永川でも入れる名球会

Last-modified: 2020-09-12 (土) 09:45:51

日本プロ野球名球会への入会資格について議論するスレ(特に抑え投手の議論)において、頻繁に用いられるフレーズ。

概要

名球会は1978年に創設され、入会条件として「昭和生まれ」「NPBで2000安打/200勝利を達成する」を制定する。しかし、投手分業制の確立や有力選手のMLB移籍などの時代背景を受け、2003年12月に「通算250セーブ」「記録は日米通算とする」が追加。2012年には「MLBの記録はNPB退団以降のみを合算する」も新たに加えられ、「昭和生まれ」も「昭和以降生まれ」に改定された。

一方で2003年に要項追加して以降、現在は改定されているルールの他にも「勝利数とセーブ数の合算が250を超える投手も含めるべきではないか」「投手は2つの入会条件があるなら、打者も本塁打などを条件に加えるべきではないか」など、様々な観点から議論を呼び、特に250Sについては「200勝に比べて簡単すぎる」「せめて300セーブにしろ」などと大きく批判を集め、特に永川勝浩はこの理論の根拠として重用されることになる。

永川の活躍

2002年に広島に入団すると、ルーキーイヤーの2003年に25Sを記録。その後2004~2005年は中継ぎが中心で6Sにとどまったが2006~2009年の4年間では合計132Sを挙げる。しかし好不調の波が激しく、同時期に活躍していた藤川球児岩瀬仁紀に比べると見劣りし、「リリーフとしては上々だが名球会入りが目される守護神としては平凡」という評価だった。

そのため「(永川のように)先発では到底200勝できないであろう投手でも、抑えならば毎年25S以上は挙げられる。これを10年間続ければ名球会入りというのは、ハードルが低すぎる」とする意見が生まれ、「永川でも入れる名球会」という文言が的確な表現として定着していった。

当時から「250Sの基準は妥当」とする意見自体はあったが、野球chやなんJにおいては極めて少数派であり、レスバトルではサンドバッグ要員となっていた。

再評価

永川は2009年を最後に故障や不調で登板機会が激減し、抑えの地位を剥奪される。通算165Sのまま2014年を最後にセーブ機会もなく、2019年に引退。
また永川と並列して議論の対象とされていた馬原孝浩も、2011年の故障以降はクローザーに戻ることは無く、2015年に通算182Sで引退した。

さらに2020年、圧倒的な成績で250セーブ間近までたどり着き名球会確実と言われていた藤川球児(2020年8月終了時点で日米通算245S)は8月31日に同シーズンを以っての引退を表明、手術が必要なレベルの故障持ちということが明かされ、残りシーズン内での一軍復帰さえも絶望的な状況となっている。
2017年54セーブという不倒記録を立てながら翌年以降故障に悩まされ続けているデニス・サファテ(同日本通算234S)も同年引退を示唆するようなコメントをフェイスブックに投稿した。*1
また、初年度から守護神として定着し、史上最年少での150セーブを達成し、順調にセーブを伸ばしていた山﨑康晃(2019年終了時点で163S)が大不振で、6Sを挙げて永川超えは達成したもののその後守護神の座をはく奪され、新守護神三嶋一輝の完璧すぎる活躍もあり守護神の座に戻るのは当面不可能な毎日が続いている。さらに、高卒2年目から抑えに定着し、20代での250セーブ達成が可能とも言われていた松井裕樹(同通算139S)すらも毎試合ブルペンで肩を作る負担が大きいことから先発転向を直訴、同シーズンより先発での起用が続いている。

永川と同時期には同じリリーバー(ストッパーではない)として活躍していた浅尾拓也山口鉄也といった選手の故障・低迷が相次いだのもあって、「そもそも故障しやすいリリーフ投手が、チームで1枠しかない抑え投手に何年も固定され続けること自体が困難」という事実が広く知れ渡る。さらに投手は野手とは異なり、1試合で1~5本程度を積み重ねることができる安打に対し、勝利投手とセーブは1試合で1つ且つチームが勝利しないと積み重ねることができず、チーム事情による配置転換などによって名球会入会資格に係る成績の面に受ける影響が大きいことも指摘されるようになる。
そのため再評価が進んだ現在では永川が批判される事は減ってきている。むしろ、投手の分業化が進んだことで難易度が上がりつつある200勝とともに「2000本安打よりよっぽど困難」「サファテ、藤川でも入れない名球会」と言われるようになりつつあるのが現状である。

ただしそれでも、劇場型の若い中継ぎ投手がセーブを積み重ねていくと、名球会煽りが発生することがある。

 

補足

  • 通算250S以上を記録して名球会入りした投手は、岩瀬仁紀(通算407S)・佐々木主浩(日米通算381S)・高津臣吾(日米通算313S)の3名のみであり、250Sでも300S以上でも結局変わらなかった。
  • 上にあるように「25Sを10年」というのはかつてよく用いられたフレーズであるが、2020年現在も成績の良し悪しを問わず抑えを10年続けられた投手が、当の名球会入りメンバーである岩瀬・佐々木・高津の3名しかいないというのが実態である。*2『抑えを10年続けることは高いハードルではない』という認識自体が大きな誤りであることが、事実上現在進行系で証明され続けている。
  • 250Sが困難な記録なのは十分述べたが、ハードルを下げた200S達成者すら僅か6人*3、150S達成者も15人しかいない*4ことから、安定してセーブを記録し続けること自体が困難であることが理解できるだろう。
  • 2019年には名球会に「特別枠」が創設。上記いずれの入会条件を満たさずとも、「特別な価値を見出だせる成績を残した選手」については理事会の推薦を受けた上で会員の3/4以上の推薦を得られれば入会が認められるようになったため、永川や馬原の名球会入りも必ずしもあり得ないわけではなくなった。

傾向

2009年

永川の150セーブや岩瀬の200セーブって
https://live23.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1251388630/

1 風吹けば名無し 2009/08/28 00:57:10ID:fJ3uwFsg
 ぶっちゃけ価値ないよな
 *5でも初めて抑えやって15セーブできた訳だし
 尻以上の力を持った投手なら誰でもできるww

7 風吹けば名無し 2009/08/28 00:59:37ID:lTXCmN7/
 セーブは意味のない指標

永川は自分のセーブ数が増えればそれでいい
https://live23.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1249607946/

24 風吹けば名無し 2009/08/07 10:40:48ID:M/9PXhyF
 名球界はせめて300セーブにしろ

2012年

永川でも入れる名球会wwwwwwwwwwwww
https://hayabusa.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1351227412/

1 風吹けば名無し 2012/10/26 13:56:52ID:vCv1YSEz
 逆に考えると永川や馬原の犠牲があったからこそ、
 実際に達成した岩瀬が正しく評価されるようになったのではないか

関連項目



Tag: 広島 なんJ スレタイ


*1 ただしソフトバンク球団は報道の直後にサファテ本人とヒアリングを行った上で、三笠杉彦GMが「(サファテは)『最後の登板になるかもしれない』と言っただけで、最後の登板とは言ってない」とサファテの引退を否定。本人も後日Twitterを更新し「野球を辞めるわけではない」と引退を否定している。
*2 上記の藤川すらセットアッパー・抑え併用を含めて8年である。
*3 岩瀬・佐々木・高津・藤川・サファテ・小林雅英(日米通算234S)
*4 2020年8月30日現在の記録。NPBで現役なのは山﨑康晃増井浩俊のみ。ただし2020年は共に
*5 巨人時代のほとんどは先発投手だったが、2006のみチーム事情により抑えを務めた。