本国は東亜大連邦および東亜大帝国と関連はございません。(佐々木 公義)
東亜連邦 | |
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東亜連邦旗(独立旗) | |
読み | とうあれんぽう |
国歌 | 万世愛国歌? |
国の標語 | 労働、努力、幸福 |
首相 | 足立 維弥彦 |
首都 | 五江県? |
大陸 | ドリエステ大陸 |
人口 | 約5,600,000人(推計:2078年度) |
公用語 | 日本語(暫定*1) |
通貨 | サクレ*2 |
情報
ドリエステ大陸東部、ドレン半島に位置する民主主義国家。西部を東ドレン共和国に隣接、東部は海である。
東ドレン共和国の日本人自治地域が独立して誕生。憲法を有する。
民族
多数派こそ日本人であるが、ドレン人、マンタル人などの民族が混在する多民族国家である。そのため、公用語を法律で定めてはいない。
また「東亜連邦人」としてのナショナリズム運動、ポピュリズム運動も各地で盛んである。文化や民族としての「日本人」アイデンティティはほとんど失われている*3こともあって、現在はドレン系住民、東亜系住民(東亜人*4)との文化集合を経て、政治的な面とは離れたところでの「東亜連邦人」アイデンティティが確立しつつあるとされる。ド=メメック?はこれを「東亜人*5の成立」として、多民族の文化集合の成功例として評価しつつも、各地のナショナリズム運動については批判している。
国名・地名
東亜連邦の「東亜」は、ドレン語で「東の地」「東の国」を指す「ト・ルア」という言葉に由来している。東ドレン領だった時期の現地人は、r音が脱落した「トーゥア」という発音でこの地を呼んでいた。
このように、東亜連邦は国号からしてドレン語由来であるが、地名についてもほとんどがドレン語由来のものである。ドレン語でもともとついていた地名を、日本語発音、あるいはドレン語東地方方言の発音に転記し、漢字を付記したものが多い。
例
- 五江県
イッツェと呼ばれていたが、イツエと転記し「五江」という字があてられた。また、首都の発音は、東ドレンの支配から脱却したということを示すために変えるべきであるとの議論が巻き起こり、のちに読みが「ゴコウ」へ変更された。 - 鳥肥市
トリーギャ。トリゴエと転記された。 - 東葛
タンカッツ。タンカツ⇒トンカツ⇒トウカツと読みは変更されていたが、表記は当初から「東葛」である。
宗教
国家宗教は制定していない。
東亜連邦の宗教法人孟団?の調査によれば、国民の50%以上がヤメス教?*6徒であり、20%がミガ教?*7徒、そのほか少数宗教、無神論者が存在するという。
軍備
詳細は東亜連邦の軍備?を参照。
政党
詳細は東亜連邦の政党一覧を参照。
略史
年月日 | 出来事 |
2040/2/4~2042/2/14 | 東ドレン共和国と施政下にあった三カ沼自治連邦の間で三カ沼紛争勃発、三カ沼自治連邦が列国の支持を得て事実上勝利*8。 |
2042/2/15 | 旧三カ沼鳥肥市において鳥肥条約締結、旧三カ沼自治連邦を新東亜連邦として成立。暫定首都を石守県におき、そのまま正式に首都とする。 |
同年/2/16 | 公選首相制、議院内閣制を採用。初代首相に牧田 挙?が当選。安田草案を微修正し新憲法発布。 |
同年/4/11 | 東ドレン共和国政府の要請を受け、東ドレン・新東亜軍事同盟(通称:東・東軍事同盟)を締結。*9 |
2055/5/6 | 東葛レジスタンスが蹶起、東ドレンからの独立、新東亜連邦への合流を唱え国境ゲート(東ドレン管轄)を爆破。(五・六事件?)新東亜連邦、東ドレン共和国と新東亜連邦の間で交渉、東ドレン側が妥協、新東亜連邦が東葛地域を獲得。 |
2056/9/12~9/13 | 第一次東葛クーデター発生。親東ドレン派の蜂起。東ドレン側はこれを黙殺。新東亜連邦国防軍により鎮圧。 |
2062/2/4/ | 独立20周年記念式典。国号を東亜連邦と改称。 |
2066/6/5 | 第二次東葛クーデター発生。親東ドレン派団体「コレリム」の蜂起。コレリム軍は東葛地域の国防軍を駆逐、隣接する石守県に侵入。県庁舎に突入し退避途中だった第5代首相・保川 万千夫を殺害。臨時首相に内大臣の山口 康磨が就任。 |
同年6/7 | 戒厳令発令。山口臨時首相が第6代首相に就任。首都を暫定的に五江県に移動。石守県・山鳥県*10・森田県陥落。軍事同盟に基づき東ドレン軍がコレリムに対し事実上の宣戦布告。 |
同年6/12 | コレリム軍、改革ドレン国建国を宣言。*11 |
同年6/21 | 東ドレン軍、東葛地域を占領。コレリム軍、石守県に拠点を移動。山鳥県・森田県が国防軍により奪還される。(山鳥・森田奪還作戦) |
同年6/25 | コレリム軍が降伏。改革ドレン国崩壊。コレリム代表・幹部の逮捕。東ドレン軍、東葛地域から撤退。 |
同年7/19 | 第2058号軍事法廷(通称:コレリム裁判)開始。コレリムの永久的解党、代表・猪島 孝義の死刑、幹部の国外追放が決定。その他コレリム党員に実刑判決(懲役3年~40年)。 |
同年8/9 | 正式な首都を五江県に移動。*12東葛紛争復興基金が発足。 |
2070/11/3 | 東葛地域の諸県を東葛県として合併。 |
2072/2/14 | 独立30周年記念式典。GNPが世界67位から30位に急浮上。 |
同年/4/4 | 東葛紛争復興基金の解散。 |
2076/12/6 | 首相官邸を石守県に移動。首都は五江県として継続。 |
同年/12/8 | 経済成長率が初の1ケタになる。 |
企業
以下に東亜連邦内の企業を羅列する。
事件
以下で東亜連邦独立以降に国内で発生した諸事件を羅列する。(ただし、政府により決定されている指定及び準指定重大事件のみ。)
罪種 | 事件名 | 発生年月日 | 犯人 | 説明 | 備考 |
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殺人 | 保川首相暗殺事件 | 2066年6月5日 | 加藤 義光 | 当時の東亜連邦首相・保川 万千夫が銃の暴発により死亡した事件。 | 銃の暴発によるものであるため議論あり。 |
守り人事件 | 2067年12月11日 | 戸塚 充紀 | 小説『守り人』の作者であった戸塚 充紀が、トラブルになっていた編集者一家を殺害した事件。戸塚は死刑。 | 事件名は小説の内容が事件と酷似していたことから。 | |
テロリズム | 五・六事件? | 2055年5月6日 | 儀和 忠恒ら20名 | 東葛レジスタンスを名乗るグループが東ドレン・東亜国境ゲートを爆破した事件 | |
六月騒動? | 2055年6月11日 | 吉田 嘉一郎ら13名 | 東葛レジスタンスの後継を名乗るグループによる暴動事件。東亜連邦国内からの東ドレン勢力の完全排除を唱えたが、鎮圧された。 | ||
ナオキ爆弾事件? | 2062年1月11日~6月12日 | 不明 | 「露川 ナオキ」を名乗る人物による公共施設連続爆破事件。そのうちの一つ、案哲講堂付近で発生した爆破事件の影響で2名の死者が出た。現時点で公式でテロリズムと認定された最後の事件。 |
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