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ジエンゴ

Last-modified: 2017-11-22 (水) 07:52:20

漢字で表記すると「自援護」で、文字通り投手自らのバットで打点を稼ぐこと。ムエンゴ選手に対して、味方が点を取らなければ自分で点を取って勝つしかないと、皮肉の意味をこめて言われる。
しかし、過去には投手でありながら打撃にも優れ自力で得点を取る選手も居たことから、一概には言えない部分もある。


概要 Edit

主にセ・リーグやMLB(ナ・リーグ)、高校野球で見られる。
パ・リーグはDH導入のために不可能だが、交流戦*1や日本シリーズのセ・リーグ主催試合で可能。

 

プロ野球の場合、基本的に投手は打撃軽視の傾向であるが、たとえ援護が得られなくとも「自分で本塁打を打てば勝てる」とさえ言われるほど。現に、下記の例を考えるとジエンゴは投手にとっての必須スキルかもしれない*2
近年は大谷翔平の影響からか、打撃に優れる野手のことを「○○の二刀流」と呼ぶことも増えている。


主なジエンゴの例 Edit

  • 堀内恒夫(読売ジャイアンツ)と江夏豊(当時阪神タイガース)はそれぞれノーヒットノーラン達成試合で本塁打を放っている。しかも堀内は3打席連続本塁打*3、江夏は味方もムエンゴだったため延長戦となったが11回に自らサヨナラ本塁打を放って達成している。ちなみに堀内は試合が最終盤に差し掛かるまでノーヒットノーランの可能性に気づいておらず、むしろ4打席目で本塁打が打てなかったことを悔しがっていたという。堀内は日本シリーズでも投手による1試合2本塁打*4を放つなどV9巨人の絶対的エースとして君臨した。
  • ドン・シュルジー(オリックスブルーウェーブ)は1991年5月29日の近鉄バファローズ戦でリリーフに失敗、当時新人だった長谷川滋利の勝ちを消してしまい、そのまま延長戦へ突入。DH解消後*5に来日初打席が回ると特大の勝ち越し本塁打*6を放って勝ち投手に。
  • 工藤公康は巨人時代の2004年8月17日、対ヤクルトスワローズ戦で7回裏に自ら決勝2ラン*7を放ち、その後完投して通算200勝を達成。
  • 2002〜2003年に阪神所属だったトレイ・ムーアは通算48試合で打率.295・11打点と野手並の打力を披露、オールスターファン投票(一塁手部門)でも得票数3位になった。
  • 2008〜2009年に広島所属だったコルビー・ルイスは打率こそ低かったものの通算55試合で5本塁打を放っており、横浜スタジアムやマツダスタジアムでの場外弾*8も記録。
  • 2016年に日本ハム所属だったアンソニー・バースは、日本シリーズ第6戦にて救援登板ながらも自身に打席が回ると二塁手の頭を越えるタイムリー*9を放ち、投げてもリリーフで3勝を挙げシリーズ優秀選手賞を獲得。この活躍から、名前の綴りが同じ「Bass」であるランディ・バース(元阪神)になぞらえ「バースの再来」「バース緊急来日」とネタにされた。
  • 2016年の巨人・菅野智之は防御率2.01に対し援護率2.88と深刻なムエンゴに襲われるが、自身は打率.222(54-12)・3打点と代打陣や捕手の小林誠司よりも高かった*10ため「ジエンゴしろよ」というツッコミが入った。
  • 横浜DeNAベイスターズの投手は吉見祐治須田幸太など、伝統的に打撃が得意な選手が多い。特に野村弘樹には「マシンガン打線の9人目*11」の異名があり、三浦大輔は24年連続安打*12・通算122安打という記録を持つ。
    2017年に入団したジョー・ウィーランドはアレックス・ラミレス監督から「代打で使いたい」と打力を評される。特に強烈な広島キラーぶりを発揮(打率.539(13-7)・3本・9打点・OPS1.846)しており、10月1日の対戦では5回10安打7失点の大炎上も逆転3ランを含む3打数3安打4打点というジエンゴで勝ち投手に*13。さらにはCSで報道や地域から認識されるレベルの警戒対広島打者成績にウィーランドの打撃成績を併記、最速153km/hの外国人投手に対して「代打はやめてね」と明記した広告をJR西日本が打つ)を受けながらもチーム初ヒットを含む全打席出塁したりしている。
  • 元巨人・桑田真澄はその投球もさることながら打撃にも定評*14があり、「桑田に代打を出すなら桑田より打てる打者を」と中継の解説にコメントされたり、達川光男は「ピンチの時に投手コーチから『村田真一を敬遠しろ』という指示に対し『その後に控える桑田はいいバッターなので考え直してほしい』と返したことがある」と語っている。
  • 高校野球では能力の突出した投手が4番に入るワンマンチームの例も多く見られ、これをプロ入り後も継続した例が北海道日本ハムファイターズ・大谷翔平である。それまでは投手と打者の使い分けで起用されていたが、2016年5月29日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦にて同一試合で投球と打撃の両方を行う「リアル二刀流」を初披露*15。同年7月3日の福岡ソフトバンクホークス戦では1番・投手でスタメン出場すると、中田賢一から投手で初球先頭打者本塁打*16という離れ業を披露、投げても8回無失点で勝利を挙げる。2017年10月4日にはついに4番・投手として先発出場。投げては9回を被安打2、10奪三振に抑え完封勝利、打っても先制の口火を切るヒットを放つなど投打両面で傑出した様子を見せつけた。

関連項目 Edit



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*1 2014年のみセ・リーグ主催試合でDH制採用、パ・リーグ主催試合では不採用と例年と逆転している。
*2 MLB時代の黒田博樹に至っては、アメリカのメディアから「ジエンゴできないから負ける(要約)」と批判されたことも。
*3 投手として1試合3本塁打は史上2人目、3連発は史上唯一。
*4 1973年第3戦。史上唯一の記録
*5 DHでスタメンだった石嶺和彦の代走で飯塚富司が出場、その後飯塚が守備に就いたため。
*6 なお、パ・リーグDH導入後初の投手による本塁打だった。しかも通算1打席のため、史上2人目の打率1.000・長打率4.000打者。もう1人は1950年の塩瀬盛道(東急、投手)。敗戦処理で初登板した試合の初打席で2ランを放ったが、その後炎上して降板。それ以降は出場できずに引退し、こちらは1試合・1打席のみでの達成。
*7 これがプロ初本塁打、それも41歳・23年目の達成でプロ最遅記録を更新。
*8 マツダスタジアムでのホームランは推定150m弾で、マツダスタジアムの最長飛距離弾。
*9 パ・リーグ投手の日本シリーズでの安打は同年第1戦の大谷も含め、2004年松坂大輔(当時西武ライオンズ)以来。
*10 巨人の右打者捕手の規定打席到達者は29年ぶりながら、打率.204は最下位だった。
*11 PL学園高校時代はエースながら立浪和義片岡篤史らを押しのけ4番を務め、甲子園では春夏連覇。プロ入り後も1996年には自ら3ランを放って2失点完投勝利、日本一となった1998年には打率.250・2本塁打・8打点など打力が高かった。
*12 NPB4位タイ。投手の記録としてはギネス認定の世界記録。
*13 ちなみにこの勝利で外国人投手で球団史上初の2桁勝利を達成しており、2年連続CS進出・Aクラス(3位)も決めている。
*14 投手としては小柄でフィールディングも優れていたため、入団前後には遊撃手転向の話題が挙がったほど。
*15 試合前にDHを放棄し6番・投手でスタメン出場。打者では5打数3安打1打点、投手としても7回4安打1失点で勝利投手という活躍だった。
*16 NPB史上初、MLBでも前例なし。