猛○○賞

Last-modified: 2021-11-11 (木) 19:40:59

同一人物が1つの事柄について3度行った(関係した)際につけられる別称・蔑称、あるいは事象を指す言葉である。由来は猛打賞。

概要

「猛打賞」は、ある選手が1試合において3安打を放った際に贈られる賞である。これになぞらえて、ある人物が3度同じ事をした際につけられる物が「猛○○賞」である。

「猛打賞」は上記の通り良い出来事を指し示すが、「猛○○賞」の場合はやらかした際につけられることが殆どのため、例外はあるものの基本的には蔑称である。

個別記事のあるもの

個別記事のないもの

  • 猛戦力外通告賞
    最初に言われたのは森越祐人(元中日→阪神→西武)である。森越は2020年に西武から戦力外通告を受けたが2019年に阪神、遡って2014年にも中日から戦力外通告を受けており、3球団目の戦力外通告だったことからネタにされた。結局森越は2020年で引退したが、トライアウト受験が2度成功した唯一の人物でもある。

    森越以外に3回以上戦力外を通告された選手たち(平成以降・一軍で実績が有る選手限定)

    森越以外に3回以上戦力外を通告された選手たち(平成以降・一軍で実績が有る選手限定)

    • 加藤哲郎*1(元近鉄→広島→ダイエー)
      1989年日シリでの「巨人はロッテより弱い」発言から4年後の1993年から3年連続で戦力外通告を受けた。1995年引退。
    • 廣田浩章*2(元巨人→ダイエー→ヤクルト→近鉄)
      1994年に巨人から戦力外通告を受けたのを皮切りに2000年に近鉄から戦力外通告を受けるまで通算4回戦力外通告を受けた。2000年引退。
    • 柴田佳主也*3(元近鉄→日本ハム→阪神→ダイエー)
      2001年の近鉄を皮切りに、2004年のダイエーまで4年連続で戦力外通告を受けた。2004年引退。
    • 藤田宗一(元ロッテ→巨人→ソフトバンク)
      2007年にロッテ、2010年に巨人、2011年にソフトバンクから通告*4され、通算3回戦力外通告を受けた。ソフトバンク退団後は1年間BCリーグ・群馬でプレーした後引退。
    • 久保裕也(元巨人→DeNA→楽天)
      2015年から3年連続で戦力外通告を受けた*5。2020年引退。
    • 細川亨(元西武→ソフトバンク→楽天→ロッテ)
      2016年にソフトバンク、2018年に楽天、2020年にロッテからそれぞれ通告され、通算3回戦力外通告を受けた。最後のロッテからの通告はシーズン終了前に行われ、シーズン終了よりも先に細川が引退を表明したため、シーズン最終戦で引退試合が用意された。引退後は熊本に本拠地を置く新興球団・サラマンダースの初代監督に就任。
    • 阿部健太(元近鉄→オリックス→阪神→ヤクルト)
      2011年に阪神から2014年にヤクルトから戦力外通告を受け現役引退。その翌年は打撃投手兼スコアラーになったが、当時ヤクルトでは怪我人が続出していたため、二軍の数合わせとして急遽現役復帰。しかも現役時代投手だったにも関わらず野手として二軍戦に出場した。2015年オフ、自身3度目の戦力外通告。
    ちなみに中村紀洋(元近鉄→MLB→オリックス→中日→楽天→DeNA)は、2006年オリックス*6・2010年楽天・2014年横浜DeNAから合計3回自由契約を受けている。
  • 猛補強賞
    2021年に千葉ロッテマリーンズが実施した3日連続補強のこと。
    6月14日にDeNAから国吉佑樹を獲得(有吉優樹とのトレード)、15日に中日から加藤匠馬を獲得(加藤翔平とのトレード)、16日にメキシカンリーグから元中日のエンニー・ロメロを獲得して達成。
  • 猛帰国賞
    2021年に読売ジャイアンツに新規入団した助っ人が3人続けてシーズン途中帰国したこと。
    2020年オフに中軸候補としてテームズとスモークを獲得したが、テームズは一軍デビュー当日にアキレス腱断裂で戦線離脱し、そのまま帰国*7。スモークもホームシックを理由に交流戦明けに帰国してしまう*8。その後、2人が抜けた穴を埋めるべくハイネマンをシーズン途中に獲得したが、ハイネマンも体調不良を理由にわずか1ヶ月で帰国してしまい、新規助っ人野手が3人続けてシーズン途中で帰国するという珍事を達成した。



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*1 1989年に主に先発で7勝をマークしリーグ優勝に貢献した。なお後述の発言は日シリ第3戦で勝利投手になった時のもの。
*2 1993年まで姓は広田表記。巨人では1989年に抑えで活躍しリーグ優勝に貢献もその後故障等で低迷。のちヤクルトで1997年のリーグ優勝に中継ぎとして貢献。同じく移籍組の小早川毅彦・田畑一也・野中徹博らとともに「野村再生工場」の成功例となった。
*3 名前は「カズヤ」と読む。左サイドスローのワンポイントとして活躍し「235試合連続登板機会敗戦なし」のプロ野球記録保持者でもある他、「史上初の1球敗戦でプロ初黒星」「史上初の逆サイクル安打被弾」などの珍記録も持つ。上記の加藤とは近鉄で1991年~93年の3年間同僚だった。
*4 19試合で防御率9点台と打ち込まれた事や高齢(当時38歳)を原因とする通告とみられるが、藤田と共にソフトバンクを去った杉内俊哉は「経験のある方に対して、あまりにも配慮がない」と球団を批判している。
*5 2017年は好成績で戦力構想内も血行障害の手術で開幕に間に合わない可能性があったため戦力外→育成契約。翌年5月に支配下に返り咲いた。
*6 契約交渉が決裂し退団で戦力外とは異なる。
*7 その後、8月23日に自由契約。
*8 帰国1週間後の6月24日に自由契約。