青木引退

Last-modified: 2021-08-24 (火) 20:04:06

青木宣親(ヤクルト→MLB→ヤクルト)に起こった引退騒動のこと。

概要

球界を代表する「安打製造機」の青木は2011年シーズンに前年から成績を大きく落とし、6年続いた打率3割も達成できずに終了するのが確実と見られていた。

しかし青木はシーズン終盤、9月に東京スポーツのインタビューにて「3割打てなかったら引退って書いていいですよ」と公言。
これにより青木は自らの進退を賭けた戦いを始めることとなる

 

発言直後からその打棒が復活し一時は3割に到達する勢いであったがシーズン終了直前にはV逸したチームの勢いを象徴するかのように急失速、結局は打率.292でシーズンを終えた。
このような3割到達宣言をしたのは、2009年にも9月4日時点で.275であった打率をその後の約1ヶ月で.303にまで上げた成功体験によるところが大きいと考えられる。

青木自身はシーズン終盤に強いという暗示があったのだろう。

しかし青木は「リーグ優勝を逃し、3割にも到達できない精神的なショック(東スポ調べ)」から一時的な記憶喪失に陥り、上記の公約を忘れてしまっていたのである。

その後と進退

「本当に引退するのか」と問いかけた記者に

「何なんですか、あの記事は!あんなことを言った記憶はないですよ!」

と激高。目が点になった記者を前に「引退するわけないでしょ! まだまだ野球を続けますよ」熱い引退撤回宣言を行った。
東スポも捏造呼ばわりはごめんだと青木に対して再度「言いましたよね」と確認を求めたが、青木は記憶の混濁が生じたのか急にトーンダウンしながら「本当に言ったことを覚えていないんだよ。言ってないはず…」とブツブツとつぶやきながら球場を去っていったとのこと。ちなみに東スポは地味にCSでの奮起を祈る〆で書いており、さりげないぐう聖っぷりを見せている(なおヤクルトは巨人に勝ったが、ファイナルで中日に敗北)。

 

その後、青木はポスティング・システムを行使しメジャーリーグへ挑戦することを発表。結果的に「NPBからの引退」という形で公約は守られることになった。
しかしNPB引退から6年、メジャーでの契約が決まらなかった青木は2018年シーズンから再びヤクルトのユニフォームに袖を通すことを発表。ついにNPB現役復帰となった。その2018年シーズンは序盤こそやや苦しむもそこから復調。中盤からは主に2番打者として打線を引っ張り、最終的にチームトップ、セ・リーグ4位の打率.327を記録。上記の引退騒動から7年越しに打率3割を達成した。

なおMLBでの6年間の成績は年単位の不調がなく、決して悪くなかったが、打率と出塁率は早大時代のチームメイトである鳥谷敬の全盛期を彷彿とさせる驚異的な収束力を発揮した。

関連項目