艦これ二次創作小説 キス島撤退作戦 第10話 帰還 return

Last-modified: 2015-09-11 (金) 13:52:36

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艦これ二次創作小説 キス島撤退作戦 第10話 帰還 return

太陽が顔を覗かせ、新たな一日が始まった。
幌筵泊地の主要施設の屋上で、T提督と矢矧は朝日を迎えた。矢矧は大破したが、工廠が攻撃される事を憂慮して艤装はまだ修理を受けていない。
矢矧自身は高速修復剤を使ったので体調は元に戻っていたが、艤装が修復完了していないようでは出撃できなかった。そこでT提督の下で臨時秘書艦を務めていた。
「朝だな」
「そうね。迎える事が出来て嬉しいわ」
いつもは眼光が鋭くクールな矢矧も、この瞬間は和んだ表情をしていた。「生きている事って、素晴らしいと思う」
「ああ。キス島のみんなはどうしているかな」
「今日中に連絡が入る予定なんでしょう?」
「それはそうだが、やはり心配だ。矢矧だってそうだろ?」
T提督が矢矧に顔を向けると、彼女は首肯した。
「ええ、凄く心配だわ」
「だが、ここからではどうする事も出来ない。とは言え、俺は無事にやってくれてると信じているよ」
「ほんの数時間だけど、秘書艦をやっていて提督の気持ちが分かるような気がするの」
「ほう」
T提督は片眉を上げた。
「提督の傍で働いていると、指揮官の大変さが伝わってくるわ。任務に対する責任、私達艦娘に対する責任、そして人類に対する責任。これら全てを一身に背負っているのだから」
「ま、それが指揮官の宿命と言ったところだろうし、元々その責任に耐えられなければ、指揮官を務めることは出来んよ」
「それが正に凄いと思うのよ。そんな事が出来る人なんて、数えるくらいしかいないわ。当たり前の話だとは思うのだけれど、やっぱり考えてみると凄い事よ」
淡々としゃべってはいるが、矢矧が本心から語っているという事はT提督にも十分に分かっていた。
「…そう言ってもらえると有難いな。それより矢矧」
「はい…あ、喋り過ぎたかしら?」
「いや。君、秘書艦に向いているんじゃないか?」
「そ、そんな事は…」
ここで矢矧が遠くに何かを見つけたようだ。ハッとしてすぐに双眼鏡をそれに向ける。「敵機よ!」
「数は?」
聞きながらT提督も双眼鏡を持つ。
「3機、偵察のようね」
「…こっちも見えた」
「追い払う?」
「いや。だがすぐに発進できるように伝えてくれ」
「了解」
矢矧は近くに置いてある折り畳み式長机の上の通信機を取り、二言三言何か言った。「いつでもいけるわ」
「分かった」
3機の敵偵察機は幌筵泊地上空をグルグルと旋回していた。こちらからは何もしてこないので、じっくりと観察しているようだった。
それからしばらくして、敵攻撃隊の飛来を告げる「虫の羽音」が聞こえてきた。
「敵艦載機、大編隊!」
最初に矢矧が双眼鏡で視認した。
T提督も双眼鏡で深海棲艦機の群れを発見した。まだゴマ粒程だが、すぐに大きくなるだろう。
「敵さん、相当怒っているんじゃないのかな?」
キス島で救助作戦が行われている頃、幌筵泊地では敵に対して攻勢が仕掛けられていた。
応急修理を終え、燃料と弾薬を補給した古鷹、浜風、卯月、文月に、T提督はどこかにいるはずの補給艦部隊を撃破するよう命じていた。
その目的はキス島撤退の援護であり、キス島の深海棲艦が泊地攻略艦隊に緊急で帰還要請を出したとしても、補給艦をできるだけ多く沈めておくことでキス島への帰還を事実上不可能にするか、
あるいは限り無く困難なものにさせる事を狙っていた。
そうすることで待ち伏せ攻撃を事前に阻止するのだ。
「となると奴らは、泊地の備蓄資源の確保に頼ることになり、泊地に釘付けとなるはずだ」
古鷹達を送り出す前、T提督はそう言った。
護衛や一緒にいるはずの空母は狙わず、補給艦だけをできるだけ沈めるのが目的だった。勿論、必要になった場合は別ではあったが。
大破した矢矧は修復と休養、機関部に損傷を受けた加古は泊地で待機していた。千歳と千代田は言うにあらずである。
その結果、彼女達は護衛艦艇に守られた輸送艦ワ級を多数発見した。しかも泊地攻撃から戻った戦艦や重巡が弾薬と燃料の補給をしている最中だった為、絶好の攻撃機会となった。
魚雷に寄る先制で背後から奇襲攻撃を仕掛け、ワ級の多くを沈め、炎上させた。また、戦艦や重巡も何隻か巻き添えにし、戦艦ル級1隻を撃沈寸前の大破、1隻を中破させ、
重巡リ級1隻を撃沈、1隻を中破させた。
思いもよらない方向からの攻撃に敵が混乱に陥っている間に艦娘達は撤収に成功、無事に泊地へと帰還を果たしたのであった。ただし空母の姿は見つけられなかった。
さて、幌筵泊地に甲高くて長い空襲警報が鳴り響き始めた。
「千歳と千代田に伝達。全戦闘機隊発進」
「了解、全戦闘機を発進させます」
矢矧は再び通信機をいじった。「泊地航空隊、発進を開始しました」
見ていると、泊地から零式艦上戦闘機21型が、1機また1機と上空へと舞い上がっていく。これらの指揮を執っているのは千歳と千代田である。
これらは空母娘達が新鋭艦載機の搭載に伴ってもはや使用しなくなった旧型艦載機を、各鎮守府や泊地、基地の防空用として再利用されたものである。
幌筵泊地では零戦21型の他、96式艦上戦闘機、99式艦上爆撃機、97式艦上攻撃機の4種類が配備されていた。
今泊地から飛び立っているのは零戦21型と96式艦戦、及び陸上に降ろした紫電改二と零戦52型だが、これは昨日の激戦で損耗したもののを夜を徹して修理と補充したものだ。
夜間発艦させた艦爆と艦攻の方は、飛行場の存在を敵に特定されない為に誘導灯を点灯させられず、止む無く海上に不時着させることになった。
もちろん、この紫電改二が防空隊の中核戦力となる。
一方の敵空母艦載機隊の数は倍以上の数だ。通常機、エリート機、フラッグシップ機が見える。まるでハエやアブ、カの群れを思わせる。彼ら1機1機のエンジン音がこの想像を助長させた。
「陸上からの操作なんて聞いたことないわね」
飛び立っていく戦闘機を目で追いながら千代田が言った。
「私達が最初でしょうね」
そう言う千歳は何となく楽しそうだ。洋上での発艦とは感覚が一味違う故であろうか。
T提督は双眼鏡を迎撃に向かう戦闘機隊から、泊地に向かってくる敵艦載機群へと向けた。向こうも迎撃機を発見したらしく、爆装していない深海棲艦機が攻撃隊を守る為に前に出て来た。
「古鷹に命令。対空戦闘用意」
矢矧は、港湾で待機している古鷹にT提督の命令をリレーする。
「了解、対空射撃用意!目標、敵艦載機!」
港湾内では古鷹、加古、文月、卯月、浜風が砲身と銃口を空に向けていた。照準が敵艦載機群の中に収められるが、まだ重巡主砲の射程距離外で撃てない。
今は戦闘機隊が敵艦載機の大群に突入していくのを見守るだけだ。
紫電改二と零戦52型と21型が敵護衛戦闘機担当し、96式艦戦が爆撃機や攻撃機を担当した。
たちまち大空戦が展開される。敵味方双方の航空機が黒煙を噴き上げながら落下していったり、空中で爆発したりする。
しかし数に勝る敵攻撃隊は、こちら側の防空網を次々すり抜けてくる。
「敵機、主砲の射程圏内に入った!」
加古の言葉を合図に古鷹は3式弾の発射を命令、対空砲弾は戦闘機隊の網をすり抜けてきた攻撃隊の鼻先で炸裂、たちまち10機以上を叩き落した。
しかし後続機が装填時間の隙をついて突入してきた。
「撃て!撃てー!」
古鷹達は高角砲と機銃で弾幕を張ったが、敵機は古鷹達を無視した。編隊を広げて弾幕を薄くし、ただ真っ直ぐに幌筵泊地に向かっていく。
「本当に大丈夫ですかね!!」
浜風が激しい射撃音に負けない大声で古鷹に聞いた。
「敵の狙いが泊地の資源強奪ならね!!」
一方、T提督は尚も双眼鏡で敵機の動きを追っていた。二手に分かれ、主要施設と飛行場を狙うつもりらしい。
主要施設を狙う部隊が、機首をこちらに巡らせた。
「来たか」
「やりますか?」
「まだだ。今少し引き付ける」
T提督は、レンズ無しでもはっきりと深海棲艦機の細部が見えるようになる距離まで近づかせたところで、矢矧に命じた。
「偽装解除!」
「はい!」
矢矧は後ろを振り返った。そこには偽装ネットに覆われた何かが整然と並べられていた。矢矧が無線でT提督の命令を伝えると、隠れていた妖精達が現れて偽装ネットを取り払った。
その下から出てきたのは、燃料を入れるドラム缶や弾薬を保管する木箱や金属箱だった。
それらが敵機群の視界内にも入り、今まさに爆弾を落とそうとしていた深海棲艦機は慌てて機首を起こして飛び越していった。屋上との高度はほんの十数メートルとぎりぎりだ。
T提督と矢矧、そして妖精達は身を屈めて衝撃波に耐えた。
「やはり資源が欲しいのか」
去ってゆく敵艦載機を見送りながら、T提督はニヤリとした。
後から来た攻撃隊も、そのまま泊地上空を通り過ぎていく。攻撃すれば資源が巻き添えとなる。
補給物資を壊滅させられた深海棲艦側にとってそれはできないことだった。
「でも飛行場は…」
矢矧が飛行場の方から聞こえてくる爆弾の風切り音と着弾音に顔をしかめた。
「まあ、滑走路に資源を置くわけにはいかないからな」
飛行場の方は被害を受けていた。敵機は、航空機の発着が不可能なように、次々と爆弾を投下していく。滑走路はたちまち爆弾によって穴ぼこだらけになった。
千歳と千代田は既に避難済みで無事だった。
「こちら千歳、滑走路が破壊されました!」
「分かった。すぐにここに合流しろ」
「了解!」
通話を終わると、横から矢矧がメモを差し出した。
「提督、平文です」
そのメモには、「一航戦、救援ニ到着セリ」という短い文が書き込まれていた。

「見えました。幌筵です」
偵察機として出した彩雲からの視界を受けて、大鳳が言った。艤装は夜通し修理したとはいえ、損傷がまだまだ目立っている。
しかし中破状態でも発着艦が可能な装甲空母の特性のおかげで艦載機の運用に支障は無かった。
「平文は届いたでしょうか?」
「ええ、きっと届いていますよ」
そう言った直後、鳳翔の通信機がガチャガチャと鳴った。「幌筵泊地より平文の返信…救援ニ心カラ感謝スル。我ガ方ノ戦闘力、限界ニ近シ、速ヤカナル救援ヲ要請ス、ですわ」
「次は私が助けないと…今まで助けてもらっていましたから」
大鳳の気合いに、鳳翔は微笑む。「でも一航戦の塗装がうまくできているかどうかが心配ですね…」
「妖精さん達が徹夜でやってくれましたから、大丈夫だと思いますよ」
航空母艦娘の赤城と加賀が組む第一航空戦隊、通称一航戦の艦載機には、史実通りの塗装、正確には赤城航空隊、加賀航空隊を識別する為のマーキングが施されていた。
そして大鳳の航空隊には赤城隊のマーキングが、鳳翔の航空隊には加賀隊のマーキングが偽装として施されていた。戦闘機の数の方に偏らせた構成となっている。
この偽装作戦を発案したのはT提督だった。
「赤城さんはともかく、加賀さんに知られたらクレーム付けられるかもしれんな」
T提督はそう言っていたのを鳳翔は思い出して思わず苦笑した。幸い大鳳は彩雲からの視界提供に再び集中していたので鳳翔の様子には気付かなかった。
「行きましょう。彩雲には敵機動部隊の索敵を命じて下さい」
「分かりました」

「来た!」
T提督は、偽装一航戦の航空隊を見つけ、それに向かって双眼鏡を向けた。臨時の一航戦マーキングもちゃんと施されているようだ。
敵攻撃隊は、新手の登場に対応するべく行動を始めていた。深海棲艦側も平文を傍受しており、艦載機隊に迎撃を指示を出したのだ。
一航戦。それは深海棲艦にとって恐るべき相手だった。戦いの初期から深海棲艦の進撃を挫いてきており、目の敵と認識されていた。
そのにっくき一航戦が幌筵泊地の救援にやって来たのだ。放置すれば全滅させられる可能性が高い。まずはこれに対処せねばならない。
深海棲艦機は、偽装された一航戦に全機が向かった。爆装機は直ちに爆弾を投棄して戦闘機状態と化した。
泊地航空隊が背後から追撃しにかかるが、敵機はただひたすら偽装一航戦航空隊に向かう。
一方偽装一航戦の方は、何機かの直衛をつけて艦爆と艦攻を上空に退避させ、戦闘機隊を前進させる。
「おー、見事な再現ですね」
屋上に上がってきた千歳が言った。
「でも細かく見たら粗があるわね」
千代田がそう感想を述べた。
「急場凌ぎだからそこは仕方無いな」
T提督が苦笑した。
「それにしても大丈夫でしょうか。大鳳さんと鳳翔さんしかいないのですよ。護衛は皆無です。2人が攻撃を受けたらひとたまりもありません」
矢矧が懸念を口にした。
「だからこそ、その前に敵機動部隊を叩くのだ」
T提督はそう言うと、千歳に尋ねた。「攻撃隊の発進準備は?」
「いつでもいけます」
偽装で隠されていた予備の滑走路では、爆装済みの99艦爆と97艦攻、及び護衛の零戦21型が待機していた。
「あとは敵空母の所在だな」
やがて偽装一航戦も戦闘状態に入った。戦闘機隊は多勢に無勢ながらも果敢に敵機に挑んでいる。「恐らく鳳翔さんの指揮だろうな」
今でこそ第一線を退いているが、鳳翔の艦載機運用練度は前線で活躍する空母娘達に全く引けを取らないものだった。零戦隊は巧みに動いて深海棲艦機と渡り合っている。
この空中戦の中に泊地航空隊が加わって乱戦となった。
だが高い練度とはいえ、鳳翔は小型空母である。正規空母が保有する艦載機の数を運用するには、やはり負担が大きかったようであり、更に敵機の数の多さがモノを言って徐々に押されつつあった。
一方、偽装一航戦を本物の一航戦と思い込んでいる深海棲艦側は士気が高まりつつあった。
この忌々しい航空戦隊の航空隊を排除しつつあり、これが終われば次は一航戦そのものを殲滅する。そして一航戦の対処は機動部隊で、泊地攻略は残った手持ちの水上打撃部隊で行う。
泊地攻略部隊の旗艦を務める空母ヲ級フラッグシップは、その作戦計画を即座に立てると、各空母に命じて索敵隊を発艦させ、一航戦(偽装)が飛来した方向に向けて扇形に展開させた。

大鳳と鳳翔は戦闘機隊の苦戦を知った。戦闘機隊の指揮を執る鳳翔の額には汗が滲んでおり、疲労をこらえた表情である。
「鳳翔さん…?」
大鳳が心配して声を掛けたが、鳳翔は微笑んで首を振った。
「大丈夫よ、まだいけます。あなたは引き続き敵空母の発見を」
「…了解」
訝りながらも大鳳が索敵に意識を戻してから、鳳翔は静かに深呼吸した。

大鳳の彩雲はヲ級フラッグシップから発艦した偵察機を雲間から発見し、その針路を元に機首の向きを変え、その方向に真っ直ぐ進んだ。
それから数分後、彩雲は黄金色の炎を纏ったように見えるヲ級フラッグシップと配下の空母群、そしてその護衛部隊を発見した。
「敵艦隊、発見しました!」
「よし」
T提督は矢矧の肩をポンと叩くと、千歳を見た。「攻撃隊、発進せよ」
千歳と千代田は、偽装して隠していた予備滑走路で待機していた攻撃隊に発進命令を出した。妖精達の手で偽装が滑走路の両脇にどけられ、最初に零戦21型が、続いで99艦爆、そして97艦攻が次々と舞い上がっていった。
高度は低く取り、戦闘機同士の空中戦を見上げる形で泊地を出発した。
敵戦闘機もこれを発見し、阻止しようと旋回するが鳳翔と泊地の戦闘機隊が追いすがる。泊地攻撃隊の迎撃に機数を割こうとしたおかげで味方戦闘機隊は再び盛り返した。
追撃を逃れた深海棲艦機が泊地攻撃隊に向かうが、護衛する零戦が立ちはだかる。その間に攻撃隊は彩雲からの情報に従って敵機動部隊攻撃に向かう。
その攻撃隊に護衛戦闘機の壁をすり抜けてきた敵機が迫る。艦爆と艦攻の後部機銃が一斉に応射を始めるが、敵戦闘機は弾幕を避けながら頭上から機銃弾を浴びせる。
避けきれなかった艦攻1機がたちまち火達磨になり、きりもみ状態となってから爆発した。1機、また1機と落とされていく攻撃隊。敵機の数が段々と増えていくに連れて損害も大きくなる。
零戦21型はよく頑張っていたが、突破した数機が、羊の群れを襲う狼の如く攻撃隊を襲っていく。
幸いにして零戦との撃ち合いで機銃弾を消耗していたので、すぐに弾切れとなり、攻撃隊がそれ以上の被害を受けることはなかった。
しかしその一方で味方戦闘機にも弾切れの機体が続出していた。
「残弾持ちはもう半分以下です。敵艦隊への攻撃を成功させないと私達はおしまいです」
千歳がそう告げた。
「できるか?」
「やってみせます」
「…もし失敗に終わったら、君達は古鷹達と一緒に島から退避しろ。これ以上、ここに残るのは自殺行為だ」
「提督はどうするのですか?」
「俺もやるべきことをやったら逃げるよ。ちゃんと横鎮に泊地陥落を伝えないといかんからな」
「それなら提督の仕事が終わるまで待機しています」
矢矧が言った。千歳と千代田もそのつもりだと頷いた。
「無理をすることはない。君達は深海棲艦に対抗できる貴重な戦力だ。轟沈するリスクは…」
その時再び通信機が鳴り、矢矧はハッとして通信機に向き直ると電文を読み、困惑した。
「…提督、これはどういう…」
「ん?」
T提督は電文を取ってその内容を読んだ。千歳と千代田が左右から覗き込む。「こいつは…」
「提督?」
矢矧が首を傾げた。千歳と千代田は驚いた様子で顔を見合わせている。
「なんてこった…」
T提督は海の方を振り返った。「本当に一航戦が来てしまった」

006_1.jpg赤城

「敵機動部隊発見、攻撃隊は突撃を開始、これを撃破して下さい!」
赤いたすきを掛けた弓道着と赤い袴を身に付けた航空母艦娘の赤城は決然とした口調で、自身の艦載機隊に指示を下した。
大鳳の彩雲の無電を傍受した赤城達は、偵察として出した97艦攻をそこに向かわせ、同時に泊地に向かっていた攻撃隊を、敵機動部隊攻撃に転針させていた。
「Burning! Breaking!」
赤城の先頭を航行する金剛型戦艦の1番艦である金剛が肩越しに赤城を振り返りながら流暢な英語で右拳を突き上げる。
「私が敵空母を沈めるべきなのに…」
残念そうに言うのは暁型の3番艦の雷だ。4番艦の電が困ったように苦笑する。
「それはちょっと無理なのです」
「出来ないことは無いわよ。この必殺の酸素魚雷をあいつらの土手っ腹にぶち込めば一発でお陀仏なのよ」
言いながら雷は、いつも手に持っている錨で4連装魚雷発射管をゴチンと叩いた。それを見た電が慌てる。
「はわわ、魚雷が爆発したら危ないのです!」
しかし雷は涼しい顔である。
「あはは、大丈夫大丈夫」
「おいおいお前ら、ちゃんと任務に集中しろよ」
球磨型軽巡洋艦5番艦の木曾が呆れたように窘めた。
「Yes!空母の護衛は私達の大事な任務デース!」
「了解なのです」
「はーい」
真面目に答える電とは違ってのんびりした調子の雷だったが、これでも優秀な駆逐艦娘と知っている木曾は苦笑しながら首を振っただけで何も言わなかった。
「そういや加賀さん達は大丈夫かな?」
武人のような雰囲気を漂わせる妙高型重巡洋艦2番艦の那智がそう口にした。
「みんな優秀な子達ですから、心配いりませんよ」
「それは加賀さんのセリフじゃなかったか?」
「ちょっとお借りしただけですよ」
クスっとする赤城。と、攻撃隊からの打電を受けて瞬時に真顔に戻る。「敵空母損害多数、フラッグシップとエリートが1隻ずつ尚も健在…」
赤城は矢筒から1本の矢を選び取ると、長い弓につがえた。
「第2次攻撃隊、発艦してください!
放たれた矢は零戦21型の部隊に変わった。

大鳳航空隊と泊地航空隊、そして赤城航空隊の猛攻を浴びた敵機動部隊は壊滅的打撃を受けた。中破した旗艦のヲ級フラッグシップは水上打撃部隊を呼び戻して残存艦艇と共に離脱を試みたが、そこへ金剛達が追撃してきた。
水上打撃部隊が阻止しようとしたが、上空から赤城の艦載機が攻撃してきて駆逐艦や巡洋艦は忽ち轟沈していった。
「さすが一航戦…加賀さんと一緒なら尚更ね」
泊地航空隊の視界を通して赤城の攻撃ぶりを見た千歳は嘆息した。
「あとは救援艦隊からの連絡を待つのみだな」
T提督は、赤城から無線で加賀達が救援艦隊の捜索に出向いている事を知らされていた。
「提督、敵艦隊が退却していきます」
後ろから矢矧が報告した。
「引き続き、残存艦艇の掃討に当たるよう伝えてくれ」
「分かりました」

空母ヲ級フラッグシップは絶望の淵にあった。前方では戦艦ル級2隻が自分の前に立ちはだかり、追撃してきた金剛達を阻止しようとしているが、それは虚しい結果に終わった。
両艦とも撃沈され、残るは自分と直衛の軽巡1隻と駆逐2隻のみだ。他の艦は散り散りにされ、撃破されていた。
そこへ赤城の99艦爆部隊が急降下を始めた。対空射撃を浴びせるがもはや無意味だった。
やがて99艦爆から次々と対艦爆弾が切り離され、ヒュルルルルという音と共に、見上げるヲ級フラッグシップに向かってきた。
どういうわけか爆弾の落下音が、ヲ級フラッグシップには滑稽に聞こえた。またそんな自分が滑稽に感じられた。
そうしているうちに爆弾は眼前まで迫ってきた。
だがヲ級フラッグシップは回避しようともせず、ただ無表情でそれを見つめているだけだった。

キス島から離脱した艦娘達は、日の出頃に『おおすみ』と合流した。無事に守備隊全員の収容を完了したことが分かり、安堵の息をつく。
『おおすみ』と合流した時、乗組員や守備隊員達がこちらに向かって「おーい!」と呼びかけながら手を振ってくれたので、艦娘達も「おーい!」と手を振り返した。
ひとまず大破した若葉を艦内に収容し、三日月、弥生、暁、響、初霜は輪形陣を組んで『おおすみ』を護衛した。行き先は本土であって泊地では無い。
「被弾している様子ですが、全員無事なようですね。良かった」
艦橋から副長がホッと溜息をついた。
「彼女達のおかげで時間を稼げたわけですな」
そう言うのは守備隊隊長である。「本土に着いたら、守備隊を代表して礼を言わなければ」
「それなら我々だってそうですよ」
艦長が帽子をかぶり直した。「ですが、まだ北方海域です。まだまだ気は抜けません」
「何事も無ければ良いですけどね」
「全くです」
守備隊隊長の言葉に、副長が首肯した。

しかし現実はそうは許さなかった。
それから1時間後のことである。右舷側の対空見張りをしていた乗組員が望遠双眼鏡の中に何かを見つけた。
「敵機!4時方向!」
艦橋の人間達が一斉にドカドカとその見張り員の周りに集まる。双眼鏡を持っている者は双眼鏡を持つ。
見張り員が脇にどいて艦長が望遠双眼鏡に目を付ける。
「1機…偵察機のようです」
「くそ、あと一息という時に」
守備隊隊長が唇を噛む。
艦娘達も敵機を捕捉していた。
「対空戦闘用意!」
三日月の命令で主砲と機銃が稼働する。敵偵察機もどうやらこちらを見つけたようだ。真っ直ぐにこちらに近付いてくる。
「ダメだ、射程圏外で狙えない」
響は偵察機に狙いをつけていた主砲の砲身を下ろした。
『おおすみ』では、12.7mm重機関銃M2に配置されていた乗組員が機関銃のボルトをガチャリと引いて第1弾を装填して銃口を空に向けていた。
更に艦橋の前後にある20mmファランクス機関砲もググッと動いて空を睨む。
本来はレーダーと連動する完全自動システムだが、深海棲艦との戦いで手動操作もできるように、半自動システムが追加で搭載されていた。
湾曲した板のようなグレーの電子ゴーグルを付けたオペレーターが、ゴーグルと連動する艦外設置の高性能カメラを通して深海棲艦機に視界を向けると、機関砲がそれに合わせて動く。
勿論これでは本来のCIWSの威力は完全に発揮されない。しかし深海棲艦を呼び寄せるレーダーの使用は出来ないのでこれで我慢するしかない。
もし対空レーダーを作動させれば、どこかを飛んでいるかもしれない深海棲艦機に察知される恐れがあるからだ。
多くの軍艦のレーダーが神出鬼没の深海棲艦を集めて撃沈された苦い教訓により、レーダーの使用は原則として禁止されていた。出現のパターンは依然として不明のままである。
「損傷箇所が見えるな」
スコープの倍率を上げた艦長は、敵偵察機の機体に点在している弾痕に気が付いた。「囮部隊と交戦した艦載機かもしれんな」
「母艦も損傷してキス島まで戻っていたのでしょうか」
副長が言った。
事実、救助艦隊を発見したのは昨日の戦いで艦娘側の攻撃隊によって損傷を受けた空母ヲ級の艦載機だった。小破を受けてキス島に戻り、応急修理をしていたのである。
駆逐艦娘と輸送船団が交戦を開始した際は密かに護衛艦艇数隻と共に密かにキス島から離脱し、難を免れていた。
深海棲艦は、救助艦隊の撤収後に追撃態勢に入ったが、駆逐艦娘が退路を分からなくさせる為に何度も偽装航路を取って攪乱し、最終的にはまいてしまったので、彼らは夜明けと同時に艦載機による広範囲索敵を行った。
そしてその結果、1機が撤収中の『おおすみ』と駆逐艦娘達を発見したというわけである。
「盛んに無電を打っています」
弥生が報告した。「妨害中ですが、敵艦隊に知られるのは時間の問題でしょう」
「航空攻撃を受けたらこちらはひとたまりもない」
分かりきった事ではあるが、響の言葉は気を滅入らせるものだった。
「ここまで来て沈められるのは納得できないわ」
暁が不満そうに言う。
「皆さん、武器の点検と装填をお願いします」
三日月はあくまでも冷静に努めていたが、やはり心の中は穏やかなものではなかった。
全員が主砲や機銃の状態を確認し、砲弾や銃弾を装填し終わると、沈黙が艦隊全体を支配した。『おおすみ』艦内でも、これから空から襲い来る脅威に対してただ沈黙するしかなかった。
「副長、CIWSを完全自動モードに切り替える準備をしてくれ」
「了解。ですが、完全自動モードでも防ぎきれませんよ」
「分かっている」
艦長は渋面を作った。「だが生き残るチャンスに賭けるのは当然だろう」
「しかし敵情の把握が出来ていない以上、我々が不利であることには変わりありません。敵空母の数に艦載機数…」
すると守備隊隊長が割って入った。
「陸出身の私が言うのもあれなんですが…」
艦長と副長は守備隊隊長を見た。
守備隊隊長はひと呼吸おいてから言った。「レーダーを稼働させてみてはどうでしょう」

「『おおすみ』より通信。これよりレーダーを稼働させるとのことです!」
驚愕しながら三日月は僚艦達に告げた。
「え!?」
最初に暁が声を引っ繰り返した。
「無茶だ。深海棲艦を呼び寄せることになる」
響がその理由を口にした。
「恐らく敵情を把握する為でしょう。位置が分かれば遠ざかる事が出来ます」
初霜がそう推測した。
「上手くいってくれると、いいけど」
弥生がポツリとそう言った。

「対空、対水上レーダー、用意よし!」
レーダー要員の報告を副長が伝達した。
艦長が静かに命令する。
「照射始め」
「照射始め!」
『おおすみ』に搭載されている、アーチを描いた鉄格子のような形状のOPS-14C対空捜索レーダーとコンパクトな見た目のOPS-28D対水上捜索レーダーが動き出した。
レーダー画面が久方振りに点灯し、周囲100km単位の広さの海域を走査していく。
レーダーが一周する前に、画面上に艦隊を示す複数の点が浮かび上がった。担当士官が即座に艦種を見極める。
「艦種識別、深海棲艦。大型空母1、軽巡1、駆逐艦4から成る空母機動部隊です」
「艦載機は飛ばしているか?」
艦長が尋ねた。
「いえ。でもいずれこちらのレーダーに気付くでしょう」
「うむ。総員、対空戦闘用意。対空見張りを厳とせよ」
艦長が言い終わると同時に、艦内に戦闘配置を知らせる警告音が鳴り始めた。
「我々も覚悟は出来ています」
守備隊隊長が艦長にそう言った。
「全力を尽くします」
艦長が守備隊隊長を敬礼を交わし、艦橋の張り出し部に向かおうとした時である。レーダー担当士官が「ん?」と声を上げたのを艦長は聞き逃さなかった。すぐに振り返って歩み寄る。
副長と守備隊隊長も艦長に続いて後ろに立った。
「どうした?」
「別の艦隊の影を捉えました」
その後レーダー担当士官は方位と位置を言った。
「敵か?」
「現在、識別中です」
「本土の方からだな」
副長がそう呟いた。
「艦種識別…」
レーダー担当士官は慎重だ。画面の端には、新たにレーダーが探知した複数の対水上目標が敵機動部隊から遠く離れた場所に位置していた。
「これは…まさか…」
副長も信じられないといった表情だ。艦長は硬い表情を崩さない。
「つまり?」
守備隊隊長が先を促した。
レーダー担当士官は尚も数秒間、画面を凝視してから確信を込めて言った。
「間違いありません。友軍です。艦娘による艦隊です!」
「何ですって!?」
守備隊隊長は思わず大声になった。だが、既にレーダー担当士官の声を聞いていた艦橋内の一同は歓喜でざわめきたっていた。
「大型空母1、小型空母1、戦艦1、重巡1、軽巡1、駆逐1の機動部隊です!」
もはや感情を隠す気が無くなったレーダー担当士官は興奮した口調で報告を続けた。
艦長はすかさず副長に命じた。
「すぐに友軍艦隊に救援を要請しろ。大至急だ」
「了解!」
副長はすぐに通信装置を操作し始めた。

「…ん?これは…?」
機動部隊の先頭を進む金剛型戦艦2番艦の比叡が、首を傾げて右手の人差し指を耳に当てた。
「どうしました?」
捜索艦隊の旗艦を務める、赤城と第一航空戦隊を組む航空母艦娘の加賀がそれに気付いた。
「通信です。しばらくお待ち下さい」
比叡はフムフムと軽く頷きながら通信内容を解読すると、さっと振り返った。「救助艦隊からのものです!至急救援を求めています!」
加賀のクールな表情が僅かに引き締まる。
「追われているの?」
「はい!大型空母1、軽巡1、駆逐艦4の機動部隊です!攻撃を受けるのは時間の問題です!」
「位置は?」
比叡から敵機動部隊の位置を聞くと、加賀は隣を航走している軽航空母艦娘を見た。
「瑞鳳、あなたは敵機動部隊を、私は救助艦隊の援護と敵撃滅の両方をやるわ」
「了解しました!」
瑞鳳は素早くキビキビと矢筒から矢を引っ張り出した。
加賀は優雅な動作で矢を引き抜くと、弓につがえた。
「攻撃隊、発艦せよ!」

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「き…来た!」
望遠双眼鏡をゆっくりと動かして警戒していた若い見張り員が敵攻撃隊の姿を発見し、緊張した口調で呟いた。
対空捜索レーダーは、ヲ級艦載機の動きを逐一見張り続けていた。これまでのところ、他の深海棲艦が出現していない。
これは南方海域や本土近海と比べて、北方海域における深海棲艦の影響力がまだ小さいということを意味していた。
「4時方向より対空目標、約40が接近中」
「友軍機は間に合うか?」
「ギリギリです」
副長の質問に、レーダー担当士官はそう答えた。
「艦長。この際CIWS(シーウス)を完全自動モードにしますか?」
「そうだな。いつでも変更できるよう待機していてくれ」
「了解」

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「射撃用意!」
三日月の命令を合図に駆逐艦娘達は主砲を上げて、救助艦隊まで目と鼻の先に迫った敵攻撃隊に砲口を向けた。若葉が陣形に加わりたいと進言してきたが、三日月はにべもなく断っていた。
大破している若葉に出来ることは、ほとんどない。艦隊から落伍して撃沈される確率の方が高かった。
敵編隊は攻撃隊形を整えているところだった。
ちょうどその時、加賀所属の零戦21型の編隊が到着した。雲と太陽の光を隠れ蓑にして進んで来ていたので、敵は気付かなかった。
その為、零戦部隊が行動を開始してからしばらく経っても、敵は攻撃隊形を崩さずにいた。そこに不意に零戦21型が突っ込んできたのだからたまらない。
ようやく護衛戦闘機が応戦しようと動き出したが、加賀航空隊は相手が悪かった。圧倒的技量を持って加賀航空隊は敵戦闘機を圧倒していった。
それでも、敵の艦爆と艦攻はとにかく『おおすみ』に一太刀でも浴びせようと隊形も何も無しに、ひたすら突撃を始めた。
そこへ追いすがった零戦21型が、機銃弾を効率よく叩き込んで撃墜していく。
たとえ加賀の零戦を振り切っても、今度は駆逐艦娘の対空弾幕が立ちはだかり、そこで被弾して墜落していくのだった。
唯一『おおすみ』を危機に晒したのは、機銃弾を浴びて炎上した1機の艦爆だった。この艦爆は炎に包まれてローリングしながらも、『おおすみ』へと猛然と突っ込んでいった。
しかしここで『おおすみ』の近代兵器が立ちはだかった。
完全自動モードに移行した艦橋前部の20mmファランクス機関砲がクイッと滑らか且つ素早い動きで特攻してくる艦爆へと砲身を向けると、ブォォォォォォォン!!という大音響と共に弾幕を張ったのである。
深海棲艦機は、本来20mmファランクス機関砲が想定している対空目標よりは小さいのでなかなか命中しなかったが、何千発もの弾幕を単独で突破するのは不可能だった。
艦爆は艦橋から近い所で破壊されたので、艦橋の窓ガラスは爆風で粉々に砕け散った。艦長達はガラスの破片から身を守る為に、慌てて物陰に身を隠していた。
「こちら三日月!負傷者はいませんか!?」
しばらくして艦長から応答があった。
「こちら『おおすみ』。艦橋の窓が割れたが、負傷者はゼロだ」
「…被弾するかと思いました」
一気にアドレナリンが噴出したおかげで三日月は手元が震えていた。
「こっちもだ。危なかったが、あれくらいなら俺達でも何とか撃ち落とせるさ」
やがて敵攻撃隊は、加賀航空隊の手によって全滅の憂き目を見ることとなった。
また、追撃してきた敵機動部隊は加賀と瑞鳳の航空隊によって、残らず海の藻屑と消えた。

「提督、救助艦隊より入電です!」
矢矧が嬉しそうに顔を上げた。「我、任務完了セリ、です!轟沈艦もありません!」
その瞬間、T提督の周りの艦娘達は歓声を上げた。駆逐艦娘達は抱き合いながら「やったね!」とか「良かった!」と言い、涙を流している者もいる。
金剛は笑顔で「Congratulatioooooon!!」と言って手を叩いている。
空母や重巡、軽巡は、拳を突き上げたり肩や二の腕を叩き合ったりしている。ただし加古は余程安心したのか、その場で倒れてグーグー寝息を立てている。そして古鷹が呆れ顔で加古を見ていた。
「まだ通信は繋がっているか?」
「はい!どうぞ!」
矢矧は椅子をT提督に譲った。T提督は矢矧に礼を言うと椅子に座り、送話機を握った。思わず握る手に力が入る。
はしゃいでいた艦娘達がその様子を見てまた静かになった。全員が、T提督に注目している。T提督は苦笑しながら送話ボタンを押した。
「こちら提督。聞こえるか?」
「聞こえます!」
答えたのは三日月だった。
T提督は深呼吸して息を整えた。
「今回の任務、本当によくやってくれた。陳腐な内容ですまんが、これだけは言わせてくれ。ありがとう」
「は…はい!」
T提督は、三日月の顔が赤くなるのを想像した。
すると、別の艦娘が通信に入ってきた。
「こちら加賀。提督の計画通り、私達は本土に向かうべきでしょうか」
「いや…幌筵に来てくれ。本土への帰還は、それからでも良い」
「分かりました。加賀より以上」
「三日月、今のを聞いたな?」
「はい、幌筵に帰投ですね?」
「そうだ」
「了解しました!」
「何かあったらまた連絡してくれ。以上だ」
T提督は通信を切ると、背もたれに寄りかかって息を吐いた。
すると、誰かがT提督の前に立った。気が抜けてすっかり呆けた顔になっていたT提督は慌てて咳払いをして顔を上げた。
赤城だった。
「提督、宜しければ艦隊を出迎える為の出港の許可を頂きたいのですが」
T提督は、後ろの艦娘達を見た。赤城の後ろに目をやると、スヤスヤ眠っている加古以外はやる気満々だ。
ただ、幌筵組はほとんど眠っていないので疲れも見て取れる。彼女達は休ませた方が良いかもしれない。
「許可する。ただ古鷹達は休んだ方が良いかもしれないな」
「私が代表して行きます」
古鷹がそう言った。
「大丈夫か?」
「大丈夫です!」
古鷹は元気に答えた。T提督は短く頷いた。矢矧は残念そうに、「本当は私も出たいけれど、艤装が直ってないから、仕方ないわね」と小声で言った。
「よし分かった。古鷹以外は休んでくれ。赤城、それで良いかな?」
「はい。古鷹さんには幌筵組の代表として随伴して頂きます」
「宜しい。早速準備にかかってくれ。出港時刻は君に任せるよ」
「分かりました」
赤城は敬礼すると、出迎え組を伴って屋上から下りて行った。
それを見届けると、T提督は立ち上がり、ポケットに両手を突っ込むと、まだ並んでいるドラム缶や弾薬箱まで歩いて行った。
T提督は1つのドラム缶の前で立ち止まると、おもむろにそれを蹴った。ドラム缶は、中身が空っぽであることを示すボーンという音を立てた。

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「では、報告書を作成しなければなりませんので、これにて失礼します」
T提督は、停泊中の『おおすみ』の前で艦長と守備隊隊長との挨拶を終えると、執務室に戻るべく踵を返した。疲れてはいたが、まだやらなければならない事がある。
『おおすみ』の方も、本土から護衛に来ている護衛艦と合流するべく、まだ明るいうちに出港しなくてはならなかった。今の幌筵泊地に守備隊全員分を泊めるだけの宿舎は存在しないからだ。
主要施設に向かって歩いていると、いつの間にやら加賀が横を歩いていた。疲れていて意識がいつの間にか散漫になっていたことにT提督は今更ながら気付いた。
「提督、お疲れのようですね」
淡々とした口調で加賀は言った。視線は前を向いたままだ。
「疲れていると思ったら余計に疲れるだけだと思うがね」
「でも睡眠を取るべきだと思います。深海棲艦が目の前まで迫って来ていたとなると、かなり精神的に応えた筈です」
「うーん」
T提督は立ち止まり、俯き加減に考えた。加賀はじっと黙って待っている。「そうかもしれんな。あの時は緊張していたからそれを考える暇も無かったからな」
「報告書は後から提出すれば良いのです。他の事務的な処理は、私と赤城さんと瑞鳳で済ませます」
南方に引っこ抜かれるまで、瑞鳳は幌筵泊地で秘書艦として勤務していたので、加賀は彼女の助言を必要としたのである。
「…分かった。頼むよ」
「私室までお送りしましょうか?」
「大丈夫だ。それまでは何とか持ち堪えられるだろう」
「…そう。では、おやすみなさい。提督」
「おやすみ」
加賀と分かれると、T提督は重い足取りで主要施設に入り、階段を登って私室のドアを開けた。もはやT提督に着替える気力は無かった。
そのまま寝台にうつ伏せに倒れ込むと、布団も掛けずに寝息を立て始めた。
それから1分ぐらい経って、私室の扉が静かに開いたが、すっかり夢の中のT提督は気付かなかった。
入ってきたのは加賀だった。
加賀はT提督の寝姿を見て、言わんこっちゃ無いという風に溜息を静かにつくと、T提督の制帽をそっと取って壁掛けに引っ掛けた。そして布団を押入れから出すと、それをT提督の上に被せた。
それが終わると、加賀は何事も無かったかのように提督私室を出て、鍵をかけた。
食堂では、鳳翔の料理が夕飯として振る舞われようとしていた。

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