艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第7話 追撃 chase

Last-modified: 2015-04-14 (火) 21:26:45

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艦これ 二次創作小説 キス島撤退作戦 第7話 追撃 chase

「艦載機の収容は無理ね」
千歳は傷ついてフラついている戦闘機を心配そうに見やった。
「せめて損傷機の収容だけでも…」
「無理よ。着艦作業中に攻撃を受けたら、全艦載機の帰る場所が無くなるわ」
「…くそ」
奥歯を噛みしめる千代田。忌々しそうに深海棲艦機を睨みつける。
「攻撃隊の一部にフラッグシップ級とエリート級が確認できます」
古鷹が双眼鏡で敵攻撃隊の動きを追う。人類は赤く光る深海棲艦とその艦載機をエリート級、金色に光る深海棲艦とその艦載機をフラッグシップ級にグループ分けしていた。
発光していないタイプと比べて戦闘能力が高く、練度を重ねた空母娘でないと苦戦を強いられる事で知られている。
「兎に角、着艦作業は中止よ。着艦予定機には上空に退避するよう指示を出して」
「了解」
「…仕方無い、分かったわ」
「泊地より暗号受信。直ちに泊地まで後退の命令です」
古鷹の知らせに、千歳は頷いた。
「艦隊反転。泊地まで交代するわよ!」
「敵が攻撃隊形を作り始めたぜ」
加古が警告した。
「どうするの、一度に全部は相手にできないわ」
「直衛部隊には1つだけ相手にしてもらうわ。それで私達の負担を減らすわ」
「じゃあ、どれを狙うの?」
「古鷹、私達に一番近い攻撃隊は?」
「…11時方向より接近中の攻撃隊ですね。エリート級が混ざっています」
「有難う。それを迎撃するわ。あとは私達で凌ぐしか無い」
「でも大鳳の烈風ではエリート級の相手はきついわ」
「私と千代田がエリート級を、大鳳は通常型に対処。良いわね?」
「分かりました」
大鳳が即座に返答した。大鳳も自身の練度を知っている。
しかし空戦が始まる数十秒前、異変が起こった。爆弾や航空魚雷を搭載した深海棲艦機が一斉にそれらを投棄し、一斉に襲い掛かってきたのだ。
「そんな、馬鹿な!!」
千歳が思わず叫ぶ。そうこうしているうちに空戦が始まった。敵は数で圧倒していて、特に烈風と紫電改ニが集団戦法で優先的に狙われている。必死に応戦しているが、1機また1機と撃墜されていく。
更に悪いことに、各攻撃隊の戦闘機が増援に向かい始めた。
艦娘達は深海棲艦側の意表を突いた戦法に呆然となり、残る2つの攻撃隊が攻撃を開始したことに気付くのに遅れてしまった。
「て、敵機、突っ込んできます!!」
最初に気付いたのが大鳳だった。古鷹と加古が三式弾を発射したが、咄嗟撃ちだった為に狙いは大きくはずれて炸裂した。既に間合いを詰めてきている。攻めてきているのはエリート級と通常型であり、
フラッグシップ級は艦隊の周囲を旋回して様子見をしている。
必死に弾幕が張られるが、対処に遅れた焦りで照準がかなりブレており、なかなか命中しない。敵が狙っているのは大鳳だ。通常型の集団が始めに爆弾を投下した。爆弾は大鳳の周囲に至近弾を林立させ、
大鳳は水煙の中にすっぽりと包まれた。エリート級艦載機が動き出したのがそのタイミングだった。千歳が注意を喚起する。
「大鳳、次に気を付けて!!」
「はい!」
水柱が収まり、びしょ濡れの格好で大鳳が姿を現した直後、エリート級艦爆が機銃を乱射しながら急降下してくるのが目に入った。
「そうはさせないピョン!!」
卯月が大鳳の上空に弾幕を張るが、さすがはエリート級艦載機、軽く機体をずらして弾幕をすり抜けていく。大鳳からの対空砲火にも怯まない。2機が被弾して爆発したが、残りが一斉に爆弾を投下した。
再び発生する水柱。しかし3発が大鳳に直撃した。が、金属同士がぶつかる鈍い音と共に爆弾は3発とも明後日の方向へと弾き飛ばされた。
「ぬお!?弾いた!?」
「ピョン!!」
加古と卯月が驚きの声を上げる。大鳳も最初は我を忘れていたが、すぐに気を取り直して対空戦闘を続行する。
「この程度、この大鳳はびくともしないわ!」
「さすが装甲空母…」
古鷹が嘆息を漏らしたが、妖精が慌ただしく服を引っ張った。「どうしたの?」
妖精は左舷側を何度も指さしている。ちょうどエリート級艦載機が魚雷を投下して退避していくところだった。数は10本くらいか。
針路は明らかに大鳳を狙ったものだ。
「左舷より魚雷!!」
古鷹は大鳳に向かって叫んだが、大鳳は次から次へと襲い来る爆撃を回避する事に全力を上げていたので、舵取りが思ったように上手くいかない。
自分が魚雷の盾になるべきか?いや、そんなのは無意味だ。
その間にも魚雷は接近してくる。魚雷は大鳳の未来位置を捉えており、このままでは魚雷を何本も片舷に食らって致命傷になりかねない。敵の艦爆は回避行動を阻止する為に、大鳳の動きを爆撃と銃撃で拘束している。
「どうすれば…!!」
その時古鷹の頭の中で1つの考えが閃いた。そうとなるとモタモタしてはいられない。
古鷹は主砲の砲身を魚雷に向けた。中身は3式弾。
「主砲狙って、そう…。撃てぇー!」
発射された3式弾は魚雷の進路上に着弾、海中で爆発した。その煽りを浴びた魚雷は残らず爆発した。
「ナイス!」
偶々その場面を目撃した千代田が右手の親指を立てた。
「フラッグシップ級が動き出したピョン!!」
卯月が高度を下げ始めたフラッグシップ級艦載機に砲口を向けた。今まで高みの見物をしていたフラッグシップ級艦載機の部隊が、機首をこちらに巡らせて向かって来る。
互いに距離を取っているところから見ると、三式弾による被害を軽減しようとしている事は明らかだ。それでも古鷹と加古は三式弾を放ち、フラッグシップ級艦載機の数を減らそうとする。
続いて高角砲と機銃による弾幕が張られるが、さすがはフラッグシップ級、機体を小刻みにずらして回避していく。古鷹はここで、フラッグシップ級艦載機の半数が自分に向かってきている事に気付いた。
「…まさか、私を!?」
フラッグシップ級艦載機は、古鷹が主砲で魚雷を爆破したのを見て、優先して撃破すべき護衛艦艇と判断したらしい。半数が大鳳、半数が古鷹を狙っていた。
「くっそお、こっちを狙いやがれ―!!」
加古が高角砲弾と機銃弾をバラ撒いて自分に注意を向けようとするが、彼らの狙いは古鷹に絞られており、加古は眼中に無いようだ。
敵機の機銃弾がシャワーのように降り注ぎ、続いて爆弾が落下してきた。回避する古鷹だったが、2発が古鷹に直撃した。
「古鷹ああああああ!!」
加古の絶叫が爆発音の中から響き渡る。
「く…」
苦悶の表情を浮かべる古鷹。「ダメージコントロール、急いで!」
妖精達が損傷箇所を急いで調べて回り、古鷹は痛みをこらえながら顔を上げた。
「古鷹、魚雷が来るぞ!」
加古が向こう側を指差す。古鷹にも艦攻部隊が魚雷を投下して退避していくのが目に入った。
「加古、三式…きゃあ!!」
古鷹に向かってフラッグシップ級艦載機の急降下爆撃の第二波が襲い掛かってきた。
「させるかあ!!」
「加古!?」
加古がいきなり近付いてきて古鷹を庇う位置に立ったのだ。「ちょっと、何を…!?」
加古は古鷹の抗議を無視して雄叫びを上げながら主砲を向ける。
「おらあああああああああ!!」
投下された爆弾は加古を捉えていた。古鷹にはその光景がスローモーション再生になって映った。加古は機銃を撃ちまくりながら、その弾幕の中に向かって主砲を発射した。直後、爆発音と共に熱気が2人に吹き付けてきた。
「あっつ!!」
熱風の前に加古が思わずよろめいた。爆弾は一発も落ちてこなかった。加古が頭上で三式弾を機銃弾で爆破し、艦爆の投下した爆弾を誘爆させたのだ。
だが古鷹が言い掛けた「三式弾」という言葉を加古が理解したのかそうでないかどうかを詮索する間は無かった。次は魚雷の回避だが、爆弾に対処している間に魚雷は更に接近してきていた。。
主砲で狙いを付ける時間は無い。このままでは命中する。
と、背後からプロペラ音が近くなってくるのに気付いた。古鷹と加古がほぼ同時にそっちに顔を向けると、勢い良く突っ込んでくる2機の零戦52型の姿があった。
いずれも損傷した機体だ。2機の損傷した零戦は古鷹と加古に食いつこうと殺到する魚雷の群れに向かって発砲した。機銃弾が海面を叩き、やがて何発かが魚雷を捉えた。
魚雷はまたも進撃を阻まれ、誘爆して全滅した。
「やった!!」
そう叫んだのは千代田だった。古鷹が三式弾で魚雷を爆破したのを見たからこそ思いついた手段だった。上空へ退避中だった損傷零戦を急遽呼び戻したのである。
「千代田、助かったぜ!」
加古が千代田に手を振る。千代田も手を振り返した。
古鷹の方は自身の損傷箇所を確かめていた。対空兵装がいくつか破壊されて射撃不能に陥っており、その他にも3番主砲塔の旋回装置が損傷していた。幸い、魚雷発射管や弾薬庫に直撃弾や火災は無かったようである。
「良かった…」
古鷹は安堵の溜息をつくと、今度は大鳳を気にした。「大鳳、怪我は!?」
「軽いです!飛行甲板が凹んだ程度です!」
大鳳は元気な声で返した。フラッグシップ級艦載機の爆弾も大鳳の装甲を破るには威力が足りなかったようである。
戦闘はその後も20分に渡って続いたが、古鷹以上の被害を受けた艦娘は出さずに切り抜けた。敵機はなんとか大鳳の装甲を貫こうと試みたようだが、ほとんどが弾かれるか貫通する前に爆発してしまった。
次は大型爆弾を持参して対抗してくることだろう。
戦闘が一段落つくと、千歳は全員を見回した。
「みんな、被害報告を」
艦娘達は呼吸を整えながら損害の状態を確かめて次々に千歳に報告していった。最も損傷を被っていたのは中破の古鷹で、残りは小破だったり損傷軽微だった。
だが戦闘機の損害は大きかった。集中攻撃を受けていた大鳳の烈風はもはや数機しかなく、紫電改ニや零戦52型も多数が撃墜され、生き残った機体も損傷が激しかった。
敵機がいなくなってからしばらくして帰還した攻撃隊の護衛を務めていた戦闘機を防空に回すとしても、当初よりも半分以下に数が落ち込んでいた。
「第二次攻撃隊を出すのは無理ね」
「いいえ、出すべきよ。攻撃は最大の防御と言うじゃない。敵空母の発着艦ができないようにすれば、それだけこっちが受ける被害を減らせるわ」
千代田の反論に、千歳は首を横に振った。
「戦闘機の数が圧倒的に足りないわ。補用機を合わせても、攻撃隊の護衛用と艦隊の防空用の2つに配分できるだけの数が無いから、攻撃隊の全滅を覚悟するか、私達が大破するかのどちらかを選ばないといけないわ」
「でも…このまま何もしないわけには…」
「私だって受け身の立場は気に入らないわ。艦爆と艦攻がまだそれなりに残っているのに出せないなんて、不本意よ」
「じゃあ出そうよ」
「駄目よ。提督からは帰投命令だ出たことだし、それを最優先する。つまり私達は生き残らなければならない。今は生き延びることに専念するしかないわ」
千代田は不満そうに唸る。
すると大鳳が静かにこう言った。
「帰ろう。帰れば、また来られるから」
艦娘達が大鳳に視線を向ける。彼女達の視線を浴びて、大鳳は少し緊張しているようだった。「こういう言葉が、ありましたよね」
それは横須賀鎮守府で初霜が引用した、木村昌福少将の言葉だった。千歳と千代田もその事を思い出した。
「…ちょっと、無理しようとしてたのかもね」
千代田が自嘲するように言った。「お姉、つい感情的になっちゃってゴメンね」
「気にしないで。とにかく泊地に帰投するわよ。大鳳、有難う」
「いえ、そんな大したこと言ってないです」
大鳳が顔を赤くしながら手を左右に振る。「なんだか、偉そうなこと言っちゃったかな、って」
「そんな事無いピョン!大鳳姉さんは良い事言ったピョン!」
卯月が右手のピースを大鳳に向かって突き出す。彼女も至近弾で若干の損傷を負っていたが、行動には何ら支障は無かった。
「へー、卯月ちゃんはいつから大鳳の妹になったってんだ?」
「ぷっぷくぷ~、うーちゃん、そんなつもり無いピョン」
加古のからかいに、卯月がふくれっ面になる。
「そんなことしても余計にかわいくなるだけなんだけどねー」
空気が和んだところで、千歳は大鳳の横につけ、彼女の左肩に手を置いた。やや放心状態だった大鳳は思わずビクッとして千歳を見た。
「え、あ…何でしょうか」
「よく耐えたわ。上出来よ」
「自分の事で精一杯でした」
「でも艦隊からはみ出なかったわ。孤立した艦は良い的だから」
「鳳翔さんのおかげです。艦隊行動をしっかりと叩き込んで頂きましたから」
「でも疲れたんじゃない?」
大鳳は背筋を伸ばした。
「いえ、そんな事はありません。まだまだいけます」
「きっと疲れてるわよ。今は気持ちが張り詰めているから、疲れを感じないだけなの」
「大丈夫です。私は疲労していません。確かに気持ちは張り詰めているかもしれませんが…」
早口でまくし立てたので、息継ぎをする時に、呼吸を無理矢理制御していた事が露呈した。大鳳は右手で胸を押さえながらハアハアと息をした。
「今のうちに休んでおきなさい。敵の空襲はまだまだ続くわよ」
千歳はポンポンと肩を軽く叩くと、古鷹の様子を見に行った。

「提督、機動部隊から報告が入りました」
矢矧、浜風、文月は硬い表情で鳳翔を見た。T提督は無表情だ。
「聞こう」
鳳翔はあくまで事務的に艦隊の被害状況を読み上げた。
「かなりの損害が出るものと覚悟していたが」
T提督だけでなく、艦娘達も同じ気持ちだったようで、表情が僅かに緩んでいる。兎にも角にも全員無事だという事を知ることが出来たのだ。
「恐らく1個機動部隊分の敵機群が、直衛隊を攻撃したことで攻撃部隊の数が減ったこと、及び大鳳に攻撃が集中したことで、結果的に艦隊の被害が軽減されたのでしょう。
あの娘は装甲空母ですから、生半可な爆撃では通用しません。それが練度を補っているものかと」
「装甲甲板は伊達では無い、か」
T提督は感心したように呟いた。
「ですが、すぐに敵はその対応をしてくるでしょう」
矢矧の指摘に、浜風と文月の表情が再び曇った。
「ここからが正念場ですね」
鳳翔が口元を引き結んだ。
T提督は海図を一瞥すると、艦娘達を見渡した。
「出動準備に入れ」

無傷の機体、応急修理を終えた機体、そして組み立てた補用機を加えても、防空隊の数は心許なかった。しかし千歳の懸念は、次に受ける攻撃で大鳳が大損害を受けるのではないか、ということだった。
深海棲艦側は、この新鋭艦娘を確実に撃破する為に、次は大型爆弾を携えてくるはずだった。先程の空襲における大鳳の回避運動は、練度が低い事を露呈した。
幸い、持ち前の装甲甲板で貫通を許さなかったが、今度は跳弾する保証などなかった。
かと言って模擬弾は当然ながら持ってきていないから、訓練は出来ない。
そこで千歳は、戦闘機を基本的に大鳳の防衛の為に使うことにした。自分を含む随伴艦娘が危険に晒されるだろうが、そこは練度で何とかするしかない。
だが練度のみで切り抜けられる程現実は甘く無いという事は千歳も十二分に承知していた。練度に加え、十分な装備があってこそ満足に戦えるというものである。
幸いにしてT提督から泊地への撤退命令が下ったので、大きな損害を被っても撃沈さえしなければ、帰り着いて修理することは可能だ。
それにしても1個攻撃隊全機が襲い掛かってくるのは予想外だった。多用途機である深海棲艦機ならではの戦法と言える。
しかしながら同時に、思い切った策を取ったものだと千歳は考えた。
「千代田、さっきのあの戦法、どう思うかしら?」
「どの戦法のこと?」
「ほら、1個分の攻撃隊全部が爆装を投棄して防空隊に向かってきたじゃない」
「ああ、あれね。ホント、今思い出してもムカムカするわ」
「でも思い切った事をしてきたものよね」
「え?」
千代田はよく分からないといった顔をした。
「思い出して。敵はキス島を攻略する前にここにやって来た。つまりこれは…」
「補給と兵站を整えていないのに、ああいう事をした、ということ?」
「ええ、そうよ」
千歳は2度頷いた。「普通に考えて、貴重な弾薬をドブに捨てたようなものよ。それをしてまで、奴らは大鳳の撃沈を試みた。確かにこっちの戦闘機を気にせずに攻撃に専念することはできた…」
撃沈という単語に、大鳳は思わず凍りついた。「でも失敗した。装甲甲板のお陰で、あの攻撃を切り抜けられたわ」
「でも次は、敵もちゃんと準備してくるわよ」
「でしょうね。ただ補給が限られた状況下で、場所を取る大型爆弾をあまり積んできていない可能性もあり得るわ」
「補給艦から補充とか交換してもらうって手があるわ」
「それには時間が掛かるわ。その間に私達は泊地に辿り着いているでしょうね。基地航空隊の影響圏内に入ってしまえばこちらのものよ。こちらは当分補給に支障はないけれど、深海棲艦側にはそれが無いわ」
「…つまり手数で勝負してきた、ってこと?」
「あくまで私の推測だけどね」
それから30分間、艦隊は全速で泊地に戻るべく、静かに航行し続けた。その間も艦娘達は油断無く警戒を継続して敵襲に備える。
やがて早期警戒隊が敵を捉え、数分後には小さな黒点群として再び姿を現した。前回と同じく3個攻撃隊分の数だ。大鳳達が攻撃した機動部隊はどうやら参加していないようである。
「大型爆弾を抱えている機体を複数確認」
古鷹が双眼鏡で敵攻撃隊の武装を識別した。
「どれくらい?半数以上?」
千歳の問いに、古鷹は各攻撃隊をざっと観察してから答えた。
「いえ、それ以下です。フラッグシップ級とエリート級を中心に搭載しているようです」
「分かったわ」
千歳は無線機に触れた。「各機、エリートとフラッグシップの爆装機を集中攻撃。それ以外は無視して」
やがて空戦が始まったが、防空隊は通常型を無視してエリート級とフラッグシップ級だけを狙った。しかし戦闘機に由る防空網は薄い為、続々と攻撃隊が艦隊に襲来し、再び対空砲火が火蓋を切った。

「それでは、出撃します」
「頼んだぞ」
鳳翔達とT提督は敬礼を交わした。
「第二次攻撃を切り抜けられれば、望みはかなり高くなるな」
「ええ。私はあの娘達が切り抜けられると信じています。多少の怪我はあるでしょうが」
「ああ。一刻も早く合流してくれ」
「分かっております」
鳳翔は力強く頷いた。矢筒に入っている艦載機は零戦52型、零戦62型、天山である。「提督も気を付けて下さい。艦娘が1人もいなくなりますので」
「やっぱりせめて1人は残しておく方が良いかと思いますが」
矢矧が納得しかねる表情で言った。
「もし爆撃するならとっくの昔にやってるはずだ。交戦が始まってからかなり時間が経っているが、敵影は認められていない」
「でもやはり不安なものですね」
そんな浜風の肩を文月がポンポンと叩いた。
「まあまあ、提督がああ言ってることだし、大丈夫だと思うよ~」
「非常に楽観的ですね」
「浜風こそ硬すぎだよ~」
「では皆さん、行きますよ」
鳳翔が促し、矢矧を先頭に単縦陣で出港した。
「やれやれ、俺1人になっちまったか」
艦娘達が水平線の向こう側に消えると、T提督は溜息を付いた。と、足元を引っ張る感覚がして下を見ると、1人の妖精が見上げていた。
鳳翔が予め残していった妖精で、T提督が基地航空隊の統率を任命していた。鳳翔の妖精の背後には、数名の妖精が横一列に整列して立っていた。執務室でT提督の補佐を務めるチームだ。
「そうか、君達がいたな」
T提督は苦笑すると、執務室に戻るべく踵を返した。妖精達がT提督の後ろから必死に走ってついてくる。それを見たT提督は立ち止まると、右手を妖精達に差し伸べた。
妖精達は一礼すると彼の右腕によじ登った。T提督は右腕を胸の前で、あたかも釣り包帯をしているかのように横向きに固定すると、再び歩き出した。腕の上で妖精達は両手を突いて座り、足をぶらぶらさせている。
「軽いんだな」
T提督が妖精達を見下ろすと、妖精達は不思議そうにT提督を見返した。

損害は思ったよりもひどくなかったので、千歳は胸を撫で下ろした。敵の第三次攻撃で、大鳳は大型爆弾を2発を同時に浴びた。千歳は大破を覚悟したのだが、やはり装甲空母はひと味違ったようだ。
通常の空母なら大破していてもおかしくないのだが、装甲甲板が損傷を少なからず抑制することに成功したようだ。防空隊は大鳳に近付く大型爆弾搭載機を集中して妨害し、撃墜したり狙いを反らしたりした。
そのおかげで大鳳に多数の大型爆弾が命中するのを回避することができた。
中型と小型爆弾を装備した艦爆は、千歳、千代田、古鷹、加古を狙ったが、古鷹と千代田に1発ずつ小型爆弾が命中した以外は直接の被害はなかった。
雷撃機の魚雷は、スレスレではずれた数本を除けば楽に回避した。
艦娘達の弾幕に怯んで遠距離で投下した魚雷は基本的に無視し、弾幕を恐れずに距離を詰めてきた雷撃機の投下した魚雷だけに注意したのである。
千代田は飛行甲板が損傷したものの、応急修理で艦載機の発着艦が可能になった。
一方で古鷹はいささか不運だったようで、右舷側の魚雷発射管付近で火災が発生し、誘爆を防ぐ為に止む無く右舷側の酸素魚雷を全て放棄する羽目となった。
千歳の想定を遥かに下回る損害だったが、彼女を最も驚かせたのは、中破になっても艦載機の発着艦が可能な大鳳の強靭さだった。
これもまた装甲空母の特徴であると、千歳は大鳳の妖精から説明を受けた時に知った。
「第三次攻撃も何とか乗り切ったわね。泊地までもう少し、頑張るわよ!」
苦痛の表情の大鳳を介抱しながら千歳は艦娘達を励ました。
「敵は大型爆弾を使い切ったかしら?」
千代田が応急修理箇所を左手でさすりながら聞いた。
「うーん…まだ数発残しているかもしれないけど、弾薬をかなり使い込んだ事だけは確かね。恐らく第三次攻撃で限界のはずよ。あとは補給艦から補充してもらうしかないから、泊地に退避する時間は十分にあるわ」
「今度は…生きて帰れるのですね。母港まで!」
大鳳の表情がパッと明るくなった。何故ならマリアナ沖海戦が、艦艇時代の彼女の初陣であり、最後の戦いだったからだ。千歳と千代田もその海戦に参加していたので知っている。
千歳は自分の肩にまわさせた大鳳の左腕をギュッと握る。
「ええ。だから少しの辛抱よ」
「はい!」
「鳳翔さんより暗号を入電。こちらの支援に向かっているとのことです!」
顔が煤けた古鷹が笑顔で報告した。一同の顔が綻ぶ。
「合流指定地点は?」
古鷹が読み上げた地点を確かめる為、千代田が懐から防水性の海図を取り出して開いた。艦娘達が千代田に集まる。しかし卯月は背が低いので海図を見ることができず、加古がわざとらしい同情の表情を浮かべて卯月の右肩に手を置いた。
「泊地に近いわね」
千代田が合流地点を指で押さえた。
「ここからだと最大速度で大体2時間くらいね。第四次攻撃があるかないか…」
「戦闘機はどのくらい残ってますか?」
古鷹が海図から顔を上げた。
「多くはないわ」
千歳は首を左右に振った。「損傷機体も多いし、修理できない機体もあると思うから、思ってるよりもっと少ないかもしれない。艦爆と艦攻がそれなりに残っているのが、なんとも皮肉な話ね」
「流星ならそれなりに空戦できるはずだし、彗星なら急降下で一撃離脱戦法が使えるはずよ」
千代田がそう提言したが、千歳は乗り気で無かった。
「でも戦闘機じゃないわ。無駄に艦載機を失うだけの結果となるのが落ちよ」
「艦隊を少しでも守る力になるのなら、無駄じゃないわ」
「たとえ戦闘機が少なくても、うーちゃんが守ってみせるピョン!」
卯月が腰に両手を当てて胸を張った。
「まあ、あたいらは気合満々なんだけど、そろそろ限界なんじゃない?敵さんも泊地に逃げ込まれる前にもう一撃仕掛けたがってるだろうし。残った弾薬全部使って」
加古が肩をすくめる。
「それが終われば補給の時間だろうから、これを乗り切るのに形振りかまってられないと思うわ」
千代田が再び彗星と流星を防空に使う事を千歳に迫った。2、3秒の間を置いてから、千歳は千代田を見た。
「…で、作戦は?」

「敵はいなかったわ」
「同じく」
前方警戒として送り出して戻ってきた暁と響が三日月に報告した。三日月は頷くと、「おおすみ」との回線を開いた。
「こちら三日月。『おおすみ』どうぞ」
すると「おおすみ」副長が出た。
「こちら『おおすみ』、どうぞ」
「進路上に敵影は認められませんでした。先程の打ち合わせ通り、このまま進み続けます」
「了解」
「本当に何も現れませんね。かえって不気味です」
初霜が周囲の海原を左右に見回した。
救助艦隊は敵艦隊との遭遇を避ける為にモーレイ海の外縁部を大きく迂回してキス島に接近する進路を取っていた。今のところは深海棲艦は出現しておらず、たった今帰ってきた暁と響の索敵に由る前方警戒でも敵の存在は確認できなかった。
「囮艦隊の効果は、想像以上のものだったということか…」
若葉がモーレイ海の水平線の向こうを見据えながら言った。艦娘達は若葉の視線の先に顔を向けた。

千代田15.4.14 千代田.jpg

「来たわ。準備は良い?」
「全機配置についたわ」
今度も3個機動部隊分の敵機だった。ただしその数は当初よりおよそ半分位に減少していた。
「敵機、散開を開始!」
双眼鏡で監視する古鷹が注意を促した。
「戦闘機部隊、迎撃始め!!」
千代田の指示で残存戦闘機部隊が敵機に向かっていった。すると各攻撃隊の護衛戦闘機が編隊から離れ、数に物を言わせて直衛隊に襲いかかる。
直衛隊は敵戦闘機隊との直接の交戦を避けるように少しずつ艦隊の上空から遠ざかっていく。完全に撃滅できると踏んだ敵戦闘機隊は1機残らず直衛隊を追撃していた。
それを見た千代田はニヤリと笑った。
「さあ!艦爆隊、艦攻隊、出番よ!」
数秒後、雲の中や太陽を背に隠れていた彗星と流星の部隊が姿を現し、今正に攻撃に移ろうとしていた艦爆と艦攻に向かってまっしぐらに急降下を始めた。艦攻ながら急降下爆撃も可能だからこそできる流星ならではの技だ。
急降下で一気に距離を詰めた彗星と流星部隊は機銃を放った。無数の火線が攻撃隊を襲い、バラバラと敵機が落下していく。
それでも攻撃を試みる機体が大半だったが、中には武装を投棄して戦闘機状態となって応戦してくる機体もあった。戦闘機状態となった深海棲艦機に対して彗星と流星はただ逃げるしかない。
だが千代田は時間差を置いて第二波を後続させており、第二波には、この戦闘機状態となった深海棲艦機が、味方機を撃墜しようと後ろを取った時に更にその背後から攻撃して撃墜する役目を担わせていた。
効果はあり、目の前の獲物に集中していた敵機は背後から銃撃を浴びて墜落していった。攻撃隊の異変に気付いた護衛戦闘機隊は引き返そうとしたが、今度は引き返してきた直衛隊の追撃を受ける羽目となった。
混乱に陥った攻撃隊の攻撃の統率力は半分以上落とされたので艦隊の防空戦闘の負担は激減した。各個攻撃を試みた機体は弾幕によってことごとく投弾を誤り、ただ水柱を上げたり見当違いな方向へ魚雷を投下したりした。
第三次攻撃で今度こそ艦娘達を壊滅させるつもりだった深海棲艦攻撃隊はその意図を挫かれる形となった。
戦闘は20分で終了した。艦隊は至近弾によって僅かな損傷を受けた他は特に目立った被害は無く、第三次攻撃を切り抜けることができた。
しかし激しい空戦によって艦戦、艦爆、艦攻のいずれもが激しく消耗していた。戦闘機では無い艦爆と艦攻ではやはり限界があり、戻ってくる事に成功した敵の戦闘機によって撃墜された機体は多かった。
艦戦も更に数を減らしており、防空能力はほぼ喪失してしまった。
それでも敵の三波に渡る攻撃を凌いだ事で、千歳の読み通り、敵機動部隊は航空燃料と弾薬を補給艦から補充してもらう為に攻撃を中止せざるを得なくなっていた。
それでなくとも艦隊は泊地航空隊の勢力圏内にかなり近づいていたので、第四波が襲来しても味方機の十分な援護を受けることができていたであろう。
「…やったわ」
去っていく敵攻撃隊を見送りながら、大鳳は安堵の溜息をついた。
「ええ、やったのよ」
千歳は一同を1人1人見回した。「みんな、もう大丈夫よ」
艦隊全体の緊張が急激に抜けていくのが感じられた。加古にいたっては大きく伸びをしながら遠慮の無い大きな欠伸をし、古鷹が呆れ顔で見ていた。しかし古鷹も肩の力が抜けてダランとしていた。
そこで千歳は再び気を引き締め直す為に口を開いた。
「ちょっと緩み過ぎよ。最後まで気を抜かないで。疲れているだろうけど、油断はしないで」
艦隊は周囲の警戒を続行しながら泊地を目指した。

鳳翔から発艦した天山艦攻が大鳳達を見つけたのは第三次攻撃が終了して20分後のことだった。鳳翔は囮機動部隊から受けた敵の第二次攻撃の報告の時間から逆算して、大鳳達がいるであろう海域を推測して天山を飛ばしていたのである。
鳳翔の予想は当たり、発艦させた天山による偵察隊のうちの1機が、泊地に急ぐ大鳳達を発見した。
「みんな無事のようですね」
天山の視点を通して機動部隊の面々を確認した鳳翔はそう言った。
「早く合流しましょう」
先頭を航行する矢矧が振り返った。
浜風と文月は互いに笑顔を浮かべてうんうんと頷き合っている。
「無線封鎖を解除しますか?」
矢矧の問いに、鳳翔はほんの一瞬考えた後、同意した。
「ええ。無線封鎖、解除しましょう」

「こちら鳳翔。機動部隊の皆さん、聞こえますか?」
千歳が応答した。
「こちら千歳。あの天山は鳳翔さんのものですか?」
「ええ。見つけられて良かったです。皆さん全員無事なようで何よりです。よく頑張ってくれました」
「こちらも見つけてもらえて力が抜けそうです」
鳳翔が口に手を当てて控えめに笑う様子が無線越しに伝わってきた。
「泊地まであと少しです。もう少し頑張ってください」
「はい。そちらとの合流まであとどれくらいですか?」
「そうですね。30分もあれば十分ではないでしょうか。こちらの位置をお伝えします」
「了解」
鳳翔が伝えた位置に向かって進み始めてから15分が経過した。
「電探に感。鳳翔さん達かしら?」
古鷹の言葉に大鳳達は一瞬気が緩みかけた。だが、加古が疑問を呈した。
「んー、にしては数が多くない?」
古鷹は電探画面を数秒間調べ、頷いた。
「加古の言う通りだわ。6隻ね」
加古が更に分析した。
「方角も鳳翔さんの教えてくれたのと違うような…大型が3隻、中型が1隻、小型が2隻…」
「敵機視認!」
大鳳が空を指差した。全員がその先に1機の深海棲艦機の姿を認めた。その瞬間、遠くでで雷鳴のような音が鳴り、呆気に取られている間に左舷前方から気を切り裂く音と共に砲弾が飛んできて大鳳達の周囲に水柱を立ち上げた。
「な、何!?」
千代田が悲鳴を上げる。
「鳳翔さん、聞こえますか!?」
「こちらでも確認しました。敵艦隊ですね。水柱の大きさから判断して、戦艦です」
古鷹達は慄然とした。
「まさか…」
千歳が顔を強張らせた。
鳳翔の天山が、砲弾が飛んできた方向に向かって行った。
「加古、偵察機を!」
「了解!」
加古は急いで1機の零式水上偵察機をカタパルトに搭載する。古鷹は爆弾の被害で偵察機が損傷していて使用不能で飛ばせなかった。その間にまた砲弾が飛んできた。
そのうちの1発が大鳳に直撃して爆発した。
「な!?」
加古が振り返る。
「まずは偵察機を出して!早く!」
「わ、分かった!」
加古は零式水上偵察機を発艦させた。零偵も砲弾の撃ち主の所に向かって全速力で急行していった。
「加古と卯月は煙幕を展張!私達と敵艦隊の間に煙幕を張って!!」
「了解!」
卯月は加古と一緒に煙幕をもうもうと発生させ、艦娘達と敵艦隊との間に煙のカーテンを張って視界を遮った。お陰で砲弾はでたらめに撃ち込まれて命中することはなかった。
つまり電探射撃では無いようだと古鷹は推測した。
千歳と千代田はうずくまる大鳳に駆け寄っていた。
「大鳳、大丈夫!?」
千代田が大鳳を抱き起こし、千歳が容態をさっと確認した。大鳳は辛うじて意識を保っていたが、声を出す事さえままならないようだった。何か言おうとして顔が苦痛に歪んだ。
すると顔が煤けた大鳳の妖精が出てきて、千歳に身振り手振りで何かを伝えた。千歳は頷くと、近付いてきた古鷹に言った。
「大破一歩手前よ。次被弾すると危険だわ」
古鷹は煙幕の向こう側にいるはずの敵艦に一瞥した。
「ここから離れないと…全艦面舵90度!」
艦隊は舵を切った。大鳳は千歳が右に、千代田が左に肩を貸して曳航する。煙幕展張を完了した卯月と加古は古鷹と合流した。
「どうするピョン?」
そう言う卯月の声は震えていた。またも砲弾が飛来し、艦隊の周囲に水柱を立ち上げる。
古鷹が答えようとした時、加古の零偵から無電が入った。
「戦艦……ル級」

戦艦ル級15.4.14 ル級.JPG

艦娘達を何度も苦しめてきた戦艦ル級は、艦娘達にとって天敵と言っても過言では無い存在だった。
両手に主砲と副砲がびっしりと取り付けられた巨大な艤装を持っているのが外観上の大きな特徴であり、ここから繰り出される強力な砲撃は恐怖そのものだった。
鳳翔からも無線が入った。
「こちら鳳翔。敵の戦力は、戦艦ル級が1、重巡リ級が2、軽巡ホ級が1、駆逐イ級が2の水上打撃艦隊です。急いでその場から離脱してください。危険です!」
「現在離脱中です。ですが大鳳が大破寸前の損害を受けて全速で逃げることができません!」
数秒の間があった。
「こちらも急行します。それまで持ちこたえて下さい!」
「了解しました!」

「鳳翔さん!」
矢矧のみならず、浜風と文月も鳳翔を見た。鳳翔は迷わなかった。
「全速前進、急いで救援に向かって下さい!私もあとから行きます!」
「行くわよ!」
「了解!」
「りょーかい!」
矢矧は浜風と文月を従えて機関の出力を上げて鳳翔をグングン引き離していった。鳳翔は風上に向かって増速して合成風力を生み出し、艦載機の発艦に適した環境を作る。
鳳翔は予め選んだ矢をつがえ、弓を引き絞った。選んだ矢は爆装零戦。
「風向き、よし。航空部隊、発艦!」

重巡リ級15_0.4.14 リ級.JPG

敵艦隊を監視する零偵から新たな報告が入った。
「敵艦隊5隻接近中!」
「くそ!」
加古が悪態を突きながら双眼鏡を目に当て、薄れつつある煙幕を通して追ってくる深海棲艦を見た。「ル級は後から来るよ」
「挟み撃ちにする気だわ」
古鷹も双眼鏡で敵艦隊の様子を見張っている。リ級2隻はそのままこちらに直進、ホ級とイ級は先回りをすべく迂回を始めている。
「とにかく応戦しながら逃げるわよ、加古と卯月は軽巡と駆逐に対処、私は重巡2隻を相手にするわ!」
「ピョン!?」
加古も耳を疑った。
「は!?どうする気だよ!2対1でどうしようってんだよ!」
「聞いてる暇あったらさっさと動いて!」
有無を言わせぬ古鷹の迫力に、加古は一瞬言葉に詰まったが、とにかく従うことにした。
「…どうする気か知んねえけど、死ぬなよ、古鷹」
古鷹は微笑んだ。
「そっちこそね」
と、リ級の発砲音を聞いて古鷹達は慌てて回避した。砲弾は古鷹達がさっきまでいた位置に着弾した。更にル級の砲弾も水柱を上げた。
古鷹は態勢を立て直すと、追撃してくる2隻のリ級に向かって突撃した。
古鷹は回避行動を取りながら20サンチ砲の狙いを先頭のリ級につける。たった1隻で何が出来るとでも言わんばかりに何の回避行動もせずに突っ込んでくる2隻のリ級。
「てー!」
古鷹は気合を込めて主砲を放った。砲弾は先頭のリ級の頭上で炸裂し、先頭のリ級は奇怪な悲鳴を上げながら黒煙に包まれた。古鷹が撃ったのは三式弾だった。
不意を突かれた先頭のリ級は目潰しを食らい、古鷹の次の行動に対処できなかった。と言っても、古鷹が狙ったのはもう1隻のリ級であった。
急に対等にされた後続のリ級は慌てて回避行動を取り始めたが、古鷹は偏差射撃で砲弾を叩き込んだ。それのみならず、高角砲と機銃も撃ち込んだ。
油断に付け込まれたリ級はたちまち中破に陥った。怒り狂ったリ級は古鷹に応戦を試みるが、古鷹はリ級の周囲をぐるりと旋回しながらありったけの武器で攻撃し、リ級の損害は一方的に拡大していった。
止めに古鷹は、投棄を免れた左舷側の魚雷を2本投下した。古鷹に一矢報いようと躍起になっていたリ級は回避できなかった。2本の魚雷をまともに浴びてリ級は断末魔の叫びを上げながら轟沈した。
続いて古鷹は、ようやく目潰しによる混乱から立ち直った最初のリ級の背後から砲撃を仕掛けた。慌てて振り返った所に魚雷を2本発射した。この2本もまともに突き刺さって大爆発を起こした。
目潰しを受けたリ級は弾薬庫に誘爆して爆沈した。
「す、すげえ」
古鷹の活躍を見た加古は目を丸くしていた。加古と卯月もホ級とイ級を片付けていた。加古が正面から敵の射程圏外で攻撃し、卯月が軽快に周囲を駆け回って翻弄する連携プレイで、ホ級とイ級は次々と撃破されたのである。
加古と卯月は敵の応戦で若干の損傷を負ったが、戦闘行動に支障は無かった。
ただし卯月は10サンチ連装高角砲が敵駆逐艦の攻撃で故障したので予備に持ってきていた睦月型駆逐艦の主砲、12サンチ単装砲に持ち替えていた。
残るはル級1隻のみ。僚艦の沈没を全く意に介していないようで、口の両端を不敵にも釣り上げている。ル級は接近しながら巨大な主砲で砲撃した。
狙われた古鷹と加古は回避した。まだ距離があるので砲弾が届くまでに時間がかかる。しかし重巡の主砲の射程圏外であることは気に食わなかった。更に敵も馬鹿では無い。いずれ誤差修正して当ててくるだろうし、
こちらは大鳳の負傷で速度を制約されているので遅かれ早かれ追いつかれる。鳳翔達の救援が間に合う前にやられる可能性だってある。
古鷹は戻ってくる加古と卯月に言った。
「3人でル級を攻撃するわよ。相手は戦艦だけど、電探は無さそうだし、こっちは数的に優位よ!」
「迂回するの?」
「いや、迂回したらこっちを無視するはず。煙幕で空母への砲撃妨害しつつ、正面から突っ込むわ」
加古が激しく反論した。
「正気かい!?あたいらがやられたら空母はおしまいだよ!」
古鷹は早口で説明した。
「鳳翔さん達の助けが来るまでに持ち堪えないと意味が無い。何としてでも時間を稼がないと!」
加古もこれ以上考える時間が無い事はよく分かっていた。とても危険だが、正面突撃をやるしかない。
「…分かった」
「了解だピョン!」
「お願いするわ!」
千代田も古鷹の作戦に賛同して言った。
3人が煙幕を出し始めながら単横陣を組んでル級に向かって前進を始めた直後、砲弾が3人の頭上を飛び越えた。まさかと思って振り向くと、水柱と着弾音が鳴り響いた。
「大鳳…!」
古鷹達は大鳳の轟沈を覚悟したが、やられたのは千歳だった。千歳が大鳳を庇って砲弾を受けたのだ。上空の敵偵察機による弾着修正だろう。忌々しかったが、迂闊にも直衛機は飛ばしていなかった。
ここでも油断のツケが回ってきていた。
「千歳お姉!」
千代田が悲鳴混じりに叫ぶ。
「大丈夫…千代田…大丈夫よ。まだ、沈んでないわ」
意識を朦朧とさせながらも、千歳は千代田を安心させようと話しかけた。
「全然大丈夫じゃないじゃない!ほら、私の肩を使って!」
千代田は千歳と大鳳を曳航する状態になった。必然的に速度が弱まる。
「くっそおおおお!!」
加古がル級に向かって吠え、3人は射程圏内に入るべく、空母への攻撃を阻止する為に螺旋状に交差するような航跡を描きながら煙幕を張り巡らせる。
ル級は再び煙幕によって見えなくなりつつある空母達と古鷹達を2、3度見比べ、この邪魔な3隻を相手にすることにした。主砲と副砲の砲身が仰角を浅くして古鷹達に狙いをつけ、主砲の一部が火を噴いた。
「来るわ!」
古鷹の警告を合図に一斉回避し、砲弾は外れて海面を叩いた。
「くそお、早く射程圏内に入りやがれ!」
加古はいつでも撃てる姿勢だ。ル級は尚も発砲し、アウトレンジからこちらを仕留めようとするが、如何せん1隻だけでの砲撃だし、相手は小回りが効く巡洋艦と駆逐艦だ。
ル級は軽く首を傾げると、砲撃を一旦中止してこのまま3人との距離を縮めることにした。ル級も艦娘からの砲撃に晒されるが、こちらはタフな戦艦。そう簡単に沈むことは無い。ただ魚雷だけに注意すれば良い。
空母は偵察機が張り付いているから姿をくらましても無駄だ。
暫しの静寂が訪れ、互いに無言で近付く。
古鷹はちらりと背後を確認して煙幕は十分だと判断した。
「煙幕停止、突撃開始!」
3人は単横陣を組み、全速で真っ直ぐに突撃を開始した。加古が真ん中、古鷹が右側、卯月が左側の形だ。
あと少しで射程圏内に入ろうとした時、ル級が砲撃を再開した。砲弾は手前に着弾し、艦娘達は水柱の中を通過して全身濡れ鼠となったが、ル級が砲の仰角を調整している間に重巡主砲の射程圏内に入った。
「撃てー!」
「食らえ!」
こちらの初弾もル級の手前に落下した。まだ20サンチ砲にとっては射程ギリギリなので仕方が無い。加古の零偵から送られてくる観測情報を元に調整をし、再度砲撃。今度は夾叉を得た、つまり命中の兆候だ。
「当たれー、当たれー!」
まだ主砲が撃てない卯月が拳を突き上げて2人に声援を送る。
「次は命中させるわよ!」
「あいよ!」
しかし装填が終わる直前に、ル級が撃ち出された主砲弾が古鷹を捉えた。右腕の艤装はバラバラに破壊されてしまった。古鷹はギュッと目を瞑り、体を折り曲げて右腕を押さえている。
「…ふ、古鷹!?大丈夫か!?」
「やっちゃった。まだ…沈まないよ!」
古鷹は残った左肩の3番主砲で狙おうとするが、敵艦載機の爆撃で旋回装置が損傷させられていたので自ら体を動かして砲身を向けなければならなかった。そこへル級が追い打ちの砲撃を仕掛けてきた。
1発が古鷹に命中し、古鷹は悲鳴と共に吹っ飛ばされて海面に叩きつけられた。
轟沈の可能性に、加古は思わず絶句した。だが古鷹は沈んでいなかった。古鷹は何とか起き上がろうとしているが、力が入っていない。
一方ル級は、目標をもはや脅威では無くなった古鷹から加古と卯月へと移していた。当分古鷹が狙い撃ちされる心配は無さそうだ。
「く…このまま行くぞ!」
「了解!」
加古と卯月は突撃を続けた。もうすぐ副砲の射程にも入るはず。激しい弾幕が予想された。
「卯月、回りこんで魚雷をあの変態野郎の土手っ腹にぶち込め!あたいが囮になる!」
卯月は何か言おうとしたが、ただ「ピョン!」と応答して大きく取舵を切った。加古も面舵を切り、挟み撃ちをかけるように見せかけた。実際、ル級は重巡を狙おうと砲を向けた。
だが加古が激しく砲撃してくる光景に違和感を覚え、左に視線を移動させると、真っ直ぐにこちらを目指すに卯月が目の端に映り、ル級は加古が囮だと気付いた。
さっと半回転して卯月に艤装を向けると、副砲を動かした。自分に向けられた砲口が目に入り、卯月は恐怖で硬直してしまった。
「くそ!卯月、そっちが狙われてるぞ!」
加古の大声とル級の副砲が火を噴くのとはほぼ同時だった。卯月は対処に遅れ、副砲の直撃弾を浴びた。卯月も海面に倒れ伏したが、奇跡的に轟沈はしなかった。
加古は歯ぎしりした。
「鳳翔さん、まだですか!?」
鳳翔の代わりに矢矧が緊張した口調で応えた。
「こちら矢矧。視界に捉えましたがあと数分かかります!」
「急いでくれ!こっちは4人が大破させられた!健在なのは千代田とあたしだけよ!」
「もう少しです、頑張ってください!」
しばらくは自分だけでこの怪物を相手にすることになりそうだ。ル級はこちらに回頭しつつあった。加古はル級の背後に回り込もうと急激に舵を動かした。バランスを取るために体を傾ける。
ル級は加古の意図を阻止しようと自分も回頭しながら砲撃する。だがなかなか当たらない。加古とル級の砲撃が交錯する。
そして遂に主砲弾の1発が加古に命中した。が、幸いにして煙突の上半分がもぎ取られただけで爆発しなかった。
加古は怯まずに砲戦を続け、かなりル級との距離を狭めた。
「魚雷発射用意!」
四連装魚雷発射管が動く。それを見たル級が機銃まで動員して応戦してくる。それでも加古とル級の機動力は目に見えて明らかだった。加古がル級の背面を取った。
今度はこちらの番だ。
「てー!」
8本の魚雷が海中に踊り込み、ル級に向かって扇型に広がっていく。回避しても無駄だと悟ったル級は、左手の艤装を魚雷に向かって突き出した。8本のうち3本がその艤装に命中して爆発した。
ル級は中破したが、戦闘力はまだまだ有していた。左手の艤装を身代わりにしたので致命傷も受けていなかった。
「こんのおおおお!!」
加古はそのままの勢いでル級に殴りかかった。右の拳がル級の顔面に向かって伸びるが、ル級は体を反らして避けると、損傷した左手の艤装を加古にぶつけた。
呻き声を上げて加古は横に転倒した。鈍い痛みが体中を襲う。左肩の3番砲塔の砲身が根本から折れていて使えなくなっていた。
立ち上がろうとする加古に影が覆い被さった。見上げると、ル級が左足を振り上げて加古を踏みつけようとしていた。
「やば!!」
加古は慌てて転がり、間一髪でル級の踏みつけから逃れた。空振りに終わったル級の左足は海面を思い切り踏みつけて左右に海水を撒き散らした。
ル級が態勢を立て直す隙に加古は20サンチ砲塔を動かし、顔面を狙って発砲した。するとル級は右手の艤装を盾にした。主砲2基が沈黙したが、ル級にとってそれは問題ではなさそうだった。
生き残った主砲と副砲が動き、加古に向けられた。斉射を受ければどう避けても当たる形だ。
「…!!」
ただ見つめる事しか出来ない加古にル級は残酷な笑みを浮かべ、砲撃しようとして銃撃を右側から浴びてそちらに注意を逸らされた。
加古も釣られて見ると、ちょうど2機の爆装零戦がル級に向けて水平爆撃したところだった。手前に落ちる爆弾、飛び越した爆弾、そして命中した爆弾があり、着弾した爆弾はル級の艤装を削り取った。
最初の2機が掠め飛んでいった後、すぐに別の2機がル級に銃撃を仕掛けた。こちらは零戦52型だった。
気が付くと、周りには鳳翔の艦載機が飛び回っていた。零戦隊は入れ替わり立ち代りル級に銃撃を浴びせてきた。
さすがのル級も鬱陶しく感じたようで、自分を掠め飛んで挑発する零戦をはたき落とそうとする。その隙を突いて加古は一度ル級から距離を取るべく移動を始めた。
気付いたル級が砲撃しようとしたが、またも零戦の銃撃を浴びて集中を奪われ、砲弾は的はずれな弾道を描いた。
退避しながら加古は無線を開いた。
「こちら加古、今鳳翔さんの艦載機が救援に到着しました!」
「私達も今到着しました!」
矢矧、浜風、文月も戦闘海域に突入してきた。「砲雷撃戦、始めます!」
「相手にとって、不足なしです!」
「攻撃開始!」
ル級は形勢が不利と見ると、新手の3人が射程圏内に入る前に加古を仕留めようとした。再び激しい砲撃が加古を襲う。
「ぬお!?ちょ、あたしばっか狙うなって!」
必死に避ける加古を援護しようと零戦が銃撃と爆撃をル級に浴びせる。だが離脱し遅れた1機が叩かれてバランスを失い、クルクルと錐揉みしながら海面に激突して四散した。
加古は残る2基の主砲も損傷して主砲全基が使用不能にされた。
そこにル級は追い打ちをかけようとしたが、背中に攻撃を受けて中断せざるを得なかった。矢矧の15.2サンチ連装砲の砲弾が命中したのだ。
「間に合った!!」
矢矧は15.2サンチ連装砲を撃ちまくった。浜風と文月はル級を左右から挟み撃ちにするべく分かれていた。ル級は四方を囲まれていた。
突破を図るべくル級は加古に向かって機関をフルパワーにした。
「こっち向きなさい!!」
矢矧の砲撃を無視してル級は加古に向かって突っ込み続ける。浜風と文月も発砲を始め、ル級の艤装の損傷が増加していく。矢矧はル級に追い付くと背中に組み付いた。
唸り声を上げながら抵抗するル級。しかし矢矧はル級の背中の艤装をしっかりと掴んで離さない。矢矧を振り払おうとル級の暴れ方が激しくなっていく。
「阿賀野型を軽巡と侮らないで!」
闘志剥き出しにル級に怒鳴りつける矢矧。肘打ちを顔に食らっても食らいつく。
「矢矧さん、位置につきました!離脱してください!」
浜風の言葉でようやく矢矧はル級から離れ、ル級から遠ざかった。
「てー!!」
浜風が合図を出して、左右から魚雷が投下された。相討ちを起こさないよう、魚雷の進路は考えられている。ル級が悔しそうに唇を噛んだ直後、左右合わせて6本の魚雷がル級に命中した。
ル級は急速に速力を失い、沈み始めた。「矢矧さん、止めを!」
矢矧は既に魚雷を沈みつつあるル級に向けていた。矢矧の魚雷がル級に止めを刺し、断末魔を残してル級は吸い込まれるように海中に没していった。ル級の偵察機も鳳翔機によって撃墜された。
それを確認すると、矢矧は鳳翔と無線を繋いだ。
「ル級撃沈。敵艦隊全滅です」
「了解しました。急いで艦娘を集合させて下さい。直ちに泊地に戻ります」
「分かりました」
矢矧は加古と千代田と一緒に古鷹、千歳、大鳳を、浜風と文月は卯月を介抱した。
「助かったわ」
大鳳を矢矧に託しながら千代田は零を述べた。
「死ぬかと思ったぜ…」
古鷹を支える加古もボロボロの姿だ。
「早く直したいピョ~ン」
「派手にやられちゃったね~」
「よく耐えてくれました」
「うーちゃんは何もしてないピョン」
しばらくして鳳翔も合流した。鳳翔は矢矧から大鳳を受け取った。
「矢矧さん、殿をお願いできますか?」
「任せて下さい」
「千代田さん、戦闘機は残っていますか?」
「ほんの少しですが」
「全部飛ばして下さい。私の戦闘機隊と一緒に直衛させます」
千代田は千歳を一度矢矧に預けると、残り少ない零戦52型を発艦させ、鳳翔の零戦部隊と合流させた。千歳を返すと、矢矧は後方で警戒に当たった。
「ほ…鳳翔さん?」
大鳳が小さな声で言った。
「何ですか?」
「生き残りました…今度は、帰れます。何とか、生き残れました」
鳳翔は微笑んで大鳳の手をギュッと握った。
「ええ。早く泊地に帰りましょう」
艦隊は一路泊地を目指した。
その途中で泊地航空隊の零戦21型の大部隊も護衛に加わった。

続く

コメント

  • 艦が人型であるのをうまく表現してあり 面白いと思いました -- 2015-04-14 (火) 00:41:29
    • コメントサンキューです。艦であると同時に人間であることを考慮して描いた次第であります -- 著者? 2015-04-14 (火) 21:26:45