ウンコーディエ

Last-modified: 2025-10-02 (木) 20:43:55

エリック・コーディエ(元オリックス)の蔑称。


概要

コーディエは2015年オフ、不振の平野佳寿*1に代わる抑え投手候補としてオリックスと契約。最速165.7km/h(自称)の速球を武器とし、マーリンズ時代には同僚のイチローから「ワンハンドレッド*2」と呼ばれるなど速球派の中継ぎ投手として知られていた。

しかし2016年開幕戦となった3月25日の西武戦(プリンスドーム)で1点リードの9回に登板するも、ブルペンの時点で球が明後日の方向に行くノーコンぶりを発揮しており、懸念が的中したかのようにセーブ失敗及びサヨナラ負けを喫する衝撃のデビューを飾る(試合結果*3
試合後に立ったスレに書き込まれた下記のレスが、ウンコーディエの初出と思われる。

【急募】コーディエの蔑称 [無断転載禁止]©2ch.net


23 : 風吹けば名無し@無断転載禁止 : 2016/03/25(金) 21:47:49.93 ID:XTGiAGl/0
うんコーディエ
ディェ~w
 
この二強やろな
 
44 : 風吹けば名無し@無断転載禁止 : 2016/03/25(金) 21:52:11.10 ID:XTGiAGl/0
ウンコーディエボグセビック*4ビックw!モレル*5w~~~!!ディエ~ッw

書き込み主は敗戦及びコーディエの惨状にショックを受けたオリックスファンと解される場合もあるが、必死チェッカーの検索結果を見る限り巨人ファンである可能性も考えられる。

以降

2日後の西武戦にて2点リードでの場面で登板し、来日初セーブを挙げたものの1点差とされなお満塁という薄氷を踏む展開だったため共用スレとは別にコーディエスレが2スレにわたり伸びる事態となった。

4月6日の対楽天戦で再び制球難を露呈し、ビハインドながら2四球を与え2点を失う。同時に首脳陣の信頼も失い翌日に降格。二軍では田口壮監督のケアもあって好投し再昇格を果たしたが、制球難は改善されず下記のエピソードへ至る。

絶対にストライクを取れない投手vs絶対にボールでも振る打者

6月4日のヤクルト戦(神宮)での出来事。
2点リードで迎えた5回裏、1死満塁の場面で登板したコーディエは、川端慎吾のタイムリーにエラーが絡んで同点とされる。続く畠山和洋に四球を与えて再び1死満塁という状況で、代打として登場した雄平との対戦で事件は起きた。

この打席でコーディエは全球ボール球を投げ続け、雄平は雄平でボールでも構わず手を出すという野球のルールを超越した何かを展開。「絶対にストライクを取れない投手vs絶対にボールでも振る打者」の熱いほこたて対決でなんJを大いに沸かせた。最終的に、雄平が空振り三振を喫してコーディエに軍配が上がった。

投球内容

450×800
一球もストライクゾーンに入っていないにもかかわらず空振り三振でコーディエの勝利。


コーディエの18球

雄平との事件から3日後、6月7日の対中日戦にて延長12回表、3-3の同点の場面で登板。しかし、先頭の大島洋平に対しストレートの四球、続く平田良介にはフルカウントまで追い込んだが四球、3人目のダヤン・ビシエドにはフルカウントから球団最速記録となる159km/h*6ボール球を投じ3者連続四球。ここでコーディエは1アウトも取れず塁を埋めるだけ埋めて降板し、後続も打たれ3-8で敗戦。コーディエ専はパート3まで伸び、

  • 「中日打線は球を前に飛ばせなかった」
  • 「ノーヒットに抑えた」
  • 手も足も出ない(四球)
  • コーディエの18球

など散々に叩かれ、遂には「コーディエ」だけで蔑称扱いになる快挙を達成した。
結果的に本試合がコーディエのNPB最終登板となった。

内容

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退団、引退へ

同試合以降は再び二軍へ降格。以降は6月に発症した右鼠径部スポーツヘルニアの手術で9月6日に帰国し、シーズン終了後に退団が発表された。

翌年はマイナーリーグで活動。メジャー昇格を目指していたと思われたが、同年7月に公開されたTwitterのプロフィールで、既に現役を引退していた*7事が判明した。2022年現在は少年野球の指導者として活動している様子。

結果として最速160km/hの触れ込みで入団し、実際にほぼその通りの数値を計測しながらもなお活躍できなかった選手という稀有な存在としてなんJ民の心に強い衝撃を与えた。
さらには退団後も炎上した投手の比較対象として名前が挙がるなど、印象に残った選手であることが伺える。

余談

  • 本年のオリックスはコーディエの惨状で盛大にスタートダッシュに失敗すると主力の不振もあって早々にペナント争いから脱落。セ・パ交流戦においても当時のパ球団最低勝率(5勝13敗、勝率.278)を樹立する*8等どん底へ沈み、オープン戦、交流戦、ペナントレース、ファームの全てを最下位で終える完全最下位を喫した
  • 一方、この年は吉田正尚・近藤大亮・大城滉二杉本裕太郎のルーキーイヤーであり、特に吉田は閉塞したチームの中で後半戦だけで2桁本塁打を放つ活躍でファンの希望となっていた。さらに同年のドラフトでは山岡泰輔、黒木優太、山本由伸、小林慶祐、山﨑颯一郎、澤田佳佑と9人中6人投手を指名する投手重視のドラフトを行い、オフには現在のファーム施設が完成。チームも育成重視に大きく舵を切ることとなり、のちの3連覇の伏線になっていく。
  • 開幕当初はコーディエに守護神を奪われる形となった平野だったが、コーディエの不振と対照的に復活を見せ*9、のちにMLBへ移籍。一時はメジャーでも通用した平野がコーディエと比較されていた*10事実を、首をひねりながら振り返る者は多い。

星野伸之から名指しで批判される

シーズンオフに放送された球辞苑(NHK BS1)では星野伸之(当時の二軍投手コーチ)から「球持ちの悪い見本」として名指しで名前を挙げられてしまった。

画像

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コーディエの再来

以下のコラレスを始めとして、悪い意味でインパクトを残した外国人投手は「コーディエ扱い」され「ウンコ」にちなんだ蔑称を付けられる。

  • ジョシュ・コラレス(楽天)
    2017年シーズン途中にBCリーグ富山から移籍。8月15日の対西武戦でNPB初登板するも3回5安打7四死球5失点と炎上。制球難に加え、名前が「コ」で始まることから「ウンコラレス」等の蔑称を付けられた。
    当時の楽天はソフトバンクと首位争いを演じていたが、当試合を機に絶不調に陥り最終的に3位でシーズンを終えたため、楽天ファンからはコラレスショックと呼ばれた。
    結局2年間の在籍で一軍登板は上記試合のみに終わり退団。

関連項目

Tag: オリックス なんJ 蔑称 絶許 うんこ


*1 33登板で0勝3敗・12セーブ・10ホールド、防御率4.06。
*2 100mph(≒160km/h)。ホームゲームでコーディエが登板する際のPVでも、081から100までのカウントアップがなされる演出があった。
*3 この時に生まれたのが山賊ダンス
*4 ブライアン・ボグセビック。同年入団の助っ人外野手。打率.187、3本塁打と期待を大きく裏切り、1年限りで退団。
*5 ブレント・モレル。同年入団の助っ人内野手。こちらは打率.244、8本塁打とまだ見られる成績で、翌2017年まで在籍した。
*6 当時。現在は2024年3月30日にアンドレス・マチャドが記録した162km/hが最速となっている。
*7 「『Former』 Professional Baseball Player(『元』プロ野球選手)」表記であるため。
*8 2024年の埼玉西武ライオンズが4勝14敗、勝率.222で記録を更新した。
*9 58登板で4勝4敗・31セーブ・8ホールド、防御率1.92。
*10 平野はMLB1年目の2018年はセットアッパーとしてフル動員し、75登板で4勝3敗3S32H・防御率2.44。翌年もセットアッパーを務めたものの序盤に救援失敗を繰り返し後半は負傷離脱もあった為低調な成績に終わり、その翌年のマリナーズ移籍後も好転せずコロナ禍によるFA市場冷え込みの影響もあり日本球界へ復帰することになった。なおコーディエのMLB通算成績は僅か15登板で勝敗なし・防御率4.42に終わっている。