五十嵐 撫子

　舞ヶ原に新しく入学した、新１年生！
　中学１年のときに訪れた学園フェスで見た軽音部ライブの熱気が忘れられず、バンドを始めるために舞ヶ原を目指してきた、という女の子！
　楽器は独学でギターをやっているそうで、自分でお金を貯めて買った中古のギターを大事に弾いているとか。

　体は小さいけどとにかく元気一杯で、憧れに向かってひた走って来た様子は、まるで小さな戦車のよう。
　喜怒哀楽のはっきりした素直な性格で表情も豊か。
　何かと声が大きく、やかましがられる時もあるが、本人は「格闘技やってたからっスかね！」と笑顔で言うし、なんとなく打たれ強そうな性格っぽい。

　桜の咲き誇る４月の初旬、その日初めて生徒として舞ヶ原の正門をくぐる新入生たちを待っているのはそう、待ちに待った入学式である。
　音楽高校ならではの施設とも言えるフルオーケストラにも対応可能な記念講堂にて行われる入学式は、会場の立派さもあって、ただでさえ緊張気味の新入生を余計にピリッとさせてしまうよう。
　が、これを終わるといよいよ、舞ヶ原の新一年生としての生活がスタートする、というわけ。

　舞ヶ原は音楽高校というだけでなく、単位制や前後期制など、中学にはなかった制度も採用されている。
　このため、新入生たちには入学式後のオリエンテーションを注意深く聞いておいて、単位が足りない！と騒ぐようなことのないようにしてほしいところではあるのだが…
　多くの場合、生徒たちの関心は専ら同じ教室の新しい友達や、明日からの本格的な高校生活の方に向いていることだろう。
　努力の末、中学の頃から憧れたこの校舎に足を踏み入れた撫子なら、ますますそうに違いないはずだ。

　「撫子」という淑やかで可愛らしい名前をもらって育った彼女の家庭は、両親に３人の妹と暮らす、ごく賑やかな一般家庭。
　音楽を始める前は格闘技をやっていたりしていて、語尾にはついつい「っス！」がくっついてしまいがち。
　名前と裏腹に気性が何かと体育会系（武闘派？）なのを多少気にしている、のだそうだ。

　多くの妹たちをまとめるために培った性格か面倒見はよく、人に世話を焼くのも大好きなのだが、その割にあまりきめ細かかったり、お世話上手というわけでもないし、いろいろと雑で無遠慮な節がある。
　まとめ役としては頑固一徹の親父気質という感じで、一度決めたら仲間を引きずってでも目的を達成するかのような熱苦しさの持ち主。
　芹菜を中心に、なんとな～く、でまとまりがちなイロドリミドリとは、多少性格が異なるようだ。
　日常でも一度決めたらてこでもひっくり返さない、という面倒臭い？部分もあるが、夢を追いかける為にはいばらの道をも選ぶ強い意志の持ち主、とも言える。

　ふとしたきっかけでやって来た舞ヶ原の学園フェスでバンドの演奏に感動して以来、自身も演奏を始める。
　最初に手にしたギターは貯金箱を叩き割ったお金で買った中古のもので、家で毎日弾き倒しているお気に入りの一本。
　独学のため腕前は発展途上で、イロドリミドリにはまだ遠く及ばないところだが、テクニックよりアツさやエモで勝負するタイプ。
　早弾きなどはからっきし苦手だが、自己流のフォームとストロークから繰り出されるパワフルなサウンドは、あーりんをして「この音はこの子にしか出せない…！」とまで言わしめる、まさに個性派の境地である。

　音楽遍歴はごく一般的な高校生のそれで、主に学校の友達が聴くものを聞いていたようだが、ギターを始めてからはやはり楽器の演奏をよく聴くようになり、特に最近は日本のロックやフォークなども聞いたりしている。
　本人も努力家だし伸びしろは十分、イロドリミドリとの出会いを経て今後に期待の新入生、というところだろう。

　今から３年前、撫子１３歳・中学１年生の年。
　撫子は友人に誘われ、軽い気持ちで舞ヶ原の学園フェスを見学に行くことにする。
　友人の目的を早々に見終えてしまった撫子たちは、中学のそれよりぐっと大人っぽい感じのする舞ヶ原高校の学園祭を、あてもなく歩きながら楽しんでいた。

　そんな時、撫子の耳に飛び込んで来たのが、体育館の方から響いてくる、荒々しいギターの音色。
　興味本位で覗く撫子たちだったが、もともと音楽も、体を動かすのも大好きな撫子は、強烈な衝撃を受ける。
　疲れてきたという友人をさしおいて演奏に身を委ね、先に帰られても、撫子の気持ちは止まらない。
　ステージの中心にいたギターポーカルはなんと、線が細くて顔立ちも端正な女性。
　やがて盛り上がりすぎた観客の間でトラブルが起き、演奏が止まったりというハプニングもあったが…
　撫子にとっては、そのトラブルさえもが特別な興奮。
　彼女は次の日、貯金箱を叩き割ることになるのだが…つまりそれが、撫子が舞ヶ原を目指した理由だった。

　忘れもしない、３年前の、えーと…夏の終わり頃、だったかな？
　その日は、今のあたしが始まった日でした！

　友達に誘われて行った、舞ヶ原高校の学園フェス。
　偶然通りがかった体育館で鳴ってたのは、ちょうどあたしがトレーニングとかする時に聞くような、ロック！って感じの、バンドの曲！！
　普段スマホで聞く音なんかと比べものにならないくらいうるっさくて、友達の声も聞こえないんすよ！？
　でもあたしは結局、誘ってくれた友達が帰っちゃった後も！　他の大人の人と一緒に、ブチ上がってたっス！
　あの時は確か…何かトラブルっていうか、会場の前の方で何かあったみたいで、最後には演奏中止になっちゃった、んだったっけな？
　でもあたしにとっては、これだけの人が、それだけ熱くなれる場所、っていうのがとにかく強烈で。
　とぼとぼ一人で帰る時も、スマホで聞いてた音楽、全然アタマに入ってこないんすよ。
　だって、あの熱さのことで、頭がいっぱいだから！

　ギターを買いにいくためて、あたしは貯金箱を割った（鬼かたかったっス）んすけど！
　小銭ばっかっスね！！　千円もなかったっス！！！
　頼みの綱のお母さんも…説得…失敗で…
　結局中古のお店でギターを買えたのは、数ヶ月先。
　初めてのギターは、今でもあたしの！　相棒っス！
　あ、でもあの時はギターアンプのこと知らなくて…
　見かねたお母さんが、買ってくれたんすよ！安くて小ちゃいの！
　ばり感謝っスーー！！　お母さん！！！

　そんなこんなでゲットした相棒なんすけど、最初はとにかく、弾き方もわかんないんすよね。
　そしたら今度は、お父さんが教えてくれて！
　コードっていうのを教えてもらったっス！
　でも後でインターネットで調べてみたんすけど…
　コードって、めっちゃくちゃ種類あるじゃないすか。
　だからあたし、考えました！！
　好きな曲で使ってるやつから、覚えよって！！！！
　あたしすーーーごい賢くないっスかー！？

　実際に楽器を持つようになって、なんだかあたし、音楽通になったような気がして！
　いろんな音楽聞いてみるようになったんす！
　この曲かっこいい！　って思ったら、似たような音のバンドを探してみたりね！
　あ、でも友達はイケメンが歌って踊る曲とかばっか聞いてたから、なんか暑苦しい曲聞いてるね、って言われたなあ…しょんぼりっす。

　でもあたし、発見があったっス。
　お父さんよりおじさんのおじさんが、ギター一本で歌ってる曲とかも、本当にいい曲があるんだって…
　心に沁みるメロディ、っていうんですかね…
　演奏だって、ギターだけでもすっごい奥深いし、みんなその人らしい歌い方！　みたいなのを持ってて…
　ああいうのを聞くようになってから、今度は歌を歌うのにもハマっちゃったんすよね。
　あたし格闘技やってたから声でかいし、腹筋も自信ありますよ！
　カッチカチっス！　触ってみますか！？

　なんて感じで、のんびり音楽やってたあたしですが。
　舞ヶ原は音大の付属だから、すごいことに受験でも音楽の勉強をしないといけないっス。
　コツコツやってたつもりなんすけど…現実は厳しく…
　楽譜の読み方に音楽理論、本当にひとっっっっつもわかんないところからの受験でした。
　あたしその時まだ１４年くらいしか生きてなかったっスけど！　多分あれより勉強することないっス！

　で…後で聞いたんすけど、舞ヶ原の受験って、面接の比率がおっきいらしいんですよね。
　実技とかももちろんあって、あたしもキーボード買って、慣れないなりに練習とかして…
　でも全然できない！って、本番でも無理って感じで、メソメソ泣いてたりしたこともありましたけど。
　念じれば、花開くっス！
　まさかの合格！！
　さすがのあたしも！　嬉し泣きっス！！！

　あとメソメソ泣いてたって言ったの、あれ秘密っス！

　今日は、待ちに待った入学式。
　てるてる坊主たっくさん作ったおかげで、雲ひとつない晴天っス！！
　あたし今日！　ついに！！
　舞ヶ原の生徒になったっスーーー！！！！！

　憧れの舞ヶ原は、入学式から鬼ヤバでした…
　まず会場が、超絶キレイな記念講堂。
　校歌斉唱の伴奏も生バンドっス！　吹奏楽っス！！
　あたし吹奏楽なんて全然わかんないっスけど、あの音を聞けばわかります…ただもんじゃないっスね！！
　これから、ああいう人たちと一緒に勉強するんだ！って考えると…うっ、お腹が痛くなってくるっス…

　終わった後は、教室でオリエンテーションっス！
　この学校、成績は「単位制」らしいっス！
　すごいっスね！　あたし単位なんて円とドルしかわかんないっス！
　授業は土日を挟んで、来週の月曜から！！
　む、難しいのかな！？　でも、楽しみっスー！！！

　授業始まって、いきなりこんなこと言うのもなんなんすけど…今日は全然、集中できなかったっス！
　なぜかと言うと、部活のことで頭が一杯だったから！
　っス！！！
　今のあたしの原点にして目標はやっぱり、何を差し置いても軽音部っス！
　今日は早速、軽音部が活動してるであろうこの学校のどこかへ！
　放課後になり次第、弟子入りしに行くっス！

　…て感じで考えていたんですけど…
　現実は、ちょーーっと違ったっス…
　あ、いや。正確にはいい先輩にも出会えて、この上ない幸運、って感じでした。
　確かにちょっと、気になることは残ったんすけど。
　それでもあたし、いろんな人が受験に協力してくれたのと同じくらい、いろんな人たちに支えられながらやってくんだなって、そんな気がします！
　あたし絶対、キレイな大輪、咲かせますよ！
　楽しみにしててね！　あたし！！