ソ連 RankIII 駆逐戦車 SU-100Y
概要
クソデカ段ボール。火力だけが取り柄の駆逐戦車。
ちなみにSU-100Yと書いてあるので100mm砲かと思いきや130mm砲
車両情報(v2.25.0)
車両性能
項目 | 数値 |
---|---|
砲塔旋回速度(°/s) | 7.2 |
俯角/仰角(°) | -5/15 |
リロード速度(秒) | 19.2 |
スタビライザー/維持速度(km/h) | 無し / - |
車体装甲厚 (前/側/後)(mm) | 60 / 60 / 60 |
砲塔装甲厚 (前/側/後)(mm) | 60 / 60 / 60 |
重量(t) | 64.0 |
エンジン出力(hp) | 800 |
1,850rpm | |
最高速度(km/h) | 35 |
実測前進~後退速度(km/h) | *** ~ -*** |
視界(%) | 250 |
乗員数(人) | 6 |
武装
名称 | 搭載数 | 弾薬数 | |
---|---|---|---|
主砲 | 130 mm B-13 cannon | 1 | 30 |
弾薬*1
名称 | 砲弾名 | 弾種 | 弾頭重量 (kg) | 爆薬量 (kg) | 初速 (m/s) | 貫徹力(mm) | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
10m | 100m | 500m | 1000m | 1500m | 2000m | ||||||
130 mm B-13-S2 | PB-46A | SAPCBC | 33.5 | 2.35 | 870 | 202 | 199 | 190 | 179 | 168 | 158 |
OF-46 | HE | 33.4 | 3.58 | 870 | 36 |
小隊ツリー
解説
特徴
ソ連の試作自走砲、マウスのような軍艦クラスの砲身・・・ではなく、もともと駆逐艦の主砲である130mm砲を搭載しており恐ろしいほどの火力と精度、そして貫通力を兼ね備えている
【火力】
搭載されている駆逐艦用の130mm B-13砲は50口径とIS-2などが搭載している48.5口径122mm D25-Tより大口径、長砲身なので、500mの距離で200mmの貫徹力を持つ。例え格上と当たっても大抵の敵は弱点を狙わずとも容易く装甲を貫徹することができる。また砲弾重量は34kg、炸薬はTNT換算で2.35kg(122mm砲は砲弾重量25kgで炸薬量は272g、あの128mm砲でさえ炸薬は550g)もあるので、貫徹すれば殆どの敵を一撃で吹き飛ばすことができる。
その上弾道の伸びが凄まじく精度もこのランク帯でもトップ。というかランクVIIのマウスの主砲と同等クラス。
またあまり使うことはないがHE弾も大口径なので十分に通用する。どうしても抜けない敵などには有効かもしれない(もっともこのランク帯では抜けない事は殆ど無いであろうが)。
早い話、152mmの火力を適度に落として精度と貫通力を極限まで高めた砲といえる。
ただ装填速度は19.2秒と152mmと比べればマシなレベルなので、撃ったら隠れるなどして敵からの射線を切るようにしよう。
【防御力】
車体の傾斜がキツイ所は100~130mmとランクに対して十分な装甲だが、如何せん垂直装甲が多く、スペック通りの数値しか期待できない。
しかし車体と砲の構造がばかでかく、搭乗員も6名とそこそこ多いので2、3発貫通しても意外と持つことが多い。
だが車体の大きさは視認されやすく被弾しやすいことも意味しているし、砲関係の物が起これば自爆する可能性も当然起きるようになる。
格上マッチでもなければ一発でスクラップ・・・はないものの被弾する事に確実にダメージは蓄積されるので見つからず攻撃されないことに越したことはない。
また巨大建造物共通の欠点で爆撃に滅法弱いことも注意。
【機動力】
多砲塔の車体だから当然悪い・・・わけでもなくティーガー E型と同じぐらいの加速と安定性は備えている。何気に旋回も良好である。
しかしバックは時速-4kmと極めて遅く、あくまで陣地移動に支障がでない程度でしかないので過信しないこと。
史実
SU-100Yは量産が中止になったT-100多砲塔戦車に海軍の130mmB-13艦砲を搭載した自走砲である。文献によってはT-100YやSU-130とも呼ばれている。
本車はトーチカや敵戦車を無力化することを目的としており、1940年3月にプロトタイプ1両が製作されたが量産には至らなかった。
基となったT-100多砲塔戦車は1939年11月30日 - 1940年3月13日までに勃発した、第1次ソ連・フィンランド戦争(冬戦争)において、同じ多砲塔戦車のSMK重戦車・単一砲塔のKV-1重戦車の試作車両で重戦車中隊を構成して実戦に参加したが、競合相手のSMK重戦車は実戦投入されたが早々雪溜りによって行動不能に陥った。(地雷または収束爆薬による肉薄攻撃による損傷説もあり)
機甲局総監D.G.パブロフの指令により回収が試みられたがSMKの重量により不可能であったためその後スクラップとなり、その後KV-1重戦車の優越が証明された為、T-100は実戦にまともに参加することなく不採用となってしまった。
一方、T-100をベースにした工兵戦車の開発が進められていたが、D.G.パブロフは目的を対トーチカ戦への変更を命令。KV-1の76mm戦車砲L-11ではマンネルヘイム線に設置されたトーチカに対して火力不足とされ、1939年に装甲車両局は「152mm加農砲ないし大初速砲のT-100車体への搭載」を求め、キーロフ工場が設計を担当した。
これに従って152mm榴弾砲M-10では先に完成していたKV-2と火力が変わらずその折角の大型車体が生かせないため、海軍の130mm艦砲B-13-S2をそのまま搭載したT-100Xが設計されたが、砲架を覆うような形だったため形状が複雑で生産効率を向上させるためにキーロフ工場は砲塔を簡易化したものに変更。これがT-100Yつまり、SU-100Yとなった。
1940年3月14日には完成、早速第1次ソ連・フィンランド戦争に投入される筈だったが、その翌日にフィンランドとの休戦が成立したことでやはり実戦には参加できなかった。
その後1940年夏にクビンカで試験を受け、1941年11月にはモスクワ防衛のため独立特別任務重砲兵戦車大隊に配備された所までは確認されているが、独ソ戦など、実戦に関わったという記録は残っていない。
現在SU-100Yはクビンカ戦車博物館でその姿を見ることができる。
小ネタ
装填時間に関しては調整を受けており、実際は分間10~12発とされている。
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