横浜を出る喜び

Last-modified: 2020-10-28 (水) 08:23:17

横浜ベイスターズ(TBSオーナー時代)の低迷を揶揄する言葉。

目次


概要

もともと「横浜から移籍した選手は横浜在籍時よりも良い成績を残す」と言われていたことに加え、内川聖一が2010年オフにFA宣言した際『すぽると!』(フジテレビ系列)内のインタビューにおいて「僕自身は(横浜を)出ていく喜びを感じられますけど」と発言したのが由来*1

その後、福岡ソフトバンクホークスに移籍した内川が大車輪の活躍を見せた事から、横浜から移籍した選手が活躍する度に「横浜を出る喜びで活躍した」と揶揄されたり、元横浜の選手に横浜を出る喜びによる伸びしろが期待されるなど、元(現)横浜の選手の能力を評価する際の補正として用いられている。

しかしその後2011年シーズンオフに親会社がTBSからDeNAに代わり、球団の体質改善、意識改革によって状況も変わり、今度は他球団からベイスターズへの移籍選手が活躍する逆転現象も多数見られるようになった。
今では過去のものとなりつつあり、2018年にオリックスからトレードで移籍した伊藤光の「ベイスターズに救われたと言っても過言ではない」という言葉に対する当時との比較に用いられるようになっている。


チックの場合

内川がやはり横浜を出て行く喜びがあった件
http://logsoku.com/thread/hatsukari.2ch.net/livejupiter/1315098950/

1 : 風吹けば名無し : 2011/09/04(日) 10:15:50.69 ID:Wdt4XJ2R [1/2回発言]
内川のベースランニング
http://www.bbwatcher.com/team/hawks/fielder/24uchikawa.html
一塁到達速度
2010 4.38秒
2011 3.98
二塁
2010 9.27
2011 8.46


男村田の場合

今年の村田の成績に"横浜を出る喜び倍率"掛けたった
http://logsoku.com/thread/hatsukari.2ch.net/livejupiter/1319003445/

1 : 風吹けば名無し : 2011/10/19(水) 14:50:45.20 ID:hS9dR/uD [1/2回発言]
倍率はチックの打率、本塁打、打点の去年比


2011村田 .245 18本 67打点

2012村田 .264 30本 94打点

無駄にリアルな数字

実際の成績は打率.252・12本塁打・58打点。
巨人での重圧が大きかったのか長打率を前年より5分近く落とし、本塁打もキャリアワーストを記録してしまった。
とは言え、加藤球だったことや翌年には打率316・25本塁打・87打点を記録、その翌年にも21本の本塁打を放ち原巨人の三連覇に貢献した事を鑑みれば、横浜を出る喜びを一年遅れで感じたと考える事も出来る。ただ村田自身は横浜時代前期は巨人のやり方を批判していたこともあり一見矛盾しているが、裏を返せば末期はそれだけ横浜を出たくなったのだろうと感じることができる。


藤田一也の場合

横浜時代は守備力は評価されていたものの不動のレギュラーの石川雄洋と異なり渡辺直人(現楽天)、山崎憲晴(現阪神球団職員) らと併用で出場機会はあまり多くなかった。
しかし2012年途中に内村賢介と交換トレードで楽天に移籍するとチーム事情もありあっさり二塁手のレギュラーを確保。
翌年には移籍2年目ながらキャプテンを任されると、初の規定打席に到達し、ゴールデングラブ賞、ベストナインを獲得し楽天球団初のリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。
更に翌年には全試合出場を達成し、2年連続のゴールデングラブ賞とベストナインを獲得した。
その後は怪我がちな体質、茂木栄五郎ら若手選手の台頭や浅村栄斗のFA加入もありスタメン出場機会を減らしてこそいるが、守備固めや代打の切り札として健在。選手、ファンから共に愛される頼もしいベテランとしての地位を確立している。
一方で、放出したDeNAは交換で獲得した内村が故障して以降期待された成績を残せず、2019年現在も二塁手のレギュラーを固定できていない。この為高田繁元GM*2ら当時の関係者も藤田の放出は失敗だったと語っている。


チェン・グァンユウ*3の場合

横浜ベイスターズ時代に育成選手として入団し、DeNA時代の2014年に支配下登録されるも、1軍成績は登板わずか1試合、2回1/3を4失点(自責3)、防御率11.57という不甲斐ないものだった。この時から素質は見込まれていたが、その年のオフに外国人枠の都合もあり戦力外に。
その後入団テストを経てロッテに移籍した2015年はいきなり14試合登板で5勝4敗、防御率3.24と本来の素質の高さを発揮。その後はロングリリーフを経て中継ぎが中心に年々成績は向上し、監督の信頼を勝ち取った


その他事例

  • 2014年
    ソフトバンクが3年振りの日本一。2013年にトレードで加入した吉村裕基がリーグ戦では控えとして貢献、CSでは一塁手のレギュラーとしてMVPに選ばれる。
  • 2015年
    ソフトバンクが2年連続の日本一。13年オフに横浜を戦力外になり育成契約で入団した細山田武史は苦しい捕手事情により支配下登録され、6月5日の巨人戦で内海哲也から2点二塁打とホームスチールを決め3得点に絡むなど要所で活躍。日本シリーズ登録メンバーからは外れたものの、祝勝会に参加し日本一達成の歓喜を味わった。
  • 2019年
    2016年オフに巨人へFA移籍した山口俊が覚醒。横浜のエース今永昇太とタイトル争いを繰り広げ、最多勝、最高勝率、最多奪三振を獲得し、チームを優勝へ導いた。*4

モツ鍋わたり*5さんも絶賛

「こないだも、オリックスに行った寺原が食いに来てシミジミと言ってたよ。『横浜を出てよかったのかもしれない』って憑きモノが落ちたような顔してさ。……ありゃ、マズイよな。横浜出た選手はカスティーヨでさえ別人みてぇに活躍しちまってるし。よっぽど環境がアレなんだろう。(中略)中根さん*6が近鉄からベイスターズに来た時*7、全体のバッティング練習が近鉄時代より全然足りないから居残りして打ってたら『中根、連日特打』って書かれてんだから」
http://number.bunshun.jp/articles/-/147633

今年の日本シリーズ*8なんて横浜の過去のあやまちの象徴みてぇな試合だったろ谷繁さん、小池に多村内川ってよ。今年も放出した寺原に2勝献上したり、見慣れすぎた光景だろ。来年は村田がどうせ横浜戦ですげぇ活躍するんだろうけどよ、一番いい待遇で入団させて、時間かけて育ててよ、そいつらにやり返されてるんだから、いい加減に気がつけって話だろ。俺みてぇなチンチンの選手はどうでもいいけどよ、大事にしなきゃいけない選手やOB、そんな人らを過去にどれだけ葬ってきたか。結局、墓参り、先祖供養していないから罰があたってるようなもんだって。谷繁さんもタクローさん*9も、供養しなかったお蔭であんなに元気に仕返しされてんだから」
―― なるほど。ある意味で今年までの横浜は生霊に祟られてきたようなものなのですね。くわばら。
横浜を出た選手が活躍するのはすでに立証済み。西武に行った武山もジンクスギリギリでやるんじゃねぇの。*10
来年の注目は小池にツルと一度出て戻ってきた選手がどうなるかだな。
また仕事が出来なくなってダントツ最下位なら、これはもう……お祓いするしかねぇよ」
http://number.bunshun.jp/articles/-/182311?page=6


移籍した選手たちの横浜に対するコメント*11

  • 寺原隼人(ダイエー/ソフトバンク→横浜(2007-2010)→オリックス)
    一人ひとりの選手が自分に投資して、鍛えることが少ないのでは、と感じた」
  • 古木克明(横浜(1999-2007)→オリックス)
    練習も身に入らなかった*12
  • 高木豊(大洋/横浜(1981-1993)→日本ハム)
    「横浜のキャンプを見に行ったら、帽子は取っているわ、スパイクを履いてないやつはいるわ、で、もうだらだらでしたから。
  • 鶴岡一成(横浜(1996-2008)→巨人→DeNA(2012-2013)→阪神)
    「(巨人の練習は)一軍の選手がこんなに練習するもんだとは知らなかった」
  • 佐伯貴弘(横浜(1993-2010)→中日)
    「(中日の練習は)キツイキツイと聞いていたがやってる練習は全然違う。
  • 加藤康介(オリックス→横浜(2009-2010)→阪神)
    「(阪神の練習は)強いチームには強いチームの理由がありますね。それは一日で感じるし、僕も早くその一員になりたいです」
  • 工藤公康(巨人→横浜(2007-2009)→西武)
    横浜の選手は練習しない*13
  • 坂元弥太郎(ヤクルト→日本ハム→横浜(2010)→西武*14)
    「横浜は練習での集中力も低いし、私服もきちっとしていない。(同じセリーグの)ヤクルトとは大違い。もっとプロ意識を高めないと
  • 橋本将(ロッテ→横浜(2010-2011))
    やっぱり(横浜への移籍は)間違いだった。
    みんながやりたい放題。こんなチームがあったのか、と思った」
    「試合中にベンチにいる選手が少ない」
    ありえないことが当たり前になっていた
  • 石井琢朗(大洋/横浜(1989-2008)→広島)
    「今年途中にベイからロッテに行った吉見クンといい 最下位から、いきなり日本一ですよ。たまらんよね。出した方も、出された方も。でも、行って正解!みたいな」
  • 仁志敏久(巨人→横浜(2007-2009))
    「どんどん自分が横浜に染まっていってしまっている気がする」
    ここにいると、自分までダメになる
  • 門倉健(近鉄→横浜(2004-2006)→巨人)
    「(野球少年達に)みんな、プロになりたいんだろ。チャンスはあるよ。でも、横浜はやめとけ*15
  • 内川聖一(横浜(2001-2010)→ソフトバンク)
    ウチに来てるFAの選手は苦しい状況に見えて仕方ない。
    横浜では誰を信じてよいか分からなかった
  • 相川亮二(横浜(1995-2008)→ヤクルト)
    「(練習量について)横浜はここ(ヤクルト)の半分ぐらい」
    「(ヤクルトの投手について)構えたところにボールが来ることに感動した
  • 村田修一(横浜(2003-2011)→巨人)
    気持ちを押し殺して横浜に入った」
  • 渡辺直人(楽天→横浜(2011-2013)→西武)
    「(フィジカルトレーニングでもないのに)サッカーやるのはおかしいよ
  • 多村仁(仁志)(横浜(1995-2006)→ソフトバンク→DeNA(2013-2015)→中日)
    「横浜時代は走り込んだことがなかった」
  • 吉村裕基(横浜(2003-2012)→ソフトバンク)
    ボク自身は強いチームに来られてよかった
  • 種田仁(中日→横浜(2001-2007)→西武)
    2球団目の横浜は、中日に比べれば正直ぬるい雰囲気のチームでした。野球をしている時とそうじゃない時の差があまり感じられない集団でした。練習でも試合でもなんとなく始まってなんとなく終わるというか」
  • ホセ・カスティーヨ(パイレーツ→横浜(2010)→ロッテ)
    「シーズン中盤になって勝利への意欲がなくなると、みんな個人プレーに走ってしまった」
  • ターメル・スレッジ(日本ハム→横浜(2010-2011)→日本ハム)
    「(日本ハム復帰時に)意識の高いチームに戻ることができて良かった

無論、全ての選手がここに挙げられている様な意識の低い選手達であるというわけではない*16のだが、中畑清氏が監督に就任した2012年の初め頃にはあろう事か「『そんなにアピールしたいのか』『首脳陣へのおべっかを使っている』などと真剣に練習している選手を馬鹿にする選手(ごく少数ではあるが)すらいた」らしく、相当に酷い環境であった事が見受けられる。

サッカーでも横浜を出る喜び

2017年、中村俊輔は長年在籍した横浜F・マリノスからジュビロ磐田に移籍。それについて、中村は『S☆1』(TBS系)でこう語った。

練習行くのが辛い

試合で勝っても喜びが起きない

「マリノスの10番を脱ぐって言うのは考えたこともなかったですけどそれすらも脅かすような心理状態

この発言から、「中村も横浜を出る喜びを感じた」とネタにされている。

なお、この移籍は組織内での軋轢が背景にあるとされ、2017年に中村に変わって10番を着用した齋藤学も翌年の開幕前に神奈川のライバルチームである川崎フロンターレに0円で移籍するなど、近年のF・マリノスはかつてのベイスターズと似たような不協和音状態に陥る。
しかし降格制度のあるJリーグに於いてF・マリノスは降格に至らず、2019年にはリーグ優勝を達成。結果を出した現在では「中村はF・マリノスでの地位を守ろうとメディアを巻き込んで改革*17を潰そうと企てたが、失敗して去っていった」と見る向きが強い。
2019年7月にはジュビロ磐田から当時J2の横浜FCに移籍しJ1昇格に貢献。出場機会こそ少ないものの別の横浜に入る喜びを感じている模様。


派生

親会社がDeNAに変わってからはチームの意識改革が進み、DeNA入団がきっかけで外様選手が復活するケースも見られるようになった。各種インタビューなどでは、監督の中畑清アレックス・ラミレスの性格もあり彼らの元で培われていったチーム内の雰囲気、選手同士のコミュニケーションなどに触れつつ、移籍加入したことについてプラスになった旨のコメントも見られるようになり、こちらは横浜に入る喜びと呼ばれる。

他球団の場合

近年は他球団においても燻っていた選手が移籍後に出先で活躍するケースが見られ、横浜だけが槍玉に挙がった状況は終焉を迎えたと言える。

  • 巨人
    一岡竜司(→広島)や平良拳太郎(→DeNA)、和田恋(→楽天)、大田泰示(→日ハム)、公文克彦(→日ハム)など。ただし巨人の場合は選手を殺す補強や分厚すぎる選手層等の要因によるもので、現場含むチーム全体が堕落していた横浜と同列とはいえない他、逆のパターンも増えてきている。
  • 中日
    代表的なのがヤクルトで外様ながら選手会長まで務めた森岡良介。他に、「中日時代はナゴヤドームが好きじゃなかった」とまで言い放った柳田殖生(→DeNA)、楽天で定位置を確保した鉄平など。特に落合博満政権時は「同じ実力ならベテランを使う」と公言して憚らないほどの実績重視、序列入替えに消極的な不動起用、毎年入る新人が大卒・社会人からの即戦力と、若手の野手が使われにくい人事上の問題もある。それでも落合政権時は練習が厳しいことで有名なため、前述通り練習のぬるかった当時の横浜とは異なる。
  • オリックス
    近年だと伊藤光、金子弌大(現日本ハム)、松葉貴大(現中日)の活躍が目覚ましい。特に伊藤は首脳陣との確執で退団し、移籍先に勝ちをもたらした谷繁元信と似ている因果関係もある。
  • 阪神
    近年、大和・松田遼馬らのようにFAや人的補償・トレードなどで阪神を出た選手が他球団で結構一軍戦力になっているのに対し、FAで獲得した選手を除けばトレードや人的補償で獲得した選手が殆ど一軍戦力になっておらず*18トレードや人的補償で成功した選手が桑原謙太朗高宮和也まで遡る有り様である。

関連項目


*1 談話自体は横浜に残していくチームメイトを心配する内容であると内川は弁解しているが、これで怒りを静めたファンはごく僅かである。ホークス移籍後も古巣批判は続いた。もっとも、他項でも述べられてるように、TBS時代の体質は常軌を逸しており、それが周知されてからは当時の横浜ファン以外から叩かれることは少ない。内川も現在のDeNAに対しては体質が劇的に改善されたこともあり、批判していない。
*2 高木豊によると現場には全く相談せず高田の独断で決定したトレードであり、事後報告を聞かされた中畑清と高木が高田に撤回を迫ったとのこと。
*3 横浜/DeNA時代の登録名は漢字表記の「陳冠宇」。
*4 巨人FA一年目時点では文句なしの名誉外様扱いだったこともあり活躍具合のわりには横浜を出る喜びと言われることはほとんどない。
*5 元横浜投手で元コラムニストの中野渡進氏(横浜在籍は2000~2003年。著書に「球団とケンカしてクビになった野球選手」がある。)が経営していたもつ鍋屋のこと。2014年6月30日で閉店。その後、会社員に転職。
*6 中根仁。1997年オフに盛田幸妃(故人)とのトレードで移籍。なんJ的には内川コピペで内川にグラブを渡す人と言った方がわかりやすいかもしれない。
*7 ただし、この中根が近鉄から移籍してきたタイミングは1997年オフ(翌1998年に横浜は38年ぶりセ・リーグ優勝および日本一を達成した)である。
*8 ここでいう「今年」とは2011年のこと。中日とソフトバンクが戦い、ソフトバンクが制した。
*9 石井琢朗。2008年に広島に移籍した際に横浜のフロントと揉めに揉めた。
*10 なお件の武山真吾は西武では炭谷銀仁朗(現巨人)の影に隠れあまり活躍できず、トレード相手の後藤武敏の方は活躍したため、この予想とは真逆の結果になった。その後2014年に中日に放出されるが、そこでは若手捕手の多い環境下でベテランとして一定の存在感を示す。2019年に加藤匠馬の台頭にトドメを刺される形で戦力外を受けて引退。
*11 長くなる選手もいるので横浜の前後の経歴以外はカットしてある
*12 古木自身、「最も入りたくないチームが横浜(とロッテ)」と小学生時代とはいえ語っていた事もあり、在籍時から移籍希望があったと見られる。しかし、古木がドラフト1位で横浜から指名された1998年に横浜はリーグ優勝・日本一を達成しており、古木が「入りたくない」と名指しした当時(および入団後の低迷期)とは事情が異なる。
*13 巨人時代から若手を引き連れてアリゾナ自主キャンプを行い、複数の著書やビデオ映像まで出す程トレーニングに一家言ある人物として有名であり、在籍当時も若手投手を鍛え上げ、現役引退後には一時次期横浜監督として挙げられた事もあった。
*14 トレードで放出されたが、その原因はフロントに以下の内容を直訴したのが編成部の逆鱗に触れたからだと言われている。ちなみにそのトレード相手は大沼幸二
*15 当時門倉は「10勝しても10敗する投手はいらない」とフロントに複数年契約を拒否され、退団確実となっていたため、この発言には球団フロントへの批判も含まれていると考えられる。なお門倉は巨人ではまったく活躍できず、現在では横浜OBとして古巣に好意的な発言を積極的に行なっており、近年のベイスターズファンからは概ね許されている。
*16 例えば中畑政権以前の実力・雰囲気共に最悪の暗黒期を主力として経験しながらも、横浜一筋でキャリアを貫いた三浦大輔をはじめ、石川雄洋加賀繁らの様に2016年のCS進出に貢献した選手は存在する。
*17 2015年よりイングランドを本部に持つシティフットボールグループが参入。欧州強豪チームを参考に、攻撃スピードの加速化、ボールを持つ時間の増加などこれまでの守備的なスタイルとは逆に得点力アップを目指した。30代後半で加齢による衰えが目立ち始めた中村には、改革を潰さないと試合に出れなくなる可能性が高かった。
*18 尾仲祐哉・飯田優也(現オリックス)・高野圭佑など。