一人ビールかけ

Last-modified: 2021-04-20 (火) 21:29:02

2011年、セ・リーグ優勝を果たした中日ドラゴンズの祝勝会における、坂井克彦球団社長(肩書は当時)の様子のこと。


概要

坂井は、それまで結果を残していた監督の落合博満を退任*1まで持ち込んだ中心人物の1人である。
首位争いの真っ只中である9月中に極めて異例となる同シーズン限りでの解任発表に踏み切り*2、さらに大事な時期で中日が負けた際にはガッツポーズをした場面が目撃され、落合本人の口からも証言された(後述記事参照。坂井本人は否定している)。落合曰く、坂井のこの行為に対して選手が反発して士気が上がり、結果的に首位を走っていたヤクルトを土壇場で大逆転しての優勝に結びつけたという。

 

しかし、坂井は上記の経緯があったにも関わらず、優勝記念帽とTシャツをしっかりと着用していけしゃあしゃあとビールかけに参加。だが現場から恨まれていた坂井には誰も寄り付くことがなかった。
そして数分後、誰からも触れられずに一向に濡れる事のない坂井は自身の右手のビールをチョロチョロと左手にかけ始めたのである

 

この件以外にも優勝決定時に落合へ握手を求めた際は拒絶されていたことなどから(自業自得ではあるが)「選手やスタッフから意図的にハブられていたのではないか」とも言われている。

また、この直前にパ・リーグ優勝を決めた福岡ソフトバンクホークスの祝勝会では孫正義オーナーが選手とともにはしゃいでいたこと*3から、その対比から余計に惨めさを演出してしまった。


記事

落合監督&信子夫人“ぶっちゃけ対談”大逆転Vの裏側「全てはそこから」
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/10/19/kiji/K20111019001850140.html

――大逆転でのリーグ連覇。ターニングポイントは?
博満 「全ては…。まあ、この際だから、言っちゃうけども“オレらが勝ってもらっちゃ困る”と思っていた球団幹部が、9月の巨人戦でウチが負けた時にガッツポーズしてからなんだ。全てはそこから始まった」
信子 「そうなんだよね。みんなそれで逆にやる気を出したんじゃない」
博満 「そういう噂はすぐに広がるからな。選手は“なんだオレら、勝っちゃいけないのかよ。何のためにやってきたんだよ”となる。“オレらをバカにすんなよ”ってのが一番の火付け役になった。そこに9月22日の(退任)発表が重なったんだ」

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中央付近の不自然に孤立している男性が坂井である。左側の盛り上がりようと比較すると一目瞭然。


関連項目



Tag: 中日


*1 年俸高騰メディアへの塩対応、成績以外のファンサービスの少なさなどに反発していたとされる。そもそも中日はメディアを親会社に持ち常日頃から世間の注目を集められるパフォーマンスを欲しているため、ファンサービスを顧みない落合の態度は親会社、球団、スポンサーで問題視され、当時のオーナーである白井文吾の信頼だけで監督の座を保っていたとされる。それでもあまりの若手軽視に強豪校・名門大から出禁続出だったGM時代の落合については、さすがの白井も庇いきれなかった。
*2 同年にはパ・リーグの優勝争いをしていた日本ハムの梨田昌孝監督もシーズン中での同年限りでの辞任が発表された。日ハムはそれまでソフトバンクとの一騎打ちの対抗馬として善戦していたが、解任が報道されるようになるとチーム状態が一気に落ち込み、2位でシーズンを終えたがソフトバンクに17.5ゲーム差を付けられる圧勝を許すという中日とは真逆の運命を辿ることとなった。
*3 ビール掛けの際のインタビューでは自らの頭髪をネタにして「ビールは頭皮にいい」と語るなどノリノリだった模様。なお、孫は九州(佐賀県鳥栖)出身で福岡県の学校を卒業し韓国へ渡った。帰国後は福岡で後のソフトバンクの原型となる事業を興すなど九州の地縁を大事にしている。九州移転以来のホークスファンだった孫は王貞治球団会長と二人三脚で小久保の奪還を筆頭にチームや選手の強化など投資を惜しまない姿勢を見せ、選手からはリーグ優勝や日本一の際に監督、王などと並んで胴上げされており、ファンからの信頼も厚い。