ストーリー/【君の小鳥になりたい】

Last-modified: 2021-08-28 (土) 16:52:29

FF9

FF9序盤で公演される、タンタラス一座による悲恋劇。アレクサンドリアでは大人気らしい。
 
誘拐に来たジタンと誘拐されたがっているガーネットブラネ付の親衛隊長スタイナーベアトリクスパックと共におしばいを見に来たビビ、さらには座長バクーとその背後にいるシドなど、様々な人間の運命が縁り合う場面である。


実態はシドの依頼でガーネット女王を誘拐するためにタンタラス団が打った"芝居"であるが、まがりなりにも演劇専門の飛行艇と楽隊を用いていたり、最強の軍事国家の王城の目前で開演していたり、流しの劇団でありながら王城城壁の上まで国民が押し寄せてくるなど、劇団としてもタンタラス一座は結構な実力と名声を持っているようだ。
 
亡き夫と観た芝居を思い出したのか、ブラネは観劇中凄まじいほどに号泣している。

「……懐かしい……気分が……あの人と……おまえと……芝居をみた……ときの……」

芝居の元ネタは団長扮する「レア王」という名前から、シェイクスピアの歌劇「リア王」とされるが、筋書きはレア王と大きく違う。
また、シェイクスピアの多くの歌曲と同様、これも数回に分けての上演であったようだ。

バクー「さあて、お集まりの皆様!
今宵我らが語る物語は、はるか遠いむかしの物語でございます。
物語の主人公であるコーネリア姫は恋人マーカスとの仲を引き裂かれそうになり…
一度は城を出ようと決心するのですが、父親であるレア王に連れ戻されてしまいます。
今宵のお話は、それを聞いた恋人のマーカスがコーネリア姫の父親に刃を向けるところから始まります。
それでは、ロイヤルシートにおられますブラネ女王様も、ガーネット姫様も…そして貴族の方々も、
屋根の上からごらんの方々も手にはどうぞ厚手のハンカチをご用意くださいませ。」

語られていないが、レア王の国と後述のシュナイダー王子が属する国は交戦中であり、コーネリア姫とシュナイダー王子との婚姻を機に休戦交渉に入る…というのがレア王の目論見であったようだ。
 
その後、相思相愛であったコーネリア姫を奪われたマーカスとその仲間によるレア王への復讐譚を挟んで、第二のチュートリアル戦闘が発生する。敵はレア王とその部下、仲間はマーカスを筆頭にシナブランクジタンが加勢する。
特にこの戦闘シーンはそれまで演劇調に徹していたBGMが盛り上がってくる場面であり、BGMのこのパートが勇ましいこともあって非常に絵になるシーンとなっている。
 
レア王に打ち勝ち、逃げるレア王を追うジタン。しかし、上述の事情を知っているブランクはジタンを止める。

「ジタン、冷静になってよく考えてみろよ。シュナイダー王子とコーネリア姫が結婚すれば、二つの国は平和になるのだ!」
「笑止千万!それで全てが丸く収まればこの世に不仕合わせなど存在しない!」

そしてその諍いが故に2人は決闘することになり、チャンバラに続くのである。
 
「マーカス」が主人公である通り、作品の主人公であるジタンは劇中では脇役になっている。
バクー自身もこの劇を気に入っているのか、後のイベントでも「君の小鳥になりたい」を踏まえたセリフが存在する。


原作家はエイヴォン卿となっているが、これはイギリスの地名ストラトフォード・アポン・エイヴォンから取られているようだ。
他にも上述レア王や、その衣装にユニオンジャックが描かれていたり、劇中のセリフが少々古いものであったりと、イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピア(とその作品「リア王」)を意識した部分が存在する。
英語版FF9でも、シェイクスピアに原典を拠ることを考慮し、英訳に当たっては演劇でしか使わないような古英語の言い回しを使用している。

  • ただし「小鳥」という曖昧な言い回しではなく「canary」(カナリア)の語を充てている。

劇中にしか使えない、演劇用の偽魔法がある。しかし、これを使用するメリットはほぼないし、チャンバラに影響を与えることもない。

  • ファイダ
  • ポーリー
  • メデオ
    • 演劇用と言うふれこみのためか、グラフィックはかなり低予算っぽく派手なものになっている。
      劇中曲が勇ましいだけに、ちょっとこの偽魔法は使わない方がいいかもしれない。
    • 3度目となるスタイナー一行との戦闘でも劇魔法が使えるが、スタイナーに一笑されるにとどまる。

ゲーム中では、成り行き上スタイナーがシュナイダー王子を演じさせられていたが、
実際の配役では誰が演じる予定だったのだろうか。

  • オープニングとエンディングともに本来の劇では予期せぬ出来事が仕掛けられているため、本来の劇の内容がわからないという…本来はどういう結末なんだろうか。オープニングのビビ乱入までが本筋?
  • 出演したスタイナーの蚊帳の外っぷりから、シュナイダー王子自体は名前だけの登場だった可能性が高いか?
  • 本来の劇ならば相思相愛であったコーネリア姫を奪われたマーカスとその仲間によるレア王への復讐譚
    →ブランクがレア王を殺そうとするジタンを止める
    →マーカスとコーネリアが一緒に国を出ようと誓う
    →ブランクがコーネリアをかどわかす
    →ブランクが殺される
    →来ないコーネリアを待つマーカス
    →マーカスが捕まって処刑されそうになるも抵抗、レア王を殺そうとするもコーネリアがかばって死ぬ
    →マーカスも後を追う
    が本来の流れと思われる。

マダイン・サリにはこの作品の原本が存在する。何気にアレキサンドリアから追放された後もしっかりと持っている当たり彼らもファンだったのだろうか?


エンディングでの劇中に、「もちろんだ、たとえ雨が降っても嵐が来ても!」というマーカスの台詞があるが、
海外版では "No cloud, no squall shall hinder us!"という台詞になっている。
あのをもじった小ネタであることは言うまでもないだろう。


 芝居のタイトルは、おそらくシェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』に登場するロミオの台詞“I would I were thy bird.”から。これは有名なバルコニーのシーンの最後のほうで、ロミオがジュリエットに対して言う台詞である。『君の小鳥になりたい』のマーカスとコーネリアの身分違いの悲恋は、『ロミオとジュリエット』の仇敵同士の家に生まれたロミオとジュリエットの悲恋という、シェイクスピアの戯曲で最も有名な悲恋がモチーフになっていると思われる。
 『ロミオとジュリエット』も、FF9本編の序盤で演じられた『君の小鳥になりたい』も悲恋で終わるが、FF9のエンディングではジタンとガーネットが生きて再会し、その恋が祝福されて終わったのを見ると感慨深い。
 ちなみに、シェイクスピアの『リア王』では、リア王の末娘の名は「コーディリア(コーデリア)」だが、『君の小鳥になりたい』のレア王の娘の名は「コーネリア」。そしてFF1では「コーネリア」の王女が「セーラ」で、これはFF9のガーネットの本名である。
 『君の小鳥になりたい』は、タイトルや登場人物の名前はシェイクスピアの劇がモチーフとなっていると思われるが、身分違いの恋という設定や劇中のBGM(劇中劇に用いられていた「あやまちの愛」と、エンディングの曲調の違い)など、ジタンとガーネットの恋愛が示唆されていると思われる。
 涙なくして見られないマーカスとコーネリアの悲劇で幕を開けた本編は、涙なくして見られないジタンとガーネットの再会という大団円で終わるのだった。

PFF

FF9イベント「劇場艇プリマビスタ」で一連がやれる。
魔法は普通に攻撃だし、オッサンアーマーブレイクしてくるし、ボムデカくなる?し、チャンバラが下手だとブランクの攻撃がキツくなる


ボスはレア王
始めはOP、ラストは「再演」のためEDの劇になっている。
再現度がよく面白いイベント。

──今宵、我らが語る物語は、
はるか遠いむかしの物語でございます。
物語の主人公である姫は、世界を揺るがす陰謀を暴く
ため一度は城を飛び出しましたが、母親である女王に
連れ戻されてしまいます。
今宵のお話は、姫と仲間と共に世界を救済した一人の
盗賊が、皆のもとへ帰還するところから始まります。

それでは皆様、手にはどうぞ厚手のハンカチを
ご用意くださいませ──。