クラウン

Last-modified: 2024-11-02 (土) 06:26:42

【キャラ一覧( 無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE / NEW / SUN / LUMINOUS )】【マップ一覧( SUN / LUMINOUS )】

※ここはCHUNITHM PARADISE LOST以前に実装されたキャラクターのページです。
・このページに記載されている「限界突破の証」系統を除くスキルの効果はすべてCHUNITHM PARADISE LOSTまでのものです。
 現在は該当スキルを使用することができません。
・CHUNITHM PARADISE LOSTまでのトランスフォーム対応キャラクター(専用スキル装備時に名前とグラフィックが変化していたキャラクター)は、
 RANK 15にすることで該当グラフィックを自由に選択可能となります。

通常ジ・アンマスクド
1maime.png2maime.png

Illustrator:爽々


名前クラウン
年齢不明
証言被疑者は皆、道化のような女を見たという
  • 2020年7月16日追加
  • CRYSTAL ep.IVマップ1(CRYSTAL PLUS時点で155マス)完走で入手。<終了済>
    カードメイカー再録歴
    • 入手方法:2021/12/9~2022/1/5開催の「「優しいキャロルが流れる頃には」ガチャ」<終了済>

連続殺人事件に取り巻く謎の存在。
STORYは事件を捜査するとある2人の刑事の視点から語られる。

スキル

RANK獲得スキル
1コンボエッジ
5
10連鎖する欲動
15

コンボエッジ [TECHNICAL]

  • ゲージ5本まで到達可能。MISSが多発する場合、ゲージブーストなどのゲージ上昇率で稼ぐスキルよりも、こちらの方が上回る場合がある。「200コンボはできるがMISSしやすい」という譜面でゲージ4本を狙う時に使えるかもしれない。
    • +9以上であれば、「最大200コンボ以上、ゲージ2本で終了」が達成できればゲージ4本に到達する。
    • +17まで上げると、何と上位版のコンボエッジ・シャープの初期値のボーナス量にまで届いてしまう。
  • 競合相手としては、終了時ボーナスが無条件で貰えボーナス値も近い天使の息吹が存在するが、入手が完全にCARD MAKER頼みであるという大きな問題がある。一方、こちらはコンボ条件こそあるものの所有者が定期的に追加されており、入手に困らない。200コンボ達成できるという前提は必要だが、天使の息吹の所有者を十分に揃えられない場合はこちらの使用を推奨する。
  • 筐体内の入手方法(2021/8/5時点):
    • 筐体内では入手できない。
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境最大
開始時期ガチャ
PARADISE×
(2021/8/5~)
無し×
あり+5
PARADISE
(~2021/8/4)
無し+3
あり+17
CRYSTAL無し+5
あり+17
AMAZON無し+7
あり+17
STAR+以前
GRADE効果
理論値:88000(5本+8000/22k)[+3]
理論値:90000(5本+10000/22k)[+5]
理論値:92000(5本+12000/22k)[+7]
理論値:102000(6本+0/24k)[+17]
▼以降はCARD MAKERで入手するキャラが必要
初期値200コンボを達成した場合
ゲーム終了時にボーナス +25000
+1〃 +26000
+2〃 +27000
+3〃 +28000
+4〃 +29000
+5〃 +30000
▼以降はCARD MAKERで入手するキャラが必要
(2021/8/5以降では未登場)
+6〃 +31000
+7〃 +32000
+8〃 +33000
+9〃 +34000
+10〃 +35000
+11〃 +36000
+12〃 +37000
+13〃 +38000
+14〃 +39000
+15〃 +40000
+16〃 +41000
+17〃 +42000

所有キャラ【 メルヴィア / クレメンス / 星河 うた(1,5) / シロタ(1,5) / 橘 伸吾(1,5) / No.9_ニナ(1,5) / クラウン(1,5)

PLUSまでの旧仕様

PLUSまでの旧仕様
AIRバージョンからノルマが軽減され、ボーナス量が増加した。同時に、所有者が増加した。

初期値250コンボを達成した場合ゲーム終了時にボーナス +25000
GRADE UPコンボ達成ボーナス +500増加(最大+28500)


連鎖する欲動 [TECHNICAL]

  • 奇術「ミスディレクション」の亜種。初期値どうしでは効果は全く同じ。+1になるとあちらの上位互換となる。
  • 回数を使い切った場合、初期値だと6本・高精度で7本、+1であれば7本・高精度で8本に届く。
  • ボーナスが多少低い代わりに回数無制限のNext Standardとはノーツ数で使い分けになるだろうか。ただ、8本まではこちらのほうが必要ノーツ数が圧倒的に少ない。
    GRADE効果
    理論値:157500(8本+550028k)
    初期値ゲージが上昇しない
    定回数100コンボごとにボーナス
    +8500
    (15回=127500)
    +1〃 10500(15回=157500)
GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数
  • 灰色の部分は到達不能。
  • 9本以上はGRADEを問わず到達不能。
GRADE5本6本7本8本
初期値10121518
+18101215


ランクテーブル

12345
スキルEp.1Ep.2Ep.3スキル
678910
Ep.4Ep.5Ep.6Ep.7スキル
1112131415
Ep.8Ep.9Ep.10Ep.11スキル
1617181920
 
2122232425
スキル
・・・50・・・・・・100
スキルスキル

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 事件「『やってやりましょう先輩!』『うるせえ。耳元で言わなくても分かるっての』」


 閑静な住宅街の中に、そのマンションはあった。

 木々が生い茂っているこの場所は、普段であれば都会からはくっきりと切り取られ、穏やかな暮らしが望めるのだろう。

 だが、その空間は騒ぎを聞きつけた見物客によってにぎわっていた。

 「ハイハイ、ちょっくら通してくれー。だから通せって! ったく、街灯に群がる羽虫かってんだ」

 そんな人々の群れをかき分けて、しかめっ面の男たちが続々と姿を見せる。

 「この人混みには参りますね先輩。まだ事件発生からそんなに時間が経ってない筈なのに……あ! もうマスコミの奴らまでいますよ」

 「何が面白いのかねぇ。おい、ひよっ子、ボサっとしてないで仏さんの顔を拝みにいくぞ」

 「ハイ! すみません!」

 慌てふためく新米刑事レザーを後目に、トーマスはそびえたつマンションを渋い顔でにらむ。

 重くのしかかるように見下ろす建物が、この事件の深刻さを物語っているようだった。

 話は数日前に遡る――

 娼婦のみを狙った連続殺人事件。ベテラン刑事であるトーマスがこの事件の話を耳にした時点では、すぐに解決されるものだと思っていた。しかし、そんな思惑とは裏腹に、捜査は思いのほか難航していた。

 犯行手口はすべて、刃物による殺害というシンプルなもの。

 しかし現場には犯人へと繋がるような手がかりは一切残されておらず、被害者を斬り刻み、左手首から先と眼球だけを切除し持ち去るという異常性が目立つものだった。

 被害者は既に4名にも上っているが、未だ手がかりは得られていない。

 事態を重く見た市警は捜査官の増員を決定し、市民の不安を抑えるべく解決に乗り出した。

 レザーとトーマスもそんな経緯でこの事件に関わる事になったのである。

 「やれやれ……夜勤明けだってのに、面倒な仕事をぶち込まないで欲しいぜ」

 「よろしくお願いします先輩! サイコ野郎を俺たちの手で絶対に捕まえてやりましょう! 昇進間違いなしですよ!」

 「かーっ、うるせえ。朝っぱらからイキってんじゃねえよ」

 ――トーマスはレザーとのやり取りを思い出しつつ、重苦しい雰囲気のマンションへと向かう、やる気に満ちた後輩を眩しそうに眺める。

 「突っ走らなきゃいいんだがな」

 トーマスは、レザーに自分との温度差を感じずにはいられなかった。


EPISODE2 妄執「『ひ、ひえええ!』『ったくお前はよお! 無理なら外に行ってろ!』」


 「うっ、おぇぇぇ……」

 被害者が住まう室内。

 レザーは初めて相対した残虐極まりない遺体を見て、胃の中身をシンクにぶちまけていた。

 「こ、これくらいで吐いてちゃ駄目だ……俺は父さんみたいな偉大な警察官になるのに……」

 レザーは自分に言い聞かせることで気付けとした。

 「おいおい、いつまでゲーゲーやってんだ? 無理なら外行ってろ!」

 「……い、いけます。立ち会わせてください!」

 レザーは眉根を寄せるトーマスにそう答えると、遺体のあるリビングへと進んでいった。

 今回の事件現場――5人目の被害者は一連の事件とは明確な差異があった。これまでの殺害現場は清潔さを感じる程、綺麗に清掃されていて、あたかも遺体を引き立たせる舞台装置のようであった。

 しかし、今目の前に広がっているのは一面の『赤』。

 乱雑に。乱暴に。ただ無秩序に。

 天を仰ぐように鎮座する男は、おびただしい程の『赤』をまき散らせながら、絶命していたのだ。

 また、その男の眼窩(がんか)に本来収まっているはずの眼球はなく、寂しげに赤い水たまりの中に転がっていたのである。

 「なんともまあ難儀な死に方の遺体だな。鑑識で調べてみなければ直接の死因は分からんが……まあ、さしずめ喉に突き立ってるこの果物ナイフだろうな」

 凄惨極まりない現場であるにも関わらず、トーマスは淡々と、冷静に分析していく。

 「しかし、これまでは娼婦に対する殺人が続いていたにも関わらず、なんで今回は男なんだ……?」

 レザーは胸につかえたものがあるのを感じた。

 現場の証拠を破損させないよう注意を払いつつ、犯人につながる手がかりを見つけようとかがみ込む。

 そんな時だった。

 『――て、こっち――』

 「声……?」

 ふと、若い女性の声が聞こえた気がした。視界の端で何かがふわりと動いた気配。それに誘われるように視線を上げると、女性のような影が寝室の方へと消えていくのが見えたのだ。

 「今のは……?」

 微かな違和感。

 自分の錯覚だったのかもしれない。

 しかし、何故か無性に気になってしまう。

 確かめずにはいられなかったのだ。

 レザーは早速、寝室へと向かった。

 生活感のある部屋だったが、特に荒らされたような形跡はない。

 部屋の隅に置かれた机にベッドにクローゼット。内装も至って普通だ。当然、人が隠れられるような隙間はない。

 取り越し苦労だった事に気が緩んだレザーは、机の前に置かれた椅子に腰掛けた。そこで、ふと机に置かれた一冊のノートに気づく。

 「なんだ……これ、随分使い込まれたノートだ……」

 手にとったそれは、ごわごわと毛羽立ったノートだった。

 表紙は妙にザラザラで、色ムラも酷い赤いノート。

 その複雑な模様を見ていると、ぐるぐる、ぐるぐると吸い込まれるような、変な感覚に襲われる。

 ぐるぐる、ぐる……。

 違和感を感じるくらいに使い込まれた、偏執的な熱を帯びたノート……。

 レザーはその模様に吸い込まれるように、ページをめくっていた。

 ぱら、ぱらと読み進める。

 ノートの内容は、被害者と思しき男性のありきたりな日常を綴ったものだった。食事の記録や、上司と上手くいかないといった愚痴まで。ごくごく普通。

 ぱら、ぱらぱら、ぱらと読み進める。

 「はは、女に振られた事まで書くなんて真面目だな。どれどれ……」

 日記は、ページをめくるごとに段々と文章が酷く乱雑に書き殴られるようになっていった。よほど荒れて書いたのだろうか。支離滅裂な文章が縦横無尽に走っていた。

 その異様さに、得体のしれない怖気を感じる。

 怖いもの見たさか。

 急かされるように、次のページへ手をかけた。

 ……ぱら。

 そこには、ぎちぎちと。

 殺害された娼婦たちの記録が書き綴られていた。

 斬り刻んだ女がどう反応したか事細かに。死に至るまでじっとりと。

 克明に書かれた記録。

 異常なまでの妄執。

 次をめくろうとノートの端を摘む。

 何かが引っかかる。

 背筋に悪寒が走った。

 理性が、これ以上読み進むのを拒んでいる。

 だが、日記の持ち主の狂気に魅入られ。

 レザーはめくった。めくってしまった。

 ……ぺり、べりべり、べり。

 剥がすようにページを開くと、途端に香る錆びた鉄のような匂い。

 それは、塗りつぶされた『赤』。

 おびただしい程の『血』だった。

 よく見れば、引っかき傷のような文字が見えて――

 「……ヒッ!」

 レザーは反射的にノートを投げ飛ばした。

 開かれたページにはこんな言葉が残されていたのだ。

 『――お前の番だ』


EPISODE3 虚影「『本当なんです、あの現場には女が……!』『いる訳ねえだろ。幻でも見てんじゃねえか?』」


 5人目の被害者は、検死の結果、自殺で決着した。

 それを裏付けたのは、娼婦殺害に使われた凶器と今回の被害者が自身の喉元に突き刺さしたと思われるナイフが同じ物だと判明したからだった。

 自身の眼球を抉り出した後に、暴れまわった挙句、喉元にナイフを突き刺して死ぬ……普通に考えればありえないような話である。

 更に、今回の被害者の部屋の冷蔵庫から、過去の被害者たちの左手と眼球が発見されたのだ。

 つまり……殺人犯は、もういない。

 しかし、レザーの脳裏にはあの時感じた女の記憶がチラつき、ざわざわとした不安がぬぐえずにいた。

 「信じて下さいよ、先輩! 寝室に向かう直前に感じたんです。女の気配を!」

 ロッカールームで帰り支度をするトーマスに、レザーは訴える。

 「んな訳あるか。あの部屋には他の刑事たちもいた。民間人が入れるわけがない、いわば密室なんだよ。そんな事ぐらい、ひよっ子のお前でも分かるだろうが」

 トーマスの言う通りレザーの話は眉唾物で、当然、誰にも取り合ってもらえなかった。

 「ショッキングな死体を見たんだ。頭のネジがイカレちまっても仕方ねえさ。だが……」

 「だが……?」

 「……ああ。だがまだ事件は終わっちゃいねえ。お前もそう思ってるんだろ?」

 トーマスの眼は、いつもの雰囲気とは全く違う、猟犬のような鋭さを覗かせている。

 「自殺するだけなら、わざわざ目を抉る必要なんてありゃしねえ。そこには何か意味がある筈なんだ。それが分からねえ限りこの事件は解決しない。俺にはそう思えてならんよ」

 「先輩……!」

 不意に差し伸べられた救いの手に、レザーは思わずトーマスの手を握りしめていた。

 「んだよ気色悪い! とりあえずお前は帰って休め。頭ん中切り替えたら動くぞ」

 「ハイ!」

 レザーは大人しく帰路につく。

 レザーの自宅は署からバイクで10分程の都心部にある。バイクに乗ったときの冬の切り裂くような向かい風が、彼は嫌いではなかった。

 ただ、今日はその寒さが、自分の身におきたことと相まって、悪寒にすら感じられるのだった。

 「はあ……なんだか疲れたな……」

 自宅の前にバイクを停めた瞬間に、蓄積していた疲労が襲い掛かる。

 部屋のドアを開けそのままベッドに身を投げ出すのと、意識が落ちていくのはほぼ同時だった。

 ――翌日。

 「朝……か、あのまま寝ちゃうなんてな。くそっ、その割には疲れが取れてない……」

 十分に睡眠をとったはずなのに、身体は鉛のように重く、節々を鈍い痛みが襲っている。

 だというのに、気分はやけに鮮明で、むしろ強い安心感を覚える程だった。

 「変な感じだな……っと、いけない。今何時だ?」

 寝ぼけ眼で時刻を確認すると、寝る前に投げ捨てたと思われる携帯が、小刻みに振動している事に気付いた。発信者はトーマス。

 「げ、20件!? ――すみません先輩、寝坊しました!」

 「んな事はいい! お前は現場に直行しろ!」

 「え? どうしたんですか、一体何が」

 「事件だよ! 新しいガイシャが出た!」

 その一言で完全に目が覚めたレザーは、ろくに身支度もしないままバイクへ跨るのだった。


EPISODE4 変異「『うっ、ぎもち悪っ』『おいおい、いい加減慣れろって……』」


 新たな事件の被害者は、レザーたちのよく知る人物だった。

 娼婦連続殺人事件・捜査本部副本部長その人である。

 自宅の寝室で椅子に座っていた彼の遺体は、頭をかち割られ、脳を引きずり出された上で本を何冊もその頭に詰め込まれていた。

 ご丁寧に眼球まで潰すおまけ付き。

 それはあたかも、事件はまだ終わってないぞと警察を嘲笑っているかのような犯行であった。

 手口はめっきり変わっているが、その残虐性から一連の殺人事件と結びついている可能性が高い。

 「能無し警察……とでも言いたいのか犯人は? 全く笑えねえ冗談だ。なあレザー……、って、おい! お前また吐こうとしてるのか? いい加減慣れろって」

 「ず、すびばせん……も、無理です……」

 レザーは副本部長の遺体と目があってしまった。

 ……いや、正確には目は原型をとどめておらず、半透明のゼリーと血が溢れたどす黒いくぼみだが、それがこっちを向いているせいでそう錯覚してしまったのだ。

 込み上げる吐き気をこらえながら、レザーは寝室を後にした。

 2階から1階の洗面台へと向かう。ひとしきり吐いた後、顔を洗って緩んだ意識を引き締める。

 「うえ……まだ口の中に残ってる感じがする……俺は何やってるんだ本当に……」

 残っていた物も吐き出して、レザーは2階へ戻ろうと部屋を出る。

 階段へと足を運ぼうとした矢先、何かが動く気配を感じた。

 「誰だ!」

 咄嗟に振り向いたが、そこには誰もいない。

 ただ、半開きの扉が軋むように音を立てているだけ。

 ――きぃ、きぃ、きぃ、

 「ん……?」

 ドアの音に混じって何かが聞こえる。

 ハッとして、レザーは音のする方へと躍り出た。

 廊下を進み、2階への階段を見ると、微かに細い脚が登っていくのが見える。

 「あの時の女……? 待て!」

 呼びかけに応じない女は、そのまま階段を登り切り、視界から消えてしまう。

 「あいつ……! 俺が捕まえてやる!」

 レザーは女を逃がすまいと階段を駆け抜ける。そして、突き当りの角を曲がった所で、レザーはついに女の姿を捉える事ができた。

 針金のように細長い体躯。白と黒のコントラストに彩られたそれは、頂点から2本の黒い角のようなものをゆらゆらと揺らしている。

 その姿は、さながら道化のようであった。

 「そこの女! もう逃げ場は無いぞ!」

 叫びが通じたのか、レザーに背を向けていた女はぎぎぃと歪な音と共に振り返り、その相貌を覗かせる。

 「……鏡……?」

 女の顔は、鈍い光を放つ鏡のような仮面に覆われていてわからなかった。そして、その女の仮面に写っているのは、レザー自身の顔。

 物言わず不気味に立っている女と鏡に写った自身の顔を見て、レザーの心を言い知れぬ怖気が走る。

 

 バカにしやがって、と声を張り上げようとするが、背筋をはう寒気のせいか、声を出すどころか視線を反らす事さえできない。

 ゆらり、ゆらりと。

 女が近づいて来ているのにも関わらず。

 カタ、カタカタ。

 傾いた顔が、レザーを見つめている。

 「――貴方、は、――」

 発せられた声は、ただ冷たく、ただ鋭く。

 女は、既にレザーの目の前にいた。

 針金のような指が頬に触れようとした刹那――

 レザーの後方からトーマスが飛び込んできた。

 「レザー、何があった!!」

 その声で金縛り状態だったレザーは、身体の自由を取り戻す。

 そして、トーマスの方へと振り返り、

 「先輩! 俺がマンションで見た女です! 奴が犯人に違いありません!」

 声を絞り出して女がいる空間を指し示した。

 ――しかし。

 「お前、何を言ってるんだ?」

 「……?」

 そこに女の姿などはなく、冬の風が冷たく揺らすカーテンだけがはためいていた。

 今までの出来事は、悪い夢であったかのように。


EPISODE5 疑惑「『これじゃ昇進なんて夢のまた夢だ』『俺らはやる事をやるだけさ、ほら行くぞ』」


 夢を見ていた。

 霞がかった真平らな地平を、宛ても無く歩く。

 ここが何処なのかは分からない。

 ――きぃ、きぃ、きぃ、

 ただ分かるのは、音のする方へと歩いているという事だけ。

 音の出所も不明だ。

 それでも、灯に群がる虫のようにふらふらと暗がりを進む。

 ――きぃ、きぃ、きぃ、

 うっすらと見える足元に、誰かの足がぼんやりと浮かんだ。

 それが誰なのか確かめるべく、視線を上にあげていく。

 細く長い脚。レースをあしらった服。ゆらゆらと揺れる身体。

 華奢な出で立ちから、女である事が分かる。

 肩に手をかけようと手を伸ばし――

 ――きぃ。

 触れんとした瞬間、背後から聞こえた音。

 振り返ると、眼窩が空っぽの女が笑っていて――

 「――――ぅわっ!!」

 寝床でレザーが飛び起きる。悪夢にうなされたのか嫌な汗がシーツを濡らしていた。

 びっしょり濡れたシャツを脱ぎ捨て、洗面台へと向かう。

 「クソ……なんて夢だ……」

 嘆息したレザーは、本部へと急いだ。

 事件発生から翌日。

 捜査本部では現場検証の結果が報告されていた。

 副本部長宅には強引に押し入られた形跡はなく、争った痕跡も見られない。物色もされていない事から、部外者による強盗殺人でもない。

 以上の事から、彼を知る人物が犯人である可能性が高い。

 しかし、猟奇的な犯行という点においては、これまでの娼婦連続殺人と共通した部分もあり、そちらの線でも平行して捜査を継続する事で、ミーティングは決着した。

 「――この大事な時にまたしても寝坊とは、良い御身分だな。おまけにバッジも手帳も忘れるとは嘆かわしい。そうは思わんかね!?」

 「申し訳ありませんでした……」

 ミーティング後、レザーは本部長に深く陳謝する。

 この事件に関わってから、レザーは目に見えて疲弊していた。

 女の姿を見たからなのか、凄惨な殺人現場を見たからなのかは分からない。

 結果的に細かなミスが頻発していたのは確かだった。

 「私の前で同じ事を二度とするんじゃないぞ! まったく、御父上はあれ程立派だったのに、君は何をやっているんだか……」

 レザーは何かにつけて父親と比べられる。元総監の息子だからだ。内勤ではなくこんな最前線にいる事が、期待を掛けられている証拠なのだと十分理解していた。

 だからこそ、この事件をいち早く解決して、他の人間とは違う事を示し、出世レースから抜け出したい。レザーはそう考えていたはずなのに、いまやそんな事を考える余裕すらないのが、表情から見て取れた。

 目くじらを立てていた本部長は、ひと通り罵声を浴びせて本部を去っていく。

 その後ろ姿を呆然と眺め、レザーは深くため息を吐いた。

 「気にすんなレザー。身内がやられて、みんな気が立ってるのさ」

 一部始終を見ていたトーマスが後ろから声をかける。彼の左胸には、銀の階級章が光っていた。

 「ありがとうございます先輩……あれ? その階級章どうしたんですか?」

 「どういう訳か、副本部長代理になったのさ。まさかこんな簡単に昇進するとはよ。上の連中も現場の士気を上げるためになりふり構っていられないんだろうぜ」

 トーマスはおもむろに煙草へ火をつけ、プカプカとふかし始めた。

 「上の人間からまた被害者が出れば、お前もポンと昇進できるかもしれないな? ゆくゆくは俺も本部長ってか?」

 「冗談になってないですよ……! それに俺は、実力でのし上がってやりますから!」

 そう言って、レザーは本部を飛び出していく。

 「クク、まあ精々頑張れよ、ひよっ子」

 ――それから数日後の事だった。

 レザーの思惑を嘲笑うかのように、新たな被害者が出てしまったのだ。


EPISODE6 慟哭「『父さんは俺の憧れなんです』『眩しいねえ。あんま先走るんじゃねえぞ?』


 記録的な豪雨が街に降り注ぐ。

 そんな中、サイレンをかき鳴らした車両が突き進んでいく。

 容赦なくボンネットを打ち付ける雨は、未だに犯人の身柄を確保できていない警察を糾弾しているかのようだった。

 「捜査から外れるか? レザー」

 トーマスは警察車両の助手席から、顔を向ける事なく運転手であるレザーに訪ねた。

 「いえ……」

 不自然なほどに穏やかな口調で答えるレザーの顔は、感情の色が一切浮かんでいない。そして、その視線はどこか遠くを見ているようでもあった。

 「あまり無理すんな。望むなら上には話を付けといてやる」

 ちびた煙草を加え、大きく煙を吐き出しながらトーマスは言った。

 2人の会話は、現場につくまでこれだけだった。

 新たな被害者は、レザーの実の父。

 つまり、元総監である。

 レザーの実家は街から車でおよそ2時間程の田舎町に位置していた。

 手口が副総監の一件と同じであるという情報から、同一犯による犯行と見て間違いない。

 しかし、関連していると思われる事件は、すべて街中で発生していたのに、今回は何故か郊外だった。

 わざわざ田舎町まで殺しに来たという事は、被害者に対して強い怨恨があると見ていいだろう。加えて、犯人が警察の内情に詳しいという事に他ならない。

 それはつまり、こう言えた。

 『犯人は警察内部にいる』と――

 実家の前に到着したレザーは、傘も差さず一目散に駆けていき。転がり込むように家へ入る。『最悪』の光景を想い浮かべ、動悸が止まらない。

 階段を登り、父の書斎の前で泣き崩れる母とそれを介抱する捜査官を確認し、安堵した。

 しかし、それも束の間。母の震える指先が示す方へと視線を向ける。

 ……父だったモノが転がっていた。

 「あ、ああ……」

 むせ返る血の臭いと、頬をなでる生ぬるい湿気が、いつまでもまとわりつく。

 ――ざあざあと雨がふる。

 レザーの心境などお構いなしに、雨音がノイズのように目一杯なだれ込む。ざあざあと、脳内を激しくかき乱す。

 その音に思考は遮断され、感覚さえも薄れていく。

 やがて、レザーの意識は濁流に飲み込まれた小枝のごとく、水底へと沈んでいった。

 混沌とした深層へと、深く、深く。

 「――――――あ、ここ、は」

 レザーはソファーの上に寝かされていた。

 見覚えのある天井。ここが実家のリビングであるのは間違いない。

 ふいに湧いた安堵の気持ちを胸に抱きつつ、レザーは天井を見つめながら記憶を反芻する。

 「そう、だ。俺は……父さんの……」

 「気がついたか」

 声のする方を見れば、沈痛な面持ちのトーマスと捜査本部長が立っていた。

 2人は寝室で気を失ったレザーをここまで運んできたと言う。

 「……ご迷惑をお掛けして、すみませんでした」

 「今朝は悪かったな。あんな事言ってよ……まさかお前の親父さんまで」

 トーマスは頭こそ下げなかったが、頭を掻きながら謝った。本部長もレザーを気遣い、声を掛ける。

 「無理はするなよレザー。今の状態ではまともに捜査もできまい。お前は母君と一緒に居てやってくれ」

 「お気遣い感謝します……で、ですが……」

 レザーは左手で目を覆いながら立ち上がろうとする。

 「ったくよお、そんなフラフラな状態で何ができるんだっての。目の下、隈だらけじゃねえか。お前、ほとんど眠ってないんだろ? 見りゃ分かるぜ」

 レザーはこの事件の全貌を確かめる義務を感じていた。被害者が自分の父親であることはもちろんだが、何より副本部長と元総監の連続殺人によりいまや『警察関係者』全体に容疑がある。

 それはもちろんレザー自身も、相方であるトーマスも例外ではない。

 そんな中、レザーはトーマスが先ほど放った言葉を思い出す。

 『――上の人間からまた被害者が出れば、お前もポンと昇進できるかもしれんぜ? ゆくゆくは俺も本部長ってか?』

 レザーは自身の心の中に、トーマスを疑う心がわずかながら芽生えているのを感じた。

 「い、今頑張らなくて、いつ頑張ればいいと、」

 意気込むレザーだったが、トーマスにちょんと小突かれただけで、呆気なく尻もちを付いてしまう。

 「言わんこっちゃねえ。本部長、ここは俺が引き受けます。すみませんが、こいつを送ってやってはくれませんか」

 「分かった。私が責任をもって送り届けよう」

 このまま署に戻っては現場に残ったトーマスに証拠隠滅されてしまう。レザーの脳裏を荒唐無稽な考えが浮かび上がるが、もはや立ち上がる気力はなく、トーマスの顔をぼんやりと見つめることしかできなかった。

 彼が犯人だと決まった訳ではない。あまりにも馬鹿げている……。

 むしろその可能性は低い。ただ、自分自身の中に湧き上がる黒い感情のせいで、疑心暗鬼になっているだけなのだ。

 レザーは少し迷ってから、指示に従う事にした。

 「分かりました……よろしく願いします、先輩」

 「おう、後は任せとけ」

 無念の残るまま、レザーと彼の母は署に連れて行かれた。

 それを見届けたトーマスは、『現場検証』を再開するのだった。


EPISODE7 失墜「『あの女は何者なんだ……どうして俺にしか……』『クソッ、ドジ踏んじまった……犯人は……』」


 レザーは揺れる車内の中で、まどろんでいた。

 現実離れした数々の出来事を前に、これは悪い夢だ、いつかは覚める時が来るのだと、そう思わずにはいられなかった。

(女……そう、女だ。あの女が現れてから俺は……)

 寝ても覚めても、ちらつく女。

 もはや夢と現実の境目もレザーには酷く曖昧なものになっていたのである。

 彼の精神は限界を迎えようとしていた。

 「レザー? 大丈夫?」

 「うん……なん、とか……」

 右手に座る母に言葉をかけようと振り向く。

 だが、そこに座っていたのは母ではなく、鈍色の仮面をつけた道化の女が、ぎぎぃと首を傾げて、レザーを見つめていたのだ。

 「疲れているのね……しばらく眠りなさい?」

 仮面に映る自身の顔が、万華鏡のように乱反射する。

 それは無限に分裂していく世界に引きずりこまれていくようで。

 ぐらついていた精神は、一瞬にして音を立てながら崩れ落ちた。

 「お、おま、おまえが! みんなを!」

 「ど、どうしたんだレザー!? 何を叫んで、」

 本部長が振り向くと同時。

 銃声が鳴り響いた――

 一方その頃。

 トーマスは現場検証を進めていく中で、遺体から犯人の手がかりを見つけていた。

 「こ、これは……可能なのか、こんな事……」

 拳を強く握りしめ、トーマスは走り現場を後にする。

 そして、家の前に停まっていた警察車両を奪うようにして乗り込んだ。

 「頼む……間に合ってくれ……」

 本部へと向かった3人に追いつけと言わんばかりに急発進させる。

 あれ程降っていた雨はいつの間にか上がり、のどかな田園風景が広がる田舎道を、じめじめとした灰色の世界が覆いつくしていた。


EPISODE8 対峙「『先輩、良かった……!』『そこを動くな、止まれ! もう逃がさんぞ!』」


 トーマスがそれを発見したのは、10分程車を走らせた後だった。本部長たちが乗っていたと思しき車両は脇道にそれ、残骸をまき散らして横転している。

 「おい……おいおいおいおい!」

 目の前に広がる凄惨な光景に、さしものトーマスも動揺を隠せない。

 状況は恐ろしい速度で最悪な結末へと向かっている。

 これ以上酷い事になるなよ、と願いつつ車両に駆け寄った。

 粉々に砕けた窓ガラスから力なく伸びる腕。

 それは、レザーの母親のものだった。

 「クソッ、遅かったか……」

 傷だらけの腕に、もう脈は無い。

 続けて、運転していた本部長の安否を確認しようと手を伸ばす。しかし、すぐさま目に飛び込んできた本部長の顔――眉間から覗く空洞を見て、伸ばした手は行き場を失ってただ宙をさまよう。

 「ハハ……やってくれたぜ、あの野郎……」

 トーマスは猛烈な空虚感に襲われ、その場に膝をついてしまった。

 「……あいつは何処に行ったんだ」

 屈みこんでもう一度車内を見ても、レザーはいない。

 彼も車の横転に巻き込まれていたとしたら、そう遠くまで行く事はできないだろう。

 そう考え、ぐるりと周囲を見渡す。

 車両から延びる一本の足跡……、トーマスはその足跡の先に、覚束ない足取りで歩くレザーを捉える。

 「あいつ……!」

 フラフラのレザーへ追いつくのに、そう時間は掛からなかった。

 駆け付けたトーマスに気が付き振り返ったレザーは、焦点の合わない瞳でブツブツと声にならない声を吐き出し続けている。

 数瞬ののち、レザーはようやくトーマスの事を認識できたようだった。

 「先輩……良かった……女、女が車にいたんです……あの仮面の……女が!」

 「何言ってんだ? そんな訳の分からん奴、どこにもいねえぞ! んな事よりも、お前がしてきた事を洗いざらい吐け!」

 レザーにある物が投げつけられた。

 トーマスが現場から持ってきた物――レザーの顔写真が収められた血塗れの手帳だった。

 「アハ……これ、探してたんですよ……、全然見つからなくて……ああ、先輩、一緒に女を、見つけ、女を、女を、女を、女を、おお、女、女、女ぁあああ」

 突然壊れたレコードのように、同じ言葉を繰り返す。

 その様子を前にして、トーマスもようやくレザーが正気を保てていない事に気付いた。

 目の前のレザーは膝をついて肩を落とし、虚ろな瞳で地面を見つめている。

 「なあ……お前どうしちまったんだよ……」

 錯乱するレザーに慎重に歩み寄り、拘束しようと試みるトーマスだったが、それはレザーの叫びによって遮られてしまう。

 突如天を仰ぎ、目を見開いたレザーは狼狽する。

 「あ、ああぁぁ! 女が、先輩の後ろに! 逃がすかあぁぁ……!」

 大袈裟に身体を揺らしたかと思えば、レザーの手にはいつの間にか銃が握られていた。

 銃口はピタリとトーマスの方を向いている。

 レザーは正気じゃない。これまでの事を思い返せば、彼自身が殺人鬼か、もしくは一連の事件に何らかの形で関与していることは明らかだった。

 そう判断したトーマスは、ホルスターから銃を取り出し構える。

 「クソッ……! レザー! 銃を下ろせ!」

 新米の捜査官であり、殺人鬼でもあるレザー。

 トーマスの頭の中には複雑な感情がよぎるが、今は彼を拘束する事が最優先だった。

 2人は銃を構えたまま動かない。

 じっとにらみ付けるトーマスと、どこか上の空のように見えるレザー。

 トーマスは視線はそのままに、ゆっくりと親指を動かしてセーフティを外す。

 張り詰めた空気の中、先に動いたのはレザーだった。

 「どうして……どうして俺に銃を、銃を向けるんですか!? 先輩もあのお、おお女の、仲間なのかぁぁ!!」

 狂乱したレザーは足を震わせながら金切り声で叫ぶ。

 もはやトーマスは『判断』を迫られていた。

 ――その時。

 「女がいないッ!」

 それは、トーマスから見てみれば、ほんの一瞬の間の事だった。

 レザーは集中力の切れた子供のようにしきりに周囲を確認する。

 つい先程までトーマスの後ろに見えていた女の姿が見えない。あまりにこつ然と消えたため、銃を下げようとしたレザーだったが、そこへ何処からともなく声が響く。

 『……すの』

 目の前の景色がひどくゆっくりと流れている。だが、自身の吐息とその声だけはやたらと鮮明に……一瞬で過ぎ去っていくように感じられた。

 『……を、……すの……』

 背筋を凍りつかせる声。

 ぞわ、ぞわとレザーの背筋をよじ登る悪寒。

 あの時と同じように、金縛りにあった身体を動かす事ができないでいた。

 まるで意識と身体を綺麗に切り分けられたかのよう。

 『彼を、トーマスを、殺すのよ』

 甘く響く声に誘われ、レザーは自身の手に握られた銃へと意識を向ける。

 目の前の色を失った景色の中で、自身の手とトーマスの怪訝な顔だけがやけに鮮やかに映る。

 いつの間にか、針金のような細い指がレザーの手を覆っていた。

 ぞわ、ぞわと。

 「やめ、やめてくれ……」

 レザーの指と絡み合ったそれは、まるでダンスをエスコートするかのように滑らかで。

 しなやかにレザーの右手を支配した。

 そして、細い指はゆっくりとレザーの人差し指を包みこむように、引き金を――


EPISODE9 侵蝕「『もう元には戻れない。俺はどうすればいいんだ』『私はここにいる。さあ、来て……』」


 響く発砲音が、空間を震わせる。

 放たれた鉛玉はトーマスの腹部へと命中し、シャツをじくじくと赤く染め上げていく。

 開きかけていた唇から何も紡げないまま、トーマスは地面に倒れ伏した。

 生きているのか、死んでいるのかも分からない。

 一瞬、やけに胸が軽くなる感覚を覚えたレザーは、不自然に口元を歪ませていた。

 悩みの種が解消されたかのような、どこか安堵にも似た甘い感覚……。

 女の気配が失せると共に、その感覚も消え去る。

 徐々に目の前の現実を受け入れられるようになったレザーは、トーマスの生死も確認せず、恐怖に駆られてその場から逃げ出してしまうのだった。

 荒い呼吸が、意識を鮮明にさせていく。

 「俺……お、俺が先輩を、こ、殺、殺し、殺し……」

 自分にしか見えない女に言われるがまま殺した、なんて妄言を、一体どこの誰が信じるというのだろう。

 レザーの精神は度重なる出来事にズタズタにされ、もはや目の前の現実と夢の判別もできない程に、狂気に侵蝕されてしまった。

 「……もう俺はあの場所に戻れない……おれは、おれはどうすればいいんだ……」

 すがれるものは何もない。

 憧れの父も、優しかった母も、頼りになる先輩も。

 すべて壊れてしまった。零れ落ちてしまった。

 もう何も。この目に映る世界には何もないのだ。

 押し寄せる不安と喪失感が、自責の念すらもかき消してしまう。

 「……どこか、隠れないと……」

 周囲を見回す。

 レザーはふと、この辺りが子供の頃に遊んでいた秘密基地の近くだという事に気付く。

 「そう、か……あそこなら……」

 当時の記憶をたぐり寄せつつ進む。そこはかつて、レザーが度胸試しをした水路だった。

 光すらまともに入らない、暗く深い闇。

 目の前にぽっかりと広がる闇の中を進んでいく。

 ここならば、しばらくやり過ごせる。

 暗闇に包まれた事で、レザーはようやく安堵の息をもらした。

 「夜になったら移動しよう……誰の手も届かない場所に……」

 今までの疲れが押し寄せて、レザーはその場にへたり込んでしまう。

 そこでようやく、カラカラに喉が渇いている事に気付いた。

 さらさらと流れる水の音に、ごくりと喉がなる。

 「そういえば、まったく水を飲んでなかったな……最後にいつ飲んだのかも記憶にない……」

 水を掬おうと手を伸ばす。

 辛うじて反射した水面に映る自身の顔。

 しかし、あるはずの顔はそこにはなく――

 鈍色の仮面を付けた女が映っていたのだ。

 慌てて飛びすさり、後方を確認したが女の姿はない。

 そこへ、女の声だけがレザーの耳元に注がれる。

 『私とあなたが全員殺したの……』

 「クソ! 何処にいるんだ! お前も殺してやる!」

 総毛立つ感覚に苛まれたレザーは、即座に銃を取り出し、無差別に発砲する。

 だが、弾丸はただ水面と壁にぶつかるだけで、何の手応えもなかった。

 『犯人は、ここ……』

 水面から響く声に恐る恐る近づく。

 水鏡に映る仮面の女は、ただレザーを見つめていた。


EPISODE10 真相「『俺は、俺なんだ……』『貴方は私、私は貴方』」


 水面に映り込んでいた仮面。

 それは徐々に女の顔へと変化する。

 その美しい顔は、どこかで見た事があるようで。

 しかし、自身の記憶には存在しない顔だった。

 まるで無意識が生み出したもののような、この世ならざる不気味な美しさをたたえていた。

 女の唇が動き、自身へ語り掛けていることが分かる。

 声など聞こえないはずなのに、レザーにはそれが手に取るように理解できた。

 『初めてつかんだ手の温もり。それを拒んだ女への憎しみを抱く男の願い、それを叶えた』

 『自身の力で周囲を見返したかった男の願い、それを叶えた』

 その言葉にひどく動揺したレザーは、問わずには居られない。

 「お、俺が望んだとでも言うのか!? 殺したいと!?」

 『あなた自身の心からの願い、暗がりにしまい込んでいたでしょう? 殺して、殺して……あなたは少しづつ解放された……』

 「お、俺が、願った……?」

 『貴方が見ていた私の姿は、貴方が勝手に描いた幻。ねえ、新しい自分に生まれ変わった気分はどう?』

 その瞬間。

 レザーの内を濁流のように記憶の波が駆け抜けた。

 それは、副本部長を殺した記憶。

 それは、愛する父を殺した記憶。

 それは、本部長を射殺した記憶。

 そして、尊敬する先輩を撃ち殺した記憶。

 記憶と共に、心を駆け巡る晴れやかな気持ち……。あの時自分は、笑っていたのか?

 『みんな、あなたが殺した』

 「お、俺が殺……うっ、ぐ、お、おぇぇぇ…………」

 『あら、情けない』

 激情と後悔の念に呑まれ、自身が見て来た現実が、世界が、輪郭をぐにゃりと歪ませていく。

 泣きながら激昂するレザーに、もう感情を制御する力は残されていなかった。

 「ちがうちがうちがう、ちがうちがうちがう、ちがうちがうちがうちがうちがうちがう!」

 『すべて貴方が望んだ事』

 「だまれぇぇぇッ! どこにいるんだぁぁッ!」

 水面に映る自分の顔へと発砲する。

 そんな事は無駄だというのに、撃たずにはいられなかった。

 水が彼の背丈程に跳ねる。

 『貴方は私、私は貴方。生まれ変わった自分を認めるの』

 目の前にちらつく仮面と、脳内に響く声が消える事はない。ましてや、自分の心の闇を受け入れる事など、できるはずもなかった。

 内から沸き上がる殺人衝動。

 怖い、怖い、怖くて仕方がない。

 逃げたい、逃げたい、逃げたい。

 どうすれば、この女から逃げられる……?

 「そう、だ……こうすれば、いいんだ……」

 錯乱したレザーは、自身の眼窩(がんか)に指を突っ込む。

 そして、ぶち、ぶちぶちぶちと、あらん限りの力でそれを引き千切ってしまったのだ。

 「……これで………これで………」

 「私たちは一心同体。ほら、まだ私が見えるでしょう?」

 無意識に発せられていた自分の言葉。

 それを認識したレザーの心が音を立てて崩れていく。

 「どうして、どうしてだよ……」

 視力を失っているはずなのに、レザーには浮かび上がる女の姿が見えていた。

 「あああぁぁっ! なあぁ、なんで、どうして……なんでどうしてみえるんだよぉぉぉ……」

 何をしても、この女から逃れる事はできない。

 だから、レザーにはもうこの道しか残されていなかった。

 「残念……きちんと狙いを定めてね? でないと、殺せないから」

 ――蟀谷(こめかみ)では外してしまう。

 硬い銃口をガチリとくわえ、ぐっと引き金を引いた。


EPISODE11 感染「『女、か……いや、そんな馬鹿な話があるかよ』『……ねぇ、あなたの事を聞かせて……』」


 病院から無理を言って退院したトーマスは、いまやまともに機能していない捜査本部内で、一人煙をふかして考えに耽っていた。

 レザーの部屋から発見された血塗れの服や凶器から、身内を殺害したのはレザーで間違いない。

 しかし、それ以前の連続殺人からレザーが関わっているとは到底思えなかったのだ。

 ――娼婦連続殺人とレザーの凶行はどこか繋がっている。それも直接ではないが……、言葉では説明できない、何かがある。トーマスの刑事としての勘がそう囁いているのだ。

 疑問を抱く切っ掛けとなったのは、自殺したレザーと連続殺人犯の遺体。

 調査の結果、2人とも自身の手で眼球を引き千切っていたのである。

 「自殺するだけなら、わざわざ目ん玉引っこ抜く必要はねえ。じゃあ何故そんな行動を取らなきゃいけなかったのか、って事だ」

 トーマスの眼にはその行動が『何か』から逃れようとした結果、自殺を選んだように思えてならなかった。

 『信じて下さいよ、先輩! 寝室に向かう直前に感じたんです。女の気配を!』

 出鱈目だと思っていたレザーの言葉を思い出す。

 「……女、か。まるで、」

 ――まるで、女の魂が殺人鬼からレザーに乗り移ったよう。

 そんなオカルトめいた答えを導こうとして、トーマスは慌ててその考えを消し去った。

 「何を考えてんだ、俺は。捜査はまだ続いてる、この辛気臭い状況を変えてやらねえと、死んでいった奴らに申し訳が立たん」

 トーマスは気合を入れ直し、捜査資料片手に部屋を出ていく。

 刑事の仕事は地道な作業だ。

 たとえ砂粒みたいな手がかりだったとしても、そこから解決への筋道を立てる。

 それが刑事というものだ。

 「現場百回だ。俺が必ず糸口を見つけてみせる」

 トーマスは決意の眼差しで現場へと向かうのだった。

 ……

 …………

 自殺したレザーの現場付近。

 トーマスが乗った車は用水路に面した道に停車した。

 「さあて、始めるとするか」

 おもむろに車のドアノブへと手を掛けようとした矢先。

 ぞわりと来る冷たさが背筋を撫でつけた。

 「……ぅおっ? ったく、なんだよ今のは」

 ほんの一瞬の事だった。

 トーマスは妙な視線を感じ、窓の外を覗く。

 ――きぃ、きぃ、

 見れば、女が路地を歩いている。その女は、全身をモノトーンで着飾り、2本の角を垂らした帽子を被っていた。

 どこか浮世離れした――道化のような、女。

 「……ハハ、笑えるぜ」

 呆れるトーマスだったが、砂粒の可能性にも喰らいつくのが刑事である。可能性を感じたなら、調べるのが鉄則なのだ。

 「この近くのものなら何か知ってるかもしれねえな」

 ――きぃ、きぃ、きぃ、

 「にしてもなんだこの音は。妙に頭に響きやがる……っと、見失う前に追いかけるか」

 トーマスは路地の角を曲がり、消えた女を追う。

 街灯の明かりに誘われる虫のように、踏み入るのだった。

 ――きぃ、きぃ、

 仄暗い、路地裏へと。

 ――きぃ、きぃ、きぃ。


チュウニズム大戦

レーベル難易度スコア
スキル名/効果/備考
●リレイMAS0 / 420 / 840
レーベルブースト(●▲チェイン)
自分と次のプレイヤーは、出すカードが●、▲で
COMBOした時、CHAINとなる。
備考:●リレイ/▲ゼーリ



■ 楽曲
┗ 全曲一覧( 1 / 2 / 3 ) / ジャンル別 / 追加日順 / 定数順 / Lv順
WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
マップ一覧


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