両チームとも大量得点を挙げる乱打戦、またはワンサイドゲームのこと。
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解説
両チームとも大量得点を挙げる乱打戦、またはワンサイドゲームのこと。
古くは野球ch時代から使われている言葉で、野球だけでなくサッカーなどの他の球技でも使われるが、近年では前者の用法で用いられることが多い。ワンサイドゲームの場合は「熱い死体蹴り」とも言われたりする。
度が過ぎるともはや野球の試合扱いされなくなり、「ラグビーの試合*1」「アメフトの試合」「バスケの試合」「花火大会*2」などと呼ばれることになる。
対義語はたこ焼き。しかし内容があまりにも寒い「たこ焼き試合」だと別の意味で「馬鹿試合」扱いを受けこれはこれで両軍のファンからの罵声を受ける。
馬鹿試合の例
個別に記事のある試合
その他の馬鹿試合
一部球場においてネーミングライツ(命名権)適用に伴う名称変更があるため、球場名はいずれも試合時点の名称で記載。
一軍公式戦
1988年以前
1940年4月6日 阪急32-2南海(西宮球場)
29-1から遡ること63年、オリックスの前身である阪急が、ソフトバンクの前身である南海を相手に、プロ野球記録となる32得点、30点差を記録した試合。この記録は2リーグ制になった1950年以降になっても未だに破られていない。
1949年4月26日 巨人15-13大映(兼六園球場)
両翼90m、中堅97m、左右中間の膨らみなしという当時においても非常に狭い球場で行われた試合、巨人先発の川崎徳次は8本塁打を浴び13失点しながらも完投、打っては自ら3本塁打9打点を挙げ勝利投手になった。個人投手の1試合8被本塁打、完投勝利投手の13失点、投手の1試合9打点、1試合における両球団計13本塁打は日本記録となっている。
1963年11月4日 日本シリーズ 巨人18-4西鉄(平和台球場)
巨人が日本シリーズ記録となる1試合18得点*3を記録した試合。
1回に柳田真宏が本塁打を放つと、4回に巨人の打線が大爆発。柴田勲、王貞治、池沢義行が本塁打を放ち、稲尾和久をノックアウト。終いには6回に王貞治がトドメとなる2ラン本塁打を放ち、18-4の圧勝で巨人は2年ぶりの日本一を成し遂げたが、これは2年後の1965年から始まったV9への序章に過ぎなかった。
ちなみに、この試合が平和台球場で行われた最後の日本シリーズであった。
1967年10月10日 巨人11-0広島(後楽園球場)
巨人はすでにリーグ優勝を決めて消化試合状態となっていたが、先発した堀内恒夫が投げてはノーヒットノーランを達成、打っては3打席連続本塁打のワンマンショーで圧勝した。
1980年10月3日 ロッテ17-5近鉄(藤井寺球場)
ロッテは兄のレロン・リーが3本塁打、弟のレオンが2本塁打、土肥健二が2本塁打、有藤道世と弘田澄男が1本塁打ずつ、1試合で計9本塁打を放つプロ野球タイ記録を樹立。レロン・リーは3安打を放って打率を一気に上げ、首位打者の座を決定的とした。ロッテ先発の仁科時成は羽田耕一に打たれた3本塁打を含む4本塁打を浴び5失点しながらも完投勝利。しかも長打は二塁打・三塁打が一切なく本塁打のみ、1試合における両球団計13本塁打は日本タイ記録となっている。
1989~2010年
1993年5月19日 ヤクルト17x-16広島(神宮球場)
なにかととんでもない展開に縁のあるこのカードだが、その歴史は平成初期にまで遡る。
両先発が安定しなかったこの試合、ヤクルトは2-5で迎えた3回裏に池山隆寛の1イニング2ホーマー*4を含む一挙11得点の猛攻で逆転。大量リードを奪うも、その後広島にじわじわと追い上げられ、8回に四球を挟んで6連打を浴びついに同点に追いつかれる。
その後、広島・佐々岡真司とヤクルト・山田勉の息詰まる投手戦を経て、最後は14回裏*5のヤクルトのレックス・ハドラーによるサヨナラ打で決着した。
試合が終わったのはなんと日付も跨いだ午前0時6分。5時間46分、両軍合わせて42安打のこの試合は未だに馬鹿試合の代表例として語り継がれている*6。
広島は「16点」も取ったのに試合に敗れた…“史上最大級の打撃戦”で何が起こったのか?
1998年7月15日 横浜13x-12巨人(横浜スタジアム)
桑田真澄と斎藤隆が先発を務め、投手戦になるかと思われたこの試合。蓋を開けてみればMKT砲を擁する巨人とマシンガン打線華やかなりし横浜が激突した、両軍合わせて40安打・猛打賞8人の大乱打戦となった。試合後、横浜・権藤博監督に「もののけが取り憑いたような試合」と言わしめ、フジテレビで試合解説をしていた豊田泰光にも「この業界45年いますが、こんなの初めて見ました」と評された。
マシンガン打線の極致とも言える「シングルヒット7連打で5得点」や、今でも横浜ファンの間で語り草になっている「佐伯の打ち直し2ラン」*7が飛び出したのがこの試合である。
なお、横浜がこの試合を機に調子を上げ38年ぶりのリーグ制覇・日本一を果たした一方、巨人は勝ち頭だったバルビーノ・ガルベスのやらかしもあって3位を確保するのがやっとで、オフには長嶋茂雄監督の進退問題にまで発展した*8。
この「ハマスタ巨人戦」というカードはやたら馬鹿試合に縁があるようで、ベイスターズの親会社が変わった現在もちょくちょくノーガードの殴り合いでなんJを沸かせている模様。
1998年10月24日 日本シリーズ 西武5-17横浜(西武ドーム)
日本シリーズでの最多打点記録(タイ)など、1試合での数々の記録を作り上げた馬鹿試合。
舞台を西武ドームに移してからは低調だったマシンガン打線がこの日は大爆発で、4回までに7点を奪うと、8・9回にリリーフした新谷博を攻め立て2イニングで10点という熱い死体蹴りで試合を完全に決めてしまった。
横浜はこれだけの得点を上げながら本塁打は9回にローズの放った2ランのみで、後は連打で得点している。しかし、本塁打は1本ながら9二塁打・2三塁打で長打数(12)・二塁打数・三塁打数ともにシリーズ記録(タイ)となった。一方で、9番の進藤達哉のみ6打席全て凡退だった。
対する西武は新谷がシリーズワーストの10自責点・1イニング7自責点などと派手に燃やされてしまい、翌試合も流れを引き戻せずに横浜に日本一を決められてしまった。
2001年7月17日 ロッテ9-12 近鉄(千葉マリンスタジアム)
いてまえ打線全盛期にその何たるかを示した試合。そして小林雅英の大炎上の筆頭として挙げられることも多い試合。
先発の門倉が炎上し、後続も失点が続きロッテに9点を取られ、打線も4点止まりで、9回表開始時点では9-4でロッテがリードしていた。
しかし9回表にいてまえ打線が小林雅を捉え、1死一二塁から二塁打、四球、安打、3ランホームランであっという間に逆転。トドメにローズがこの日2本目のホームランとなる2ランホームランを放ちなんと9回だけで8点を取る風呂試合となってしまった。
この年の近鉄は何点差あろうと殴り合いに持ち込むゲーム展開をしばしば見せていたが、この試合のせいで「近鉄相手には5点あってもセーフティリードではない」という格言が生まれてしまった。
2004年7月25日 横浜11x-9巨人(横浜スタジアム)
真夏の夜の横浜スタジアムで行われた一戦は、大花火大会と言わんばかりの空中戦となった。
初回に1点を取られたその裏、種田仁3ラン、相川亮二の2ランHRで一挙6得点。2回には金城龍彦のソロHRで巨人先発の桑田真澄をKO。3回にも得点し、これでなんと横浜は序盤で8得点。しかし、空中戦なら巨人も負けじと5回表に矢野謙次がプロ初HR、タフィー・ローズが3ランHRを放ち3点差に。7回表には清水、さらにローズがこの日2本目のHR、8回表に阿部慎之助がHRを放ってついに8-8の同点。このまま延長線に突入。すると、10回表には小久保裕紀がソロHRを放ち、7点差を大逆転。その裏2アウトまで追い込み、あと1人…
かと思われたが、村田修一に同点HRが飛び出しまたも振り出しに。そして、延長11回ランナー2塁で金城がこの日2本目となるサヨナラHRを放ち空中戦にケリを付けた。
両チームのHRは巨人が6本、横浜が5本の合計11本。またこの年はラビットボールということもあったが、それにしても異常な数のHRが乱発した。
2004年9月20日 日本ハム13x-12ダイエー(札幌ドーム)
球界再編に伴うプロ野球ストライキ明け初戦となったこの一戦。
試合はダイエーが3回に6点を取るなど、9回表終了時点では9-12とダイエーリードだった。ところが、9回裏に日本ハム打線が反撃を開始し同点に追い付く。 そして、二死満塁の場面でSHINJOが起死回生となるサヨナラ満塁ホームランを放った。
……のだが、田中幸雄と抱き合った際に回ってしまったことがランナー追い越しとされ、SHINJOのホームランはサヨナラタイムリーフェンス越え単打になってしまった*9。
しかし、この後のヒーローインタビューで、SHINJOは「今日のヒーローは僕じゃありません、みんなです!」という名言を残し、さらには「明日も勝つ!」と言ったところ、古巣・阪神が翌日から負けるという予想外のフラグ回収を見せるなど、まさに馬鹿試合の極みと言ってもいい試合になった。
2004年9月23日 横浜11x-10巨人(横浜スタジアム)
上記の試合からちょうど2ヶ月後、再び同カード同球場で発生。
しかも、最終的な数字もさる事ながらその結末がとんでもない馬鹿になってしまった例。
この球場でのこのカードらしい乱打戦になったこの試合、9回表に巨人が門倉健から仁志敏久・小久保裕紀・高橋由伸の3本のHRで4点を取り逆転した時点で勝負あったかに見えた。
ところが3点差で迎えたその裏2死無走者から河野友軌の飛球を右翼手の堀田一郎がスライディングキャッチに失敗すると、続く多村仁の打球も途中で見失った挙句捕球できず。
更に次打者金城龍彦のゴロを一塁手の清原和博が後ろに逸らし1点差になると、古木克明の四球を挟んで最後は相川亮二のタイムリーで横浜が逆転サヨナラ勝ち。
この試合は巨人にとって実に11年ぶりの「ビジターでのデーゲーム」だったが*10、それにしてもお粗末な薄暮の決着になってしまった。
なおこの日のHRは巨人が2ヶ月前と同じ6本だったのに対し、横浜はなんと0本。
またサヨナラの際、実況が「まるで優勝でもしたかのように」と発言したことから、前年に続き\横浜優勝/が再燃した。
2009年6月11日 ロッテ23-2広島(千葉マリンスタジアム)
6回裏だけで打者20人、15得点、3四死球を挟んで10打数連続安打。あの大松尚逸が日本プロ野球史上初の1イニング3打席(そして得点に絡まないアウト2つを献上)を達成したのがこの試合である。
この試合はロッテサイドにも深く印象に残っていたらしく、後に挑発ポスターで蒸し返されている。
2011~2019年
2011~2015年
2013年5月10日 DeNA12x-10巨人(横浜スタジアム)
1ヶ月前に国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄が観戦に訪れたこの試合、両軍合わせて29安打、8本のホームランが飛び交う大乱打戦となった。
初回に巨人がDeNA先発高崎健太郎を攻め5得点。裏にトニ・ブランコと中村紀洋の2者連続弾で3点を取り返すものの、巨人が6回に3点、7回に2点と得点を重ね3-10と突き放し、もはやDeNAの敗戦は確実と誰もが確信したことだろう。
しかし7回裏、白崎浩之のヒットを皮切りに計7連続安打、代打で登場した多村仁志の2ランもあって1点差まで迫る。
そして9回裏。クローザーの西村健太朗から三たび打席が回ってきた多村が逆転サヨナラ3ランホームランを放ち*13、最大7点差あった試合をひっくり返しDeNAは勝利した。
この年連続最下位から脱出を成し遂げたDeNAは3度7点差ビハインドをひっくり返すという火ヤク庫も驚愕の風呂試合製造機と化していたが、その中でもこの試合は横浜ファンにとっては象徴的な1試合であり、当時指揮を取っていた中畑清も「在任中一番印象に残った試合」としてこの馬鹿試合を挙げている。
2013年8月18日 西武12x-11楽天(西武ドーム)
初回、楽天は立ち上がりの西武先発・岸孝之を攻め2点を先制。対する西武は2回裏、楽天先発・ブランドン・ダックワースから四球やヒットなどで無死満塁とすると、炭谷銀仁朗・鬼﨑裕司のタイムリーで追い付く。なおも無死満塁の場面でエステバン・へルマンが満塁ホームランを放ち一挙6得点で6-2と逆転に成功。その後3回・4回はお互いに1点ずつ取り合い、5回終了時点でで8-4と西武の4点リードは変わらず進行していく。
しかし、6回表から西武が継投策に入ると状況が一変。まず髙橋朋己が1点を返され、7回に登板した岡本洋介が松井稼頭央に3ランを被弾し8-8と追い付かれる。さらに8回表に登板したランディ・ウィリアムスがケーシー・マギーにまたも3ランを浴び*14、11-8と一気に試合をひっくり返されてしまう。
そのまま試合は進み9回裏、楽天は守護神のダレル・ラズナーを投入するがいきなり三連打を浴び無死満塁。
その後鬼崎に押し出し四球を与えてしまい、さらにへルマンのタイムリーで11-10と1点差に詰め寄られてしまう。
次打者の渡辺直人はホームゲッツーに倒れ二死二・三塁となるが、次の栗山巧がライト前にタイムリーを放ち、この当たりで2塁ランナーのヘルマンも生還し逆転サヨナラ勝ちを収めた(9回3点差で延長に入らずサヨナラ勝ちを収めるのは現在も球団記録)。
両軍計32安打・23得点と大荒れになったこの試合の終了は開始から4時間17分後だった。
2014年4月2日 DeNA9-15巨人(横浜スタジアム)
DeNA打線は巨人先発・宮國椋丞を序盤から攻略し5回終了時点で5-0と試合を優位に進めるが、6回表に先発の高橋尚成が3番レスリー・アンダーソン、4番村田修一、5番ホセ・ロペスに3連発を浴び降板。ルーキーの三上朋也がマウンドに上がりいきなり3者連続で四死球を与え無死満塁の大ピンチを迎えるも後続を抑えリードを守ることに成功。その裏DeNAが再びリードを5点に広げ迎えた8回表、DeNAはこれまたルーキーの平田真吾をマウンドに送るが、1点を失いなおも一死満塁の場面でセットアッパーの山口俊にスイッチ。しかしこれが大誤算となる。山口はすぐさま3連打を浴び同点に追いつかれると1アウトの後連続四球による押し出しで勝ち越しを許し、更に連続タイムリーで失点。イニング開始時の5点リードが終了時には5点ビハインドとなり「5点差が5点差に」と後々までネタにされる展開となった。
なおこの後山口は勝ちパターンを外れての中継ぎ起用が続いていたが一向に復調の兆しが見えなかったことで中畑監督は先発転向に踏み切ることになった。
2016~2019年
2017年9月18日 西武14x-13ソフトバンク(メットライフドーム)
「山賊」と称される少し前の「炎獅子」*15
西武は初回に和田毅から4点を奪うが、先発のウルフが3回に追いつかれて降板。そして4回にガルセスなどの大炎上で7失点。
万事休す…と思いきや西武は徐々に追い上げていき、8回についに五十嵐亮太から森友哉のタイムリーで逆転に成功する。これで9回をクローザーの増田達至が抑えて終了…と思いきや先頭のデスパイネに被弾、同点に追いつかれる。
続投した増田はさらに10回にも失点、勝ち越しを許してしまう。今度こそ終戦、と西武ファンが落胆したのも束の間。なんとソフトバンクのモイネロも大乱調。またも森がタイムリーを放ち同点に追いつく。そして最後は金子侑司のタイムリーでサヨナラ勝ち。
なおソフトバンクはこの試合の前に優勝を決めたばかりであり、首位と2位同士の対決らしからぬグダグダな試合展開は両チームのファンを呆れさせた。
2017年10月1日 DeNA13-7広島(横浜スタジアム)
プロ野球史上初の三者連続ホームランでのサヨナラゲームから始まる同一カード3試合連続サヨナラゲームを引き起こしたハマスタ広島戦の2017年シーズン最終戦。既にリーグ優勝を決めた広島相手とはいえDeNAは3位確定に向けて負けられない一戦だった。
試合は広島先発の岡田明丈が乱調でDeNAはロペス・筒香嘉智のホームランとこの日の先発・ウィーランドのタイムリーで初回から4点を先制。しかしウィーランドもイマイチで、倉本寿彦のエラーなども絡み広島は2回・3回で5点を奪って逆転する。
しかし3回裏、岡田は一死二・三塁のピンチを招くと1アウト後、ウィーランドがレフトスタンドに逆転3ランホームランを放つ。
その後5回に田中広輔に2ランホームランを浴びて同点とされるが、その裏に筒香が勝ち越しホームランを放つと打席が回ってきたウィーランドはまたもヒットを放ち出塁し、倉本のタイムリーヒットに繋げる活躍。その後も小刻みに点を重ねて13点を奪い、6回以降は大量点差にも関わらず勝ちパターンの投手を贅沢に注ぎ込んで広島打線を封じ込めてDeNAが逃げ切った。
先発のウィーランドは投げる方では5回7失点(自責6)と散々だったが、3打数3安打1本塁打4打点というとんでもないジエンゴで10勝目をマークした。一方の広島先発岡田も3回7失点とこちらも散々だが5回までに7点の援護を受けたため負けが消えている。また、両軍合わせて7本のホームランが飛び出す花火大会でもあった。
なお、この試合の裏で3位争いをしていた巨人が既に敗戦していたため、この試合の勝利をもってDeNAの3位が確定し、2年連続のAクラス・CS進出が決定している。
この年の4試合を含め、近年のハマスタ広島戦は何かと劇的な展開が起こりやすく特に広島側のトラウマメーカーとなっている。
2018年9月4日 ヤクルト12x-9中日(神宮球場)
ヤクルト先発は小川泰弘。しかし、1回2回と3点ずつを失い、4回6失点で降板。その後も中日が試合を優勢に進め、9回表終了時点で9-3と中日がリードする。
しかし9回裏、登板した田島慎二が大乱調。武内晋一に2ランを被弾、2連続暴投などで3点を失い、1アウトしか取れずに降板。その後登板した祖父江大輔、岩瀬仁紀も流れを止められず、福谷が大引啓次にタイムリーを打たれて9-9の同点になってしまう。
その後延長に入り11回裏、又吉克樹が上田剛史にサヨナラ3ランを被弾し、中日は2年連続でヤクルト相手に風呂試合をやらかしてしまった。
2019年5月3日 ソフトバンク12x-11楽天(ヤフオクドーム)
令和最初の馬鹿試合は、両先発、楽天釜田とソフトバンク武田翔太の大乱調から始まる。3回表に武田がエラーが絡んだとはいえ2四球と4本の長短打で一気に6点を失うと、釜田はその裏に2四球からタイムリーを打たれて直ぐ1失点。続く4回表に武田が負けず?に浅村栄斗から2ランを被弾し降板すると、釜田はさらに負けず??にその裏にアルフレド・デスパイネに2ラン、松田にこの日2本目となるソロアーチを連続で浴び、8対7の1点差に詰め寄られて降板する。
ソフトバンクは6回裏に、ジュリスベル・グラシアルが森原康平から3ランを放って逆転に成功。しかし8回表、ルーキーによる開幕からの連続無失点試合数日本新記録を13まで伸ばしていた甲斐野央が、山下斐紹と茂木栄五郎による2本のソロHRを打たれ、試合を振り出しに戻してしまう。
そして楽天は、10回表に登板した嘉弥真新也の初球を、先頭打者山下斐紹がこの日2本目となるソロHRをライトスタンドへ叩き込んで再びリードを奪う。ところがその裏に登板した宋家豪がこれを守り切れず、内川聖一にタイムリーを打たれて、また振り出しに戻してしまう。結局、両軍合わせて29本の安打、8本の本塁打が飛び出した4時間55分の激闘は、12回裏一死満塁、デスパイネのサヨナラヒットで幕を閉じることになった。
2019年5月10日 巨人19-7ヤクルト(東京ドーム)
9日時点で1位巨人、2位ヤクルトの首位攻防戦第1戦。巨人の先発はヤングマン、ヤクルトの先発は小川泰弘。
ヤングマンは2回、西浦直亨の2ラン、4回には先頭から3連続四球からの失点などで4回途中5失点でKO。
しかし5点リードの4回裏、小川が巨人の代打攻勢や自らのエラーなどをきっかけに同点に追い付かれると5回に岡本和真、亀井善行の2者連発で勝ち越されると、二死満塁・代わった投手大下佑馬から坂本勇人が走者一掃の2ベースを放ち2イニング連続の打者一巡で試合をひっくり返される。
ヤクルトは渡邉大樹のプロ第1号などで2点を返すも、巨人が7回裏に岡本のこの日4本目の安打となるタイムリーや田中俊太の満塁ホームランなどで一挙8得点。8回にも1点を加え19得点で大勝した。
巨人は1試合で20本以上(23本)の安打を放つのは5年ぶりだった。なお、この3連戦の残りの2試合は巨人は2試合とも1点しか奪えず連敗した。余談だがヤクルトはこの3連戦で勝ち越すも次のカードから一気に失速しセ・リーグ記録となる16連敗を喫している。
2020年~
2020年10月30日 中日3-17広島(ナゴヤドーム)
8年ぶりとなるAクラス入りの気運が高まっていた中日と5位に低迷していた広島による馬鹿試合。
この日の中日は先発のヤリエル・ロドリゲスが5回2失点にまとめ、6回も又吉克樹が抑え3-2とこの時点では締まった展開を見せていた。当時は中日のリリーフが盤石であったため*16勝利を確信した中日ファンは少なくなかった。
ところが3番手の谷元圭介が大爆発炎上し、先頭の堂林翔太はセカンドゴロに仕留めるも、その後ヒットと四球で一、二塁のピンチを招くと、ここで登場したこの日ベンチスタートの代打・鈴木誠也に痛恨の同点タイムリーを浴びてしまう。さらに続く1番の大盛穂にも三塁打を打たれ、結局一死しか取れず4失点で逆転され降板。後を継いだ藤嶋健人や佐藤優も悪い流れを変えることができず、藤嶋は回跨ぎの8回に2被弾し4失点、9回のマウンドに登った佐藤は打者1巡の猛攻を浴び7失点と大炎上し、7回以降だけで計15失点して敗戦する大惨事となってしまった。
2021年9月11日 日本ハム17-5ソフトバンク(札幌ドーム)
ソフトバンクは1回裏、1番浅間のショートフライを今宮が落球。これで制球を乱した石川は2番西川を遊ゴロに打ち取るものの3番野村に四球、4番近藤に死球を与え、1アウト満塁の状態で5番王のタイムリーツーベースを許し日本ハムに2点を先制されてしまう。続く6番高濱にタイムリー、7番佐藤もレフト前ヒットで出塁を許すと8番石井のファーストゴロを今度はリチャードがファンブルし再び満塁。9番清水の犠牲フライで日本ハムが5点目を奪う。更に浅間に四球を与えると西川、野村に連続タイムリーを浴び9点目を奪われて石川は降板*17。2番手として高橋礼を投入するも高橋は近藤に四球を与えると王にタイムリーを浴び11点目。高橋は次の高濱を打ち取りようやく3アウト*18。この一回裏の日本ハムの1イニングの得点数11点はチームタイ記録であった。
更に2回裏も日本ハム打線は止まらず、4連打などで5点を追加して16-0。
その後は6回表にリチャードがホームランを放つまで動きは無かったが6回裏、日本ハムは渡邉を攻めノーアウト満塁に。しかし追撃は野村のサードゴロの間の1点に留まった。ソフトバンク7回表に松田のホームラン、柳田のタイムリーで反撃をするも焼け石に水。17-5で試合は終了し、日本ハム側は1本もホームランを放たないまま全得点を奪った。
また、この試合は試合開始前の時点でチーム打率パリーグワーストの日本ハムと防御率パリーグトップのソフトバンクとの間で起きた馬鹿試合であった。
その後ソフトバンクは翌日の試合で0-3と完封負け。最下位相手に1勝もできずにこのカードを終えた。
2022年9月10日 ヤクルト7-15広島(明治神宮野球場)
1-0で迎えた3回表、広島が歴史的なビッグイニングを作る。ヤクルト先発・サイスニードに対して先頭・野間峻祥からの3連打でまず同点とすると、四球で無死満塁の大チャンスを作る。ここで打者・上本崇司の打球はサードゴロとなるも、これを村上宗隆が悪送球し2点目が入る。その後二者連続で打ち取られ二死満塁となるも、投手の野村祐輔が2点タイムリーを放ってつなぎ、次打者の堂林翔太が初球を捉えて3ラン。この時点で7点目、ランナーもいなくなったがまだ広島打線は止まらない。山本大貴に交代して以降も、またも野間からの3連打で1点を追加すると次打者の坂倉が3ラン、更にその次の上本もホームラン(プロ初本塁打)でこの回12点を奪い、一気にヤクルトを突き放した。
広島が1イニング12得点を記録するのは38年振りの快挙となった。また広島は3年前にヤクルトに1イニング12失点を喫しており、3年越しのリベンジとなった。
大量援護をもらった広島先発・野村祐輔であったが、4回裏に5安打を浴びこの回4点を失ったところで降板、勝ち投手とはならなかった(なお降板後に中継ぎにランナーを返されているため、結局4回途中7失点となっている)。
2023年6月20日 ヤクルト13-0楽天(明治神宮野球場)
この年の交流戦は大接戦となり、ほとんどの球団が全18試合を終えた時点で11勝7敗に4球団が並び、その中でDeNAが得失点率差で首位*19。雨天延期で2試合を残し9勝7敗だった楽天は「連勝、かつ2試合合計で30点差をつけ得失点率差で上回る」ことで球団初の交流戦優勝を掴み取れる、という状況。非常に厳しい条件とはいえ当記事の試合達を見ればありえなくもない、という状況で迎えた一戦だったが、先発の藤平尚真が初回からホセ・オスナ、内山壮真に2被弾し5失点するなど炎上、後続もことごとく打ち込まれ5回までに13点を奪われてしまう。あまりのヤクルト打線の爆発ぶりに、「ヤクルトが30点取れば優勝だと勘違いしてるのでは」ともネタにされた*20。
わずかな可能性を信じていた楽天ファンの掲げる「交流戦優勝まであと30点」のボードは回を追うごとに「あと35点」「36点」「39点」「43点」と書き換えられ、最終回にはとうとう「とりあえず1点入れて」となるも、打線はヤクルト先発・金久保優斗以下5人の投手の前に2安打零封と完敗。中継でも取り上げられたこのファンの姿は、視聴者の笑いと涙を誘うこととなった。他にも試合終盤、退団したウィーラーの応援歌や、廃止したはずの田中和基の旧応援歌を復刻させ話題になった。
なおこの結果、DeNAがこちらも球団初となる交流戦優勝を果たした。*21
当の楽天は翌日の中日戦(楽天モバイル)も2-5で落とし*22、9勝9敗の6位で交流戦を終えることとなった。
2025年9月13日 巨人11-10阪神(東京ドーム)
阪神のリーグ優勝決定後に行われた、2025年レギュラーシーズンにおける阪神対巨人戦の最終戦。
阪神は初回から巨人先発の横川凱を攻め立て、幸先よく3点を先制。しかしその裏、阪神先発の高橋遥人が2アウトから自身のファンブルで出塁を許したのをきっかけに満塁のピンチを作ってしまい、中山礼都に満塁HRを被弾しあっさり逆転を許してしまう。3回には岸田行倫にも2ランを被弾してリードは3点差に広がり、高橋は3回6失点であえなくKOとなった。
流れが一気に巨人に傾いたと思われたが、5回から横川の後を継いだ巨人2番手のカイル・ケラーが大乱調。1アウトを取った直後3連続四球で満塁のピンチを作ると、タイムリーと押し出しで1点差に迫られる。火消しで高梨雄平が登板したもののタイムリー3発を浴び勢いを止められず、この回の阪神は打者一巡の猛攻で7点を奪い3点ビハインドを4点リードにひっくり返す事に成功した。
しかし7回裏、巨人は阪神4・5番手の桐敷拓馬と湯浅京己から3点を奪い1点差に迫ると、9回裏にもラファエル・ドリスに対してチャンスメイクに成功。最後は代打に立った坂本勇人がサヨナラ2点タイムリーを放ち、乱打戦となったレギュラーシーズン最後の伝統の一戦は巨人が勝利した。
阪神は既にリーグ優勝が決定しており岩崎優・石井大智の勝ちパターン2人が休養で抹消されていたため、代わりにドリスをクローザーとして起用していた。
二軍公式戦・フェニックスリーグ
2021年10月16日 フェニックス 阪神27-5ヤクルト(西都原運動公園野球場)
ヤクルトは1回表、阪神の牧丈一郎から2点を先制するが、先発の木澤尚文が大乱調。1回に4点、2回に5点、など序盤から散々に打ち込まれついに5回1死の場面で降板*23。
後を継いだ杉山晃基、丸山翔大、宮台康平もそれぞれ3失点、5失点、4失点とこれまた炎上し、結果的に阪神は4回を除いての毎回得点と26安打で27得点と大勝した。
これにより1番に座っていた江越大賀が6打数5安打4打点(本塁打1)、2番の小幡竜平が5打数3安打5打点(1本塁打)、4番のサンズが3打数3安打6打点(本塁打1)など凄まじい成績を残している。
この時ちょうど阪神とヤクルトの一軍は優勝争いの真っ只中であり、加えて阪神は残塁が多く深刻な得点力不足に陥っておりヤクルトの後塵を拝することが多発していたため、「一軍の恨みを晴らした」「八つ当たり」などと言われてしまった模様。
2023年5月16日 イースタン 西武10x-7ヤクルト(CAR3219フィールド)
この日のヤクルトの先発は育成*24の山野太一。西武打線を8回4安打無失点と完全に抑え、打線も4本のホームランで7点を奪って調子よく9回裏の守りに入る。
ここまでは良かったのだが、交代した大下佑馬が渡部健人のソロと岸潤一郎の3ランを含め6連打されるという大炎上。1死も取れずに降板すると代わった久保拓眞も流れを止められず川越誠司に同点タイムリーを浴び、最終的にはマーク・ペイトンにサヨナラ3ランを打たれてゲームセット。西武が一挙10得点で大逆転勝ちした。
結局、ヤクルトは9回にエラーどころか四死球もゼロで10被安打・3被本塁打(3本の本塁打以外は全てシングルヒットだった)、アウトもこの回8人目の打者だった蛭間拓哉の犠打のみと実質1アウトも取れずに敗れることになった。
先発の山野は哀れまさかの展開で勝ちが消滅。スコアボードの10xというインパクトもあり、ツイッターでもトレンド入りした。
余談だが、この試合で炎上した大下、久保の両名は同年オフに戦力外通告を受けている。
2023年6月21日 イースタン 西武17-2日本ハム(CAR3219フィールド)
上記試合の1カ月後の出来事。
西武は1点を先制された直後の1回裏、日本ハム先発のコナー・メネズを攻め立て、愛斗と山野辺翔の満塁弾などで初回だけで13点を奪い逆転に成功する。
その後も西武は攻撃の手を緩めず、6回と8回にそれぞれ2点を追加し、試合の大勢を決めた。
一方の日本ハムは、メネズが1死しかとれず13失点(自責12)と大炎上し、得点も初回のタイムリーと最終回の野村佑希のソロのみに終わるなど投打ともに振るわなかった。
なお翌日の試合は、3-12で日本ハムが勝利している。
2023年10月12日 秋季教育リーグ 広島3-19日本ハム(7回で終了)(天福球場)
「第20回みやざきフェニックス・リーグ(秋季教育リーグ)」4日目に日本ハムと対戦した広島。7イニングで終了という特別ルールのもと行われた試合であった。
広島の先発はロベルト・コルニエル。3回を投げ1失点に抑えて降板し、4人の継投リレーで6回までに2失点。
6回終了時点で2-2の同点であったが、最終イニングの7回表に5番手・新家颯が(1アウトこそ取れたものの)6四死球で自責点8、6番手・坂田怜は1アウトも取れずに与四死球4の自責点5、7番手・辻大雅も味方のエラーなども絡んで複数失点し、最終的にこのイニングだけで打者二巡し、17失点を喫した。7回裏に1点は返したものの、そのまま敗戦した。
1イニング17失点は2021年の横浜DeNAが記録したイースタン・リーグの1イニング最大失点記録に並ぶ失点数である。
MLBの試合
2017年10月29日 ワールドシリーズ アストロズ13x-12ドジャース(ミニッツメイド・パーク)
両軍2勝ずつで迎えたワールドシリーズ第5戦、ドジャースは4回までに4点を先取するも4回裏に先発クレイトン・カーショウがこの試合初の走者を出すとカルロス・コレアのタイムリーツーベース、さらにはユリエスキ・グリエルに3ランを浴び同点に追いつかれてしまう。続く5回表にコディ・ベリンジャーの3ランが飛び出しドジャースが勝ち越すがその裏連続四球を与えたところでカーショウは降板、プレーオフ以降リリーフに回り好投を続けていた前田健太にスイッチするがホセ・アルトゥーベに同点3ランを被弾、継投策が裏目に出てしまう。
その後ドジャースは7回に1点を勝ち越すがその裏にアストロズが4得点で逆転、8回は両軍が1点ずつを加えてアストロズが12-9と3点リードで迎えた9回、アストロズは前日に打ち込まれた守護神のケン・ジャイルズではなく本来セットアッパーのクリス・デベンスキーを投入。しかし1死からヤシエル・プイグに2ランを浴びると更に2死三塁からクリス・テイラーに同点タイムリーを浴び再び試合は振り出しに。
試合は延長10回裏、イニング跨ぎとなるドジャースの守護神ケンリー・ジャンセン相手にアストロズは2死から連続四死球で得点圏を作るとアレックス・ブレグマンがレフト前にサヨナラタイムリー、球団初の世界一へ王手を掛けた。
その後ドジャー・スタジアムに移った6戦目はドジャースが制し逆王手を掛けたが、第7戦はアストロズ打線が第3戦に続きドジャース先発のダルビッシュ有を序盤から攻略、世界一の栄冠を掴んだ。
2019年6月13日 ヤンキース 17-13レッドソックス(ロンドンスタジアム)
ヨーロッパで開催されたメジャーリーグ史上初の公式試合。
まずは1回表、レッドソックスの先発、リック・ポーセロが1回途中6失点KO。さらに、ここまで安定したピッチングを見せていたヤンキース・田中将大も大乱調。6点のリードを帳消しにしてしまい、こちらも1回持たずにKO。
1回終了時点で6-6はメジャー30年振りとなる事態だった。その後も乱打戦が続き、試合は17-13でヤンキースが勝利した。更に第2戦も12-8の打撃戦となり、こちらもヤンキースが勝利している*26。
2022年4月24日 カブス21-0パイレーツ(リグレー・フィールド)
この日カブスは鈴木誠也が2番、パイレーツは筒香嘉智が4番でスタメン出場し、日本でも注目度の高かったゲーム。
試合はパイレーツ投手陣が序盤からカブス打線に攻め立てられる展開で、特に2回には打者12人の猛攻を受け一挙8失点。先発トンプソンは2回9失点KOとなる。
続く2番手ヤフーレ*27も3回こそ三者凡退に抑えるものの、4回・5回に打ち込まれ2.1回7失点。5回終了時点で既に16-0という大差がついてしまう。
その後もパイレーツは失点を重ね、遂に8回には右翼手のカスティーヨを登板させ更に4失点。終わってみれば21-0というあまりにも一方的なスコアとなってしまった。
この試合カブス打線は先発全員安打+得点を達成し、合計23安打を記録。5人が猛打賞という暴れっぷりを見せた。鈴木誠也も4打数3安打1打点でMLB移籍後初猛打賞をマークし、初盗塁も決めるなど存在感を示した。
一方でパイレーツ打線はわずか3安打と沈黙。筒香嘉智も3打数無安打に倒れ、鈴木誠也とは明暗が大きく分かれる結果となった。
日本の26-0には及ばないものの、MLBでもこれほどのワンサイドゲームはそう起こるものではなく、カブスは1901年のチーム創設以来、完封勝利としては最高得点となった。
結果、MLB公式Twitterからは試合結果を「Bears -21 Steelers - 0」とアメフト扱い*28され、カブス公式Twitterも「Bears?」と煽り、一方パイレーツ公式Twitterは「最終スコアを書かずに逃げる」という内容の画像をツイート。それぞれ数万いいねを獲得するなどアメリカ本土のTwitterでも大きな話題となった。
2024年3月21日 MLB開幕2戦目 ドジャース11-15パドレス(高尺スカイドーム)
韓国で開催されたメジャーリーグ第2戦での出来事。
この日ドジャースの先発はメジャー初の登板となった山本由伸。いきなりヒットと死球で無死1,2塁になると、3番のクロネンワースに2点タイムリーを浴び、1アウトも取れずに早くも失点。その後も更に失点し、1回43球5失点KO。その後ドジャースも大谷の犠牲フライなどで1点ずつ返すも、3回表に4点失い2-9に。早くも試合が終わりかけたが、その裏ドジャースも4点返し6-9。乱打戦がその後も続き、ドジャースが1点差に迫った8回裏2アウト2塁の場面で大谷が出たが一ゴロに終わる。これでドジャースは力尽きたか9回表にパドレスの4番マチャドに3ランを浴び、最終回は回跨ぎのクローザー、ロベルト・スアレスに三者凡退に抑えられ、11-15でパドレスが勝利した。
なお、この日の大谷は5打数1安打1打点だった。
2024年9月19日 マーリンズ4-20ドジャース(ローンデポ・パーク)
この試合でドジャース・大谷翔平がMLB史上初の50本塁打・50盗塁(50-50)を達成。この日は2盗塁に加えて自己最多となる6安打3本塁打10打点、しかも本塁打は3打席連続*29と大爆発し、この試合終了時点で「51-51」まで記録を伸ばした。チームも今季最多の20得点で大勝するとともに、ポストシーズン進出を確定させた。大谷にとってはレギュラーシーズン865試合目の出場にして初めてのポストシーズン進出を決める試合となった。
なお、MIA側も3本HRを放っており、両チーム合わせてHR6本の花火大会でもあった。
なお試合会場となったマイアミのローンデポ・パークは2023年のWBC決勝(日本対アメリカ)でも大谷が胴上げ投手となった場所であり、何かと記録に恵まれた球場となっている。
その他の野球
1985年8月14日 第67回全国高等学校野球選手権大会2回戦 PL学園29-7東海大山形(阪神甲子園球場)
PL学園が高校野球選手権大会記録となる1試合29得点を記録した試合。
KKコンビ擁するPL学園は優勝候補筆頭と言われており、対する東海大山形のエース藤原安弘投手は肘の故障を隠して投げ続けていたこともあって、抽選会でPL学園と当たった時点で敗北を確信していた。
そして2回戦、東海大山形はKKコンビ擁するPL学園にフルボッコにされ、7-29の大惨敗となる。しかも、高校野球選手権大会史上初の毎回得点、あの29-1と並ぶ32安打というおまけ付きであった。
1998年7月18日 東奥義塾122-0深浦(青森県営野球場)
第80回全国高等学校野球選手権青森大会2回戦で、東奥義塾が深浦高校相手に122-0というとんでもないスコアで圧勝した試合。
深浦高校は部員10人で1年生が半数で野球経験の浅い選手も多い典型的な弱小校、対する東奥義塾は甲子園出場経験もある古豪でありワンサイドゲームになるのは試合前から見えていた。
東奥義塾は初回からいきなり39点を奪うと、以降も2回に10点、3回に11点、4回に17点、5回に16点と点を重ねこの時点で93-0という凄まじいスコアになる。
この時点で試合放棄も可能だったが*30、深浦の選手は規定でコールドとなる7回まで試合を続けることを選び、対する東奥義塾も一切手を抜かず6回に12点、7回に17点を取って計122点を奪った。
これがきっかけでコールドゲームの規定が見直され、10点以上の差がついた場合は5回コールドにするよう決定した*31。
翌日(7月19日)のサンケイスポーツがこの試合が一面を飾るほど強烈なインパクトを残した。
なお 地元の青森ではテレビ中継も行われていたが、2回で時間切れ打ち切りとなった。
2022年4月7日 アムステルダム18-24RCH(ルク・ルヴェンディ・ボールパーク)
オランダトップリーグの2022年開幕戦、アムステルダムは6回までに18-1の大量リード。しかし最終7回表*32、2安打1失点と好投していたアンヘラから2番手ブレークに継投するとこれが大乱調。2安打の後、5連続四球で1死も取れず降板する。続く3番手プリンス、4番手クラムも合わせて1死しか取れず、ブレークも含めてこの回8安打16四球に1失策が絡み一挙23失点*33。上述の近代野球における1イニング最多得点を6点も上回ってしまった。
5番手のこの試合5番一塁手として出場していたベルケンボスがあっさり2人を打ち取るも、7回裏は三者凡退に終わりゲームセット。なお、7回表の先頭打者ブライレーヴェンはこの回だけで安打、四球、四球、フライアウト(最終打者)と4打席に立った。
2023年3月13日 韓国代表22-2中国代表(5回コールド)(東京ドーム)
韓国代表、中国代表ともにプール戦の突破が不可能となり、負けたほうが予選落ち*34という状況ではあったものの実質的な消化試合となった一戦で事件は発生。一回表は元中日・李鍾範の息子である李政厚のタイムリーなどで韓国が2点を先行。返す裏の中国の攻撃では曹傑のタイムリーですぐさま同点に追いつく。追いつかれた韓国は2回の攻撃で中国のバッテリーエラーもありながらさらに2点を追加する。ここまでは試合になっていた。ここまでは。流れが変わったのは3回表。韓国代表が8安打を集め、押し出しの四球やダブルプレー間の得点も交えつつ8点の大量得点。さらに4回には朴健祐の満塁ホームランを含む6点を追加し、この時点で15点差以上の5回コールドの要件が成立。5回には金河成の満塁ホームランが続けて飛び出し、終わってみればWBC記録となる22得点を記録。大会初となる5回コールドゲームとなった。同日のカナダ-イギリスでも18-8の馬鹿試合となっており、1日で2度の馬鹿試合の発生、消化試合で馬鹿試合、得点の新記録樹立とある意味記録づくめの1日となった。
2024年6月25日 ロッテ15-15起亜(社稷野球場)
韓国・KBOリーグでの出来事。首位を走る起亜タイガースはロッテ・ジャイアンツに対し初回から5点を先制し猛攻、4回表までに14-1と試合を確実なものとする。
しかしその裏から今度はロッテ・ジャイアンツ打線の逆襲が始まる。4回の6点を皮切りに、7回まで毎回複数得点で計14点を挙げ14-15と逆転。13点差の大逆転劇はKBOのみならずNPB・MLBでも例がない快挙である。
その後8回表に起亜が1点を返し同点に追いつくも、それ以降は両チームとも得点を挙げられないまま延長12回引き分けに終わった。試合時間は5時間20分、終了時刻は23時50分となるほどの大荒れ試合であった。
複数試合の例
- 2020年の中日ドラゴンズ・故高木守道氏の追悼試合
10月10日の一軍の対巨人戦、翌11日の二軍の対オリックス戦で2試合が行われたが、2試合とも中日投手陣が炎上。特に11日の二軍戦は先発梅津晃大が4回5失点でKOされたのを皮切りに後を受けた岡田俊哉・三ツ間卓也・佐藤優などの救援投手陣も尽くオリックス打線に燃やされ爆発炎上し、最終的に5得点したものの二軍では16年ぶりの20失点以上となる22失点を喫し大敗。1-7で敗れた一軍の試合も合わせると6-29という有様になり、「ジョイナスの闘争心が味方を燃やした」「成仏拒否」「球団が喪に服した」等々言われる羽目になってしまった。
- 2020年10月3日の東京ヤクルトスワローズ
この日の東京ヤクルトスワローズは、1軍が2-13で広島に、2軍が0-17でDeNAにそれぞれ惨敗し、1軍2軍合計で2-30という稀に見る大爆発炎上ぶりを披露。しかもただ負けるだけにとどまらず、1軍はもう一発、2軍はムノーアという、上も下もネタにあふれた一日となった。ヤクルトファンにとってはこの上ないトラウマデーとなったことだろう。
- 2022年のセンバツでの大阪桐蔭高校の準々決勝以降の試合
1回戦の対鳴門高戦は3-1と比較的投手戦だったものの、準々決勝の対市立和歌山高戦では17-0、準決勝の対國學院大久我山高戦では13-4、決勝の対近江高戦では18-1と準々決勝以降の3試合だけで48-5というスコアを叩き出し、「これは大正義大阪桐蔭」「1回戦が実質決勝戦」などとネタにされてしまった。またこの4試合で11本塁打が飛び出し、1984年にPL学園が記録した1大会最多本塁打記録を1試合少ないのに塗り替えている。なお、2回戦の対広島商業高戦は広商の部員に新型コロナ陽性者が出てしまったため不戦勝となったのだが、広商も1回戦の対丹生高戦で22-7と言う馬鹿試合を繰り広げていた。
- 2023年7月18日のMLB
各所で馬鹿試合が乱発し、3カード(メッツ対ホワイトソックス、ジャイアンツ対レッズ、ロイヤルズ対タイガース)で最終スコアが11-10、ダイヤモンドバックス対ブレーブスが16-13とノーガードの殴り合いを披露*53。一方で片方が2桁得点のもう片方は3得点以下という一方的な試合も4カードもあり馬鹿試合の博覧会と化し、最終的にこの日一日でMLB新記録となる12チームが2桁得点をあげるという凄まじい一日となった。
おまけ (誤表示によるもの)
・23-0
余談
- 馬鹿試合が生まれる原因は不安定なストライクゾーン、改修以前の横浜スタジアム*54や神宮球場などサイズや特性で点が入りやすい球場、打高投低が著しいチームなどが挙げられる。
- 福岡ソフトバンクホークスが毎年主催試合を2~3試合行う北九州市民球場は両翼92m・中堅119mと特に狭く*55、チームの実力差や集客を考慮してエースの登板を回避させるケースも多いため発生しやすい。
- 2019年7月25日の夏の甲子園岩手大会決勝で、大船渡高校は甲子園出場のかかった大一番であるにもかかわらず当時のドラフトの目玉であった佐々木朗希を全く起用しないどころか、2番手・3番手投手も登板させず花巻東に12-2で大敗した。
- 試合後に記者が監督の國保陽平にこんな起用法でどんな試合展開に持ち込んで勝つつもりだったのかと尋ねると、「30-29の打ち合い」と答えたことで「敗退行為だ」と捉えられ、監督は非難にとどまらず誹謗中傷、果ては殺害予告までされた。
- ただし、これは監督が試合出場での故障による将来への影響を恐れての判断であり、その後ロッテに入団した佐々木がプロ野球で大活躍するもスペ気味で運用に悩まされたことから、「未来を守った判断」とされることもある。