遊馬 万里亜

Last-modified: 2024-03-05 (火) 08:33:59

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通常雲外蒼天のゴール
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Illustrator:れい亜


名前遊馬万里亜(あすま まりあ)
年齢17歳
職業高校2年生
  • 2023年5月11日追加
  • SUN ep.IVマップ3(進行度2/SUN時点で205マス/累計515マス)課題曲「Dive a Wave」クリアで入手。
  • トランスフォーム*1することにより「遊馬 万里亜/雲外蒼天のゴール」へと名前とグラフィックが変化する。

中学から高校へと水泳部に所属する女子学生。
不器用である彼女は親友への複雑な気持ちが募っていく……。

トランスフォームの名義に使われている「雲外蒼天(うんがいそうてん)」とは、どんな試練でも努力して乗り越えれば快い青空が望めるという四字熟語である。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1アタックギルティ【NEW】×5
5×1
10×5
15×1

アタックギルティ【SUN】 [A-GUILTY]

  • ゲージブースト【SUN】より高い上昇率を持つ代わりにデメリットを負うスキル。
  • 強制終了以外のデメリットを持つスキル。AJ狙いのギプスとして使うことはあるかもしれない。
  • GRADE100を超えると、上昇率増加が鈍化(+0.3%→+0.2%)する模様。
  • SUN初回プレイ時に入手できるスキルシードは、NEW PLUSまでに入手したスキルシードの数に応じて変化する(推定最大100個(GRADE101))。
  • スキルシードは150個以上入手できるが、GRADE150で上昇率増加が打ち止めとなる。
    効果
    ゲージ上昇UP (175.00%)
    ATTACK以下で追加ダメージ -300
    GRADE上昇率
    1175.00%
    2175.30%
    3175.60%
    ▼ゲージ7本可能(190%)
    51190.00%
    85200.20%
    101204.90%
    ▲NEW PLUS引継ぎ上限
    127210.10%
    150~214.70%
    推定データ
    n
    (1~100)
    174.70%
    +(n x 0.30%)
    シード+1+0.30%
    シード+5+1.50%
    n
    (100~150)
    184.70%
    +(n x 0.20%)
    シード+1+0.20%
    シード+5+1.00%
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADE上昇率
2023/4/26時点
SUN12145213.70% (7本)
~NEW+0245214.70% (7本)


所有キャラ

所有キャラ

  • CHUNITHMマップで入手できるキャラクター
    Verマップエリア
    (マス数)
    累計*2
    (短縮)
    キャラクター
    SUNep.Ⅰ4
    (55マス)
    290マス
    (-30マス)
    幡桐 こよみ
    ep.Ⅲ3
    (225マス)
    465マス
    (-30マス)
    神開 つかさ
    ep.Ⅲ4
    (285マス)
    720マス
    (-40マス)
    薬研堀 ユウ
    SUN+ep.Ⅳ2
    (205マス)
    505マス
    (-10マス)
    遊馬 万里亜
    ※:該当マップ進行度1の全てのエリアをクリアする必要がある。

ランクテーブル

12345
スキルスキル
678910
スキル
1112131415
スキル
1617181920
 
2122232425
スキル
・・・50・・・・・・100
スキルスキル

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 高校1年生、夏 「私のために吹いてくれた奏雨ちゃんの音…… その音は、どんな応援よりも私に力をくれるから」


 耳に当てたスマホのスピーカーから、トランペットの音が聞こえてくる。
 息が切れたり、音程が外れたり、ガサガサという風の音が入ったり。そもそも通話越しだから、音質だって変わっちゃってる。
 それでもその音は、どんなに上手な演奏よりも私の胸に響いた。
 カラカラに乾いた植木鉢の土に、なみなみと水が注がれるみたいに。私に必要なものが満たされていく。
 それはあまりにも量が多すぎて、抱えきれなくなった分は涙となって溢れてくる。

 「……応援、聞こえた?」
 『聞こえたよ……奏雨ちゃん……』

 ――奏雨ちゃん。
 強くて、負けず嫌いで、誰よりも泳ぐ姿が綺麗で、私にないものを全部持ってる素敵な女の子。
 私が世界で一番大好きな女の子。
 そんな奏雨ちゃんが、頑張れって言ってくれた。ふたり一緒だって言ってくれた。
 これ以上の応援なんて、きっとこの世界に存在しない。

 「遊馬~そろそろ出番だよ~」
 「あ、すぐに行きます!!」

 先輩の呼びかけに返事をして、私は慌ててスマホをバッグに仕舞うとロッカールームを出た。
 水泳競技場の高い天井に響く水しぶきの音を聞きながら、湿った床を裸足で歩く。

 夏大会。私の出番はもうすぐ。
 学校の選抜選手に選ばれてはいるけれど、さっきまでの私は表彰台に上がるのも難しいんじゃないかと思っていた。
 でも、今は違う。
 奏雨ちゃんの応援に応えたい。そのためには優勝を狙うしかない。
 応援ひとつで目標まで変わっちゃう。
 私ってほんとに現金だ。

 「……よし! いつもどおりな!」
 「はい!」

 先生からの激励を背に、ゆっくりとスタート台へ向かう。
 軽くストレッチをしながら歩いていると、なぜか私は一緒に泳いでいた頃の奏雨ちゃんを思い出した。
 いつも腕をまっすぐ下に伸ばしたまま、手首をプラプラと振ってほぐしていたあの姿。
 なんだかペンギンみたいで可愛くて、それを見るために私はいつも奏雨ちゃんの後ろを歩いていたんだ。

 「また見れるよね」

 誰にも聞かれないほど小さく呟いて、私はスタート台に足をかける。

 ――去年、私は大好きな人を傷つけた。
 そして、大好きな人は私の隣からいなくなってしまった。
 何度お祈りしたか分からない。『明日朝起きたら、あの日に戻っていますように』って。
 そんな奇跡が起こるわけないって分かっているくせに。
 だけど、奇跡は起きた。
 神様じゃなく、奏雨ちゃんが起こしてくれた。
 許してくれたわけじゃないと思う。無かったことにするなんて、神様だってできないから。
 でも、もう一度始めることはできる。そのきっかけを奏雨ちゃんはくれたんだ。

 『TAKE YOUR MARKS』

 スタートを促す声が聞こえて、身体を倒す。
 もらってばかりじゃいられない。私も、奏雨ちゃんのためになんでもしてあげたい。
 この大会が終わったら、さっそく会いに行こう。
 優勝メダルを持って。

 「……勝つぞ」

 ブザー音が鳴って、私はキラキラ光る水面へと飛び込んだ。


EPISODE2 大人の、ほんの少し前 「これからのことなんて分からない。でも今は、夢の ようなこんな毎日を大切にしたい。そう思うんだ」


 私って不器用なのかもしれない――。
 そう思ったのは、高校生になってすぐの頃だった。
 美術や音楽の成績はいつもギリギリの『3』だし、料理もお裁縫も苦手。ボタンつけなんて、いまだにお母さんにやってもらってるくらい。
 それでも高校生になるまで不器用だってことに気付かずにいられたのは、水泳があったから。
 自分でも『ちょっと得意かもしれない』と思えるものが自信をくれたから、そんなこと考えもしなかった。
 だけど――私は不器用という言葉じゃ済まないほどの失敗をたくさん犯した。
 言ってはいけないことを言って、言わなくちゃいけないことは言えない。
 そんな間違いを何度も何度も。
 手先の器用さだけじゃない。気持ちを伝えることにも努力が必要なんだ、それができない私はなんて不器用なんだと。
 去年、高校1年生だった私はその事実をいやでも思い知らされてしまった――。

 「万里亜ってさ……結構不器用だよね」
 「言わないでよ奏雨ちゃん~自分でも分かってるのに~」

 そんな“気付き”から1年が過ぎた、高校2年生の夏休み。
 私は奏雨ちゃんを家に招待して、夏休み初日から真面目に宿題に取り組んでいた。
 社会科の宿題で使う資料をホチキスで留める、そんな簡単な作業に苦戦する私を奏雨ちゃんが笑う。

 「紙ボコボコじゃん。まっすぐ力入れるんだよ」
 「やってるつもりなんだけど~……」
 「しょうがないなー。貸して、やったげる」

 奏雨ちゃんはそう言って、バチバチバチとリズムよく留めていく。
 やっぱり奏雨ちゃんは器用だ。水泳しか得意じゃない私と違って、どんなことでも軽々こなす。
 なんでもできちゃう奏雨ちゃんは、いつまでも私の憧れだ。

 「……またなんか変なこと考えてるでしょ」
 「え~? 変なことなんて考えてないよ~」
 「じゃあ何」
 「奏雨ちゃんはかっこいいな~って」
 「……はーい、万里亜が集中できてないみたいだからきゅーけー」

 ローテーブルの前で座っていた奏雨ちゃんが立ち上がると、力なく私のベッドに倒れ込んだ。
 うつ伏せで顔を埋めたまま、くぐもった声で心からダルそうに言う。

 「もー2年に上がってから高校生活忙しすぎー。休み明けたら進路調査票も出さなきゃだしさー」
 「そういえば進路ってもう決めた?」
 「うーん……まだ。たぶん近場のどっかに行くんじゃないかなー。万里亜は?」
 「私もまだ。お母さんは水泳で推薦取ってほしいみたい」
 「推薦かー結構強いとこ狙えそうだしねー。じゃあ、進学したら結構離れちゃうかもねー……」
 「そう、なるかもね……」

 なんとなく言葉が見つからなくて、沈黙してしまう。
 中学生の時みたいに「一緒の学校行こう」なんて、言えないしできない。
 大人になるために、私達は色んなことを考えなくちゃいけなくなった。
 人それぞれに数え切れないほどある歩くべき道は、本人以外決められないから。
 でも、未来へ向かって進むのは楽しみではあるけれど……ちょっと怖い。
 今は寂しい空気に浸りたくないと思った私は、ふいにベッドの上にいる奏雨ちゃんを見下ろすと、隣をめがけて飛び込んでみた。

 「どーん!」
 「うわあ!」

 珍しく慌てた声を出して、跳ねるベッドの余韻に揺すられる奏雨ちゃん。
 文句を言いながらもまだ起き上がるつもりはないのか、寝っ転がったまま私の方へと身体を向ける。
 顔と顔が、たった20センチの距離を挟んで向かい合う。
 視線を動かせなくなってそのまま見つめていると、さっきの衝撃で乱れた長い髪の一束が、奏雨ちゃんの頬にはらりと落ちるのが見えた。
 それはなんだか私の知らない大人の人に見えて、どきりと胸が高鳴ってしまう。
 そんな私の胸の内など気付かずに、奏雨ちゃんが呆れたように小さく笑った。

 「……はしゃいでるねぇ」
 「はしゃいでるよぉ~」
 「嬉しそうだねぇ」
 「嬉しいよぉ~」
 「はあー、まったく……」

 そうため息をついたかと思うと。突然立ち上がった奏雨ちゃんが私に向かって手を伸ばす。

 「遊ぼ。合宿始まるまでの1週間は、遊び倒そう」

 そんなこと考えもしなかった。
 高校生活が忙しいのは私も一緒だし、色々悩んでる奏雨ちゃんの邪魔はしたくなかったから。
 でも、そんな奏雨ちゃんが遊ぼうって言ってくれるなんて。この喜びは差し出された手を握り返すくらいじゃ収まらない。
 私は飛びつくように奏雨ちゃんを抱きしめて、大喜びする。

 「やった~~~!! 今年は一緒に遊べるんだ~~~!!」
 「うん。行きたいとことか、やりたいこととかある?」
 「奏雨ちゃんがいるならなんでも嬉しい~!」
 「出たー、なんでもって一番困るんだよね……」

 行きたいとこ、やりたいこと。本当はいっぱいあったよ。
 私のせいで、こんなおしゃべりもできなかったあの頃。
 面白い映画を見たり、可愛いカフェを見つけたり。素敵な瞬間に巡り会うと、いつも「奏雨ちゃんがいたらなあ」「一緒に行きたいなあ」って考えてたから。
 でも、今は言わない。
 こんなに幸せなのに、これ以上欲張ったらバチがあたりそうだから。

 「あ、また余計なこと考えてる」
 「考えてないも~ん」

 大人になる準備は必要だけど、今しかできないことだってある。
 それなら私は今を大切にしたい。
 不器用なりに、全力で。


EPISODE3 誰かの思いを背負うのは 「誰かに託されて泳ぐのは、私らしくない気がする。 なんとなく分かってるけど、うまく言葉に出来ないや」


 ブルブルと机を響かせて、スマホがメッセージが来たことを教えてくれる。
 私は数学の問題を解く手をすぐに止めて、急いで画面をのぞき込んだ。
 差出人は『♡奏雨ちゃん♡』と表示されている。

 『万里亜、宿題進んでる?』
 『まだまだ全然だよ~!』
 『私も』

 今年の夏休みは遊ぶと決めたけれど、やっぱりやらなきゃいけないことはある。
 毎日ブラブラダラダラするのも違うなと思った私達は、イベントなどに合わせてきっちり予定を立てて遊ぼうということに落ち着いた。

 『明日のお祭り、楽しみすぎて眠れないかも~!』
 『寝坊してもいいけど、置いていくから』
 『え~!! ひどいよ~~!!』

 明日はそのイベント第1弾。地元で一番大きなお祭りだ。
 お祭りと言っても盆踊りみたいなのじゃなくて、お昼からバンドが出たり色んな企業が出店したり、ちょっとオシャレなフェスみたいな感じのもの。
 今年で3年目だけど、毎年すごく盛り上がってる。

 『あ、そういえばメガネ買わなきゃいけないの思い出した。お祭り行く前にお店寄ろうかな』
 『あれ? 奏雨ちゃんってメガネしてたっけ?』
 『高校入ってから目悪くなったんだよね。外ではコンタクトだけど、家用に』
 『それ、私も一緒に行っていい!?私に選ばせて!』
 『万里亜がー? まあ、ちゃんと真面目に選ぶならいいよ』
 『もちろん! 一番似合うの探してあげる!』
 『あはは、そこまで言うなら期待しようかな』
 『おまかせください!』

 メッセージと一緒に、敬礼するアヒルのスタンプを送って、今夜の奏雨ちゃんとのやりとりは終わった。
 お祭りも楽しみだけど、さらに楽しみがもうひとつ増えた。
 毎日身につける物を私に選ばせてくれるなんて。
 私がプレゼントするわけじゃないけれど、奏雨ちゃんがお家にいる時もそばにいられるみたいで、思わず頬が緩んでしまう。
 宿題のことなんて考えられなくなった私は、お父さんからもらったお下がりのタブレットを片手に、ベッドの上に転がった。
 明日のためにファッションリサーチ。どうせなら、少しでも可愛い服装でおでかけしたい。
 「夏は重ね着できないから難しいなあ……」なんてことを考えながら色んなコーデを見ていると、机の上のスマホが再び震え出す。

 「あれ? 何か言い忘れてたことでもあったのかな」

 奏雨ちゃんからのメッセージだと思ってそれを手に取ると、奏雨ちゃんではなく別の人物からの着信を示すアイコンが映っていた。
 水泳部の部活仲間でもあり、クラスメイトでもある女の子からだ。
 私は一瞬どきりとしながらも、通話アイコンをタップする。

 「もしもし」
 『ごめん、今大丈夫?』
 「大丈夫だけど……どうしたの?」
 『実はさ……夏大会が終わったら、退部する予定なんだ』
 「えっ……」
 『だから、夏合宿も行けないの。終業式までに報告できなかったから、今みんなに連絡してて』
 「そう、なんだ……でもどうして……」
 『大学受験、後悔したくないからさ。受験勉強に全力で向き合うなら、3年生までは続けられないと思ったんだ』
 「受験……そっか……」

 先輩にも好かれて、後輩の面倒見も良くて、次の部長は彼女だろうとみんな思っていた。
 だけど、きっと色んなことを考えて決めたんだ。自分の歩く道を。
 寂しいけれど仕方ないことなのだと自分を納得させる。

 「電話くれて、ありがとう。勉強頑張って。応援してる」
 『うん、こちらこそありがとう。遊馬のことも応援してるから。スランプ、合宿でなんとかなりそう?』
 「あ……うん、たぶん」

 電話に出る前、私はてっきりこの件について話があるのかと思っていた。
 去年の夏の大会。私は奏雨ちゃんに応援してもらって結果を出せた。仲直りもできた。
 でも、ずっと伝えたかった思いが届いたかわりに、私は泳ぐ理由をなくしてしまった。
 練習もいまいち身に入らないし、タイムは更新するどころか落としまくっている。
 自分で言うのもなんだけど、私は女子のエースという立場だったから、先生はもちろん部のみんなも心配してるのは肌で感じていた。

 『たぶん、って弱気だなー!』
 「大丈夫。今はちょっと伸び悩んでるだけだから」
 『そっか。そういうことなら安心だ。私がやめた後の水泳部、あとは任せたからね!』 
 「あはは、任せられても困るよ~!」

 通話が終わり、ベッドの上に大の字になって天井を仰ぐ。

 『あとは任せたからね』

 その言葉が耳にこびりついている。
 誰かの思いを背負うなんて、考えたこともなかった。
 なんだか重荷のように感じている自分に気づいてしまって、自己嫌悪する。

 「奏雨ちゃんのためならいくらでも頑張れるのに……私ってひどいやつだよね……」

 モヤモヤとした言葉にできない何かが頭から離れない。
 やがて時計が0時をとっくに過ぎた頃、明日のために眠ろうとしても、答えの出ないことを考え続けて目が冴えてしまう。
 何か気を散らす方法はないか考えた結果、スマホを枕元に置いて適当な動画を流したまま眠ることにした。
 言葉にできない気持ち。それはいつか向き合うべきことなんだろう。
 だけど、今はそんなこと考えたくなかった。


EPISODE4 遠い喧噪の中で 「それは当たり前のことで、近い未来に現実になる。 でも私は、これまで想像さえしてこなかった」


 「いいの買えたね~!」
 「うん。家用だし、ほんとはなんでもよかったんだけど」

 メガネ屋さんのロゴが入った紙袋を持った奏雨ちゃんが言うと、大きなアウトドアリュックにそれをしまった。
 今日の奏雨ちゃんは、短いデニムのショートパンツにオーバーサイズのTシャツ。その上から腰にチェックのシャツを巻いている、ボーイッシュな格好。
 格好良いのに可愛くて、とても似合ってる。
 動きやすさ重視の奏雨ちゃんの性格が読み取れて、らしいなあと笑ってしまう。

 「なに笑ってんの。私、変?」
 「ううん。格好いいなあと思って」
 「……そりゃどーも。ほら、着いたよ」

 2駅隣の、お祭りの会場である市民公園の最寄り駅に着いた。
 電車から降りて駅を出ると、想像以上に人で溢れてごった返していて驚いてしまう。

 「うわぁ~……ここまでとは思わなかった……」
 「3年目だし、有名になってきたのかも」
 「奏雨ちゃん、はぐれないようにね!」
 「あはは、こっちの台詞」

 それから私達は、お祭りを全力で楽しんだ。
 あれこれ買って食べてはお互い写真を撮り合い、バンド演奏などの出し物を真剣に堪能したかと思うと、芝生の上でゴロゴロしたり。
 一瞬も無駄にしたくないと思えるほど最高な時間を、奏雨ちゃんと過ごしていた。

 そして日が沈み、お昼以上に会場が賑わい始めた頃。
 晩ご飯もここで済ませちゃおうと決めた私達は、まだまだ回りきれないほどある出店の中からチョイスしようと歩くことにした。
 スパイスカレー、タコス、ガパオライス。ちょっとオシャレで美味しそうなメニューに目移りしてしまう。

 「う~ん決められないよ~! 奏雨ちゃんは何かいいのあった?」

 そう呼びかけてみるも返事がない。
 隣にいるはずの奏雨ちゃんが、いつの間にか姿を消してしまっていた。
 立ち止まろうとしても人混みに流されてしまう。自力で探すのは無理だと考えた私は、奏雨ちゃんに電話をかけようとショルダーポーチからスマホを取り出した。

 「うそ……電池切れ……」

 昨日、動画を流しながら寝たせいだ。充電するのをすっかり忘れていた。
 焦る気持ちを落ち着けながら、どうするべきか考える。
 大混雑している会場内を歩き回って探すのは無理。だったら駅から一番近い公園の出入り口で待つのがいいかもしれない。あそこなら、時間はかかっても必ず合流できるはず。
 そう決めた私は人の波から上手に離れると、公園の外周をぐるりと結ぶ遊歩道を使って出入り口へと向かった。

 「来てない……みたいだね」

 辿り着いた出入り口。人が行き来する中、足を止めているのは私だけ。
 奏雨ちゃんが私と同じ事を考えていたらすぐに会えるかもと思ったけれど、そううまくはいかなかったみたいだ。
 もしかしたら人混みの中で私を探しているのかもしれない――そう思うと急いで戻りたくなったけど、行き違いになったら嫌だから、じっと我慢。
 私は少しでも見つけてもらいやすいようにと、何台も並んでビカビカ光っている自販機の前に立って待つ。
 向こうに賑わう人たちが見える。さっきまで私もその中のひとりだったのに、なんだかもう私とは別の世界の光景みたいだ。
 途端に寂しい気持ちがこみ上げてきて、顔を伏せて自分のつま先を眺める。すると、そのつま先に誰かの影が被さってきた。

 「君、ひとり? よかったら俺と一緒に遊ばない?」
 「えっ……?」

 顔をあげると、私と同い年くらいの男の子が立っていた。
 あんまりこういうことに慣れているように見えない。分かりやすいほど緊張が顔に浮かんでいる。
 すぐに断ろうとしたけれど、なんて言おうか迷ってしまった一瞬のうちに、男の子は距離を詰めてきた。

 「あの、きっと楽しくなるからさ。だから騙されたと思って、ね?」
 「あの……その……」

 ぐいぐいと迫られ、ビックリしてうまく言葉が出なくなる。
 こんな風に声をかけられるなんて初めて。
 マンガやドラマの世界のことだと思っていた出来事が、自分に起こるなんて思ってもみなかった。

 「お願い! とりあえず30分だけでも!」
 「ちょ……困ります……!」

 触れそうな距離まで近づかれて、思わず後ずさる。
 それを追いかけるようにさらに踏み込んだ男の子が、私の手首を掴んだ。
 思わず小さな悲鳴をあげてしまったその時。私達の間を割り込むように伸びた誰かの手が、自販機のアクリル板を思い切り叩いた。

 「私のツレになんか用?」
 「あ、いや……」
 「ないならどっか行って。人呼ぶよ?」
 「は、はい! すみませんでしたぁ!」

 急いで立ち去る男の子の背中を睨んでいた奏雨ちゃんが、不機嫌そうな顔で振り返る。
 これは、絶対怒られちゃうやつだ。

 「なにやってんの万里亜。ハッキリ断らなきゃ」
 「ごめんね、ちょっとビックリしちゃって……」
 「もう……やっぱりこの時間は変なの出てくるね。あんまり遅くなっても危ないし、今日はもう帰ろう」
 「……うん」

 合流した私達は会場に戻ることなく、そのまま駅の方へと歩き出した。
 せっかくのお祭りが微妙な終わり方になっちゃって残念だけど、帰り道はまだ続く。奏雨ちゃんと一緒の時間は終わってない。
 駅まで向かう道の途中、さっきのお礼をまだ言ってないことに気づいて、慌てて声をかけた。

 「さっきは助けてくれてありがとう」
 「うん。万里亜が押しに弱い子だって分かったよ」
 「そ、そんなことないよ~! でも、さっきの奏雨ちゃん……なんか王子様みたいだった」
 「えっ!? せめてお姫様じゃなくて!? いや……それもおかしいか……」

 ひとりで困惑してる奏雨ちゃん。
 もう怒ってないと分かって安心した私は、どうせなら話題の種にしてしまおうと考えた。

 「あんな風に声かけられるなんて初めてだよ。奏雨ちゃんは経験ある?」
 「あー……1回あったかな。完全に無視したけど」
 「あはは、奏雨ちゃんらしい。でも、驚いちゃったな。ああいうナンパみたいなのは好きじゃないけど、みんな恋愛してるんだね~」
 「まー高校生だしね。うちのクラスにも何組かカップルいるもん」
 「そうだよね、高校生だもんね」

 そう言った私は、続けて奏雨ちゃんへ問いかける。
 深い意味なんてない。他愛のないおしゃべりによくある質問。
 てっきりノーと答えると思っていた私は、完全に面食らってしまうこととなる。

 「奏雨ちゃんも恋人とか欲しいって思うことあるの~?」
 「そりゃあ、あるよ。めんどくさいから今はいらないけど」

 さっきまでの私は、なぜノーと答えると思い込んでいたのだろう。
 何を根拠にそんなことを考えていたのだろう。
 奏雨ちゃんみたいな素敵な女の子が、恋愛に興味あるなんて当たり前のことなのに。
 頭では分かっている。でも、胸をチクチクと刺す痛みが消えてくれない。

 「――万里亜? ねえ、聞いてるの?」
 「あっ、ごめんごめん! ぼーっとしてた~」

 それから家までの帰り道、私は何を話したかほとんど覚えていなかった。


EPISODE5 空っぽの合宿、空っぽの私 「自分で考えて、自分で選んだことだけど……それでも やっぱり苦しいよ。今すぐ声が聞きたいよ」


 「ラスト一本! 最後まで気を抜くんじゃないぞ!」
 「はい!!」

 今年の夏は遊ぶ!
 そう決めたものの、あれから私と奏雨ちゃんがどこかへお出かけすることはなかった。
 それぞれの部活や家族との用事など、夏休みといってもやることはたくさんある。
 お互いのスケジュールがうまく噛み合わないまま、結局合宿が始まってしまっていた。

 へとへとの身体に鞭打って、今日最後のメニューを泳ぎ抜く。
 でも、タイムは相変わらずイマイチのまま。大会出場基準タイムはクリアしているけれど、このままだと下回る可能性まで見えてきている。
 絶不調の私に先生が設けてくれた個人面談も、ただ空返事をするだけに終わってしまった。
 練習にまったく集中できていないのは自覚してるし、その理由も分かってる。
 練習中も、ご飯中も、どこで何をしているときも、奏雨ちゃんのことばかり考えているからだ。
 お祭りのあと、奏雨ちゃんの一言で私は色んなことに気がついてしまった。
 私達は大人になっていく。それは誰にも止められないことだって。
 いつの日か、奏雨ちゃんの隣にいるのは私じゃなく、別の誰かに変わっていくだろう。
 それは自然で当たり前のことで、大人になるってそういうことだと理解はしてる。
 だけど、分かってはいても考えるたびに落ち込んでしまう自分がいる。
 こんな事で頭いっぱいにしていたら、練習に身が入らないのも当然だった。

 結果を出せないままあっという間に5日間が過ぎ、合宿最終日の夜。
 練習を終えて自室に戻った私は、スマホを取り出して奏雨ちゃんとのメッセージ画面を開いた。

 『万里亜の合宿終わったら、またどこか行こっか』
 『すぐ大会だし、朝練があるから難しいかも……』
 『それじゃあ大会終わってからは?』
 『うーん、まだ予定分からないなぁ……ごめんね』

 合宿初日に交わしたやりとり。それから一度もメッセージは送っていない。
 基本的に用事があるときしか連絡してこない奏雨ちゃんとしては珍しくないけれど、私の方からこんなに長い間メッセージを送らないなんてことは、仲直りしてから初めてだ。
 私は、“奏雨ちゃん離れ”をしようとしている。
 いつまでも隣にいたいから。そんな一方的な気持ちでくっつきまわって、時間を奪って。
 大人になろうとしている奏雨ちゃんの邪魔をしちゃいけないと思ったから、メッセージを送らないでいた。
 少しずつ、普通の友達くらいの距離へ戻るために。
 奏雨ちゃんは優しいから、私の期待に応えてくれてしまう。だから、私から離れないと。
 そう思ってはいたけれど、やっぱり苦しい。

 「万里亜ー、電気消していいー?」
 「あ、うん。大丈夫だよ。私ももう寝るね」

 何の実りもない、空っぽの合宿が終わる。
 期待、プレッシャー、いつかの未来で誰かと一緒にいる奏雨ちゃんに喜べない自分。
 全部忘れて逃げ出したい。頭まで布団を被った私は思う。
 何にも囚われることなく、ただ純粋に奏雨ちゃんと泳いでいたあの頃に戻りたいと。

 ――そして、合宿から帰ってきて3日が経った。
 合宿の日程を知っている奏雨ちゃんからメッセージが来たけれど、私は変わらず適当な理由をつけてごまかした。
 自分でも何をやっているかよく分からない。でも、奏雨ちゃんのためにはこうするのが一番いいと思っていた。

 「じゃあ、これで今日の朝練は終了ー。自主練してもいいけど、大会前だから軽めにねー!」

 休日登校で行われる水泳部の朝練が終わり、部員は着替えを済ませると、なんとなく全員揃うまで校門前に集まっていた。
 フォームやトレーニング内容について議論したり、これからどこかでお昼を食べて帰ろうか、なんてことをみんなそれぞれおしゃべりしている。
 その輪の中に入る気にもなれなくて手持ち無沙汰になっていた私は、先に抜けて帰ろうと思い、部長に声をかける。

 「あの~……」

 でも、振り向いた部長の視線は私ではなく、私の後ろへ。

 「あれ? 藍沢?」
 「えっ」

 いつの間にか私の後ろに、奏雨ちゃんが立っていた。
 奏雨ちゃんは、驚いて固まる私の手を強く握ると、落ち着いた声で水泳部のみんなにこう言った。

 「万里亜のこと、ちょっと借りていきますね」


EPISODE6 2度目の間違い 「傷つくのが怖いから、拒絶されるのが怖いから…… 私は私を守るために走っていただけだったんだ……」


 私の手を掴んだ奏雨ちゃんに連れられてやってきたのは、通りから外れたところにある小さな公園だった。
 もともと利用者の少ない公園だけど、カンカンに晴れて一際暑いせいか誰もいない。
 うるさいくらいの蝉の声だけが響く公園で私達ふたりは、唯一の遊具であるブランコにそれぞれ腰を下ろした。

 「……私、何かした?」
 「何かって?」
 「とぼけるのヘタすぎでしょ。連絡もしてこなくなったし、誘ってもあーでもないこーでもないって。明らかに変じゃん」
 「別に……奏雨ちゃんのせいじゃないから……」
 「そういう言い方するってことは、何か原因はあるってことでしょ」
 「あ~ずる~い……」

 隣のブランコに座る奏雨ちゃんからの鋭い視線に、私は思わず目を逸らした。
 こうなった奏雨ちゃんを相手に、ごまかせる自信なんてない。
 ――ううん。それは言い訳だ。
 勝手に距離を置こうとして苦しんでるだけなのに、洗いざらい話して「バカだね」って笑ってほしかった。甘えたかった。

 「……負担になりたくなかったの。奏雨ちゃんの……未来のために」
 「全然意味わかんないんだけど」
 「私はいつまでも奏雨ちゃんを独り占めしたがっちゃうし、そんな私に奏雨ちゃんは付き合ってくれちゃうから……色んな時間、奪っちゃうんじゃないかって……」
 「はあ? なにそれ。そんなこと考えてたわけ?」
 「うん……」
 「はぁ~~……」

 奏雨ちゃんが大きなため息をつく。
 笑い飛ばすだろうか。怒るだろうか。
 でも、私の予想とは違って奏雨ちゃんの口から出てきた言葉に纏っていた感情は、“落胆”だった。

 「……万里亜は変わらないね」
 「え……?」
 「自分の中で勝手に正解を見つけた気になって、突っ走ってさ。あの時だってそう。ムキになって怒ってた私も悪いけど、もっと早く万里亜の本心を教えてくれたらきっとあそこまでこじれなかった」
 「それは……」

 確かに言う通りだ。
 全力で水泳を続けていれば、「私も奏雨ちゃんと同じくらい本気だったんだよ」っていつか伝わると思ってた。
 でも、その思いが届いたのは、他のきっかけがあって自分の言葉で話したからだ。
 言葉にしなければ、伝わることはなかった。

 「“言葉にしなくても伝わる関係”なんて、私はあり得ないと思う。どんなに仲が良くても、たとえ家族でも、思ってることは言わなきゃ伝わらない。行動で示さなくちゃ。言わないで伝えられるほど、私も……万里亜も、そんなに器用じゃないよ」
 「そう……だね……」
 「それに、一番ムカついてることがまだある」

 奏雨ちゃんはそう言ってブランコを降りると、座っている私の前に立つ。
 恐る恐る見上げると、そこには見たこともないくらい悲しそうな目をした奏雨ちゃんがいた。

 「万里亜は、私が無理して一緒にいると思ってたんだ? 断れなくて仕方なく付き合ってあげてるんだって。突然突き放されて、私平気でいられたと思う? 何も……分かってないんだね」
 「ちがっ……!」

 言いかけて伸ばした手が振り払われる。
 去って行く奏雨ちゃんを追いかけるべきなのに、私の足は地面にくっついたみたいに動けないでいる。
 全部奏雨ちゃんの言う通りだ。
 そんなこと、分かっていたはずなのに。
 不器用なくせにひとりで解決してる気になって、また私は間違えてる。

 「ごめんね……」

 ひとりぼっちになった公園で、キイキイと軋むブランコの音に掻き消されるくらい小さな声で呟く。
 でも、この言葉に何の意味もない。
 謝りたい気持ちは、“言わなきゃ伝わらない。行動で示さなきゃ”。
 変わるんだ。間違えても、間違えたままにしない。あの日の私のままじゃいたくない。
 固まっていた足が動き出す。
 私は私なりの方法で、思いを伝えることを決意していた。


EPISODE7 不器用すぎた私達 「伝えるって怖い。でも、伝わるって嬉しい。 この気持ちと熱だけは、大人になっても絶対忘れない」


 深夜0時。私はひとり学校のプールにいた。
 真夏とはいえ、この時間に水着でいるのは少し肌寒い。
 真夜中のプールは月明かりに照らされて、見慣れた風景とは違う場所のように感じる。
 私は待っている。奏雨ちゃんがここへ来るのを。
 私の言いたいこと、したいこと、ワガママ全部をぶつけるために。

 「うわ……本当にいるし……」

 恐る恐る扉を開きながら、奏雨ちゃんが現れた。
 Tシャツとハーフパンツという夏の寝間着姿のまま、少し息を切らしてる。きっと急いで来てくれたんだろう。

 「ほんとに来てくれたんだ」
 「そりゃあ、こんな時間に学校のプールに来てって言われたら、ほっとけないでしょ……ていうか、どうやって入ったの」
 「朝練の鍵当番変わってもらったの。うちの部、持ち回りだから」
 「なにやってんの……バレたら怒られるよ」
 「あはは、そうだよね」

 私は奏雨ちゃんに近づくと、まっすぐ見つめて言う。
 冗談でも思いつきでもない、本気のワガママなんだって分かってもらえるように。

 「奏雨ちゃん、私と勝負して」
 「……勝負って、レースしろってこと?」
 「うん。一緒に泳いでくれたら、きっと私は変われる。勝手なこと言ってるのは分かってるけれど、もしもまだ私のこと見捨ててないなら、受けてほしい」
 「見捨てるって……そんなわけないじゃん。よくわかんないけど、いいよ。万里亜にとって大切なんでしょ」

 そう言った奏雨ちゃんは、スマホと財布をベンチに置いたかと思うと、ためらうことなく服を脱ぎだした。
 Tシャツもハーフパンツもポイポイ投げ捨てて、あっという間に下着姿になると、軽いストレッチを始める。

 「えっ、一応私の予備の水着用意したんだけど……」
 「めんどくさいしこれでいいよ。さっさと始めよう」

 本気で泳いだら、水泳をやめてしまった奏雨ちゃんに負けることはない。
 それは私だけじゃなく、奏雨ちゃんだって分かっているはず。
 実際私も、本気で勝負をしたいわけじゃない。
 これは儀式。
 私が私の気持ちを再確認するために、奏雨ちゃんに付き合ってもらう儀式なんだ。

 「クロールでいいんでしょ?」
 「得意なので、なんでも」
 「分かった。じゃあ……いこう」
 「うん」

 ふたり並んでスタート台に立つ。
 私達はお互いを見ることなく、一緒に声を出して合図をする。

 「よーい……」

 タイミングを合わせて同時にプールに飛び込んだ瞬間。私はこの勝負が勝負にならないことを理解した。
 真夜中のプールでは、月明かりも水の中まで届かない。
 真っ暗な闇の中で、中止にしたほうがいいんじゃないかと考えた時、泳ぎ続ける奏雨ちゃんの気配を感じた。
 水を掻いて、蹴って、暗くて何も見えないはずなのに恐れることなく泳ぐ奏雨ちゃんを。
 一瞬迷ってしまったことを後悔して、私はその後ろを追いかける。
 もしもひとりだったら怖くてたまらなかったと思う。だけど、奏雨ちゃんが前にいる。
 それだけで、私達だけが浮かんでいる夜空を流れる星になったような気分になれた。
 変わらなきゃいけないもの。そして変わってはいけないもの。
 一歩先も見えない暗い水の中で、私は大切なものに気付きはじめていた。

 「ぷはっ!」

 私から少し遅れて、50メートルを泳ぎ切った奏雨ちゃんが顔を出す。
 やっぱり途中でコースを外れていて、タッチしたのは壁じゃなくて私の身体だった。
 その手を捕まえた私は、繋いだ手を掴んだまま言う。

 「ふふ、私の勝ちだね」
 「勝てるわけないよ! っていうか何も見えなくて怖い!」
 「だよね! ここまで暗いとは思わなかったよ~!」
 「もう……行き当たりばったりじゃん……寒っ……」

 奏雨ちゃんが小さく震えてることに気がついた私は、その身体を抱きしめた。
 奏雨ちゃんの熱を、冷たい水の向こうに感じる。

 「ちょっ……万里亜?」
 「自分で勝手に考えて、また傷つけたこと……ごめんね、奏雨ちゃん。それと、ありがとう。ワガママに付き合ってくれて」
 「……いいよ。それに自分勝手っていうなら、こうやって無茶して振り回してるほうが、万里亜らしい」

 そう言って、奏雨ちゃんが私を抱き返す。
 私達の間に隙間がなくなって、もっともっと熱を感じる。

 「私ね、泳ぐ理由なくしちゃったんだ。奏雨ちゃんに気持ちを伝えるっていう願いが叶っちゃったから。ねえ、私はどうすればいいのかな」
 「……無理に続けることもないとおもうけど、私は泳いでほしい。私のためっていうけど、こっちこそ万里亜は私の目標だったんだよ。だから、私の好きな格好良い万里亜を、もっと見せて」

 私は本当に現金だ。
 その言葉だけで、いくらでも、どこまでも、全力で泳いでいけるような気がする。
 不純な動機だって怒る人もいるかもしれない。
 でも私はこれでいい。
 奏雨ちゃんの好きな遊馬万里亜でいる。私にとってはこれ以上ない理由だ。
 真夜中のプールに浮かびながら、抱きしめ合う私達。
 私は、濡れた前髪を掻き分ける奏雨ちゃんの唇にキスをしていた。
 頭で考えるよりも先に、自然に身体が動いてしまって。

 「……びっくりしたぁ」
 「私もびっくりしてる」
 「えーっと……なんで?」
 「奏雨ちゃんが“行動で示せ”って教えてくれたから。これが……私の気持ち」
 「ふーん……」

 奏雨ちゃんはつまらなそうにそう言ったかと思うと、頭を掻く。
 少しの間何か迷うような表情を見せたあと、こう続けた。

 「偉そうに言ったからには、答えなきゃだよね……」

 私の唇に、もう一度唇が触れた。
 これからは、私達の間につまらないすれ違いはそうそう起こらないだろう。
 思いを伝えることの大切さと、伝わることの嬉しさを知ったから。
 夏の夜が更けていく。
 来年の夏も、その来年の夏も、いつか大人になった私達は、それぞれの道を手を繋ぎながら歩いて行くだろう。


EPISODE8 遊馬万里亜と藍沢奏雨 「私らしい私は、奏雨ちゃんの隣にいる私なんだよ。 奏雨ちゃんもきっと、同じ気持ちでいてくれるよね」


 『TAKE YOUR MARKS』

 スタートを促す声が聞こえて、身体を倒す。
 ブザーと同時に水面に飛び込んだ私は、ゴールを目指して必死に泳いでいく。
 頭の中は冴え渡っていて、余計なことは一切考えていない。調子が良いときのパターンだ。
 2年目の夏大会。
 去年と同じ会場、去年と同じ種目、去年と同じ他校のライバル。
 でも今年は、観客席に奏雨ちゃんがいる。
 私が世界一大好きな人で、私のことが世界一大好きな女の子。
 他はいらない。私は奏雨ちゃんの期待だけに応えたい。それが私の水泳なのだから。
 力強く私は泳ぐ。水の中を流れる流星のような、イルカみたいに――。

 「――1位の遊馬選手、今の気持ちをお聞かせください」

 地元のテレビ局のアナウンサーにマイクを向けられた。
 私は少し緊張しながらもそれに向かって話しかける。

 「自分のベストの泳ぎが出来たと思います。来年こそは全国大会に出場できるよう頑張ります」
 「おおー! 力強いコメントありがとうございます!今の喜びを伝えたい人はいらっしゃいますか?」

 その質問に少しの迷いも見せず、私は観客席の一点を見つめた。
 今の嬉しい気持ちが少しでも伝わるように、私はマイクの存在も忘れ飛び上がりながら叫んだ。

 「奏雨ちゃ~ん! 優勝したよ~~!!」

 全種目が終わった水泳競技場内に、私の声が思い切り響き渡る。
 それに反応するのはただひとり。
 観客席の奏雨ちゃんが、もの凄く恥ずかしそうに顔を伏せながら手を振り返す姿を、私は見逃さなかった。



■ 楽曲
┗ 全曲一覧(1 / 2) / ジャンル別 / 追加日順 / 定数順 / Lv順
WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
マップ一覧


コメント

  • ピュア? -- 2023-06-09 (金) 15:31:19
  • ガチでストーリーが尊すぎる、百合はいいぞ -- 2023-06-17 (土) 11:15:15

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