シロタ

　ここはしゃべる動物と人間が仲良く生活している不思議な世界『グンマ県』。
　このグンマ県のサファリ市でも、大勢の動物たちが毎日楽しく暮らしています。

　サファリ市にある人気のスーパー『北極』の店長の『シロタ』さんは、とてもお話が上手なシロクマです。

　シロタさんの説明を聞くと、ついつい買う予定ではなかったものまで買ってしまうと評判でした。しかもシロタさんのおすすめする商品に外れは無く、お値段もとてもリーズナブルだったので、主婦の皆さんから大人気です！

　「……お店の前の皆さん、見てください！　これ凄いでしょ、この油、ノリ！　今日おすすめするのは、このホッカイドウ産のトロサーモンです！」

　シロタさんの声とともに、大勢の奥様方が集まってきます。今日はどんな商品が紹介されるのでしょうか？

　今日も元気にシロタさんは、自分でお店に立って商品の説明をしているようです。今日のイチオシはなんでしょう？

　「本日おすすめするのは、アオモリ県産のリンゴ！　リンゴは『フッジー』『ムーンフッジー』『いわき』『姫林』『シナノサイコ―』など、色んな種類がありますよね？　これリンゴ農家さんが苦労されて、品種改良をした結果こんなに豊富な種類のリンゴが楽しめるようになったんですよ」

　シロタさんの説明にお客さんが集まってきます。

　「例えば……この『ムーンフッジー』！　見てください！　すごい蜜の量ですよね！　この蜜が甘さの秘密。蜜が多いリンゴの見分け方は簡単！　まずリンゴを裏返して見てください。この時お尻が丸くて、黄色かオレンジ色に色づいているリンゴは蜜がたっぷり入っている可能性がかな～り高いです！　さ・ら・に！　お尻を太陽に透かしてみてください。この時、透明感のあるリンゴは、蜜が入ってるサインなんですよ！」

　シロタさんは実際に商品を手に取って、照明に透かしました。

　「ね！　ここのリンゴ、全部今の条件に当てはまってます！　つまり、甘くて蜜がたっぷり詰まってるんです！　この蜜入りリンゴが、今日限りなんと驚きのこのお値段で提供させていただきます！　『１日１個のリンゴは医者いらず』ということわざがあるくらい、身体にいいリンゴ！　この機会に是非！」

　シロタさんの説明を聞いたお客さんたちは、リンゴに殺到！
　山程あったリンゴはあっという間に完売してしまいました。

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　スーパー『北極』の店長シロタさんはお店の閉店後、息子の『くまぞう』くんと一緒に遊んでいました。
　子煩悩なシロタさんは、どんなにお店が忙しくても毎日くまぞうくんとのスキンシップを取ることを忘れませんでした。

　今日は、お店のショッピングカートにくまぞうくんを乗せて、ゆらりゆらりと揺らしながら、お散歩をしているようです。

　「……くまぞうは、お父さんの子供の頃にそっくりだなぁ」
　「お父さんってどんな子供だったの？」

　くまぞうくんの質問にシロタさんは遠い目をします。

　「……お父さんのお家はとても貧乏だったんだ。お父さんは、いつもお腹を空かせていた。でもお父さんの両親は、一生懸命働いてお父さんを大学まで行かせてくれた。そしてお父さんは大学に在籍中、起業して小さな雑貨店を経営し始めた。……これがまた、大変でね」

　シロタさんは若かりし頃の苦労を思い出し、自然と涙が出てきました。

　「……お父さんはあの北極星に誓ったんだ。必ずやスーパー『北極』をグンマ県でナンバーワンのスーパーにするとッ！！」

　シロタさんは夜空に向かってガッツポーズを取りました。……ところが、そんな熱いシロタさんの様子をくまぞうくんは見ていませんでした。
　まだ幼いくまぞうくんは、お父さんの自分語りに退屈して、すぐに寝てしまっていたのです。そんな息子の様子に気が付かず、尚もシロタさんは夢を語り続けるのでした。

　「……私は、いつの日か世界進出をしてやるぞッ！」

　今日もシロタさんは自慢の商品を紹介しているようですね。いったい何を売っているのでしょうか？

　「ウォッカはね……歴史を飲むものなんですよ」

　何やらカッコいいことを言い始めたシロタさんの周りにはすでに人が集まり始めました。

　「ウォッカ……すなわち『ｖｏｄｋａ』は元々スラヴ語の『水』を意味する単語『ｖｏｄａ』が基になっています。ウォッカの成分はほとんどが『水』と『エタノール』で癖が少ないお酒です。ロシアや寒い地域などで愛されているというのは有名な話ですよね。このウォッカ、実は最初は『薬品』として利用されてきたものが、後に嗜好品として飲まれるようになり、やがて『ａｑｕａ　ｖｉｔａｅ（アクア・ヴィテ）』……これはラテン語で『命の水』という意味ですが、そんな名前でロシアに伝わり『水』つまり『ウォッカ』という名がついたと言われています」

　シロタさんの説明にお客さんは唸るような声で感心しています。

　「このように古くから愛されてきたウォッカは、作るのにとても手間が掛かるお酒です。原材料の穀物やジャガイモを発酵させ濾過させるところから始まり、すっきりとした口当たりや、クリアな飲み口を実現させるには、大変な技術力が必要とされています。そういう意味でも美味しいウォッカには先人たちの知恵と努力が詰まっていると言っていいでしょう……ただしご存知の方も多いかと思いますが、このウォッカというお酒は大変強い！　アルコール度数はなんと４０度～９０度を超えるものまであります！　……でも、時には何もかも忘れて酔ってしまいたい……そんな夜もありますよね？」

　シロタさんの言葉に悲しい目をした大人たちが頷きました。

　「そんな時におすすめなのが、この我が『北極』ブランドのウォッカッ！　北極星のようなクリアな飲み口は絶品です！　今ならなんと、このお値段ッ！」

　シロタさんの言葉に、疲れたサラリーマンやＯＬ、そしてお酒好きの通人たちが一斉に『北極』ブランドのウォッカに殺到！
　見事、ウォッカは完売となりました。

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　「本日ご紹介するのはこちら！　高圧洗浄機の『ケルニャ―』です！」

　シロタさんは、何やら変わった機械を取り出しました。

　「そもそも『高圧洗浄機とはなんぞや？』というお話ですが、すっごく簡単に説明すると『どんな汚れも落とせちゃう機械』なんですねー」

　シロタさんの言葉に興味を持った奥様方が集まって来ました。

　「電気やガソリンを使用して、水を高圧で飛ばすことで色んな汚れが落とせちゃうこの、ケルニャ―。あまり馴染みのない機械かもしれないと思われるかもしれませんが、使ってみればその差は一目瞭然です！」

　シロタさんはそこで埃と泥で汚れた網戸に、ケルニャ―を使いました。するとあっという間に網戸はピカピカに！

　「見てください！　この輝き！　まるで新品同様ですよね！　これだけの洗浄力を誇りながら、このケルニャ―、こんなに軽いし、お値段も今ならこの価格！　さらには送料も全てこちらが負担させていただきます！」

　シロタさんの思い切りのいい言葉に、観客たちはどよめきました。

　「このケルニャ―に落とせないものはありません！　……そう、浮世の柵さえも落とせます！」

　この言葉が決め手となり、お客さんはケルニャ―に殺到！　
　特に色々と思うところがあるらしい強面のお兄様たちに大人気の商品となりました。

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　「みなさーん！　かつて『三種の神器』って言われた家電ってなんだかご存知ですか？」

　シロタさんの問いに、何人かのお客さんが答えます。

　「えっと……『冷蔵庫』『テレビ』『洗濯機』……だったかな？」

　「グゥレイトォ！！　正解！　流石です！　今日ご紹介するのは、そのうちの冷蔵庫！　もはや現代人の生活には欠かせないものですよね。この冷蔵庫、歴史は意外と古くて１８０３年にはもう、アメリカで作られていました。ただし、昔の冷蔵庫は電気じゃなくて、氷を入れて食べ物を冷やしたんです。その後、冷蔵庫は日本にもやって来ましたが、当時はとても高価な代物だったんですね。その価格は、なんとびっくり！　家が一軒建つくらいでした！」

　シロタさんの言葉にお客さんたちは驚きの声をあげます。

　「……海を越え日本に渡ってきた冷蔵庫。当然ながら最初はお金持ちの上流階級の方々か、高級レストランしか持つことはできませんでした。それが戦後一気に一般家庭に普及し、１９５０年代後半には『三種の神器』と呼ばれるほどになります。冷蔵庫は豊かさの象徴だったわけですね……。それから５０年以上経った現代！　冷蔵庫の進化は止まりません！　ご覧ください！　この『北極印』の冷蔵庫！　まず特徴！　シロクマの私もびっくりのウルトラフリーザーは、氷点下まで食品を冷やし、時を止めて鮮度をキープ！　さらに潤い機能で乾燥や冷凍焼けも防ぎます！　そして驚きの収納力！　省エネ力！　この冷蔵庫を買った方は、一年後の電気代を楽しみにしていてください！」

　シロタさんのマシンガントークは止まりません。

　「ただでさえお得！　クリーン！　クール！　クレイジー！　ですがこの冷蔵庫！　今ならなんと、お忙しい主婦の皆さまの心強い味方となる冷凍食品１０パックセットもお付けして、この価格で提供させていただいております！　今だけッ！　今だけですよッ！」

　シロタさんの説明を聞いた主婦の皆さんは、このお得な機会を逃すまいと、我先にと冷蔵庫に駆け寄りました。

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　「さあ！　今日ご紹介するのはこちらの商品！」

　シロタさんは自分のフサフサの腕を見せました。そこには美しい細工の腕時計がつけられています。

　「時計の歴史は古く、紀元前４０００年前にまで遡れると言われています。それぐらい私たちは『時を知る』ということを大事にしていたんですね。それから時代は流れて１９００年代、懐中時計からこのような腕時計に切り替わり、時計の利便性はぐんとアップしました……ただ」

　ここでなぜかシロタさんの表情は少し曇ります。

　「……腕時計の発展と戦争は切っても切り離せない関係です。なぜなら当時もっとも素早く、正確に時を知る必要があったのは、兵士たちだったからです。……その後、戦争が激化するにつれて、腕時計はますます進化します。ストップウォッチ機能がついた『クロノグラフ』、防水性に優れた『ダイバーズウォッチ』……腕時計はただ時を知らせるものではなくなりました。そして現代！　恐ろしい戦争は終わり、腕時計を純粋な気持ちで愛せる素晴らしい時代です。スマートフォンなどの普及もあり、腕時計を使う方は少なくなったと言いますが……そんな方でも、この『クマックス』の輝きをご覧になれば、気持ちを新たなものにされるでしょう！　ほらッ！」

　シロタさんは新商品である自慢の『クマックス』を掲げました。

　「この『クマックス』、ジルコニアですがこの輝きは本物のダイヤモンド以上です！　スマートフォンが普及する今だからこそ、真のインテリジェンスな生活にラグジュアリーな時計はつきもの！　今なら特別価格、このお値段ですよッ！」

　シロタさんの言葉に高級志向のお客さんたちは頷きます。そして見事にシロタさんはオリジナルブランドの『クマックス』を完売させたのでした。

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　「みなさん！　今日ご紹介するのは、何かと話題のこちらです！」

　シロタさんはそう言うと、いきなり日本刀を取り出し鞘からすらりと抜きました。

　「見てください……この美しさ。まさにニホンが誇る芸術品でしょう……。今でこそ『芸術品』とされる日本刀ですが、昔は武士の魂とまで言われた由緒正しい武器でした。……と、ここまでは一般常識ですよね？　では、もう少しだけ掘り下げてご説明しましょう」

　シロタさんが大きな身振りで説明するので、その度に日本刀がライトを反射しキラキラと光ります。

　「古代『鉄を制したものが、時代を制した』とも言われていました。当時は今のような製鉄技術は無く、鉄を得るためには『隕鉄』を使うしかなかったのです。この隕鉄とは、すなわち流れ星のことです。人々はまさに天からの恵みである、この貴重な隕鉄を求め各地を彷徨いました。そしてこの隕鉄から作られた武器や防具、それに祭礼品は宗教的な意味を帯びることが多く、支配階級の者が持つものでした。つまり、鉄とは権力の象徴でもあるのです」

　シロタさんの深い歴史トークに、お客さんたちは聞き入っています。

　「この貴重な隕鉄を使用したのが、今回ご紹介する『流星刀』です！　この流星刀は、魔力が宿るとも、鉄を斬るとも言われています……そう、この刀に斬れぬものはほとんどありません！　……なぜかこんにゃくだけは斬れませんが、それ以外はなんでも斬れます！　歴史と美をこのお値段で楽しめるのは今だけッ！」

　シロタさんの言葉は刀剣ブームで熱くなったお客さんのハートを一刀両断！
　これでシロタさんは『流星刀』を売っただけではなく、名だたる日本刀を展示したイベント事業も成功させたのでした。

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　「本日皆さまに是非おすすめしたいのはこちら！」

　シロタさんが胸元から小さなケースを取り出します。中から姿を現したのは眩く光るダイヤモンドです！

　「婚約の際、指輪を贈るという習慣は古代ローマの時代から続いているという話です。そしてダイヤモンドの美しさも古代ローマ時代から語り継がれてきたものなのです。彼の自然哲学者『プリニウス』はこう言いました。
『ダイヤモンドは美しい石というばかりではない。この世の全てで最も価値のあるものだ』……と。
　ダイヤモンドはそれほどまでに人間を魅了してきたのです」

　シロタさんの指で輝くダイヤモンドを、お客さんたちはうっとりした目で見つめています。

　「……ですがこの美しい石が現在のようにショーケースに並ぶようになるのは、長い年月と技術力が必要でした。ダイヤモンドの硬度は１０。天然で最も固い物質なのです。この石をカットし、研磨することでこのように美しい輝きを放つ宝飾具へと変えることができたのです。ダイヤモンドの強さ、美しさは、しばし『永遠』にも例えられます。ダイヤモンドの宝石言葉は『永遠の絆・純潔・不屈』です。まさに愛おしい方に贈るのに最適だと言えるでしょう！　いえ、あえて言いましょう！　大事な人に贈るのはダイヤモンドでなくてはいけませんッ！！」

　熱く語るシロタさんに会場から拍手が沸き上がります。

　「今回ご紹介するこのダイヤモンドの指輪、なんと０．３カラットでこの値段！　かな～り無理してます！　ですがこれも日頃お世話になっている皆さまへの恩返し！　この特別プライスで提供させていただきますッ！」

　シロタさんの言葉にカップルたちが覚悟を決めます。
　こうしてシロタさんは高価なダイヤモンドの指輪を売るだけではなく、ウェディング事業部まで立ち上げてしまったのです！

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　ある日のこと、シロタさんはいつものようにノリノリで商品を紹介していました。

　「本日ご紹介するのはこちら！」

　……どうやら、今日のシロタさんのおすすめは車のようです。それもシロタさんの系列会社が製造している『プーラック』の最新モデルでした。

　すると、そこにゴリゴリでムキムキでバキバキの筋肉モリモリマッチョマンなゴリラのお兄さんがやって来ました。どうやら車を探しているようです。しかも、彼はプーラックには拘りがあるようでした。

　シロタさんは言いました。
　「ニホンの車はオカヤマで生まれました。グンマの発明品じゃありません、我々は後発ですが、今や巻き返しの時です」

　マッチョなお兄さんは言いました。

　「プーラックは好きだ」
　「プーラックがお好き？　結構。ではますます好きになりますよ。さぁさぁ、どうぞ。プーのニューモデルです」

　シロタさんはマッチョなお兄さんを運転席に案内しました。

　「……快適でしょ？　んああ、仰らないで。シートは本革レザー。ビニールの様な安物は、夏は暑いですし、耐久性も高くないのでよくありません。天井も高いので長身の方でも大丈夫。どうぞ回してみてください」

　マッチョなお兄さんは、躊躇うことなくイグニッションキーを回しました。プーラックは低く腹に響く唸り声をあげます。

　「……いい音でしょう？　４８０馬力の余裕の音です。そこいらの車とは馬力が違いますよ」

　それまで比較的静かだったマッチョなお兄さんは、突然口を開きました。

　「そうだな、気に入ってるのは……」
　「何です？」
　「……値段だ」

　するとお兄さんは不意にプーラックを発進させようとしました！　シロタさんは大慌てです！

　「わーっ、何を！　待って！　ここで動かしちゃ駄目ですよ！　待って！　止まって！　うわーっ！！」

　……なんとかマッチョなお兄さんを説得し、その場の騒ぎは収まりました。

　「……はぁ、驚いた。そのまま走って行くつもりなのかと思いましたよ」
　「とんでもねえ、これでも待ってたんだ」

　……どうやら、マッチョなお兄さんは、よほどプーラックの新モデルの発売が嬉しかったようですね。何はともあれ……。

　「お買い上げ、誠にありがとうございます！」

　日々、地道にお店に立って、丁寧におすすめ商品を売り続けたシロタさん。
　最初は小さな街の雑貨屋さんからスタートしたシロタさんのお店ですが、そこからスーパー『北極』にそしてついにはグンマ県でも有数の百貨店、『クーマ百貨店』にまで成長しました！

　またシロタさんはスーパーだけでなく、イベント事業や、製造業まで商売の手を広げており、全ての会社の経営はとても順調です。

　まさにシロタさんはビックドリームを叶えたのでした……ですが、ここで止まらないのがシロタさんです！

　「……確かに私はグンマ県ではそれなりに大きな店の主となっただろう。だが、ここで満足してはダメだ！　目指すは世界ッ！　グローバルでワールドワイドな経営だッ！」

　シロタさんは腕の中の息子、くまぞうくんを抱きしめて夜空の北極星に誓います。

　「世界進出を目指すには、まずは何をしたらいいか……そうだ、小粋なテーマソングを作ろう！　誰に作曲をお願いするべきかな？　やはり地元出身の有名アーティストであるＢＯＹかな？　……どう思う？　くまぞう？」

　シロタさんはくまぞうくんに質問しましたが、返事はありませんでした。くまぞうくんは、お父さんのお話が長くて、退屈だったため、とっくに寝てしまっていたのです。

　「おやおや……まあ、焦ることはないか」

　シロタさんは、可愛い息子の寝顔を見ると、にっこりと笑って、もうしばらくお散歩を続けようと思ったのでした。