矢矧の合図を待っていた。
矢矧は更に待った。ジリジリした気持ちを抑え、辛抱強くタイミングをはかる。
深海棲艦があまりにも慎重なので、時間だけが経過していく。
それでも深海棲艦は着実に近付いてきていた。矢矧の双眼鏡を持つ手はとうとう白く変色し、掌は汗まみれだった。
そして。
「点火!」
待機していた浜風が力を込めて把手を捻った。その瞬間、深海棲艦の周囲で次々と爆発が起こり、無数の火の玉が派手に周囲に飛び散った。いくつかは深海棲艦に当たってそのまま燃え続けた。
深海棲艦達は度肝を抜かれた。爆発は尚も続き、艦隊の内外は火の海と化し、深海棲艦を煌々と浮かび上がらせていた。
T提督の指示で、予め仕掛けられていた即席の爆弾が泊地の正面に多数仕掛けられていたのだ。
燃料を満載したドラム缶に点火用の爆薬と浮きが括りつけられ、それを縄で繋いだものがいくつか作られた。ドラム缶は黒く塗られ、海面下に設置されて海上から視認できないようになっていた。
爆薬によって点火、燃料は周囲に撒き散らされて深海棲艦側の居場所を暴露した。
その深海棲艦達の上空を通過した数機の零式水上偵察機が追い打ちとばかりに照明弾を投下していき、海上と上空から敵艦隊を照らし出した。
夜戦で自らの居場所を晒すのは、相手にとって絶好の的となったことを意味する。
実際、彼らは闇の中に砲撃のフラッシュを認めた。たちまち砲弾が飛んできて深海棲艦の周りに水柱を立ち上げる。応戦しようにも、周囲が明るいせいで向こう側の暗さが強調されて視認できない。
そこで篝火の中から脱出する事にしたのだが、ここで彼らは夜戦ではあり得ない音を聞いた。

その音の正体は水上爆撃機、瑞雲から成る攻撃隊からのものだった。千歳と千代田が幌筵島の裏側から、水上機母艦時代に運用していたスキルを利用して水上機隊の指揮を執っていたのだ。
瑞雲は直前まで海上で待機していたものである。
「なんだか懐かしいわねお姉」
「そうね千代田。でも、夜間爆撃は初めてだわ」
「提督も妙なこと考えつくものね」
千歳は肩をすくめると、瑞雲から送られてくる視界に注意を集中した。燃え盛る燃料で目標が見えていた。
上空から聞こえてきた瑞雲隊のプロペラ音に反応して闇雲に対空砲火を撃ち上げてくる深海棲艦もおり、良い目印になっていた。勿論適当な対空砲火なので命中しない。
「全機、突撃開始!」
「いけー!!」
千歳と千代田は一斉に瑞雲隊を急降下させた。水上機ながら急降下爆撃が出来るのが瑞雲最大の強みだ。
深海棲艦が聞いたあり得ない音はまさしくこの急降下音だった。
いとも簡単に瑞雲隊はバラバラと爆弾を投下して闇の中に離脱していく。中・小型爆弾の雨が降り注ぎ、水柱が次々と立ち上がり、何発かは命中して火柱を発生させた。
何とか離脱しようとする深海棲艦群だったが、今度は海面スレスレを飛んできた二式水上戦闘機と瑞雲から成る別働隊が襲い掛かり、機銃と水平爆撃が浴びせかけられ、被害が拡大していった。
古鷹、加古、矢矧、浜風、文月、卯月からなる艦隊は既に照準を固定済みだった。
「撃ち方始め!!」
古鷹の命令で艦娘達が砲門を開いた。大量の砲弾が敵艦隊に注ぎ込まれる。
これに戦艦と重巡が応戦してきた。最初は明後日の方向に飛んでいっていたが、すぐに艦娘達の周囲に着弾し始めた。
「敵は電探を持っています!」
回避運動をしながら矢矧が叫んだ。水上機隊の攻撃を受けながらも、深海棲艦達は少しずつ態勢を立て直しつつあった。砲火が見えた方角に回頭し、増速を始めている。
軽巡と駆逐が艦隊の中から猟犬の如く飛び出し、火災が発生した艦も鎮火されつつあった。
「構わない、雷撃用意!」
古鷹は工廠で交換して装備した予備の魚雷発射管を動かした。発射調整が行われるが、その間にも敵の砲弾は周囲に着弾したりすぐ傍を掠め、直撃弾を受けるのは時間の問題だった。
ただ、敵艦隊もこちらの意図に気付いて回避行動を取り始めたので照準に狂いが生じ、命中弾を浴びるまでの時間を遅らせることができた。
永遠とも思える時間が経過した後、古鷹は魚雷の一斉発射を命令した。
「てー!!」
40本もの魚雷が海中に踊り込み、スクリューをフル回転させて、反撃しようとする敵艦隊に向かって獲物を見つけた鮫の如く突進していった。
だが命中するまでじっとしているわけにはいかない。魚雷を発射するとすぐに艦娘達は転舵して一目散に退避した。
深海棲艦もその光景を見て魚雷が来ると知り、かわそうとした。しかし酸素魚雷は航跡をほとんど残さない。ましてや今は夜間。ほんの僅かな手がかりも隠されてしまう。
「魚雷命中まで、10、9、8…」
古鷹が懐中時計の発光表示を読み上げた。みんなが敵艦隊のいる方向を見る。カウントダウンが長く感じられた。「3、2、1、今!」
その瞬間、轟音が立て続けに起こり、続いて命中を告げる火柱が高らかに上がった。
「軽巡、駆逐に多数の損害。重巡も1隻轟沈、1隻中破、戦艦も1隻大破した模様」
矢矧が双眼鏡で確認しながら報告した。
「このまま突っ込む!全艦、私に続いて!」
古鷹を先頭に艦娘達は敵艦隊に斬り込んだ。深海棲艦の間を通り抜けながら砲弾を叩き込む。
「これでも食らえー!」
文月が12サンチ単装砲で駆逐艦ロ級を仕留めた。そのロ級は獣のような断末魔を上げながら引っ繰り返って海面下に没する。
「睦月型の本当の力、えーい!」
卯月も文月の戦果に負けじと砲撃する。
駆逐と軽巡が次々と爆沈を遂げ、瀕死のリ級とル級には止めが刺された。
「いっちょあがり~」
リ級に止めを刺した加古が右手の親指を立てた。
良い気になって暴れ回っていると、向こう側から砲弾が飛来する音が聞こえ、多数の水柱が立ち上がった。
「新手だぞ!!」
加古が叫んだ。敵艦には命中しないところを見ると、電探で識別しているようだ。縦横無尽に動きまわっているのは艦娘側だったので簡単に見分けがついたのだろう。
かと言って動きを止めるわけにもいかない。大損害を与えたものの、まだ戦艦や重巡は生き残っているし、軽巡と駆逐が全滅したわけではない。彼らからの反撃を受けるだけである。
敵艦も友軍の到着に落ち着きを取り戻したらしく、残存艦艇が戦艦達の元に集結しつつある。こちら側で仕掛けた篝火が、この状況下では恨めしい。
その間にも闇の中から砲弾が飛んできては海面を叩き、打撃を受けた敵艦隊側も砲撃を始めてきた。
「後方に予備を残しておいたのね」
敵はまだ戦意を喪失していない。予備の戦力とでこちらを押し潰すつもりだ。「全速退避!このままでは不利よ!」
逃げ出した艦娘達を後方から狙う残存艦艇群。矢矧が殿を務めながら応射する。彼女のすぐ後ろに戦艦ル級の主砲弾が着弾し、思わずつんのめったが何とか転倒は免れた。
生き残った軽巡と駆逐が追いかけてくる。
「今度は良く引きつけるんだ…よし、てーっ!」
矢矧は15.2サンチ連装砲の狙いを軽巡ヘ級に付け、一斉射した。夾叉と直撃弾が同時に発生し、被弾したヘ級はグラリとよろめき、隊列から落伍する。
これを見た他の深海棲艦は、これ以上近づくと危険だと判断して距離を開け始めた。
「そのまま大人しくしてなさい!」
篝火を脱出した艦娘達は、追手から逃れながら援護の砲弾を撃ってきた予備戦力を把握することにした。
「星弾装填、撃ち方用意!」
古鷹達は徹甲弾をはずして星弾を主砲に装填した。回避行動を取っているが、砲弾はこちらを執拗に付け狙ってきた。
程無くして全員が星弾の装填を完了した。
「撃ち方始め!」
砲弾が飛来した方向に向かって星弾が発射された。空高く舞い上がった星弾は次々と強烈に発光した。そして戦艦ル級1隻、重巡リ級2隻、重雷装艦チ級2隻、駆逐ハ級6隻がぼんやりと照らし出された。
戦艦ル級は不敵な笑みを浮かべると、一度瞼を閉じ、カッと開いた。すると眼球が黄色く光り、体全体からも、まるでオーラをまとったかのように黄色く不気味に発光した。
「フラッグシップ…!」
加古が絶句する。
「どうして最初から…」
浜風が疑問を口にした。
「用心に用心を重ねたのかもしれないわ。ドラム缶を爆破したのは意外だった感じだけど」
古鷹は後方を振り返った。軽巡と駆逐が追いすがり、その後方には重巡と戦艦が控えている。前後から発射された敵艦の星弾が艦娘達の上空で次々と炸裂し、日中の如く照らし出した。
それを合図に直後に戦艦と重巡から主砲弾が一斉発射された。凄まじい至近弾に囲まれて艦娘達は悲鳴を上げる。
「痛!!」
矢矧が左腕を押さえた。戦艦の主砲弾の至近弾の破片のかすり傷から血が滲んでいる。
「矢矧、損害は!?」
後ろを振り返る間もなく古鷹が聞いた。
「第3主砲が故障したようですが、戦闘行動に問題はありません!」
「了解!このままあいつらに突っ込むわ!」
古鷹は前方の戦艦ル級フラッグシップを指差した。
「正気かよ古鷹!」
加古が抗議した。
「後ろには戦艦が3隻、前はたった1隻!数の少ない方に活路を見出すわ!」
「このままでは一方的にやられます!その前に突破するべきです!」
浜風が補足する。
「ちっ、仕方ねえ!」
「行くわよ!」
艦隊は増速した。敵の星弾のおかげで互いを見失うことは無いし、距離感を誤って衝突することもない。「加古、浜風、次発装填!」
「よっしゃ!」
「了解!」
ここでもまた星弾の明かりが味方した。各々の妖精達は星弾のおかげで魚雷の次発装填を手早く完了させることができた。
瑞雲と二式水戦も、艦娘達を援護しようと前方の敵艦隊に向かって飛んで行き、機銃を乱射する。
深海棲艦側はチ級とハ級を前に出してきた。
「奴ら魚雷の網を被せるつもりよ!」
古鷹が20サンチ砲をチ級目掛けて発砲するが、チ級は冷静に右へ左へと回避する。
「くそ、沈め沈め!」
互いに怯むこと無く撃ち合いながら接近する。と、急降下してきた瑞雲が、片方のチ級の背中に向かって集中銃撃をかけた。
不意を突かれたそのチ級は思わず振り返ったが、それが仇となった。曳光弾が魚雷発射管に突き刺さり、他の魚雷を巻き込んで大爆発を引き起こしたのである。
もう片方のチ級が驚いて爆沈した僚艦を呆然と見つめた。その為動きが一瞬止まり、駆逐艦勢の砲撃を浴びる羽目となった。これまた魚雷の誘爆で爆沈する。
駆逐ハ級は突撃を中止し、左右に散開して離脱を始めた。
「今のうちよ!」
古鷹達はル級フラッグシップとリ級を目指してひたすら突っ込み続けた。ある程度まで接近すると、ル級フラッグシップとリ級が砲撃を開始した。
「ひゃっ!」
古鷹の左頬をル級フラッグシップの主砲弾が掠めたのだ。だが身をすくませている暇は無い。こちらからも主砲を撃ち返す。砲弾はル級フラッグシップの手前に落下した。
至近弾の連続で艦娘達の艤装がボロボロになり始めていたが、幸いにして機関部や武器は元気よく動いている。
「目標、ル級フラッグシップ!魚雷発射ぁ!」
古鷹の号令で3人は魚雷を扇型に放った。リ級には目もくれない。
「沈みなさい!」
浜風が気合を込める。
「ぶっ飛べ!!」
加古が吼える。
しかし随伴のリ級2隻が素早く行動してル級フラッグシップの前に立ちはだかり、盾となった。庇いは成功し、リ級2隻と引き換えにル級フラッグシップは守られた。
敵討とばかりにル級フラッグシップが主砲と副砲を斉射した。
何発か直撃弾があり、火炎と黒煙が上がった。
「矢矧さん!?」
文月が切羽詰まった声を出し、古鷹は反転してすぐに駆け寄った。加古と浜風が砲撃で敵を牽制する。
「どうしたの!?」
「私達を庇って、それで…」
文月は焦燥としていた。卯月は呆然と立っている。矢矧は片膝を突いて痛みに歯を食いしばっている。中破か大破かは分からないがひどくやられていることだけは分かった。
「文月、卯月、援護して!」」
古鷹はすぐに矢矧に肩を貸して立たせると、その場をすぐに離れた。ル級フラッグシップの砲弾が着弾したのはその後だった。
「矢矧、大丈夫!?損害は!?」
「私を沈めたいなら、魚雷5、6本くらい撃ち込まないと…駄目よ!」
矢矧は答えるかわりにブツブツそんなことを言っていた。
「敵接近!!」
砲弾を回避した加古が言った。
「囲まれます!」
焦りを滲ませる浜風。深海棲艦は艦娘達を包囲しようとしていた。
「加古、殿をお願い!奴らと一旦距離を取るわ!」
「私達が矢矧さんを曳航するよ!古鷹さんは応戦して!」
そう言う文月はもう矢矧に肩を貸し始めている。古鷹の横には卯月が立っていた。
「火力では古鷹さんが上だピョン!」
「…そうね!分かった、矢矧をお願い!」
「ピョン!」
卯月は古鷹と交代し、文月と協力して矢矧を曳航し始めた。空いた方の手で12サンチ単装砲を持ち、撃ちまくる。
「私は良いから…早くここから離れて…」
矢矧の進言を古鷹はにべもなく蹴った。
「お断りよ!」
ちらと振り返ってそう言うと、古鷹は20サンチ砲を発射した。砲弾は惜しくも駆逐イ級の鼻先に着弾した。
「機関部が…やられてるの。足手まといになるわ」
矢矧は尚も言い張った。「私が囮になります!」
「キス島で頑張ってるみんなが聞いたら呆れるわ!」
艦隊は包囲から突破しようと全速で突っ走った。しかしどう見ても先に軽巡と駆逐が壁を作りそうだった。
「まるでいたぶってるみたいだぜ」
戦艦ル級達の砲撃を見ながら加古が言った。負傷した矢矧を連れている為に機動力は低下し、いつ当てられてもおかしくない状況だった。だが、砲弾は至近弾ばかりだ。
それも追い立てるような至近弾である。
「このままなぶり殺すつもりってことね」
「悪趣味だな」
実際、ル級フラッグシップの表情は楽しんでいる風に見える。
と、その時、泊地側上空からプロペラの轟音が聞こえてきた。無線も同時に鳴った。
「無線封鎖解除。こちら千歳、聞こえますか?」
「こちら古鷹、どうぞ」
「千代田が艦載機で援護します。その間に包囲を突破してください!」
「は、了解!」
「その後南に転針して私と合流してください!今そっちに向かっています!」
「分かりました!」
無線を切ったのと時を同じくして、新しい水上機隊が照明弾をバラ撒いていった。方向からして千歳の指揮する水上機隊であろう。
「星弾、撃ち方始め!」
古鷹達も艦載機隊が攻撃しやすくするべく星弾を四方八方にバラ撒いた。そして千代田艦載機が照明弾と星弾を頼りに降下を始める。狙うは古鷹達の前方に立ち塞がる、軽巡と駆逐艦による壁だ。
狙われていることを悟った彼らは回避行動を取り始めて隊列を乱した。
「今よ、畳み掛けるわ!」
古鷹と加古が20サンチ砲を撃ち込んだ。1発が軽巡ホ級の弾薬庫に直撃し、凄まじい爆発が起こった。
続けて艦爆と艦攻が爆撃して軽巡と駆逐を翻弄し、突破口を形成した。戦艦ル級と重巡リ級にも牽制の爆撃と銃撃がかけられる。
「突っ切れー!」
艦娘達は死に物狂いで敵の包囲網を突破した。後方でル級の砲弾が2隻の駆逐イ級に直撃し、たまらず爆沈する。
「焦って同士討ちを起こしたみたいですね」
浜風が肩越しに振り返った。
「千歳さんと合流する!」
古鷹達は千歳の指定した方角に転針し、真っ直ぐ進んだ。ル級フラッグシップは、突出しようとした残り数隻足らずの軽巡と駆逐を引き戻し、隊列を整えながら後を追い始めた。
艦娘はすぐに戻ってきて戦いを挑んでくる。であるならばこちらは準備を整えた状態で迎撃し、これを叩きのめす。これがル級フラッグシップの考えだった。
千代田艦載機の爆撃により、リ級とル級が一隻ずつ火災を起こされたが、すぐに消火を完了していた。航空隊はいつの間にか姿を消していたが、代わりに水上機が入れ替わり立ち代りやって来ては照明弾を落としていく。
対空砲火で追い払おうにも闇に紛れて視認しづらい為、無視することにした。どのみち居場所はバレているから同じことだ。

「これは…」
千歳が差し出した物を見て古鷹は驚きの声を上げた。古鷹達は、海面に突き出したとある岩場の陰で千歳と合流していた。
「ええ、魚雷ですよ。あと5本あります」
「でもどうして…」
「まだ艤装の修復が完了してなかったから、スペースがガラ空きだったんで取り敢えず積んできたんです。万が一の事を思ってね」
「そうだったんですか。有難うございます」
「取り敢えず全員に配るかい?」
加古が聞いた。
「いいえ」
古鷹は首を振り、浜風を見た。「浜風に全部積むわ」
「え…」
浜風は思わずぽかんとした表情になった。
「あなたは陽炎型駆逐艦。この中では最新鋭の駆逐艦よ。私達が奴らを惹きつけるから、その間にあなたはあのキラキラ戦艦を仕留めて欲しいの」
古鷹が指差した先には、徐々にこちらに近づいて来る深海棲艦の姿があった。ル級フラッグシップが艦隊の中心にいる。左右は通常型の戦艦ル級が固めている。水上機隊の照明弾投下は無視しているようだ。
古鷹は続けた。
「あれを沈めれば、敵は後退するはず。あれが統率しているはずだから」
「確かにそうですが…その分守りも固いはずです」
「私達が全力でこじ開けるわ。もとより沈むつもりはないから心配しないで」
言いながら古鷹は、1本の魚雷を全て浜風に手渡した。浜風はじっと両手に乗った魚雷を暫し見つめ、顔を上げた。
「分かりました。どのみち選択の余地もなさそうですし」
浜風は全ての魚雷を受け取ると、魚雷発射管に装填した。
「矢矧をお願いします」
「任せて」
千歳に矢矧を預けると、古鷹は敵艦隊に向き直った。
「浜風、タイミングは任せるわ」
「はい!」
「行くわよ!突撃ー!」
古鷹、加古、卯月、文月は喚声を上げながら突っ込んでいった。

ル級フラッグシップが右腕を振り下ろしたのを合図に深海棲艦達は砲撃を始めた。回避しながら突撃する古鷹達。矢矧を離脱させたので元の機動力を取り戻していた。
「敵艦隊の鼻先で転針するわよ!」
怯まずに向かってくる艦娘達に対応して、戦艦ル級と重巡リ級が前に出てきた。激しい砲撃で艦娘達は水柱に翻弄される。
近付くに従ってお互いの命中率が上昇し、至近弾による砲弾の破片が艤装に突き刺さる。
「うえぇん、いたいじゃないの~」
文月が悲鳴を上げた。戦艦主砲の至近弾を連続で浴びた為に小破状態に陥ったらしい。
「ちっ、こっちもやばくなってきたぜ!」
そう言う加古の機関部からは聞き慣れない音がしていた。
「加古、機関部が…!!」
「分かってるって!妖精が応急修理してるとこ!」
加古の妖精達は顔を煤けさせながら、度重なる至近弾で異常をきたし始めた機関部を宥めようと努力していた。
至近弾の連続で、いつしか艦娘達の制服もボロボロになっていた。深海棲艦がいよいよ目と鼻の先に迫る。
「面舵一杯!!全速離脱!」
古鷹達が目前で転針したのを見て、敵は追撃態勢に入った。電探観測と星弾による目視射撃により、艦娘達は激しい攻撃に晒される。
「卯月と文月は先行して!私達が殿になるわ!」
「ピョン!」
卯月は文月の手を引っ張って前進する。古鷹と加古は少し速度を緩めて卯月と文月の後ろにつく。20サンチ連装砲が後方に旋回し、ありったけの砲弾を撃ちまくる。
「古鷹、残弾がやばい!」
妖精から報告を受けた加古が言った。
「こっちもそろそろ少なくなってきたわ!」
「浜風はそろそろ動いてるかな!」
「きっとやってくれるわ!だってクールな娘だから!」

15_0.5.26 浜風.JPG

実際、浜風は岩陰から飛び出していた。敵は完全に古鷹達の方に気を取られている。
「さぁ、始めます。駆逐艦浜風、突撃します!」
浜風は機関をフル稼働させて敵艦隊の後方から高速で接近した。あと10秒くらいで敵艦隊に斬り込める距離になって、ようやく敵の何隻かが気付いて振り向いた。
しかし浜風はいささかも怯まなかった。決死の突撃を続ける。幾分虚を突かれた様子で、敵艦隊の砲撃に若干の間があった。
「今更気付いたようですが、もっと早く気付くべきでしたね」
最初に重巡リ級が砲撃してきたが、焦ったのか浜風の遥か頭上を通過した。
次に2隻の駆逐ハ級が左右を挟もうとするが、浜風は冷静に12.7サンチ連装砲で狙った。
「撃て!」
正確に撃ち込み、片方を撃沈、片方を落伍させた。
他の深海棲艦も撃ってきたが、右に左に不規則に動いて的を絞らせず、ただひたすらル級フラッグシップを目指す。魚雷の発射準備は既に完了している。
「あともう少し…」

「見ろ!敵艦隊の隊列が乱れてるぞ!」
「浜風ね」
「グッドタイミングで助かったぜ!」
「援護するわ!転舵反転!再度突撃を敢行する!」
「うわ、無茶な事仰るぜ!」
そうは言いながらも加古はやる気満々だ。
「同じ駆逐艦として負けてられないよ!」
文月が卯月に言った。
「睦月型だって強いんだって事を教えてやるんだピョン!」
4人はまた敵艦隊に向かって行った。

浜風も古鷹達の反転を確認していた。艦隊内に斬り込んだ浜風と、向き直った古鷹達の両方に対処する羽目となった深海棲艦達は混乱に陥っていた。
この隙を逃す浜風ではない。
「今だ!」
浜風はル級とル級の間をすり抜け、ル級フラッグシップの前に踊り出た。途端にル級フラッグシップから一斉射が来た。
これを予期していた浜風は身を屈めて砲弾を全弾回避。振り返ろうとしていた背後の2隻のル級の背中に何発かが直撃して同士討ちを引き起こした。
装填中は無防備だ。フラッグシップは回避運動をしながらたまらず機銃を撃ってきた。その間隙を掻い潜って浜風は遂にル級フラッグシップを捕捉した。
「落ち着いて狙って…」
浜風は素早く深呼吸すると、「今度こそ、沈みなさい!」
魚雷6本全てが海中に踊りこみ、ル級フラッグシップに襲いかかり、全弾が直撃した。手応えがあり、轟音と共にル級フラッグシップの断末魔が上がった。
「やった!!」
加古が右手の拳を突き上げた。卯月と文月の顔もパッと明るくなった。
「こちら浜風。ル級フラッグシップの撃沈を確認しました」
古鷹も緊張の表情から一変して満面の笑顔になった。
これによって深海棲艦の戦意がたちまち喪失に追い込まれた。
「全弾使い切るまで蹂躙!」
古鷹達は敵艦隊に斬り込むと、離脱を図る深海棲艦達に残った砲弾と機銃弾を思う存分浴びせていった。
逃げることが出来た軽巡や駆逐艦は合わせてほんの1、2隻であり、重巡リ級も更に1隻が沈められ、戦艦ル級はその耐久力故に生き残りは全て離脱できたが無視できない損傷を負っていた。
兎にも角にも、古鷹達は敵艦隊の夜襲を撃退することができたのである。
戦闘時には気付いていなかったが、古鷹達は中破に近い損害を被っていた。
「なんとか、追い返したね」
加古の言葉に首肯しながらも、古鷹は鋭い視線を闇の向こうに向けた。
「ええ。でもまだ終わっていないわ」

続く


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