新聞を信じたのがいけなかった

Last-modified: 2021-07-10 (土) 23:22:00

2007年のクライマックスシリーズ(CS)で中日ドラゴンズの奇襲先発(当時は予告先発制度が無かった)を受けた際、当時の読売ジャイアンツ監督・原辰徳が発した一言。


概要

CSが導入された2007年シーズン、読売ジャイアンツは1位で同シリーズ進出を確定。
迎えた中日とのシリーズ初戦、新聞報道では中日の先発投手は山井大介か朝倉健太と予想されていた。山井朝倉ともに右投手であるため、原は対右投手用のオーダーとして清水隆行や脇谷亮太を起用し、7人の左打者を並べ試合に臨んだ。
しかし蓋を開けてみれば中日の先発は前ステージでは中継ぎ登板していた左腕・小笠原孝。左対左の相性の悪さに加え、小笠原の粘投もあり、巨人はあえなく敗戦してしまう。これについて原監督は「新聞を信じたのがいけなかった」と新聞報道に責任転嫁したのであった。
しかも悪い流れを引きずったまま巨人はCS敗退し、セ・リーグCS導入元年でいきなり優勝チームが日本シリーズ進出を逃す事となり、上記の原監督のコメントが一層注目を浴びてしまった。なお勝ち上がった中日は53年ぶりの日本一に輝いている。

後に監督の落合博満は、先発を予定していた山井が怪我で投げられなかったことによる苦肉の策だったと明かしている*1

 

読売ジャイアンツ(親会社は読売新聞)と中日ドラゴンズ(親会社は中日新聞)は共に新聞社を親会社とする球団である。親会社の宣伝を兼ねて野球をしている立場としては、新聞批判は御法度。美しいまでにまんまと騙されて負けるという流れに加え、責任転嫁の相手としてうっかり禁忌である親会社批判を選んでしまうという面白さが手伝い、ネタとしてイジられることになってしまった。


記事

http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/071019/bbl0710190009000-n1.htm

メンバー表を交換した原監督の顔色が変わった。中日先発は山井か朝倉の右腕どちらかと踏んで
ミーティングした。ところが、左の小笠原。「新聞を信じたのがいけなかった
 首脳陣は第1ステージ同様に中継ぎで登板してくるとみた。「ビデオはみた」と篠塚打撃コーチは
打ち明けたものの、今季の対戦は1度。情報不足は否めなかった。
 ひと足早くシーズンが終了し、待つこと2週間。実戦勘が鈍ることが不安だった。8安打を放ち
「粘りは出た」と指揮官は前を向く。ただ、4回まで無失点に抑えられたことで、攻撃は後手に回った。
「向こうの監督が老獪(ろうかい)になってきた。相手をほめますよ」。伊原ヘッドコーチはお手上げ。
先手を取られて表情は硬かった。


関連項目



Tag: 巨人 中日 報道機関 HARA語


*1 記事にある通り、巨人サイドもリリーフとしては小笠原が出てくることを想定して映像も見ていたようである。