永川でも入れる名球会

Last-modified: 2026-05-31 (日) 10:52:27

日本プロ野球名球会への入会条件の一つである「日米通算250セーブの達成」に関する議論にて、永川勝浩(元広島)を引き合いに出して頻繁に用いられていたフレーズのこと。


経緯

名球会の入会条件は、1978年の設立当時に「昭和生まれ*1」かつ「NPBで2000安打(野手)または200勝(投手)を達成する」と定められていたが、投手分業制の確立や有力選手のMLB移籍をはじめとする時代背景の変化に伴い、2003年12月に初めて条件改定が行われる。そこで「通算250セーブを達成する」「対象は日米通算記録*2」の2項目が追加された。

改定当初は「勝利数とセーブ数の合算が250を超える投手も含めるべきではないか」、「投手に2種類の入会条件があるならば、打者も本塁打などを条件に加えるべきではないか」など、様々な議論が起こり、特に250セーブについては「200勝に比べて簡単すぎる」との声も大きく、「せめて300セーブにしろ」などの批判を集める。その根拠として示されたのが下記の永川の成績であった。


永川の経歴

2002年に広島に入団し、ルーキーイヤーの2003年に25セーブを記録した永川は、中継ぎ時代を経て2006年以降はクローザーに定着。12月に29歳となる2009年シーズンの終了時点で通算163セーブ(クローザー時代の年平均は31.4セーブ)を挙げていた。しかし、同時期に抑えとして活躍した藤川球児岩瀬仁紀と比較して好不調の激しさが顕著であったため、ファンからは「リリーフとしては上々だが、名球会入りを目される守護神としては平凡」という評価を受けていた。

以上の経緯から、「(永川のように)先発では到底200勝できないであろう投手でも、抑えであれば毎年25セーブ以上は挙げられる。これを10年続ければ達成可能な名球会入りの条件は、他と比べてハードルが低すぎる」とする認識が強まり、2000年代後半に「永川でも入れる名球会」という文言が定着する。


2009年シーズン終了時点での歴代セーブ数ランキング(日米通算)

2026年現在こそリリーフ専門投手の増加やセットアッパー→クローザーというリリーフ投手の役割分担の確立によりセーブ数の通算記録は全体的に増加傾向にあるが、2009年当時の永川はデビューから7年で通算セーブ数が歴代7位であった。また当時NPBデビュー7年で永川以上のセーブを挙げた投手は「幕張の防波堤」こと小林雅英のみだった。
このような状況を踏まえると、当時は「永川でも入れる名球会」と呼ばれるのも無理はなかったと言える。

選手名セーブ数
佐々木主浩381(252)
高津臣吾313(286)
【名球会ライン(250S)】
岩瀬仁紀(35)†234
小林雅英(35)†233(227)
江夏豊193
大塚晶文176(137)
永川勝浩(28)†163
豊田清(38)†157
M.クルーン(36)†152
赤堀元之139
大野豊138
斉藤明夫131
山本和行130
馬原孝浩(27)†129
藤川球児(29)†127

†:現役(2009年終了時点での年齢を付す)

250セーブの再評価

しかし永川は2009年シーズンを最後に故障や不調の影響で守護神の座を剥奪される。2010年以降も2013年にセットアッパーとして復活したのを除いて不調から復活できず、セーブ数はわずか2にとどまり通算165セーブで現役を引退した。

永川に限らず、後述のように250セーブが確実視されるペースで登板を重ねながら、故障や不調が原因で一度クローザーを外された後にクローザーに戻れずセーブ数が伸び悩んだ選手が続出したこともあり、現在は 「先発と比べて過酷で故障しやすいリリーフ投手が、チームで1枠しかない抑え投手に何年も固定され続けること自体が困難」という認識(詳細は後述)が浸透。永川(及び250セーブの基準)に対する批判は減り、「2000安打よりよっぽど困難」「サファテでも入れない名球会」と称される傾向が強くなった。
ただし現在でも劇場型の若い投手がセーブを積み重ねた際には名球会煽りが発生する場合がある。


250セーブ達成者の誕生

このように「困難」と称され、惜しくも達成せずに引退する選手も出続ける中、ついに平野佳寿が2023年10月2日に日米通算250セーブを達成。岩瀬が2010年6月16日に達成して以来、実に13年ぶりのセーブ数準拠での名球会入りとなった。

平野の場合は岩瀬や佐々木主浩、惜しくも達成できなかった藤川といった選手のような「絶対的守護神」イメージがファンを含めて薄く、所謂「劇場」というイメージが先行されがちである。しかしながら、MLB時代でのセットアッパーとしての活躍や、オリックスのリーグ3連覇への貢献、そして史上初の日米通算200ホールド&200セーブという大記録を達成し、2023年シーズン終了時点で日米通算835登板と長きに渡って活躍しているため、(ネタにされることはあるにせよ)達成によって「250セーブの価値が落ちた」という異論を唱える者は殆ど存在しない。*3


250セーブに届かず引退した例

赤堀元之(近鉄、1989~2004年)

永川より以前の例。当時「ストッパー」や「リリーフエース」と呼ばれる立場だった絶対的な抑えのエースとして1992~1997年までの6年間で5度の最優秀救援投手*4を獲得*5し、27歳になる同年までに合計で121セーブを挙げるなど圧倒的な投球を見せた。
しかし、翌年以降は故障や本人の先発志望による配置転換によって、セーブを挙げないまま通算139セーブで引退。

小林雅英(ロッテ→MLB→巨人→オリックス、1999~2011年)

幕張の防波堤という異名を持つ劇場型守護神。
ルーキーイヤーの後半戦から先発として登板したが、翌2000年に開幕3試合先発で不安定な投球を続け中継ぎに転向。するとその年14セーブを挙げたことが評価され翌年以降は守護神として君臨し続け、2001年~2007年の7年で6度の25セーブ以上、4度の30セーブ以上含む7年連続20セーブ以上を達成した。
しかし2007年は8度救援失敗したことが要因でシーズン途中に守護神の座を剥奪されると、同年オフに海外FA権を行使しメジャーへ移籍。2008年こそ6セーブ挙げるが翌2009年に不振に陥るとシーズン途中で解雇され、2010年に巨人へ移籍しNPB復帰を果たすも活躍できないままオリックスの移籍を経て2011年に引退。日米通算234セーブに終わった。

マーク・クルーン(MLB→横浜→巨人→MLB、1992~2011年)

1992年にMLBへ入団するも活躍出来ない中、2004年オフに横浜ベイスターズに移籍。当時凄まじい暗黒時代の途中であったベイスながら2005年に大不振に陥っていた佐々木主浩*6に代わって守護神の座を勝ち取ると、3年連続25セーブ以上を達成し2005年暗黒時代唯一のAクラス入りや2007年の4位浮上に貢献。
2008年に巨人へ移籍するといきなりセーブ王を獲得するなどこちらでも3年連続25セーブ以上を記録し6年連続25セーブ以上を記録する。
だが2010年に年齢による衰えもありやや調子を落とすと、同年オフに渡辺恒雄主筆を激怒させたこともあり巨人を解雇される。*7その後SFとマイナー契約するもメジャー昇格することなくオフにFA、そのまま日米通算177セーブで現役引退した。

馬原孝浩(ダイエー/ソフトバンク→オリックス、2004~2015年)

永川と併せて議論の対象とされていた投手。12月に30歳となる2011年の時点で180セーブを挙げるも、2012年に右肩の故障が原因でシーズンを棒に振る長期離脱。
同年オフにオリックスへ移籍するも以降守護神へと復帰することはなく、2015年に通算182セーブで引退。

藤川球児(阪神→MLB→阪神、1999~2020年)

MLB挑戦前の時点で220セーブを挙げ、帰国後は主にセットアッパーとして活躍。39歳の2019年シーズンは抑えを兼任し16セーブを上積みし、達成まであと7セーブと迫っていた。
しかし、翌2020年シーズンは開幕から不調が続き、手術が必要なレベルの故障も抱えていた事実が判明したことで、日米通算245セーブで同年に引退。数字としては惜しくも5セーブ届かなかったが、61勝164ホールドの先発・セットアッパーとしての実績もあり、2022年に特例で名球会入りが認められた(後述)。

デニス・サファテ(MLB→広島→西武→ソフトバンク、2006~2021年)

ソフトバンク移籍後の4年間で175セーブ(年平均43.8セーブ)と圧倒的な成績を残し、2017年にNPB記録のシーズン54セーブを達成。当時36歳ではあったが、通算229セーブと、達成は時間の問題と思われていた。
しかし、2018年以降故障に苦しみ、同年はわずか6試合の出場(5セーブ)に終わると、翌2019年以降は一軍登板すら無く引退。2020年に股関節の手術を受けた際、本人が「手術後に現役を続けるのは難しい」と語るなどほぼ再起不能であったことが判明している。日本通算234セーブ*8

山口俊(横浜/DeNA→巨人→MLB→巨人、2006~2022年)

高卒4年目の2009年にクローザーに定着し、そこから2012年までの4年間で通算104セーブを記録。後述の松井が更新するまでは通算100セーブ達成の史上最年少記録も残していた。ただし典型的な劇場型であったため、前述のように名球会煽りの対象となることも多かった。翌2013年は不振に陥り、心機一転を図るために先発転向すると、これ以降はメジャー時代*9を除くと大半のシーズンが先発としての稼働だった。
2022年シーズンをもって通算112セーブで引退。

現役選手の例

山﨑康晃(DeNA、2015年~)

ルーキーイヤーの2015年から5年連続で守護神を務めて163セーブを挙げる*10。2020年は打ち込まれる場面が目立ち開幕1か月を待たずに守護神を剥奪、翌2021年はセットアッパーでの起用であった*11
2022年に復活して守護神を奪還し、(当時)史上最年少での200セーブを達成。2023年には通算500登板も達成した。
しかし、2023年7月に守護神の座を剥奪されてからはビハインド時の登板が珍しくなくなるほどに地位を落とし、2025年シーズンまでは250セーブの達成が厳しい状況になりつつあるといわれていた*12
しかし残り18セーブで迎えた2026年シーズンに「抑えは白紙、競争」と明言した相川亮二監督の方針のもと、開幕の抑えを勝ち取りクローザーとしてまたしても復活。250セーブの到達が見える状況へと再び転じた。

松井裕樹(楽天→MLB、2014年~)

高卒2年目から抑えに定着。かねてから20代での250セーブ達成が可能とも言われていたが、不振による中継ぎ転向および先発転換等の不安定な起用も影響し、2018・2020年の2シーズンは合計7セーブに留まる。復調した2021年も終盤に故障し酷使の影響を懸念されたものの、翌シーズン以降も安定してセーブ数を稼ぎ、2023年4月5日の西武戦で、上述の山﨑を超える史上最年少での200セーブを達成し、同年中に通算500登板も達成した。
2023年シーズン終了時点で通算236セーブとなり、翌年の達成が確実視されたが、オフに海外FA権を行使してサンディエゴ・パドレスに移籍。記録達成の為にはMLBへ適応し抑えとなることが求められるが、パドレスには移籍時には元阪神のスアレス、現在ではMLB屈指のリリーフピッチャーであるメイソン・ミラーが抑えとして君臨しており、セーブ数を伸ばすことは簡単ではない状況である*13

平野佳寿(オリックス→MLB→オリックス、2006年~)

プロ入り当初は先発投手だったが、岡田彰布の監督就任で配置転換が行われ入団4年目から中継ぎを務める。7年目以降は(MLB時代を除き)クローザーのポジションに定着した。達成するまでの17年の間で故障離脱はほぼなく、目立った不調年も2015年のみと異次元の鉄腕ぶりを発揮しており、2022年に日米通算200セーブを達成。前述の通り2023年10月2日の対日本ハム戦(京セラドーム大阪)で日米通算250セーブを達成。更に2025年4月3日にはNPB通算250セーブも達成した。

益田直也(ロッテ、2012年~)

プロ2年目に33セーブを記録。以降は西野や内といったクローザーへ繋ぐセットアッパーとしての起用が多かったが、2019年からクローザーに指名され着々とセーブを積み重ねる。とはいえファンの肝を冷やすようなギリギリの展開も多く、典型的な劇場型抑えと呼ばれている。特に2022年はオールスター明けから立て続けに打ち込まれた結果、クローザーの座をロベルト・オスナに譲り、お役御免と思われていた…が、オスナが自由契約となりソフトバンクに移籍したため回避、翌2023年以降もクローザーとして登板を続ける。2024年には小林の持つ227セーブの球団記録を更新し、シーズン終了時点で通算243セーブと大台達成を目前としていた。
しかし2025年は不振に陥り二軍調整の間に守護神の座も中森俊介、中森が離脱した後半戦は横山陸人に明け渡す。その後は何とかセーブを稼ぎ250セーブ到達まであと2つまで迫っていたが、8月下旬に故障で長期離脱となりそのままシーズン終了。記録達成は翌年以降に持ち越しとなった。
勤続疲労による衰えも囁かれるものの、これらの土台には新人最多記録の72登板や、NPB史上19人しかいない700登板という酷使に耐える剛腕があってこそと言える。

ライデル・マルティネス(中日→巨人、2017年~)

2017年開幕前に中日に育成契約で入団し翌年支配下登録されると、NPB3年目の2019年に初セーブ含む8セーブを記録。2020年から本格的に守護神に定着して以降はハイペースでセーブを積み重ね、中日時代の8年間で2度のセーブ王を獲得するなど166セーブを挙げる。
2025年に巨人へ移籍してからも変わらぬ安定感でセーブを量産し、8月15日の阪神戦でNPB歴代最速記録を更新する通算348試合目での200セーブに到達。*14最終的に自身キャリアハイかつセ・リーグタイ記録となる46セーブで3度目のセーブ王を獲得し、同年終了時点で通算212セーブと、史上最速かつ最年少での250セーブ達成を射程圏内に入れている。

当時の論調に対する現状

「入会条件を300セーブとすべき」

「250セーブ以上」の条件を達成して名球会入りした投手は岩瀬*15佐々木*16高津臣吾*17平野*18の4人であるが、平野を除く3人は300セーブを達成しており、岩瀬と平野はセットアッパーだった期間も長いため(後述)単純比較はできない。

「抑えを10年続けることは高いハードルではない」

2024年現在、成績の良し悪しを問わず抑えを10年以上務めた投手は、上記の日米通算300セーブ達成者の3名(岩瀬・佐々木・高津)のみである。岩瀬は入団から5年間セットアッパーだった他*19、平野もセットアッパーとしての期間も含めると14年勝ちパターンのリリーフ投手を務めている計算になる。

現代野球ではクローザーに定着していれば、チームがよほど低迷していない限り少なくとも年間50試合ほどの登板が見込まれるが、裏を返せば「25Sを10年続ける前提として、年間50試合登板を10年続けるタフネスが必要」と言える。
しかし、NPBの野球史において10年連続で25S以上を記録した投手は皆無である*20ばかりか、10年連続で50試合以上登板を記録したのも岩瀬と宮西尚生の2名のみ*21*22であり、「セーブを挙げる以前に、登板数の安定した積み上げ自体が極めて難しい」事実が伺える。
加えてクローザーはチームの勝敗に直結するポジションのため、成績が低迷すると配置転換されやすいことから常にチーム内でトップクラスの成績を残し続けることが要求される

したがって「25S×10年は容易い」という認識自体が大きな誤りであることが、現在進行形で証明され続けている。
とはいえ、山田哲人や斉藤和巳のように圧倒的なキャリアハイを残した者に比べ、田中幸雄や宮本慎也など地道に積み上げた選手が評価されにくい昨今の風潮もあってか、こういった無事是名馬的な功績は未だに過小評価される傾向がある。

歴代セーブ数ランキング(日米通算、2025年シーズン終了時点)

NPBでセーブを記録した選手に限る。

選手名セーブ数
岩瀬仁紀407
佐々木主浩381(252)
高津臣吾313(286)
平野佳寿(41)†259(251)
【名球会ライン(250S)】
益田直也(35)†248
藤川球児245(243)
松井裕樹(29)†237(236)
D.サファテ234
小林雅英234(228)
山﨑康晃(34)†232
R.マルティネス(29)†212
増田達至194
江夏豊193
馬原孝浩182
M.クルーン177
大塚晶文176(137)
武田久167
永川勝浩165

†:現役(2025年終了時点での年齢を付す)
()内はNPB単独の記録

認識の変遷

2009年

永川の150セーブや岩瀬の200セーブって


1 : 風吹けば名無し : 2009/08/28 00:57:10 ID:fJ3uwFsg
ぶっちゃけ価値ないよな
でも初めて抑えやって15セーブできた*23訳だし
尻以上の力を持った投手なら誰でもできるww
 
7 : 風吹けば名無し : 2009/08/28 00:59:37 ID:lTXCmN7/
セーブは意味のない指標

永川は自分のセーブ数が増えればそれでいい


24 : 風吹けば名無し : 2009/08/07 10:40:48 ID:M/9PXhyF
名球界はせめて300セーブにしろ


2012年

永川でも入れる名球会wwwwwwwwwwwww


1 : 風吹けば名無し : 2012/10/26 13:56:52 ID:vCv1YSEz
逆に考えると永川や馬原の犠牲があったからこそ、
実際に達成した岩瀬が正しく評価されるようになったのではないか


補足

  • MLBにおける250セーブ達成者は40人(2025年シーズン終了時点)。
  • 2019年、名球会に「特例入会制度」が創設され「特別な価値を見出だせる成績を残した選手」についてはいずれの入会条件を満たさずとも、理事会の推薦を受けた上で会員の3/4以上の承認を得られれば入会が認められるようになったため、永川らの名球会入りの可能性はゼロではなくなった。
    • 2022年には本制度を適用し、藤川および日米通算で100勝100S100Hを達成した上原浩治が入会を認められた。あと5セーブで入会基準を満たし既に日米通算61勝・164ホールドも記録している点を加味された藤川と、勝利数・セーブ数・ホールド数がいずれも100以上の上原に対してのため、36勝・165セーブ・79ホールドの永川はあまり望めるものではないと言える。


関連項目

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*1 2012年に「昭和以降生まれ」に規約が変更された。2025年に浅村栄斗(達成時点で楽天に在籍)が2000安打を達成し、平成生まれ初の名球会入りとなった。
*2 さらに2012年に「NPBにおける記録を起点とする」条件が追加された。これにより、MLBで2000安打を達成してから来日した場合や、MLB1900安打→NPB100安打と言った場合は対象に含まれないようになり、ウォーレン・クロマティやアンドリュー・ジョーンズが対象外となった反面、アレックス・ラミレスはNPBのみで2000安打を達成したことで入会している。なお、MLBで2095安打を記録したアルフォンソ・ソリアーノは広島在籍時にプロ初安打を記録しているため、入会資格そのものは満たしており、本人も入会に乗り気でいるが、NPBでは僅か2安打しか記録していないせいか、現在まで入会したという情報は無い。
*3 実際に翌2024年は故障の影響もあってか成績が急降下し登板機会が激減。守護神の座もマチャドに剥奪されたため、名球会入り達成までに1度でも守護神の座を剥奪されるなど不振に陥ると250セーブを挙げることが非常に困難であることが垣間見えている。
*4 現在の最多セーブにあたるタイトルであるが、2004年までは「セーブポイント」と呼ばれていたセーブ数+救援勝利数の一番多い選手が表彰されていた。
*5 岩瀬、佐々木、江夏豊と並んで歴代トップタイ記録。
*6 2004年に横浜へ復帰するも、この年2005年は開幕から4月に3度逆転サヨナラ負けを喫するなど不振で守護神の座を剥奪され、これを受けて8月7日に現役引退を表明した。日米通算381セーブ。
*7 2010年シーズン終盤に「自分が投げる時には、2・3点差がついていると嬉しい」と発言した事を報道陣から伝え聞いた渡辺恒雄主筆が「自分が出てきたら、どんな状況であれ仕事をするのが抑えじゃないのか。それなのに野手たちにそんな要求をして、安定もしないのに抑えたらポーズを決めて自分の手柄だ。いくら受け取っていると思っているんだ。クルーンはもういらんよ。」と激怒して批判した事もあり、球団は翌シーズン以降の契約を更新しない事を通告し、12月2日に巨人を去った。
*8 MLB時代のセーブ数は0。名球会の基準では日本からのキャリアを基準とするため、たとえセーブを挙げたとしてもカウントはされない。
*9 ただしMLBでのセーブ数は0。
*10 なお、2017年はチームのスペンサー・パットンのクローザー起用方針で一時期だが外されていた。
*11 2020年は6セーブ、2021年は1セーブのみであった。この間は、三嶋一輝が抑えを務めていた。
*12 なお不調期も2024年に4セーブ、2025年に1セーブを挙げてはいた。2023年後半~2024年は森原康平が、2025年は入江大生がクローザーを務めていた。
*13 実際にMLB初年度の2024年は64登板しているが全て中継ぎ起用。2年目の2025年に初セーブを記録したがMLBで96登板目、それもスアレスの危険球退場による緊急登板で記録したものであった。
*14 それまでの記録は佐々木主浩の通算370試合。
*15 日本記録の通算407セーブを記録。
*16 日米通算381セーブ。
*17 日米通算313セーブ。名球会の条件で考慮されない韓国、台湾プロ野球でのセーブ数を含めると通算347セーブとなる。
*18 2023年終了時点で日米通算250セーブ
*19 当時、宣銅烈、エディ・ギャラードなどがクローザーに君臨していたため。
*20 但し、岩瀬は9年連続で30S以上を記録している。
*21 岩瀬は勿論、宮西もセットアッパーとして通算424ホールド・462ホールドポイント(2025年シーズン終了時点)の歴代1位記録を保持する球界屈指の鉄腕である。
*22 そもそもNPB通算500登板以上の投手もわずか106名しかいない。ちなみに永川は達成しているが、馬原やサファテは達成できていない
*23 大半のシーズンで先発投手として起用されていたが、2006年のみチーム事情によりシーズン途中から抑えとして起用された。