【キャラ一覧( 無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE / NEW / SUN / LUMINOUS )】【マップ一覧( SUN / LUMINOUS )】
Illustrator:姐川
名前 | 冴川芽依(さえかわ めい) |
---|---|
年齢 | 16歳 |
職業 | 高校生1年生 |
- 2022年10月13日追加
- SUN ep.Iマップ1(進行度1/SUN時点で105マス/累計105マス)課題曲「インパアフェクシオン・ホワイトガアル」クリアで入手。
- トランスフォーム*1することにより「冴川 芽依/ニュートゥモロー」へと名前とグラフィックが変化する。
大物女優の娘として生まれた少女。
“無味無臭の冴川芽依”を演じ続けている。
…はずだった。
スキル
RANK | 獲得スキルシード | 個数 |
---|---|---|
1 | オールガード【SUN】 | ×5 |
5 | ×1 | |
10 | ×5 | |
15 | ×1 |
オールガード【SUN】 [GUARD]
- 固定ボーナスと回数制限付きのダメージ無効効果を持つ初心者向けスキル。天使の息吹と比べて、ダメージ無効効果の代わりに開始ボーナス量が少ない。
- オールガード【NEW】と比較すると、同じGRADEでもこちらの方がボーナスが3000多い。
- SUN初回プレイ時に入手できるスキルシードは、NEW PLUSまでに入手したスキルシードの数に応じて変化する(推定最大100個(GRADE101))。
- GRADE70でボーナス量は頭打ちになり、GRADE71以降はダメージ無効回数が増加するようになる。
なおGRADE200で無効回数増加も打ち止めとなる。- なお、CHUNITH-NETではダメージ無効回数は確認できないため注意。
効果 推定理論値:89700(5本+11700/18k)
[条件:GRADE70以上?]ゲーム開始時にボーナス +????
一定回数ダメージを無効化 (??回)GRADE ボーナス 無効回数 1 +9000 (20回) 2 +9300 (20回) 3 +9600 (20回) ▼ゲージ5本可能(+18000) 31 +18000 (20回) 41 +21000 (20回) 51 +24000 (20回) 61 +27000 (20回) 70 +29700 (20回) 71 +29700 (21回) 72 +29700 (22回) 73 +29700 (23回) 80 +29700 (30回) 90 +29700 (40回) 100 +29700 (50回) 101 +29700 (51回) ▲NEW PLUS引継ぎ上限 150 +29700 (100回) 200~ +29700 (150回) 推定データ n
(1~70)+8700
+(n x 300)(20回) シード+1 +300 シード+5 +1500 n
(70~200)+29700 ((n-50)回) シード+1 (+1回) シード+5 (+5回)
プレイ環境と最大GRADEの関係
開始時期 | 最大GRADE |
---|---|
SUN+ | 154 |
SUN | 193 |
~NEW+ | 293 |
所有キャラ
- CHUNITHMマップで入手できるキャラクター
- ゲキチュウマイマップで入手できるキャラクター
※1:同マップ進行度1の全てのエリアをクリアする必要がある。
バージョン マップ キャラクター SUN オンゲキ
Chapter2井之原 小星
/パンダ親分はサボりたい東雲 つむぎ
/Summer☆SplashSUN+ オンゲキ
Chapter3日向 千夏
/Himawari※1高瀬 梨緒
/聖夜のハッピーベル※2井之原 小星
/お任せオートプレイ?※3
※2:同マップ進行度2の全てのエリアをクリアする必要がある。
※3:同マップ進行度3の全てのエリアをクリアする必要がある。
- 期間限定で入手できる所有キャラ
カードメイカーやEVENTマップといった登場時に期間終了日が告知されているキャラ。
また、過去に筐体で入手できたが現在は筐体で入手ができなくなったキャラを含む。- EVENTマップで入手できるキャラクター
- EVENTマップで入手できるキャラクター
ランクテーブル
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
スキル | スキル | |||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
スキル | ||||
11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
スキル | ||||
16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
スキル |
・・・ | 50 | ・・・・・・ | 100 | |
スキル | スキル |
STORY
人は、“意識せずとも無数の自分を演じている”のだという。
学校、仕事、友人、恋人、親。
様々な場面で誰かと対峙するとき、程度の差はあれど人は相手に見せたい理想の自分を演じる。
あくまでも、“自分のために”――。
高校に入学してから早くも1ヶ月が過ぎた、ある日の昼休み。
私は登校途中で買ったコンビニのサンドイッチを義務的に流し込むと、本屋に平積みしてあっただけの大して興味もない小説を開く。
ひと月も経てば人間関係も十分構築されたのか、教室内はあちこちでおしゃべりの声が響いていて少し耳に障る。
案の定、本の内容なんてまったく頭に入らず、ただ目を流して読んでいる風を装っていると、クラスメイトの女子が声をかけてきた。
「ねえ、“委員長”。このあいだの提出物っていつまでだっけ?」
「今週いっぱいですよ。絶対厳守、と先生がおっしゃってたので、気をつけたほうがいいかもしれません」
私は柔和な笑顔を浮かべて、そう返す。
クラスメイトは「ありがと」と簡潔に言って仲良しグループの待つ席へと戻っていくと、顔を見合わせてクスクスと笑い出した。
声は聞こえないけど、内容は想像できる。
たぶん、私を笑っているのだろう。
私は――“委員長じゃない”。
本当の委員長は他にちゃんといるし、私がそんな面倒そうな役職を率先して担当するわけがない。
真面目で成績も良く、身なりもきちんと整えていて隙がない――“委員長”というのは、そんな私を形容してつけられた“あだ名”だ。
あだ名というには好意的なものじゃないかもしれない。
入学以来、同級生に対しても一貫して敬語で話す私の口調が滑稽に映ったらしく、「委員長」と呼ぶ声には同級生だけじゃなく先生まで、誰もが小馬鹿にしたようなニュアンスを含んでいる。
教壇側の扉がガラリと開くと、隣のクラスの男子が入ってきた。
早くも一部の女子の間で“学年一のイケメン”と認定されている男子生徒。
彼が入ってきたことに気づいた先ほどの女子達は、瞬時に髪を整えると下品なおしゃべりをパタと止める。やがて“イケメン”が友人と教室を出ると、今度は一斉にだらしなく背もたれに体を預けた。
――演じている。
誰だって演じている。
可愛く見られたい、立派に思われたい、高く評価されたい。
相手にとっての自分の価値をあげるため、自発的に。
それは私だって同じ。
でも、その度合いはまったく違う。
私は、ずっと“別の人間”を演じている。
成績優秀、品行方正な委員長という人間を。
――もちろん、そんなものはぜーーーーーーーーーんぶ嘘。
嘘という蝋を流し込んで作った仮面を被り、一言一句、立ち振る舞い、行動の全て、全てが偽物の『冴川芽依』という人物になりすましている。
そこに、本当の自分は微塵も存在しない。
そうすることでしか、私は生きてこれなかったから。
10代でデビューして以来、ドラマ、映画、舞台を問わず確かな実力でトップに上り詰めた大女優――そんな大物の娘として、私は生まれた。
物心がつく前に離婚した母と二人で過ごしてきた私は、常に期待の目を向けられ続けてきた。
「大女優の娘はどんな振る舞いをみせるのだろう」という好奇の目。
ゲームや漫画のキャラでもないのに、二言目には「才能」「血筋」「遺伝」。
さらには「可愛い」だとか「可愛くない」だとか、無遠慮に浴びせられる身勝手な評価。
母の関係者、街中、道端、小学校、中学校、ありとあらゆる場所で、私は期待される。
“何か面白いものが見られる”んじゃないか、そんなくだらない期待を。
母は守ってはくれなかった。というか、いつも仕事詰めで家に帰ってくることがほとんどなかったから、私がどんなことを思っているか気づきもしなかっただろう。
着飾って派手な言動を見せれば、「さすがあの人の娘」。
無愛想で反抗的な態度を見せれば、「あの人の娘なのに」。
何もかもにうんざりして、誰かに頼るとことも許されなかった私は、いつしか自分の思う“無味無臭の冴川芽依”を作り出していた。
無駄に喜ばせず、がっかりもさせず、女優の母など無縁そうな、無難な自分を。
そうして作り上げた冴川芽依を演じることで、私は私の心を守ってきた。
だけど、そんな歪なことを続けていたからか、守っていたつもりの心も近頃はなんだかおかしい。
いつからか私は、本当の自分というものがどんな人間だったのか、すっかり忘れてしまっていた。
ふと、教室の扉の窓からの視線に気がついて向くと、廊下からこちらを覗く別のクラスの男子達と目が合った。
彼らは冗談まじりに焦ったような素振りを見せると、笑いながら走り去っていく。
その様子を見た私は、気怠げに息を吐いた。
――私が女優の娘だと、バレはじめてるみたいだ。
どんなに自分が隠していても、人の噂というものは誰にも止められないのかもしれない。
小学校や中学校でもこの感覚は味わった。
無駄にちやほやされたり、よそよそしかったり。今回は、“なんとなく気に食わない”というタイプのやつだろう。
そんな空気がクラスだけじゃなく、学年全体に蔓延していくのを肌で感じる。
“委員長”などと小馬鹿にした呼び方をされる
もうひとつの理由は、これが原因だ。
わざわざ一人暮らししてまで地方に引っ越してきたのに、これじゃもうほとんど意味がない。
またつまらない学校生活が始まる。
こんなことなら東京に居続ければよかった。
再び小説へ目を落としながら、私は心の中でぼやいていた。
でも、私は“冴川芽依”を演じる自分を崩さない。
不愉快な気持ちを一切態度に出すことなく、口元はしっかり微笑を携えたままで。
新入生が学校生活に慣れてから、という思惑なのだろう。入学からひと月が過ぎるのを待って、部活を決めるための見学期間が始まった。
体育会文化系問わず、この学校は比較的部活動が盛んらしく、上級生による熱心な勧誘活動が繰り広げられている。
登校時、昼休み、放課後。私もあちこちから誘いを受けたが、どれもカドが立たないように丁重にお断りした。
興味のあるなしじゃなく、部活なんか最初から入るつもりがなかったからだ。
やがて、見学期間が始まってから1週間が経った。
勧誘活動が許可されている最終日だけれど、ほとんどの新入生はすでに入る部を決めているため、勧誘している上級生の姿はまばら。
つまり、ギリギリまで粘っているところは不人気な部ともいえる。
すでに部活を始めているクラスメイト達を尻目にさっさと帰り支度を済ませた私は、教室を出て校門へと向かう。
なぜか1年生は最上階。階段を上るのも下りるのもしんどくて嫌だな、なんてことを考えながら廊下を歩いていると、窓の外――中庭から声がすることに気がついた。
誰かがふざけて騒いでるようなものじゃない。お腹から声を響かせた、誰かに届けるための声。
なんとなく気になった私は、窓から顔を出してその声の出所を探してみる。
中庭の真ん中には、使い古した木製パレットを並べただけの、お世辞にも立派とは言えないステージのようなものが見えた。
その上に置かれた椅子には、女子生徒がひとり。
他には誰もおらず、たったひとりで何かセリフのようなものをしゃべっている。
「…………劇?」
まっすぐ帰ってもよかった。でも、急いで帰ったところで遊びに行くような友達もおらず、勉強くらいしかやることのない私は、なんとなくそれを見てみることにした。
明るく色を抜いた派手なショートカット。着崩した制服が妙に似合うその生徒は、椅子に座ったままセリフだけで物語を進行させていく。
見ているうち、どんな内容かはすぐに分かった。
教会の懺悔室で過ちを告白する男。自分の罪を自問自答するように話すうち、男は自分の中の狂気に気付いていく――そんな内容だ。
初めは特別に演技が上手いとも感じなかった。
ハスキーで、どちらかというと通りがいいわけでもない声だし、場面とはちぐはぐな動きをすることも時々ある。
それでも、なぜか私は彼女から目を離すことができずにいた。
なんてことはない片田舎の高校の中庭に、凶行に走ろうとする血走った目をした恐ろしい男が本当にいるような錯覚に陥っていく。
気づけばクライマックスを迎え、「本当の自分に戻ることができた」と言い残した男が部屋を出たところで、劇は終わった。
部屋から出る動作をステージから下りることで表現していたショートカットの生徒は、しばらくそのままじっとしていたかと思うと、突然首を起こし校舎を見上げて言う。
「見てくれてありがと~~~~!!」
それは観客への感謝の言葉。
最初から最後までたったひとりしかいなかった観客――つまり私への言葉だった。
舞台上の役者から客席の自分に突然指を指されたような気持ちになった私は、驚いて固まってしまう。でも、私からのリアクションも待たずにショートカットの生徒はこう続けた。
「ちょっとさ、話そ~よ~! そっち行くから待ってて~」
来る? ここへ? 私と話すために?
私はカバンを掴み、反射的に走り出した。
派手な髪、着崩した制服。
部活なのか趣味なのか分からないけど、ひとりであんな目立つことをやってのける心の強さ。
面倒なことになることは目に見えてる。
だから私は、逃げた。
間違っても遭遇しないように、中庭から一番遠いルートを選んで校門を目指し走る。
校門を抜けてからも追いつかれるのを警戒して、裏道に入ったところでやっと足を緩めた。
息があがる。
肩が上下する。
シャツも少し汗ばんでいる。
運動は苦手じゃないし、全速力で走ったわけじゃない。
なのに、どんなに呼吸を整えても胸のドキドキだけはおさまらないでいる。
「なんだったんだろう……あの人……」
その日から、私の頭の片隅にある風景にずっと。
ショートカットの前髪を揺らすあの人の姿が、こびりついていた。
春の空気はあっという間に消え去り、梅雨入り前だというのに、もう夏以外の何者でもないじゃないかと不満を言いたくなるほど暑い日のこと。
週終わりのロングホームルームで教壇に立つ先生が、どことなくばつの悪そうな顔でこう言った。
「えー、先週有志を募った毎年末の県内演劇コンクールだが、結局希望者がいないらしい。だが、ゼロというのは学校としても厳しいんだ。なのでこのクラスから誰か出てくれないかー」
先週、先生から事情を含めて説明された、この県で毎年行われるという演劇コンクール。
学校ごとに一組は強制的に参加を促されているこのコンクールは、例年自発的に参加する生徒が必ずいたのだが、今年はゼロ。だからこのクラスから募りたいと先生は話す。
改めて参加者を募るのはまだ分かる。だが、それがうちのクラスである必要はないはず。1年の他のクラス、それどころか上級生達からでもいいはずだ。
おそらくその口ぶりから察するに、教員の間で安請け合いしてしまったという気配がありありと伝わってきた。
当然、そんなものに出るつもりはない。
そもそも強制というのがおかしいし、やる気がない学校をコンクールに出させても無意味だ。
そんなことを考えながら、ぼんやりと傍観者を気取っていたその時だった。
「先生! そういうことなら、冴川さんがいいと思います!」
私のことを一番初めに“委員長”と呼び始めたクラスの女子が、高らかに声を上げて言った。
自分とは関係ない話だと決め込んでいたから、それが私のことを指しているのだと気づくまでに時間がかかった。
驚き、焦り出したときには、教室内はそわそわと盛り上がりはじめている。
「えっ? 私ですか?」
「そうだよ! 委員長にぴったりの話じゃん!」
「ええっと……よく分からないのですが……」
「いやもうトボケるのとかいいし! あの大女優、“佐江川明日香”の娘なら余裕でしょ!」
――ついに言われてしまった。それも、クラスみんなの前で。
これまではあくまで遠巻きにコソコソ言われるだけだったのに、今一線を超えた。
それがきっかけとなったのか、まるで勝手に“タブーを解禁”したように、クラス中が一気に湧き上がる。
「やっぱマジだったのか」「てゆーかめっちゃ似てるし」「イメージ違くね」など各々好きなことを言い、こちらは何も答えていないのにそれが“事実”ということになっていく。
「そうかそうか、冴川がやってくれるなら良いものになりそうだな!」
「ち、ちょっと……私は、違っ……」
「いやー親族ということは教員に伝達されていたんだが、みんな知っているようで安心したぞ!」
先生が満面の笑みでそう言った。
全力で「違う」と弁明し、シラを切り通すこともできたかもしれない。
でも、先生の一言でそれも断たれた。
今私にできることは娘だと認めた上で、多少怒りを込めてでも声を荒げて断ること。
もしくは――
「……分かりました。演技なんてしたことないので、あまり期待はしないでくださいね」
湧くクラスの雰囲気を壊し、息苦しさを味わい続ける勇気など、私にはない。
今の私が私でいられるための最も傷が少ない選択として、私は劇に出ることを選んだ。
クラス中が、満足そうに私を見る。
誰も彼も、悪気があるわけじゃない――むしろ悪気があれば私だって戦おうという気持ちになれた。
みんな、ただ知らないだけなんだ。
だから私は、いつも苦しい。
「よし、じゃあ冴川は明日の放課後から演劇部に行ってくれ。毎年合同練習することになっているから、色々教えてもらえるだろう!」
「はい……」
「有志は冴川ひとりになってしまったが……まあ心配するな。きっと演劇部の連中が迎えてくれるさ」
無責任な先生の一言でホームルームが終わり、私はそそくさと荷物をまとめて家に帰った。
やる気なんてない。ああ言ったのも、とりあえずその場の空気から逃げたみたいなものだ。
タイミングを見てすっぽかしてしまおうか、それとも当日風邪でもひいてみようか。
どれも悪目立ちしそうで気が引ける。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう……」
家に帰った私は、ベッドに寝転びながら天を仰ぐ。
いつもいつもこんなことばかりだ。
女優の娘だからなんだ、私はこれといった才能もない普通の高校生なのに。
あれもこれもクラスメイトのせい、先生のせい、そして――母のせいだ。
私はスマホを取り出し、少ない登録メモリの中から母の名前を表示させる。
一度くらい思い切り文句をつけてやろうか。
あなたのせいで私はこんなに迷惑を被ってるんだ、って。
少しだけそんなことを考えて、私はスマホを手放した。ベッドの上で一度だけ跳ねて、フローリングの床に落ちる。
そんなことしたって何の意味もない。
それができるなら、とっくにやっている。
私は自分がとことん馬鹿らしくなって自嘲気味に笑うと、制服も脱がずに眠りに落ちた。
鬱々した気持ちで重い足を引きずるように廊下を歩く。
放課後の学校。1年生には馴染みのない、空き教室が並ぶ階だ。
私は『演劇部』とおざなりに書かれた紙が貼ってある教室につくと、おっかなびっくり扉を開けた。
「こんにちはぁ……」
開ける前からそんな気はしていたが、部屋の中に活気がない。
というか、人がいない。
なんだかステレオタイプな稽古の声が聞こえてくるものだと思っていたこともあって、面食らってしまう。
「教室を間違えたのかなぁ……」
そう思って踵を返そうとしたその瞬間。
部屋の隅にあった掃除用具ロッカーの扉が、けたたましい音を立てて開け放たれた。
「わあっ!!」
気の抜けた声をあげながら、中から飛び出してきた不審者が一人。
私は心臓が飛び出していないか胸に手を当てて確認しながら、こんなイタズラをする不届き者は何者だと観察する。
大きく開いたシャツの胸元には、だらしなくぶらさがった緑のリボンタイ。3年生だ。
裾も仕舞ってないし、スカートもかなり短い。
極め付けに、明るく脱色したショートカット――
「あっ」
私が続きを言う前に、先輩らしき人物は両手を頭上に大きく広げたまま言った。
「こないだのお客さんじゃ~ん!」
「あなたは中庭にいた……先輩」
「あたしは久野木梨生(くのぎりお)。よろしくぅ~」
「1年の冴川芽依です。よろしくお願いします、久野木先輩」
「長い長い~。リオちゃんって呼んで」
「梨生……先輩」
「リオちゃん」
「梨生先輩」
「あはっ、かてぇ~~~」
そう言って、梨生先輩は天を仰いで笑う。
どうやらなかなかフランクな性格の人みたいだ。周りにはあまりいないタイプ。
「んじゃ、あらためて。いらっしゃい~演劇部へよ~こそ~」
「お世話になります……あの、他の部員の方はいらっしゃらないんですか?」
「ん~、いないよ。演劇部は私ひとりだけ」
「え、それでは部として成り立ってないのでは……」
「どして? 別にひとりでも演劇はできるよ? ま、確かに来年新入部員が集まらなかったら廃部なんだけど。あたしは卒業しちゃうから、これはもう祈るしかないよね」
「はあ……」
梨生先輩が言うには、春までは多少部員がいたらしい。
だが、もともと熱心に打ち込んでいたわけではなかったようで、「受験勉強のため」先輩以外の3年生が退部。それに便乗するように2年生もやめてしまったのだそうだ。
「一応勧誘頑張ってみたんだけどさ~、誰も入部してくれなかったよ~」
「あのお芝居、部員勧誘だったんですね……」
演劇部が置かれている厳しい現状を聞いて、私は別の理由で戦慄する。
最悪の場合、木の役かなんかをもらって端っこでやり過ごそうと思っていたのに、ふたりじゃそれも許されない。
そして、これからの練習も舞台への出演も、私はこの先輩とふたりきり。
全てにおいてなんとなくやり過ごすことを信条としてきた私にとっては、かなり辛い状況だ。
「というわけで、このあたしがビシビシ鍛えてあげるから、覚悟しな~」
「はい……」
「じゃ、早速だけど“読み合わせ”でもやってみよっか」
「“読み合わせ”って確か……台本を読み合う、という……」
「そそ、それそれ。一緒に台本を読んで、状況とか立ち位置とか色々確認するコト。今回はお互いどんな感じか知ってみよ~ってテンションかな」
「ああ、何かで見たことがあります」
「だよねだよね。じゃ、これ台本。せっかくだから、ちょっとマジでやってみて~」
先輩はそう言って私に台本を渡すと、教室の中央に椅子を引きずってきて向かい合うようふたつ並べた。
タイトルを見ると、海外でアニメ映画にもなっていた有名作だった。私も子供の頃見たことがある。
多少なりともあらすじが分かっているのはありがたい。
「全部やると大変だから、ふたりの掛け合いが多いこのシーンだけね~」
ちょうど先輩のセリフからだ。
先輩が一言目を発した瞬間、私はドキリとする。
さっきまでのふにゃふにゃとした喋り方の人とはまるで別人みたいに、言葉が説得力をもって胸に響く。
中庭で見た時もそうだけど、もしかしたらこの人はすごい人なのかもしれない。
先輩がそれだけの熱量で始めたことに引っ張られるように、私も自分なりに感情を込めて演技してみる。
何かを本気で取り組んでる人の前で、おちゃらけるなんてできないから。
子供の頃、子役をやってみないかという話もあったけど、当然全部断ってきた。だから演技のやり方なんて知らない。それでも精一杯、気持ちを込めて。
「……はい、ここまで~」
「お疲れ様です」
「うんうん、おつかれ~」
「あの……どうでしたでしょうか。私、演技なんてしたことなくて……」
分からないなりに頑張った。
自分ではそれらしい風にはなったと思う。
心の隅に少しの期待を抱いて訪ねた私に、先輩は憎らしいくらい良い笑顔でこう言った。
「いや~~~~芽依ちゃんヘタだね~~!!」
「なっ!?」
いくら先輩だからって、なんて失礼なことを言うんだろうこの人は。
こっちは素人。ヘタなのは当たり前なのに。
「ああっと、ごめんごめん。演技がヘタって意味じゃないんだ。むしろ初めてとは思えないくらいグッときた~」
「……では、何がいけなかったのでしょうか」
「う~ん……なんていうか……力の使い方かなぁ。劇中劇って分かる? 劇の中の人が劇をするっていう、ちょっとややこしい見せ方なんだけど……なんかそんな感じがした」
「……もう少し具体的にお願いします」
「えっとね、劇中劇だってことをお客さんに分かりやすくするために、わざと大げさなお芝居をすることがあるのね。“もう演技してるけど、さらにしてるんですよ”~って。それに似てたのよ。上手なのにやりすぎ感あったから、ヘタとか言っちゃった。ごめんよ~」
「いえ……おっしゃった意味は分かりました」
冷静を装ってそう返したけれど、本当は内心驚いていた。
先輩はあくまで台本を読んだ私の力量について話していることは分かってる。
でも、“すでに演じている者が、さらに演じている”というその言葉が、まるで私がどうやって生きてきたのか見透かされているようで。
「まっ、今年のコンクールに芽依が来てくれてよかったよ。別にどんな子が来てもいいんだけどさ、芽依となら面白くなりそ~~って確信した」
「そう、ですか……」
「仕方なく来たんだろうけどさ、せっかくだから本気でやってみよ~よ!」
「な、なんで仕方なくって……あっ」
「あはっ、バレバレでしょ~! そんな顔してたら! とにかく、よろしくね芽依!」
「……はい。梨生先輩」
差し出してきた手を取ると、先輩がきゅっと掴んでくる。私もそれにならって、しっかりと掴み返した。
ついさっきまでクラスメイトや、先生や、分かりやすい芸名の母親を恨むくらいの気持ちだったくせに、自分でも調子いいなと思う。
でも、この先輩と一緒ならきっと“面白いこと”ができる。
そう思わせてくれるくらい梨生先輩の言葉は力強く、私の心にまっすぐ届いていた。
私が初心者ということもあって、まずは発声練習などの基礎練中心の日々が続いた。
やってみて初めて知ったけれど、目的があって大きな声を出すというのは思いのほか気持ちいい。
演じ続けてきた“冴川芽依”は決してそんなことをしないから、幼い頃以来の懐かしい感覚だった。
「やっぱ何回聞いても綺麗な声してるわぁ~~、うらやま~~!」
「ありがとうございます。でも、先輩も素敵な声ですよ?」
「お世辞はいいって~。自分が声ブスなくらい知ってるんだから~」
「そうですか。私、結構先輩の発声に感動してたのですが、見る目がないということですね」
「キミぃ~~! 後輩力高いね~~!!」
ふざけながら胸を張ってドヤ顔して見せてるけれど、本当に気を良くしているわけではないと思う。
先輩のことだ。きっと私の知らないもっと前に色んな壁にぶつかって、その度に乗り越えてきたのかもしれない。
毎日のように顔を合わせるうち、そんなことを考えるほどには先輩のことを少しは分かり始めていた。
「いったんきゅ~け~。暑いから水飲んでね~」
「はい」
言われた通りバッグからマグボトルを取り出して飲む。
そんな私をニコニコしながら見ていた先輩は、開けた窓から顔を出して言った。
「見てよ~グラウンドの男の子達。お昼食べてすぐなのに、よくあんなに動けるよね」
「熱中症にならないか心配ですね」
「ねー? しっかし毎日暑いな~」
「もう本格的な夏ですから。もうすぐ夏休みですし」
「あ、そういえばさ、夏休みガッツリ練習しようと思うんだけど……いける?」
「大丈夫ですよ。宿題と自習くらいで、特にやることもないので」
「おお~う、燃えてきた~~! 演劇部らしくなってきたじゃ~ん!」
「ふふ、私は部員じゃないですけどね」
高校生になってから初めての夏休み。
やることもないけれど、それ自体は歓迎していた。
毎日余計な気を使わなくていいという、後ろ向きな理由だったけれど。
だから誰かと一緒に夏休みを過ごす未来が来るなんて、考えもしなかった。
ただ、いまだに演劇をすることに本気になれていない自分に、先輩を付き合わせてしまうということだけは少し心苦しい。
そよそよと吹く風で涼を取りつつ、校庭でバスケをしている男子達をふたりで黙って見ていたら、ふいに予鈴のチャイムが鳴った。
「あっ、昼休み終わりか~」
「もうこんな時間だったなんて……すみません、急いで教室戻らないと」
「……今日はもうよくない?」
「えっ?」
「これからさ、外で声出しやりに行こうよ! こんな狭い教室ばっかじゃ息つまるって~!」
「あの、これから午後の授業ですよ?」
「この際いいっしょ~~!!」
私の腕を掴むと、途端に先輩は走り出す。
廊下を駆け、階段を降りて下駄箱へ。ついには静まりかえる校門前の駐輪場まで来てしまった。
振り返ると、校舎の窓からどこかの教室が見える。窓際では教壇の方を向いている生徒が並んでいて、もう授業が始まっているのが分かった。
今頃私のクラスではどうなっているだろうか。
私がいないことに誰も気づいていないか、それともちょっとした問題になっているか。
先輩の手を振りほどこうと思えばいくらでもできた。でもそうしなかったのは“私の意思”だ。
私が演劇部で練習していることはクラスのみんなが知っている。だから昼休みから戻るたび、みんな揃って同じ目で私を見る。「今日も頑張ってるね」と、悪気のない目と微笑みで。
私はたぶん――あの瞬間が嫌いだったんだ。
「何をしてるんだ! もう授業は始まってるぞ!?」
下駄箱から、馴染みのない先生がそう声をかけてきた。
まずい。見つかってしまった。
焦るばかりでその場に立ち尽くしてしまった私とは対照的に、先輩は自転車のスタンドを思いきり蹴飛ばしながら叫ぶ。
「乗って! 早く!!」
言われて我に返り、私は先輩が跨がる自転車の後ろに急いで飛び乗った。
後ろから聞こえてくる先生の制止の声にも耳を貸さず、先輩の漕ぐ自転車はグングン学校を置き去りにしていく。
お尻を乗せたスチールの荷台は、日を浴びていたのかほんのり熱い。
でも、手を回した先輩の腰から伝わる熱は、もっと熱い。
「くふっ……くくく……あははははは!!」
「ふふ……あははは……!」
なぜか自然とこみ上げてきて、堪え切れずにふたりで大声で笑ってしまう。
私は今日、初めて学校をサボった。
“冴川芽依”なら絶対にやらないことを、またやってしまった。
演じることで自分を守ろうとしたあの日の私。
あの日から積み上げ続けてきた、何重にも重なる心の壁を――先輩はひとつずつ壊していってしまう。
私は、そんな感覚を覚えていた。
夏休みももう半ばを過ぎた。
先輩が教室を窮屈に思っていたのは、あの日だけじゃなく元々だったようで、休み中は公園や河川敷など、外での練習を多くこなしている。
日陰を選んでいたとはいえ暑いし、通りすがりの人もいる。
だけど1週間もすれば暑さにも視線にも慣れ、今では先輩と演技内容について話せるほどになっていた。
「さっきのエチュードよかったんじゃな~い? 今までにないキャラ出てた」
「ありがとうございます。自分の中での課題だったんで、嬉しいです」
「最初は完全に“芽依”そのままだったもんね~。成長成長」
「梨生さんが別人に変わり過ぎなんですよ……」
エチュード。あらかじめ決めた設定だけを生かした即興劇。
設定以外は即興だから、アドリブ力や表現力を鍛えるのにすごくいい練習方法――だそうだ。
いまだに“冴川芽依”そのままになりがちな私とは違って、先輩は年齢、性別、時代、何もかも先輩とは違う人物に瞬時になりきることができる。
その度に私は、心の底から感心してしまう。
「でもさ、芽依って結構エチュード好きでしょ? なんか楽しそうだもん」
「そう……ですね。嫌いではないかもしれません」
以前先輩に指摘された“仮面つけたままの演技”。それはまだ克服できていない。
だけど、繰り返し自分とは違う誰かを演じ続けるうち、少しずつ捨て去ることができはじめているような気がしている。
お芝居という明確な目的があって演じるのは、正直楽しい。
それに、誰かを演じようとする瞬間――スイッチを入れるその一瞬だけは、忘れていた“本当の自分”を思い出せるような、そんな気がするから。
「あっ、見て見て。浴衣だ~」
先輩が土手の上を指さした。
私たちと同じ高校生くらいの女の子ふたりが、金魚と朝顔の浴衣を着て歩いている。
「そういえば今日はこれからお祭りみたいですよ」
「マジか~!? 完全に忘れてた~!」
そう言っている間に、遠くから微かに太鼓の音が聞こえてくる。
気づけばもう夕方だ。
「ほら、聞こえるじゃないですか」
「うわ~テンションあがるぅ~! 夏感すご~!」
「これから行きますか? お祭り」
「えっ、一緒に!? いいの~!?」
「どうせ梨生さんのほうから言い出していたでしょうから」
「さっすが分かってるね! 後輩!!」
「ふふ。でも汗かいちゃっているので、せめて着替えたいですね……」
一時帰宅の許可は下りず、私と先輩はそのままお祭り会場へと向かった。
隣町のお祭りではあるものの、この辺りでは比較的規模の大きいものらしく、クラスメイトの顔もちらほら見える。
私と先輩は、射的やいかにも当たらなそうなくじ引きなどの遊戯系には目もくれず、焼きそばやたこ焼き、かき氷などを買い込んで、完全に食い気に走った。
会場そばの川沿いに並ぶベンチに先輩と並んで座り、熱いたこ焼きに苦戦しながらチミチミと食べ進める。
お腹に響く太鼓の音が心地良い。
去年まで住んでた東京のマンションの近くでもお祭りはあった。でも防音窓に遮られて、その音色を聞いた記憶はない。
こんなに五感を使ってお祭りを楽しむなんて、生まれて初めてだ。
「よし! 次はりんご飴買いにいこ~!」
「まだ食べるんですか? お腹壊しますよ」
「へ~きへ~き! 今までのが晩ご飯、ここからはデザートだから!」
食べ過ぎなことには変わりないと思いながらも、仕方なく先輩と一緒に屋台が並ぶメインの通りに戻って歩く。
さっきまではどこも長蛇の列を作っていたけれど、みんなもお腹が満たされたのか短くなっていてホッとする。
お目当てのりんご飴の屋台の前で、順番を待っている数組のお客さんの後ろに並んだ時、どこかから微かに聞こえる話し声がやけに耳についた。
振り向いた先には、少し離れたところに派手な格好をした高校生くらいの女の人が3人。
こちらを見ながら顔を合わせてヒソヒソと何か話している。
その意図が私にはすぐに分かった。だって、慣れているから。
楽しそうに歪む口元、品定めするような視線、あることないこと言って笑いをあげる声。
だけど違和感がある。私を見ているようで、微妙に視線が絡まない。
じゃあ一体誰を見ているのだろう。そう思っていると、後ろに並んでいた先輩が私のシャツの裾を引っ張った。
「あ~……ごめん。アレ、たぶんあたしのこと」
――お祭り会場を後にした私達は、街灯の少ない夜道の足下を確かめるように、うつむき加減で歩いていた。
先輩はいつもと変わらない表情でりんご飴をちびちびかじっていたが、そのうちいかにも面倒そうな顔を作って話し始めた。
「なんか変なの見せちゃってごめんね~」
「いえ……」
「あいつら、ウチの学年のやつ。けっこ~派手目のグループなんだけど、嫌われてんだわ~あたし」
「そう、なんですね。ちょっと意外です」
「いやさ、あたしってこんな頭してるし校則は守らないし……その、ほら……言葉ヘタだから、言い方間違えたりするじゃん?」
「それは……確かにそうかもしれません」
「だから結構イラつかせたりしちゃって……あいつらだけじゃなくて学校で浮いてんのよ~。実は演劇部にあたししかいないのも、ちょっとは関係してたりして~」
私にとっての先輩は、自由奔放ではあるけれどしっかり引っ張ってくれる優しい人だ。
だからそんな先輩の姿なんて想像もしてなかったけれど、言われてみればそういう状況になることもあるかもしれないと理解できた。
「最初のうちはあいつらから仲間に入りなよ~って誘われてたんだけど、『気合わなそうだからヤダ』って断ったら、それ以来ず~っとあの調子。ウケるよね」
「あはは。それは梨生さんも悪いですよ」
「ほんっと~に心からどうでもいいし、これっぽっちも気にしてないんだけど~……芽依にやな思いさせたくなかったからさ」
「全然大丈夫ですよ。私も……なんていうか慣れてるので」
“私も”、なんて言ったけれど、先輩とはまったく違う。
私は好奇の視線を向けられて嫌な思いをしながらも、“冴川芽依”の仮面を被って笑ってやり過ごしていただけだ。
でも先輩は「嫌だ」と言った。きっとあの人達だけじゃなく、これまでも嫌なことには嫌と言い続けてきたんだろう。
それが分からなかった。そんな選択肢があるなんて、知らなかった。
何十回と通った道に知らない曲がり角を見つけたみたいに、私は面食らっていた。
「……梨生さんは怖くないんですか? 思ったことを隠さずに、ありのままの自分を通して……周りから嫌われても」
驚きと興味を抑えきれず、私は思わず尋ねてしまう。
だって先輩が選んだのは、私が一番恐れた生き方だったから。
なのに先輩は、当たり前のことを聞かれたように平然と答える。
「怖くなんてないよ~! むしろ嫌なことを我慢し続けたら、そんな自分ぜったい嫌いになっちゃう! そっちのほうが怖いな~!」
期待に応えたくない。でも嫌だとも言えない。
我慢して、逃げて。
そうやって作り出した“冴川芽依”を演じ続ける私。
私は――私を好きでいられてる?
「あっ、と。ウチこっちの道なんだ~。今日はここでお別れだね~!」
「あ、はい」
「これ、食べかけでごめんなんだけど、よかったら食べて~! んじゃ~ね~!」
こちらの返事も聞かずにりんご飴を押し付けてきた先輩が、手を振りながら脇道を入って去っていく。
なぜか私は、姿が見えなくなるまでその場でひらひらと手を振り返していた。
遠くからはまだ太鼓の音が、まるで心臓の音とリンクするように聞こえてくる。
ふと思い出して、渡されたりんご飴の断面をかじってみた。
「酸っぱい……」
あまり熟していないりんごだったのだろう。
飴の甘さよりも、その酸味だけが私の舌にこびりついていた。
散々うんざりさせられた暑さが、むしろ恋しくなりはじめた秋の終わり。
あれから練習を続け、今では基礎練だけじゃなく様々な演目を使った実践的なものも行うようになった。
学べば学ぶほど、演じることの魅力に気づいていく。
善人、悪人、ヒロイン、恋敵。求められたものをしっかりと表現する。
それはとても不自由で――自由だった。
ずっとこんな練習を繰り返していたかった。
でも、もう次のステップに進まなくてはいけない。
本番の演目はどうするか。決めるべきことはたくさんある。
そんな時期に差し掛かったある日、先輩は神妙な顔をして唐突にこんなことを私に伝えてきた。
「本番だけど、私は一緒に出ない。舞台に立つのは芽衣ひとりだよ」
「……えっ? どうしてですか? 私は梨生さんと出るものだと……」
「ごめんね。実は最初から決めてたんだ。だから、ひとりでも舞台で通用するように、結構駆け足で教えてきたつもり」
「……理由を教えてもらえますか」
コンクールが行われる冬休み、いくつかの東京の劇団でオーディションが行われるそうだ。
もともと休みを全部使ってそれらを受けるつもりだった先輩だったが、まさかコンクールに参加する有志が私ひとりだとは思っていなかったらしい。
だから万が一の場合は、責任をとってオーディションを諦め、先輩ひとりででも出るつもりだった。
だけど先輩いわく、想像以上に“私が育った”らしい。
これなら本番にだって自信を持って送り出せる。だけど、無理だというなら断ってくれてもいい。そう先輩は言った。
その問いかけに、私は自分でも驚くほどあっさりと「出ます」と答えた。
先輩は嘘をつかない。そんな人が自信を持って送り出せるほど育ったと言ってくれたのなら、私は応えたい。
あんなに人の期待にうんざりしていた私が、心から応えたいと。そう思えたのだ。
覚悟は決まった。やるべきことも分かっている。
それなのに――
「もういいかげんに決めないとですよね……本番の演目……」
いつもの演劇部の部室で、机を囲んで会議している私達。
あれからもう2週間が経つというのに、いまだに何の劇をやるのか決まらずに頭を悩ませている。
本番まで残された時間はそう多くない。これまで以上に実践的な練習はしているものの、さすがにそろそろ本番の稽古に入らなくてはまずいのだ。
先輩はオーバーサイズのカーディガンの余った袖をつまんでいじりつつ、難しい顔をして色々と考えている。
演劇1年生の私は、当然知識も少ない。演目自体をあまり知らない私は先輩に頼らざるを得ない状況だ。
「うーん……うーん……」
「すみません、考えてもらっちゃって。私も色々調べたんですが、やっぱりよく分からなくて」
「いいのいいの~! こうなったのも私のせいなとこあるし~! 候補は何個かあるんだけど、なんかしっくりこなくてさ~」
会議は絶賛難航中。
このままふたりで唸り続けていてもしょうがない。
気分転換とばかりに私は雑談を持ちかけてみた。
「本番、梨生さんは観に来られないんですよね」
「あ~……うん、ごめんよ。結果はすぐに出るらしいんだけど、内容次第で受かるまでは冬休みいっぱい使ってあちこち受けたくてさ……」
「いいんです。頑張ってください。でも私の初舞台が生で観られないなんて、可哀想ですね」
「くうっ! 言うようになったね~! 実際おしいけどさ~!」
そんな場合じゃないのは分かっているけれど、先輩とこうして他愛のないことを話している時間は楽しい。
この流れに乗って、この際もっと先輩のことを聞いてみようと思った。
先輩が自分のことを話すのは珍しい。
あの夏の日だって、私に気を使って必要だったから話してくれただけだ。
だから私は、もうちょっと踏み込んで質問してみる。
「梨生さんは、ずっと役者を目指していたんですか?」
「うん、ちっちゃい頃から。憧れの人がいてさ~」
「へえ、そうなんですね。私も知ってる人ですかね」
私は何気なくそう聞いた。
芸能人には詳しくないけど、先輩がどんな人に憧れているのか知りたかったから。
でも、その口から出てきた名前は、誰よりもよく知る人物の名前だった。
「……“佐江川明日香”。たぶんだけど、芽依のママ、なんだよね?」
私はすぐに返事ができず、身動きが取れなくなってしまう。
やっぱり、先輩も知っていたんだ。
学校なんて狭い世界だ。当然先輩の耳にだって入っているだろう。
だけどそんな話を今まで一度もされたことがなかったから。
「……知ってたんですね」
「あはは。入学式のあとくらいにはすぐ、ちょこちょこ噂にはなってたよ~」
「どうして今まで一度も話題に出さなかったんですか」
「ん~、だって関係ないじゃん?」
「え……?」
「佐江川明日香は佐江川明日香で、芽依は芽依だし。親子だって言ってもちょっと雰囲気近いくらいで、全然似てないし。だから完全に別の人。関係ないっしょ!」
「…………ぷっ」
先輩の話す言葉に、思わず吹き出してしまった。
私がこの先輩を好きになれた理由が分かった気がする。
この人は、ずっと“私”と話そうとしていた。
それは私が演じる“冴川芽依”じゃなく、仮面の奥の本当の私と。
ずっと話そうとして、ずっと見つけだそうとしてくれていた。
それに気がついた途端、私はなんだか体が軽くなったような錯覚に陥る。
これまで私が積み上げた壁。その最後の一枚を、先輩は叩き壊した。
「……私、お母さんがどんな人か全然知らないんです。演技してるとこもほとんど見たことないですし。お母さんって、そんなに憧れられる立場なんですか?」
「そりゃそうだよ~! 表現力とか、空気の作り方とか、ほんっと神レベル! えっとね、私がここだとしたら、佐江川さんはこ~~~んくらい!」
自分との差を表現するために、両手をめいっぱい縦に広げて熱弁している。
でも、先輩は舞台やスクリーンの向こうの母しか知らない。
「そんなにすごい人じゃないですよ。母親らしいことしてもらった記憶もないです。だから……私はあまり好きじゃありません」
「そっかぁ……芽依も色々大変な人生だったんだねぇ……いっぱい喧嘩したんだろうなぁ……」
「あ、いえ……別に喧嘩は……話すこともなかったので……」
「え~!? あたしだったら我慢できない!『なんでもっと考えてくれないの!?』って、絶対ぶつかっちゃう!」
「え……そんなことするんですか……?」
「うん。だって親子って言っても他人だもん。言ってみなきゃ伝わらないから!」
言ってみなきゃ伝わらない。その言葉が胸を締め付ける。
私は傷つくのが怖くて、耳を塞いで逃げ回り、諦めたふりをしていたのかもしれない。
ふと、幼い頃のことを思い出した。
珍しく母が家にいたとき、仕事場に向かおうとする母を玄関先で見送っていた私。その度に母は、必ず私の頭を撫でていた。
あの時、佐江川明日香は何を考えていたのだろう。
「……ありがとうございます、先輩」
「えっ、な、何が? お礼言われるとこあった?」
「はい、あったんです。あったことにしておいてください」
「ええ~? まあ、そういうことならいいんだけどさ~……ってゆーかそれより! 演目どうしよう~!」
「ああ、それなら――」
先輩と話している間、実はひとつ思いついていた。
あの日の先輩みたいに、たとえひとりぼっちでも全力で演じきれる自分になりたい。
いや、きっとなる。
今の私――私の中の、本当の私なら。
「中庭でやっていた劇……あれ、教えてもらえませんか――」
――その日の夜。
私はスマホのメモリからタップして、電話をかけていた。
どうせ出られないだろうと思っていたから、コール音がたった2回で途切れたのには驚いた。
「あ、もしもし。お母さん」
『……やっと電話くれたのね。1年近くも連絡よこさないなんて』
「ごめんなさい」
『いえ、違うわ……謝らなきゃいけないのはこっちのほう。私は親らしいことなんてしてこれなかったんだから』
「…………」
否定も肯定もできずに黙っていると、私が聞きたかったことを話してくれた。
まるで、私が何を考えているか見通しているみたいに。
『私ね、子供の頃から演じ続けているうち、何も演じていない自分というものが分からなくなっていたの。自分がどんな人間なのか……そしてあなたとどう接していいのかさえ。役柄なんて関係ない、ただ“あなたのお母さん”でいればよかっただけなのに……ごめんなさい』
「……そうだったんだね。分かるよ、その気持ち。話してくれてありがとう」
なんだ。同じだったんだ。
私も母もそっくりだ。
それはもう、笑ってしまいそうになるくらい。
「実はね、今度演劇をやるの。県内コンクールで」
『あなたが? 本当に? あらどうしましょう、スケジュール空けなくちゃ……』
「来なくて大丈夫だから。でも、いつかその時が来たら……私の演技、見て欲しいんだ」
県内で一番大きい公共文化ホール。その舞台袖に私は立っている。
舞台で演技を披露している他校の生徒達のよく通る声がここまで聞こえてきて、そのレベルの高さに圧倒されてしまう。
人数も、技術も、何ひとつとして敵うものはない。入賞なんか奇跡が起きてもあり得ない。だけど、そんなことひとつも気にならない。
冬休みに入った初日、東京行きの新幹線に乗る先輩をホームまで見送った。
こっちが不安になるほど普段通りな先輩がなんだか恨めしくなって、顔が隠れるくらいマフラーをグルグル巻きにしてあげたら、なぜか喜んでいたのが印象に残ってる。
今頃はオーディションを受けているのだろうか。きっと先輩なら大丈夫だろう。
前の演目が終わり、今度は私が舞台に立つ。
私が使う舞台道具は椅子がひとつだけ。転換もスムーズに終わる。
目の前の緞帳で視界は遮られているけれど、静寂の中に聞こえる息遣いが大勢の観客がいることを感じさせる。
こんな大きな舞台に立つことも、スポットライトの光を浴びるのも、観客の前に立つのも何もかもが初めて。
なのに、なぜか私の心は限りなく穏やかで、緊張感が足りないんじゃないかと思うくらいに落ち着いている。
母の有名なエピソードとして、初舞台から異常な図太さを発揮していた、というものがあるらしい。
その辺りは、確かに“血”なのかもしれない。
『次は宙澄高校有志による演劇、演目は「告白」です』
館内アナウンスがそう告げ終わると、ブザーの音と共に緞帳がゆっくりと上がっていく。
思っていた以上に、舞台から客席の様子が見えることに気がついた。
数えきれないほどの視線が私に集まっている。
一瞬どきりとしたけれど、すぐに落ち着きを取り戻す。
私は私の演技をするだけだ。
『嗚呼、嗚呼、どうかお聞きください。過ちを犯したこの罪人の告白を――』
私は、壁一枚隔てた神父に懺悔する男として、言葉を紡ぐ。
町一番の正直で誠実な男は何をされてもニコニコと受け入れるお人好し。
だけど、ちょっとした話の食い違いからパンを盗んだ罪を着せられ、町中の者達から迫害を受けてしまう。
そんな導入で物語は始まる。
同じ人物を演じてはいるが、先輩のものとは違う。
声、テンポ、仕草、息遣い、何もかもが私にしかできない――私が演じる、私だけの“懺悔する男”だ。
『愚かなことをしたと悔いています……ですが、私が生きるために仕方のなかったことなのです――』
劇は滞りなく進んでいく。
もともと長い演目ではないし、短い期間ながらも何度も繰り返し練習した。
このまま無事に終幕を迎えられる、そのはずだった。
『それでも……私は重い罰を受け入れなくてはならないのですね……まるで闇の中に捨て置かれたような気分だ――』
そう話す私の台詞に合わせたかのように、突然照明が落ち、舞台が真っ暗になる。
演出じゃない。そもそも終始ピンスポットだけを照らすだけで、照明の入れ替えさえないはずだ。
考えられるとすれば、伝達ミスや機材のトラブル。
こんなときどう対処すればいいのか。先輩から習っておくべきだったとひどく後悔する。
永遠にも感じるような数秒を経て、大きなトラブルではなかったのか、再び照明がついて私を照らす。
大丈夫、これくらいならカバーできる。
そう思って息を吸い込んだ瞬間――
私の頭にたたき込んだはずの台本。そのページの上からあらゆる文字が消え去っていた。
どんなに慌ててめくってみても、セリフのひとつさえ書かれていない。
皮肉なことに、この状態を表す言葉は習っている。
私は、台詞を完全に“飛ばして”いた。
客席から少しずつざわつく声が聞こえてきた。
それを聞いた途端、さっきまで平然としていたのが嘘だったように足が震え出す。
ライトの熱を浴び続けてじわりとかいていた汗が、みるみるうちに引いていく。
このままじゃまずい。劇が破綻してしまう。
どうにかしなくちゃと焦れば焦るほど、余計に身体は動かなくなっていく。
その時だった。
客席を真ん中で分けるように舞台からまっすぐ伸びた通路の先。突き当たりにある扉が開くのが見えた。
途中入場するのが気まずそうに身を縮こませながら、誰かがこの嫌なざわめきが包む会場の中へと入ってくる。
――先輩。
私のよく知る、そしてこの場の誰よりも私のことを知っている先輩。
急いでいたのか、少し息を乱している。
冬休みいっぱい使ってオーディションを受けまくると言っていたのに、こんなに早く帰ってくるなんて。きっと本命の劇団に受かったんだ。
会場の異変に気がついたのか、先輩は席に向かおうとせず扉の前に立ったままこちらを見た。
そして、胸に手を置いてジェスチャーをする。「深呼吸」と。
つられて私も深く息を吸って、そして吐いた。瞬間、眠りから覚めたように頭の中がクリアに澄み渡っていく。
そうだ、止めてはいけない。お芝居を続けなくちゃ。
相変わらず台詞は飛んだまま。だけど、どこまで劇を進めたのかは分かる。
飛んでしまったのなら作ればいい。
先輩と何度も練習したエチュードだ。
『――いや……何かがおかしい。なぜ私が、こんなにも苦しまなくてはならないのだ――』
この演目のラストは、男が町に火をつけにいくところで終わる。でも、そこに至るまでのセリフを思い出せないため、即興で劇を作り上げるしかない。
――もしも、男が先輩だったらどうしただろう。
町中に分かってもらえるまで自分の思いを話したかもしれない。伝わるまで、何度だって。
――それじゃあ、私は?
言われもない罪を着せられても何も言い返さず、めそめそと泣きながら懺悔するだろうか。
全て他人のせいだと自分に言い聞かせ、町に火を放つだろうか。
絶対に、そんなことはしない。
私は、私なら――思い切り開き直って、怒りを隠さず無実を主張し続ける。
反論して、反抗して、必要だったら乱暴な言葉も使うかもしれない。
それでも駄目なら、その場に寝転んで駄々をこねてやる。
床を叩いて、泣き喚いて、子供みたいに嫌だ嫌だと叫ぶんだ。
そう、思い出した。
それが本当の私。
わがままで、自分勝手で、思い通りにならないとふて腐れるような、優等生とはほど遠い性格。
それが、本当の“冴川芽依”なんだ。
『正直者のふりなんて、もうやめます。人に好かれるため、自分に嘘をつき続ける必要なんてないんだ。嗚呼……やっと本当の自分に戻ることができる――』
ストーリーもうまく繋がらず、支離滅裂でメッセージなんて何もない、散々な出来栄えの初舞台の幕が閉じた。
当然入賞なんてするはずもなく、何事もなくコンクールは終わる。
女優の娘というだけで冬休み中にわざわざ見にくるクラスメイトもなく、新学期が始まる頃には私が演劇をすることなどみんなすっかり忘れていた。
――ほどなくして、先輩は卒業していった。
上京してバイトしながら、合格した劇団で稽古を積んで主演を目指すのだという。
もともと私は東京が地元だし、卒業後に戻ったら再会する約束をした。
見送りの時、今度は思わず引いてしまうくらい泣いていて、まるでこっちが先輩になったみたいに慰め続けたことを思い出す。
逃げなくて、よかった。
傷つけることを怖がらなくて、よかった。
嫌いな自分のままでいなくて、よかった。
大切なことをたくさん教えてもらった。
だからといって押し付けるわけじゃないけれど、もしも苦しんでいたら、今度は私が助けてあげたい。
桜が咲いて、それも散り尽くした頃。
あれから私は優等生をやめていた。
委員長なんてあだ名をつけられるほどだった私が、敬語をやめ、誰にでも良い顔をしないでハッキリ意思表示するようになった。
するとこれまでとのギャップに驚かれたようで、今ではすっかりクラスで浮いている存在だ。もしかすると、先輩と良い勝負なのかもしれない。
だからといって、落ち込むこともない。私は私が好きな自分で居続けるだけだ。
――私は今日も、先輩と毎日を過ごした演劇部の部室にいた。
勧誘らしい勧誘ができたかは分からないけれど、今の自分ができる精一杯の演技は見せられたと思う。
だからきっと、あの時おもわず目を奪われた私みたいに、誰かの心を震わせることができた。そう信じている。
飛び込むことも勇気がいるけれど、待っている時間も案外怖い。
もしもこのままひとりきりのままだったら――。
こんな気持ち、先輩も味わっていたのだろうか。
何も怖いものなんてないように見えて、誰よりも繊細なあの人のことだ。実は今の私以上に緊張していたのかも。
そう思うと無性におかしくなって、次に会ったときにからかってやろうと心に決めた。
そんなことを考えているうちに、教室の扉がカラカラと音を立てた。
そこにあった顔は、あの時の私のようにすました感じじゃなかったけれど。
今度は、私が言わないと。
不安な気持ちなんて吹き飛んでしまうくらい、歓迎ムード全開で。
「いらっしゃい。演劇部へようこそ」
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